4.1 はじめに
大断面I桁の現場継手のフランジを溶接継手,ウェブを高力ボルト継手とした併用継 手は,高力ボルト継手が構成できないような厚板フランジを有する全断面溶接継手に採 用すると,施工工期の短縮や省力化が図られ,合理的と考えられる.その際の施工手順 として,①フランジのエレクションピースの締付け,②ウェブの高力ボルト継手を1次 締め,③上下フランジの溶接施工,④ウェブの高力ボルトを本締め,⑤フランジのエレ クションピースの切断,といった手順を提案する(図-4.1参照).
この施工手順にはいくつかの課題があるが,これらの課題の中でもフランジの溶接変 形がウェブの高力ボルト継手のすべり耐力に及ぼす影響については,道路橋示方書27)で も懸念されているように,併用継手の施工手順を考える上で最も注目すべき現象と考え られる.1.2 節で示したように,高力ボルト継手のすべり係数に及ぼす予すべりの影響 は既に実施されているが,各研究を個別に比較すると整合しない場合もある.既往の研 究はそれぞれ別のパラメータにも着目しており,試験体形状やすべり面の条件も異なる ため,これらを比較すること自体に無理があるとも言え,検討の余地がある.したがっ てこれらのパラメータを比較するためには,系統的に試験条件を整理し,統一された試 験条件のもとでの検討が改めて必要と考えた.
本章では,予すべりが生じた高力ボルト継手部のすべり耐力について,予すべりの方 向,予すべり量,本締め作業における応力作用下の影響について着目した.予すべりの 方向は,一般には圧縮となる場合が多いと考えられるが,箱断面部材の上フランジの溶 接継手で縦リブが高力ボルト継手で構成される場合,片面溶接を行うと角変形が生じて 縦リブの高力ボルト継手の予すべり方向が引張となることも考えられる.また,溶接収 縮量は,部材寸法,溶接条件,拘束条件などに応じて変化するため,これに応じて予す べり量も変化すると考えられる.予すべり後に実施する高力ボルトの本締め施工では,
連結板を外すとすべり係数が低下するとの報告34,35)もあり,締付け時の条件も無視でき ない.本実験では,以上のような試験パラメータについて,統一した試験条件のもとで すべり試験を実施することにより,併用継手を用いる場合の一つの課題である,予すべ りが生じた高力ボルト摩擦接合継手のすべり耐力に関する基礎的なデータを取得する こととした.
4.2 試験体
4.2.1 設計
試験体形状を図-4.2に示す.母板と連結板の材質はいずれもSM490YA(JIS G3106)
であり,ミルシートに示される機械的性質と化学成分は表-4.1のとおりである.鋼材の 表面処理はグリッドブラストで素地調整を行った後,無機ジンクリッチペイントを膜厚 75μmで塗布するものとした.ボルト孔径は,道路橋示方書40)で施工上やむを得ない場 合に認められる26.5mm(呼び径+4.5mm)とし,高力ボルトはトルシア型高力ボルト
(S10T-M22)を使用した.設計すべり係数(0.4)と公称降伏点を用いて算出したすべり
/降伏強度比(β)38)は0.60であり,接触面に無機ジンクリッチペイントを塗布したこ とによりすべり係数が高くなった場合でもすべりが先行するように配慮した.
4.2.2 製作
塗装は,JIS K5553の無機ジンクリッチペイント(関西ペイント社製SDジンク1500A) をエアレススプレーにて塗布した.電磁膜厚計を用いて塗膜厚を計測した結果を表-4.2 に示す.計測位置は各ボルト孔の近傍で4カ所とし,母板は2つの孔について両面で,
連結板は4つの孔について片面のみ計測した.全試験体の平均値は69.6μm,標準偏差 は9.9μmであり,目標値の75μmに近い結果となった.表-4.2は後述する試験ケース 別に膜厚を示したものであるが,試験体はすべて同じ条件で塗布されているため,特別 な傾向は見られなかった.
1次締めはトルク制御のできる機械式レンチを使用し,本締めは専用締付け機
(シャーレンチ)を使用して行った.1次締めでの締付け軸力は,事前に供試ボルトと 同一ロットの高力ボルトと油圧式軸力計(前田金属工業(株)製 TMC-400)を用いて,
締付け軸力と締付けトルクの関係を求め,設計軸力の60%で締付け機が停止するように レンチの締付けトルクを設定した.本締めでの締付け軸力は,ピンテールの破断により 導入されたものと見なした.なお,供試ボルトの品質について,この手順で締め付けた 場合の締付け軸力を油圧式軸力計で計測した結果,平均値は 226.6 kN となり,所定の 規格値(212〜249 kN)41)を満足することを確認した.
