トップPDF 想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 帯文案は縦書きで、「空前絶後 宗教史家ミルチャ・エリアーデ 中心思想と方法論を  余すところなく捉えた、新進気鋭 28 歳 スペイン人哲学研究者 マルセリーノ・アヒース・  ビリャベルデ恐るべき才能をつぶさに伝える 学会デビュー作、本邦初登場」というもので あった。じつは、これがわたしいちばんお気に入り「訳者自装」本にほかならない。  この本については、エリアーデ『イメージとシンボル』(せりか書房)を訳された和光大学 名誉教授、前田耕作氏が、読書新聞 〔2013 年(平成 25 年)7 月 19 日(金曜日)〕 に書評を寄せてく ださった。それによると、〈エリアーデ伝記をふくめた最初本格的な研究書邦訳は、デイ ヴィッド・ケイヴ『エリアーデ宗教学世界』(せりか書房・1996 年/原題:新しいヒュー マニズムへミルチャ・エリアーデ視線・1992 年)が初めてであった。ケイヴ著作も次 年に刊行されたダニエル・デュビュイッセンもまた「エリアーデと聖なるもの」(『20 世紀神 話学―デュメジル/レヴィ・ストロース/エリアーデ』・1993 年)を主題としながら、それら より先に刊行されていたアヒース=ビリャベルデ処女作でもある本書(1991 年・サンティア ゴ・デ・コンポステーラ大学出版局)にはまったくふれていない。本書邦訳が刊行されなけ れば、エリアーデ「中心思想と方法論」淵源を歴史的に抽出し、その思考枠組みを緻密 かつ包括的に論じた本書を私たちがついに目にすることはなかったかもしれない〉。
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「ボアズの片腕としての歳月」に見るミードの想い 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「ボアズの片腕としての歳月」に見るミードの想い 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「ボアズ片腕として歳月」に見るミード想い A Translation of Margaret Mead’s Article on Ruth Benedict’s Years as Franz Boas’ Left Hand 菊 地 敦 子  福 井 七 子 Atsuko Kikuchi   Nanako Fukui The translation of the massive 583-page book “An Anthropologist at Work” was started by Professor Fukui and myself towards the end of 2009. It has been a slow process, finding time between our other university commitments, but we have now translated about two-thirds of the book. The book has never been translated into Japanese before, probably because of its sheer volume. Some may wonder why we are translating this book that was first published back in 1959. This is a legitimate question because most translators choose to translate books that have been published more recently. We feel, however, that the content of this book is as relevant to our society today as it was back in 1959. Today, we live in a society facing constant fear of the unknown. The so-called “Islamic State” is something that most of us do not understand and is something which we simply label as “evil”. However, if we look back into history, Japan was once considered an “evil state” by the people of other countries. But in those days of World War II when discrimination against the Japanese was rampant, there was an anthropologist who took the time to meticulously collect data about the unknown and who tried her best to examine the Japanese mind without any bias. That was Ruth Benedict. For that, we think that it is well worth translating this book now. Her writing teaches us how important it is for us, as scholars, to maintain an open mind, and how we have the duty to prevent our society from rushing into mass hysteria against the unknown.
