本節では
,前
節 の理論 的枠組 み を用 いて,平
成27年
度 に国立教育大学附属中学校 で実施 された公 開授業のデータ (学習指導案,ビ
デオ映像,音
声な ど)を
分析す る。な お,この公 開授業 は前節 の理論 的枠組み を検討す るために実施 され たわけではない。ここでの分析 は筆者 の研究活動の範 囲内で入手で きたデー タを活用 している。
29
2‐ 1.公 開授業の概要 (1)公
開授業が実施 され た 日平成
27年 11月
7日 (土)(2)対
象学年及び生徒数中学校
1年 1組
生徒数:33名 (3)単
元名「資料の活用」
(4)題
材名「バ スケ ッ トボールの試合での選手起用」
(5)本
時の 目標。選手を選ぶ理 由を状況に応 じて代表値や ヒス トグラムな ど活用 しなが ら, 他者 に分か りやす く説 明す ることがで きる。
・状況に応 じて
,資
料 を整理・分析 し,ま
とめるこ とができる。(6)本
時の展開① 次の学習課題 を提示 し
,本
時の 目標 を確認す る。≪学習課題 ≫
下の表は
,バ
スケ ッ トボール選手であるA選
手・B選
手 。C選
手の最近20試
合の第4ピ
リオ ドでの得点数 をま とめた ものである。あなたはチー ムの監督 を しています。今, 強豪チームであるKATO選
抜チーム と戦つている最 中で,第 3ピ
リオ ドが終わつた と ころである。あなたは監督 として,残
りの第4ピ
リオ ドにあ と1人
どの選手 を起用 しま す か。A選
手 試 合 19 3 4 5 6 7 8 9 10 12 13 14 15 16 17 18 19 20
得 ′点数 2 9 1 0 10 3 0 9 1 10 0 9 2 10 1 9 9 10
B選
手 試 合 19 3 4 5 6 7 8 9 10 12 13 14 15 16 17 18 19 20
得 点数 5 5 3 7 3 6 4 7 0 7 6 4 9 2 5 7 4 9 8
C選
手試 合 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 12 13 14 15 16 17 18 19 20 得′点数 0 9 1 19 5 0 3 18 5 2 3 0 2 19 3 1 4 2 18
30
②
3選
手の得点数に関す る次の3つ
の状況における選手の起用方法を考える。ただ し
,各
生徒は前時までの学習 として個人思考は終えている。状況① 20対 35で 負け 状況② 20対 28で 負け 状況③ 20対 24で 負け
③各班に
3つ
の状況の うちの1つ
をそれぞれ割 り振 る。班内で,A,B,Cの
いずれの選手を選んだのかをその理由とともに話 し合 う。
④各班の代表者が班で話 し合 つた結果を学級全体に向けて発表す る。
⑤本時のまとめを行 う。
2… 2.分 析
本節では
,状
況③ に割 り振 られ た1つ
のグループの話 し合い活動 を分析す る。生徒 ど うしの会話 はICレ
コーダー を用いて録音 した ものである。 グループは男子2人 ,女
子2人
の計4人
によつて構成 されてい る。 その4人
をSl〜 S̀で表す こととす る。 クラス 担任 の先生へのイ ンタ ビューか ら,Sl〜
S4の様子は次の よ うになる。Sl… バスケ ッ トボール部所属で
,普
段か らリー ダー的性格 であ る。学力水準 はかな り高 く,数
学に関す る知識 は豊富である。文章表現 も,話
す ことも得意である。S2… 吹奏楽部所属で
,社
交的で クラスのムー ドメーカーである。学力水準は高 く,一
度 言 つた ことは理解 できる。しか し,数
学 に関す る知識 を感覚 と して捉 えてい る面が 日立 つ よ うな生徒である。文章表現は苦手だが,話
す ことは得意 である。S3...ソ フ トテニス部所属で
,お
とな しく,他
の人か ら一歩引いて行動す る性格 である。学力水準は平均的だが,数 学 は苦手。数学 に関す る知識 は用語 を知 つてい る程度 である。
文章表現は得意な方だが
,話
す ことは苦手である。S4… バスケ ツ トボール部所属で,心優 しく,気を遣いなが ら行動す る。学力水準は低 く, 数学 も苦手である。数学 に関す る知識 は用語 を知つてい る程度 である。文章表現 も
