第1節 アジア地域の水環境の現状
「パリ協定(Paros Agreement)」の採択を受けて、全ての国に温室効果ガスの削減を目 指すことが義務づけられた。COP3「京都議定書(Kyoto Protocol)」との違いは、「『京都 議定書』が付属書Ⅰ国(先進国)のみが温暖化ガス削減の義務があるとしていたのに対し て、『パリ協定』は、先進国と対立してきた非付属書Ⅰ国(途上国)に対し、『共通だが差 異のある責任(Common but Differentiated Responsibilities)』課し、温暖化ガス削減は 全地球的問題として認識を共有したことである」(大島, 2016, p.183)。各国の取組みが地 球全体に与える相乗効果をもって未来が持続的な環境を保持していくために不可欠なこと とされた。各国の目標設定に貢献する企業の取組みが期待されている。
図表4-1 各国の削減目標
中国 2030年までにGDPあたりのCO2排出量60-65%削減 2005年比
EU 2030年までに40%削減 1990年比
インド 2030年までにGDPあたりのCO2排出量33-35%削減 2005年比
日本 2030年までに26%削減*2005年比では25.4%削減 2013年比
ロシア 2030年までに70-75%に抑制 1990年比
アメリカ 2025年までに26-28%削減 2005年比
*図「各国の削減目標(国連気候変動枠組条約事務局に提出された約束草案より抜粋)」
(出所)全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)2016.5.15をもとに筆者作成。
企業の地球温暖化対策の取組み結果は、環境・CSR報告書で開示されている。環境経営 が効果的に行われ企業が持続的に発展するうえで不可欠な情報とされていながら、環境コ ストの計上については、まだ明確にされておらず、内部管理に留まっているのが現状であ る。企業が環境コストを開示する必要性は、社会的費用がいくら発生したのか、財務情報 との関わりではどのような財務状況にあるのかが十分に示されていない。環境コストを適 切な情報として財務情報と関連性を高めることを考えるならば、「社会的費用(Social Cost)
-筑波由美子- 131 の考え方を導入するれば新の利益が浮かび上がってくる」(同上論文, p.184)。なぜなら
「『費用』には工業生産によってもたらされた二酸化炭素の放出という環境負荷をもとに戻 す費用は含まれていない」(同上論文, p.185)。したがって「外部不経済としてそのまま放 置されてきた」(同上論文, p.185)ことになる。これは大島(2016)の提唱する真の利益 をではない。負担しなかった分だけ企業の利益は増大して見えているということになる。
「言うなれば、従来の会計上の利益は、社会的費用控除前利益ということになる」(大島, 2016, p.185)として下記の算式を示している。
売上高 - 費 用 利 益
(出所)大島(2016)p.185より引用。
社会的費用は、企業が環境リスクを省みずに企業活動を行ってきた負の累計額を内部管理 の状態で留保しつづけることになり、財務会計の透明性を欠くことになり兼ねない事実と なる。社会的費用を適切に費用計上しなければならないのではないだろうか。大島(2016)
は環境リスクを測定し、集計し、適切な費用を利益から控除して企業経営の体質を健全な ものにすることに立ち返る必要性を示している。次に社会的費用を適切に控除した場合の 算式は以下となる。
売上高
- 企業負担費用
- 社会的費用 利 益
(出所)大島(2016)p.186より引用。
売上高から社会的費用を控除した算式は、企業の真の利益を示すものとして見ることが できる。大島(2016)の考えに基づき環境コストを費用計上する場合、費用と製品コスト に分類することが検討される。
-筑波由美子- 132 1-1 環境リスクの管理意識
企業活動に関連する自然資本を管理対象とする認識が広がっている。自然資本の水は、
最も人の生命維持に影響する重要な資源である。
企業が被る可能性のある水のリスクは4つ挙げられる。「物理的リスク」「規制に関する リスク」「レピュテーション(評判)リスク」「その他のリスク」(東京海上日動コンサルテ ィング, 2014)に分けられる。
図表4-2 企業が被る水のリスクの種類
リスクの種類 内 容
物理的リスク 自社の事業及びサプラーチェーンの操業に、十分な量かつ質の 水が得られないリスク
規制に関するリスク 政府等により、水利用に対し規制が課せられるリスク(例)水 の供給や排水への課金、操業の許可制、水利権、水質基準 レ ピ ュ テ ー シ ョ ン
(評判)リスク
水へのアクセスもしくは地域の水資源の劣化をめぐる緊張関係 や対立が発生するリスク。(例)企業のブランド/イメージへの 影響、地域での操業の喪失
その他のリスク 水に関連するコンプライアンス違反や消費者行動の変化による リスク。(例)訴訟、サプライチェーンへの影響
(出所)東京海上日動コンサルティング(2014)p.2をもとに筆者作成。
わが国は水資源に恵まれているため水の危機管理意識は低いが、企業はグローバル化で 諸外国の影響を受け易い。
