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キンク損傷が PBO 繊維の引張強度に及ぼす影 響

3・1 緒言

第 2 章ではキンク損傷がミクロフィブリルの座屈によるものであることを明 らかにした.そこで本章ではキンク損傷の発生がどの程度引張強度の低下に影 響を及ぼすかについて調査した.実験では,PBO 繊維を繊維束の状態で鋼棒に 巻きつけることでキンク損傷を導入した.鋼棒の直径を 4 種類準備することで キンク損傷を導入する際の繊維表面に発生するひずみを変化させることで発生 するキンク損傷の数を調整し,PBO 繊維の単繊維引張試験を行うことでキンク 損傷の数と引張強度の関係について明らかにした.また,光学顕微鏡で観察さ れるキンク損傷の形状は主として 3 種類に分けられる.このキンク損傷の形状 が引張強度に及ぼす影響を調査するため,キンク損傷の形状と引張強度の関係 についても調査を行った.

3・2 供試材料

本章では,供試材料として高弾性率タイプの PBO 繊維(ザイロン®-HM,東 洋紡)を使用した.この繊維は第2 章で使用した AS 繊維(ザイロン®-AS)の 製造過程において,600℃以上の緊張下で後熱処理を行うことで引張弾性率を向 上させた繊維である.表3-1 に高弾性率タイプPBO 繊維(以降,HM 繊維)と AS 繊維の機械的特性のカタログデータを示す 1).HM 繊維の引張弾性率は AS 繊維の約1.5倍であり,非常に高いことが分かる.HM繊維の直径は約10.7 µm であり,AS繊維と同程度である.また繊維直径のばらつきについてもAS 繊維 と同様,大きなばらつきを持っている.図3-1にHM繊維の40本の直径と参考 として2・2 供試材料で示したAS繊維の40本の直径を正規確率紙上にプロッ トしたグラフを示す.この時繊維直径の平均値は 10.7 µm であり,標準偏差は

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0.76 µmであり,繊維直径のばらつきが大きいことが分かる.また,AS繊維と

HM繊維の近似線の傾きから,繊維直径のばらつきが同程度であることが分かる.

3・3 試験片作製方法

3・3・1 キンク損傷導入方法

本研究では,PBO 繊維を家庭用電気コード等,ループ直径の小さい用途への 適用を考えて,断面が円形の鋼棒に繊維を巻きつけ,曲げ変形を与えることに より繊維にキンク損傷を生じさせる方法を採用した.図3-2にキンク損傷生じさ せる際の模式図を示す.鋼棒に巻きつける繊維は供給時の繊維束の状態とし,

Type Tensile Elastic Modulus, GPa

Tensile Strength, GPa

Compressive Strength, GPa

Filament Decitex

Density, g/cm3

HM 270 5.8 0.561 1.7 1.56

AS 180 5.8 0.469 1.7 1.56

Table 3-1 Mechanical properties of PBO fibers.

6 8 10 12 14 16

0.1 1.0 5.0 10.0 50.0 90.0 95.0 99.0 99.9

Cumulative probability Pi , %

Fiber diameter d, m 80.0

70.060.0

20.0 30.040.0

AS fiber HM fiber

Fig. 3-1 Didistributions of fiber diameter of PBO fiber.

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鋼棒に繊維束の一端を固定し,繊維束のたるみをとるためにもう一端に錘(繊 維束での引張強度の0.1 %に相当する荷重)をつるし,繊維束が重ならないよう に巻きつけた. 繊維を巻きつけた鋼棒の直径(以後,ループ直径と記載)は,

繊維を等方弾性体と仮定し,表3-2に示す繊維の引張弾性率を圧縮弾性率とおい て,圧縮強度と圧縮弾性率から圧縮破壊ひずみを求め,(3-1)式から得たループ

直径5 mm を基準とした.実験では基準のループ直径とその1/2,1/4,1/8 の 4

条件でキンク損傷を生じさせた.

