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□ 一

ドキュメント内 4章 考 (ページ 39-47)

瓦の使用状況

第 4章 考 察

4‑3‑3 1期

の 軒 瓦

藤原宮式を含めた I期 の瓦はⅢ期についで高い比率を占める。分布をみると特に偏 りはない が、兵部省区画外に散見する傾向がある。I期 の軒瓦は平城宮122次、155次、165次、167次調査 において出土軒瓦の約

50%か

70%を

占め、 とくに宮城南面大垣 SA1200の 南側で大量に出土

3)

している。I期の軒瓦が壬生門 と南面大垣で使用 されていたことは明 らかである。 したがって 兵部省地区か ら出土す るこの時期の軒瓦 は、兵部省 ない し平城宮の廃絶後 に南面大垣所用の瓦 が廃棄、混入 した結果であると考 えたい。

遺構

I‑3期

に属する SD12998と SD13900は遺構 の検討 によ り、朝集殿 院南側の空間を区画

4)

す る南北掘立柱塀 の雨落溝である と想定 された。両雨落溝の埋土か らは九瓦、平瓦の破片が出 土 してお り、 この塀 は瓦が使用 された と推測で きる。塀 と雨落溝の造営時期 は、南面大垣

SA

1200と 同時期 と考え られ、大垣 にあわせて瓦葺 きに した と想定 して も矛盾 はない。 したがって 想定 される南北の掘立柱 区画塀 にもI期の瓦が使用 されていた可能性 を指摘 してお きたい。

4‑3‑4 

Ⅱ期 の 軒 瓦

Ⅱ期 の瓦の出土量 は少 ない。前述 した ように兵部省 を囲む築地塀 や礎石建物 の雨落溝 か ら

6313、 6313Aa、

6142Aが

1点出土 している。他の型式の軒瓦 も兵部省の建物域 に分布す るこ とか ら、 Ⅲ期の瓦 を補足す る形で使用 されていたのであろう。

ただ し小型の軒瓦 に関 しては特徴 ある分布 を示す。6313Cと 6685Bは兵部省外北側 にある掘 立柱建物SB14100、 SB14105、 SB14110付近 に集中 し、SB14105、 SB14100の 柱抜取穴か らも出土

している。

6313Aは

兵部省建物域か ら出土 してお り6313Cと分布域が重 ならない (図 105)。

この小型瓦6313‑6685の組み合わせ は、兵部省北側 に接する朝集殿院南門、朝集殿院南面築

5)

地塀 の調査 で は出土 していない。 また南側 にあ る宮城南面大垣 と壬生 門の調査 で も出土量 は極

6)

少量である。兵部省地区出土の小型瓦 は兵部省地区の建物で使用 された とみるべ きで、周辺地 区の建物所用の瓦が廃棄後 に兵部省地区に廃棄、混入 した とは考えに くい。

7)

小型瓦 は檜皮葺 きの琵棟 に使用 された と想定 されることが多い。

6313Cが

集中 した兵部省 区 画外北側の建物 は掘立柱で檜皮葺 きを想定 したいが、その雨落溝や柱抜取か らは通常の軒瓦が 少 なか らず出土 してお り、檜皮葺 きと断定で きない。

6313Aに

ついて、兵部省の建物域一帯 に は下層 に掘立柱建物が検出されていないため、l・9皮葺 きを想定する建物がみあた らない。 した がって

6313Aは

礎石建物で棟瓦 として使用 されていたか、建物 間を区画す る掘立柱心土塀の屋 根 に使用 した と考 えたい。

九瓦 。平瓦の出土重量の分布 を図107。 108に示 した。瓦の出土重量 は3×

3mの

グリッ ドを 1単位 とし、丸瓦では5.Okg以上、平瓦では10.Okg以上出土 したグリッ ドのみ出土量 を示 してい る。 この図でみると、九瓦、平瓦 ともに兵部省の建物域 に分布が集中 し、兵部省の内庭部や兵 部省区画外 との差が明確である。 このことは兵部省の建物 と築地塀が丸瓦、平瓦 を使用す る総 瓦葺 きであったことを裏付 ける。

