トップPDF 吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

れば「良い生活」が可能だ知った父は、一週間うち六日は「酒は一切飲まない」など、 厳格な生活規律を確立し、まことに勤勉な人生を送った。(吉田暁子 282)  若き日吉田健一は、激動する世界情勢なかで政治家として天寿を全うした実父・吉田は異なり、「言葉世界」で生きて行くことを決意し、実際その初志を貫き通したことを、吉 田健一娘・吉田暁子は読者に伝えてくれる。そしてその吉田健一は、「ただ生きるだけでな く、人生与えてくれる良いものを楽しむこと」にも重きを置いたことである。学問や芸 術全般を己実人生密に絡めて追究していこうするその好事家的生き方は、若き日英国 留学薫陶たまものであった思われる。吉田健一人生に対する態度には英国精神真髄 が感取できるからである。現に晩年 1974 年に吉田健一は、『國に就て』題する著書を刊 行しているが、そのなか「英国文化流れ」章で、文学実人生関係について持論 を展開している。そして彼はその持論を実際に己人生において実践したである。その際、 彼人生観根幹には、吉田暁子が言うところ「強靭な精神」があっただ。「勤勉な人生」 を基調した吉田健一理想的もいえるホリスティックな文筆活動豊かな実りを通して、 後代私たち現代人、特に筆者ような日本で文学を専攻する者は今、先達・吉田健一が 遺した卓抜な人文学的知性を感受し、体得しうるである。人文学領域、とりわけ文学研 究界にとって停滞・沈滞という過酷な状況下にある現代私たちは、吉田健一が後世に伝えた 偉大な足跡再評価を通して、生き直すことができるだ。よって吉田健一は、われらが救世 主たりうる存在だ、筆者は確信している。なぜなら第二次世界大戦後、少なくとも大学を中 心した日本アカデミズム世界では人文科学分野も自然科学分野同様だ考えられる風 潮が強まり、学問研究なるものはおしなべて客観的・実証的態度に徹するべきで個人感情等 を吐露してはいけないだという、まことしやかな教義が主流を占め、現に大学に籍を置く文学研究者ほとんどは己個人的感情等は封印し、権威ある学会というアカデミズム世 界にひたすら閉じ籠るようになってしまったからだ。文学研究者は、己が属する学会や大 学を中心したアカデミズム尺度・基準によって下される業績評価に一喜一憂する傾向が強 まった。しかしこれはひとつ間違えば、現実社会から逃避になりかねない思う。言わば、 大学や学会という閉じた組織・機関へ引き籠り現象である。こうした風潮に敢然と逆らい、 警鐘を鳴らしたが『太平洋戦争文学者』(研究社、1999 )著者・宮崎芳三である。宮 崎芳三は、「学問研究」という名美辞麗句に守られているがために実質的には脆弱なものな ってしまった日本文学研究界実態を、しんから憂え、活性化ため処方箋を模索した
さらに見せる

19 さらに読み込む

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Another is for there to be more ‘original’ or ‘creative’ writing. English continues to focus on enabling you to respond to the world around you. (Robert Eaglestone 133 )  私たち日本文学専攻者にとって有意義だ思われる箇所を、本稿論旨である実践知性 として文学研究視点からまず引用したが、実は著者ロバート・イーグルストンは第 1 部 第 1 章 ‘Where did English come from?’ 中で、文学という学科目がどのような歴史的背景 もとでイギリスに設置されるに至ったかを詳述している。文学本家であるイギリス事 情を知っておくことも大切であろうから、以下に、簡潔にまとめてみる:「元々文学研究なる ものはイギリス大学では受け入れられず、特に古典学教授たちにとっては無用長物であ った。ところがこの英文学は 1835 年、一つ正式な学科目としてインドにおいて誕生した。当 時インドを統治していたイギリスは、文学研究を通して現地インド人をイギリス化させよ う目論んだである。そしてやがてこれがイギリスに逆輸入されることになる。そうした逆 輸入者代表的人物が、詩人・思想家マシュー・アーノルド(Matthew Arnold)であり、 彼は当時イギリス人に文学的教養を身につけさせよう思ったである。具体的には、有益 で文明的な道徳的価値観修得が目標された。これに対して、文学を研究してもほとんど 意味がない考える一派も存在し、彼らは、教養ではなく、むしろ言語研究として文学を 志向した。こうしたせめぎあい中、1893 年オクスフォード大学に文学学位コースが導入 されたが、文学専攻は主としてフィロロジー研究を意味した。この流れが変わるは 1917 年 以降である。ケンブリッジ大学講師たちが中心なって、主としてフィロロジーから成り立 っている英語専攻コース抜本的改革を進め、やがて言語研究だけではない、今日私たちが 知っている豊潤な文学基礎が作られたである」。
さらに見せる

