として、さらに取り逃がした機会(Missed Opportunity)について、
● 手が届かず取り逃がした場合(Far Miss)=機会を追いかけなかっ
た。
そして、それはそれで良かった。
● 手が届いたが取り逃がした場合(Near Miss)=機会を追いかけるこ ともできたし、後から考えるとそうすべきであった。結果として追 いかけた者が成功を収めた。
としている。
このような認識を持っとき、はじめて「起業家能力」と「機会」との関係、
すなわち「起業家たらんとする」ひとびとの起業家能力と機会の関係が明確に されるのであり、「起業家であること」のためには前述の起業家能力に加えて、
その能力を活用することによって結果的に機会を捉えることができた者が、「起 業家」として社会的に認知されるのだということが理解されるのである。
同様に、ベンチャー指向型であろうとする企業も、その組織能力を活用する ことによって結果的に機会を捉えることができた場合、 「起業家的企業」と呼 びうるのであって、たとえ社内ベンチャー組織を制度として立ち上げている企 業であっても、ベンチャー的な指向性を持つこともなく、結果として機会を捉 えることに成功しなれば、「起業家的企業」とはいえないという見方も可能で
ある。
②起業家と詐欺行為
起業家に必要とされる能力と「詐欺師」に不可欠な能力は、カール・H・ベス パーが、 「この両者に共通する特性は、如才のない市場洞察力、創造力、販売 才能である。」47と指摘しているように、きわめて類似していると思われる。
しかし、 「起業家は事業を行い、実質的価値を創造するひとびとであるのに 対して、詐欺師は実際には存在しない価値を提供すると公言するだけであって、
詐欺行為は明白な『価値操作』」48である。さらにベスパーは、それらの行為を、
法的訴追の対象となるようなニセ保険会社のような詐欺行為と、まだ生まれて いない子供の性別を産み分ける薬の販売会社によるイカサマ商法のように、法 の網を潜りぬけたとしても、道義的な責任は逃れることのできないような行為 を取り上げて説明している。
起業家が生み出す新しい事業・製品アイデアは勿論、「価値操作」ではなく
47 Karl H. Vesper op. cit,, P.8.
48 1bid, PP.8−9.
顧客にとっての「新しい価値の創造」でなければならないことは当然であり、
その価値創造の新規性が高ければ高いほど、市場における競争優位性は高いと 思われる。しかし、新規性が高ければ高いほど、余人をしてその有用性を、事 業開始前の段階において理解せしめることが困難になるという問題がある。
さらには、事業の目的が真に「価値創造」を目指したものではあっても、起 業家が「機会」の捕捉に失敗した場合、結果として新たな価値は生まれず、ハ イリスク・ハイリターンを前提としているとはいえ、その事業に投資したひと びとにとっては、詐欺行為と事業活動との境界は曖昧なものとなってしまうこ
とにも留意しなければならない。
3 事業・製品の革新的アイデア創出段階における起業家 一革新的アイデア創出のメカニズム
「起業家能力の重層構造」の項で述べた「4S知モデル」について、さらに詳 細に検討してみることとする。
このモデルは「革新的事業・製品アイデアの創出とコンセプト化」の概念モ デルを示したものである。
事業、製品のイノベーションアイデアとは、「無形財としてのサービス製品 においては、当該サービスのイノベーションによってサービスそのものが生み 出す新しいベネフィット、有形財としての商品のイノベーションについては、
革新的製品によって生み出される新たなベネフィット」を、それぞれを生み出 す源泉となるアイデアであると規定する。
さらに、これらの製品またはサービス製品のイノベーションが、マーケティ ング戦略上の一戦略手法としての目的を超えて、企業レベルにおける戦略的マ ーケティングの目的としてとらえられるとき、「事業」のイノベーションアイ デアとなるのである49。
(1) アイデア創出の基礎一革新マインド
事業、製品の革新的アイデア(=これまでなかった新しいベネフィットを生み 出すための手法アイデア)を創出し、コンセプト5°化するための基礎であり中心
となるのは、図に示すように起業家の「革新マインド=イノベーションへの希求 心」でなければならない。そして、この革新マインドこそが他に起業家に必要
49ここでは、無形財、有形財のいずれもプロダクツ(PRODUCrS =offerings)としてとらえ、その上位概念として
「事業」を規定する。したがって,製造業、流通業、サービス産業などの別なく、すべての企業の活動を「事 業」としている。
50コンセプトとは「さまざまな特性を含んでいる一般的な状態から、ある特定の特性を抜き出し,その特性に 独自の名称あるいは叙述を与えて、それを識別することによって創造されたアイデアもしくは考え方」である
とする。徳永豊他編『詳解マーケティング辞典』同文舘,[989年。
とされる能力である「4S知」と共に、アントレプレナーシップの主用部分を構 成するものである。
創業、製品開発の動機、きっかけがいかなるものであったとしても、事業、
製品を開発しようとする人々に現状を転換しようとするイノベーションへの希 求心、革新マインドが存在しなければイノベーションは起こりえない。イノベ ーションへの希求のない事業の開始,創業は、単なる新規事業の開始であって、