「メコン川流域のベトナムやタイ、ラオスは深刻な干ばつに見舞われている」(日経産業新 聞朝刊, 2016.3.24, p.6)アジア地域で農業人口の多い各国では水資源の確保が欠かせない。
しかし、水資源をビジネスチャンスと捉える企業は多いエプソンは、水なしで紙を再生 することができる機器「ペーパーラボ」を開発している(日経産業新聞, 2015.12.11, p.11)。
MS&ADグループのインターリスク総研は「水リスク診断」で企業の環境リスクをサポ
ートする。「企業の国内外の生産拠点などを対象に、水に関するリスクを診断するサービス
-筑波由美子- 133 で、水死汚濁や干ばつなど、操業停止やコスト上昇につながるリスク要因を分析する」(日 経産業新聞, 2016.6.16, p.11)。主な診断は、「水需給」「公衆衛生」「災害」「生態系への影 響」「将来予測」の5分野がある。評価は深刻度を5段階で示される。
図表4-3 水不足の予測
(出所)国連などの統計をもとに筆者作成 (出所)日本経済新聞社朝刊, 2016.1.13より引用。
海外ではカーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)39が水資源への影響に 対する備えなどを調査し、世界の企業を格付けしている(庄司, 日経産業新聞, p.11)。
CDPウォーターは、水に関する事業リスクと捉え、企業の水リスクに関する情報開示プ ログラムにスコアリングを導入している(柴田, 2015)。CDP ウォーターが求める水リス クは、事業に影響を及ぼす物理的リスク(水量不足・過多、水質悪化)、規制リスク、評判 リスクとしている(同上書, 2015)。従来の水資源管理と評価範囲が異なる。多くの企業は 取水量、排水量、排水質の測定と改善であと認識されているが、この評価だけでは水リス ク評価を行うことができないとしている(同上書, 2015)ため、世界資源研究所の
「Aqueduct」や世界自然保護基金「Water Risk Filter」の機関は公表している水リスク評 価ツールが用いられているが、この評価ツールの情報が粗く、サイトの立地条件を正確に
39) CDPは、機関投資家を代表し、企業に環境リスクへの対応戦略等の情報開示を求める非営利団体(旧
称カーボン・ディスクロージャ・プロジェクト)である。CO2・温暖化の分野では、企業のCO2リスク への対応戦略や実績を問う情報開示・格付プログラム「CDP気候変動」の運営団体として知られる。
「CDPウォーター」は、CDPが、“水リスク”について企業にリスク認識や対応戦略を問うプログラム であり、2010年にスタートし今年で6年目を迎えている。しかしこれまでの活動は、企業に水リスクに 対する認識や対応戦略に関する情報開示を求め、各社の回答を開示するに留まり、企業間の優劣を評価 するスコアリングは行われていなかった。今年はその企業スコアリングが実施され、一部企業について はスコアも開示されることになる。これは、事実上、企業間の格付評価の導入に相当する(柴田, 2015, www.mizuho-ir.co.jp/publication/column/2015/kankyo0420.html,アクセス2016.8.19)。
-筑波由美子- 134 加味している保証がなどの限界があるという(同上書, 2015)。
1-2 アジア・中国の気候変動対策と水資源
世界各国で見られる近年の自然災害は、未曾有の被害を引き起こしている。わが国でも 東北震災、熊本震災など発生している。水災の被害は一瞬にして広範囲に被害が及んでい る。世界で起こりうる自然災害リスクランキング(「世界リスク報告2014」日経産業新聞,
2015.1.9)によると、東南アジア諸国連合(ASEAN)10 ヵ国のうち、日本企業の進出が
加速しているタイ、マレーシア、ミャンマーの3ケ国が入っている。
図表4-4 ASEANの自然災害リスク (単位%)
発生の可能性 災害への脆弱性 リスク指標 ランキング
(A) (B) (A)×(B) (171ヵ国中)
インドネシア 19.36 54.48 10.55 34位 シンガポール 7.82 28.78 2.25 160位
タイ 13.70 46.61 6.38 90位
フィリピン 52.46 53.85 28.25 2位 マレーシア 14.60 44.60 6.51 88位
ブルネイ 41.10 39.48 16.23 12位 ベトナム 25.35 51.64 13.09 18位 ミャンマー 14.87 61.48 9.14 43位
ラオス 9.55 60.21 5.75 100位
カンボジア 27.65 61.90 17.12 9位
(出所)国連大学環境人研究所とアライアンス・デベロップメント・ワークス
「世界リスク報告2014」日経産業新聞, 2015.1.9をもとに筆者作成。
タイの自然災害リスクは北部および中部を中心に8 月から10月にかけて降雨量が多く なり洪水になるリスクが高くなる。その他、地滑り、森林火災、風害等が主な災害となっ ている。また、地震については北部のミャンマーとの国境付近で発生することが多い(日