第1節 前章までの検討結果
1 グループ企業間報酬の趣旨
191 村井 正名誉教授は、ピーエル農場事件(大阪高裁昭和 59 年 6 月 29 日判決・行裁 35 巻 6 号 822 頁)におけ る取引当事者は 4 社のうち 3 社は関連企業グループを構成しており、取引の当事者は関連法人群全体の租税負担 の極小化を意図しているにもかかわらず、現行法人税法は、もっぱら 2 当事者間の取引に分解して、低額取引等 の認定を行っている旨指摘されている(『租税法-理論と政策-(第三版)』165 頁・青林書院・平成 11 年)。
本稿では、主に、①ストック・オプション、②特約店等の従業員等(セールスマン)が製 造業者等から受ける金品、③転籍者(又は出向者)が転籍前の法人(出向元法人)から受ける 給与較差補てん金を取り上げて検討を加えてきた。
これらのうち、①ストック・オプション及び②特約店等の従業員等(セールスマン)が製 造業者等から受ける金品は、いずれもグループ企業内での役務提供や精勤の継続等につい てインセンティブを与えることを目的としたものであるのに対し、③給与較差補てん金は、
法人の業務上の事情等により転籍又は出向させることになった者に対し、給与水準を維持 するための支出であり、支出する法人からみれば役務提供の対価としての性質はなく、業 務上の費用としての性質を有するものといえる192。
このように、本稿で取り上げたグループ企業間報酬は、報酬支払者である法人からみる と、役務提供者にインセンティブを与える性質を有するものと、業務上の費用としての性 質を有するもの193とに区分されることになる。
2 所得区分のあり方とその問題点
役務提供者が受ける対価の所得区分は、その区分が設けられた趣旨からして、役務提供 者からみた対価についての所得税法上の評価により区分されるべきであり、それを支出す る法人における法人税法上の評価の影響を受けるべきではない。
上記1の①ないし③は、役務提供者である従業員等からみれば、役務等を提供すること より受けるものとして、いずれも人的役務提供対価としての性質を有するものといえる。
そして、人的役務提供対価の所得区分は、受ける対価の性質や提供する役務等の態様等に 応じて判断されるべきであり、それが、非独立的ないし従属的な役務等の提供による対価 と評価できるものであれば、給与所得として課税するのが所得税法が所得区分を定めた趣 旨に適うものである。
なお、給与所得に係る対価について、最高裁ストック・オプション給与判決は、役務提 供先から受けるものに限らないとしたが、現行の所得税法における所得区分の規定振りか らすると、所得税法 28 条 1 項所定の給与等は、役務提供先から受ける対価を前提としたも のと考えざるを得ず、役務提供先以外から受ける対価を給与所得とするには、租税法律主 義の観点からの手当が必要である194。
192 第二章第 3 節の 1「グループ企業間報酬の性質」参照
193 業務上の支出を有するものをグループ企業間報酬とするのは相当ではないともいえるが、対価受領者にとっ ては、人的役務提供対価としての性質を有するものといえる。
194 第二章第 3 節の 3「租税法律主義と所得区分」参照
3 費用控除及び源泉徴収とその問題点
法人税法において、グループ企業間報酬に係る費用控除に関する明文規定はないところ、
直接、役務等の提供を受けない者に対する金員の支払は、報酬、給与等として費用控除す ることはできない。この点に関し、従業員等により提供される役務の受益者は役務提供先 であるといえ、従って、グループ企業間報酬は、原則として、役務提供先で費用控除する のが相当である。
また、源泉徴収は所得税法の規定で定められるものであり、対価支払時に源泉徴収され る税額は、役務提供者の所得税の前払であって、確定申告等の際には源泉徴収された又は されるべき税額(適法に源泉徴収された税額)として控除されるものであることからすれば、
法人が従業員等に対価を支払う場合の源泉徴収は、その対価の法人税法上の評価により定 まるべきではなく、従業員等の所得税法上の評価(課税所得か非課税所得か、課税所得であ ればいずれの所得区分となるか)により定まるべきである195。
専ら子会社に対して役務等を提供する従業員や外交員が親会社等から受けるグループ企 業間報酬は、その対価の性質と子会社に対する役務提供の態様等に応じて所得区分と源泉 徴収税額が定まるべきであるから、役務提供先でない親会社等に適正な源泉徴収義務の履 行を期待することはできず、役務提供先である子会社において源泉徴収を行うのが相当で ある196。
第2節 グループ企業間報酬に係る法令の整備(提言)
1 提言に当たっての前提
グループ企業間報酬の税務上の取扱いを明確化させるには、我が国の現行の所得税法及 び法人税法の取扱い197を前提として検討を加える方法と、第四章でみた米国における関連 グループ 企業間で適 用される IRC482 条における費用 配分の適用 を我が国の 法人税法等に 取り入れる方法が考えられるが、本稿は、現行の所得税法及び法人税法(いずれも租税特 別措置法を含む。)の適用を前提とした判例の分析・検討からグループ企業間報酬の税務上 の取扱いの方向性の考察を目的としていることから、以下においては前者により検討を進 めることとする。
