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インド問題の展開

ドキュメント内 18 世紀末イギリスのインド政策 (ページ 41-64)

本論文が直接的に検討しようとしているのは、18世紀イギリスにおけるインドそれ自体 ではなく、当該期イギリス人の認識したインド、すなわち「インド問題」(East India affair, India question, Indian problem)である。インド問題の複雑さはその性質の多様性にあり、

とくに 18 世紀においては経済発展と植民地化における統治行政や軍事的側面などが絡み 合い、その理解を困難にしている。そのため、「インド問題」を定義することは容易ではな いが、18世紀後半にイギリス本国で展開したインド問題を本章で考察することで、18世紀 後半のイギリスにとってのインド問題とは何であったのか明らかにしたい。具体的に、本 章では経済的および社会・文化的側面を中心にインド問題にかかわる諸側面を検討し、次 章で政治的側面について検討してゆく。

本章では、経済的側面を中心に、経済的および社会・文化的側面を整理し、経済成長期 といえる 18世紀後半イギリスにとってインド問題のもつ意味を検討する。第 1 節では経 済発展についてその概観を確認し、そのうえで工業化や帝国との関連まで考察する。第 2 節では、こうした海外貿易、とくに東方貿易の担い手となった東インド会社について基本 事項を確認しておきたい。というのは、東インド会社は本論文の対象とする18世紀末当時 においてすでに200年近くの歴史を有しており、その機構やインドにおける活動について 整理しておく必要があるからである。そして第3節では、海外貿易の発展過程において重 要となってくる東方貿易とりわけ東インド貿易の背景にあった当時のイギリス人による東 洋観、アジア・イメージないしはインド・イメージを整理する。このような東洋へのイメ ージに関する点は直接的に経済に関する事項ではないが、イギリス貿易が、アジアとくに インドへ展開していくうえで、第3節で確認してゆく従来からあったイギリス人の固定観 念が与えた影響は少なくなかったし、その後のインド植民地化が進展してゆく過程におい ても重要な点である。

118世紀イギリスの経済発展、工業化、帝国

イギリスは18世紀後半に国際商業が量的・地域的に拡大し、工業・金融業などの発達も また目覚ましく、経済成長期をむかえていた。最初に18世紀後半に至るまでのイギリスの

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外国貿易の貿易構造の変化を確認しておこう1。中世以来、イギリスの外国貿易の中心は、

王室財政と結びついた特権商人であった2。14世紀半ばのイギリスの全輸出額の90%が羊 毛・羊毛皮の輸出であったが、16世紀半ばには毛織物関係の輸出が総額の80%を超すまで に変化した。さらに、17世紀末から18世紀初頭にかけてイギリスの貿易構造に著しい変 化が起こった。ロンドンからの輸出総額の80%から 90%を占めた毛織物の輸出は、17世 紀末には45%まで減少した。それに対して、17世紀半ば頃には3%から4%程度に過ぎな かった非ヨーロッパ製品・生産物の再輸出品が 30%もの比率を占めるまでになっていた。

これらの再輸出品の品目は、リンネル製品、キャラコや絹製品等、タバコ、砂糖、胡椒な どの食料品、染料、絹などの原料品といったアメリカ大陸やアジアの物産であった。経済 史家ラルフ・デイヴィスは「交易のアメリカ化」を指摘している3。18世紀初頭イギリスの 貿易活動は、それまでの英仏海峡に結ばれる狭隘な特権ルートを離れ、超ヨーロッパ的世 界貿易圏で展開し始めていた。一連の航海法(Navigation Acts)を中心としたイギリス船舶 中心主義をとって、植民地貿易による本国産業・貿易の発展をはかる体制を確立し、イギ リスの海外貿易は広く東西世界にまで展開し、世界貿易のシステムを打ち立てていった4。 英蘭戦争は、タバコ、砂糖、奴隷、タラの貿易に関するオランダの勢力を打ち破り、オラ ンダの中継貿易からイギリスの自立を勝ち取っただけでなく、インドにおけるイギリスの 領土支配確立のための基礎をつくった。第一次英蘭戦争(1652-1654年)はインドと極東の 貿易を、そして第二次英蘭戦争(1665-1667年)は西アフリカの奴隷貿易をイギリス商人に 開放した。1698年の王立アフリカ会社の独占廃止は、イギリスの奴隷貿易の急速な発展を もたらした。それらが、18世紀のリヴァプールやブリストルの繁栄の一端を担ったことは 周知のとおりで、両港湾都市は18世紀の奴隷貿易の中心として発展した5

これらの貿易・産業および名誉革命前後の政治的構造の大きな変化は、18世紀末に至っ

1 18世紀のイギリス外国貿易の概要については次を参照。Phyllis Dean and W. A. Cole, British Economic Growth 1688-1959: Trends and Structure (Cambridge, 1962), especially pp.40-50.

2 保坂栄一「外国貿易の展開―イギリスにおける特権貿易カンパニーの盛衰を中心として―」『西洋経済 史講座II 資本主義の発達』(岩波書店、1960 年)所収;Percival Griffiths, A Licence to Trade:A History of the English Chartered Company (London & Tonbridge, 1974).