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アントニー・スティーヴン・ギブズ先生のご退職によせる想い 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アントニー・スティーヴン・ギブズ先生のご退職によせる想い 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国学部紀要 第 14 号(2016 年 3 月) 4 かもしれませんが、これからもよろしくお願いします。  ギブズ先生、お身体ほうくれぐれも大切になさってください。やりかけお仕事がまだま だたくさんおありでしょう。先生自身が長年にわたって蓄積されてきた日本について思いは、 これからも発信し続けてください。研究分野が先鋭化されている今日、先生ように文学・文 化について幅広い見識・知識をお持ち研究者が少なくなっているは、とても残念なことで す。
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社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 文化人類学者は自分社会よりもなるべく違う社会を研究しようとするため、様々な集団 データを持っている。そして西洋文明影響範囲からはずれたところで発展したシンプルな社 会を特に研究する。文化人類学者はある集団が特定価値観に基づいて実現した方略を研究す ることができる。その価値観とは自由という価値観なか、社会統一という価値観なか、権 力に屈するという価値観なかを研究することができる。文化人類学者にとって部族役割は、 科学者が細菌生死を研究する実験室役割と同じなである。文化人類学者実験室は研究 者が自分で設定するではない。それは原住民が何世代にもわたって、何千年もかけて生き方 詳細にいたるまで設定したものである。しかしフィールド・ワーカーはその部族なかに存 在する私たち時事問題を、たとえそれが違った姿であったとしても認識することができる。  フィールド・ワーカーが研究している裸プリミティブ・ピープルはもちろん社会保障条 例について話すわけではない。しかし彼らは老人や飢えた人をどのように扱うべきかはっきり している。年寄りや飢えた人を守る部族もあれば、守らない部族もいる。そして文化人類学者 はそれがもたらす帰結を研究することができる。原住民は黄金率について語らないが、オース トラリア原住民からカラハリ砂漠原住民にいたるまで、黄金率が働いていることは見受け られる。たとえば、「他人に施しを与えなければ、誰が自分に施しを与えてくれるだろう」、「他 人を敬わなければ誰が自分を敬ってくれるだろう」といった教訓は、若者頭にたたきこまれ、 南洋島々人からティエラ・デ・フィエゴ冷たい霧にすむ人に至るまで、それを実践して いる。同時にこのような黄金率がまったくない原始社会があり、文化人類学者は黄金率が存在 する結果と、しない結果を研究することができる。黄金率は人を支配するだろうか?プリミ ティブ・ピープルなかで黄金率に縛られた人間関係しか知らない人もいれば、相手を強いる 状況に立たされたことがないプリミティブ・ピープルもいる。
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 バッファローに行く前から私は「物書き」をしていました。ある夏日、オワトナから帰っ て牧場家にいた時、ウィルおじさんが私儲けを数えていました。彼は私が 10 点ノートに書 き取ったら、1 ドルくれると言いました。何を書いたかは覚えていませんが、大きな誇りと責 任を感じたを覚えています。母は子どもが書いたものに対して、子どもだからといって甘や かして、誇張した値段をつけるはよくないと思ったかもしれません。しかし、その頃私が感 じていたマージェリー器用さとうまくバランスをとるためには仕方ないと思ったかもしれ ません。バッファローでマージェリーが土曜日に美術学校に行き始めると、私は家で文を書い て母に見てもらいました。4 月吹雪について書いたを今でも覚えています。それはこんな ふうに始まります。 「春日差し日々を通して、お日さまは地球と交わり、毎日とてもとても 素敵でした。」それは詩ような拍子であったことがとても気になりました。でも他にどのよう に表現したらいいか分かりませんでした。この頃までに、私はかなり本を読んでいました。 ディケンズ、特にデイビッド・コパーフィールド、そしてスコット、特に「アイヴァンフォー」。 でもそこから学ぶことは特にありませんでした。この時期までに読んだ本で聖書に優る本はあ りませんでした。ルツ(旧約聖書一書)話はラモーナより良く、ジョブ詩はロングフェ ローより良いと思いました。今でも最初聖書を持っており、それは注意深く赤と黒線が引 いてあり、一所懸命に書いた文章ページがはさまれています。バッファローに移った時から マージェリーと私は教会に行くと、週に 5 セントもらい、日曜学校で聖書 3 節を 1 日におぼ え、日曜日には 6 節おぼえると 1 ペニーもらえました。私は何十も章を暗記しました。 「エバ ンジェリン」と「ヒアワサ」詩は高尚なものだと聞いていましたが、私はあまり好きではあ りませんでした。
