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月、    れ       雨、

文字が表記を変えて繰り返される。異なる漢字を充てることでそれぞれの示す意味も変 化するというパターンになっている。表意文字としての漢字の読みと表音文字の表記と の間にある境界を破ろうと意図したものであろう。

 図51「さみだれ」は「さ」「み」「だ」

rれ」の四つのひらがなを分かち書きで 繰り返しており、区切りをずらしてゆく

ごとで異なる言葉を意識させる構造にな っている。これは、日本語の構成という よりも表音文字を四つの部品として組み 合わせることで生まれる可能性の多様さ に支えられている。ここには明らかに上 から下へという情報の順序が設定されて いる。漢字の表記であるr五月雨」が一 箇所だけ入る意図は何であろうか。やや 強引にはなるが、途切れがちに降り続く 五月雨がテーマだとすれば、分かち書き を用いた構造と関係を結んではいる。

 表音文字を部品として見なす方法は図 52rうごめく」でさらに発展的になっ ている。rさみだれ」では順序は不変のま ま区切りが変わっていくパターンであっ たが、「うごめく」では「う」「ご」「め」

rく」の四つの文字をほとんどアトラン うご うご苦くう  うめ うめ め紅くうめ  ご紅く 旬くご口く

    苦1    う

うご う  うめ うめ口くうめ  苦くめ紅くご口く 紅く  垢/

       う う  うご うご う  うご紅/

め苦/め供1 丸1め句1 垢1

うめ  め苦くうううううう  口く う る めごめごめご め    め め 苦薔曹苦苦曹く苦(

う. 苦く組1来味来味味喋くる ご供く     るるるるるる め     う  めめめめめめ 紅く

うめ うめ口く紅紅紅紅紅紅く ご紅/ 口/        つ      う  うご う  め

うごめ苦くめ垢く 苦くご口く紅く

さ、さ、さささ、さささ、

み、み、   み み、     み、

    み、     み、み、

だ、だ だ、だ、だ だ、だ、だ

れ、れ れ、れ、れ れ、   れ

  さ     さ   れ さ

さ、みさ、さみさ、さ

み、   み、     み、み み、

  だ、   み、だ、     だ、

だ れ、だ だ、れ、だ だ、

れ   れ     れ れ、れ さ さ さ れ さ さ   さ

      さ      さ み み、み、み、   み、み、

だ、だ、だ、み、・だ、だ、み、だ、

れ、     だ、     だ、れ、

  れされ、れれれ、

さ、さ み   さ さ   さ

み、    さ、  み さ、

  み、だ、み、み、   み、み、

ただ、れ、 だ、だ、 だ、

れ れ、   五、れ、れ、だ れ、

      月、    れ

甲申子 壬申 壬申}市中壬ト壬中子 申壬ト 去 gト子 壬叶 壬ト}ト中壬叶壬 子 ト垂ト 壬 gト子 壬ト 去中}申}士ト岳 子 ト土ト}壬 gト子 壬ト 缶ト中申}壬ト壬 予 中岳ト十去 gト子 壬トト 壬ト 叶}壬トト壬 子}ト上出 壬 p申子 壬申}壬申}申 壬出壬}予十中去中}士 pトト子 壬申 壬ト 中 壬申壬 子 中壬中 壬 pト子 王ト 壬トト}中十王トト1壬 叶壬ト g申子 壬申 士市 中 岳ト岳 予 ト王トト中壬 p申子 士ト 壬叶 ト}士中壬}子 申壬中中壬 q子子子子卵子子子子子子子子子子子精子子子予子 q 士 叶子中壬 申壬トト 壬子ト壬小玉 ト壬申 q中壬 中子中岳 ト五ト 士子ト壬申壬 申壬トト q 壬 ト子{壬 申壬申中壬子中壬ト土}中壬中 q 壬 叶子トト王 申壬ト十士子中壬叶去 トト壬{

q}壬 中子中壬 怜壬トト 壬子中壬ト土 叶土中 q中去 中子中止 卜壬中中壬子叶壬申壬 ト壬叶

¥ 壬 ト子中岳}中岳ト}圭子中岳ト壬申卜壬申 q 壬 叶子ト土 ト土ト 士子中壬ト缶}中壬申 q}士 中子ト巫 叶壬ト 士子ト壬ト土}ト土ト

q中去十干十王申壬ト中壬子中壬ト缶十王叶  1      1

図53一 V国誠一r個体」1977年

生に必要な要素である。この二つの言葉が共有している「子」の字はまさに誕生を示唆 するものであると同時に、読みの「シ」はどこかで「死」と地続きであることをほのめ かしている。

 「精」と「卵」をつないでいる存在である子は、しかし常に「死」をはらんでいると いう生命の関係性をそのまま構造化した作品である。複雑なテーマでありながら、新国 の目的が高い一レベルで実現された作品であるといえるだろう。

 図53「個体」は新国の没 年の作である。この時期の作 品としては珍しく、グリシド に沿うかたちで文字が埋め 尽くされている。上下左右を 向く文字のほとんどは「子」

で、ゴシック体と明朝体が入 り乱れう乱雑な空間を構成 している。その中に「精」と

「卵」の宇が二つの極のよう に存在し、二つを結んだ直線 状のみ一「子」の字が王位置に 並んでいる、タイトルは「個 体」であるが、受精あるいは 生命と一いった神秘的な発生 の背景を意識させる。「精子」

