3.1. はじめに
第2章でイオン伝導と非線形光学定数の間に相関があることを明らかにした.こ の章では固体の力学的及び熱的性質を特徴付ける量である圧縮率の温度依存性 と熱膨張率から,外場に依存する電気感受率を取り出す試みを紹介する.その中 で,電場に依存する電気感受率を用いて,以下の内容を議論する.
1. 電場に依存する感受率と非線形光学定数の相関
2. イオンの活性化エネルギーと電場に依存する電気感受率 3. 電場に依存する電気感受率の温度依存性とイオン伝導 4. 低周波数帯における超イオン導電体の振る舞い
議論の結果から,イオン伝導と非線形光学的性質の間に相関があることは矛盾せ ず,場に依存する感受率がそれらの相関についてのモデルの構築につながること が分かる.
3.2. 外場に依存する電気感受率
陽イオンと陰イオンが交互に並ぶ単純なモデルを考える.そこに電場Eが印加 された場合の分配関数と原子間ポテンシャルの安定位置a0からのテーラー展開 を用いて,感受率と圧縮率をNinioに従って導出する [1].導出された感受率χP,T
と圧縮率KT(P)は温度T,圧力P,電場Eに次のとおり依存する.
0 22 2 22 2 22,
2
3 4
9 8
3 3
2 1 3
a E e a c a b a
bP a
T a c a b
T P
, (3.1)54
2
2 2
2 2
2 2
0 4
3 4
9 16
3 3
2 3 2 1 ) 1
( a
P a c a b a
bP a
T a c a b P aa
KT
. (3.2) ここでeは電荷,kはボルツマン定数である.またa,b,cは原子間ポテンシャ ルのn回微分を表すパラメータで
! 4 / ) (
! 3 / ) (
2 / ) (
0 '' ''
0 '' '
0 ''
a c
a b
a a
(3.3)
と定義される.NaCl型結晶において,a, bは以下の関係式から求めることができ る[1].
2
11
d
a C
, (3.4)d a
kb 4
2 3
. (3.5) ここでdは原子間距離,C11は弾性定数,αは熱膨張率を表す.また圧縮率の温度 依存性からcの値が得られる.
a c a b a
k T
K K
T
2 2
0
2
3 3 1
. (3.6)
a,b,cは固体の力学的性質から求めることができるため,このモデルを使うこ
とで外場に依存する電気感受率が算出できる.本論文では,電場に依存する項に 注目して議論を行うため,
a c a b a e E
T P
2 2 2 2 2
,
0
4
9 2
3 ) ( 1
(3.7) について考察する.強い電場を印加した場合,非線形項が無視できなくなるため,電気感受率χと Eの関係は
0 (2) (3) 2)
( E E E
(3.8)55
となる.ここでχ(n)はn次の感受率である.そこでχ(3)を得るためにχ(E)をE2で微 分すると,
) 3 ( 2
)
( )
(
E
E
(3.9)
となる.Eq. (3.8),(3.9)から電気感受率の電場に依存する項が三次の感受率の情
報を持つことが分かる.
a
c a b a
e
2 2 2
2 0
) 3 (
4 9 2
3
, (3.10)第2章において,三次の感受率とイオン伝導度の相関を明らかにした.ここで 注意しなければならないことは,非線形光学定数は高周波数領域の現象であるた め電子系の寄与が大きいことである.一方,上のモデルから算出される感受率は,
低周波数に関係した分極からの寄与によって支配されている.このモデルを使っ て光学的性質を議論するためには,非線形光学定数との相関を明らかにしなけれ ばならない.その準備として,NaCl結晶において力学的性質から算出できるχ(3) と,Linesによって計算された三次の感受率χ(3) [2]の相関をFig. 3.1に示す.χ(3)/χ0
を求める際に使用したパラメータは[3-9]から得た. Linesの理論では,結合軌道 に電場を印加した場合の結合への影響から三次の感受率が算出されているため,
電子による寄与が大きい.これにより,Linesによって算出されたχ(3)を光学的な 三次の感受率χ(3)optと定義する.
Fig. 3.1からχ(3)/χ0とχ(3)opt/χ0はほぼ線形の関係にあることが分かる.
) 3 ( )
3 (
const
opt
(3.11) すなわち,上で述べた外場に依存する感受率の周波数領域は光学的な周波数領域 より低いけれども,非線形光学定数と明らかな相関を示す.このことから,この モデルを用いて,物質が持つ非線形光学特性を議論できる.以下では,この結果 を基に,異なる周波数帯での現象であるイオン伝導と非線形光学定数の関係につ いて議論を行う.
