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カントにおける世界考察の方法

はじめに

前章では、バウムガルテンが世界を「複合体」と「系列」という二つの観点から考察し ていることを示した。この成果を踏まえ、本章では、主にカントの形而上学に関する講義 録とレフレクシオーンを手がかりに、バウムガルテンと同様、カントも世界を「複合体」

と「系列」という二つの観点から考察していたことを明らかにする。そのために、以下で は、カントが「世界の質料」、「世界の形式」、「世界の全体性」という三つの観点から世界 を考察していたことに着目したい。議論は以下の順序で進められる。第1節では、カント が上記の三つの観点から世界を考察していたことの典拠を示す。第2節では、カントがこ れら三つの観点を導入した目的を明らかにする。

第1節 「世界の質料」、「世界の形式」、「世界の全体性」という三分法の典拠

では、「世界の質料」、「世界の形式」、「世界の全体性」という三分法はアカデミー版カン ト全集のどの箇所で用いられているのだろうか。まず、公刊著作の中では、1770年の『就 職論文』の冒頭部を挙げることができる。『就職論文』の 1 項で、カントは世界を以下の ように定義している。「実体的複合体において、分析が終わるのは、全体でない部分、つま り≪単純なもの≫においてのみであり、総合が終わるのは、部分ではない全体、つまり≪

世界≫においてのみである」(Ⅱ 387)。さらに、この定義の説明を終えた後、2項の冒頭 部で、「世界の定義の際に注意されなくてはならない諸契機」(Ⅱ 389)として、「超越論 的な意味での質料(materia (in sensu transcendentali) )」(ibid.)、「形式(forma)」、「包 括性(universitas)」の三つを挙げている。カントによれば、「質料」とは実体と見なされ た諸部分、「形式」とは「諸実体の同位的秩序」、「包括性」とは「共存する諸部分の絶対性 一切性、、、

(omnitudo compartium absoluta)」であるという(Cf. Ⅱ 389-392)。このこと から、「世界の質料」は複数の実体、「世界の形式」は実体間の相互関係、「世界の包括性」

は世界を構成する諸部分の全部、と位置づけることができるだろう。

さらに、上記の三分法は、1770年代の講義録やレフレクシオーンにも見出される。例え ば、1769年終盤から1770年秋頃のものとされるレフレクシオーン4201には以下のよう

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な記述がある。「世界の概念には以下のことが属する。1. 質料的なもの、つまり実体の複 数性。唯我論的世界は世界ではない。2. 形式的なもの、つまり全体を構成する限りでの諸 実体の実在的連結、同位的秩序(その原因のもとでの従属的秩序ではない)。3. 否定的に 規定された関係、つまり他の全体の部分ではないこと。あるいは全体性」(ⅩⅦ 454)。こ の引用文では、世界の概念の構成契機として、「質料的なもの」、「形式的なもの」、「全体性」

という三点が挙げられている。ただし、三番目の契機を示すために「全体性(Totalität)」 という『就職論文』とは異なる表現が使われている。しかし、両者とも世界の絶対的全体 性という性格を指し示している点で、ここでの「全体性」は、『就職論文』の「包括性」と ほぼ同義である。したがって、この引用文も、当時のカントが「世界の質料」、「世界の形 式」、「世界の全体性」という三分法に依拠して世界を考察していたことの典拠となるだろ う。

また、1770年代後半のものとされる『形而上学講義L1』(以下、『L1』)「世界論」でも この三分法は見出される。『L1』「世界論」の冒頭部では、限界概念と関係概念を手引きに、

世界の定義が行われている。この箇所で挙げられている関係概念は、「実体と偶有性」、「原 因と結果」、「全体と部分」の三つである(Vgl.ⅩⅩⅧ 195)。これらの概念は、様々な諸 物の認識の系列を辿っていく際に使用される。例えば、舟が川を下る原因は風であり、風 がふく原因は、気圧が不安定なことであるといった形で、結果から原因へ向かって因果系 列を辿っていくことができる。さて、この系列を完結させるためには、もはや他の物の結 果でない原因、つまり第一原因が必要である。それゆえ、「第一原因」が原因と結果に関す る限界概念である。そして、残り二つの関係概念に基づく認識の系列を完結させるために も、限界概念が必要である。この点については、『L1』では、以下のように記されている。

「―実体と偶有性の関係において、実体的なものが、もはや他のもののいかなる偶有性で もないものである。―原因と結果との関係においては、第一原因が他のものの結果ではあ りえないような限界概念である。―全体と諸部分という第三の関係においては、もはや他 の全体のいかなる部分でもないような全体が限界概念である。そして、これは世界、、

の概念 である」(ⅩⅩⅧ 195)。この箇所からは、世界の概念が、「実体的なもの」、「第一原因」

とともに、認識の系列を完結させるための限界概念とされていることが読み取れる。それ は、世界の概念が全体と部分の概念に基づく認識の系列(ex. 北海道は日本の部分であり、

日本は地球の部分である……)を完結させる役割を担っているからである。さらに、限界 概念に関する議論の後で、世界の「質料」と「形式」に関して以下のような記述がある。

