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俘  六  一

67  く  291)

土穂六大則の長男として出生したのは日米修交が始まっ て 間も  ない文久六年︵ 

お寒ン 

・ 0. ︶である 0 長じて︑当時と しては 唯  一の国立大学たりしのちの東京大学に入り︑而も外人と しては 

最初の哲学教授として東京大学に迎えられた 

米 

人中 

弓 

㍉の 申 0 目 0 の ぃ ︵ ト ㏄ ワ 

ザ 

r トの っ ㏄︶に 就てョ 一ヮ ッパ の︑つま り 西洋の  哲学を習った︒その後備之の哲学的興味は西洋哲学史 乃 

至 

純正哲学 

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論理 

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心理 

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倫理 

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宗教 

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仏教 の 順序で  進展又は深化していった︒一方︑東京大学で禅の原 坦 出 ︑真宗  の 古谷 覚 弄筆 の ﹁イソ ド 哲学﹂の名における仏教及 びイ ソド思  想 ︑その他儒教︑志珪華東洋在来の諸思想に関する 講 義 をも 受  けたから︑鞍に図らずも清之はその色客的実験的吹矢 性 からも  東西岡洋の哲学︑宗教思想を一・元融合的に体得すべ き 歴史的便  命 な 荷 う ことになった 0 この一箇の個人としては余りに 重大 す  ぎる課題に︑とも月一応の思想的宗教的解答を与えたの が 実に  彼の﹁精神主義﹂であった 0 然しそれについて︑﹁自家の 

精神 

内  に 充足を求む﹂るが精神主義で︑﹁故に彼の随兵 心浄 ︑ 則 仏土  浄 ︵維摩経仏国 品 所出︶とは︑ 足 れ善く精神主義の多 初 に対す  る 見地を表白したるものというて 可 なり﹂としたのは 

︑在学 

中 ︑殊に垣出等の仏教教授に深く負 う ものであること を 示して  いると言われよ う ︒清之の思想的実践的興味は︑後年に 至るほ  ど ﹁語録﹂的なものに同 5 ︒阿舎 は ﹁釈迦﹂語録として 喜はれ  たのであり︑ ヱピク テータスは正に語録そのものであっ た ︒ 歎  冥砂さえも﹁親鸞﹂語録として愛読されたかに見える 0 維摩経  の如 ぎも︑その意味では確かに﹁維摩﹂語録なのである ︒ 満之 

金剛界 マソダラ の中心となるのは 成身 会の大日②とそれ な と 

りまく同盟④︑宝生⑬︑無量寿⑥︑不空成就⑮の五仏で ある︒ 

端的に云って五部五智を象徴したもので︑絶対界の体験 ぬ容 ⑧ 

が 永遠の生命⑧と価値⑬︑無限の愛⑥と実践⑪であり︑ それら 

の世界から生ずる 智 用を示したものである︒ 

金剛界 ミぷ S. 卸す い ︵ことは 絶体 界の智の本質であり︑ その 

根底には無限世界に眼を開かさずにはおかない大悲の什 ぎがあ 

る ︒大悲の肋ぎによって現存在の主体は永遠世界に開示 される 

八田幸雄  金剛界の部㈲︵ 

四 鼻の世界︶ 

両罪マンダラの哲学的考察 

の 関心はキリスト教にも数学にもまた心学にまでも 及 んでい 

た ︒かくて彼自身の言行が今日では語録的存在中の逸物 と 見ら 

れるに至っている︒精神主義は ︑ 永 き ﹁心霊の修養﹂ へ の 努力 

の 結果到達された信念の思想的表明であり︑宗教的立場 の 顕揚  である 0 満 之は禅から出でて真宗の﹁絶対他力道﹂の 境 ぬに究  唾 した︒即ち 禅と 念仏との対立以上又は以前の境地を不 可 思議 

力 或は一如来の信﹂と表示したことに於て︑現代に言 う 比較 哲 

学 ︵過去では︑教判がやはりそれであった︶の方法に依り 乍ら ︑無 

伝統の伝統と開顕しつつ真に歴ぬ的創造の極点に立って ︑現在 

に 至るまで思想界宗教界を照破していると言われよ う ︒        ことを示したものが三昧耶 マソダラ であるから三昧耶 マ ソダラ   は 武見会の存在根拠である︒文一方大悲に裏づけられた 加用 

