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138第5章C地点の調査
第2節基本的層序
南から北へ傾斜した地形である。層位はI~V層に分けられるが、表土である第1層は重機を利用
して除去したので、第Ⅱ層から記述する。
第1I層縄文時代の遺物を出土するが、後世の物の混入も目立ち、不安定な遺物包含層である。
IIa黒褐色土(l0YR3/1)で礫など非常に少ない。調査区の中央部の厚い所で約60cm程である。
縄文後晩期の遺物を含む。
IIb黒褐色土(l0YR3/l)でIIa層に比べて炭化物を多く含んでいる。厚さは約20cmであるが、
調査区の中央部でのみ観察できる。
第1Ⅱ層黒色士(lOYR2/1)で、亜角礫混入が見られる。厚い所では約60cmあるが、調査区の高い地 点では見られない。低い地点に厚く堆積している。縄文後晩期の遺物を含んでいる。
第1V層砂質士の層である。厚さは約10cm程で、調査区の北側に-部見られる。
1Vaにぶい黄燈色(lOYR6/4)を呈する砂層である。
IVb黒褐色(l0YR3/2)の砂質士で、亜角礫が混じっている。
第V層調査区の一部であるが、第1V層の下に粘土質の層が見られる所がある。
Va灰白色士(lOYR8/2)で粘土質である。堅くしまっている。
Vb明黄褐色士(l0YR7/6)で粘土質である。亜角礫が混入している。
Vc灰黄褐色士(l0YR6/2)で粘土質である。地山の漸移層とも考えられる。
第3節道 構
遺構としては、土坑(SK)5基と巨大炭化木(SX4)、炭化材集中出土地点(SX6)がある。掘り 込みがあった場所など'性格不明の遺構として、発掘調査当初、遺構記号SXを付けたものが1~6ま であったが、その後の調査で遺構として認定したものが、上記のSX4とSX6のみである。
SK1(第88図)
H6区で検出された。3.0×1.7mの大きさで、深さは約70cmである。最下部の黒色土の層から土器、
石器類が出土した。第92図l~9に見られるように無文の土器が多いが、時期は縄文後期であろう。
SK2(第88図)
H8区で検出された。2.3×1.0mの大きさで、深さは約60cmである。長さ約30cmの石が覆土中にあっ
た。無文の土器が出土している(第92図10)。第3節遺構139
3列東壁
B4 C4
-------839.40m1
や ̄- ̄一一
C4
-840.50m
一石三一二<H雪1$
、-一一一一一一一一
Ⅳb 漸移層 E4
-841.50m
一一一一一一一一一一一一一一一一
、4
二三二三
F4
1----843.00m
E4
_-ロ--
F4
845.10m
2m
0信一一
第84図C地点土層図(1)
140第5章C地点の調査
6列東壁
C7 、7
840.20m
Ⅲ
→-- ̄
_---------------------------------
E71
-----841.80m D7
-----
ごニニノ
漸移層 F7
-843.00m
一一一一一一
E7
F7 G7
撹乱層 l
--ニーニーー-84420m
---◆ ̄-=一一
----
一一一一一
一 IIa
- ̄■--■-- ̄
一一二二二二三L二Z
撹乱層 一一 一一 _= ̄ 一一H71.
---845.50m G7
--
Ⅲ
二三三二二二二
ニニフ三三二三一
-846.60m
 ̄
Zヱフニニニミ
Ⅲ 0 2m
Ⅱ--
第85図C地点土層図(2)
第3節遺構141
C列北壁 C6
-----------___--____------------------------------一一一一-------------------------839.00m
C6
C7
-839.30m 一一一一一一一一一一一一一一一
F列北壁 F4
-842.00m
F4 F5
841.80m
F5 F6
842.30m
漸移層 F6
843.00m
漸移層
F7 F8
撹乱層 -843.70m
、
第86図C地点土居図(3)
142第5章C地点の調査