トップPDF ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「そうです!」と彼は言った。「肉体と魂が一緒でなければならないという恥ずべき必要性へ さもしい譲歩なんです。ときどき、たとえ一時間でも耐えられないと感じるときがあります。 このような犠牲を払って真実について語るを聞いてもらうくらいなら、たとえ運命命ずる ところにしたがって溺れようとも、あの厚かましいペテン師と別れた方がましだと感じるとき があります。黙って口を閉じ、あの男卑劣な詐欺行為に対して少なくとも私は何要求もし ないと主張することで万事おさまっているですが、彼と付き合っていること自体が制裁であ り、あのいまいましい見世物に参加していることが純粋な真実へ冒涜なです。ご覧とお り、私は不幸にも何かを信じてしまったです。知ってしまったです。そして知性に関して は、毒を含んだくずを口にするか、真科学という熟した甘い果実を口にするかが重要である と考えているです!私は毎晩目を閉じ、顎を固定し、歯を噛みしめているです。しかしあ くだらない戯言を聞かざるを得ないです。始めから終わりまで恥ずべき嘘塊です。 今ではもうすべて暗記してしまいました。立ち上がって私にもぺらぺらと話すことができます。 それは一日中私耳で鳴り響いています。長い布きれをかぶせたテーブル下に屈み込んでテ ーブルを叩いている恐ろしい夢を見るです。外に教授が立っていて聴衆に向かって『これは アルキメデス霊です』と言うです。そして、私は息苦しくなってテーブルをひっくり返し 千人も前に詐欺師共犯者として登場するです。私無視された人類へメッセージ 価値があまりにも大きく、あまりにも計り知れないので、私がそれを口にすることを可能に する手段は正当だと信じることができる瞬間があります。黄金島に向かって航海するときは、 力を誇示する海賊がその船を大洋に引っぱっていってもかまわないです。そのような気分で、 目をつぶって聞かないようにしながら壁にもたれて陰に座っているときは、本当に聞こえない です!私心ははるか遠いところにあるです ― 空中に浮かび、発明翼に乗って高く舞 い上がっているです。しかし突然、忌まわしい現実が私に襲いかかるですが、ここに座っ ているが本当私 ― 山ような黄金よりも一粒科学的真理が貴重だと考えている私 ― だという自分感覚が信じられなくなるです!」
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 エベレットは約束朝に父親であるエベレット氏エスコートで現れた。エベレット氏 は物事を望ましい形式で行うことを大変誇りにしており、あらかじめバクスターに紹介されて いた。バクスターとマリアンと間に短いが丁寧な挨拶が交わされ、その後で二人は仕事に取 りかかった。エベレットはバクスター希望や思いつきに気持ち良く応じ、同時に、どういう ことをすべきでどういうことはすべきでないかについて多く確信を臆することなく披露した。  彼女確信が的を得ており彼女希望は余すところなく共鳴できるものであることにその若 い芸術家はまったく驚かなかった。頑迷で不自然な偏見と折り合いをつけることも、自分最 善意図を近視眼的な虚栄心犠牲にすることも要求されないことが彼には分かった。  エベレットが中身ない女性であるかどうかということはここで言及されることではない。 しかし少なくとも、彼女は次ことを理解するだけ分別は持ち合わせていた。つまり、蒙を 開かれた聡明さ関心は、それが絵画主たる目的であるだから、画家視点から見て良い ものであるべき絵によって最も良く満たされなければならない。さらに、彼女名誉ために 以下ことをつけ加えてもいいだろう。絵画が、その情熱持続というまがい物 ― へたな模 倣 ― 以上何かになるためには、情熱要請によって遂行された絵画にどんなに偉大な芸術 真価が適切に付与されるべきであるか、彼女は余すところなく理解していた。そして、彼自 身ためであれ他人ためであれ、非論理的で利己的な関心介入ほど芸術家情熱を冷めさ せてしまうものはないことを、彼女は本能的に悟っていた。
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あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「何も知らないですって!驚かさないで下さい。町人が彼に『こんにちは』と挨拶するだ けで、すべて秘密が明らかになりますわ。」  「ああ!君が考えているほど人は私たちことなど気にしていないよ。僕たちだってそうだ ろ?僕たちだって他人不品行を心配している時間などないよ。ねえ、程度差はあっても他 人たちだって同じさ。船が座礁して木っ端微塵になって、浮かんでいる丸太にしがみついて 陸にたどり着こうとしている人間は、波と格闘している他人になんか目もくれないよ。彼ら 目は海岸に釘づけになっていて、彼らが考えるは自分安全だけさ。人生では私たちはみん な荒れた海を漂っているさ。私たちはみんな富や愛や余暇といったどこか乾いた土地を目指 してもがいているんだよ。波うねりや私たちがけり上げる波しぶきが目に入り、他人が言 ったりしたりしていることは彼らには聞こえないし見えないんだよ。私たちが這い上がって乾 いた所まで登ったとして、私たちは彼らことを気にするかね?」
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ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