195 第三章第 3 節の 3「新株予約権の行使益又は転籍者に対する給与較差補てん金に係る源泉徴収」参照
196 第三章第 3 節の 1「源泉徴収制度の趣旨と源泉徴収義務者」参照
197 所得区分を定めた趣旨は、所得の種類によって担税力が異なるという前提に基づくものであり、同じ性質の 対価であれば同じ所得区分としてする取扱い(所得税法)及びグループ企業であっても独立した経済主体であり、
経済的利益の供用は寄附金とする取扱い(法人税法)。
2 税務処理の方向性
ここでは、グループ企業間報酬について、ストック・オプションなどのインセンティブ 報酬に係るものと、出向・転籍など法人側の都合により受ける給与較差補てん金とに区分 し、税務上の処理方法について考察する。
⑴ インセンティブ報酬としてのグループ企業間報酬 ア 税務処理の考え方
インセンティブ報酬に係るグループ企業間報酬の所得区分の判定及びその支払時におけ る源泉徴収すべき税額の判断を適正に行い得るのは役務提供先であり、かつ、その役務提 供先は役務の直接の受益者でもある。
そうすると、インセンティブ報酬に係るグループ企業間報酬の税務処理の中心となる存 在は役務提供先といえ、グループ企業間報酬の支払に係る取引を、①報酬支払者と役務提 供先との取引と②役務提供先と役務提供者との取引に区分して、①については、報酬等に 係る費用負担についての法人間取引として、また、②については、報酬の支払に係る法人・
個人間取引として、税務処理を導く方法が考えられる(図1参照)。
〔図1〕グループ企業間報酬の考え方(間接支給)
報酬支払者 (グループ基幹法人)
役務提供先 (人的役務の提供を直接 受けるグループ法人等)
役務提供者 (従業員、外交員)
他方、グループ企業間報酬は、報酬支払者から役務提供者に直接支払われるものであり、
そのことが通常の給与や報酬と異なりインセンティブを与える要素の一つとも考えられる。
このことを前提とすると、報酬支払者と役務提供者との取引を中心として、それに役務提 供先の支配圏内にある情報(役務提供者との契約関係、提供される役務の態様等)を報酬支 払者に与えることにより、税務処理を適正化する方法も考えられる(図2参照)。
〔図2〕グループ企業間報酬の考え方(直接支給)
報酬支払者(グループ基幹法人)
役務提供先(人的役務の提供を直接受けるグループ法人等)
役務提供者 (従業員、外交員)
イ 具体的検討
まず、①報酬支払者と役務提供先との取引と②役務提供先と役務提供者との取引に区分 する方法〔図1〕について考察する。
この考え方は、グループ企業間報酬が、直接、役務提供者に支払われるとしても、税務 上は、役務提供先を経由して、すなわち、間接支給をしたものとして、税務処理を行おう とするものである。
この場合、まず、報酬支払者と役務提供先との間では、報酬支払者が支出した金員につ いての法人税法上の評価がなされることになる。具体的には、報酬支払者が支出した金員 の性質について判断することになるが、例えば、ストック・オプション費用の場合には、
役務提供先が負担するのを相当として寄附金の処理となり、また、役務提供先における取 扱数量等を基準とする割戻しとしての性質があれば費用(損金)控除できることになる。そ して、いずれの場合においても、それを受ける役務提供先の収入(益金)となる。
次に、役務提供先においては、役務の受益者として役務提供者に対する報酬等に係る費 用を控除する。その際に、提供を受けた役務の態様等に応じて役務提供者の所得区分を判 断し、給与又は報酬として源泉徴収を行う。
この間接支給の方法を、税務上の処理として定めることにより、実際の金員の流れも役 務提供先を経由して交付されることが期待でき、そうなれば、役務提供者の所得区分及び 源泉徴収税額の判断が容易かつ適正になされることになる上、その所得区分を給与所得と するのを相当とする場合においても、税務上、役務提供先からの支払と評価できることに なり、現行の所得税法 28 条 1 項所定の給与所得とすることに問題は生じない。
それに加え、役務提供先での支払対価の法人税法上の評価(報酬、給与等)と役務提供者 が受領する対価の所得税法上の評価(所得区分)とが対応することになり、報酬支払者にお ける適正な源泉徴収義務の履行が期待できることになる。
なお、役務提供者へのインセンティブを目的とする以上、報酬支払者が役務提供者に直 接支払うことに意義があるとして、直接支給の形式をとる場合においても、税務上は、役 務提供先を経由して支払ったものとみなすことになり、従って、その報酬支払に当たり、
報酬支払者と役務提供先との間で、報酬額とともに源泉徴収税額の決定を行い、源泉徴収 税額相当額を役務提供先に交付し、役務提供先が源泉徴収義務者として国に納付すること になる。
次に、報酬支払者と役務提供者との取引を中心とし、それに役務提供先が報酬支払者に