トップPDF 国際協働プロジェクト参加を通しての「学びの質」 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際協働プロジェクト参加を通しての「学びの質」 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際協働プロジェクト参加を通しての「学びの質」 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際プロジェクト参加を通して学び」 A qualitative study of learning through participation in international volunteering 八 島 智 子 This paper focuses on international volunteering projects implemented for educational purposes by a non-profit organization and reports on a qualitative analysis of participants’ experiences from the perspective of intercultural learning. The study analyzed data from nine college-level participants who were interviewed and 189 who responded to a questionnaire administered after they completed each project. The interview questions focused on various aspects of the project including the reasons why they decided to participate, how the work was organized, human relations, as well as what they believed they learned from the experi- ence. The analysis of the interviews used open coding and categorization procedures based on a grounded theoretical approach (Strauss & Cobin, 1998) and M-GTA (Kinoshita, 2007). The analysis yielded 26 categories that were graphically represented to indicate hypothesized rela- tionships between categories. The analysis of the questionnaire data used the KJ method. Here, 432 comments were abstracted to 45 subcategories then to nine major categories, which were also graphically represented. The analysis of these emergent categories and of relationships between them revealed what participants went through as they took part in these international volunteering projects as well as the impact the experience had on their self-concept, mindset, emotions, and future image of themselves.
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

と続ける。吉田健一娘・吉田暁子が父・吉田健一を冷静沈着な態度で眺めたように、吉田健 一父・吉田茂に対する眼差しは、底に実父に対する敬愛念をたたえた清冽なものである。 父・吉田茂現実主義的政治手法を直視した上で、父・吉田茂にさらなる魂啓培場、すな わち「言葉世界」を提供したかったという息子切ない想いではないだろうか。父・息子両 者生き方根底には実人生と緊密に絡んだリアリズムという精神が厳存していることに間違 いはないが、ただ、父・吉田茂にとってリアリズムというは、まさに非情な外交を主とし た生臭い現実政治を舞台にしたものを指す。そんな父に、軽妙洒脱で、考えること尊厳を重 んじる文化人・知識人たちと交遊を通じて感知できる、人間奥底にあるもうひとつ リアリズムにさらにもっと接して欲しかった、と吉田健一は述べるだ。なぜなら本来、父・ 吉田茂にはそれを受容するに足る資質があった、と吉田健一は思ったからである。また、長谷 川郁夫は、著書『吉田健一』(新潮社、2014 )なかで、父・吉田茂外務大臣就任に伴って 吉田健一は、「英語力」と「秀でた知力」とを買われ、しばらくあいだ父・吉田茂「秘書 役」と見られる立場にいたらしいが、それも短期間に終わった、と記す。そしてその後に続け て長谷川郁夫は、「父もまた、長男が政治に不向きなことを早々に悟っただろう。息子勤勉 な性質を知る父は同時に、ノンシャランな対応を認める余裕をもっていたものと思われる。こ 父と子情愛通うほのぼのとした関係は、何種かユーモラスな対談なかにも濃密にあら われている」(長谷川郁夫 229 )と、言う。父・吉田茂は、息子・吉田健一「勤勉な性質」 を見抜いていたである。ちょうど吉田健一娘・吉田暁子が父・吉田健一「勤勉な人生」 を見通していたと同じように。吉田健一は、しんそこ「勤勉な」学徒であっただ。  さて、実父・吉田茂からも実娘・吉田暁子からも「勤勉な」文学者だと認められた吉田健一 英語教育に関する所見はと言えば、それは吉田健一著『近代詩に就て 英語と英國と英國人 
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福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 福井先生と一緒に翻訳仕事を始めてから 7 年あまりになる。週に 1 回、総合研究棟 6 階研究室で会って 4 時間くらい作業をする。授業がない時はもう少し頻繁に会う。気分転換 に梅田喫茶店で作業することもある。私研究室で作業する時は福井先生が必ずデパートで おいしいお弁当を買ってきてくれる。お弁当を食べながら、まずはその週にあったできごとに ついておしゃべりをする。大学で起きたこと、うちで起きたことについて話す中で、学問に対 する、あるいは人生に対するお互いスタンスを確かめ合う。長年一緒に翻訳をしてこられた は、こうしたおしゃべりを通して福井先生経験を知り、先生価値観を学び、先生に対す る尊敬念を抱くようになったからである。
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翻訳を通して文化が規定するアブノーマルの概念を考える 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

