とし
て頒布せられ︑今までの目安博士のみによる指導を補助
する意味では役立つものと考える︒
さて標題を考えるきっかけとなったのは︑本宗の教師
や た
で雅楽演奏家である某氏より﹁願共諸衆生は雅楽の夜多
らびょ
う し た
‑ た び
ょうし羅拍子で︑往生安楽国は只拍子と考えられる﹂との指
摘を受け︑六時礼讃と雅楽の拍子との関係について考察
した︒すなわち音素材としては現在伝承の六時礼讃を拍
子の上から考えてみたのである︒
さて拍子には﹁拍﹂という意味の他に雅楽の楽式の用
回
中
勝 道
語として︑太鼓を打つ小節の数とか︑拍節の意味等も含
まれるが︑ここでは拍で統一する︒
拍について小泉文夫氏は﹃日本の音楽﹄の中で
﹁拍﹂は原則として基準になる時間の単位であるか
ら同じ長さでなければならない︒これを﹁等拍﹂
とい
71
ぅ︒そうしたりズ
ムを
﹁拍のあるリズ
ム﹂
﹁有
拍の
リ
ズム﹂という︒しかし︑実際の音楽では︑多少の時間
的長短のある
﹁ 不
等拍﹂もあり得る︒これらを﹁
拍の
伸縮﹂などと呼ぶこともある︒
この点を考慮しても六時礼讃は
一定
の拍のあるリズム
で唱えられるものと考えている︒また昔から六時礼讃は
﹁雨だれ拍子﹂といわれ︑私も習得に際しては︑ある
定の拍にのせるよう指導を受けた︒
今回は六時礼讃のうち七字一旬のものとして日中礼讃
の一尊礼を選び︑五字一句は農朝礼讃の哀慰を採り考察
した
︒そこで雅楽に用いられる拍子について︑再たび小泉文
夫氏の同書によると
包 は や
の ベ
拍節も原則としては﹁早﹂と﹁延﹂の二種がある︒
﹁早﹂は普通に拍を数えて四拍子が一小節になる拍節
であ
るが
︑﹁
延﹂
立は1z. Eヨ
通の
拍 分 を
品拍
只主に 拍一数 子r.¥ぇ
l̲̲ .',て と 四 か 拍
子となる︒しかし雅楽にはこのほか
や た ら 侶
﹁夜多羅拍子﹂という特殊なものがある︒前者は二拍
子と四拍子が交互に並ぶもので︑この二小節を続けて
六拍子の拍節となり︑後者は二拍子と三拍子が並ぶの
で︑
合せ
て五
拍子
とな
る︒
この説により日中礼讃中の一尊礼について考えてみる︒
まづ句頭の﹁南無至心帰命礼西方阿弥陀仏﹂は拍子の上
では﹁南無至心帰﹂と﹁命礼﹂の二つに分けて考えられ
よひょヲしる︒前句を只拍子︑後句を四拍子とした︒初学者は至心
の唱え方が﹁至心lン﹂と﹁至│シン﹂という場合が多
しん
くみられるのである︒それは﹁心﹂で二拍延すことに不
安があるようで︑現行の唱法を伝えるためには︑初めに
只拍子のリズムを示し︑それに伺頒をのせてゆくと習得
が容
易な
ので
ある
︒
次に
﹁西方阿弥陀仏﹂も只拍子とした︒この拍子は
拍目と三拍目と五拍目にアクセントがくるので︑初学者
はそこを強調することで︑正しい拍が身につくものと考
えた
︒
ょ次の﹁弥陀身色﹂から﹁照十方﹂までは︑普通の四拍
72 ‑
子とし︑四字と三字に唱え分けるか︑七字一句を一息で
唱え
ても
︑ど
ちら
でも
よい
︒
せんりってき次の﹁唯有念仏﹂の備は七字ながら︑旋律的には次句
ょの﹁富知﹂までを含むので四拍子と只拍子とし﹁本願最
為強
﹂も 只拍 子と した
︒
次のヱハ方如来﹂は﹁弥陀身色﹂と同じで四拍子の連
続と