は壊 

実在の光を与えるために有限なる自我を克伏し真実の存 在 たら 

しめんとする 0 かかることを象徴したのが微細 マソダ 

‑ フ 

である 

からそれは 成身 会の認識根拠となる︒大悲大智は静的 観 念 的な 

ものでなく必然的に動的実践的な性格をもつものであ る ︒それ 

を 示したのが供養 会めてソダラ である 0 大悲大智実践は 根源的 

に 一なるもので武具会はか ュる 内容をもつものである︒ されば 

密教では四隻相人とも四種 星奈 各不離ともいわれるので ある︒ 

更に秘密事相の金剛界行法の真言の末尾にある種子を見 るに  成身 会の根拠になる 妙 観察 智 ではまき大智の種子⑧を 根源 仁  有し 圧ま ⑧︵︒ 鉛 ⑬ 汀早 ⑥ 鐸 ⑫と展開するに 対 し︑五  仏 権原︵永遠なる世界に眼を転ずる︶立場では大日の大 悲は自  我 否定の在荘に軸 描 N の ぎ ︶種子たるす 由 ぎをもつ て す ・ E 旧 ︒  師号・︵ ra ヴ ︒ 田廿 ︐ 

菩と 

現れ︑絶対界の体験たる 翔唐 会 ︵ 成  身舎︶ではす 由ち ︒ す 山名︐︵ こ す︐王子︒ 

単 

となる 0 し かし大悲  を 主と観る三昧耶 余 でほ大日は大悲の無住処 ネハソ の種 子 たる  の下 となりの す師ぢミ丘 ︵﹁ @ ダリ甘 となり供養 余 では 種 子はす  べて自我否定を示すす 由 旧す口唱 ず由 七ず曲ち ァロ ちになっ ている 

︒有限なる自己のすべてを克服する 処 ︑即ち自己にと っては 

﹁ぎんげ﹂の道において絶対界の体験は得られるのであ る o つ 

つまる 処四 鼻の世界は愛と 智と 行の世界であり︑実在の 智光は 

聖なる否みとして自我に対し︑自我はそれを契機として 有限性 

を 自覚し克服し︑かくて実在との交りの中に円 ra コド 

の  コ 

隼の臣 侍り ‑ 

護呪  経典︵㌧の  笛  ︵あ︑シソ  ハリ  一  話  では下臣︵︶は原始  仏教  聖  典に散諒  され︑わが国の学者は秘密仏教の萌芽ないし  源流と  みている  0  パリッタが経典の  一 形態と見なされるように  なった  のは︑部派仏教になってからであり︑﹁ミリ  ソダ  王の間  い目  ︵ 需 ㌍  紀一世紀ごろ︶に始めて詳説された  0  隷書では①  オの  円い  ヰ のの  臣 ・ 

    

   ⑤  卜固  コ世妾ぢ  代  二 %  ︑⑥下品田  @ 日ひ宙セ  pq@  其のを挙げ︑  シャム  本は①と⑥を欠いての  仁セニ  ︵田づ  ar@  ︵︵のを加える︒  門 清浄  道諦  ヒ  は  ⑥を欠く︒  ロ  ・ p.  は①と③ と旨  まあの  仁 ︵︵  い  の三径  を  挙げて  いる  0  以上の  ゼ  経の外に他の十七経を加えて︑セイ  ロソ  では  現  在  ︑護  呪  書行  @r@  ︵・  bO  ︵じと呼んでいる  0 

ある︒  一 ︑パリッタは夜叉・  神  ・人間等の所謂在家者を  主題と  している  0  イソ  ド  の民間信仰の要素が濃厚である︒  ニ︑  毒蛇・  戦争・盗賊・病気等の危害や恐怖から自己を護る呪文で  ある︒  三  ︑従って︑パリッタの目的は除災  招福  に在るが︑  除  災の場  今  ︑相手を排除したり殺したりするのでなくして︑  慈しみ  ︵呂の︵︵どを自己がもつことであった  0  この点︑不殺生  ︵ ルず  @ 田︐ 

早 

亀鏡玉  セイロンにおける  護呪  経典の性格 

な 生を得ることを示したものとかえる︒ 絢 ︶の思想と関係 構 深い 0 四 ︑しかも バリグタ を唱え ている 自 

己は仏法に帰依しているということを相手に教え︑相手 なして 

三宝に帰依せしめる 0 玉︑呪文公 ace とを唱え︑﹁ 大 市よ ︑降 

ね ﹂と誓言 宜 ponp 五 Ⅰ モ じして降雨を見るのは︑直実 ︵ののり︒ ル ︶ 

の力 による 0 例えば遊女 ビソドク マティーが ア ショー ヵ 法王の 

前で ガソ ジス河を逆流せしめたのは︑遊女としての 真 実を所有 

していたからである 0 六 ︑パリッタは寿命にまだ残りが あり︑ 

春秋に富み︑悪業から生じたきわりのない者に対する もので︑ 

生けるものどもを守護するパリッタは︑自己のなした 悪業によ 

つて守護の 力 を失 う ︒ 

し ・ レ ・は 下構口ぶ守援日 ︵のを読話して病者︵在家と出 家の場 

合 ︶の 亜ゅ 圭一五退治の模様を詳述︒している 0 

セイロンではパリッタが法要として行われた最初は下 ㏄破り・ 

チ 0 倖ま Ⅱ せ 公安︵ ミ じのとぎであり︑その完全な発 展は十一 

世紀以降である︒比丘は朝食前必ず目の ヌ Pspttp を唱︑ え ︑結婚 

式 ︑葬式︑新居移転︑航海安全︑追善供養その他すべ ての場合 

にといってよい程︑パリッタが比丘によって読話されて いるの 

がセ イワ ソ 仏教の現状である 0 ビルマも含めて南方上座 仏教は 

護呪 仏教と思われる観を呈している︒出家中心の仏教 が 実は広 

範 な一般大衆の欲求に支持されてぎており︑イソ ド の風 土的特 

色を基盤としているということを知るべぎである︒ 

69   (293) 