翻訳を通して文化が規定するアブノーマルの概念を考える 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

確立した行動パターンとは異なることがあることについて上述した。異なった文化について 私たちが知る限りにおいて明らかなことは、それぞれ社会には違った性格人たちがいると いうことである。それは研究題材として扱われてはいないが、現存する資料をみると、様々 な性格が存在することは普遍的な現象である。つまり、人間が集まっているところにおいては、 人間行動にはある程度幅がある。しかし、同じ行動タイプをもつ人割合は、社会によっ て異なり、普遍的ではない。どのグループにおいても、割合はほとんど場合、文化パター ンによって形作られている。言い換えれば、ほとんど人は柔軟性をもっており、その人が生 れ落ちた社会によって自由に形作られるである。たとえばインドようにトランス状態に価 値を置く社会においては、非日常的な経験をする人が当然いることになり、ホモセクシュアル を受け入れる社会では、ホモセクシュアルが存在することになる。資産を蓄えることが人間 主たる目標と考える社会では、人々は資産を蓄えようとする。その文化によって確立された行 動パターンからはずれた行動をする人は、たえず少数である。しかし、その少数を誇大妄想を もつ大多数「ノーマル」に仕立て上げるは簡単である。それは、私たち社会においてこ れまで物質欲をもたなかった人を、社会が物質欲をもつ人に仕立て上げると同じくらい簡単 なことである。変人が比較的少数な理由は、何が正常かという明確な直感をもってその社会が 形成されているからではなく、普遍的事実として人間は与えられた枠組みに進んで合わせよう とするからである。
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ピア・ラーニングに対する学習者の認識と学びのプロセス 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ピア・ラーニングに対する学習者の認識と学びのプロセス 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

2 .問題所在と研究目的  協同学習教室授業へ導入については、競争的学習や個人的学習に比べ、学習、モチベー ション、コミュニケーション能力、相互調整能力、気づき、幅広い学習転移などに効果があ ると報告されている(Palincsar & Brown 1984;佐伯他 1998;Johnson 他 1984;三宅 2005)。  L2 日本語作文指導に協同学習を取り入れた授業効果についても、学習者相互推敲活動 を提案した池田(1998,1999,2004,2007)、松本(1999)、景山(2001)らにより、教師添 削に比べ、読み手立場や視点から作文内容に注意を払うようになるので効果的な推敲が可能 になること、また、自律的な学習が意識化されるため相互交流場を提供しやすくなることな どが指摘されている。また、カンファレンス(教師による個人指導)による作文指導に比べ、 ピア・レスポンスを取り入れた作文学習では、インタラクション多様性(池田 1999)、作文 的向上、社会的関係構築(池田 2004)が確認されことも報告されている。
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大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