D

d

(3-1)

ここで,ε,d,Dはそれぞれ,繊維表面の圧縮ひずみ,単繊維の直径,ループ 直径である.本研究では圧縮強度に表3-2に示すカタログデータの値を用いた.

第2章PBO繊維におけるキンク損傷発生にて求めた圧縮強度は初期のキンク損 傷の発生時の圧縮強度であり,第2章で求めた圧縮強度ではPBO繊維に十分な 数のキンク損傷を生じさせることができないと考えられるため,本章でのキン ク損傷を発生させる基準のループ直径の算出にはカタログデータの圧縮強度を 用いた.表3-2にキンク損傷を生じさせる条件を示す.繊維に生じたキンク損傷 の観察には光学顕微鏡(VHX-900, KEYENCE)を用いた.

Steel rod

PBO fibers bundle

Weight

Fig. 3-2 Illustration of experimental methodology.

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3・3・2 単繊維引張試験片作製方法

図 3-3 に繊維単体の引張試験片を示す.(a)は試験片の模式図を(b)は試験片の 実際の写真を示している.PBO繊維は非常に細いため,JIS R7606を参考にして 試験片には中央を長方形に切り抜いた紙製のタブを使用した.試験片作製の際 は繊維束から繊維を 1 本取り出し,切り抜かれた紙製タブの中央部分にエポキ シ系接着剤で繊維の両端を固定し試験片とした.なお,ゲージ長さは 12.5 mm とし,作製した試験片は繊維が紫外線及び可視光により強度低下を起こすため,

接着剤が完全に硬化するまで暗室で保管した.

Diameter of steel rod

fiber bundle, mm 5 2.5 1.25 0.65

Average of surface compressive strain on

the looped fiber, %

-0.205 -0.419 -0.848 -1.627

Table 3-2 Diameter of steel rod fiber bundle wound and average of surface compressive strain on the looped fiber of each condition diameter of fiber loops.

Fig. 3-3 Single fiber testing tab for tensile test.

Gauge length 12.5 mm

PBO fiber Adhesion

Gripping area

A

(a) Schematic view (b) Photography

PBO fiber

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3・4 単繊維引張試験方法

本研究ではキンク損傷と引張強度の関係を調査するため単繊維での引張試験 を行った.引張試験には図 3-4 に示す卓上小型引張試験機(EZ-Test,島津製作 所)を使用した.(a)は試験機全体の様子を,(b)は試験片チャック部の様子を示 している.引張試験は図3-4(b)のように紙製のタブを用いて作製した試験片をチ ャック部に取り付け,タブの両側を切断したのち行った.引張試験の試験速度 は8.3×10-3 mm/s (0.5 mm/min)とし,荷重は容量5 Nのロードセルにより検出 し,荷重とクロスヘッドの変位を計測した.試験片の本数については,ばらつ きを考慮して40本とし,接着端部で破壊した試験片についてはデータとして採 用しなかった.繊維直径の測定は個々の繊維に対して行い,繊維の断面を円と 仮定し,電界放射走査型電子顕微鏡(S-4000,日立製作所製)で撮影した繊維側 面の幅を直径とし測定した.また,直径の測定はSEMの電子線による繊維の損 傷を避けるため引張試験後に行った.直径の測定位置については破断部が望ま しいが,破断部の直径は引張破壊によって変化している可能性があるため,ゲ

Fig. 3-4 Whole view of direct tensile testing machine.

(a) Schematic view (b) State of the specimen mount

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ージ間の外側(図3-3中のA部)の直径を測定した.なお,PBO繊維は繊維長 さ方向に対して直径が変化するが,本論文でのゲージ長さは比較的短いため長 さ方向の直径変化は無視した.

