二
通
で
言 え ば、
〔
1
〕
の
「
詮
ず
る と
こ
ろ
」
、
つ
ま り
、
”
信
が
無
け れ ば往
生で き な
い
”
と
い
う
“
信
心 正 因
”
説
の
立 場
に
相 当
す る
。
次
に
、
親
鸞 は、「
た だ し
」
と い
う
語
を 置
い て
、
自 ら の 一“
念 信
”
の 立 場 と は
異 な る
“
念 仏
”
“
名
号”
の
立 場
、
つ
ま り
”
多
念 義
”
の
立 場
に も
、
あ る
程 度
の
配
慮
を 示 す の で
あ
る
。
こ の よ う
に
親
鸞 が 実 際に は
“
信
心 正 因”
一“
念
信”
の 立 場
に
立
ち
な が ら も、
“
念
仏”
“
名 号
”
“
多
念義
”
の
立 場 を も
全
面 的に は
排
除
し な
か
っ
た
こ と は
、
親 鸞
思想
の
特 徴
と も 言 え る で
あ
ろ
う
。
か
く し て
親
鸞
は、
「
捨
子
問 答
』
に
明 確
に
認 め ら
れ る
】”
念 義
”
批
判の 立 場 を
、
『
後
世
物 語』
冒
頭
の
「
ま こ と に し か
な り
」
の
語
に よ
っ
て
、
根 本
か ら 否 定 し
て い
る
こ
と が 知 ら れ
る が、
そ れ
は
、
親 鸞 自 身
が、 一“
念
信に よ
っ
て
往 生 が 定 ま る
”
と い
う
説
、つ
ま り
、
一“
念 義
”
と 構
造 的
に 一は 致 す る
説
を 唱 え て
い
た か ら に
他
な ら ない
。
『
捨
子 問
答
』
で は
、
そ
の
後
、”
師
”
が
”
捨 子
”
に
対 し て
、
そ の
「
心
ノ
底
ヲ
顕
シ
給
へ
」
と
述
べ て
い
る
所 が
、
で は
、
「
お の お の
存 ぜ ら れ む と
こ
ろ の
こ こ
ち を あ ら わ
し た ま
へ
」
に
変
っ
て い
る
。
こ れ は
、
『
後
世 物
語』
が、
『
捨
子
問 答
』
の よ う
に
“
師
”
と
”
捨
子”
の
対 話
で は な く
、
“
師
”
と
「
十
四 五 人 ば か り
」
の
「
後 世 者
」
達
と の
対
話
と い
う 形
式
をと ろ
う と す
る か ら で あ る が
、
一 入 四 こ
れ が 不
合
理で
あ
る こ と
、
す で に
了
祥
が
〔
34
〕
で
指 摘
し た 通 り で あ る
。
こ こ で、 突
然
で
あ る が
本
論 文 を打
ち 切 ら ざ る を
得
な い
。
『
捨
子 問
答
』第 五
問 答
以 下
、
『
後
世 物 語
』
第
四
問 答
以 下に
つ い て は
、
次 回
論
じ る
こ
と に
し た い
。
( 註
1
)
宮 崎 円 遵
『
親 鸞 聖 人 書 誌
』
〔 以
下
『
親 鸞 書 誌
』
と
略
す
〕
、
真 宗 典 籍 刊 行 会、 一 九 四 三
年、 一 六 五 頁 参 照
。
(
2
)
『
真 聖 全
』
二、 六 八 六
頁 註
e
参
照
。
(
3
)
梅 原 真 隆
『
末 灯 鈔
の
研 究
』
親 鸞 聖 人 研 究 発 行 所
、
一 九 三
〇 年 ( 再 版
)
、
一 七 頁
。
(
4
)
テ キ ス
ト
に は、
「
『
自 力 他 力
の
文
』
の こ こ ろ ど も
」
と
あ る が
、
記 述〔
〕
3
と
対 照
し て み れ ば、
こ こ
は、
「
『
自 力
他
力
』
の 文 の
こ こ
ろ ど も
」
と す
べ
き で あ
ろ
う
。
な お
、
『
親 鸞
聖 人 全 集
』
書 簡 篇 一(
四 五 頁) も、
『
真 聖 全
』
と
同 様
の
読
み
方
を 示 し て い る