に訳すという作業を通じて、言語「深い処理」ができるようになり、これによって学生 基底言語能力が強化されるとともに、L2 習得が促進されるである。 5 .大学における通訳翻訳教育位置づけ  以上述べたとおり、筆者らは大学における通訳翻訳教育を広い意味で「言語教育」一環 としてとらえ、これを従来英語(またはその他外国)教育を補完するものとして位置付 けている。ただし、筆者ら考える通訳翻訳教育は、単なる語学学習から、これを契機とした 「メタ言語能力」養成へという視点において、従来語学科目とは大きく異なっている。極限 すれば、仮に(ネイティブスピーカーようにはなれなかったという意味で)英語習得に 失敗したとしても、その学習プロセスを通じて、学生将来にとってより重要かつ本質的なメ タ言語能力を獲得することができれば、外国教育として十分に成功だと考えている。学生が 将来どの分野に進むにせよ、「ことば」に対する鋭い感受性と、十分に鍛えあげられた「基底言 能力」を備えていることが、将来、その道プロとして成功するため確かな土台作りにな るからである。反対に、いくら外国で流暢に会話ができるようになったとしても、「ことばへ 意識」や「異文化へ意識」を含めた高度なメタ言語能力が伴っていないとすれば、これは 成功とは言えないだろう。残念ながら、現在英語教育はむしろ後者道を歩んでいるように 思われる。
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オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 表向き反感を示した最初振る舞いあと、ヘンリエッタ・コングリーブは、友人かつ姉常連客としてとても喜んでオズボーンを迎えるようになった。彼は、自分が次ように考 えても馬鹿げていることにはならないと考えた。つまり、読者がどう考えようと、自分行動 全体が浮かれた愚か者それだとオズボーンが考えていないは言うまでもないこと、そして、 彼女を取り巻くほとんど若い男性よりもヘンリエッタは彼に好意を持っていると考えること である。オズボーンは自分持って生まれた資質を正しく評価していたし、感情的なことに厳 しく制限しなくても、より洗練された社会的な目的ために、ひとかどの人物になる素質も備 わっていることが分かっていた。彼はささいな事には関心がなかった。しかし、ウィルクス夫 人客間ではささいな事はほんのわずかな役割を果たすに過ぎなかった。ウィルクス夫人は単 純な女性だったが、愚かなわけでも軽薄なわけでもなかった。そして、コングリーブ嬢はさら に優れた理由でこれら欠点から影響を免れていた。グラハムがかつて多少苦々しさを込 めて次ように言うを聞いたことを思い出した。 「女性は本当は自分に何か言ってくれる男性 だけが好きなんだ。女性はいつも何かニュースに飢えているんだ」オズボーンは、コングリ ーブ嬢が通常あつめられる以上ニュースを自分がもたらすことができることを考えて満足し た。彼は素晴らしい記憶力を持っていたし観察力も鋭かった。その点についてはコングリーブ 嬢も同じだったが、社会についてオズボーン経験はもちろん彼女それよりも十倍広が りを持っていたし、彼は常に彼女不完全な推論を補足し、間違った憶測を正すことができた。 彼女憶測は素晴らしく如才がないように思えることもあったし、無邪気で愉快なこともあっ た。しかし彼は、まったく新しい事柄が持つ魅力について事実を彼女に提供できる立場に自 分がいることにしばしば気づいていた。彼は旅行をし、男女を問わずさまざまな人物に会って きたし、もちろん、通常女性が読むべきではないと考えられている多く本を読んでいた。彼 には自分強みがよく分かっていた。しかし、彼知的な資質を披露することによってコング リーブ嬢が大変楽しんだとしても、一方で、彼女関心が彼知性に非常にさわやかな影響を もたらしているようにも思えた。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

古今東西に通じ、知識を求め、国を強くしたい者もある。勉学を始める前に自ら考えなければ ならない。今、揚子江流域、沿海地方では中西学館と称し、英語を教える学校が数え切れない ほど多い)」 2) 。英語学習施設急激な増加や目的多様化が覗える。一方、それまで殆ど中国 人視野に入っていなかった日本語は日清戦争敗戦後初めて外国学習対象となった。 「為通 事為買辨以謀衣食」という英語等学習動機と異なり、日本語学習は西洋新知識を吸収する 捷径と考えられ、20 世紀初頭からブームが沸き起こった。外国遭遇により中国は相対 化され、また教科書、辞書編纂により、他言語と間に語句レベルにおいて対応関係が 築かれようとした。その過程で訳語、新語著しい増加があった。また表現様式、文型上も大 きな変容がもたらされた。幅広い接触と深い相互作用が中国を含む東アジア言語近代的 特徴である。近代言語接触は、国境地帯雑居や移民、貿易等によって引き起こされる直接 接触に比べ、新知識受容、そして伝播媒体として言語間接接触はもっと大きなウェー トを占めている。前者は口頭を主とすることが多く、生活、物質名称借用やピジン言語な どの現象を引き起こすが 3) 、後者は主として文章を通して現れ、抽象的語彙発生や文章形 式変革を促進する。
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国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Key words international collaboration, conflict resolution, facilitation skills 1 .ASEP 教育効果  毎年 12 月最終週、中華民国高雄市において、AJET (Advanced Joint English Tele commu- nication)と WYMC (World Youth Meeting Committee)が主催し、高雄市政府、國立中山大学、 高雄高級中学、他後援により ASEP (Asian Student Exchange Program)が開催されている。 そこでは、アジア各国(台湾、日本、韓国、インドネシア、マレーシア)から中学・高校・大 学生が集い、ICT を活用した事前交流、2 カ国協同英語プレゼンテーション、対面交流を通じ た国際交流活動が行われている。(昨年度で 11 回目:[http://www.kageto.jp/asep/2010/]参照)  この ASEP による教育効果とは、一言でいうと「実践による学び奥深さ」である。このこ とは、ネイティブ・アメリカンが遙か昔に気づいており、次ような諺として先祖代々語り継 がれている:
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ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