792

43 

瓦の使用状況

口 幽 ﹇

IS7ム   ¬  ││「  │

図105 6313‑6685の 分布

図106 鬼瓦の分布

IA

▲ I A2

I Bl

VA

★ 無支

F と

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第4章 考 察

◇畠いヨ

0目

い§

ё 目

B

但ら目い目

伊■■ら鳥ぃ

/

7

Z94

107 丸瓦 出土重量 分布 図

◇目ぃ量

鬱目―§

ё昌ユヨ 但ら皇いヨ

ー 鳥

図108 平瓦出土重量分布図

95

第 4章 考 察

平城宮廃 絶後 の瓦 が大 量 に廃 棄 され た と考 え られ るSD3715は除外 して、 と くに出土 量 の多 い 地 点 に注 目 してみ る と、

(1)兵

部省 内の 区画塀SA13020と 西北殿SB13000の間、

(2)東

第1堂 SB13750と東面築 地塀SA13720の間 に集 中 して出土 して い る。(1)は瓦敷SX13783に使 用 した 瓦の量 を反映 している。(2)のうち東第1堂 SB13750よ りの1カ所、区画塀SA13020と築地塀 がなす隅部分の集中は、瓦の廃棄土娠 に起因す る。別の集中は瓦敷 SX13734と SA13738の柱抜 取 に廃棄 された瓦の量 を反映 している。そのほか、建物 と築地塀の間に瓦が比較的多 く出土す るのは、瓦敷のほかに建物 と築地塀 の瓦が廃棄 されていることと関係があるだろう。

兵部省区画外北側 に位置す る掘立柱建物SB14105、 SB14100、 SB14110付近において一定程度 の丸瓦、平瓦が出土 していることか ら、 これ らの建物 は総瓦葺 きであろう。 Ⅱ期軒瓦の使用状 況の ところで検討 した ように、檜皮葺 きの屋根 を想定することは難 しい。一方、兵部省東側 に 位置す る仮設建物SB14840、 SB14841、 SB14842、 SB14851、 SB14852や 兵部省西北方の掘立柱建 物SB13124な どの周辺 は、九瓦が2.Okg未満、平瓦 も5,Okg未満 と出土量が少 な く、瓦葺 きではな かった可能性が高い。

このほか道具瓦の使用 を考 えてみたい。

鬼瓦 は分布】大況か ら、Ⅱ A2、 Ⅱ

 Blが

兵部省所用であろう(図106)。 ただ し、この

2型

式が 建物 によって区別 されていたのか、同一の建物の大棟 と降棟、隅棟 での使い分けなのかはわか

らない。

IAと

Aは

兵部省 区画外か ら出土 してお り、出土量 も少ないので詳細 は不明である。

無文鬼瓦は壬生門 と朝集殿院南門を結ぶ宮内道路 SF14350の 位置か ら出土す る。無文の鬼瓦 は これ まであ ま り注意 されていないが、平城宮第122次や第165次、第167次調査 で出土 してお り、

壬生門あるいは南面大垣付近で出土することか ら、壬生 門あるいは大垣 で使用 されていた可能

8)

性が高い。

隅木蓋 は1点だが、 これによって兵部省内に入母屋造 りか寄棟造 りの建物が存在す ることが

9)

わかる。遺構 の検討か ら正殿SB13700で使用 されていたのであろう。

個体数が全体の

2%未

満の例はその他 として まとめた

ここに述べた瓦の年代観は瓦の「使用」時期 に重点をおいたもので、瓦の「製作」時期 と はややずれがある。『学報』で もすでに言 及 されているが、6225A・ C‑6663Cについて は、平城還都以前つ ま り、瓦編年の Ⅱ

‑2期

にすでに製作が開始 されていた という説があ る(奈良日立文化財研究所1993「第V章 考察 1屋 瓦」『平城宮発掘調査報告XⅣ 奈良国立 文化財研究所四十周年記念学報第51冊)。 ま た6282‑6721の 各種瓦について、その大半が、

恭仁宮遷都以前 に製作 を開始 していた可能性 があるという指摘 もある (奈良県教育委員会 1995「第V章 考察 2瓦 導類JF平城京左京二 条二坊 。三条二坊発掘調査報告』奈良国立文 化財研究所編)。 ただ し、本報告対象地区内 では、上述の 2つ の組合せの製作時期 を限定 す る資料 はないため、『平城宮発掘調査報告

