本章では,カマー「学校開発プログラム(SDP)」の生成過程をたどり,パイロット・プロ ジェクト開始の 1968 年当時において「風土(Climate)全体」の改善を通して,どのような価 値が追求されてきたかを確かめる。まず,パイロット・スクールの問題状況を確認し,プログ ラム開発における4つの仮説,「関係性の風土」全体を改善する「包括的アプローチ」の必要性 認識から,パイロット・プロジェクト当初,カマーが導き出した実践的課題を整理する。
第1節 パイロット・スクールの概要と問題の所在
1. 大学と学区教育委員会との共同プロジェクト開始の背景
1968年,コネティカット州ニューヘイブン学区教育委員会と,イェール大学子ども研究セン ターのメンタルヘルス専門の教授陣チームとの共同で着手された学校改善プロジェクト(5カ 年計画)は,フォード財団による「大都市計画」1の補助金を受けて,学区33小学校中,最下 位の学力達成の2つの小学校(以下,「パイロット・スクール」とする)で開始された2。この プロジェクトへの補助金の内訳とその使途は,表 10のとおりである。このプロジェクトにお いては,1965年に制定された「初等中等教育法」タイトルⅠの連邦補助金(低所得者家庭の子 どもが集中する地方教育当局への補助金)3に加え,とりわけ,フォード財団からの補助金は,
イェール大学の教授陣チーム自らも学校改善の担い手として,教職員と協働するための「長期 的計画」を可能とする主要な財源だったとされている4。
表 10 学校改善プロジェクト(1968年~1973年:5カ年計画)への補助金と使途 フォード財団(大都市計
画;13都市への補助金)
・ニューヘイブン学区教育委員会に,1年あたり$100,000×5年
・イェール大学子ども研究センターに1年あたり$100,000×5年(1年後70,000$ずつ加算)
連邦補助金「初等中等教 育法」タイトルⅠ
・ニューヘイブン学区教育委員会に,1年あたり$166,000×5年間
・イェール大学子ども研究センターに,2年間分$40,000 ニュープロスペクト財団 $50,000
補助金使途(内訳) 約55%専門職給料;35-40%保護者・教師への給付金;残りは外部支援者,旅費・諸経費等 出所:James P. Comer, School Power: Implications of an Intervention Project, The Free Press, 1980, pp. 58-59を元に作成。
表 11 イェール大学のメンタルヘルス・チーム チーム長;児童精神科医 Dr. James P. Comer チーフ・ソーシャルワーカー Mrs. Wendy Glasgow ソーシャルワーカー Ms. Jane Snow カリキュラム・幼児教育学者 Dr. Fay Calol 障害児教育学者 Mrs. Marge Janis 心理学者・チーフ評価者 Dr. Demeter Sharpe
出所:Comer, op.cit., 1980, p. 62を元に作成。
表 11 は,プロジェクトに関与し た,イェール大学のメンタルヘル ス・チームのメンバーである。カマー
(児童精神科医)をチーム長として,
ソーシャルワーカー(2人),幼児教 育,障害児教育,心理学の教授陣で 構成されるプロジェクト・チームで ある。ここでは,すでに60年代にお いて,精神科医をはじめソーシャル
ワーカー等の学際的チームが,アクション・リサーチャーとして学校に関与する試みの先駆で あった5。
2. パイロット・スクールの概要と問題状況 学校改善の対象となった学校(パイロット・
スクール)は,①シメオン・ボールドウィン小 学校(Simeon Baldwin Elementary School:以下,
「ボールドウィン小学校」と略す)と,②マー ティン・ルーサー・キング・ジュニア小学校
(Martin Luther King Jr. Elementary School:以下,
「キング小学校」と略す)である。両校の児童 数および教職員数は表 12 のとおりである。① ボールドウィン小学校(K-6)は,児童数 320 名,幼稚園(1 学級)と,第1学年から~第6 学年(各2学級)および障害児学級(2学級)
で構成されている。②キング小学校(K-4)は,
児童数270名で,幼稚園(1学級)と第1学年 から第4学年(各2学級)で構成されている6。 両校では,児童の50%以上が要保護児童家族 扶助(AFDC)受給家庭,95%が極貧困・貧
困家庭,98%以上が黒人であった7。両校ともに,
表 12 2つの小学校児童数・教職員数 ボールド
ウィン
キング
【児童数】 320 270
校長 1 1
教頭 — 1
幼稚園担任 1 1
第1学年担任 2 2
第2学年担任 2 2
第3学年担任 2 2
第4学年担任 2 2
第5学年担任 2 —
第6学年担任 2 —
障害児学級担任 2 —
地域ワーカー 1 1
学校秘書 1 —
校長秘書 1 —
美術コーディネーター 1 —
リソース教室担当 — 1
守衛 2 1
【教職員数計】 22 14 出所:Comer, op.cit., 1980, pp. 61-63を元に作成。
都市学区の公立学校に象徴的な低学力問題,貧困家庭の多さ,人種的偏りをはじめ,出席率の 悪さ,深刻な問題行動を抱えていた8。
