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アフォーダンスとしての音楽

第二章 社会を媒介する音楽 ――「媒介」理論の展開――

2. ティア・デノーラ――資源としての音楽

2.3. アフォーダンスとしての音楽

デノーラは音楽の社会的意味や効果を考えるためには音楽それ自体の素材特性を考慮す るとともに、それらが置かれた社会的文脈をも同じく視野に入れる必要があることを主張 している。こうした探求を可能にするためにデノーラが採用するのが、生態心理学に由来 する「アフォーダンス」(affordance)の概念である10。たとえば、丸いボールは、転が したり、蹴ったりする動作をアフォードするが、同じ感触と重量をもつ四角い立方体では そのようにはいかない(DeNora 2000: 39)。これと同じように、音楽にもその特性に応じ た身体的動作や、感情をアフォードする働きを認めようというのである。デノーラはこの アフォーダンスの考えについて、次のように述べている。

「アフォーダンス」の概念は組織する媒体(organising medium)としての音楽の 能力を強調する。それは意識のスタイル、理念、あるいは身体の状態といったような ものを組織する助けとなる。物事をアフォードする音楽について語ることは次のこと を意味する。すなわち、音楽が実践的でしばしば非認知的な行為をつうじて事物が形 成され、彫琢される、ひとつの素材であるということである。(DeNora 2003: 46-7)

特定の音楽にはそれぞれ、リズム、テンポ、音のダイナミクスやテクスチャーといった 素材的特性が備わっている。そのような特性は、エアロビセッションにおいて見られたよ うに身体的な動作を構成するかもしれない。あるいは、合唱におけるハーモニーがある種 のコミュニティにおける調和の理念を表現するといったように、何らかの思想や理念を概 念化するためのモデルを提供するかもしれない。そのようにデノーラは、音楽を「アフォ ーダンス」の構造として捉え、音楽を私たちの身体的動作や認識を構成する媒体として考 えようとする。

ただし、「アフォーダンスの構造として音楽について語ることは、けっして音楽を行為、

思考、感情的反応の『原因』あるいは『誘因』として語ることではない」(DeNora 2003: 48)。 つまり、音楽が何らかの身体動作や認識をアフォードするといっても、そのことは、音楽 そのものが無媒介的に人に働きかけるというということを意味しない。音楽の働きをその

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素材的特性へと還元してしまうのであれば、音楽の意味なり効果なりを内在的な力に還元 する議論に逆戻りすることを意味するからである。したがって、音楽が具体的な行為や認 識をアフォードするというとき、そこには、必ずしも意識的にというわけではないが、行 為者自身が音楽に含まれる素材的特性を適切に位置づけ、利用するという反省的な作用が 含意されるのである。

このように、アフォーダンスということでデノーラは、音楽の素材特性と、そのような 特性を音楽から引き出す行為者自身の反省作用とを同時に問うべきだと考える。

では、アフォーダンスの構造として音楽の働きは、具体的にどのように確かめることが できるのだろうか。言い換えれば、音楽が人々の行為のなかで動員される様子をどのよう に観察できるのだろうか。こうした問いに関してデノーラは、「音楽的イベント」(Musical

Event)という図式を提示している(表1)。

時間1-イベント前(行為者Aにとって重要なすべての所与の歴史)

1.前提条件

慣習、経歴に関連したもの、事前にプログラム化された実践 時間2-イベントの最中(数秒から数年、どんな持続期間でもよい)

2.イベントの特徴

A 行為者 誰が音楽に関与しているか?(e.g. 分析家、オーディエンス、リスナー、

演奏家、作曲家、プログラマー)

B 音楽 どんな音楽であり、そしてそこには行為者によって割り当てられたどんな 意味が伴っているか?