XⅢ』(奈良国立文化財研究所1991)の「使用」

の年代観 に従 う。

3)第

122次「平城宮南面東門 (壬生門)の調査」

『平城宮概報昭和55年度』、第155次「南面大 垣東端地区の調査」F平城宮概報昭和59年』、 第165次「南面大垣の調査

A壬

生門東地区」

。第167次「南面大垣 の調査

 B壬

生 門西地 区JF平城宮概報 昭和60年度』。

4)本

2‑2‑2‑1‑3「

I‑3期

の遺構」 を参照。

5)奈

良文化財研究所2003「第二次朝集殿院南門 の調 査 第326次」『奈 良 文 化 財 研 究 所 紀 要

2003』、同2004「朝集殿院の調査 一第346次355次」『奈良文化財研究所紀要2004』。

6)前

掲注 3を 参照①

7)毛利光俊彦1983「平城宮の小型瓦」『古代研究

25。 26‑特集 。小型瓦』。

8)前

掲注 3を 参照。

9)本

442「

建物上部構造の復元」 を参照。

9び

4‑4 建築遺構の復元

4‑4  建築遺構 の復元

本節では、兵部省 を構成す る建造物の配置計画お よび主要な建造物の上部構造 について考察 す る。なお使用 した座標値 は 日本測地系 (平面直角座標系Ⅳ系

)に

よ り、礎石や柱根が遺存する 場合 など、定点 を確定 し得 る場合 は、縮尺

1/20の

実測図上か らその座標値 を読み取 った。読 み取 り単位 は、測量や実測上の誤差 を考慮 して四捨五入の5 cm単位 とした。

4‑4‑1 

建 物 配 置 の 復 元

建物の配置 を検討す るには、 まず造営時に基準 とした方位お よび単位尺 (以下、「造営方位」

および「造営尺」とする

)を

推定す る必要がある。そこで兵部省の区画 を縦断 または横断す る遺 構 の うち、柱根や礎石が遺存す る掘形あるいは小型の柱穴な ど中心 を確定で きるものを用いて 各々の心 を算 出 し、 これ らか ら造営方位 を推定 した。方位の基準 として用いた遺構お よび各座 標値 は表22に掲 げた通 りである。 これによ り造営方位 は、 これ らの平均値 を取 って南北方向を

NO度

11分 50秒 W、 東西方向を

EO度 5分

55秒Sと仮定す る。つ ぎにこの造営方位 に従 って、

四至 を限る築地塀、区画 を区切 る掘立柱塀お よび築地廊 の礎石列の心 を確定 し、心 々聞相互の 距離か ら、各 々の単位尺 を算出 した。各心々間の距離 と単位尺 は表23に掲 げた通 りである。造 営尺 はこれ らの平均値 を取 って29.57cmに 推定で きる。 この ように推定 した造営方位 と造営尺 を用いて座標値 を整理 した ものを造営計画の座標値 に仮定 した。その結果は表24に掲 げた通 り だが、検 出遺構 と肌齢 はな く信頼 に足 る推定値 と判断で きる。

兵部省の平城宮における区画設定の基準 となるのは、壬生門か ら第二次大極殿院に至る中軸

 

区画設定の

(以下、東区朝堂院の中軸線

)と

、南面大垣心および朝集殿院南限心である。このうち第一の

 

  

1)

基準 となる東区朝堂院の中軸線 は既往 の研究成果か ら引用 した。南面大垣の東西心 は築地築成

単 位 尺 と 方位 の推定

22 

造営方位の推定

遺構番号 種別 座 標 値 方 位

東 端 西 端

東 西 方 向

SA13020 柱根 X 92660  926.55

Y 36060  43115 EO°02'32"S

謎孟 訴柳

X 954.15 953.85

Y 360.85  428.60 EO°15'13'S SC13910 礎石 X 97730  977.30

Y 382.60  409,70 EO°00・00ⅢS

座 標 値

EO°05'55"S

南 端 北 端

南 北 方 向

SS13721   /1ヽ穴X 974.10  960.80

Y 35625 35630 NO°12'55'W

SS13322   /1ヽ穴X 97160  958,75

Y 358.25  35830 NO°13'23″W

SC13735  礎 石 X 96555  93135

Y 360.50  360.6C NO°10'03"W SC13915  礎 石 X 975.00  915,30

Y 428.55  428.75 NO°12'05'W

SS13890   /1ヽ穴X 978,75  95780

Y 43090  43120 NO°14'38"W SS13895  オヽ穴 X 97690 91115

Y 432.90  433.05 NO°07 51'W

平均 値 NO°11150'W

23 

造営尺の推定

遺構番号 /南 端  西/北端 距 離 と単 位 尺

1 SA13720 X 980.43  980.30 Y 35722   431.89

7467m/253尺 1尺 =29 51cm 2 SA12400 X 980.43   906.50

Y 357.22   35750

73.93m/250尺 1尺=29 57cn

3 SA13771 X 926.60   90646 Y 381.15   381.22

20.14mイ 68尺

1ゲミ=29.62cm 4 SA13720‑

SA13771

X 926.60   926.60 Y 35743  381.15

2369mァ /80尺 1尺 =29 61cm 5 SC13915‑

SC13735

X 95415   953.85 Y 360.53   428.61

68.08m/230尺 1尺=29 60cm 6 SA13020‑

SC13910

X 977.30   92657 Y 39457   394.75

5073m/172尺 1尺 =29,49cm 平 均 値 1尺 =29 57cll

※座標値は X‑145,000、 Y‑18,000を省略 して表示 した。表23 に掲げた 4〜 6は 、それぞれSA13020、 SA13737お よび中軸線 上での距離である。

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ドキュメント内 4章 考 (ページ 39-47)

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