4.3 試験方法
4.3.1 試験ケース
試験ケースを表-4.3に示す.試験ケースは,基本試験体となる,予すべりを与えない ケースAと,予すべりを圧縮側に作用させるケースB,C,D,引張側に作用させるE,
F,Gに分類され,試験体数は各ケース5体とし,基準試験体のケースAのみ 10 体と した.予すべり試験では,予すべり量を1mm(B,E)と2mm(C,F)の2種類と し,予すべり量が 2mm のものについては,予すべり荷重が作用した状態で本締めする ケース(D,G)を追加した.予すべり量は,文献25),28),30)などに示されている溶接収縮 量(1〜2mm程度)を参考にした.予すべり量を2mmとする試験体については,ボル ト軸とボルト孔の中心を合わせた場合のクリアランスは 2.25mm となり余裕がないた め,予すべり方向と逆方向に母板を 2mm ずらして組立てた.なお,拡大孔で孔ずれを 与えた場合にも,それがすべり係数に及ぼす影響は小さいことが確かめられている 42).
4.3.2 予すべり試験
予すべり試験では,試験対象となる予すべりを与える母板を特定するために,継手の 片側のボルトのみを設計ボルト軸力の60%の軸力とし,反対側は本締めとした.予すべ り試験と本すべり試験は,ボルト軸力の時間的変化が小さくなると考えられる,高力ボ ルト締付け後12〜24時間の間38)で実施した.予すべり方向(圧縮.引張)に関わらず,
予すべり試験では予すべり量が目標値に達したところで終了とし,試験機から取り外し てしてから本締めしたが,ケースDとケースGについては,予すべり後に継手をそのま ま試験機に固定して荷重を加えた状態で高力ボルトを本締めした.
(a)圧縮予すべり
圧縮力の導入には,能力 500kN の手動型油圧ジャッキを使用して荷重を与えた.試 験体は薄板の平板形状であるため,すべり荷重を作用させた場合に座屈変形が生じる恐 れがある.そこで図-4.3および写真-4.1に示すようなH形鋼の架台を使用した専用の試 験台を組立て,試験体と油圧ジャッキを設置した.この試験台は,試験体が油圧ジャッ キの載荷位置となるように鋼板で試験体の設置高さを調整した後,試験体の母板つかみ 部と連結板を約 1mm 程度の隙間を設けて鋼板で挟み込むことにより面外変形を抑制し た.予すべり量の制御は,試験体端面に設置した母板間の変位をクリップゲージで計測 することにより行った.ただし,母板の突合せ部に設けた 5mm の隙間に所定のすべり
量で止まる厚さの鋼板を挟むことにより,過大なすべり量が生じることを防止した.ま た,載荷時には油圧ジャッキと試験体の間に設置したロードセルと,上述のクリップ ゲージにより,載荷荷重と予すべり量を計測した.すべり荷重は,荷重−開口変位関係 の極大点での荷重と定義した.
(b)引張予すべり
引張力は,能力2,000kNの万能試験機を使用して導入した.予すべり試験では,圧縮 時と同様に載荷荷重と母板間の相対変位量を計測し,予すべり量を制御した.すべり荷 重の定義は,圧縮すべりと同様とした.
4.3.3 本すべり試験
本すべり試験では,引張の予すべり試験で使用した万能試験機を使用した.載荷試験 では,載荷荷重とクリップゲージで計測した母板間の変位を動ひずみ計により計測した.
すべり荷重の定義は,予すべり試験と同様とした.なお,載荷速度は,予すべり試験を 含め,1〜2 kN/sec程度とした.すべり試験の状況を写真-4.2に示す.
4.4 試験結果
4.4.1 荷重−開口変位関係
(a) 予すべり試験結果
予すべり試験における荷重−開口変位関係は圧縮側と引張側の傾向は異なっていた が,それぞれの個々のケースでは傾向が一致していた.得られた結果のうち,圧縮側を 図-4.4〜4.6に,引張側を図-4.7〜4.9に示す.開口変位量は試験体の左右両側面で計測し ているが,ここでは両者の平均を示している.いずれの試験ケースにおいても,載荷直 後に直線関係であった荷重−開口変位関係は,載荷荷重が約300〜400kNとなった時点 でその傾きが緩やかになった後,荷重の低下と開口変位の急激な増大が見られ,主すべ りが生じた.圧縮側のすべりは所定のすべり量まで一気にすべっているのに対し,引張 側のすべりは約0.5〜0.8mm程度増大した後は緩やかであった.これは載荷に使用した 試験機(油圧ジャッキと万能試験機)の制御機構が異なるためとも考えられるが,詳細 は不明である.なお,図-4.4(a)では,開口変位が−0.5mmを超えてから荷重が増加して いるが,これは支圧状態で載荷したためである.本すべり試験への影響はないものと判 断し,このまま使用した.