と約束してくれた使用人ことについて何度も思いを馳せた。また、母親が食料で一杯にして くれるであろう戸棚食品様々な種類についても自分想像力を自由に飛び回らせていた。 また、ウェディングドレスを田舎に持ってくるは馬鹿げていると考えそれを家に置いてきた だが、絹薄紫色合いや裾正確な長さについて記憶を新たにしたい強い衝動を感じた。 読者皆さんはエマが単純で洗練されたところない人物であることがお分かりになるであろ うし、彼女結婚生活がささやかな喜びと悩みごとで構成されていることを知るであろう。彼 女は単純でやさしく、可愛いくて若かった。彼女は夫をこよなく愛していた。彼もそろそろ真 剣に結婚生活を始める時期だと感じ始めていた。彼気持ちは、彼仕事部屋や空いたままに なっている机や、彼がいない間に来た手紙を開けておいてくれと同僚に頼んでおいた手紙中 身に戻りつつあった。デイヴィッドも単純で飾らない人物だった。彼は自分妻が最高に美し い女性だと思っていたが ― あるいはまさにそうだからこそ ― 人生は、怠けていると大挙し て押し寄せてくる苦々しく残酷な日々避けがたい雑事と危険とに満ち溢れていることを忘れ ることができなかった。要するに、彼は幸せだった。そして、これ以上何努力もせずに幸せ を手にしていることが正しいこととは思えなかったである。
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オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し、頭はコングリーブ嬢ことでいっぱいで、目は絶えず彼女顔を見ていた。ときどき彼女 と視線合うときがあった。激しい嫌悪感がふつふつと胸にわき起こった。ヘンリエッタ・コ ングリーブに必要なは、彼女が他人を利用したと同じように彼女も人に利用されることだ と彼は独り言を言った。明らかに今牧師を利用していると同じように。水流中ほどで空し く底を手探りしながら、耳まですっぽり彼は恋に落ちていた。その間、乾いた靴を履いたまま 彼女は水辺に座っているだった。彼女は教訓を学ぶ必要があった。しかし、誰がそれを彼女 に与えることができるだろうか?彼女すべて師が知っている以上ことを彼女は知ってい るだ。男性は彼女に近づき、魅了され虜になるだけだった。もし彼女が、自分と同じほど明 晰な頭脳、活発な想像力、不屈意志を持つ者、あるいは師と仰ぐ者に出会いさえすれば!テ ーブルをひっくり返し、彼女出先をくじき、彼女を虜にし、そして突然時計を見て別れ挨 拶をする、そんな男性に出会いさえすれば!そうすれば恐らくグラハムも安心して眠りにつく ことができるだろう。人心をもてあそぶということがどういうことか彼女にも分かるであろ う。というのも、彼女心は、まるでブロンズに対するガラスようなものだからである。オ ズボーンはテーブルを見まわした。しかし、カーペンター夫人招待客には、彼が心に描く ― ブロンズ心と水晶頭を持つ ― 英雄にほんのわずかでも似ている男性はいなかった。彼ら はまさに、若い女性をそばにはべらせるが似合う若者たちに過ぎなかった。しかし、ヘンリ エッタ・コングリーブはそのような女性一人ではなかった。彼女は舞踏会にいる単に軽薄な 女性ではなかった。彼女しぐさにはどこか真剣で高貴な何かがあった。それは知的な喜びで あった。誠実な男性心を最後一滴まで飲み干し、恐ろしい食品に白い花を咲かせるだっ た。オズボーンが辺りを見わたすと、周囲存在、サンドウィッチやシャンパンことを 一瞬忘れてしまったかように見える若い女性に目がとまった。彼が彼女ことを見ている に気がつくと、もちろん、その女性はすぐに目皿に視線を落とした。しかしオズボーン は彼女視線意味を読み取った。それ ― まだ清純さ残る乙女視線 ― は、容易に翻訳 できる言葉で、「あなたこそ私が探し求めていた男性です!」と語っているように思われた。つ まり簡単に言うと、オズボーンさん、あなたは何て素敵な方なんでしょう、ということである。 オズボーンは脈が速くなるを感じた。彼計画は始まっただ。彼際立った容姿がコング リーブ嬢心を傷つけるに十分な装備だというわけではなかったが、少なくともそれは彼 任務を外に向かって表現するものだった。
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アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