るさびれた裏通り入口にいた。むさ苦しい家屋が私たち前に並んでいた。アイルランド人 浮浪児が家入口と溝間で六人ばかり私たち足もとで寝そべっていた。 「分かった!分か った!」彼は叫んだ。「分かりました ― 分かりました!」「何が分かったですか?」という 問いに対して、彼は次ように答えた。 「科学が長年にわたって探し求めてきたものです ― 測 り知れないものに対する解答です!おそらく、私運命でもあります。間違いなく私永遠 生命です!急いで、急いで!消え失せてしまう前に書きとめなければなりません」そして彼 薄汚い宿に私を急がせた。戸口で彼は立ち止まった。 「今は話すことができません」と彼は叫ん だ。 「まず書きとめなければならないです。しかし、今晩公演を聞きにきて下さい。最初ひ らめきがやってきたとき、私は一気にお話しすることができると思います」公演には必ず行く と約束した。そのとき、大佐部屋窓から不吉なファーゴー教授顔が見えた。それまで私 は大佐情熱で興奮していたが、教授出現で体からさっと熱が引いた。大佐突然ひらめ きは素晴らしいものであったかもしれないが、自分宿屋根下で同僚に会ったというショ ックせいで、せっかくひらめきをつかみ損なうではないかと心配した。一瞬彼をそのま ま姿勢にしておくため口実を見つけ、教授姿が見えなくなってしまうを待った。次 瞬間扉が開き教授が入ってきた。彼は急いで帽子をかぶっただろう。ふんぞり返った彼い つもの歩き方究極ように勢いよく一方に傾いていた。エクセルシオール・ホールと きよりも明らかに彼は上機嫌だった。しかし、教授微笑もしかめ面も正直者それではなか った。大佐と私に極めて寛容な微笑を向け、反対方向に帽子を傾け、前をとおり過ぎようと した。しかし、彼は突然思い直して立ち止まり、ポケットから黄色い小さなチケットを取り出 して私によこした。エクセルシオール・ホール入場券だった。
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プロジェクト授業の実践と課題 外国語教育フォーラム|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