とr卵子」ぽともに生命の誕

4−7 新国が目指したものとは 4−7−1 言葉の具体化

 時系列に沿って新国の作品を分析したが、彼の求めるものはあ享りにもストイックで あったと思う。現代の社会において言葉には人間によって二次的な概念が付与されてい る。それを剥ぎとる作業を通じて、その言葉が本来的にもつ概念を見つけ出す。新国は それを「言葉の核」や「言葉の原初経験」と呼んだ。メタファーへの疑念から、モダニ ズムの否定を決意した新国は言葉と向き合い続けたことで「原初経験」を見出し得仁の である。空間主義との出会い一によって、言葉を物質として扱う方法を手に入れた新国は、

自身の追求する「言葉の原初経験」を表現するための最適なツールを発見したと考えた に違いない。「言葉の原初経験」以外の概念を切り捨てている以上は、作品が余計なもの を表現することは許されない。」つの作品は、そのテーマとなる言葉の本来の概念以外 の内容を含んではならないのである。

 言葉が本来持つ概念をその言葉白体のアイデンティティのようなものだと考えれば、

それのみを表出する作品を作るということはその言葉のたったひとつの本来の概念を形 にすることであ.る。私はこの過程を「言葉の具体化.」と名づけたい。新国が目指したも のは、文字の具体化による言葉の具体化であると、ここに定義する。

 言葉を具体化することとは、言葉の本来の概念を探りだしそれを唯一の形式で構造化 することである。私は、彼の生み出したこの目標を高く評価したい。それは、すべての

過程があまりにも困難であり、報われない可能一性の方が高いからである。まず、言葉に 結び付けられた二次的な意味をそぎ常とすためにその言葉の本質を常に探り続けなけれ ばならない。あらゆる文脈で使われることを想定し、考えられるすべてを試すことにな るであろう。また、見つけ出した言葉の本質的な意味をテーマとして、その作品の構造 と一致させる必要がある。厳密には、作品のテーマと構造を一致させるのではなく、作 品の構造がテーマそのものとなることが求められる。そうしなければ、言葉の本質的な 意味をそのものの形で表出したこと一にならないからである。また、言葉の具体化の過程 で不純物が紛れ込まないために細心g注意を払う必要がある。新国が明文化しているの はこの過程までだが、もう一っ隠さ1れた段階があると私は考える。それは.、出来上がっ た空間が芸術的作品としての価値を持つ必要がある、ということである。言葉の本質的 な意味をテーマとして作品を作っただけでは、詩情の表出は不十分なのではないか。そ れだけでは言葉の意味を目に見える形に置き換えたに過ぎない。詩情を定義することは 難しいが、あえてそのように述べたい。言い換えれば、新国が拒み続けていた絵画領域・

デザイン領域からの評価こそが、実は彼の作品に必要だったのではないだろうか。

4−7−2 コンクリートーポエトリーの終焉

 新国のあまりにも高すぎる理想は、厳格であるがゆえに容易に余人には理解が及ばな かったに違いない。また、言葉から原初経験を見出したとしてもその構造が作品のテー マとなるような作品をつくることは難しい。ASAの立ち上げに同意した藤富保男の作品

も新国のコンクリ]ト・ポエトリーとは趣が異なっている。またゴムリンガ}、ノイガ ンドレスを出発点とする西欧コンクリート・ポエトリ」とは、同列に語られてはいるが 全く異なるものであるといってよいであろう。通常の詩のような行分けによる文字の線 行の形式をとらないという点で、日本においても新しい詩の視覚的表現として当時もて はやされたことだろう。しかし、結果的にそれは根付かなかった。私はここに新国の死 を結びつけていたが、それは違っていた。文字を作品構成のための部品のようなものと して扱うことで成立した西欧コンクリート・ポエトリーはアルファベットによって支え られていた。意味と形象を切り離すことが可能な文字であったアルファベットと漢字は 違い、どれだけ余計な意味を削ぎ落としたところで残ってしまう意味がある。表意文字 である漢字をコンクリート・ポエトリーの素材として扱おうとすると、アルファベット と比べて漢字に限界があると感じられただろう。西欧で生まれたコンクリート・ポエト リーが日本で根付かなかったのは、素材となる文字の面でそもそも日本にはまったくそ ぐわないものだったからである。では、どうして新国だけがコンクリート・ポエトリー の制作を続けられたのか。それは、「漢字のどうしても切り離せない意味」が彼にとって は限界ではなく、むしろ漢字のもつ可能性に見えたからではないだろうか。このことを 漢字だけが持つ特徴であると捉えることで、新国は言葉の.「原初経験」として理解し、

それのみを具体的なかたちで表現することを追求した。新国のコンクリート・ポエトリ ーは西欧のコンクリ」ト・ポエトリーとは本質的に異なるものであり、同一に扱うべき ではないのである。目.本にそぐわない西欧のコンクリート・ポエトリーはやがて枯渇し ていった。そして新国の死によって、日本でのコンクリート・ポエトリーは衰退してい

った。

4−7−3 新国誠一の人間性

新国が自身の作品が混成領域と呼ばれるのを嫌がった理由が今なら理解できる。彼が

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