。
〔)
5
石 田
瑞 磨
『
親 鸞
と そ の
弟 子
』
毎 日 新
聞 社、
】 九 七
二
年、
一 四 八
頁 参 照
。
〔
6
)
同 右
、
一 四 九 頁 参 照
。
(
7
) 梅 原 真 隆
『
三
本 対 校 親 鸞 聖 人 血 脈 文 集
の
研 究
]
〔
以
下
『
血 脈 研 究
』
と
略
〕す
親 鸞 聖 人 研 究 発 行 所
、
一 九
三→
(年
三
版)
三
−
二 二
頁
。
〔
8
)
石 田
瑞 磨
『
親 鸞
』
( 日 本
の
名 著
6
)
、
中 央
公 論 社、
一 九 八 三
年、
一 四 七 頁
。
(
9
) 了 祥
の
『
異 義 集
』
第
四 に、
『
浄 土 真 宗
聞
書
』
な る も の
(
『
続 真 宗 大 系
」
「 九
、
一
】
六
一− 二
六 頁) が あ る が
、
了 祥
は こ れ に
つ い
て
、
「
古 来 性 信
の
作
と す る
説 あ
れ ど も
…
… 性 信
と は
い い
難
か る
べ
し
」
(一 一 六 頁) と か、
「
又
案 ず る に
「
誓 願 名 号 同 異
問
答
』
『
浄 土
真 宗 聞 書
』
『
末 讃 見 聞』
等、
み な
性 信 作
と
伝
へ
た り
。
思
ふ に
是 れ
性 信 同 所
の
善 性 を あ や ま る な る
べ
し
。
…
… 又
案 ず
る に
、
『
浄 土 真
宗 聞 書
]
『
浄 土 法 門 見 聞 集
』
『
真 宗 鈔
』
『
真 宗 徳 号 義
』
『
真
宗 亀 鑑
』
等
の
真 宗
の
名 を う る
者
み な あ. や
し
」
一(
一 四
頁
)
と
述
べ て い
る
。
『
血 脈 文 集
』
第
二
通 で
言
わ れ る
『
真 宗
ノ キ キ ガ キ
』
が、
『
異 義 集
』
巻 四
の
『
浄 土 真 宗 聞 書
』
と 同 じ と は 思 え な
い
が
、
い
ず れ に せ よ
、
記 述〔
〕
6
で
自 分
の
弟 子
の
著 作
を
自 分
の
著 作 以 上
に
推 賞 す る と い
う
こ
と は、 異 常
で あ ろ う
。
な お、 了 祥
は
、
『
歎 異 抄 聞 記
』
(
法 蔵 館
】、
九 七
二
年
〔
第
二
版
〕) で は、
「
是 も
『
浄 土
真 宗 聞 書
』
な ど は
、
正 応 年 中
の
作
と
見
へ
る で、 吾 砠
の
御 眼
に か か
り た
こ
と も
あ
る が、 何
れ 吾 租 御 在 世 に
遠
か ら
ぬ
書
ぢ や で
』
(
=
二
二
頁)
と
言
っ
て
い
る
。
16
15
1413
12
1110
『
血 脈 研
』究 同 同 同 同 同 右 右 右 右 右
「
善 鸞 義 絶 状」
二 六
頁 参 照
。
三 二
頁。
三 三
頁Q
三 五
頁。
三 六
頁。
三 八
頁。
の
真 偽
に つ い て は、 梅 原 隆 章
「
慈 信 房
義
絶 状
『
捨
子 問 答
』
と
『
後 世 物 語
』
( 松 本)
に
つ い
て
」
『
真 宗 研 究
』
六
、
一 九 六「 年、 一 一 冖
−
九 頁、
平 松 令 三
『
親 鸞 真 蹟
の
研
』究 一 九 八 八
年
、
法 蔵 館、
「
親 鸞 の 慈 信 房 義 絶 状
に つ い
て
」
六 九
− 八→ 頁 参 照
。
梅 原 氏 は、
「
ど う し
て こ れ が
高 田 の
顕 智 上 人
の
手
に
入
っ
た か と
い
う
こ と が 疑 問 と な る
」
(】 四 頁)、
「
当 時
の
敵 対 関 係 に あ る も
の に、 ど う し て こ の よ う な 義 絶 状 が 入
手
さ れ た か
」
(一 五 頁) と
い
う 当 然
の
疑 問
に