プロジェクト授業の実践と課題 外国語教育フォーラム|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

とするプロジェクト授業において、学習者評価をどの程度成績に盛り込むかは現実的な問題 として議論余地がある。グループや学習者によっては自己評価基準を甘く設定する場合もあ り、ここでも教員による調整は不可欠である。  こうした問題解決方法として、学習者評価と教員評価を比較し、両者ズレを互いに確認 することを提案する。つまり学習者に教員側視点を提示し、その重要性認識を働きかける ことが重要ではないだろうか。たとえば、「グループにどの程度貢献したか?」「要点をいかに 簡潔に説明したか?」「説明スピードは適切か?」といった教員側評価がなぜ重要なかを 議論させ、自己評価に対して多様な評価基準があることを自覚させるである。これによって より多角的な自己評価が可能となり、グループへ貢献とモチベーション維持につながって いくと考えている。
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アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 目に見える影響を暗くて古い町に与えるローマ初春空気は、ご存知とおり不思議な魅 力があるけれども、どちらかというと外国体にはしばしば辛いことがある。北アフリカか ら熱風が二週間途切れることなく続いたあと、ワディントン夫人活発だった気分が落ち込 んだ。彼女は「熱病」にかかるではないかと心配し、急いで医者と相談した。医者は、何も 心配することはなく彼女に必要なは単なる気分転換だと言った。そして、一ヵ月ほどアルバ ーノに行くことを勧めた。というわけで、二人女性はスクロープ付き添いもとアルバー ノに行くことになった。ワディントン夫人は親切にも私も一緒に来るよう誘ってくれた。しか し、親戚者がローマにやって来ることになっていて、私は彼らためにガイド役を引き受け ることになっていたので、ローマに残っていなければならなかった。機会があればアルバーノ を訪れると約束だけはしておいた。私叔父とその三人娘は申し分ない観光客で、私には 次から次へとすることがあった。しかし、週末にはやっと約束を果たすことができた。私は宿 に泊まっている彼らを発見し、二人女性が、汚れた石造り床としわ寄った黄色いテーブ ルクロスについて意識を、窓から見える霧かかった海ように広大なローマ平原について 恍惚とした黙考に溶け込ませているを見た。景観は別として、彼らは楽しい日々を過ごし ていた。その地域美しさと山間見慣れない古い町美しい近郊を思い出していただきたい。 その地方は早咲き草花が咲き誇っており、私友人たちは野外空気中で暮らしていた。 ワディントン夫人は水彩画スケッチをし、アディナは野生花々を摘んでいた。スクロープ は満足気に二人間を行ったり来たりして、時折、ワディントン夫人絵の具使い方やアデ ィナスイセンとシクラメン組み合わせについて歯に衣をきせない酷評をしていた。みんな とても幸せそうで、嫌味ではなく私はもう少しで、神々からもっとも望ましい贈り物とは、 自身欠点なさに対する終始変わらない確信ではないかと思うところだった。しかも、心に やましいところある恋人でさえ、アディナ・ワディントンような自分人生における予想 もしない愛らしさ存在によって、当然報いというものが存在することが信じられなくなる ということがあるかもしれない。
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

必要はないだと判断していた。結婚リスクと利点をレノックスはよく考慮し、目をよく開 いて結婚するだ。人にはそれぞれ好みがあるし、三五歳ジョン・レノックスは、エベレッ トが見かけどおり女性ではまったくないかもしれないと忠告されなければならない年齢では ない。バクスターはこのように、レノックスは二人目妻として可愛いだけ女性 ― 人をも てなしたり、彼金を絵ように美しく使ったりすることに才能ある女性 ― を意図的に選 んだだと思い込んだ。バクスターにはこの気の毒な男性情熱真剣な性質については何も 分からなかったし、バクスターが幻想と呼ぶものにレノックス幸せがどの程度抱き込まれて しまっているかも分からなかった。彼唯一関心事は仕事を上手く仕上げることだけだっ た。人を魅了するマリアン顔に対して彼が以前持っていた関心おかげで、その分だけ彼 仕事は上手く仕上がった。性格造形におけるあの力、そして、レノックス関心を捉えた現実 あの深さを実際バクスターが肖像画中に吹き込んだことは紛れもない事実だった。しかし それは、彼がまったく意識せず悪意を持たずにしたことだった。バクスター芸術家として 気質が失望を糧にし、喜びと苦悩によって脂肪を蓄え、バクスター人として部分に旺盛な 影響力を発揮した。つまり、簡単に言ってしまうと、この若い男性は本当意味で芸術家だっ たということである。強力で感じやすい彼性質測り知れない奥深い所で、彼才能は彼 心と交感し、失望と諦めという重荷をキャンバス上に移し換えたであった。マリアンと ちょっとした関係あと、バクスターは一生愛し続け信頼し続けることができると感じた若い 女性と知り合った。この新しい感情によって目を覚まされ力づけられた彼は、古い恋愛によっ てできた不足をよりはっきりとした明晰さで埋めることができた。それゆえ彼は心を込めて肖 像画を描くことができた。彼にはそれ以外に何かできることがあるなどエベレットには想像も できなかっただろう。彼は心底から正直に最善を尽くした。その確信は招かれなくても訪れ たし、そのために彼正直さはさらに優れたものとなった。
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