なる
︒
﹁到彼華開﹂の備は︑前伺の﹁唯有念仏﹂と
同じで︑次伺の﹁十地﹂まで唱えるため只拍子となり
﹁願 行自 然彰
﹂も 只拍 子と した
︒
さて﹁願共諸衆生﹂は二拍子と三拍子が並ぶので夜多
羅拍子と考えた︒この拍子は一拍目と三拍目と四拍目に
アクセントがくるので段落感とか終止感を帯びていると
ころ
であ
る
︒
﹁往
生安
楽園
﹂も
終止
感を
強調
して
いて
︑
やはり只拍子とした︒
次に五字一句の礼讃として哀感の伺を考えてみる︒ま
づ﹁南無至心帰命礼﹂は前に同じで﹁南無至心帰﹂まで
が只拍子﹁命礼﹂が四拍子﹁西方阿弥陀仏﹂は只拍子と
した
︒本文は﹁哀感覆護我﹂より出発し﹁願仏常摂受﹂まで
が只拍子の連続となり﹁願共諸衆生﹂が夜多羅拍子﹁往
生安楽国﹂が只拍子となっている︒
資料(一)(二)は七字一旬の一尊礼と哀慰の拍子の
構成を示している︒これによると﹁弥陀身色﹂より出発
した伺頒は﹁照十方﹂まで安定した形をとりながら﹁唯
有念仏﹂より﹁最為強﹂までは只拍子を使って変化して
いる
︒再びヱハ方如来﹂まで安定し﹁到彼華開﹂
より
﹁自然彰﹂まで連続感を強調し﹁願共﹂以下は夜多羅拍 子︑只拍子となって終止していることがわかる︒
五字一旬の哀慰では本文は只拍子で軽快に扱い
願
共﹂以下は七字一句と同じ形式をとっている︒
ところで資料(三)は﹁南無至心帰命礼﹂で考えうる
拍子が挙げてある︒(三)@は前述した従来のもので
251@は﹁南無﹂を二拍子とし﹁至心帰命礼﹂を只
拍子としたもので︑七字を八拍で唱えるようになってい
る︒
(三
)1
0は南無至心帰﹂を夜多羅拍子とし﹁命﹁
礼﹂を四拍子としている
︒
@
Oの
両者
は短
音節
の﹁
至﹂
しん
の拍
と
﹁心﹂とが熟語となった場合の唱え方について︑
73
どれが﹁まとまりがあるか﹂という試案である︒
ただ今回の発表の視点が現行の礼讃を初学者に正しく
伝えるための拍子の考え方に立っているので︑拍子の無
理な割り方に疑問をもっ向きのあることも承知している︒
総じていえば︑七字一句の礼讃は出発より終止に至る
まで︑四拍子の連続と理解してもよいし︑五字一旬は明
らかに只拍子の連続と考えてもよい︒
以上︑六時礼讃には﹁雨だれ拍子﹂という漠然とした
拍の存在を考えていたが︑各備を分析してみると︑作曲
者の巧みな意図がみえてきて︑それは音楽的な豊かさと
なって聴衆を感動させる︒いいかえれば︑
一日
の六
時に
配当した長い伺舗の礼讃を緊張と弛緩を交互に保ちなが
ら唱えあげるという先人の深い智慧に驚くのである︒
宗門子弟に本宗の現行の六時礼讃を正しく伝えたいと
いう思いが︑今回のささやかな発表の意図になっている︒
ために実際に当つては︑まづ拍子を指導して︑その理解
の上に立って︑初めて偶頒の唱え方に入る方法を提言し
たい
ので
ある
︒
註
i l ( 国立劇場芸能鑑賞講座﹃日本の音楽﹄(歴史と理論
)八
四頁
(2)
前掲書八九頁
(3)
早四拍子を図示すると・・... .
(4)
只拍子を図示すると.‑.‑
..
(5)
夜多縫拍子を図示すると・・‑・
(6)
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