56 5
4
3
2
1
0
(3) / 0 (10-10 esu)
5 4
3 2
1 0
(3)opt /0 (10-12 esu)
Li-X Na-X K-X Rb-X
Fig. 3.1. Relation between the electric field dependence of the susceptibility χ(3)/χ0 and the nonlinear optical susceptibility calculated by the bond orbital theory χ(3)opt /χ0.
3.3. イオンの活性化エネルギーと電場に依存する電気感受率 [10]
固体中のイオン拡散を議論するために,拡散するイオンが感じるポテンシャル の一部を取り出したものとして,『二重井戸ポテンシャル』を考える.
4 3
)
2( x Ax Bx Cx
. (3.12) ここで |A|>|B|>|C| かつ A, C>0,B<0 とする.Fig. 3.2で示す通り,このポテンシャルは二つの極小値をS点とM点にもつ.
ここでS点 (x=0)を安定位置,M点を準安定位置と呼ぶ.このポテンシャルをEq.
(3.3)に代入すると,
C a
c
B a
b
A a
a
! 4 / ) (
! 3 / ) (
2 / ) (
0 '' ''
0 '' '
0 ''
(3.13) となり,χ(3)は
57
Fig. 3.2. Behavior of the double well potential.
A
C A B A e
2 2 2 2 0 ) 3 (
4 9
2
(3.14)となる.
イオン拡散は安定位置から準安定位置への移動によって生じるとする.その際,
イオンが準安定位置に移動するためには,L点に存在するポテンシャル壁を乗り 越えなければならない.このポテンシャル壁をイオン伝導に必要な活性化エネル ギーEaと定義する.
) ( ) ( )
( L S L
E
a
. (3.15) 極大値L点のx座標はC
AC B
x B
8
32 9
3 2
(3.16)
である.従って,Eaは
C A C
B C
B C
B AB C
B C
A C
Ea AB
2 64
9 64
9 2
8 3 4
32 9
2 2 2
3 2 2
2 2
2
(3.17)
58
となる.Fig. 3.3にEq. (3.17)で表される活性化エネルギーEaの|B|依存性を示す.
Fig. 3.3から,|B|の増加によって活性化エネルギーが低下することが分かる.一
方,Eq. (3.14)が示す通り,|B|の増加と共に三次の電気感受率も増加する.Fig. 3.4
は,活性化エネルギーEaと三次の感受率χ (3)/χ0の相関を表し,活性化エネルギー の減少と共に,三次の感受率も増加していくことが分かる.Fig. 3.1 の結果と合 わせて考えると,|B|の増加によって非線形光学定数も増加することが予測される.
よって,イオン導電体の活性化エネルギーは非線形光学定数と相関を持ち,非線 形光学定数の増加によって,活性化エネルギーが減少する.この予想は Fig. 3.5 に示す非線形屈折率n2と活性化エネルギーの振る舞いから確認できる.
二重井戸ポテンシャルによって非線形光学定数とイオン伝導との関係が議論 できたが,このポテンシャルは次のことも予想する.それはBがある程度大きく なると,安定位置が S 点ではなく M 点になってしまうことである.つまり,B が大きくなりすぎるとイオンは伝導し難くなる.そのため,イオン導電体の非線 形光学定数はある程度大きな値を示すが,大きくなり過ぎてもイオン伝導にとっ て有利にはならないことがわかる.
Fig. 3.3. Relation between the activation energy of ion transport Ea and the anharmonic term |B| of the double well potential.
59
Fig. 3.4. Relation between the electric field dependence of the susceptibility χ(3)/χ0 and the activation energy of ion transport Ea.
2.0
1.5
1.0
0.5
Activation ene rgy (eV)
10-14
2 4 6 8
10-13
2 4 6 8
10-12 n2 (esu)
CaF2
BaF2
CdF2 SrF2
Fig. 3.5. Relation between the activation energy of ion transport Ea [12] and the nonlinear refractive index n2 [13] in fluoride ion conductors.
60
3.4. NaCl 型結晶が持つ非線形電気感受率の温度依存性
イオン導電体として知られる AgCl,AgBr は NaCl型構造をとる.しかしなが らNaClや KClなどと異なり,融点よりはるかに低い温度で高いイオン伝導性を 示す.3章2節において議論した外場に依存する感受率の観点から,物質中にイ オン伝導し易い環境が形成された場合,この物質は大きな非線形光学定数を持つ.
そのため,AgClやAgBrの非線形光学定数は,温度上昇と共に,他のアルカリハ ライドと異なる挙動を示すことが予測できる.しかしながら,高温域での非線形 光学定数は測定されていないため,この予想の妥当性を確認することができない.
そこで,再び外場に依存する感受率を用いて定性的な議論を行っていく.