,話
す ことも苦手である。
本データでは
,超
越連鎖が起 こつている場面が2つ
(04〜08,57〜 69)考
えられ る。ここで
,04〜 08の
プロ トコルを 【場面1】,57〜 69の
プロ トコルを 【場面2】 として,それぞれについてネ ゴシエーシ ョン ムーブのコー ドを割 り当ててポジシ ョニングに関 す る分析を行 うと,次のようになる。また,グループの発話記録 は一部のみ本節で扱い, すべての発話記録については付録① に載せてお く。
31
【 場面
1】<04〜 08>
プ ロ トコル コー ド
04 S2:B選
手は4点
以上 を16回
もつていて,得
点の差 は4点
や か ら, 6点
以 上, 6点
を1回取れ ば勝 て るので,B選
手です。Kl
05 Sl:次
言 つていい ?K2f
06 Sl :僕 は
C選
手だ と思 つて,相
手 は い るか ら,ま
た この回 も,こ
のた ら
,え
― つ と,C選
手で, 1思います。
1ピリオ ドずつ に
8点
ず つ ぐらい決 めて 1ピリオ ドも8点
ぐらい取 られ るんだ っ8, 19点
取れ た ら,勝
て るか らいい とK2
07 S2:け
ど,あ
れちゃ うん ? Chたい して さ
,差
がないか らさ,そ
んなにいつぱい とって も意味ない と思 うで。rch
勝 てた らいいんや ろ。 cfrg
何 点差 つ け ろ とか ない んや か ら
,別
に。 Cf08 Sl:あ
の, 1ピ
リオ ドで8点
ずつ取 つて るんや か ら, 4ピ
リオ ドで8点
取 ら れ た ら,結
局, 32点
になるわけやんか。Al
じゃあ
, 12点
も差がひ らけて くるか ら, となると,Cの
方がいい と思うし。
Ch
も しお さえこめるんや つた ら
,Bの
が確実や と思 うか ら難 しい。 rch この場面では,S2は ,2チ
ームの差が4点
なので,第 4ピ
リオ ドで相手チームを0点
にお さえ られ た ら
,4点
よ り多い点を取れば勝てると考 えた。そ こで,B選
手だつた ら,最近
20試
合 の結果か ら4点
よ り多い点 を取 つて くれ る と判断 している ([04]「B選
手 は4点
以上を16回
もつていて…」 とい う発言か ら)。 しか し,Slは ,相
手チームが 3ピ リオ ドの合計で
24点
取 つていることか ら,1ピ
リオ ドあた り24■ 3で ,8点
ずつ取 るものだ と考 えた。その ことか ら
,第 4ピ
リオ ドで も確実に8点
は取 られ るもの とし て,4+8で , 12点
よ り多い点を取 らない と逆転できず,C選
手 を起用 しなければな らない と判断 してい る ([08]「じゃあ, 12点
も差がひ らけて くるか ら, となると,C
の方がいい と思 うし…」とい う発言か ら)。 ここか ら
,Slと
S2の間に状況判断の相違 を 読み取 ることができる。 しか し,Slは
S2の[07]「勝 てた らいいんや ろ。何点差つけろ とかないんやか ら,別
に。」とい う発言のあ とに,そ
の発言 の意味 を推測 して,[08]「 も しお さえこめるんや つた ら,Bの
が確実や と思 うか ら難 しい」 と述べてい る。つま り, S2の 状況判断はSlの想定の範囲を超 えてい ると見 ることがで きる。 この ことは,S2の
メンタル・スペー スが slの メンタル・ スペースを包含 してお り
,Slと
S2の間に超越連 鎖が生 まれた と考 え られ る。この場面でポ ジシ ヨニングを検討す る対象 となるのは
,S3と
S4には発言がない こと 32か ら
,Slと
S2の2人
となる。EsmOnde(2009)の
ポジシ ョニ ングの定義 に従 うと,S
2には[04]で
Klの
コー ドを適用できるので,こ
の ときの S2はエキスパー トのポジシ ョ ンを取 つている。Slには[06]でK2の
コー ドを適用できるので,この ときのSlはノー ビ スのポジシ ョンを取 つてい る。 また,Slに
は[08]でAlの
コー ドを適用できるので,こ
の ときの Slはファシ リテー ターのポジシ ョンを取 つている。 したが つて
,Slに
はポジシ ョン変動が見 られた ことになる。