22 さらに読み込む

『外国語学部紀要』発刊に際して 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『外国語学部紀要』発刊に際して 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 私自身は昔も今も文才に恵まれてはいない。ただ、若き日に文学道を志してからは自ず 読書に耽溺するようになり、仕事柄、文筆活動にも勤しむようになった。しかし今、還暦を 目前にして告白をするも恥ずかしいが、文章表現に関しては未だに自信が持てないでいる。 だからこそ、表現するすべをしかと有した上述映画監督ような人たちに私は脱帽せざるを えないだ。康宇政監督ように、また佐藤真監督ように、観客を魅了する作品を創生する にはどうしたらいいか、真剣に考え込んでしまう。私たち研究者立場から言えば、どの ような文章を綴って表現すれば読み手琴線に触れることができるかということになる。 未熟な私にはこれは永遠課題である。
さらに見せる

2 さらに読み込む

北村裕教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村裕教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

昭和 46 年 4 月 関西大学大学院修士課程文学研究科文学専攻入学 昭和 48 年 3 月 関西大学大学院修士課程文学研究科文学専攻修了 昭和 48 年 4 月 関西大学大学院博士課程文学研究科文学専攻入学 昭和 51 年 3 月 関西大学大学院博士課程文学研究科文学専攻所定単位取得後退学 職 歴

3 さらに読み込む

博識無双の凛然たる人、北村裕教授 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

博識無双の凛然たる人、北村裕教授 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 当時、文学部英文学科教授であった私は、「教授」職がどうしても一名足らないという文部省 教員審査がらみ理由で、急きょ、新設総合情報学部学内移籍を大学当局から懇願され た。かの地で数十年ぶりに再会した私たちは、いわゆる弥次喜多コンビで総合情報学部外国 教育充実に日々、努めた。日本初 CNN 教材開発偉業も、北村先生主導もとで実現 した。当時 CALL 教室実質的管理・運営もすべて北村先生が仕切った。日本外国教育 を牽引する英雄謦咳に親しく接することできた私は、果報者であった。
さらに見せる

3 さらに読み込む

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この画像を見れば一目瞭然だが、「宝石箱」は jewelry case 表現されるようになって来て いる。今度は、この jewelry case に plastic を付けてみて「CD ケース」を表すかどうか調べて みた。plastic jewelry case は「プラスチック製宝石箱」を表している事が分かる。  つまり、まとめる、jewel case は「宝石箱」意味だったが、「CD ケース」を表す事もで きるようになり、「宝石箱」「CD ケース」二つ意味間で曖昧になり、「宝石箱」場 合には jewelry case が jewel case に取って代わられるようになり、曖昧さが回避されるように なって来ているである。
さらに見せる

11 さらに読み込む

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 言語間習熟度に濃淡はあれ、3 言語習得はルクセンブルク人アイデンティティー礎 であり、どの言語を欠かすわけにもいかない。ルクセンブルク人が最も得意な言語はルクセン ブルクであるが、ルクセンブルクを政治・経済・学問領域で本格的に使用するには綿密 なコーパス政策を展開せねばならず、そればかりかフランス語ドイツを主要言語するメ リットが失われることにもなるので損失は大きい。したがって、フランス語ドイツ役割 を減じるような言語政策は国益に反するだろう。言語レベルだけを考えるならば、ほとんど母 として習得が可能なドイツを主要な公用するがルクセンブルク人にとって最も現 実的な選択肢なろう。だが、ドイツに国土を占領された経験を持つルクセンブルク人にとっ て、ドイツ同じ言語を国語することには抵抗感がある。最近では、特に若年層でドイツ態度が好転しており、居心地がいい外国一位にドイツが入っている点は特筆すべきであ る。また、最も得意な言語 2 位にドイツが位置していることを考えるならば、ドイツ 使用域拡大環境が整っていることを示唆している。しかし、憲法が規定するフランス語司 法上優位性、主たる学術言語をフランス語が担う言語教育政策を守り続ける以上、フラン スを上位言語する 3 言語主義は変わらないだろう。特に、EU ではフランス語が英語並 ぶ「作業言語」(working language)として使われているため、EU 主要機関が立地するルク センブルクにとってフランス語を主要言語するメリットは計り知れないものがある。ただし、 ドイツにもフランスにも依存しない独立国であることを示すには、ドイツフランス語バ ランスを取ることが重要になる。ドイツフランス語というヨーロッパ 2 大言語を公的に 使用することで、幅広い通用性を持つインフラを提供しながら国際的な求心力を得るが小国 ルクセンブルク生き方であるからだ。
さらに見せる