C 音楽に関与する行為 何が行われているか?(e.g. 個人的な聴取行為、音楽への 反応、演奏行為、作曲行為)

D Cのローカルな条件 (e.g. この、、

とき、この、、

仕方において(すなわち、時間2―

―「イベントの最中」において)、音楽とどのように関わるようになったか)

E 環境 音楽への関与はどんなセッティングのもとで催されるか?(物質的、文化 的特性、その場で供される解釈枠組み(e.g. プログラムノート、リスナーのコメ ント))

時間3-イベント後

3.結果 音楽への関与はどんなことをアフォードしたか? こうした関与によって変化する か、達成されるか、可能になるかしたことは何か? このプロセスは私があげたいずれかの 項目を変化させたか?

表 1 音楽的イベントとその条件(DeNora 2003: 49)

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デノーラがいう「音楽的イベント」は、音楽と結びついた人々の行為から構成されてい る。ここで中心となるのは、「時間2――イベントの最中」の枠の中に並べられた 5 つの 要素である。まず、音楽的イベントに関与する行為者(A)は、プロであるかアマチュア であるか、演奏者であるか聴き手であるか、作曲家であるか分析家であるかを問わず、独 りまたは複数の行為者で構成される。また、そこで対象となる音楽(B)も、それがどの ような種類の音楽であるかが問われない(それは作品全体であるか、その「断片」である か、即興で生み出されたハミングであってもよいとされる)。肝心なのは、音楽に関与する 行為者にとって、それがどのように重要性をもつ(meaningful)ようになるか、というこ とであるが、そのことを確かめるためには、どのような環境(E)において、どのような ローカルな条件(D)のもとで、その音楽とともに何が行われているか(C)が問われなけ ればならない。

さらに、「音楽的イベント」は、時間的な前後関係――過去(「前提条件」)と未来(「結 果」)――を含んでいる。「前提条件」とは、人々によって認知された作曲の様式や慣習、

特定の音楽と聴き手の個人史的な関わりといった、行為者が音楽に関与する際に前提され る条件を意味する。そこには、特定の目的に応じて音楽を利用するため事前になされるあ らゆる「プログラミングのパターン」(patterns of programming)――たとえば気分を変 えるため、商品を販売するためといったそれぞれの目的に応じて操作された音楽外的なも のを含む事前の準備作業――が含まれる。そして「結果」には、行為者の志向に応じて、

音楽がアフォードするか、可能にするすべてのものが含まれる。たとえば、「関与する行為」

(C)が分析家による批評のような活動であれば、何らかの理念や思想をアフォードする かもしれない。また、それが自宅での聴取である場合、リラックスした心理状態やムード の変化をアフォードするかもしれないとされる。

このような「音楽的イベント」の図式を用いてデノーラが強調するのは、音楽の社会的 意味や効果について考えるためには、具体的な事例をとりあげながら、そのなかで行為者 自身が(音楽外的なものを含む)さまざまな取り組みの中に音楽をどのように位置づけて いるかをつぶさに追いかける必要があるということである。そうした具体的なレベルの分 析においてはじめて、「音楽がどのように特定の事物をアフォードできるのか、それゆえ、

どのように社会生活に『入り込む』(get into)のか、を確かめることが可能になる」(DeNora 2003: 55-6)。

重要なのはデノーラが自己のアイデンティティを確認したり、個人的、集団的な場面で ムードを変えたりといったさまざまな目的のために、人々自身が音楽を利用するミクロな 社会状況に着目した点である。こうして人々自身が音楽を日常的場面における資源として 利用することで、音楽は社会生活を媒介できるようになる。これは音楽そのものと、その 社会的な効果とが不可分であること、つまり、日常的かつ具体的な人々の活動のなかで音 楽そのものとその働きとが、同時に生み出されているということを意味するだろう。まと

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めるなら、デノーラは音楽が社会生活においていかに媒介的に働いているかという問題を 提起し、それに対して答えようとしたということである。デノーラの議論から明らかにな ることは、現代の高度に情報化され、合理化された世界にあってなお、音楽は理性的、反 省的認知をこえて人間に働きかける効力をもち得るということであり、また一方で、私た ち自身がそのような音楽の力を頼りにし、それらを動員しつつ社会生活を有意味なものに 仕立てているということである。