Eq. (3.10)を用いてχ(3)/χ0の温度依存性を求める上で注意しなければならないこ
とがある.それはパラメータa,b,c の値を算出する際に,求めたい χ(3)/χ0の温 度における弾性率,熱膨張率,圧縮率,結合長の実験値をそれぞれ用いる必要が あるという事である.このことを踏まえて a,b,c を求め,χ(3)/χ0の温度依存性
をFig. 3.6に示した.それぞれの温度での実験値は,[14-18]から得た.
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
(3) /0 (10-9 esu)
800 700
600 500
400 300
T(K) NaCl
KCl AgCl AgBr
Fig. 3.6. Temperature dependence of the nonlinear electric susceptibility χ(3)/χ0 in NaCl type crystals.
61 10-4
2 4 6
10-3
2 4 6
10-2
2 4 6
10-1
i (S/cm)
10 8
6 4
2 0
(3)/0 (10-10 esu)
AgCl AgBr
Fig. 3. 7. Temperature dependence of the nonlinear electric susceptibility χ(3)/χ0 and ionic conductivity σi[19] in AgCl and AgBr.
Fig. 3.6から全てのNaCl型化合物で,温度上昇と共にχ(3)/χ0は増加していく傾
向を持つことがわかる.原子の熱振動は温度上昇と共に活発になり,欠陥濃度も 増加する.そのため,温度上昇と共に原子振動の非調和性が増していく.このこ とは圧縮率の温度依存性が温度上昇によって大きくなることから確認できる.
Fig. 3.6 において注目すべき点は,イオン導電体として知られる AgBr が持つ
χ(3)/χ0 の温度依存性が他の NaCl 型化合物と比較して格段に大きいことである.
AgClにおいても,微小ではあるが,アルカリハライドよりχ(3)/χ0の温度依存性が 大きい.一般的に AgCl や AgBr はアルカリハライドと異なり,融点よりはるか に低い温度から欠陥濃度が急速に増加する.そのためイオン振動の非調和性が増 し,圧縮率の温度依存性や χ(3)/χ0の変化が大きくなる.特に χ(3)/χ0の増加は,結 合電子の分布に影響を与え,結合の揺らぎ易さの増加に繋がる.
以上のことから,イオン拡散と密接に関係する欠陥濃度の増加に加え,結合の 揺らぎという要因が相関を持ったイオンの伝導に影響を与えることがわかる.
Fig. 3.7にAgClとAgBrにおけるχ(3)/χ0とイオン伝導度の相関を示す.Fig. 3.7か
62
らイオン伝導の上昇と共に温度も上昇していることがわかる.この図からイオン 拡散し易い物質は高いχ(3)/χ0を示し,χ(3)/χ0とイオン伝導には相関があることが理 解できる.またχ(3)/χ0はχ(3)opt/χ0と相関を持つため,イオン拡散し易い環境が非線 形光学定数を高めることも分かる.
3.5. 低周波数領域における超イオン導電体の振る舞い
3章3節で提案したモデルによって,イオン拡散と非線形電気感受率の相関を 理解するには,二準位ポテンシャルの準安定位置 M 点におけるエネルギーが重 要であることが分かった.つまり,M点におけるエネルギーがどの程度かを知り,
そのエネルギー付近での光学的性質について考察しなければならない.
AgIは 146℃で超イオン伝導相であるα 相に転移し,高いイオン伝導度を示す
ようになる典型的な銀イオン導電体である.α-AgI において,伝導電子分布を反 映する実空間での擬ポテンシャルVp(r)から,Agイオンが取りうる可能なサイト の中を動く際のエネルギー変化が解析された[20].Fig. 3.8の右図はα-AgIの構造 を表す.大きな○はI イオンを表し,□と△と小さな○は Agイオンが取りうる 可能なサイトをそれぞれ表す.Agイオンは低温相において,4配位サイトである
□に存在する.しかしながら,温度上昇と共に,6配位サイトである△に存在す るAgイオン数が増加していく.二元系結晶では,4配位結合は共有性結合的,6 配位結合はイオン性結合的である.AgIにおいて,Agイオンの6配位サイトは不 安定であるため,Ag イオンは短時間しかそのサイトに滞在できない.従ってこ のサイトは局所的な揺らぎの結果生じる準安定位置に対応する.Fig. 3.8 の左図 は,二つのAgイオンがτ1(1→2→3)とτ2(4→5→6)の順序で移動した際の,ABCD 面のVp(r)の様子を表す.Table 3.1は二つのAgイオンが位置ベクトル(τ1, τ2)に存 在する時の,サイトA,B,τ1のVp(r)の値を示す.