14 さらに読み込む

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

必要はない判断していた。結婚リスク利点をレノックスはよく考慮し、目をよく開 いて結婚するだ。人にはそれぞれ好みがあるし、三五歳ジョン・レノックスは、エベレッ トが見かけどおり女性ではまったくないかもしれない忠告されなければならない年齢では ない。バクスターはこのように、レノックスは二人目妻として可愛いだけ女性 ― 人をも てなしたり、彼金を絵ように美しく使ったりすることに才能ある女性 ― を意図的に選 んだ思い込んだ。バクスターにはこの気の毒な男性情熱真剣な性質については何も 分からなかったし、バクスターが幻想呼ぶものにレノックス幸せがどの程度抱き込まれて しまっているかも分からなかった。彼唯一関心事は仕事を上手く仕上げることだけだっ た。人を魅了するマリアン顔に対して彼が以前持っていた関心おかげで、その分だけ彼 仕事は上手く仕上がった。性格造形におけるあの力、そして、レノックス関心を捉えた現実 あの深さを実際バクスターが肖像画中に吹き込んだことは紛れもない事実だった。しかし それは、彼がまったく意識せず悪意を持たずにしたことだった。バクスター芸術家として 気質が失望を糧にし、喜び苦悩によって脂肪を蓄え、バクスター人として部分に旺盛な 影響力を発揮した。つまり、簡単に言ってしまう、この若い男性は本当意味で芸術家だっ たということである。強力で感じやすい彼性質測り知れない奥深い所で、彼才能は彼交感し、失望諦めという重荷をキャンバス上に移し換えたであった。マリアン ちょっとした関係あと、バクスターは一生愛し続け信頼し続けることができる感じた若い 女性知り合った。この新しい感情によって目を覚まされ力づけられた彼は、古い恋愛によっ てできた不足をよりはっきりした明晰さで埋めることができた。それゆえ彼は心を込めて肖 像画を描くことができた。彼にはそれ以外に何かできることがあるなどエベレットには想像も できなかっただろう。彼は心底から正直に最善を尽くした。その確信は招かれなくても訪れ たし、そのために彼正直さはさらに優れたものなった。
さらに見せる

30 さらに読み込む

母音梯形と母音三角形 ─ 発音指導と評価 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

母音梯形と母音三角形 ─ 発音指導と評価 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 伝統的な教授法時代に出版された教科書は、正書法から始まり、文字から発音記号へ、そ して発音記号を「読む」ため発音解説があり、母音発音解説には母音相互関係図が使 われていた。コミュニカティヴ・アプローチに基づいたフランス語教科書として日本で初め て制作された『フランス語 ’90』(1990)は、口頭運用能力養成を主眼した教科書だ。しかし 口頭運用基礎であるはず発音に関する記述はまったくない。この教科書は、文法授業 平行して使用されることを想定して書かれ、発音は文法授業で扱われることが前提なって いる。この時期以降数多く出版された口頭運用ため教科書大半は、発音練習を簡略化ま たは完全に省略している。発音が文法に委譲された顕著な例は、Manuel pratique de langue française(1991)、Grammaire Lecture 2 巻で構成された教科書で発音位置づけに 見られる。Lecture は日本語では「講読編」なっているが、19 課中 17 課まで会話、つまり口 頭運用を中心に構成されている。ところが発音解説は、Lecture ではなく Grammaire 冒頭 にあり、アルファベットを含め、5 ページが割かれている。
さらに見せる