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「世界全体において、我々は以下の二点に注目する。1. 質料、、

、それは諸実体である。2. 形、 式、

、それは多の複合、あるいは連結である」(Ebd.)。したがって、『L1』においても、「世 界の質料」、「世界の形式」、「世界の全体性」という三分法にもとづいて世界の考察が行わ れていることは明らかである。

以上のことから、1770年代のカントが「世界の質料」、「世界の形式」、「世界の全体性」

という三分法に依拠して世界を論じていたとは言える。講義録である『L1』はともかく、

公刊著作である『就職論文』とレフレクシオーンにおける記述はカントの直筆だからであ る。ただ、これらの証拠を挙げるだけでは、カントがこの三分法を使用していたのは1770 年代だけであり、この三分法は1780 年以降の批判期には放棄されたのではないか、とい う反論が提出されるかもしれない。この反論に答えるためには、1780年以降にカントがこ の三分法に言及していた証拠を挙げる必要があるだろう。

だが、1780年代以降のカント直筆の資料においてこの三分法に言及されていた痕跡はほ とんどない。まず、三批判書を始めとする公刊著作で世界を論じる際に、カントはこの三 分法にほとんど言及していない。また、1780年以降の形而上学に関するレフレクシオーン においても、この三分法に関する言及はほぼない。ただし、1780年以降の形而上学に関す る講義録において、この三分法に言及しているものがある。その一例としては、1790年代 のものとされる『ドーナ形而上学』の「世界論」が挙げられる。この講義録では、世界が

「諸実体の絶対的全体」(ⅩⅩⅧ 657)と定義された上で、上記の三分法について以下の ように記されている。

「1. 世界における質料的なものは複数の実体であ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

り、複数の偶有性ではない、、、、、、、、、、、、

。(唯我 論的世界 -唯我論者は、自分がただ唯一の現存する存在者だと想定する者であり、そ れゆえ、唯我論的世界は形容矛盾である)。2. 形式的なものはこれらの実体の、、、、、、、、、、、、、、

実在的 連結である、、、、、

。実在的連結は相互影響(能動と受動)である。―結合のない諸実体の集 合(集合は孤立した諸部分から成り立つ)は、いかなる世界の資格もない。したがっ て、世界は、諸実体の全てと定義されてはならず、むしろ諸実体の全体と定義されな くてはならない。世界の概念における三つ目の契機、、、、、、

は、絶対的、、、

全体性、、、

である。しかし、

この絶対的全体性は我々にきわめて大きな困難をもたらす。その困難とは、絶対的全 体性は、この概念に対応するいかなる可能的経験の対象も提示されえない概念、つま り理念だということである。確かに我々は絶対的全体性を思惟することはできるが、

53 この全体性を与えることはできない。」(Ebd.)

上記の引用文は、『就職論文』2項やレフレクシオーン4201の記述といくつかの点で類 似している。まず、「世界の質料」について言及する際に、「唯我論者」批判を行っている 点で、これらの資料は類似している。また、世界の実体間の連結が観念的ではなく実在的 でなくてはならないとされている点でも、これらの資料は類似している。次節で詳しく論 じるが、この二点はカントが伝統的世界論と対決する際に重要な争点となる。

また、1782年から1783年頃のものとされる『ムロンゴヴィウスの形而上学』の「世界 論」の冒頭部でも、「世界の質料」、「世界の形式」、「世界の全体性」の三分法に依拠して世 界が論じられている。この箇所では、バウムガルテンによる世界の定義についてかなりま とまった量の逐語注解が行われている。ただし、以下では、上記の三分法の痕跡を辿るた めに必要な箇所だけを取り上げる。まずこの箇所には、「さて、世界の形式は諸実体の連結 である。世界が諸実体の連結ならば、私は世界を唯我論的に考えることはできない。つま り、私は、私が世界である、と言うことはできない」(ⅩⅩⅨ 851)という記述がある。

この記述では、「世界の質料」を複数の実体、「世界の形式」をこれらの実体の連結とみな すことで、「唯我論者」批判が行われている。さらに、その後の議論で、「この世界の形式 は実在的連結である」(Ebd.)ことと、「世界はいかなる相対的全体ではなく、形而上学的 意味での絶対的全体である」(Ebd.)ことが指摘される。以上の議論は、『就職論文』やレ フレクシオーン4201 の記述とも類似している。それゆえ、この講義録でも、上記の三分 法は保持されていると言えるだろう。

以上の議論から、批判期のカントも上記の三分法に基づく世界考察の方法を保持してい た可能性はかなり高いことが推測される。確かに、カント直筆の資料に上記の三分法に関 する直接的な言及はほぼない。ただし、批判期に行われたカントの講義を記録した複数の ノートに上記の三分法に関する記述があったのも確かである。となると、大学で講義を行 う際には、批判期のカントもこの三分法を用いて世界を論じていたと言えるのではないか。

もちろん、1780年以降、カントの直筆の資料においてこの三分法が登場しないという事実 は十分考慮されなくてはならないだろう。ただ、この問題を一端脇に置き、次節では、カ ントが上記の三分法を導入した狙いを確認していこう。