• 検索結果がありません。

第 6 章 総合考察

6.3 イエネコ問題解決における課題とその対策について

6.3.1

ノネコ対策について

奄美大島に生息するノネコは捕食という形で直接的に希少在来哺乳類の存在を脅か していることが示されたたことから、ノネコ対策として最も重要なことは餌となって いる希少在来哺乳類の生息地からノネコを排除することであることは明らかである。

主要な餌となっているアマミノクロウサギ、アマミトゲネズミ、ケナガネズミのおお よその生息地は、フイリマングース根絶事業によって得られたデータを用いることで 3 章において示した。この結果を用いて、ノネコを排除すべき地域の選定が可能であ る。また捕獲作業の実施に関しても、2013年10月までは環境省によってノネコの捕 獲排除は行われていたことから、問題は無いと考える。にもかかわらず2013年10月 から現在に至るまで捕獲が停止されている理由は、捕獲されたノネコの殺処分が市民 の感情面で難しいと判断されたためである。ノネコの殺処分に関しては 2002 年に沖 縄のやんばる地域で計画された際に世界中の動物愛護団体から多くの抗議が寄せられ たため、捕獲されたネコの殺処分は行わず、愛護動物として新しい飼い主や動物愛護 団体に引き取られたという事例がある(長嶺 2011)。その後、国内におけるノネコ対 策としては、捕獲後に新しい飼い主を見つけるという流れが生まれ、小笠原諸島や天 売島ではこの方法が現在実施されている。またノネコに対してのみならず、殺処分と

94

いう行為に対して非人道的であるといった世論の声が近年大きくなっていることから、

環境省も殺処分ゼロをうたった「人と動物が幸せに暮らす社会の実現プロジェクト」

(環境省2013)を立ち上げるなど、殺処分の実施が非常に困難な状況になっているこ

とは確かである。

しかしながら、やんばる地域や小笠原諸島が実施している捕獲後に新しい飼い主を 見つけるという方法の奄美大島における導入の可能性を考えると、大きな困難を伴う と考えられる。それは、やんばる地域や小笠原諸島と奄美大島では人口が大きく異な り、それに比例して生息するノネコ・ノラネコの数が大きく異なることが明らかなた めである。やんばる地域の人口は約10,000人で2004年から2010年の6年間で収容 されたノネコ・ノラネコは750頭である。一方、奄美大島の人口はやんばる地域の6 倍以上の約63,000人で、推定されるノネコの最大生息数は1,200頭にのぼる。希少種 生息地の周囲に生息するノラネコを含めると、奄美大島で捕獲しなければならないイ エネコの数は数千頭になると推測される。またやんばる地域は沖縄県、小笠原諸島は 東京都という大きな自治体に属しており、新しい飼い主探しに協力してくれる獣医師 や動物愛護団体も少なくなく、飼い主候補となる人口も十分にいる。一方、奄美大島 は、島内の獣医師の数も少なく動物愛護団体も存在しない。人口は上述の地域に比べ ると多いが、捕獲したイエネコの飼い主を島内だけで探し出すことは不可能に近いこ とが予想される。そのため、鹿児島県本土に協力を求めることになるが、島からの搬 出にコストがかかるうえ、鹿児島県本土の獣医師との協力体制もまだ確立されていな い。やんばる地域においてさえも、全ての捕獲ネコに飼い主を見つけることは困難で、

常に100頭前後のイエネコをシェルターで飼育している状況である(長嶺2011)。こ のことから奄美大島で、ノネコ収容シェルターを設置し、新しい飼い主を見つけると いう方法をとったとしても、すぐに運営破綻の道を歩むことは容易に想定できる。

現在、ノネコ捕獲が停止しているのは、捕獲して殺処分が出来ないこと、また収容 能力がないことが原因である。しかし、捕獲の停止は、希少種を保護する立場でもあ る環境省が本来とるべき手段ではない。同じ鹿児島県に属し、奄美大島と似た生態系 を持つ徳之島でもノネコによる希少哺乳類の捕食が大きな問題であることが 2014 年 の食性調査で確認された。徳之島では環境省主導のもと、迅速にノネコ捕獲が実施さ れ、現在までに60頭以上が捕獲され、うち約20頭が新しい飼い主のもとに引き取ら れている(渡邊私信 2015)。もちろん徳之島と奄美大島では面積も人口も大きく異

95

なるが、奄美大島でも収容できる範囲内で捕獲を再開し、少しでもノネコによる希少 在来哺乳類への捕食被害を軽減させるといった動きが必要である。先にも述べたよう に、奄美大島の規模では全てのノネコを収容し新しい飼い主を見つけることは困難で あると予想されるため、この方法は解決策とはなりえないが、一時的な対策としてで も導入すべきと考える。

