領域 を 超 え ない こ と が仏 教 社 会福 祉 論 の前 提 条 件と さ れ たの で あ る。 仏 教は 主 体 的、 内 的 世界 に 関 わる も の であ り
、 それ に 対 し て社 会 科 学と は
、 客観 的
、 外的 世 界に 関 わ るも の で ある
。
第 三 節
『 仏 教 社 会 福 祉 辞 典
』 の 刊 行
『仏 教社 会 福祉 辞典
』 の刊 行 本 節 で は、 最 初 に 述べ た 社 会 福 祉の 一 分 野 と し ての 仏 教 社 会福 祉 の 定義 に つ いて
、本 辞典 と 執 筆担 当 者 であ る 中 垣 自身 の 言 葉か ら 説 明す る
。『 仏教 社 会福 祉 辞 典』 は
、 仏教 社 会 福祉 研 究 を進 め る ため の 入 門 書、 あ る いは 辞 典 の刊 行 に 取り 組 む必 要 を 実感 し て いた 若 干 の理 事 ら のな か に
、仏 教 社 会 福祉 論 ま たは 仏 教 福祉 論 の 講義 担 当者 の 利 便性 も 考 慮し た『 仏教 社 会 福祉 辞 典
』出 版 の 声 が聞 か れ
、平 成 元 年( 一 九 八 九) に 大 正大 学 で 行 わ れ た理 事 会 で
、 承 認さ れ た[ 同 辞 典
、 二
〇〇 六
、 刊 行 の 辞]
( 24
)。 本 辞 典 にお い て
、戦 後 の 仏教 社 会 福祉 研 究 のさ ま ざ まな 議 論 に 一応 の 決 着が つ い たと い っ てよ い 仏 。 教 福 祉と 仏 教 社会 福 祉 EBuddshist welfare and Buddhist social welfare
/仏 教 と 福 祉の 理 念
、ま た は 仏教 と 社 会 福祉 の 理 念と の か かわ り を 考 える こ と
。/ 定 義 仏 教 福 祉 は、 仏 教 と福 祉 の 関わ り
、ま たは 仏 教 慈善
(事 業
)、 さ らに は 仏 教に よ る 福祉
( 理 念
・ 事 業・ 歴 史
・制 度
) を目 指 す 包括 的 概 念で あ る
。 それ に 対 し、 仏 教 社会 福 祉 は、 歴 史 と 社会 に 規 定さ れ た 社会 福 祉 問題 に 対 応す る 民 間 社会 福 祉 事業 と し て、 仏 教 はど の よ う に関 わ っ てい る か を考 え る と同 時 に
、仏 教 精 神
(理 念
・ 価値
) を 主体 的 契 機と し て
、 現実 的
・ 具体 的 な ソー シ ャ ルワ ー ク の実 践 の 可 能性 と 固 有性 追 求 する こ と であ る
。
/ 展開
日 本仏 教 福 祉の 源 流 は、 伝 統 的に は
、 聖 徳太 子
( 57 4
~ 62 2
) が四 箇 院
( 施薬 院
・ 療病 院
・ 悲田 院
・ 敬田 院
) を建 立 し た こと に 遡 ると さ れ てき た
。 それ に 続 い て、 道昭
( 62 9
~ 70 0
)・ 行 基( 6 68
~ 7 4 9)
・空 海( 7 7 4
~8 3 5
)・ 空 也( 9 0 3~ 9 7 2
)・ 重 源( 11 2 1
~1 2 0 6)
・叡 尊( 1 20 1
~ 90
)・ 忍 性
( 1 2 17
~ 1 30 3
) らに 象 徴 され る 菩 薩道 の 実 践 とし て 展 開さ れ て きた
。 社 会制 度 が 未 発達 で あ り、 地 域 が未 開 発 であ っ た 古代
・ 中 世
・近 世 の 前近 代 社 会に お い て、 と り わ け自 然 災 害や 疫 病 と貧 困 に 対す る 対 応と し て は
、自 助 ま たは 相 助
・互 助 の 原則 に よ る しか な か った
。 狭 少で 閉 鎖 的な 地 域
(む ら
・ 郷 村) と い う名 の 同 質的 社 会 は、 基 本 的 には 安 全 と安 住 の 地と し て
、社 会 的 凝集 性 の 強 い相 互 扶 助の 社 会 を形 成 し てき た
。 そ のな か で
、仏 教 僧 の自 発 的 な慈 善 行 為が 地 域 に 受容 さ れ
、評 価 さ れた
。 こ のよ う な 仏 教慈 善 ま たは 仏 教 福祉 の 実 践は
