第1節 緒言
シー クワシ ャー(Ci trus depressa Hayata)は別名 をヒラ ミレ モ ンとも いい,
タ チ バ ナ と 並 ぶ 日 本 カ ン キ ツ の 原 種 の ひ と つ で あ る 7 6 ). 南 西 諸 島 か ら 台 湾 の山地 に分布 し,沖 縄では 大宜味 村や 名 護市屋 部,勝山,伊 豆味な どの本 島 北部地 域で栽 培さ れ ている 特産カ ンキ ツ である.耐寒性 はあ ま り強く ないも のの,乾湿 の変化 や 暑さに 対する 抵抗 力 は 非常 に強 い 7 7 ).果 実の大 きさは 約 3~4 cm, 果重 25 g 前 後であ る.酸 味が 強 く,沖 縄では 古く か ら芭蕉 布の洗 濯に使 われる だけ で なく ,ス ダチや カボ ス のよう に料理 の風 味 付けや 生食と しても 利用さ れる が ,ほとん どは 果汁 飲 料とし て加工 され て いる.シ ークワ シャー は果実 が小 さ く果皮 が薄い とい う 果実特 性に加 えて,耐 病害虫 性に優 れてい るため 農薬 散 布 が少 ないこ とか ら,果実を 丸ごと 搾汁 す る全果 搾汁方 式によ り果汁 加工 さ れてい る.こ のた め,ウンシ ュウミ カン で のチョ ッパー パルパ ー搾汁 方式 の 果汁加 工と比 べ て,果 皮の成 分やパ ルプ な どが果 汁中に 多く含 まれる こと も 特徴の ひとつ であ る .
近年,シー クワシ ャーの 果実や 葉に ポ リメト キシフ ラボ ン(PMF)であ る nobiletin,tangeretin が他の 香酸カ ンキ ツ 類(果 皮 100 g 中に タ ヒチラ イム 1.6 mg,1.0 mg;スイ ー トレモ ン 0 mg,0 mg;ユ ズ 0 mg,0.2 mg; カラ マンシ ー13.3 mg,7.7 mg) と比べ て,高 濃度 ( シーク ワシャ ー85.2 mg,51.1 mg)
で含ま れるこ とが 明 らかに なって いる 3 0 , 3 1 ).nobiletin はフ ラ ボ ン 骨 格構造 に対し てメト キシ 基 が 6 個 ,tangeretin は 5 個 結合 した 化合 物であ る( 図 4-1).nobiletin は,活 性酸素 産生抑 制に よ る酸化 ストレ ス緩 和 作用 7 8 , 7 9 ),マ ウス皮 膚 2 6 ) ,胃 2 7 )や ラット 大腸 2 8 )に おい て 発が ん抑制 作用 を 示すこ と,さ らには シクロ オキ シ ゲナー ゼ誘導 抑制 に よる炎 症抑制 作 用 2 9 ),抗肥 満作用
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nobiletin
tangeretin
sinensetin
図 4-1 ポリ メトキ シフラ ボン類 の化 学 構造 O
OCH3
O H3CO
H3CO
OCH3
H3CO
OCH3
O
OCH
3O H
3CO
OCH
3H
3CO H
3CO
O
OCH
3O H
3CO
H
3CO
H
3CO
OCH
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8 0 ),D-ガラ クトサ ミン 誘発性 肝障害 に対 す る肝保 護作 用 8 1 ),老 化関連 疾患の
原因の ひとつ であ る マトリ ックス メタ ロ プロテ アーゼ 産生 抑 制作用 8 2 , 8 3 )が あり,疾病 の 予防・改 善が 大いに 期待 さ れる成 分であ る.そ の一方 で,需要 の急増 により 需給 バ ランス が崩れ,シー ク ワシャ ーの代 わり に 安価な カラマ ンシー 果汁を 混入 す る原材 料偽装 の問 題 が発生 してい る .し かしな がら,シ ークワ シャー とカ ラ マンシ ーの果 汁は 類 似した 性状を 呈す る( 図 4-2)ため , カ ラ マ ン シ ー 果 汁 が 混 入 し た シ ー ク ワ シ ャ ー 果 汁 を 外 観 の み で の 識 別 は 困 難であ る.