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この苦しい試練におけるマリアン振る舞いはまさに英雄的なものだった。未来感情 中に何か微妙な変化が起こったことを彼女は感じ取っていた。彼女にはその変化原因を突 き止める力はなかったが、明らかにその変化は彼女将来を危険にさらすものだった。二人 間で何かが裂けた。彼女は力半分を失っただ。彼女は恐ろしく追い詰められた。彼女が喜 んでレノックスに認めていた人格あの優れた深みが、今、彼女が想像するに、大胆で不吉な 意図を覆い隠しているかもしれなかった。彼にはこの亀裂を調停することができるだろう か?人良い億万長者妻であるというスパイス効いた甘く香りよいお椀を彼女唇から はね飛ばすことが彼意図なだろうか?マリアンは恐る恐る自分過去に目を向け、何か黒 い染みを彼が見つけたではないかと考えた。実際、その点については、そうできるものなら してみよと彼に挑まないでもなかった。してはいけないようなことを彼女は本当に何もしてい なかった。彼女歴史には目に見えるような汚点は何一つなかった。確かに、ある種漠然と した道徳的な汚れによって彼女過去にはかすかに色あせている部分もあるが、他女性と比 べると比較にならない程度ことだった。彼女は楽しみ他には関心がなかった。しかし、そ れ以外何に向かって少女は育つというだろうか?大体において、彼女は気楽に暮らしてき たではないだろうか?そのとおりだと彼女は自分に納得させた。しかしそれでも、もしジョ ンが婚約を破棄したいと願ったら、彼女振る舞いにおける問題程度ではなく、高度に抽象 的な根拠にもとづいて彼はそうするだろうと彼女は感じた。それは単に彼女ことを愛さなく なったということである。彼女が親切にもこの状況を見過ごし、気持ち恩義は断念する と彼に請け合っても彼女には何役にも立たないだろう。しかし、彼女が感じていたぞっとす るような心配にもかかわらず、彼女は微笑み続けていた。
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

5 .ドイツ外国? ― 言語間距離と言語教育  ドイツ屋根なし外部方言を造成して作られたルクセンブルクは、ドイツと同じ西ゲ ルマン系派に属すため、当然ながらドイツ距離は極めて近い。Sokal et al.(1992)で は、Ruhlen(1991)による言語学的分析に依拠しながら、主要な印欧語距離を樹形図であら わしている。それによるとルクセンブルクはドイツやオランダと同じグループに属して いて、言語間距離はとても近くなっている。その距離は、ポルトガルとガリシア、スペ インとカタルーニャ、チェコとスロバキア、デンマークとスウェーデンとノルウ ェーなどと同等と評価されている。これに対して、ルクセンブルクとフランス語と距離 ははるかに遠い。数字で表すと、ルクセンブルクとドイツ距離がおよそ 0.9 程度とする と、ルクセンブルクとフランス語距離は 15 程度にもなる(Sokal et al. 1992: 7671)。ちな みにルクセンブルクと英語距離はおよそ 2.9 程度であることから、英語はドイツより距 離が遠いが、フランス語よりはるかに近い。言語距離が近ければ学習が容易になるが、同時 に転移(transference)が発生しやすくなるという問題もある。しかし、転移による混同を避 ける学習よりも、まったく異なる形式を学習する方がはるかに難しい。したがってルクセンブ ルク言語系統が同じドイツ語は、ルクセンブルク母語話者にとって最も学びやすい 言語である。
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英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この画像を見れば一目瞭然だが、「宝石箱」は jewelry case と表現されるようになって来て いる。今度は、この jewelry case に plastic を付けてみて「CD ケース」を表すかどうか調べて みた。plastic jewelry case は「プラスチック製宝石箱」を表している事が分かる。  つまり、まとめると、jewel case は「宝石箱」意味だったが、「CD ケース」を表す事もで きるようになり、「宝石箱」と「CD ケース」二つ意味間で曖昧になり、「宝石箱」場 合には jewelry case が jewel case に取って代わられるようになり、曖昧さが回避されるように なって来ているである。
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ジェフリー・ゴーラー研究ためイギリスに行くことにはためらいもあった。彼存在があ まりにも未知数であったためである。しかし、コレクションを見たいという気持には従わざる を得なかった。結果的に行ってよかったと思っている。これまで未発見資料を手にすること ができた。しかしそれをうまく読み解くことには難渋した。これも私が子ども頃からお世話 になっている電気店を営んでいる猪ノ山さんおかげで判読できるようにしていただいた。「あ 手この手」方法と技術を駆使して、時間を惜しまず考えてもらったおかげで、資料を読み 解き、一冊本として世に出すことができた。
