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ソーシャル・イノベーション・フレームワークの提起

ドキュメント内 ソーシャル・イノベーション生成過程の研究 (ページ 131-176)

第3章 ソーシャル・イノベーション・フレームワークの提起

本稿は、人びとが持続的な事業活動をつうじて、社会のさまざまな課題を解決しようとして挑む ソーシャル・イノベーション生成の過程を動態的、全体論的に捉え、かつそれを促す上で有用とな る概念的フレームワーク(思考・実践・省察の枠組み)を構想するものである。

そして本章では、ソーシャル・イノベーション生成に関する研究仮説を示し、そしてその生成過 程を構造的にとらえた枠組みの概要を、その構成要素とともに提起する。続く第4~7章では、そ の要素ごとに関連する事例研究をともないながら、その詳細を論考する。

第1章4節の研究方法で示したように、本研究は実践事例の研究、関連分野の先行研究そして 6人の経済思想家の知見、さらに先人たちの共同的な暮らし・労働の実践知から学ぶなど、多面 的で複合的な方法をもとに、次のような研究仮説をつくり、それを事例分析に適用して更なるイノ ベーションの可能性を探りながら、仮説の論理的整合性、経験的妥当性を検証するとともに、その 仮説を改良するといった構成的なアプローチをとっている。

本研究では、ソーシャル・イノベーションは、その主体である人びとが、“徳・卓越性”(virtue)を その基層とする諸動機から、より善い社会をめざして、ソーシャル・エンタープライズをはじめとす る持続的な事業活動をつうじて社会課題に取り組み、技術革新に限らず、ヒト、モノ、カネ、情報、

知識、関係性、その他の資源を「新結合」して課題を解決し、利用者、協働者と共に、実体的な有 用性をもたらす“使用価値を協創”する中に創発するものであり、その過程で利用者の満足そして メンバーの働く喜びも充たされるものとして仮説提起する。

さらに、ローカルでの“結び合い”の中で協創した課題解決策、価値、その過程で育んだ関係 性、さらに協働者のスキル・資源などを“レバレッジング”(テコの力として活用)して、地域内外へそ の社会的インパクトを拡げていく過程も含めて、このようなイノベーションに挑む個別多様なイニシ アティブが地域内外で多層的に生まれ、互いに結ばれもしながら、地域全体がより善い経済社会 へ転換する素地をつくっていく可能性を探ろうとするものである。

その目的は、ソーシャル・イノベーションの生成過程を洞察することに留まらず、それをもとに、

より善い未来の創生に積極的に影響を及ぼしうる一人ひとりが、又、集合的にその可能性を開花 させられるよう、その助けとなる思考・実践・省察の枠組みを構想することにある。

そして、より善い社会をめざしソーシャル・イノベーションを生成する駆動力として、アリストテレス が唱えたところの、一人ひとりが「正しいことをしようとする意志をもち、かつ正しいことをどのように 上手く行うかという技能を併せ持った実践的知恵」[Schawartz and Sharpe 2010]をもって、自らも 生成変化しながら、日々の活動のなかで徳・卓越性を実践するよう提起するものである。

正しい意志を持っていても、技能が伴わなければ課題解決につながらない訳であり、スキルが あっても志がなければソーシャル・イノベーションは成立しない。又、人びとがソーシャル・エンター プライズをそのビークルとしながら、実践的知恵をもって徳・卓越性を実践することが、事業活動を つうじてその創造をめざす社会的価値そして事業的価値─この両者は二律背反すると概して思

われている─との間に相乗的相互作用を生み、働く喜びをはじめとする個人的価値も伴いながら、

イノベーションを起こすエンジンになると考えられるからである。

さらに、実践者の思考・行動原理として目的─手段─方法─実行といった実践的推論をおき、

先の実践的知恵のフレームと対応させながら、次のようにその生成過程を構想する。つまり、実践 的知恵を「意志」と「技能」に大別した上で、まず「意志」を構成するものとして〈主体〉〈動機〉〈目 的〉の3要素を挙げ、これらをソーシャル・イノベーション生成のための前提要素とする。そして「技 能」を構成するものとして〈手段〉〈方法〉それに〈成果〉を加えて実践要素とする。

そして、ソーシャル・イノベーションの生成過程を、前提要素の〈主体〉〈動機〉〈目的〉そして実 践要素の〈手段〉〈方法〉〈成果〉の各要素に還元するのではなく、相互に作用しながら有機的に結 合され一つの“物語性”をもった動態プロセスとしてとらえる。これはA・マッキンタイア(1981)が人 生の「物語的統一性」の中でこそ、一貫して徳・卓越性を実践する自分を統一的に理解でき、共 同体の共通善とともに善き生(well-being)を生きることになるとしたことに通じる。