シ ー ク ワ シ ャ ー と カ ラ マ ン シ ー の 識 別 へ 最 も 簡 易 に 適 用 で き る 識 別 法 と しては,官能評 価法 である と考え られ る .官能評 価とは,人 間の感 覚器官 を 使って 行う検 査で あ り,食品 だけ でな く,幅広い 分野で 用い ら れてい る手法 である .理化学 機器 の 発展に よって ,成分 の 個別分 析が可 能と な ってい るが,
官能評 価は感 度が 高 く,迅速 であ り,低 コ ストで あるな どの 点 で現在 におい ても, なお品 質評 価 法の主 流であ る.
食品 の分野 で広 く 用いら れてい る官 能 評価と して,3 点識 別 法およ びシェ ッフェ の一対 比較 法 がある .3 点 識別 法と は,A と B の 2 つの 試料を 比較す るとき に,AAB,ABB のように どち らか 一方を 1 個,他 を 2 個加えた 3 個 を提示 して ,異な る 1 つを判 断す る方法 であ る 8 4 ).また ,シ ェッフ ェの一 対 比較法 とは,対 にし た 2 つ の試料 の官 能(質や強 度)の程 度 を 尺度 化して 評 価する 方法で,試料 の 組み合 わせや 試食 順 序など の影響 を要 因 として 捉える ことが でき る 8 5 ).
その他 の識別 法と し て,対象 食品 に本 来 含まれ ない( ある い は量比 が異な る)成 分を分 析す る 成分分 析法が ある .3’, 5’ -di-C-β-glucopyranosylphloretin
(フロ レチン 配糖 体 )8 6 )( 図 4-3)はシ ー クワシ ャーに 存在 し ないカ ラマン シー固 有成分 とし て 報告さ れてお り,さ ら に シー クワシ ャー と カラマ ンシー
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図 4-2 シー クワシ ャー果 汁とカ ラマ ン シー果 汁の外 観
左,Citrus depressa Hayata(シーク ワシ ャ ー)果 汁 右,Citrus madurensis Lour.(カラ マン シー )果汁
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図 4-3 3’, 5’ -di-C-β-glucopyranosylphloretin(フロレ チン 配糖体 ) の化学 構造
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で は ポ リ メ ト キ シ フ ラ ボ ン 類 量 や 香 気 成 分 量 8 7 )に 差 異 が あ る こ と が 知 ら れ ている .
他方, 食品識 別 の JAS 分析試 験と して遺 伝子の 塩基配 列 の 違 いを 基 にし た遺伝 子組み 換え 食 品検査 の分析 マニ ュ アルが ある 8 8 ).ま た ,2003 年 1 月 には,DNA 品種 識別 技術検 討会に おい て ,DNA 品 種識別 につ いての 技術開 発と利 用のガ イド ラ インが まとめ られ て おり 8 9 ),モ モ,ナシ ,イグサ 等の作 物での 品種識 別 法 と して利 用 が開 始さ れ ,現在で は イネ,イ チゴ,イ ンゲン マメ等 の作物 での 利 用にま で拡大 して い る.
今日で は ,生物 に内 在 する短 い塩基 の繰 り 返し配 列(マイ クロ サ テライ ト)
を検出 する Si mple Sequence Repeat(SSR)法,制 限酵素 処理 に より配 列差を 検出す る Cleaved Amplified Polymorphic Sequence(CAPS)法,一 塩基の 配列 の違い を検出 す る Single Nucleotide Polymorphism(SNP) 法等 が 提案さ れ,
DNA マー カー を用い て,クリ ,ナシ ,リン ゴ,モモ ,オウ トウ ,スモモ ,ウ メ,アン ズ,ビワ,カ ンキツ 類など の主 要 果樹に おいて 品種 識 別が可 能とな ってい る 9 0 ).