念につきまとわれた。ついにその疑念があまりにも大きくのしかかってきたので、私は小型 馬車を雇い再びアルバーノに戻った。午後遅く宿に到着したが、スクロープたちに宿で会える かどうか分からなかった。実際、彼らは散歩に出かけていて、宿主人も彼ら行先を知らな かった。彼らが帰って来るまでその小さな汚い町をぶらぶらする以外にすることがなかった。 アルバーノ湖ほとりカプチン派修道院を覚えておられるだろうか?私はそこまで歩いて 行った。教会入り口がまだ開いていたので、私は中に入って行った。夕暮れが教会隅に忍 び寄っていたが、何か信仰上儀礼か、多くろうそく灯りで祭壇は明々と照らされていた。 薄暗い中で、ろうそく灯りは絵ようにきらきらと輝いていた。あちらこちらでひざまづい た人影がぼんやりと自ら存在を示していた。それは組み合わされた明暗が織りなすちょっと した作品だった。私は座ってそれを楽しんでいた。しばらくして、私近くに座っている若い 女性が熱心に祈っている姿に気がついた。手は膝上に組んで置かれていた。顔は上を向き、 奇妙に開いた目は光輝く祭壇を見つめていた。ご存知とおり、私たちは家庭暖炉輝き 中で様々なことを想像するものだ。この若い女性はろうそく中で恍惚とするような啓示 を読み取っているように見えた。彼女表情がとても特異で、それが彼女正体を偽装してい たので、自分がアディナ・ワディントンを見ているだという認識は突然衝撃とともにやっ て来た。私は彼女同行者を探したが、彼女は一人ようだった。彼女をこっそり観察する権 利は私にはないように思えたが、彼女に声をかける気にも黙って立ち去る気にもなれなかった。 夕闇がせまっていた。彼女に連れがいないとはどういうことなだろう?彼女は残り人たち を待っているだと私は結論づけた。多分スクロープは、ご婦人たちには許されない特権、つ まり、修道院テラスから夕日を見るために中に入って行き、ワディントン夫人はスケッ チためメモをとるために教会外をぶらぶらしているだろう。私は向きを変え教会側 壁に沿って反対側にいるその若い女性に近づいた。今度は私が近づいてくることに彼女が気づ いた。祭壇から目を離して私方を向き、しばらく私顔を見つめていたが、どうやら私だと 気がつかなかったようである。しかし、ついに彼女がゆっくりと立ち上がったとき、彼女が私 に気づいたことが分かった。彼女はカトリック教徒になり異端者である友人たちと袂を分かつ 準備をしているだろうか?
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ゴードン・スコット・ジョンソン教授 略歴及び主要業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ゴードン・スコット・ジョンソン教授 略歴及び主要業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

(National Poetry Foundation)この本はフェノロサと平田喜一による能原稿訳文 転写で著者計 15 名 謡曲錦木(pp. 87-130)杜若(pp. 239-261)を担当  学術論文 “The Fenollosa-Hirata Manuscripts on Noh, and How Ezra Pound Edited Them” 単  昭和 53 年  国際学者会議紀要第二十三号 pp. 49-59

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杉谷眞佐子教授のご退任に際し感謝をこめて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