、 生 活上 の 諸 困 難、 貧 窮
・病 苦
・ 孤独
・ 厄 苦な ど に 対 する 救 済
・保 護 活 動と
、 生 活上 の 便 益と 向 上 を 図る た め の土 木
・ 交通
・ 住 居・ 浴 場 な どの 地 域 公益 事 業 の2 タ イ プに 大 別 でき る
。
/ 総じ て 前 近代 社 会 にお け る 仏教 僧 の 活 動は
、 教 化・ 布 教 と同 時 に
、慈 善
・ 救済 事 業 を 展開 す る もの で あ った
。
/ 社会 福 祉 は
、そ の 前 史的 形 態 とし て の 相互 扶 助 や慈 善 事 業 のよ う に
、国 家 が 政策 的 介 入を し な い 段階 を へ て、 国 家 が政 策 的 介入 を 行 う救 貧 事 業
・感 化 救 済事 業
・ 社会 事 業
・社 会 福 祉 事業 の 段 階へ と 発 展し て き た。 こ の よう な 歴 史 的系 譜 の なか で
、 仏教 福 祉 と仏 教 社 会 福祉 の 概 念規 定 に つい て 混 乱と 混 同 がみ ら れ る よう に な った
。
/ 前者 は 慈 善・
71
善 意
・ 親切
・ 世 話・ 奉 仕 によ る 職 位や 諸 活 動を 心 情 的
・利 他 的 行為 と し て美 徳 化 した 結 果
、 むし ろ 理 念的 概 念 とし て 扱 われ
、 い つの 時 代 で もど こ の 社会 で も 仏教 の あ ると こ ろ に は常 に 福 祉が あ る かの よ う な錯 覚 を 与え た の で ある
。
/ それ に 対 し、 後 者 は社 会 問 題 とし て の 社会 的 障 害問 題 へ の対 応 策 を明 ら か に する 実 体 概念 で あ る。 す な わ ち、 社 会 問 題の 本 質 的把 握 を 前提 に し て、 法 律 によ っ て な され る 社 会福 祉 事 業を 超 え て、 客 観 的 に存 在 す る地 域 の 実態 に 即 した 社 会 福祉 実 践 の 直接 的 ま たは 間 接 的援 助 の プロ グ ラ ム 化と
、 自 発的 な サ ービ ス 提 供が 仏 教 社会 福 祉 を 特徴 づ け るの で あ る。
/ 仏 教社 会 福 祉 的意 味 付 け 仏 教 を主 と す る慈 善 救 済活 動 や 事 業は
、 日 本社 会 事 業の 源 流 とし て 古 く から 存 在 した
。 仏 教僧
、 特 に遊 行 僧 によ る 地 域 貢献 に お いて 顕 著 であ っ た
。日 本 近 代 社会 の 成 立後 に お いて も
、 国家 が 国 家責 任 の 原 則を 回 避 した り
、 国家 介 入 を忌 避 し た
。そ の 結 果、 民 間 社会 福 祉 の一 翼 を 担う 仏 教 社 会福 祉 が 国家 権 力 に利 用 さ れ、 戦 争 協 力ま で 拡 大す る こ とと な っ た。 戦 後
、国 家 は 本 格的 に 制 度充 実 に 乗り 出 し
、社 会 福 祉 政策 と し ての 制 度 的サ ー ビ スと
、 専 門的 社 会 事 業( ソ ー シャ ル ワ ーク
) と して の 直 接 的・ 対 人 的サ ー ビ スな ら び に間 接 的
・援 助 的 サ ービ ス の 提供 体 制 が整 備
、 分化 す る 時 代を 迎 え た。 占 領 下政 策 の 変革 と も 相俟 っ て
、 基本 的 人 権を 擁 護 する 社 会 福祉 の 理 念 と実 践 へ 大き く 転 換し 発 展 した の で ある
。 仏 教 社会 福 祉 の今 日 的 課題 は
、 民間 社 会 福 祉の 一 翼 を担 い
、 大乗 仏 教 の精 神 を 基盤 と す る 心の ケ ア やタ ー ミ ナル ケ ア にみ ら れ る 自発 的
・ 主体 的 な 社会 福 祉 実践 活 動 の具 体 化 で ある
。( 執筆 担 当
:中 垣 昌 美) 中垣 は
、仏 教 社 会 福祉
( 社 会 事業
)の 特色 は
、「 社会 問 題 の本 質 的 把握 を 前 提と し な がら も