も と つ
い
て
、
教 理 的 な 面
と
表 現
の
面 等
か
ら、
偽 作 説 を 提 起
さ れ て い
る が、 平 松 論 文 は そ れ に
対
す る
反 論
と
い
う 形
で、 真 撰 を 論 証 し よ う と し
て い
る
。
尤 も、 前 述
の
当 然
の
疑 問
に つ い
て は
、
「
ま こ と に ご も
っ
と も
と
言 わ ざ
る
を 得 な
い
」
と
い
う 理
解
が、
〔
補 記
〕
で は 示 さ れ て
い
る ( 八
〇 頁)
。
た だ し
平 松 氏 は
、
『
血 脈 文 集』
第
二
通
の
「
こ
の ふ
み を 人 々 に
も
み さ せ
た ま ふ
べ
し
」
(
『
血 脈 研 究』
一
二
頁) を 根 拠
に
、
義 絶 状
に
公 開 性
が あ
っ
た と
主 張 し て、
こ れ に よ
っ
て、 例
の
疑 問 が 永 解
す る の で は な
い
か と
論 じ ら れ た
(
八】 頁)
。
し か し、
こ の
『
血 脈 文 集
』
第
二
通
、
つ
ま り、
「
慈 信 房 義 絶 宣 誓 状
」
は、 す
で に 述
べ
た よ
う
に、 私 見 に よ れ ば 偽
作
な の で あ る
。
従
っ
て、 平 松 氏
の こ の
論 拠 も
崩
れ る こ と に な る
。
な
お、 梅
原 論 文 で も、
『
血 脈 文 集
』
第
二
通
の
信 憑 性
に
つ い
て は
、
問 題
と さ れ て お ら ず、
む し ろ
『
血 脈 文 集
』
第
二
通 と
「
義 絶 状
」
の
内 容 的 相 違 を 指 摘
す る こ と
2
六
頁)
に よ
っ
て、
「
義 絶 状
」
偽 作 説 を 提 起 し て い
る
。
(
17
>
重
松 明 久
『
中 世 真 宗 思 想
の
研 究』
吉 川 弘 文 館、
→ 九 七
三
年、
三
七 頁
。
(
18
)
『
血 脈 研 究
』
一四
頁
。
(
19
)
以 下
に
論 じ る よ う に
、
明 白
に
関 東 系
で
あ る
『
血 脈 文 集
』
と
善 一
八 五
『
捨 子 問 答
』
と
『
後 世 物 語
』
( 松 本) 性 本
『
御 消 息 集
』
に は、
“
造 悪 無 碍
”
説
に
対 す る 批 判 が 全 く 認
め
ら れ な
い
。
(
20
) 覚 如
『
口
伝 鈔
』
に お け る
“
冂
伝
”
の
意 義
に つ い
て は
、
石 田 瑞 磨
『
歎 異 抄・ 執 持 鈔」
( 東 洋 文 庫
33
) 、
平 凡 社、
一 九 六 四
年
、
二
五
六
−
二
五 九 頁 参 照
。
(
21
) 山 内舜
雄
『
正 法 眼 蔵 聞 書 抄
の
研 究」
大 蔵 出 版
、
一 九 八 八
年、 一 五 頁 参 照
。
26
25
−L24
23
22
) ノ 丶 ) ) )
て い
る
。
(
27
)(
28
) を
参 照
。
(
29
)
『
講 義
』
七 頁 下
ー 八 頁 上
。
(
30
) 例 え ば、
了
祥
は 次
の よ う
に
論
じ て
い
る
。
又 捨 子 問 答 ト 校 合
シ
テ ミ ル
ニ
。
吾 租
ガ
御 取 意 ナ サ
ル
〉
ナ ラ
バ
取 リ テ
ヨ
イ 処
モ
ア
ル
ニ
。
ソ
レ
ガ
捨
テ ア
ル
。
抜 イ テ
モ ヨ
イ 處
ガ ア
ル
ニ
。
ソ レ
ガ 入
レ
テ ア
ル
一。
ツ
云
ハ ゴ
捨 子 問 答
二
名 號 願 成 就
ヲ 述
べ
テ
利 他 眞 實
ノ
功 徳 ト 云
フ
コ
ト ガ ア
ル
。
此 利 他 眞 實 甚 ダ 大 事
ノ コ
ト
。
ソ レ
ガ 此 物 語
二
抜
ケ テ ア
レ バ
吾 砠
ノ
御
同 右、
七 頁
。
同 右、