5 .ドイツ外国? ― 言語間距離と言語教育  ドイツ屋根なし外部方言を造成して作られたルクセンブルクは、ドイツと同じ西ゲ ルマン系派に属すため、当然ながらドイツ距離は極めて近い。Sokal et al.(1992)で は、Ruhlen(1991)による言語学的分析に依拠しながら、主要な印欧語距離を樹形図であら わしている。それによるとルクセンブルクはドイツやオランダと同じグループに属して いて、言語間距離はとても近くなっている。その距離は、ポルトガルとガリシア、スペ インとカタルーニャ、チェコとスロバキア、デンマークとスウェーデンとノルウ ェーなどと同等と評価されている。これに対して、ルクセンブルクとフランス語と距離 ははるかに遠い。数字で表すと、ルクセンブルクとドイツ距離がおよそ 0.9 程度とする と、ルクセンブルクとフランス語距離は 15 程度にもなる(Sokal et al. 1992: 7671)。ちな みにルクセンブルクと英語距離はおよそ 2.9 程度であることから、英語はドイツより距 離が遠いが、フランス語よりはるかに近い。言語距離が近ければ学習が容易になるが、同時 に転移(transference)が発生しやすくなるという問題もある。しかし、転移による混同を避 ける学習よりも、まったく異なる形式を学習する方がはるかに難しい。したがってルクセンブ ルク言語系統が同じドイツ語は、ルクセンブルク母語話者にとって最も学びやすい 言語である。
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北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  我々が敬愛する北村 裕先生が、65 歳定年を迎え、本学をご退職になられる。言葉では言 い表せない、強い寂しさを感じずにはいられない。  北村先生とは、お互い前任校時代から数えて、もう 25 年を越えるおつきあいとなる。私が まだ 20 代後半、先生が 40 代前半時であった。学会でお会いしたが初めてであったが、そ 素晴らしい英語力には感服するしかない、と印象を覚えた。その後、先生が長期留学経 験を一切持たず、日本でのみ英語を学んできたという話を聞き、ふたたび驚いた次第である。 また、ご研究面でも、パソコンという言葉がまだ一般化していない時代に UNIX ワークス テーションを駆使して、まさに外国教育工学という言葉にふさわしい業績を打ち立てられて いた。その後も、ベルギー著名な心理学者 G. d’Ydewalle 先生と共著で眼球運動に関する認 知心理学的研究を行われたり、米国 CNN 社と契約して英語教育教材を開発されたりと、常に フロントランナーとして、面目躍如たる活躍を続けられていた。これらに加えて、恩師大西 昭男先生(関西大学元学長・理事長)薫陶を十分に受け、幅広い分野で深い教養をお持ちで もあった(更にフルート名手でもある)。このように、私からすれば、北村先生は真に仰ぎ見 るような存在であった。その先生と、国際研究大会実行委員会メンバーとして、またその後 は、(先生が愛してやまない)関西大学同僚としてご一緒させていただき、間近に接する機会 が持てたことは、後研究者・教育者として人生に大きな影響を与えたことは言うまで もない。
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