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トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

  , by Thomas Locker. New York: Harcourt, Inc., 2001.  「大自然が踊る」というテーマ第三弾で、前二作構成を踏襲している。テキストは三人称 視点から書かれおり、様々な偉大な山々姿を映し出している。巻末に載せられたクリスチ ャンセン、および地理学者ドナルド・フィッシャー(Donald Fisher)による科学的説明に助け られ、それら山々がどのように作られたか、また変化していくかを読者は知る。アメリカ合 衆国内よく知られた山々が例として挙げられており、地学、地理テキストとしても読める、 面白い趣向絵本である。短い時間で変化する水とは異なり、山々が何万年かけてダンスを踊 っていると捉えられているところがユニークである。最後見開きでは、たくさん星がきら めく群青色空を背景にした山々姿を描き、“Beneath the stars, / mountains dance their slow dance / that goes on and on / in the endless beauty of the universe.” というテキストが配され ている。読者を悠久彼方へと誘い、宇宙神秘を感じさせる。
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北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 北村先生これまで人生は、長く苦しい戦い連続だったと思う。様々な難局を乗り越え、 3 人分ほど人生を過ごされてきたように見える(決して大袈裟ではないだろう)。ここから先 は、どうかお体をいたわり、楽しいこと、美しいことだけを考えて、のんびりと過ごして頂き たい。これまで人生に、真剣に向きあって格闘してこられた方にのみ、休息意味はわかる ものだ。そう考えると、先生は休息を堪能するに値する方だ、と私は思う。
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国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

5)最終意思決定結果として本番プレゼンテーション内容決定方法 8 .おわりに  重要なことは、ファシリテーターが両グループへ向けて、アイデア要約、意見、提案、感 情(公正に手続きが進められているか、次ステップを把握しているか確認)というフィー ドバック(report-backs)を常に行うことである。一方、避けるべきことは拙速に物事を決め ることによる不満であり、せっかく国際交流が国際紛争にならないためにも、十分な時間的 余裕をもって、事前交流、現地交流と国際協同プレゼンテーション、事後交流を企画運営して いくことであると思われる。その結果、ASEP「で」ではなく「でしか」できない学習環境(国 際ファシリテータースキル育成など)を創出して、それを後輩へ繋いで行くことにより、「人 びとが、国や民族を越えて異なった文化や思想を理解し、相互に認め尊重し、協力しあうよう な、共に生きる平和な地球社会(UNESCO 憲章)」を作ることができれば、ASEP 実践意義 が更に高まるであろう。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

言」から東アジア優勢言語へと成り上がったである。日本語変化は、江戸時代以来、西 洋新知識を受け入れてきた結果であるが、その過程で漢字による新語・訳語が決定的な役割 を果たした。  言語は知識受容と伝達媒体であり、社会生活と密接に相互作用を及ぼす関係にある。西 洋新知識導入は、中国近代化へ変化を促進し、同時に中国社会種々近代的変化 が中国によって記録された。また、漢字文化圏存在により、中国近代化は中国内だ けにとどまらず、東アジア全域に拡大した。中国と中国近代が分かち難い関係にあると 同様、漢字漢文は東アジア近代化と密接な関係にある。西学東漸という大きな流れ中で、 中国は漢字文化圏言語に大きな影響を及ぼす一方、漢字文化圏言語からも影響 を受けた。特に日本語影響は非常に大きかったが、中でも最も重要なことは、漢字を利用し て西洋新概念を受け入れるという問題における「共創、共享」である。漢字文化圏内では、 多く抽象や時代キーワードが同形(または同音)という形式で存在しているが、これ は地域内言語接触、語彙交流結果であることは疑問余地がない。一方、各言語における 同形(同音意味、用法上相異は、それぞれ国や地域が西洋新知識や新概念を受 容した過程を反映したものである。近代新知識受容と表出には新しい語彙と表現様式が必要 である。厳復翻訳が最終的に中国社会に受け入れられなかったことは言語面において社会 要望を満たせなかったからであるといえるだろう。新しい語彙と表現様式、特に専門分野に おけるキーワードや基本用語形成は、近代学問体系が成り立つため基盤である。キーワ ードや基本用語歴史は、往々にしてその学科形成史であり、言語近代化に関する研究は、 「近代」と冠するその他研究分野基礎である。
