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グールドとバッハ――パフォーマンスによる音楽世界の媒介

第五章 パフォーマンスとしてのクラシック音楽

4. グールドとバッハ――パフォーマンスによる音楽世界の媒介

クラシック音楽の演奏家のなかで、グレン・グールドほどに注目され、ジャーナリズム からもアカデミズムからも言及される者はいない。グールドについての文献数は「今日で はカラスやトスカニーニのような有名なクラシック演奏家に匹敵し、重要な作曲家とさえ 肩を並べている」(Bazzana 2003=2008: 9)。グールドについては、すでにアカデミック な研究をふくむさまざまな文脈でとりあげられている。ここでは、それらの研究も参照 しつつ次の点に注意しながら論じていく。それは第一に、グールドがバッハの作品を演奏 することで有名になったという事実、そして第二に、彼がそのパフォーマンスの卓越性(そ こにはゴシップになるほどの奇癖など、「音楽外」の行動も含まれる)によって積極的に紹 介され、多くの人々の関心を集めてきたという事実である。

グールドのキャリアのはじまりは通例、1956 年に発売されたJ・S・バッハの《ゴルド ベルク変奏曲》のレコードであるとされる。それは一種のスキャンダルとして記録されて きた。まず、デビューに際してバッハの《ゴルトベルク変奏曲》を選ぶということ自体が 異色であった10。サイードは、グールドが彼のキャリアのはじまりにバッハを選んだこと は、「戦略的に創造されたはじまり」であったとし、次のように述べる。

グールドは他の演奏家のデビュー・リサイタルと、自分のそれとをはっきり区別す るために『ゴルトベルク変奏曲』を利用している(演奏家がデビューの際に選ぶ曲は だいたい予想がつくものであって、この点、グールドは異色である)が、それはまる でグールドが、超絶技巧の伝統を維持してきたロマン派の音楽を受け継ぐのを拒否し、

みずからの系譜の起源をロマン派以前の時代に位置づけ、自分がロマン派を飛び越し て、現代へと躍り出た存在であることを印象づけようとしたかのようだった。(Said 1991: 24=1995: 55)

グールドが弾くことで有名になるまで、《ゴルトベルク変奏曲》は知る人ぞ知る、、、、、、

作品で はあったが、新人のピアニストがデビューに際して選ぶには今ひとつ一般的な知名度に欠 けるものであった。通常のデビューにおいて演奏家がとりあげる作品は、サイードもいう ように、「ロマン派」の技巧的でしかも人気の高い曲目であることが多い。それはピアニス トが自らをショパンやリストのような伝説的ヴィルトゥオーソの系譜に位置づけてそのパ フォーマンス能力をアピールするうえでも好都合なやり方であった。それに対してグール ドは、バッハによる、それも一般的な意味で人気のあるとは言えない曲を選択した。しか しそのことは、結果として、グールドが通常の演奏家のデビューの仕方と自らのそれとを 差異化することに結びついたのだった。

グールドがバッハの《ゴルトベルク変奏曲》を選んだことには、グールド自身の演奏技 巧のアピールという面もあった。グールドはつねづねショパンやリストなどのロマン派の

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技巧的な作品を軽蔑するような発言をして、それらをレパートリーから除外する傾向があ った。しかし、宮澤淳一によると、このデビュー盤の《ゴルトベルク》を弾くときにグー ルドが発揮しているのは、「先鋭化されたある種の名人芸」である。すなわち、この曲を演 奏するときのグールドは「技巧の限界に挑むかのように」演奏しているのであり、「多くの ピアニストがショパンやリストのテンポの速い技巧的な曲を弾くことで享受する快楽をグ ールドはこの変奏曲に求めている」(宮澤 2004: 168)。グールド自身がどのように意識し ていたかにかかわらず、バッハの作品を弾くことによってグールドは、レパートリーの面 で他の演奏家と差異化することができたと同時に、演奏技術の面においても、その卓越性 を際立たせることに成功したのである11

こうして、一面においてグールドは、バッハの作品を「利用」することによって、自ら の演奏家としての名声を高めることができた。ある意味でグールドは、19世紀のヴィルト ゥオーソらが編曲作品を用いたのと同じように、バッハの作品を自身のパフォーマンスを 引き立てる素材としたのである。

しかし、グールドがそのパフォーマンスによって、単にバッハの作品を利用したという のは一面的な理解である。実際には、グールドのパフォーマンスによってバッハの音楽自 体があらためて注目を浴びたという面がある。こうした両面的な意味でグールドのパフォ ーマンスを考えてみないといけない。

