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デジタル化、モジュラー型オープンアーキテクチャーとそれらの影響

年代半ば以降日本のエレクトロニクス産業に強いて空洞化に向かわせるインパクトしてはたら いたといえる。付加価値の高い製品まで移管すれば、移管元の量産工場で空いたラインの穴埋 めができない。逆輸入戦略を選択すれば、もはや移管元でその製品を生産することはできない。

部品メーカーも現地調達の要請に応えて進出すれば、受注量の確保はできるが、受注単価が極 端に抑えられ、日本本国の受注単価もこの東アジア現法の単価に均されてしまうかもしれない し、本国での受注量の確保が困難になることも考えられる。設計開発まで現地化されれば、量 産は東アジアで、開発は日本でという構想も成り立たなくなる。こうした可能性が現実のもの になることが十分考えられた。しかし、当時はこのような明日の心配など考える余裕もなく、

当時の厳しい円高の真っ直中でひたすら海外展開をはからざるをえなかったのである。1 ドル

=80円の為替水準は明日の心配などしていられない状況をもたらした。この中で長野県企業の 東アジアでの事業展開は第2の特徴である部品・デバイスの現地調達の拡大に最も多くみられ る。そして本拙稿Ⅲ、Ⅳでみたように、多くの部品メーカーの明日の心配が近時現実のものに なってしまったのである。県内電子部品・デバイス企業の東アジアへの生産移管が輸出代替効 果の増大と部品・デバイス輸出誘発効果の減少を同時にもたらしながら、徐々に県内の生産・

雇用の縮小をもたらすことになった。

の互換機は米国内でまず他社によって大量に供給され、さらに国境を越えて生産立地が広がり、

その組み立て生産は賃金の安価な地に収斂し、中国広東省の東莞市に集中するようになった 2006年にはIBMもPC部門を聯想(レノボ)に売却せざるをえなくなったのである。近時では 先進国での PC の生産は極めて限定されざるをえないようになった。パーソナルコンピュー ターの生産で世界的に拡大されたモジュラー型オープンアーキテクチャーはこの間さまざまな 分野にも適用されるようになった。LSI の発展によって液晶パネルのデジタルテレビにもこう したものづくりが広まり、日本テレビメーカーの苦境を作り出したのである。ここでデジタル 化のインパクトを整理しておきたい。まずは前提として種々の調整を不可欠とする摺合せ型の ものづくりをブラウン管テレビを対象にみておきたい。

ブラウン管テレビでは受像管調整として3つのアナログ式の調整(コンバージェンス調整、

色純度調整、白バランス調整)が必要であった。シャドウマスク型カラーテレビ受像管の基本 要素は赤、青、緑の電子銃とシャドウマスクとけい光面から構成されている。カラー画像を完 全に再生するためには各色発光色が混色なく、完全なる色調で発光すること、また三色像が互 いにずれることなく一致することが必要である。

そこでまず、各々コンバージェンス調整が必要となる。一応けい光画上で合致されるように つくられている赤、青、緑の電子銃から発せられた各電子ビームは電子銃の組立精度上の誤差 や外部磁界の影響などにより、実際のブラウン管では必ずしも一点に一致しない。これを一点 に合わせるための調整手段が必要となり、コンバージェンス・ヨークがネック管外につけられ、

コンバージェンスコイルで適当な直流磁界、交流磁界で電子ビームを移動させ、ラスタのどの 部分でも常に3つの電子ビームが集中するように、「静コンバージェンス」、「動コンバージェン ス」、「垂直コンバージェンス」、「水平コンバージェンス」の調整を行わなければならない。

また、受像管のシャドウマスクや周辺のシャーシ、メタルキャビネットが磁界されると色純 度が悪くなるため、消磁コイル、消磁回路等によって消磁する色純度調整も必要となる。

さらに受像管の三つの電子銃の特性には製造上のバラツキがあり、けい光体の発光効率のバ ラツキ、塗付される量のバラツキにより白色画面をえるための各色の電流比は受像管個々に よって若干異なってくるので、電極の電圧や各色の入力信号の配分を調整して、白黒画面の明 るい部分から暗い部分まで無彩色とする白バランス調整が必要となる(注32)。各種の職人技の調 整だけでなく、注記の準備工程の上でカラーテレビが作られていたので、カラーテレビの生産 は日本の総合電機メーカーの独壇場となっていた。

設計段階だけでなく、量産ラインでもこのような調整ノウハウを日本企業が確立・保持して いたがゆえに日本テレビメーカーの国際競争力が発揮されたのである。テレビ受像機の原理は 浜松高等工業高校(現静岡大学工学部)の高柳健次郎が戦前の1926年に確立した。そして国産

第1号は浜松高等工業高校出身で高柳門弟の笹尾三郎が中心となって早川電機(現シャープ)

から1953年に生産出荷された。ただしそれは自前ですべて開発したわけではなく、特許をRCA から購入して生産したものであった(注33)。もちろんこの時代のテレビは真空管テレビで、IC テレビに関しては1971年に米国に先駆けて日本で生産された。ただしICが用いられたのは階 調補正、色補正等の画像処理と音声処理で、それ以外は人を介した調整が必要であった。しか し、半導体の発展により、デジタル化が進み、ブラウン管テレビで不可欠だった調整が漸次不 要になってきたのである。半導体は大雑把にはトランジスタ→IC(集積回路)→LSI(大規模集 積回路)の発展プロセスをたどり、LSI の規模はワンチップに搭載されるトランジスタの数で 表現される。「半導体市場は、ロジック、アナログ、マイコン、メモリ、ディスクリートほかの 5つに大きく分類され・・・2010年の半導体市場は全体で2983億ドルで・・・、ロジックカテ ゴリーは774億ドルで26%を占めており、一番大きい」(佐野[2012]、139頁)。その中にあっ