3・5 結果および考察

3・5・1 表面圧縮ひずみとキンク損傷密度の関係

まず,鋼棒に繊維を巻きつけることでキンク損傷がどの程度生じているのか を評価するために,本研究では長さ250 µmの範囲のキンク損傷を数え,長さ100 µmあたりのキンク損傷の数に換算した値をキンク損傷密度と定義した.キンク 損傷の数え方は,一本の黒線を一つのキンク損傷と数える.なお,各試験片の キンク損傷を数える際は,引張試験後に図3-3中のゲージ間の外側(A部)にお いて接着部より500 µm離れたところから250 µmの範囲でキンク損傷を観察し た.また,光学顕微鏡で観察する際に,一方向からの観察だけではキンク損傷 が見えない場合があるため,繊維を真下に見て(角度 0°),-60°~+60°の 範囲を観察した.なお,キンク損傷の色には濃淡があるが,ここでは濃淡に関 係なく数えた.図3-5にループ直径ごとにキンク損傷を導入したPBO 繊維の様 子を光学顕微鏡で観察した様子を示す.図よりループ直径が小さくなるに従い キンク損傷の数が増加しているように見受けられる.また,いずれのループ直 径においても十分な数のキンク損傷が発生しており本研究で用いたキンク損傷 を発生させるためのループ直径の条件(5.0,2.5,1.25,0.65 mm)は妥当である といえる.

図3-6にキンク損傷密度と表面圧縮ひずみの関係を示す.図の縦軸はキンク損 傷密度,横軸は表面圧縮ひずみであり,▽,○,△,□はそれぞれループ直径5,

2.5,1.25,0.65 mmのデータを示している.また,図中の実線は最小二乗法によ

り全データを直線近似したものである.なお,図の横軸の表面圧縮ひずみが各 条件で一定でない理由は個々の繊維の直径が異なるためである.また,表面圧 縮ひずみが大きくなるに従いばらつきは大きくなっている.これは,表面圧縮 ひずみが大きくなる,すなわちループ直径が小さくなるに従って繊維を曲げた

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際の曲率半径における繊維直径の割合が大きくなるため繊維直径のばらつきが 大きく影響したためである.図より,表面圧縮ひずみの増加とともにキンク損 傷密度は増加する傾向を示すことが分かる.また,キンク損傷密度のばらつき も表面圧縮ひずみの増加とともに大きくなる傾向を示した.

ここで本研究では,キンク損傷密度を繊維長さ100 µmあたりのキンク損傷の 数で整理した.しかし,3・2 供試材料でも示したようにPBO繊維の繊維直径

(b) Diameter of fiber loops: 2.5 mm

(c) Diameter of fiber loops: 1.25 mm

Fig.3-5 Kink damaged PBO fiber for each diameter of fiber loops.

(d) Diameter of fiber loops: 0.65 mm (a) Diameter of fiber loops: 5.0 mm

: Kink damage

250 µm

250 µm

250 µm

250 µm

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のばらつきが大きいことを考えると,キンク損傷密度の定義には単位体積当た りのキンク損傷の数や単位表面積当たりのキンク損傷の数で整理することも考 えられる.ここで,キンク損傷密度のばらつきに注目すると図3-6よりループ直 径が小さくなるに従いキンク損傷密度のばらつきが大きくなっていることが分 かる.そのため,キンク損傷のばらつきは繊維直径よりループ直径が大きく影 響していると考えられる.また,キンク損傷密度を繊維長さ,表面積,体積で それぞれ整理した時の平均値,標準偏差,変動係数を表3-3に示す.それぞれの ループ直径毎の変動係数に注目すると,ループ直径5.0 mmでは43程度,2.5 mm では35程度,1.25 mmでは26程度,0.65 mmでは26程度となっており,いず れの方法でキンク損傷密度を整理してもばらつき具合は変わらないと言える.

よって,キンク損傷密度のばらつきはキンク損傷を導入する際のループ直径が 大きく影響すると考えられるため,本研究では算出方法の単純な繊維長さを用 いてキンク損傷密度を整理した.

0 1 2

0 5 10 15

Kink band density n/100, μm

Surface compressive strain of the looped fiber loop, % Diam eter of fiber loops

5.0 m m 2.5 m m 1.25 m m 0.65 m m

Fig. 3-6 Relationship between kink band density and surface compressive strain of the looped fiber.

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