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第 4 章 乗員傷害予測式の構築

4.6 まとめ

本章では,前章にて作製した交通事故シミュレーションモデルを用いて傷害データベースを構築 し,頭部,胸部,および大腿部における乗員傷害予測式を導出した.そして,実事故データを用い て各傷害予測式の精度検証および考察を行った.

傷害データベースを構築するためのパラメータをエアバッグ,シートベルト,人体形状,車種,

衝突速度,衝突方向の 6 つとし,それぞれの変更水準について述べた.車種の違いとして JNCAP データを用いた車両剛性の算出方法を提案し,車両剛性およびノーズ長を用いて車種ごとの衝突加 速度波形を作製した.また斜め方向前面衝突において,回転運動を考慮にいれた車室加速度の算出 方法を提案した.

傷害データベースに順序ロジスティック重回帰分析を用いて各部位におけるAISスケール別の乗 員傷害予測式を導出し,実事故データを用いて精度検証を行った.頭部および胸部についてはある 程度の一致が見られたが,大腿部については予測式から算出された傷害発生確率が実事故データよ り大幅に低かった.これは,前面衝突による車室の変形をシミュレーションにて表現していなかっ たためであると考えられる.

以上,本研究にて導出した乗員傷害予測式は,致命傷に至る頭部および胸部の傷害発生確率をあ る程度の精度で予測できる,ということが確認された.

第5章 成果のまとめ

5.1 各章のまとめと総括

本研究では,まず先行研究にて作製された乗員マルチボディモデルおよび車室マルチボディモデ ルの問題点を修正し,交通事故シミュレーションモデルの精度を改善した.そして,このシミュレ ーションモデルを用いて車両特性,および斜め前方衝突を考慮に入れた乗員傷害予測式を導出し,

頭部および胸部の傷害発生に関してはある程度正確に予測できることを確認した.

第1章では,本研究の背景と目的について述べ,乗員傷害予測式の導出手法および本報告書の構 成について述べた.

第2章では,先行研究にて作製された乗員モデルおよび車室モデルの概要を示し,問題点と修正 内容について述べた.乗員モデルについては,衝突時の体幹部変形に問題があったため,Body要素 およびJoin要素の連結を修正した.また腹部が前に突き出しているという問題があったため,自然 な運転姿勢となるように外形状を修正した.車室モデルについては,頭部に対するエアバッグ反発 が大きすぎるという問題があったため,インフレータ機能にガス放出特性を加えた.

第3章では,JNCAPにおけるフルラップ前面衝突試験を用いて交通事故シミュレーションモデル

の妥当性を検証した.衝突時の乗員挙動を比較したところ,モデル修正前に見られた頭部の過度な 反発が無くなり,エアバッグモデルの改善が確認できた.また体幹部の不自然な変形も見られなか った.さらに各部位における加速度および荷重について比較したところ,全ての部位についてモデ ル修正前からの大幅な改善がみられ,修正によるモデルの精度が向上したことが確認できた.修正 後のモデルと試験結果について比較したところ,若干の定量的なずれを除いては全ての部位につい てよく一致しており,実際の事故と比較してもモデルの精度が十分であることを確認した.

第4章では,交通事故シミュレーションモデルを用いて傷害データベースを構築した.車両特性 をパラメータとして用いるため,JNCAPデータを用いた車両剛性および車両慣性特性の算出手法を 提案した.この車両剛性およびノーズ長を用いて車両ごとの衝突加速度波形を作製し,さらに車両 慣性特性を用いて回転運動を考慮した斜め前方衝突時の車両加速度波形を作製した.

この傷害データベースに順序ロジスティック重回帰分析を用いて,頭部,胸部,および大腿部に 対する乗員傷害予測式を導出し,実事故データを用いて精度を検証した.乗員の傷害発生確率にお よぼす影響が大きいパラメータは衝突速度およびシートベルト装着の有無であった.これは実事故 においても同様の傾向が見られ,予測式が実際の傷害状況を精度良く表現できている.

頭部については,AIS3+以上の傷害発生確率が低いという全体的な傾向はよく一致したものの,

実事故における頭部傷害がほとんど発生していないという状況とは一致しなかった.胸部について は,ほとんどの事例にて傷害が発生し,重傷度が高いという状況を正しく予測していた.また高速 度衝突下のシートベルトによる傷害発生も精度良く表現できていた.大腿部については,重傷度が 高いという事故状況を正しく予測できていなかった.前面衝突事故による下肢への傷害は車室の変 形による影響が大きいのに対し,本車室モデルは変形を表現していないため低く算出してしまった と考えられる.しかし,シートベルトを装着していない事故状況における傷害状況はよく一致して いることから,下肢と車室内構造物との接触は正しく表現出来ていると考えられる.

5.2 今後の展望

本研究では,乗員モデルおよび車室モデルの改良を行うことにより精度の高い交通事故シミュレ ーションモデルを作製したが,これを乗員傷害予測式の導出にしか使用しなかった.交通事故シミ ュレーションモデルは,衝突時の乗員挙動や物理現象を詳細に確認できるため,乗員傷害を低減す るような車室内形状および安全装置への提案など,今後は傷害予測式以外の目的にも利用するべき である.

高精度のなシミュレーションモデルを作製したものの,改善すべき問題点は未だ多く存在する.

本研究の結果を踏まえると,乗員傷害予測式の精度はそれを導出する交通事故シミュレーションモ デルがおよぼす影響が非常に大きいといえる.車室モデルに関して,本研究ではエアバッグモデル のみ修正に取り組んだが,4.5でも述べたように,斜め前面衝突に対応するためのドアおよび助手席 構造物のモデル化や,トゥーボードやフロアの変形を考慮に入れた車室モデルの作製が必要である.

また乗員モデルに関して,同様に変形を考慮しないマルチボディモデルにて作製したが,胸部など 変形が傷害に強い影響をおよぼす部位や,頭部など内部軟組織への傷害が重要な部位に対して,有 限要素モデルを導入することを考える必要がある.

さらに,予測式の精度を確認するための実事故データの取得をより一層進めていかなければなら ない.本研究では13例のみしか入手できず,また乗員の身長など情報が不足している部分が多く,

質,量ともに十分ではない.特に乗員の傷害状況については傷害発生部位などを示したより詳細な 情報を得ることが望ましい.今後,より精度の高い予測式が実事故の傷害判断に利用されるように なれば,実事故データの重要性が認識され,その結果さらに実事故データの入手が進むという好循 環が生まれることにより交通事故による死傷者数を減らす事ができるであろう.

ドキュメント内 人体モデルを用いた前面衝突事故における (ページ 78-81)

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