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わたしのくすり箱 絵本の窓から眺めたこと 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

わたしのくすり箱 絵本の窓から眺めたこと 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

せるために必要な、自分に向けて必死講義であっただ。  また入院生活場面で、『星王子さま』エピソードが思い起こされることがあった。 手術前、腸内をきれいにするため、何度も下剤を飲まされた。結腸がほぼ詰まっているため思 うように薬が効かず、どうしても上に戻してしまう。何度も吐いては、ミネラルウオーターで うがいをする。水がこんなにおいしいと感じることは、それまで無かった。また、手術後三日 間は点滴のみで、四日目に許可が出て水を一口含んだ時には、最高においしいと感じたものだ。  どうしてあんなにおいしいと感じただろう。今思うと、単に生理的に体が水を欲していた からという理由だけではない。それは、王子さま砂漠で経験と類似するところがある。王 子さまが砂漠で飲んだ水は、とてもおいしかった。それは、パイロットと二人で砂漠なかを 一晩中探し回り、やっと見つけた井戸からパイロットが汗して汲み取ってくれた水だったから だ。王子とパイロット心と心つながりが、砂漠水を命水に変えただ。それと同様に、 医師や看護師献身的な医療行為を裏付ける、患者に対する強い責任感(ちょうど自分星に おいてきた花に対する王子責任と同類ものであろう)や、私苦しみを共有し励まし続け る家族愛情が、単なる水を砂漠民に与えられたマナように甘美な飲み物に変えてくれた に違いない。
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博識無双の凛然たる人、北村裕教授 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

博識無双の凛然たる人、北村裕教授 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 当時、文学部英文学科教授であった私は、「教授」職がどうしても一名足らないという文部省 教員審査がらみ理由で、急きょ、新設総合情報学部学内移籍を大学当局から懇願され た。かの地で数十年ぶりに再会した私たちは、いわゆる弥次喜多コンビで総合情報学部外国 教育充実に日々、努めた。日本初 CNN 教材開発偉業も、北村先生主導もとで実現 した。当時 CALL 教室実質的管理・運営もすべて北村先生が仕切った。日本外国教育 を牽引する英雄謦咳に親しく接することできた私は、果報者であった。
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フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 教材に機能・概念シラバスが採用されているであれば、既に述べたように、入門・初級レ ベルでは複合過去形完了用法については「経験有無を問う」以外場面設定は難しいだろ う。その場合、完了用法は補足的な会話練習または教室で使うフランス語中で使うことがで きるだろう(ex.「朝食を取ったかどうか聞く」「練習が終わったかどうか聞く」)。これら状 況ではしばしば ne pas encore を含む完了形が使われる。別冊練習問題帳があれば、活用練習 を兼ねた筆記問題または複数活用形を使う応用問題に同じ用例を盛り込むことも可能である。  言語運用にシフトした現在外国教育流れ中では、第二外国として初級教材に網 羅的な文法説明を記載することは困難である。複合過去形現在まで継続、完了否定、結 果相など様々な完了用法は初級以後学習項目になるだろう。事行と組み合わせによっては 事柄開始時が強調されること(ex. J’ai aimé.「好きになった」)、複合過去形で表される事象 は必ずしも終わっていないことなども初級以後に確認すべき事項である。これら事項を学習 に取り入れる際は、複合過去形と共に用いられる様々な時間表現と副詞役割も忘れてはなら ない。過去用法と完了用法結果相区別が後置された depuis + 時間と共起可能性で判明す るように、複合過去形用法意味は特定時間表現と共起することで明らかになることがあ るからである。
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アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 大阪万博 2 年後に、文部省(当時)奨学生として来日されてから 40 有余年にわたり、先 生は異国地で教育・研究職経験を積み重ねてこられた。我々ような凡夫にとっては、こ れだけでもとても真似出来ないことだが、先生はそれを軽々とこなし、さらにその文化心 髄ともいえる領域で師範となられた。そして今や、その異国を文字通り母国とされようとして おられる。いや、異国、母国などという言葉範疇には収まらないがギブズ先生かもしれな い。そんな仰ぎ見る存在として先生に、20 数年間も同僚として接することが出来たは、私 僥倖だったといえよう。
