セクション 5 :オリジナルケーススタディ
5.2 オリジナルケーススタディ 1 :指の長さと性的指向
このケーススタディに関するUK のサンプルは10 件あり、全てが日刊誌に掲載されていました。
これは他のいずれの国のサンプルよりも多数でした。その理由については、より詳しく検討し ています。サンプル記事 10件中5件では、短い記事の中でアメリカの研究者チームから得た研 究結果を報告していました。これらの記事では研究の質やその意義に関する詳しいコメントは 掲載されていませんでした。それよりも、むしろ研究発表の通知や、研究方法、広義の結論が 報告されていました。例えば:
「今日、同性愛は右手の二本の指の相対的長さと関連があるとされている。薬指に対 して人差し指が幾分短い場合、男女を問わず同性愛者である可能性が高いことが報告 されている」(「指の長さは同性愛の傾向を示す可能性がある。」、Daily Telegraph、
2000年3月30日付、p.9、MCS.FIN.UK-2)。
また、他の記事3件はより懐疑的でした。The Daily Mailは「本当に人差し指から性的指向を判 断することができるのか?」と一面で疑問を投じ(Daily Mail、2000 年 3 月 31 日付、p.,
MCS.FIN.UK-8)、その答えが2ページにわたり掲載されていました「それは見事だ -人差し指を
示 す写 真から は性 的指向 は判 断でき ない 」。(Daily Mail 2000 年 3 月 31 日付 、p.32-33,
MCS.FIN.UK-10)。この記事では、この研究結果が議論を呼ぶ可能性があることを示唆するため
に、中立な立場から内容を展開させています。「多くの人はこじつけだとバカにしているが、
科学界の中にはBreedlove博士を支持しようと躍起になっている人もいる。ノーサンブリア大学 の生物心理学者Nick Neave博士は、’Breedlove博士の研究結果は、我々が行った結果と酷似し ている’と述べた」。また、著名人がカメラに向かって手を挙げている写真を紙面に掲載し、
今回の研究結果について読者自身が判断できるように仕向けました。これらの著名人が選ばれ たのは、全員がその性的指向を公表していたためです。例えば、「自称レズビアンのテニス チャンピョンのマルチナ・ナブラチロワ[…]」、「[…]悪名高い女たらしのRod Stewart […]」な どです。いずれの写真も、指の長さと性的指向について提唱された理論に疑いを投げ掛けるも のでした。
新聞記事では、この研究が大衆的な話の種となったことに触れ、カリフォルニア大学で行われ た研究の重要部分の詳細や、英国の研究者による支持を忠実に記録していました。これらの情 報源は、子宮内で起こる胎児期のホルモン発達に同性愛が関連する傾向があると発表したアメ リカの研究者の基礎論文を支持するものでした。このように、the Daily Mailでは研究の信頼性 を強調すると同時に疑問も投げ掛けていたのです。同紙に掲載されていた風刺漫画では、息子 の性的指向を疑う親が表現されていました(Daily Mail 2000年3月31日付、p.15, MCS.FIN.UK-9)。
科学的研究の重要性は引用分析に反映されています。9件の直接引用のうち、3件はMarc
Breedlove博士(研究チームの指導者)、1件は研究論文からの直接引用、3件は同様に性的指向の
研究を行っている科学専門家からの引用でした。残り2件は科学者ではないPink Paperおよび Godfrey HillのMichael Osborn氏からで、10本の指(と2本の親指)を持つ退職した断熱材エンジ ニアでした。10件中6件の記事において、この研究の発行元としてNatureが言及されていまし た。
The Guardianは指の研究を「遺伝子決定論」として同定された哲学的観点に関連付けました。
この研究が大衆の関心を集めていることが認められると、英国の他の新聞ではこの話題が風刺 漫画や絵物語の対象とされました。The Mirrorでは、それぞれの手に5本の指と1本の親指を 持つ退職したエンジニアのケースにこの研究を関連付けていました(Daily Mirror 2000年3月30
© European Network of Science Communication Teachers (ENSCOT) 2003年6月 64
日付、p.9, MCS.FIN.UK-5)。The Evening Standardの意見コラムニストは、格式のある新聞のサ ンプルよりもはるかにこの研究を嘲笑していました。
格式のある新聞サンプルよりも記事を載せていた他のメディアの中に、よく知られている科学 雑誌New Scientist(4月1日)があり、Natureで発表されたMarc Breedlove博士とその研究チーム の研究結果を掲載していました。それだけではなく、英国の研究者John Manning氏 (The Mirror でも引用)のコメントも求めるものでした。Manning氏はBreedlove氏のデータやその解釈につ いて疑問を投じ、指の長さの比率は男女間よりもポーランド人とフィンランド人でみられる差 異の方が大きいと述べていました。
少なくともある程度認められた科学記者にとっては、このように代替となる情報源を引用する ことは科学的研究の正当性や重要性に疑問を投じるためのよくある方法です。今回の指のケー スでは、懐疑的あるいは皮肉的な報道が公然と促されたという点において我々の経験でも稀で あると言えます。科学専門記者による記事の大半は、それがたとえ皮肉な見出しであっても、
主として公表された研究の事実に基づいて報道しています。また、この話題の取り扱いでは、
新聞製作のプロセスに携わる関係者の多様な役割にも関心が集まりました。写真の選択、写真 説明文や見出しの文は、副編集者や記事の執筆者に直接関与しない製作スタッフが担当してい ます。
「日常的」な科学記事のサンプルとして示した2001年 4月のケーススタディにみられるように、
科学論文誌、科学学術団体、科学者は権威としてメディア記事に最も頻回に出現する傾向があ ります。指のケースは今回挙げたことに値する例外的な性質のものですが、そのような例外に より基準を明らかにすることができるのです。
要約
このスタディでは、指の長さと性的指向との相関の可能性を見出したNatureの論文を対象に、
4ヶ国で報道された記事を検討しました。今回の報道により、公表された科学的発見の根拠や 信憑性に関するメディアの見解について重要な課題が提起されました。多くの新聞ではその見 出しに、研究が言葉遊びをしている可能性を示し、見出しに疑問符を挿入して研究に対する隔 たりを表した紙面もありました。また、研究の根拠を強調したものもありました。風刺漫画や 写真を目的とした新聞があることから研究の大衆性が示されました。科学記事としては珍しい ことですが、この研究に関する報道の大半が懐疑的あるいは皮肉的な内容を率直に表現してい ました。
今後の研究のための質問:
• 指の長さと性的指向に関する話題が大衆紙の関心を集めたのは何故か?
• この研究をより広範な状況で検討するためにどのような報道テクニックが用いられたか?ま た他にどのような手法があると考えるか?
• フランスの新聞がこの話題を報道しなかったのは何故か?このような方法で研究の正当性に 対する疑問を示したと言えるのか?
• 気軽なあるいは懐疑的に扱われた公式の科学的発見のうち、他の例を挙げることができる か?
© European Network of Science Communication Teachers (ENSCOT) 2003年6月 65
5.3 オリジナルケーススタディ2:ヒトゲノム