杉谷眞佐子教授のご退任に際し感謝をこめて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Internationales Handbuch (Walter de Gruyter)を杉谷先生と 1 巻ずつ分担して学会誌に書評 を執筆する機会をいただきました。また、言語論、文化論教科書として使用することを想定 して企画された『ドイツが織りなす社会と文化』(関西大学出版部)では、杉谷先生も編著者 お一人として尽力され、私も論文と翻訳を 1 編ずつ掲載させていただきました。教育分野に おいても、学内外で開催されるドイツ教授ワークショップなどに、ご一緒させていただ く機会が多々ありました。この分野権威でいらっしゃる杉谷先生が、若い大学院生と競い合 いながら授業で使うゲーム練習をしておられた姿は、実にチャーミングでした。思い起こせ ば、ドイツ教育道を共に歩ませていただけたことで、新たな道が拓けたことに感嘆するば かりです。しかし、ニーチェがいうように、建物大きさは離れて見なければわかりません。 その足跡本当大きさを私たちが理解できるは、先生が関西大学を離れられてからだと思 っています。
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「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

として文学者苦悩や秘めた思いを追求する松浦和夫は、著書『文学者 知られざる真実』 (2012) 中で以下ように記している。  いったんは法学部客員教授になり、そこから転じた慶応 SFC 教授職に江藤は適 応することができなかった。その学部はコンピュータと語学を重視して世界に通用す る学生を育てるだそうだ。江藤は IT 技術を嫌った。SFC 教員へ事務連絡はす べて E・メールでなされていたが江藤教授には事務職員が書類を持参していた。効率 だけでは学問はやれぬと学部雰囲気にも違和感を擁いていた。『SFC は慶応か』と つぶやき三田にあるというアカデミズムに最後まで共感していた。江藤は三田にある 法学部で、研究室からイタリア大使館裏庭が見えると喜んでいた。彼妹が嫁いだ 国大使館である。学生時代に自分通った三田キャンパスとその周辺に蓄積された 伝統街に江藤は郷愁を感じていた。ほかでもない福沢諭吉が開いた三田キャンパス に教授として通うことを夢見ていただ。かつて閉ざされた夢を。(松浦和夫 46)  現に江藤は著書『作家は行動する』(1959)において、自然科学的研究態度よりも、人間を 相手にする文学的態度を好んでいる様子が見て取れる。江藤にとって湘南藤沢キャンパス環 境情報学部は、文学的本領を発揮できる場所ではなかったようである。
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想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 帯文案は縦書きで、「空前絶後 宗教史家ミルチャ・エリアーデ 中心思想と方法論を  余すところなく捉えた、新進気鋭 28 歳 スペイン人哲学研究者 マルセリーノ・アヒース・  ビリャベルデ恐るべき才能をつぶさに伝える 学会デビュー作、本邦初登場」というもので あった。じつは、これがわたしいちばんお気に入り「訳者自装」本にほかならない。  この本については、エリアーデ『イメージとシンボル』(せりか書房)を訳された和光大学 名誉教授、前田耕作氏が、読書新聞 〔2013 年(平成 25 年)7 月 19 日(金曜日)〕 に書評を寄せてく ださった。それによると、〈エリアーデ伝記をふくめた最初本格的な研究書邦訳は、デイ ヴィッド・ケイヴ『エリアーデ宗教学世界』(せりか書房・1996 年/原題:新しいヒュー マニズムへミルチャ・エリアーデ視線・1992 年)が初めてであった。ケイヴ著作も次 年に刊行されたダニエル・デュビュイッセンもまた「エリアーデと聖なるもの」(『20 世紀神 話学―デュメジル/レヴィ・ストロース/エリアーデ』・1993 年)を主題としながら、それら より先に刊行されていたアヒース=ビリャベルデ処女作でもある本書(1991 年・サンティア ゴ・デ・コンポステーラ大学出版局)にはまったくふれていない。本書邦訳が刊行されなけ れば、エリアーデ「中心思想と方法論」淵源を歴史的に抽出し、その思考枠組みを緻密 かつ包括的に論じた本書を私たちがついに目にすることはなかったかもしれない〉。
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関西大学図書館所蔵ちりめん本の整理 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

関西大学図書館所蔵ちりめん本の整理 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

13丁 表紙裏 Told to Children by Mrs. T. H. James(表紙) T. HASEGAWA, TOKYO 著者住所 東京市麻布区市兵衛町十八番地(奥付) 画工住所 東京市京橋区築地二丁目三番地 印刷者住所 東京市京橋区山下町二十二番地 裏表紙裏に、JAPANESE FAIRY TALE SERIES 広 告あり。No. 1から20までと、Extra No.、さらに、AINO FAIRY TALE SERIES, Nos. 1-3を載せる。ちりめん本 と平紙があり、Nos. 1-6, 7-12, 13-18, Each in One Volume となっている

