,島 越
六九 で 問題として取上げたいこ
聞 博大君に客観化された 神
キミでモ ノ とは同格同質のも
トマモ ノ の神にもなり得るこ
ぎ こへ︑さすかさが ︵ 訳 ︶有名な佳詞 笠 ︵巫女 名 ︶ が おぼ っゑ が︑おれ ね ち へ 天の神霊が降臨し 拾 いて︵守護し 拾 えば︶ おぢお そいしょ 国王こそ せぢ︑ と よ で︑ ちよ われ 霊威勝れて 在 ませ ス と よか︑大 ぎみぎや む 大君が か ぐ ちゑ が︑とり よね ち へ 天の神霊を降ろし 拾 いて ス 年末とせ︑なる ぎ やめ 六年にもなるまで き みてづり︑ さ どうさ
世界の為に降ろすまで 見事な神遊びは 珍 らしいことよ ス あん じお そ いぎや ︑お よ り 国王の御為に この島に降臨し 拾 いて 此 ぎらに︑おれ めちへ
この島を治めに ス このみしま ︑なふちへ 琉球に於ける神々の誕生
ⅠⅠ 7
これは国王
句 に示されて
キミ テズサ の
日神と同一視
又 万暦三十
ある︒
しょり︑ 大 ぎみ ぎや ︵ 訳 ︶首里大君が
首里もり︑おれ めちへ 首里 森 に降臨して︵守護し 拾 えば︶
あぢお ていしょ " 国王こそ
せぢ ︑まさて︑ちょわれ 霊威勝れて 在 ませ
ス とよ も︑ くにおそいが ︵大君の対句︶
まだまもり︑おれ ね ち へ 真玉 森 に降臨し 拾 いて
スあぢお そいが︑お よ り 国王の御為に この ゑ かに︑おれ ね ち へ この鳥に降臨し拾いて
ス てだが︑ ぅ ざし︑やれば 日神の託宣であるから
しよりもり︑まさて 首里森は勝れて
あん じお そいしょ 国王こそ
霊威勝れて 在 ませ
である︒第一
神官︶と同格同質に取扱われている天神とは︑ 謂 う 迄もなく
ヘテズリ の神は
五年︵一六 0 七年︶キミ テズリ の神の託宣 が︑
た 時の神歌が 七 O
Ⅱ 8
ていた関係上︑国王の守 わりにせが︑おより 日毎に降り 拾 いて スぎ ものかず︑おれ めちへ 毎日降り 拾 いて ゑ かのかず︑おれ ね ち へ 降臨の度に守護せば ス おれらかず︑ み まぶら 神遊びの度に守護せば あ すばかず︑ み まぶら蕪瑚 の ことが分るのである︒ が 自らの名を出現した神の には キミ テズサ の神の託宣 0 名を唱えているか ュる ﹂とが分るであろう︒われ た 巫女を見るのである︒
護 テ と わ 形 と 名 前
Ⅰ 19
︵ 訳 ︶大君が守護する 大 ぎみ ぎや︑み まぶる
てだがすへ︑ あぢお そい 日神の子孫なる国王 ょ
この国に 天下した
す へまさて︑ちょわれ 千代に在ませ
スせ だかこが︑ み まぶる 大君が守護する
末 勝る若三ょ
大君に客観化された伸が
子孫である国王を守護する
ことを詠んだものである︒
と 結合されて 王 火の思想に
つ たのである︒
﹂は神歌の表現形式による
も ︑その他あらゆる神々が 在
ス まだまもりぐすく 俺ぎ
又 首里もりぐすく 又とよ れ Ⅱ せ だかこが
あん じお そ い
首里正 域に 真玉王城に
七
却
琉球に於ける神々の誕生
︵ 訳 ︶君南風︵巫女 名 ︶を 祀 って き みは い は︑たかべて
タスコ山に登って たすこやま ︑め ぼて
なでまりは︑げらへて 撫 松を製材して
はね う ちがま︑すだち へ
所願して詠んだものである︒ 舶を造って
飛ぶ鳥と競って走れ
七三
Ⅰ 21
し こ う お
ょ が ぎ や
り ね ぎ の
、 つ よ る
か で ろ は
ち りよ
ナ ‑ 甲
は げ か
@ ら べ
や へ て
せ て
一巻
七十 O 三
首
賈船
親墨 金 を /
ぺ を 道 百
向 積 っ を
け ん て 所 r
て で つ
走 て
れ
異色があるものである︐
しませんこ︑おやの ろ ︵ 訳 ︶ 島 センコ 親ソ ロ︵巫女 名 ︶
一の神とも考えられているの
歌 によって理解されたであろう︒
女 そのものが神として︑所願の対象となって いる数個の神歌である︒ 勿
と ︑その巫女を客体とした 神
0 対象としている点に於て
とあり︑その時の神歌は左の如くである︒
8% と︑ ふみあがりや
おれて︑あすび︑ ょ われば
むか ひ ︑ほこら
冬 きみのふみあがりや
ス なさの ︑たュ みき よ が
入神と
かったので
に 分るであろう︒ ︵ 訳 ︶ 百踏揚が 降臨し 拾 えば
迎えよ︑ 挟 んで
神の踏 揚が ︵対句︶
父 なる王が
在 ましても分らないのか
按司に対してやは
ている次第が明瞭 見ると︑
︶ 負 上︑赤出御門 へ参︑
ゆ 返事御座候 処 ︑期待 神
女
のであるが︑その神歌の註を
王女があり︑当時名高い ⅠⅠ
もの ュ ︑男女二人が夜中に
践
a零 モ五 琉球に於ける神々の誕生
もつに至った時も︑その
たのである︒従って名をも
としても現れ得たが故に ︑
論 これは神々の客体として
に 客観化される時︑その 初
的 性格を内匂した特殊化が行
とを現した神々の誕生を ︑一
姿をもつということ︑それ
従って神々は特殊として も 可成りあるが︑左にその一つ む 示して見る︒ ︵ 訳 ︶ 五 くの大丈夫 よ 五 くの︑まころく よ
ぅぎき ょ ら ︑はりや せ 舶を走らせ
ス たらこ︑かいなで︑ころ 愛するタラコ よ
コヱシノ ︵巫女 名 ︶を祈って スこゑ しのは︑たかべて
ブ ナ サ 神を所つて
神として︑彼を守護する
般 的な信仰である︒
い ︒ フ ナ ヴ 神に関する神歌
於て理解せんとしたのであ
見られる論理前的なる神々
の 客観化の様相であったのである︒
的であるがために︑ 却っ
遍的 神々は︑未開人並に古代
彼等は抽象的・観念的な伸
︒ての 他 あらゆる物に ︑そ
て︑ 或は森の神となり︑泉水
︑人問と同じく神々も物的
て 聖なる地とは︑そこに於て
遍 的な神々を特殊的神々 とし
︑普遍に於て結合されて ぃ
特殊は︑普遍の立場に於て 結
に 古代人の神話以前の神々が
理解されるのである︒