、法 律 に よっ て な され る 社 会福 祉 事 業を 超 え て、 そ れ 以 上に 地 域 の実 態 に 即応 し た 社会 福 祉事 業 ま たは 活 動 のよ り す ぐれ た プ ログ ラ ム 化が 民 間 団 体と し て の宗 教 団 体に お い て、 自 発的
、主 体的 に 取 り上 げ ら れ 実践 さ れ ると こ ろ にそ の 社 会 事業
・社 会福 祉 の 特色 が あ る」
[
中垣
、一 九 九 八、 一 六ペ ー ジ]
( 25
)と 述べ る
。し か し
、仏 教即 社 会 福祉 で も なく
、 布教 活 動は 社 会 福祉 実 践 では な く
、ま た
、 社会 福 祉 実践 や 援 助 サー ビ ス の供 給 は
、そ の ま ま仏 道 の実 践
・ 菩薩 道 の 実践
・ 報 恩行 の 実 践で あ る かの よ う に 錯覚 す る こと は 許 され な い とす る なら ば
、 その 仏 教 的特 色 は
、主 体 者 が仏 教 教 団あ る い は 仏教 者 で ある と い う特 色 を 除け ば
、「 主 体 的契 機
」 にし か な い。 中垣 は
、主 体 的 契 機に つ い て、
「 仏 教 社会 福 祉 の実 践 活 動 にお け る 仏教 精 神 の発 露 と 考え て よ い」[ 中 垣
、 一 九 九八
、 八
〇 ペ ー ジ] 26(
)と 説 明 す る
。 ま た、
「 仏 教 社 会 事 業・ 社 会 福 祉に お け る主 体 的 契機 は
、 仏教 の 説 く教 義 を 根本 と す る 行動 の 価 値規 範 体 系に よ っ て形 成 され る
。( 中 略) 仏 教 徒 のも つ 仏 教理 念 や 仏教 精 神 の 発露 か ら 発し た 慈 善行 為・ 事 業 の展 開 は、 対 象 に対 す る 人間 的 理 解や 主 体 的契 機 と 無関 係 で は なく
、 い のち の 尊 厳を 基 軸 にし た 活動 展 開 に仏 教 な いし 仏 教 社会 福 祉 のも つ 特 徴が あ る
」[ 中垣
、一 九 九 八、 八〇
‐ 八 四ペ ー ジ]
( 27
) と
、述 べ て いる
。 例え ば
、 八正 道 の なか の 正 見 や、 縁 起 相関 な ど の仏 教 思 想は
、 社 会的 な 障 がい を 持 つ社 会 福祉 対 象 者に 対 す る理 解 に おい て も
、社 会 的 障が い を 担 わさ れ て いる 歴 史 的・ 社 会 的現 実 を直 視 し
、そ の 正 しい 認 識 の結 果
、 生存 権 を 享受 す る 人 間で あ り 同じ 仲 間 であ る こ とを 発 見し
、 共 生・ 共 存 の可 能 性 をみ つ け だす こ と がで き る と 説明 す る
。
72
宗教 か、 社会 福 祉か
いま あ え て
、仏 教 社 会 福祉 は 宗 教 か社 会 福 祉 か と問 わ な け れば い け ない だ ろ う。
『 仏 教社 会 福 祉辞 典
』 にお い て
、仏 教 社 会福 祉 の 今日 的 課 題は
、「 民 間社 会 福 祉の 一 翼 を担 い
、 大乗 仏 教 の精 神 を 基盤 と す る心 の ケ ア やタ ー ミ ナル ケ ア にみ ら れ る自 発 的・ 主 体 的な 社 会 福祉 実 践 活動 の 具 現化 で あ る」 と 書 か れて い る
。し か し
、す で に 長崎 陽 子が 指 摘 する よ う に、 以 下 の課 題 が 生じ て い る。 一
、社 会 科 学を 基 調 とす る 仏 教社 会 福 祉は
、 表 面的 に は
、 社会 科 学 が強 調 さ れる と 相 対的 に
、仏 教 思 想と 関 連 性が な い よう に み える
。 二
、そ の 結 果、 理 論 と実 践 の 不一 致 が 起こ る
。 ある い は
、 まっ た く 仏教 思 想 と無 関 係 に実 践 が行 わ れ る場 合 も あり う る
。 そう し た 場合
、 仏 教社 会 福 祉の 独 自 性や 固 有 性は ど こ に 見出 せ ば いい の だ ろう か
。 長崎 は
、人 間
・ 科学
・ 宗 教オ ー プ ン・ リ サ ーチ
・ セ ンタ ー
( 龍 谷大 学
) にお け る 仏教 社 会 福祉 研 究の 第 一 の目 的 は