それと並行して、奄美大島におけるノネコ問題の深刻さを広く知ってもらい、殺処 分の必要性について理解を求める活動も重要である。奄美大島ややんばる地域におけ るノネコによる希少種捕食の問題を島外の住民に知ってもらうことを目的として、

2015年3月には環境省主催で東京と大阪で「希少種とノネコ・ノラネコシンポジウム」

が開催された。また動物愛護週間のイベントとして上野動物公園においては国内島嶼 におけるノネコの希少種被害のパネル展示も2014年、2015年と環境省主催で行われ ている。これらのイベントの最大の目的は、希少種保全の視点からノネコにどう対処 すべきかを考え、その上で殺処分についてどう判断するのかを広く国民に問うことに ある。現在環境省が掲げている「殺処分ゼロ」の方針は動物愛護管理の側面からのみ の理想であり、希少種保全の観点が全く欠落しているという大きな問題を内包してい る。希少種よりも外来種が守られるという現在の図式を問題とし、必要悪としての殺 処分の実施を容認する世論形成には長い時間を要するするであろうが、それを目指し たノネコ問題に関する普及啓発活動はより活発に行われるべきである。そのなかで、

ノネコ問題を理解したうえで新しい飼い主探しに協力してくれる動物愛護団体などと 連携し、出来る限り殺処分が少ない状況でのノネコ捕獲が進められるようになること が望まれる。

アンケート結果から、奄美大島内ではノネコの捕獲に関してはある程度の支持を得 られることは推測できる。そのため島外のみならず島内においてもノネコが島の希少 哺乳類に与える影響についての啓発を行い、ノネコ捕獲と殺処分の必要性について問 いかけることが必要である。

ノネコの捕獲による対象地域からの排除は希少種保全において最も必要な対策であ るが、その結果として希少種以外の主な餌動物であるクマネズミが増加することが懸 念される(Courchamp et al. 1999)。奄美大島ではフイリマングースの排除の結果、

クマネズミの増加は確認されていないが、クマネズミに対する捕食圧はフイリマング ースよりノネコの方が高いと考えられている(Fukasawa et al. 2014、Shionosaki et al.

96

2015)。奄美大島ではクマネズミはハブを引き付けるという理由で嫌われることから、

ノネコと同様に排除するか殺鼠剤などを用いた対策を講じる必要が現在も認識されて いることも忘れてはならない。

6.3.2 ノラネコ対策について

ノラネコ対策においては、希少種生息地付近の住宅地に生息するノラネコと希少種 生息地から離れた住宅地に生息するノラネコで異なる対策を講じることが必要である。

現 在 、 奄 美 大 島 内 の 奄 美 市 と 大 和 村 で は ノ ラ ネ コ 対 策 と し て TNR

(Trap-Neuter-Return)が実施されている。TNR とは、ノラネコを捕獲し不妊化処 置を施した上で、捕獲した場所に戻すという、ノラネコ対策として世界中で広く用い られている方法である。TNRの一番の目的は不妊化による繁殖抑制とそれにともなう 生息数の減少である。しかしながら生息数の減少については効果が無い、もしくは効 果が出るのに時間を要することが多く報告されている(Castillo and Clarke 2003,

Winter 2004, Foley et al 2005)。またTNRによってイエネコによる野生生物捕食が

無くなることはなく、野生生物保護の目的で TNR は行うべきではないとの指針も出 されている(Environment Australia 1999, The Wildlife Society 2011)。

しかし TNR は最も広く実施されているノラネコ対策の一つであり、奄美大島でも 今後全島的に展開されることが推測される。効果が否定されているにもかかわらず TNRが実施される理由の一つは、人道的な対策であると広く認識され、多くの人から 支持されていることにある(Takahashi 2004)。そのため国内の多くの自治体では「地 域猫」という呼び名で TNR の実施をサポートしたり、環境省における人と動物が幸 せに暮らす社会の実現プロジェクト」(環境省 2013)でも「地域猫」活動を推進した りしている。そのため否定的な意見を受けることなく実施することができるノラネコ 対策として、効果の有無にかかわらず広く導入されていると推測される。また TNR が支持を得やすいという意味では、ノラネコの繁殖制限の必要性を訴える普及啓発の 一手段としては価値があるとされる(Zasloff and Hart 1998, Centonze and Levy

2002)。これらのことから奄美大島においては、希少種生息地から離れた場所ではTNR

を行うことは問題ないと考える。TNRの実施に際しては、生息数や不妊化個体数を記 録・モニタリングし、効果について追跡調査することが望ましい。

一方、希少種生息地に近い場所での TNR は行われるべきではない。そのような場 所に生息するノラネコは、希少種生息地と住宅地を自由に行き来していることから