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物語理論と翻訳 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

物語理論と翻訳 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 語り手はいつでも語り手として物語言説に介入できるだから、どんな語りも、定 義上、潜在的には一人称でおこなわれていることになる…。 (287) すなわち、すべて物語は原理的には一人称物語であり、そこに何らかの区別があるとすれ ば、それは「物語内容を語らせるにあたって、『作中人物』一人を選ぶか、それともその物語 内容には登場しない語り手を選ぶか、という選択」(287)のみであるということです。物語 水準と人称問題をひどく乱暴にまとめてしまうと、「水準」は「誰が語っているか?」とい う問題で、「人称」は「誰が見ているか?」という問題であると言うことができます。  ヘンリージェイムズ作品に『メイジー知ったこと』という小説があります。この小説 は少女「視点」から出来事が眺められているわけですが、この物語を語っているは少女で はありません。一読するとお分かりいただけるように、幼い女の子がとうてい使わないような 語彙や文構造が頻繁に出てきます。つまり、見ているは女の子であるけれども、語っている は成人、しかもかなり高度な言語運用能力を備えた大人ということです。そして、現実には あり得ないような『メイジー知ったこと』物語言説こそがこの小説魅力でもあるわけです。  逆に、J. D. サリンジャーに『ライ麦畑でつかまえて』という有名な小説があります。この を眺めているは成人した「僕」ですが、物語語りは高校生だったとき「僕」という構 造になっています。つまり、『メイジー知ったこと』とは逆に、「視点」方が大人で「語り」 方が子どもだというわけです。そしてそのことが、この小説持つ魅力となっているわけで す。このように、物語における「語り」や「視点」問題は、単なる形式的な問題ではなく、 物語内容と深く結びついているということがお分かりいただけると思います。
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

と続ける。吉田健一娘・吉田暁子が父・吉田健一を冷静沈着な態度で眺めたように、吉田健 一父・吉田茂に対する眼差しは、底に実父に対する敬愛念をたたえた清冽なものである。 父・吉田茂現実主義的政治手法を直視した上で、父・吉田茂にさらなる魂啓培場、すな わち「言葉世界」を提供したかったという息子切ない想いではないだろうか。父・息子両 者生き方根底には実人生と緊密に絡んだリアリズムという精神が厳存していることに間違 いはないが、ただ、父・吉田茂にとってリアリズムというは、まさに非情な外交を主とし た生臭い現実政治を舞台にしたものを指す。そんな父に、軽妙洒脱で、考えること尊厳を重 んじる文化人・知識人たちと交遊を通じて感知できる、人間奥底にあるもうひとつ リアリズムにさらにもっと接して欲しかった、と吉田健一は述べるだ。なぜなら本来、父・ 吉田茂にはそれを受容するに足る資質があった、と吉田健一は思ったからである。また、長谷 川郁夫は、著書『吉田健一』(新潮社、2014 )なかで、父・吉田茂外務大臣就任に伴って 吉田健一は、「英語力」と「秀でた知力」とを買われ、しばらくあいだ父・吉田茂「秘書 役」と見られる立場にいたらしいが、それも短期間に終わった、と記す。そしてその後に続け て長谷川郁夫は、「父もまた、長男が政治に不向きなことを早々に悟っただろう。息子勤勉 な性質を知る父は同時に、ノンシャランな対応を認める余裕をもっていたものと思われる。こ 父と子情愛通うほのぼのとした関係は、何種かユーモラスな対談なかにも濃密にあら われている」(長谷川郁夫 229 )と、言う。父・吉田茂は、息子・吉田健一「勤勉な性質」 を見抜いていたである。ちょうど吉田健一娘・吉田暁子が父・吉田健一「勤勉な人生」 を見通していたと同じように。吉田健一は、しんそこ「勤勉な」学徒であっただ。  さて、実父・吉田茂からも実娘・吉田暁子からも「勤勉な」文学者だと認められた吉田健一 英語教育に関する所見はと言えば、それは吉田健一『近代詩に就て 英語と英國と英國人 
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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 CS 研究に関するレビュー論文である田崎(2006: 65)が指摘するとおり、これまでに異なる 二言語併用コミュニティを対象とする研究によって、様々な CS 機能リストが提案されてき た。それらには共通する部分も多く見られるが、対象とするコミュニティによって全く異なる 機能が含まれている場合もある。本稿冒頭部で指摘した通り、キルギスとロシア CS は、近年 CS 研究傾向とは異なり、多数派であるキルギス人間で頻繁に観察されること が特徴である。また、キルギス共和国では CS が言語政策上主要な論点となり、CS をめぐる 言説が活発に展開されているという背景も大きな特徴として指摘できる。以上を踏まえ、キル ギスとロシア場合に顕著に見られるが、他事例には当てはまらない機能有無を検討 することが、今後探究すべき課題 1 つとして挙げられよう。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