20 さらに読み込む

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

2 章   は第 1 部から第 6 部で構成されている。この本構成方法につい てミードは次ように書いている。 「これは推理小説ではない。どこから読み始めてもよい。も うすでに終わった人生というは、その人生なか様々な出来事を同時に見ることができる。 そのなか一つひとつが後ことを照らすこともあれば、前ことを照らすこともあり得る。 ……私は、この本で読者様々な好みに合うようにアレンジした。最後ページを先に読みた い人もいるだろうし、他解釈を読む前に、自分で生資料をもとに解釈することを望む 人もいるだろう。資料はいくつかかたまりで提示されている。伝記によくあるように、途中で 切られた文章や詩断片などは折り混ぜられてはいない。なぜなら、ベネディクトも私もある 程度かたまりで資料が提示されなければ、パターンや流れがわからない信じていたからで ある。」( 2)従って資料かかわりも、ミードコメント必ずしも一致するも ではない。ミード自身も章関係は、彼女がひらめいた場合にのみ一緒に提示している。 1 部ではベネディクト文化人類学出会いを、マーガレット・ミード解説をもとに書か れている。年代は 1920 年から 30 年代ものが中心なっている。この章には言語学者である エドワード・サピアベネディクト 1922 年から 1923 年にかけて往復書簡やベネディク ト自身日記も含まれており、初期ベネディクト想いを知る上で重要な箇所なっている。  1 部ベネディクトが文化人類学を始めた頃論文「平原インディアン幻視」を翻訳して いて感じたことは、論理的、科学的、そして明確に説明するという態度は感じられるが、その 表現からはそのスキルはまだ確立されたは言い難い点が感じ取れる。表現はどちらかという 古めかしく、客観的にそしてアカデミックに書こうする試みは理解できるが、彼女自身 スタイルは未だ形成されたは言い難く、読み手にとって理解を複雑化させている感じられ る。
さらに見せる

28 さらに読み込む

英語的な表現と日本語的な表現 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語的な表現と日本語的な表現 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 It happened that John fell John happened to fall という文は、どちらも「ジョンが倒れた」 という出来事を表している。しかし happen という動詞は、本来、「(出来事が)起こる」とい う意味動詞であるから、 「ジョンが倒れるという出来事が起こった」という意味で、It happened that John fell は自然であるが、John という人を主語にして、John happened to fall 言うは 不自然なはずである。しかし英語場合、主語に John という人を使って、「ジョンが起こった」 という使い方ができる。
さらに見せる

7 さらに読み込む

フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

例文及び練習問題、日本語訳など様々な言語資料・メタ言語資料を通して学習者に徐々に概念 化される仕組みになっている言えよう。 5 )記述文法学習文法から見た問題点  入門・初級フランス語教材に提示された複合過去形は「過去」というテーマ強く結びつ き、用例も過去用法中心であった。複合過去形物語テクストにおける役割、時間表示や「長 さ」を感じさせやすい状態性高い事行が複合過去形使用を妨げるものではないことは、教 育文法ではすでに取り入れられている事項であるが、今回分析で明らかになったように、一 律にすべて教材に反映されていたわけではなかった。教材に反映されている思われる場合 も文法規則として明示されていたは Alphabetix 「出来事 vs 背景説明」のみだった。もち ろん、上記事項が反映されていない教材が複合過去形学習における問題点を無視している わけではあるまい。本稿 1 章ですでに見たように、教材に記載された文法事項は教授方針、 学習段階、コミュニケーション目標など様々な要素を考慮しつつ分析しなければならない。 豊富な学習時間が期待できない大学第二外国学習現状を想定した上で、少しでも運用を 目指して作られた教材は、1 つ文法項目に関して網羅的に文法規則を記述することはないか らである。特に半過去形を学習項目に入れていない教材では 2 つ時制形を対比させる必要が ないので、複合過去形意味が機能的に示されないことが多い。たとえば、『話してみようフラ ンス』では複合過去形が教科書最後課に現れ、長さを感じさせる時間表現共起も、 状態性高い事行組み合わせも確認されていない。これは少ない学習時間を考慮して「単 純明快」に複合過去形形態的特徴過去用法典型的な例を学習しようという方法論的結論 言えるだろう。
さらに見せる