㈱印度に於ける一角 

仙 説話 

田 その原形︵印度古典梵語文学︶ 

①旨のア半 

蘇 

qptp  詩 くの コぃ巾いミ の コ ︵森林篇︶ ゴユ すい ・ 

︶三 % 

下目 

のコ ・ パ ㍊ @ 国 Ⅰ︒ 日 apa 色ぃ 王の折︑迦葉の 子 

孫せ 

宇の コ bp オ の仙の精液の混つた水を飲んだ牝鹿が 一 の 

角 ある人間の子を産み︑一角 仙と 名 げ︑ 長じて神通力 あ  り︑ 王はイソドラ神の怒を買い雨降らず︑王は美女達 を  送って誘惑し︑雨降り王は一角仙を王国に迎へて 王 女 

絆里 卸を婚した︒ 

② 鰍弓ひ ︶ 曲 セリフ さ 

子なぎしり か ara ︵ア ド 王が男子を求める儀式を終う祈請 ら 

れる 0 内容大体 紺乎 ・同じ︒ 

㈲印度に於ける変形としての仏教説話︒ 

本生話の形式となり︑前分に仏陀によって語られた 因 縁 

を 記し︑後 分 に一角仙は仏陀︑ 婚 か ひコ臣 ︵又はの日田日田 09 

z 藍 ぎごは ぺ接 ︒ 卸 すの 卸 とする︒ 

① 巴 剰語本生 

話ン 

・︶ ひ ︵の 酊 Z0. の ぃび ・ レ守日ぎ呂さ   

目 ara コの名市 梵字王の時一角 仙 Ⅰの @ のぎ的のの修道進み︑ 

帝釈天の王位ゆるぎ︑天女 ヒリヨぎ 約に命じて仙を 誘   

平等速 

昭 

リシヱヤ  シュリンガ︵力ゆ  田 ar  臣か呑  ︒一角  仙  ︶  の  説話とその変形 

70 

  をィぬ (2%) 

恋 う 比丘に因む︒ 

尹 z 巴巌 Ⅰ本生 話 ︒古き ガ pZ っ ・の㌶・前後 分 z0. 簿ひ    同じ︒三は三年甫降らず︑王女 z 巴 @ コロ ガひ を送り︑ 

豆 

   ぎ的のを 誘惑する︒全裸身となる︒暴露的︒帝釈天は 雨 

を 降らした 0 目ヴ可し日Ⅰと似る︒ 

② 紺 a ダ と べ a の︵ u.a ヰゅ鮮コゅ ︵大事 讐楡譚 ︶〜 づ ・ P お l 品 び 

所分︑仏陀帰国の折︑ 耶輸陀姫が 仏の還俗を望み︑ 

堅 

且  薬を与へ︑効果なかつた 0 本 9% 回 せ 沖 〜 ひコ の ゅ w ︑王に子 な  し 0 王女 Z 巴 @ コ Ⅰを庵に送り︑二人は前世に夫妻で愛 情  を 生じたが︑ 交 らず 女他 土に教へられ︑ 初て交る ︒ 骨 子  目宰 ・オ口 

プに 

同じ 0 一角仙は仏陀︑ z 巴 TH は ぺ扶   

色才 ar ひ姫 ︒ 

⑧彫刻︒いす い 連日︵ 中 ︶ ト ︵ イ ︶Ⅱ・日出・による︒ 

④漢訳仏典︒ 

律ン 

・ 摩詞 僧祇 箆 

巻ト前分 

離提 比丘︑死馬を婬 す    下ついコ ︵ ツ 国で帝釈天は鹿 班 童子の通力を恐れ︑天女 

ヒ 

の日   

ヴロのりを派遣す 0 

轄 

・︶ ひ ︵・ zo.oN の 

律申 

根木説一切有部 毘 奈那 破僧 車券︶・ N 

前後今日投・と同じ︒油角 仙 ︑一︑二才にて 父 死す︒ 水  を 取りに行 き︑ 滑り︑水瓶を破り︑天を呪 ひ 一︑二 年 

雨 が降らぬ︒一大女寂静︵ひ ひコ ︵ a 

︶を派 

す 

︒伊田 

ぜ   

ま すォ ・と同じ︒ 仙と女 争ひ︑夫婦別れす︒