カマーは,まず,両校において,子ども・教職員・親の関係性に深刻な問題があることに目 を向けた。教職員の士気は低く,親は学校に腹を立て懐疑的で,学校中に失望と絶望感が蔓延 していたとする9。したがって,問題へのアプローチとして,「個々の子どもの治療上の問題や,
教職員と親との間の欠陥を見出すのではなく」,「根本的な問題の理解と,その問題をどのよう に改善できるか,あるいは予防的取り組みができるか」10に焦点があてられた。
カマーらは,パイロット・スクールに日々アクション・リサーチャーとして関与する中で,
改善すべき「根本的な問題」として,次の3点を識別した。
① 学校での成功に必要となる発達領域(areas)における子どもの発達の不十分さと,その 家族の経済的・社会的ストレスがあること,
② 教職員側には,子どもの発達に関する知識とスキルの不十分さがあること11。
③「学校の組織・運営の非効果性」,すなわち,a)「学校レベルで,親・教師・管理職たちが ニーズを理解した上で,協働的支援の取り組みを可能とするメカニズムの不在」と同時に,
b)「取り組みを統合し調整する組織的方法論の不在」である12。
これらの「根本的な問題」が,「誰かのせいにして非難する(blame-finding)」,「取り組みの 断片化および重複」,「フラストレーション」を引き起こし,さらに,学校内の「オーナーシッ プ感の欠如」「誇りの欠如」が,「問題行動の頻発と深刻化」,「関与者側すべてに,無力感(sense
of powerlessness)」を生じさせているとカマーは捉えている。そして,このような環境では,「人々
が協働して問題に取り組む時に,その機会を存続(exist)させることができない」といった「あ る種の相乗作用(synergism)」が生じていると捉えたのである13。
以上のカマーによる問題把握に基づき,図 1は,「根本的な問題」を図式化してみたもので ある。ここから確認できることは,第1に,発現する現象・感情(それぞれの問題事象)が,
いずれも単一の要因に起因するものではなく,他の要因との「双方向の影響力」から生じてい ることである(図中「点線」参照)。第2に,このような「否定的な諸要因」が相互関連して増 幅する「否定的な相互作用」がサイクルとなっていることである(図中,「双方向矢印」参照)。
このような環境に属するすべての関係者(子ども・親,教職員)が,「断ち切れない」否定的な 連鎖メカニズムの中に閉じこめられ,「無力感(sense of powerlessness)」を醸成するストレス下 におかれていることが読み取れよう14。
図 1 パイロット・スクールにおける問題状況—諸要因の相互作用—
必要性 改善すべき「根本的な問題」
①子ども の発達
①〈子どもと家族側〉学校での成功に必要 となる発達領域(areas)における子ども の発達の不十分さ,家族の経済的・社会的 ストレス
②教職員 の職能開 発
②〈教職員側〉こうした子どもの発達に関 する知識とスキルの不十分さ
③〈学校の組織運営における効果的なメカ ニズムの不在〉:
学校内の「オーナーシッ プ感の欠如」,および
「誇りの欠如」
フラストレーション
③-b 上記③-aのような組織運営を可能に する上での統合的で調整された方法を用い たメカニズムの不在
取り組みの断片化・重複
全ての関与者側の
「無力感(sense of powerlessness)」
人々が協働して問題に取 り組もうとする時に,
その機会を存続
(exist)できない 発現している現象・感情
失敗の責任を誰かのせい にする(blame-finding)
問題行動の頻発と深 刻化
③組織全 体の改革
③-a 親,教師,管理職が,まずニーズを 理解した上で,共同的な相互支援に取り組 むことを可能にするメカニズムの不在
注:「矢印」(実践・点線含む)は,出所の論述に基づく。「双方向矢印」は,想定される「否定的連鎖」(カマーの いう「相乗作用」)を図式化したものである。
出所:以下の文献を参考に筆者作成。
*Norris M. Haynes and James P. Comer, “The Yale School Development Program Process, Outcomes, and Policy Implications,” Urban Education, Vol. 28, No. 2 (July 1993), pp. 172-172.
*James P. Comer, “All Children Can Learn: A Developmental Approach,” Holistic Education Review, Vol. 6, No.1, 1993, pp.
7-8.
3. 学校全体の「関係性の風土」改善の必要性
以上のような「根本的な問題」の識別から,次の2つの課題が明らかになったとする15。
問題解決に向けた2つの課題
1) 子どもの発達および関係性の問題に関する知識に基づいた組織運営システムの必要性
2) 特別な領域のニーズに着手するよりもむしろ,包括的アプローチ(comprehensive approach)が最善 であること(イタリック:原文)
カマーによれば,「プロジェクトに着手した当初,私たちは,今日ここで(1998 年の論考:
引用者注),私が述べているような課題と要因のすべてを理解していなかった」とする16。ただ し,当時,カマーらが明確に認識していたことは,「子どもに対する教師の認識を変化させる必 要性」であった。その具体例として,次の2点が説明されている17。