開発さ れた DNA 識別 技術は ,一般 には 植 物登録 品種に 対す る 育成者 権の 侵害を 立証す るた め に利用 される こと が 多いが ,新食 糧法 と 改正 JAS 法で 品種の 表示を 義務 付 けられ た米に つい て は,表 示品種 の真 正性 を 評価 するた めに DNA 品種識 別 技 術が利 用され て い る . 中で も我が 国で 作 付面積 が最も 多 く , 高 価 格 で 流 通 す る た め に 偽 装 表 示 が 後 を 絶 た な か っ た コ シ ヒ カ リ の DNA 品種識 別 技 術は ,偽装 表示の 抑止 に 貢献し てい る 9 1 ). ま た,米 ,オリ ーブ油,果実,ワイ ン,オレ ンジ ジュー スなど の様々 な食 品 の識別 にポリ メ ラーゼ 連鎖反 応(PCR)法も 用いら れて い る 9 1 - 9 4 ).
そこで 本章で は, 官 能評価 法,成 分分 析 法およ び DNA 識別 法 を用い て,
シーク ワシャ ー果 汁 の真正 性につ いて 検 討した.なお,第 3 章 におい て果汁
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に 含 ま れ る フ ラ ボ ノ イ ド や 香 気 成 分 が 真 正 性 評 価 に 有 用 な 識 別 因 子 で あ る ことが 判明し たた め,ポリメ トシキ フラ ボ ン類お よび香 気成 分 の 判別 因子と しての 適用可 能性 に ついて も検討 を加 え た.
第2節 実験材料および方法
第1項 実験材料 1.試料
試 料 は 日 本 と 台 湾 の 企 業 か ら 入 手 し た 工 業 的 に ベ ル ト プ レ ス 搾 汁 さ れ た シーク ワシャ ーお よ びカラ マンシ ー果 実 飲料 用 の原料 果汁( シ ークワ シャー 原 料 果 汁 お よび カ ラ マ ンシ ー 原 料果 汁 ), 沖 縄 県 農 業 研究 セ ン タ ー 名 護 支 所 お よ び 台 湾 行 政 院 農 業 委 員 會 高 雄 區 農 業 改 良 場 を 通 じ て 収 集 し た シ ー ク ワ シャー 果実(沖 縄県 産およ び台湾 産)お よびカ ラマン シー 果 実(沖縄 県産お よび台 湾産) を用 い た.原 料果汁 は,°Brix が 9.0 ± 0.2 となる ように 蒸留水 を用い て希釈 した . 果実試 料はハ ンド プ レス式 のジ ュ ーサ ー ( 内 径 84 mm,
深さ 32 mm, ヒロシ ョウ㈱ 製)を 用い て 搾汁し ,分析 試料 と した.
モデル 偽和果 汁と し て,°Brix を 9.0 ± 0.2 に調整 したシ ーク ワ シャー 果汁 および カラマ ンシ ー 果汁を 混合し ,シ ー クワシ ャー25%果汁( カラマ ンシー 75%混合果汁 ),50%果汁(カ ラマ ンシー50%混合果 汁),75%果汁(カラ マン
シー25%混合 果汁 ) を調製 した.
ま た, 沖 縄 県 で 市 販 さ れて い る シ ーク ワ シ ャ ー 果 汁 飲 料 ( 市 販 果汁 飲 料 ) 10品を分析 に供 した .