一 八
頁
。
拙 稿
「
道
兀 と 如 来 蔵
思 想
」
『
駒 沢 大 学 仏 教 学 部 研 究 紀 要
』
五
」 九 九 八
年、
一 四
ニ
一ー 四
九 頁 参 照
。
山 内 舜 雄、
前 掲 書、
四 五 頁
。
存 覚
の
『
袖 日 記
』
( 五一
)
に も、
「
後 世
物
語
」
と し て
書 名
が 出
『
親 鸞 書 誌』
二 二
〇 頁 参 照
。
『
真 宗 聖 教 大 全
』
一 九
〇 三
年、 上 巻、 九
四 七 頁 参 照
。
『
親 鸞 聖 人 全 集
』
写 伝 篇・
二
、
九 三
ー
九 四 頁
。
後 出
の
記 述
一 八 六 取 意
ニ
ア ラ ズ
。
(
『
講 義』
七 頁 下
− 八 頁 上) し か
し
『
捨 子 問 答
』
の 重 要
な
論 点
が
『 後 世 物 語
』
に
取 り 入
れ ら れ
て
い
な
い
か ら
、
後 者 は
前 者
の
「
御 取 意
」
で は な
い
と
い
う
の は
、
現 代
の
研 究 者 を 納 得
さ せ る 論 理 で は
な
い で
あ ろ う
。
こ こ に は
、
“
取 意
”
と は
、
取 意
さ れ た
文 献
の
重 要 な 論 点 を す
べ て
取
り 込
ん
だ も
の で な け れ ば な ら な
い
と
い
う 了 祥
の
前 提
が 見 ら れ る
。
“
取 意
”
を
こ の よ
う に
解 す れ ぼ、 了
祥
の
議 論
は 成 立 す る が、
私 が 主 張 し て
い る の は、
『
後 世 物 語』
が
『
捨 子 問 答
』
を
ベ
イ
ス に し て
書
か れ た と
い
う
こ と で あ
っ
て
、
そ の
際、
す
べ
て の 論 点 が
『
後 世 物 語
』
に
取 り 入
れ ら れ た な ど と
い
う こ と は、 考
え ら れ な
い
。
む し ろ そ の
際
に
重 大 な 変 更 が 加 え ら れ
た の で
あ
っ
て
、
そ
こ に、
『
後 世 物 語
』
著 作
の
意 義 も あ れ ば、
親 鸞 思 想
の
独 自 性 も 認
め ら れ る の で あ る
。
(
31
)
「
人
」
は
『
録』
で は
「
後 人
」
( 七 頁 上
)
と な
っ
て い る
。
(
32
)
『
親 鸞 書 誌
』
一 二 八 頁
。
(
33
)
生 桑 完 明
『
親 鸞 聖 人 撰 述
の
研 究』
法 蔵 館、
一 九 七
〇 年、
一
三
九 頁
。
(
34
∀
家 永
三
郎
『
中 世 仏 教 思 想 史 研 究』
法 蔵 館、 一 九
四 七
年、 一
ニ
一ー 四 頁
。
な お
、
家 永
三
郎 氏
は、 一 九 四
〇 年
の
『
日
本 思 想 史
に
於
け る
否 定
の
論 理
の 発 達
』
で は
、
次
の よ う な
実
に
鋭
い
指 摘 を さ れ て
い
る
。
「
後 世 物 語 聞 書 は 親 鸞
自 身
の
著 作
で は な
い
け れ ど、 彼
が 其 の
門 徒
に
向
・
て
熟 読
を 奨
め て ゐ る
事 実
か ら
跡
て・ 其
の
内 容
は 殆 ど
親 鸞
の 信 仰
と 一同
と 見 な し て
差 支 な
い
で あ ろ う
」
( 家 永
『
日
本 思 想 史
に
於 け る 否 定
の
論 理 の
発 達
』
覆 刻 版
、
新 泉 社
、
一 九 六 九 年、
一
〇
〇
頁、 註
〔
ご
私 が 本 論
で
論 証 し よ
う と す る の は
、
家 永 氏
の
見 解
を 更 一に
歩 進
め て
、
『
後 世 物
』語
が
親 鸞
の
著 作
で あ る と
い
う
こ と な の で あ る
。
(
35
) 小 野 玄妙 編
『
仏 書 解 説