「起業」とはいえないであろう。
過去において成功した革新的な事業、製品の開発を観察してみると、このこ とがより鮮明になる。
米国において創業伝説として語り継がれている企業、わが国においても革新 的事業や製品開発の成功によって成長した企業は、例外なく個性的な経営者の 何らかの「こだわり」が発展の原動力になっており、その成長神話、伝説の中 核をなすものは当該企業の組織ではなく経営者個人に注目が集まっている。こ のことは、単に、創業時の企業の規模が小さかったがゆえに組織ではなく個人 に焦点があてられた、ということを意味するものではない。それは、それらの 革新的事業の多くが個人の「革新マインド」を出発点としていたことを示して いるのである51。二人の創業者として有名なホンダ、ソニ・一一・・とて例外ではない。
したがって、前職の経験などによる知識や技能を活用しての単なる独立創業 や、古参社員のポスト確保などの人事政策的な必要からの分社化によって、形 式的に独立させられた子会社や社内ベンチャーが、自動的に筆者がいうところ のベンチャー指向型企業となるわけではない。なぜならば、そのような事業と ベンチャー指向型企業との根本的な性格が、その企業を率いる経営者が「革新 マインド」つまり、イノベーションに対する強い希求心を持っているか否かの 違いによって大きく異なるからである。
ソニーの創業者である井深大は「私は、実はたわいのない夢を大切にするこ とから革新が生まれると思っている。」52と言っているが、この言葉は成功した 起業家の「イノベーション」に関する共通した心情をあらわしていると言えよ
う。なぜなら「たわいのない夢」は、一見何気なく控えめに見えながら、実は 現状に対する何らかの不満の解消に対する憧憬であり、「大切にする」と言う 言葉で容易に実現可能な事柄ではないことへのあくなき挑戦の意志を表してい
ると考えられるからである。
松下の「水道哲学」、ホンダのF1に代表されるスピード・性能向上への挑戦、
sl Bj6rn Bjerke, Claes M. Hultman. op. cit, p.100.非成長企業は(成長企業と)同じ機会を識別し、外部の同 じチャンスにさらされたかもしれないが、それにもかかわらず成長しなかった。後者においては、影響力を持 った個人の問で成長する動機づけが欠けているので、決して成長しないのである。
52インターネット・マガジン「DEN MESSAGE」Entrepreneur s History, http://ww. bsp. net/den/jp
カシオの「軽薄短小」テーマに特化した低価格普及路線、ソニーの小型化技術 はもちろんのこと、日清の「ラーメン」という飲食店メニュー分野の工業製品 化、緑茶というきわめて日常的な飲料の、缶、ペットボトル詰を初めて製品化 した伊藤園、個人向け宅配便を開発したヤマト運輸など、いずれもその出発点 は経営者個人が持つ「たわいのない夢」を実現しようとする意志、 「革新マイ ンド」にあったとみてまちがいではないであろう。
そしてこの「革新マインド」を中核とする創業者のさまざまな「暗黙知」の 形式知化と継承(組織内での暗黙知化)なくしては、ベンチャー指向型企業は 成長に伴う大規模化、時間の経過と共にその革新性は失われ、 「ベンチャー指 向型企業」としての優位性を保持することが困難になるのである。
(2) 起業家を取巻く外部環境 ①起業家と外部環境への働きかけ
ジョージS・デイは著書『市場駆動型の戦略一価値創造のプロセス』におい て、事業を取巻く環境要因には多くの次元があり、その次元ごとにその意味も 強さも異なると指摘し、「外的な機会および脅威」としての外部環境を3つの次 元(環境、市場/産業環境、直接の競争相手)に分けている。
その上で「最も差し迫った環境の実体は、対象市場の顧客、チャネル構成員、
競争相手(市場/産業環境と競争相手)の諸行為からもたらされる」が、 「市場 を繁栄させたり衰退させたりするより広いマクロ環境も決して見落とすことは できない。」53として、政治的/規制的、経済的、社会的、技術的次元を挙げ、
最上位レベルの「環境」としてその重要性を述べている。
確かに、常軌的な経営においてはそのとおりであろう。しかし、これらの外 部環境のうち、事業,製品の革新的アイデア創出に直接的に機会と脅威をもた らすものは、デイが事ec−一般について「最も差し迫った環境」としている「対 象市場の顧客、チャネル構成員、競争相手の諸行為」ではなく、最上位レベル のマクロ次元の環境であると考えるのである。
というのは、事業、製品が革新的なものであるならば、従来の製品やサービ スの市場規模や競争、チャネルなどの問題は、「革新アイデアの創出」段階で は無視できないものではあっても、主たる関心事ではないと思われるからであ
る。
ここでは、デイの環境レベルの分類を参考にして、革新的アイデア創出の根 源となる「革新マインド」を取り巻き、「外的な機会および脅威」となる環境と
して、革新マインドと相互作用を行いながら革新アイデア創出に直接的に影響
53George S,Day, Market Dri yen Stra tegy−−Proce∬es for Crea ting Va!ue.徳永豊他訳『市場駆動型の戦 略、価値創造の戦略』同友館,1998年,75頁。