、理 論 と 実践 の 一 致に あ る と述 べ て い る[ 長 崎
、二
〇
〇 八、 八 一 ペー ジ] 28(
)。 続け て
、「 た し か に、 仏教 思 想 は 仏 教 社会 福 祉 が 社 会 福祉 と し て サ ー ビ スを 行 う とき
、表 に で るこ と はな い
」[ 長 崎
、二
〇
〇八
、八 一 ペ ージ]
(29
) と述 べ て いる
。 これ ら は、 社 会 福祉 を 行 うと き に
、仏 教 思 想は
( 少 なく と も 表 面上 は
)、 使 わ な いと い う こと を 意 味し て い る。 また
、 仏 教思 想 を 社会 福 祉 を 行う 主 体 的契 機 と する 場 合 にも
、 主 体者 を 社 会福 祉 実 践に 結 びつ か せ たも の が
、何 ら か の仏 教 思 想と 結 び つく こ と で
、例 え ば
、人 間 関 係が 平 等 とな る かど う か は、 ま た 別の 検 討 が必 要 だ と思 わ れ る。 し か し
、こ の 点 を理 論 化 し、 理 論 と実 践 を一 致 さ せな け れ ば仏 教 社 会福 祉 の 存在 意 義 が問 わ れ る こと に な りか ね な い。 船本 淑 恵 によ
る「 浄 土真 宗 本 願寺 派 社 会福 祉 施 設実 態 調 査 報告
( 概 要)
」( 30
)に よ る と、 本 願寺 派 の 社会 福 祉 施設 に 仏 教的 特 色 を「 含 ん でい る
」 と 回答 し た 施設 は
、 一八
・ 三
%で あ り、
「 含 んで い な い」 は 五 四・ 五
% であ っ た
。船 本 は
、「 た だ し
、以 前 は 含ん で い たが
、 行 政の 指 導 によ り 仏 教的 特 色 を含 ま な い定 款 に 改正 し た 施 設や
、 改 正中 で あ ると い う 記述 も みら れ た こと を 考 える と
、 設立 当 初 を含 め る と、 仏 教 的 特色 を 含 んだ 理 念 を掲 げ て いた 施 設の 割 合 が高 く な るの で は ない か と 推測 で き る」[ 船 本
、二
〇〇 八
、二
〇四 ペ ー ジ] 31(
) と 述べ て い るが
、 半 数以 上 の 施設 が 仏 教的 特 色 を「 含 ん で いな い
」 と回 答 し てい る こ とに な る。 こ の こと は
、 現在
、 日 本で 宗 教 団体 が 社 会福 祉 実 践 を行 う こ とは
、 困 難で あ る とい う 現状 を 表 して い る とも い え るが
、 仏 教的 特 色 の
、
、
、、
、 な、、 い、 仏 教 社会 福 祉 論で は
、 やは り
、 その 役 割を 示 す こと は で きな い だ ろう
。 仏 教社 会 福 祉を 社 会 福 祉の 一 分 野と す る こと は
、 確か に
、現 実 的 で具 体 的 な社 会 サ ービ ス を 行う た め の前 提 で あ るか も し れな い
。 しか し
、 宗教 行 為と し て の仏 教 者 の社 会 的 実践 が
、仏 教社 会 福 祉の 定 義 に当 て は まら な い から と い って
、 そ の実 践 を 捨象 し て しま う こ とは
、 仏 教福 祉 実 践が も つ 豊 かさ や 複 雑さ を 見 過ご す こ とに な りか ね な いの で は ない だ ろ うか
。 最後 に
、 仏教 社 会 福祉 の 定 義 につ い て
、筆 者 の 意見 を 述 べた い
。 仏教 社 会 福祉 が
、 これ ま でに
、 さ まざ ま な 意味 で 使 われ て き たの は
、 かく あ れ か しと い う 希望 が 含 まれ て い たか ら であ る
。 序章 に お いて
、 本 論文 の 主 旨は
、 仏 教者 が 宗 教 行為 で あ る社 会 的 な実 践 に
、あ え て、 福 祉 の必 要 性 を主 張 し た 意図 が 何 であ っ た のか の 解 明に あ る と 述べ た
。し た が っ て、 福 祉を 他 者 の幸 福 と 理解 し て も差 し 支 えな い と 考え て い る
。次 章 に おい て
、 仏教 社 会 福祉