この「意志」の要素と「技能」の要素からなる構造は、第2章の経済思想家たちの追体験から得 た示唆を反映したものである。例えば、第2章3節でとりあげたアダム・スミスは『道徳感情論』で徳 性の哲学を、『諸国民の富』で経済原理を示し、生涯この2作品の版を重ねながら、個人間の「相 互同感」からはじまり、社会の秩序(公正)そして繁栄(富)につながる道程を構想した。又、第1章 1節で言及しアリストテレスが世の中の現象の本質をとらえようと提起した「四原因説」でいう「目的 因」が〈目的〉、「始動因」が〈主体〉〈動機〉、「質料因」が〈手段〉〈方法〉にあたり、それらと綜合して

「形相因」にあたるソーシャル・イノベーション生成の過程とその〈成果〉を探ることになる。

そして、この一連のソーシャル・イノベーション生成過程を図式化したものが下図3であり、個別 ローカルでのイノベーションと地域全体の構造転換の2つの次元で捉える。左側がローカルで個 別の事業活動を通じて生成される次元で、右側がそのようなイニシアティブが多様な事業主体に よって地域に多層的に起こり、集合的に地域全体をより善いものに転換していく素地をつくってい く過程を捉えた次元で、この二つの次元の生成過程を相互連関した動態モデルとして捉えるもの であり、逆方向で地域全体の構造的環境が個別ローカルのイノベーションを促すことにもなる。

第3章 ソーシャル・イノベーション・フレームワークの提起

図3左側の個別的、そして結び合いのなかに生きることも含意したローカル[内山 2014: 41]の 次元では、〈主体〉〈動機〉つまり「誰がどうして」、〈目的〉つまり「何をめざして」、〈手段〉つまり「そ のために何をするのか」、そして〈方法〉つまり「どのようにするのか」、それに〈成果〉評価を加えた 諸要素が相互に作用しながら結合し、それが循環する構造として仮説提起する。

それは目指すべきある社会像に向かって直線的に発展していくのではなく、事業が持続的に 循環し、地域内外との関係性を育てながらイノベーションを創発し、価値が創造されるとともにロー カル地域に“総有的”(commons-based)─第4章2節で詳述する─で小さなコモンズが形成されて いく過程を捉えようとするものである。

構成要素の中の〈方法〉は次の2つの相補的なサブ要素から成る。〈方法1〉は、社会課題の解 決をめざして、生活次元の実体的な有用性をもたらす使用価値を、利用者、協働者とともに創造 する“使用価値の協創”(Co-Creating Use Value)とそれに関連する機能、活動である。

〈方法2〉は、より大きな社会的インパクトを与えるべく、個別ローカルで協創した課題解決策、

価値そしてその過程で人と人、組織、社会が“結び合い”(ties)ながら育んできた関係性、協働者 のスキル・資源などを“レバレッジング”(leveraging テコの力として活用)して、地域内外に活動・成 果がスケール・アウトされたり、自らのソリューションが社会制度化されていく過程をとらえた“結び 合い&レバレッジング”(Ties & Leverage)である。これら二つの方法は順次的であるとは限らず、

“結び合い&レバレッジング”を使いながら“使用価値の協創”も行われる。

そして図3の右側は、地域全体としての構造転換をとらえるものである。つまり、地域内に他のさ まざまな事業主体による社会的イニシアティブ─それぞれがイノベーションを起こし、“小さなコモ ンズ”を形成しながら─が多層的に起こり、互いに結ばれもしながら、新たに実体的な価値が生み 出されるとともに、時間をかけて地域の参加者が共有する共同的、相互扶助的な働き方、生き方、

価値観、慣習、作法など─古代ギリシャの市民共同体(第2章2節)そして伝統的な農山村の共同 体(第4章2節)などにみられたエートスのようなもの─を育みながら、周りの自然環境も含めて地 域全体が一つの生態系(エコシステム)のごとく、総有的でより善い、“大きなコモンズ”へと構造転 換する素地をつくっていく過程を示している。

言い換えれば、人びとそして彼らが営むソーシャル・エンタープライズが地元で起こした“さざな み”が周囲に働きかけ、働きかけられながら、さらに、同様の“さざなみ”が他の地域主体により起こ され、相互に交通しながら拡がり、地域内に大きな“うねり”をつくっていくイメージで捉えられる。

つまり、ソーシャル・イノベーションの観点からは、政治的統治システムの国―県―基礎自治体と いった、まず全体があってそれを構成する部分があるといった捉え方ではない。

人びとが個別ローカルで持続的な経済活動とともに関係性を培い、そこに“小さなコモンズ”が 生まれ、そのような多様な“小さなコモンズ”が併存し、そして集合的に地域全体を“大きなコモン ズ”へと変えていく。それは第4章2節で後述するように、伝統的な農山村で集落、神事、職業ごと に多層的にいくつもの共同体が併存し、同じ人が複数の共同体にも入りながら、それらが共同体 的な地域を生んでいた[内山 2006b]イメージに近いものである。

ドキュメント内 ソーシャル・イノベーション生成過程の研究 (ページ 131-176)

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