25 さらに読み込む

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

27 30 有余年大学生活を振り返って 福 井 七 子  関西大学時間は、学問を中心として私生活に彩りを添えてくださった人々おかげで、 非常に恵まれた期間だった。30 有余年にわたって、まったく波風がたたなかった時期がなかっ たは言えない。ルース・ベネディクトという複雑な女性を研究テーマ中心にしたことで、 彼女思想・文化捉え方、また彼女異文化理解に迫ろうもがき続けた年月であった。  研究性質から、私は常に一次資料を求めようした。資料集めがうまくいき、いうより 納得いくまでやり続けたいうべきかもしれないが、そして多く人々に助けられ、これまで あまり研究がなされていなかった分野を少しは明らかにできたではないか思っている。  アメリカには 6 回ほど調査旅行をした。第一回目調査旅行は実に不安な気持でいっぱいで あった。プキプシーにあるベネディクト・コレクションを中心に、エール大学や議会図書館に も出かけた。ニューヨーク図書館では思いもかけなかった資料を得ることができた。結果的 に私心配は杞憂に終わっただが、資料収集だけでは何も発信できない。収集以上に努力が 求められるは、それを読み解き、まるでジグゾーパズルように時間軸を中心に埋め込んで いかねばならない。
さらに見せる

2 さらに読み込む

福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「太平洋問題調査会その時代」共著(2010)春風社 119-159 「日本人性格構造プロパガンダ」単著(2011)ミネルヴァ書房 1-263 学術論文 “One Aspect of Nakae Chomin’s Process of Thought Expressed in Min’yaku-ron, Saku-ron, and Min’yaku Yakkai” 単著(1986)関西大学文学論集 47-64

4 さらに読み込む

存在命題の意味論的分析―フレーゲ再考― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

存在命題の意味論的分析―フレーゲ再考― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

=〈理性的生物(Mensch = vernünftiges lebendes Wesen/man = rational living entity)〉 定義するなら、「人間が存在する(‘Es gibt Menschen/There are men.’)」は、「或る生物は理 性的である(Einige lebende Wesen sind vernünftig./Some living entities are rational.)」 言い換えることができる。これは、上で「或る物体は軽い(Einige Körper sind leicht./Some bodies are light.)」を「軽い物体が存在する(Es gibt leichte Körper./There are light bodies.)」 言い換えた変換である。この逆手続きが適用可能なるためには、「…が存在す る」主語なる概念、たとえば〈人間〉)が、二つ徴表〈生物〉〈理性的〉に分解可能で なければならない。そして、この場合、分解された概念 1 つ〈生物〉は、当の概念〈人間〉を 傘下におく上位類的な概念で、分解されたもう 1 つ概念〈理性的〉は、その類的な概念を 限定する種差でなければならない。しかし、すべて概念がこのように定義(類的概念+種差) による概念分解を許すわけではない。このような分解を一般化するためには、すべて概念 上位にある一般的な概念を見つけなければならない 20) 。そのような概念は、もはやいかなる内
さらに見せる

17 さらに読み込む

稀代の目利き、福井七子先生へ贈る言葉 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

稀代の目利き、福井七子先生へ贈る言葉 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  敬愛する福井七子先生が、ご定年を迎えられ、30 余年に及ぶ関西大学学究生活に別れを 告げられる。寂しさを感じずにはおられない。先生から折に触れて頂いた数冊本を改めて見 返してみる、その寂しさが一段とこみ上げてくる。それだけ先生存在感が大きかったので あろう。

1 さらに読み込む

ピア・ラーニングに対する学習者の認識と学びのプロセス 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ピア・ラーニングに対する学習者の認識と学びのプロセス 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