3 18 世紀におけるイギリスの経済成長の特徴は、まさにアメリカ植民地との貿易増にあり、そのため同 世紀イギリスの経済成長は大西洋貿易との関係で論じられることが多い。Ralph Davis, A Commercial Revolution: English Overseas Trade in the Seventeenth and Eighteenth Centuries (London, 1967).

ただし、大西洋貿易の拡大そのものは、イギリスに限ったものではない。玉木俊明『近代ヨーロッパの 形成―商人と国家の近代世界システム』(創元社、2012年)、157-158頁。

4 1651 年以来、複数回にわたって制定された航海法は、主にオランダ船排除がその目的であった。最終

的に廃止されるのは1849年である。

5 A. N. Porter (ed.), Atlas of British Overseas Expansion (London, 1991), pp.36, 47, 50〔横井勝彦、山 本正訳『大英帝国歴史地図』(東洋書林、1996年)、37-38、49-50、52頁〕.

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て帝国体制の再編を迫った。こうした変化はまた、社会的変化をも伴った。イギリスの外 国貿易商人が、自己の職業への誇りを確立しそれに見合ったステイタスを望むようになっ たのは、17世紀後半とされる。一般に「商人」と訳される「マーチャント」(merchant)は、

歴史的には卸売商を指し、より限定的な意味で外国貿易に携わる者を示した。次第に「ト レイドマン」(trademan)が、国内流通にかかわる小売から卸売商までをさすようになり、

マーチャントとは区別されるようになっていった6。このように国内卸売商と区別し、高貴 な職業として外国貿易商人をジェントルマンに比すべき職業と主張する傾向があらわれた

7。他方で、西インド植民者や東インドで蓄財した商人などの成金が、イギリス本国へ帰国 しイギリス上流社会へのし上がり、その品位を汚したともいわれる。とりわけ「ネイボッ ブ(インド成金)」と呼ばれた東インド帰りのお大尽たちについては、日本においてもいく つかの研究によって紹介され、比較的よく知られている8

以上のような 18 世紀イギリスの海外貿易の飛躍的成長と大きな構造転換を経済史家ラ ルフ・デイヴィスは「イギリス商業革命」と呼んだ9。とくに大西洋貿易は工業化の要因と して注目され、エリック・ウィリアムズをはじめ多くの研究成果が蓄積されてきた10。18 世紀イギリス貿易は、アジア・アフリカなどの超ヨーロッパ世界に広がったことは確かで あるが、こうした海外貿易の広がりを支えたのが、植民地物産の再輸出先となったヨーロ ッパ市場であった11。すなわち、17世紀以来の植民地貿易と再輸出貿易の発展によって、

18世紀の商業革命が生じた12。当時のアジア貿易は単独では赤字であり、ヨーロッパ内貿

6 川分圭子「ロンドン商人とイギリス海外貿易」深沢克己編著『国際商業』(ミネルヴァ書房、2002 年)

所収。

7 川北稔『工業化の歴史的前提』(岩波書店、1983年)

8 ネイボッブについては、さしあたり次を参照。Percival Spear, Nabobs: A Study of the Life of the English in Eighteenth-Century India (Oxford, 1932) ; 川北『工業化の歴史的前提』;浅田實『イギリ ス東インド会社とインド成り金』(ミネルヴァ書房、2001年)

9 Davis, Commercial Revolution.

10 ウィリアムズはとくに奴隷貿易および奴隷制の研究において日本では着目されるが、その研究の基本 的枠組みは大西洋貿易の資本主義への影響であることを忘れてはいけない。エリック・ウィリムズ(中 山毅訳)『資本主義と奴隷制―ニグロ史とイギリス経済』(理論社、1987年);同(川北稔訳)『コロンブ スからカストロまで―カリブ海域史、1492-1969』全2巻(岩波書店、1978年)。主にアメリカ史家によ ってけん引される大西洋史は、現在では、いわゆるアトランティック・ヒストリーとしてひとつの研究 潮流となっている。バーナード・ベイリン(和田光弘、森丈夫訳)『アトランティック・ヒストリー』(名 古屋大学出版会、2007年);マーティン・W・サンドラー(日暮雅通訳)『図説・大西洋の歴史―世界史 を動かした海の物語』(悠書館、2014年)。また近年では「海」に着目した研究も盛んで、今後の研究の 展開が期待される。邦語では次の二点があげられる。金澤周作編『海のイギリス史―闘争と共生の世界 史』(昭和堂、2013 年);玉木俊明『海洋帝国興隆史―ヨーロッパ・海・近代世界システム』(講談社、

2014年)

11 一柳峻夫「ブリストル商人の経済構造―貿易の多角的システム」深沢克己編著『国際商業』(ミネルヴ ァ書房、2002年)所収。

12 フランス近世貿易史の権威ポール・ビュテルは、近世世界経済について記述するなかで、クロムウェル

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