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碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 先生碩学ぶりは尋常でなく、ご専門であるイスパニア文学・文化話はもちろんこと、 日本文学・文化話、言語や教育話、さらには趣味海釣話や車、ワイン話まで、周り にいるものを圧倒する。読書量はおそらく大変なものだと推察される。ただ、先生は読書に使 われる時間と同じくらいに、若い教員と話す時間も大切にされた。その中で、文学面白さに 気づいたもの、日本意識を高めたもの、新たな視点を得たものがいることを見ると、人 を育てる際「対話大切さ」を、他誰よりも認識されていたではないかと思えてくる。  また、先生は人に感謝する言葉を惜しまない方でもある。作業をご一緒させていただいた 8 年前外国学部開設にかかる各種行事で、自ら様々に差配を振るわれたにも関わらず、「我 が勲なきがごとく」振る舞われ、下支えしたものに感謝をされていた。その姿を思い出すと、 ともすれば自らことばかり考えがちな大学教員中にあって、周りへ配慮を欠かさない先 生存在は希有なものであり、そして見習うべきものであると感じる。
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大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

“school”=「学校」、 “lessons in things like music, dance, and tea ceremony”=「音楽や踊り、茶 道など授業」、“training”=「訓練」といった、単に辞書的な意味をそのままあてはめただけ 、「文脈」を無視した訳語選択にある。  “school”は「学校」でよいだろうか。たしかに、辞書的な意味では「学校」(と一般的にわ れわれが呼んでいるところもの)でよいだが、ことばはそれが使われるコンテクスト ― この場合は対象文化や時代背景等「小説世界」という枠組み ― 中で考え、再分析しない と適切な「意味」(したがって訳語)を与えることはできない。上記例も、そういう視点から 見れば“training”は「(日本で「習いごと」について一般的な用語である)お稽古」であ り、“lessons in things like music, dance, and tea ceremony”は「(芸者が基本的な教養として 身につけるべき)三味線やお囃子、踊り、お茶作法など」「お稽古」ということになる。 “school” はそういうお稽古を受ける場所を指す。
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存在命題の意味論的分析―フレーゲ再考― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

存在命題の意味論的分析―フレーゲ再考― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この場合、‘is wise’ や ‘growl(s)’用法と ‘exist(s)’用法と間に、どのような違いがあ るか。ムーアによれば 6) 、両者違い 1 つは、‘Tame tigers growl.’ には、ある種曖昧さ (両義性)があるが、‘Tame tigers exist.’ にはないということである。すなわち、‘Tame tigers growl.’ という文は、‘ tame tigers growl.’、‘ tame tigers growl.’、‘ tame tigers growl.’ いずれも意味することができる。そして、これら 3 つ文によって表現される命題が 真となるため条件として、少なくとも 1 匹以上虎が実際に唸る(growl)ことが必要であ る。これに対して、‘Tame tigers exist.’ には、このような曖昧さはない。‘Tame tigers exist.’ は、つねに ‘ tame tigers exist.’ だけを意味する。‘Tame tigers exist.’ と ‘ tame tigers exist.’ とは、まったく同一命題を表現する 2 つ異なった表現方法にすぎない。では、 ‘ tame tigers exist.’ や ‘ tame tigers exist.’ には意味がないか?それら文は、表面 的に何らかの意味があるように見えても、じつは何意味もない。このことがまさに、‘exist’ 用法と ‘growl’ 用法と間にある重要な違いを示している。
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