として協同的学習導入を提案している。 「協同学習」「協働学習」「協調学習」などいくつか 呼び名があるが、小稿では「協同学習」または「ピア・ラーニング」を用いることにする。 1 . 3  協同学習  コンピューター技術発達を背景に、認知科学では、個人的な過程他者や周囲環境 関係性なかで、人間認知的な過程を解明しようという傾向が強まっている。協同学習は、 Vygotsky(発達心理学)社会文化的アプローチや Lave & Wenger(文化人類学)学習にお ける状況論的アプローチなどをその理論的ルーツにして発展してきた社会的構成主義を背景 している。そして、Vygotsky は、学習は他者関わり合う活動を通して発達するものである し、子ども発達水準を、自主的解決が可能な現在それ、自主的解決は不可能であって も親や教師支援下であれば解決が可能な明日発達水準に分け、後者を「最近接発達領域 zone of proximal development; ZPD 」呼んだ。一方、Lave & Wenger(1991)は「正統的周 辺参加論」(Legitimate Peripheral Participation; LPP)を提唱し、学習は、人が社会や共同体 実践に体験的に参加し、他者相互作用を通してアイデンティティを確立していく、状況 に埋め込まれたプロセス活動で、社会的かつ互恵的であるしている。認知的徒弟制度は、 この流れなかで Collins や Brown が提唱した 4 段階モデルであり、「モデリング」に始まり、 「コーチング」や「スキャフォールディング」を経て、最終段階「フェイディング」をもって
さらに見せる

11 さらに読み込む

母の糸遊び―手芸と絵本のゆたかな出会い― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

母の糸遊び―手芸と絵本のゆたかな出会い― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Mr. Wolf ? ]整理する、表現方法も、扱う内容も、また、対象読者も多岐にわたる、いろい ろな絵本に出会っていたことがわかる。  内容面について言えば、民族として歴史や価値観継承が子ども手に託されるというも が、一つ主流をなしているように思われる。そこには、子どもが手にする機会多い絵本 というメディアを通して、道をつないでいこうする大人期待努力がうかがえる。  表現手段として手芸が用いられる場合については、手作りされた作品には、あたたかみやや わらかさがあり読者に威圧感を与えないということ、そして、用いられる素材質感が、絵本 雰囲気を作り出すに大いに関与している、ということが明らかになった。手芸を選択する ことで、絵本作家は、糸や毛糸、布、紙などさまざまな材料を用い創作に挑む。絵筆代わり に選ばれた材料には制限もあるが、他方可能性も大きい。出来上がった作品には、手芸でしか 生み出すことできない効果が見られる。しかし、表現手段が絵であれ手芸であれ、絵本を読 むと、いや絵本に限らず、どんなジャンルであれ真摯に取り組まれた作品には、共通して感じ られることがある。それは、それぞれ作品を作りだすには、膨大な時間エネルギーが費や されたであろうこと、そして、それが、作品力になっているということである。制作中に、 その作り手こころなかに去来したさまざまな思いが、その作品を深化させているであろ う。それを読み取るには、読者開いた心が必要なる。
さらに見せる

16 さらに読み込む

杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

1999 年 「言語コミュニケーション教育価値観変容」日本コミュニケーション研究者会議 (岡部朗一 編) 『1998 年日本コミュニケーション会議プロシーディング 9 』pp.81 133. (単著) 2000 年 Deutschunterricht und Germanistik in Japan. L. Götze/G. Helbig/H. Anz/G. Henrici/ H.-J. Krumm/W. Veit (eds.): Deutsch als Fremdsprache. Ein internationales Handbuch

3 さらに読み込む

大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

“school”=「学校」、 “lessons in things like music, dance, and tea ceremony”=「音楽や踊り、茶 道など授業」、“training”=「訓練」といった、単に辞書的な意味をそのままあてはめただけ 、「文脈」を無視した訳語選択にある。  “school”は「学校」でよいだろうか。たしかに、辞書的な意味では「学校」(一般的にわ れわれが呼んでいるところもの)でよいだが、ことばはそれが使われるコンテクスト ― この場合は対象文化や時代背景等「小説世界」という枠組み ― 中で考え、再分析しない 適切な「意味」(したがって訳語)を与えることはできない。上記例も、そういう視点から 見れば“training”は「(日本で「習いごと」について一般的な用語である)お稽古」であ り、“lessons in things like music, dance, and tea ceremony”は「(芸者が基本的な教養として 身につけるべき)三味線やお囃子、踊り、お茶作法など」「お稽古」ということになる。 “school” はそういうお稽古を受ける場所を指す。
さらに見せる

30 さらに読み込む

Show all 10000 documents...

関連した話題