てSOC(System on a Chip、以前にはシステムLSIと呼ばれていた)は「ロジック製品の中で大

規模システムを実現しているLSI」で、「それを搭載している電子機器の競争力を決定している」

(同前)。ロジックLSIの嚆矢となったのは日本の電卓メーカ・ビジコン社の島正敏の構想で、

それは「一つの共通のシリコンチップをもとに、いろいろ機種の違ったアプリケーションをソ フトにして、それをチップの中に内蔵されたメモリに蓄え、違った機能を果たす」もので、こ の構想に基づいてインテルに開発製造が委託されたマイクロ・コントローラーが、1971年に4 ビットマイコン4004として世に現れた(注34)。このマイコンがエポックメイキングとなり、そ の後この汎用志向のマイコンにカスタム志向のニーズが寄せられ、「1980 年代に入るとカスタ ム志向のゲートアレイとスタンダードセル方式ASIC(セルベースIC)が登場した」(佐野[2012]、 110 頁)。「ゲートアレイはあらかじめAND、ORなどの基本ゲートをアレイ状に敷き詰めた構 造を持ち、配線層だけカスタム設計を行い配線のつなぎ替えでユーザの必要とするロジックを 実現するもの」(佐野[2012]、111頁)で、やや遅れて登場したスタンダードセル方式ASICは

「設計の前段階でRAM、ROMなどのメモリやCPU、アナログ回路など、モジュール化した標 準セルをライブラリとして用意してお」き、「ユーザから提供された論理はモジュール化したセ ルを組み合わせて…配置し、セル間を配線」(佐野[2012]、112頁)するものである。1985年 にザイリンクスによって発売されたFPGA(Field Programmable Gate Array)は「任意の論理回 路として使用できる論理ブロックをチップ上に格子状に配置し、その間をプログラマブルに配 線できるようにした製品で・・・製品工程も含めて完全に汎用製品であり、出荷後にユーザ側 でプログラムできる」(佐野[2012]、115頁)もので、この柔軟性に富んだLSIを挟んで、1990 年代に入ると「スタンダードセル方式ASICは搭載システム規模が拡大してCPUコアとバス、

メモリを内蔵するようにな」(佐野[2012]、117~118頁)り、このようなLSIはSOCと呼ば

れるようになった。「現在のSOCは1000万ゲートを超える規模になっており、SOC構成の基 本単位は機能IP(Intellectual Property)となっている。機能IPも規模が大きくなった結果、機 能IPが独立した商品となり、IPプロバイダが出現している」(佐野[2012]、118頁)。SOCの 構成は図-36のようになっている。

図-36 SOC のモジュラー型構造

出典:佐野[2012]43頁

そして「SOCの対象となる製品は、携帯電話、テレビ、デジタルカメラ、DVDレコーダー、

デジタルオーディオ、ビデオなど多岐にわたるが、これら最終製品のシステムの基幹部分を SOC が実現している。この意味で、デジタル情報家電時代のキーデバイスといえる」(佐野

[2012]、118頁)。レコードがCDに、カセットレコーダーがICレコーダーに、カセットテー プのウォークマンがデジタル型に、銀塩カメラがデジタルカメラにとって代わり、携帯電話・

タブレット型情報端末機がインターネットに接続され、地上波デジタルテレビに全面的に切り 替わったのも、LSIの叙上の発展に負うところが大である。1チップあたりの集積度の増大が、

扱う情報量の増加ならびに情報処理能力を高めた。もちろん情報の出入力、処理はデジタル回 路で実現され、アナログ回路で必要な種々の調整が不要となった。そのことによって、SOCな ら各IPが独立した塊になり、パソコン、携帯電話、タブレット型情報端末機等の情報通信機器、

CDROM、DVD、テレビ等のAV家電の多くがインターフェースの整えられたモジュールで組み

立てられるようになった。IP、モジュールはこの脈絡ではデジタル回路を構成単位として一つ の塊になっていると考えなければならない。

「デジタル化」とは「情報を数字で表すこと、あるいは『有限の文字列』で表すこと」(青木・

安藤[2002]、104頁)で、デジタル革命がその文字列として表示された情報を「電気的なビッ ト列として機械的に処理」(青木・安藤[2002]、103 頁)することを可能にした。つまり情報 を0と1の連続データで表し、それを4ビットあるいは8ビットのデータとして送り、ROM、

RAMに格納されたプログラムから命令レジスタに送られた処理手続きに基づいてCPUで演算 し、その結果をメモリーレジスタを経由しROM、RAMに送る、この一連の手順もデジタル回 路を通して実現される。

SOCに代表されるLSIがキーデバイスに用いられ、こうした機器がデジタル回路で構成され ることにより、アナログ回路で必要であった微妙な調整が必要なくなり、デジタル回路で構成

CPU 特定機能IP I/0 バス

メモリ 画像処理IP