たとえばサイードは、グールドが《ゴルトベルク変奏曲》でデビューする以前にこの曲 を公の場で弾いたピアニストがほとんどいなかったという事実にふれたうえで12、「大手 レコード企業と提携して成し遂げられたグールドの最初の業績は(同時に恒久的な業績で もあるが)この高度に様式的な曲を、きわめて広範な聴取に初めて伝えたことだった」

(Said 2008=2012: 5)と述べている。サイードはさらに、グールドがコンサートを引退 したのちにも、後続のピアニストらがグールドの影響を受けて、この曲を含めたバッハの 音楽を積極的にプログラムにとり入れるようになったことにも言及している(Said

2008=2012: 24-5)。また、ピアニストで文筆家の青柳いずみこも、グールドが後進のピア

ニストに与えた影響について、バッハの《インヴェンション》や《シンフォニア》、《平均 律クラヴィーア曲集》といった「それまでは学生の練習用にしかとりあげられなかった」

作品が、コンサートで演奏されたり、録音されたりするようになったと述べている(青柳 2014: 26)。

このように、グールドのパフォーマンスにおいては、グールドがバッハの作品を一方的 に利用したというだけでなく、逆にバッハの音楽が、、、、、、、

グールドのパフォーマンスを利用した という面があることがわかる。実際、現代のクラシック音楽世界はバッハ抜きには考えら れず、またその場合、(とくにピアノ演奏においては)グールドぬきにバッハは考えられな い。これはまさに、パフォーマンスによる音楽的媒介の事例として考えられるものである。

では、どうしてグールドのパフォーマンスにおいて、このような媒介が可能となったの だろうか。これには非常に多くの要因が複雑に絡んでいると考えられ、そのすべてをここ

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で明らかにすることはできない。しかし、ここまでの議論を総合することで、いくつかの 重要な点に関して推察を述べることはできる。

ひとつは、グールド自身のパフォーマンスがさまざまな意味で、多くの人々の注意を喚 起したことであろう。グールドのパフォーマンスにおいては、一般に「音楽的」とされる 以外の面に注意が向けられることが多い。有名な話であるが、グールドは異常なほど低い 椅子に腰かけてピアノを演奏し、また演奏しながらハミングし、場合によっては指揮者が いるにもかかわらずピアノの席からオーケストラを指揮したりした。そうした舞台上での 彼の振る舞いは、しばしばジャーナリズムの注目を集めたが、それは舞台から離れた日常 的な部分にまでおよんだ。すなわち、夏でもオーバーと手袋を手放さないといったことか ら、若い頃のグールドの端正な容姿にいたるまで、グールドのパフォーマンスは、しばし ば「音楽外的」とされる面も含めて関心を集めたのである。こうしたグールドの特異なパ フォーマンスは、彼がキャリアのうえでもっとも脂の乗った時期に突然コンサートを引退 したこととも合わさり、パフォーマーとしての彼の知名度に拍車をかけた13

他方、グールドのパフォーマンスは、一般に「音楽的」とされる側面、すなわち演奏解 釈の面においてもつねに物議をかもした。クラシック音楽世界における一般的な慣習や規 範においては、演奏家は基本的に作曲家の記した楽譜の指示に忠実であらねばならないと されている(こうした点はスモールの議論を紹介した際にもとりあげた)。ところがグール ドは、楽譜に記された演奏記号(強弱やテンポ等の指示)をしばしば無視し、場合によっ ては自分流にアレンジすることも辞さなかった。こうしたこともあって、グールドの演奏 は、クラシック音楽に対して保守的な考えをもつ人々からは強い反発や批判を受けること となった。しかしこのことは、逆に言えば、グールドのパフォーマンスが、既存のクラシ ック音楽世界の慣習や美学上の規範に挑戦することを意味した。

実際、グールド研究者のケヴィン・バザーナによれば、グールドは演奏行為を作曲家の 作品制作になぞらえ、ひとつの創作行為とみなしていた。クラシック音楽世界においては、

ふつう演奏者は楽譜に忠実であることが求められるのであるが、「グールドの考えでは、演 奏者はむしろ自らの価値観や偏好を作品に反映してみせるべきであり、ある意味ではスコ アを基にして、自身の新しい作品をつくり上げるべきなのである」(Bazzana 1997=2000:

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こうして、グールドのパフォーマンスは、その「音楽的」な面と「音楽外的」な面(実 際にはこの二つは区別しがたい)の両方において、人々の注意を喚起することになった。

こうしてグールドは、幅広い層の人々から、多面的な注目を集めることに成功した。

しかし、それでもなお疑問なのは、グールドのパフォーマンスがその音楽外的な振る舞 いにおいて衆目を集め、音楽的にもクラシック音楽の世界の規範に抗うことで注目を集め たとしても、それだけでは、「異端」のピアニストとして、色眼鏡で見られるだけに終わっ