意味で共通悩みなではないかと思っている。ベネディクトが抗い難い時代軋轢に悩みな がら、いうならば当時社会絶対的な基準や常識と考えられていたことに対してどのように 対応し、諸問題をいかにして切り崩していこうとしたか、彼女底知れぬ強さと忍耐過程 は猛烈な模索期間であるとともに、彼女個を求めていくことに繋がっていくことでもあった。  マーガレット・ミードとベネディクトは一時期、同性愛関係にあったことは事実である。 しかし、その関係は長くは続かなかった。本著を翻訳している過程で、私たちは何度も同性愛 やフェミニズムについて討論した。同性愛という観点からベネディクトをとらえ、書かれた著 書もある。それも研究として可能かもしれない。しかし、ベネディクト書いたものに触れて いると、そのように結論を出すは少し短絡的ではないかと感じさせられる。ベネディクトは 理屈っぽく、幼いころには自分自身をコントロールできず、激しい癇癪に悩まされていた。自 分気持ちを理解してくれる相手を希求していた。ミードとは違い、ベネディクトは自分気 持ちを率直に外に出すタイプ人ではなく、内にこもっていくタイプ女性であった。肉体的 なハンディ、つまり片方聴力が極端に悪かったことも一因かもしれない。しかし、それだか らこそ、一時期ミードがベネディクトに果たした大きな役割は、重要なものであったことも想 像に難くない。聞き取れない講義をミード援助によってハンディを軽減されたも大きな助 けとなったであろう。性格においてもミードとは異なるが故に、惹かれるものがあったも事 実であろう。ミードにとっても、ベネディクトは魅力ある人間であった。
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ゴードン・スコット・ジョンソン教授 略歴及び主要業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ゴードン・スコット・ジョンソン教授 略歴及び主要業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

(National Poetry Foundation)この本はフェノロサと平田喜一による能原稿訳文 転写で著者計 15 名 謡曲錦木(pp. 87-130)杜若(pp. 239-261)を担当  学術論文 “The Fenollosa-Hirata Manuscripts on Noh, and How Ezra Pound Edited Them” 単著  昭和 53 年  国際学者会議紀要第二十三号 pp. 49-59

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英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性回避について Some Notes on Avoiding Lexical Ambiguity in English Usage 奥 田 隆 一 Takaichi Okuda This paper aims to investigate how they avoid lexical ambiguity in English Usage. In order to understand the ways they disambiguate words or expressions, we are going to take three types of ambiguous expressions: the third finger, jewel case, and email. These expressions are ambiguous in some situations, but they use some means to disambiguate them: (1) register factors, (2) synonymous derived words, (3) a different expression.

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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

一連会話中で二言語を織り交ぜながら併用する CS は、二言語併用中でも特に動的なも であるといえよう。  ソ連崩壊後旧ソ連諸国では、基幹民族 2) (titular nation)中心国家運営一環として、各 基幹民族を「国家(state language)」として推進する言語政策が実施されてきた。キルギ ス共和国では、国家であるキルギスに加え、ソ連時代に広く普及したロシアが「公用 (offi cial language)」として定められ、首都を中心として現在もなお様々な領域で使用されてい る。すなわち、同国では公的に二言語主義が実施されているである。その一方で、特に行政 や学術分野でキルギス普及が進まない現状が問題視され、語彙整備や辞書出版など、 同言語をあらゆる領域で使用するため取り組みも行われてきた。その過程では、国会議員に 対してロシアを混合せずに「純粋な」キルギスを話すよう要請が行われるなど 3) 、一部で CS がキルギス普及障害として表現される傾向が見られる。このように、CS 現象存在自 体は現地人々によっても広く認知され、言語政策上主要な論点 1 つとなっている。また、 国内外研究者や現地メディア、そして一般人々によってもある種社会現象(キルギス とロシアを混合する話し方)として指摘されてきたが、これまでその実態は、事実上、学術 的に解明されてこなかった 4) 。
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博識無双の凛然たる人、北村裕教授 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

博識無双の凛然たる人、北村裕教授 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 私畏敬する人生友、北村裕教授が満 65 歳定年を迎えて本学を退かれる。言い知れない 寂寥感を覚えてならない。  外国学部前身である外国教育研究機構(2000 年 4 月発足)機構長を 4 年半長きに 亘って務められた北村教授は、当時学長コーナーならびに全学共通教育推進機構と度重な る交渉・折衝に骨身を惜しまず専心された。日本外国教育学に高遠な理想を掲げ、変通自 在才に長けた北村教授犀利で俊敏な学内行政感覚は、類いまれなものであった。戦国時代 争乱世に生きる武将勇姿そのものであった。解決すべきすべて懸案事項に対して北村 機構長は、うわべを糊塗したり言い逃れたりはせず、責任は一身に背負い、正々堂々と真正面 から対峙された。志操堅く信義に篤かった。はたで見ていて清々しく、私は常に畏怖念を抱 かざるをえなかった。
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