2.試薬
nobiletin,sinensetin,tangeretin は Extrasynthase 製(Lyon,France)を 購入
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した.3’, 5’-di -C-β-glucopyranosylphloretin(フロ レチン 配糖 体 )は, ナガミ キンカ ン(Fortunella margarita)より以 下 の方法 で単離 され た ものを 用いた
8 5 ).すな わち,ナ ガ ミキン カンの 果 実 225 g からエ タノ ールを 用いて フロレ
チン配 糖体を 抽出 し た.次い でエタ ノー ルを減 圧下で 除去 し た後 ,n-ブ タノ ールと 水を用 いた 液 -液分 配で,n-ブタ ノ ール層 にフロ レチ ン 配糖体 を抽出 した.n-ブ タノ ール 層を減 圧下で 濃縮 乾 固した 後,水 に再溶 解し,合 成吸 着 剤(ダ イヤイ オ ン HP-20,三菱ケ ミカ ル㈱ 製)を 添加し てフ ロ レチン 配糖体 を吸着 させた.合成 吸 着剤か らエタ ノー ル を用い てフロ レチ ン 配糖体 を脱着 させた 後,減 圧下 で エタノ ールを 除去 し ,乾固 物(600 mg)を得た .乾固物 からの フロレ チン 配 糖体の 単離は 分 取 HPLC で行い ,フロレ チ ン配糖 体(220 mg)を得 た.なお ,分取 HPLC の条 件は 以下の 通りで ある .カラム に Tosoh ODS-Prep(250 × 22 mm I.D., 10 μm,東 ソ ー㈱製 )を用 い, 移 動相 Aはメ タ ノール,移動 相 B は 0.2%(v/v)酢酸 溶液 ,流速 は 5.0 mL/ min とした.グラ ジエン ト条件 は,B 液濃度 を 60→30%(0~90 分)と した .
第2項 実験方法 1.パネリ スト
中村学 園大学 学 生 20 名(平 均年 齢 21.8 歳 )とし た.パネ リス トは事 前に 2 ヶ月間 試料 を摂取 し,同 一試料 に対 す る評価 の尺度 がパ ネ ル で統 一され る ように 訓練し た後 , 官能評 価に参 加し た .
2.官能評 価法
試 料 20 mL を 透明 のガラ スコッ プに 入 れ,3 桁の ラン ダムに 振った 数値を 付して 提供し た. 例 えば,657,454,340 などである .評 価 には,3 点識別 法およ びシェ ッフ ェ の一対 比較法 を用 い た.
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3 点識別 法で は,同 じ試料 (A)2 点とそ れとは 異なる 試料 (B)1 点を 同 時にパ ネリス トに 提 供し ,1 つ だけ異 なる ものお よびシ ーク ワ シャー100%で あると 判断さ れる も のをそ れぞれ 選ば せ た.試料 の提 供は,各 パネリ ストに 1 回のみ とし た.
シェッ フェの 一対 比 較法の うち,順 序に よ る効果 および パネ ル による 効果 を考慮 する浦 の変 法 を用い た 8 5 ).果 汁試 料の 色 合い( 橙 色 - 黄色 ),香 り(シ ークワ シャー とは 異 なる香 り-シ ーク ワ シャー の香り )お よ び酸味( 弱い-
強 い )の 3 項目 につ い て,変化な し を 0 と し た±3 点の 7 段 階で 評 価させ た.
各 パ ネ リ ス トに す べ て の組 み 合 わせ お よ び すべ て の 順 序 で 試 料 を 提 供 し た.
3.色調測 定
果汁の 色調は 測色 式 差計(Color meter ZE6000, 日本電色 工業㈱ 製 )で 反射 式によ り測定 し,L*, a*, b*値を 求めた .
4.薄層ク ロマ トグラ フ(TLC)法によ る フロレ チン配 糖体 の 検出
メタ ノー ル 2 mL お よび超 純水 3 mL で 前 処理し た固相 カー ト リッジ( Sep-pak C18 カー トリッ ジ,日 本ウォ ータ ー ズ ㈱製 )に果 汁 2 mL を負荷 した . その後 ,超純 水 2 mL で洗浄し ,メ タノ ール 1 mL で 溶出 し たもの を分析 試 料とし た.
TLC プレ ート (sillca gel 60 F2 5 4,20 × 20 cm,Merck㈱製 ) は ,100°C で 1 時間加 熱し,使用 直 前まで シリカ ゲル を 入れた デシケ ータ ー で保管 した.分 析試料 を毛細 管 で 25 回スポ ットし ,ク ロ ロホル ム:メ タノ ー ル:1%(v/v) リン酸 溶液(65:35:5)混合 液で展 開し て ,10%(v/v)硫酸 溶液 を噴霧 後,
ガスバ ーナー で加 熱 し検出 した.