この場面の前半では
,S4は
Slの発言 を受け,A選
手の起用 に同意 している様子 (158]「
Aも
いけることはいけるな。」,[60]「 もう,だ
つてすでに, 4点
差つ け られ ているも んな。」)が
窺 える。 しか し,後
半になると,S4は
Slのも う1つ
の考 えを聞 き,B選
手【 場面
2】<57〜 69>
プ ロ トコル コー ド
57 S::(前
時の学習で,生
徒がワークシー ト上に作成 した ヒス トグラムを指 さ して)
けどさ,こ
こみた らAも
いけそ うじゃない ?Kl
ここだけな
,だ
け。 rp58 S4:Aも
いけることはいけるな。 rp59 SI
8〜 12ま
での間はけつこ う取れ とるか ら,それ を取 つた とした ら
,相
手 と差 はつ めれ る。cl取
け ど
,相
手 もそれ ぐらいの点 を取 つた ら,追
いつ けへん と思 う。 rcl取60 S4:も
う,だ
つてすでに, 4点
差つけられているもんな。 cl取61
SI:う
ん。 bch62 Sl け ど
,差
が少 ない か らこつ ちが け つ こ う取 つてた,ち ょっ と
5点
ぐ らい取 つた らい け るんや ろ。Ch
63 S3:う
ん。(あいづち) bch64 S4:向
こ うが 1点も入 らん と した ら。 K2 け ど,(相
手が)強
豪校や と した ら,絶
対止 める し,決
めるや ろ。 十K2
で
, 28点
取 る と予想 した ら, 10点
は取 りたい よな。xK2
65 Sl:う
ん。(あいづち) bch66 Sl:で
も,逆
に3ピ
リオ ドで4点
しか取 られてないか ら,Bで
もい けるんかな。
Kl
67 S4:Bい
けると思 う。 K268 S4:こ
の試合で20点
い るか ら,え
つ とその3ピ
リオ ドで4点
取 らん と。=K2
69 SI そ う
, 3ピ
リオ ドあわせ て, 4点
取 られ て るんや な,負
けて るんや から
,だ
か ら,そ
れや つた ら,最
後 に4点
か ら5点 ,5点
ぐらい取れ とかなあかん よな。
+Kl
33
の起用 もあ り得 ることに気づ く。 つま り
,Slの
状況判断は S4の想 定の範囲 を超 えてい る と見 ることができる。 この ことは,Slの
メンタル・スペー スが S4のメンタル・スペ ー スを包含 してお り,Slと
S4の間に超越連鎖が生 まれ た と考 え られ る。この場面でポジシ ヨニ ングを検討す る対象 となるのは
,Sl,S3,S4の 3人
となる。Esmonde(2009)の
ポジシ ョニ ングの定義 に従 うと,Slに
は[57]と[66]でKlの
コー ドを 適 用で きるので,こ の ときのS2はエキスパー トのポジシ ョンを取 つてい る。S3に は[63]の相づ ちを打つた ことで
bchの
コー ドを適用できるので, この ときのS3はノー ビスの ポ ジシ ョンを取 つている。S4には[64]と[67]でK2の
コー ドを適用できるので,こ
の ときの S4はノー ビスのポ ジシ ョンを取 つている。 なお
,こ
の場 面ではファシ リテー ター のポジシ ョンに当た る発言はな く,ポ
ジシ ョン変動 も見 られ なかつた。以上の分析 か ら
,一
般的な中学校の授 業を記録 したデー タにおいて も,超
越連鎖,ポ
ジシ ョニング (エキスパー ト
,ノ
ー ビス,フ
ァシ リテー ター),ポ
ジシ ョン変動 とい う 先行研 究の知見 を確認す ることができた。次章では,こ
れ らの知 見に基づ き,本
研 究の目的に応 じるための授業づ く りを行 う。話 し合 い活動の質 を判断す る一つの視点になる と考 え られ るの と,話 し合い活動の グループ編成 を考 えてい くためのきっかけにもなる こ とに価値 があると思われ る。
34
第 4章
実践授業
本章 で は第
3章
の事例 考 察 で 明 らか にな つた課 題 に対 して,コ
ミュニ ケー シ ョン連鎖 とポ ジ シ ョニ ング セオ リー,ネ
ゴシエー シ ョン ムー ブの コー ドを用 いて,現
在 勤務 させ て いた だ いて い る公立 中学校1年
生 を対 象 に,4人
グループの話 し合 い活動 の様 子 を プ ロ トコル を基 に して