タームが使用されているが、New Idea and New Terms(1913)著者 A. H. Matter(著名な 宣教師狄考文未亡人)も認めているように宣教師が作成した文法関係タームは 1913 年時点 では一般に認められなかった 13) 。西洋人によって西洋言語で著された著作や辞書などは、西洋 言語学枠組み中で中国音韻、文法、語彙について記述することでは一応成功を収め たと言ってよいであろう。しかしその中国で書かれた著作は、中国読者に言語に関する研 究において新たな道筋を示すには十分ではなかった。馬建忠『馬氏文通』(1898)や厳復 『英文漢詁』(1904)はいずれも直接西洋文献から知識を受容したものである。西洋言語学に関 する知識多くが日本語を学習する過程で導入されたことはこれまでに指摘されていなかった 事実である。言語学タームは、その大多数を日本語から借用したということがこの点を如実 に物語っている。言語「科学」的研究は、明治期日本学者も目指した目標であることを 付け加えておきたい。中国を含む言語研究近代化過程において、外国、特に日本影響 等について解明しなければならない点が多々ある。
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福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「ルース・ベネディクトが遺したもの」(1996)新潟県長岡市特別文化講演会 「ルース・ベネディクト研究をめぐって」(1997)立命館大学言語文化研究所 「『菊と刀』著者ルース・ベネディクトからメッセージ」(1999)市整会研修会 テーマ『日本・日本人を探る IV』「『日本人行動パターン』を読む」(2003)中央市民大学教 養講座

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北村裕教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村裕教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

宇佐見太市,北村裕,河合忠仁,山本英一,竹内理(共編)(2002)『外国研究 : 言語・文 化・教育諸相』ユニウス出版 Kitamura, Y., K. Horii, O. Takeuchi, K. Kotani & G. d’Ydewalle. (2003). Determining the param- eters for scrolling text display technique. In Hyona, J. & others ( Eds. ), The Minds’ Eye:

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『外国語学部紀要』発刊に際して 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『外国語学部紀要』発刊に際して 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

宇佐見 太 市  大阪十三にある第七藝術劇場で、柳家小三治ドキュメンタリー映画『小三治』を観た。 康宇政監督が当代随一噺家・柳家小三治に三年以上も密着して撮り続けた作品である。エド ワード・サイード魂に心打たれ、それを伝えたいという衝動に駆られた佐藤真監督が、己 感性で創出し、世に問うた作品『エドワード・サイード OUT OF PLACE』とイメージが重な った。両者とも、それぞれ被写体人間像がみごとに映し出されている。ふだん著作を通じ て読者が知りうるエドワード・サイード像からいくぶん漏れた未知なる部分を佐藤真監督が観 客にそっと垣間見させてくれたように、康宇政監督も、高座にかけられる小三治師匠完成さ れた芸内側に潜む噺家・小三治人間性をさりげなく表出した。四六時中、落語と格闘し続 けるひとり噺家ひたむきな生き方を私たちはここに見てとることができた。
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 2009 年頃より、翻訳を中心に研究を深めている。翻訳をするにあたって、英語ニュアンス も含め、著書深遠な部分理解が求められる。これは私個人的な思いだが、バイリンガル な人とよぶことができるは菊地敦子先生をおいて私は知らない。何年にもわたって菊地先生 と行なっている翻訳・解釈セッションは私仕事に励みと力を与えてくれている。菊地先生 と仕事はこれからも当分続くことになるが、これまた結構なことである。
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北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  我々が敬愛する北村 裕先生が、65 歳定年を迎え、本学をご退職になられる。言葉では言 い表せない、強い寂しさを感じずにはいられない。  北村先生とは、お互い前任校時代から数えて、もう 25 年を越えるおつきあいとなる。私が まだ 20 代後半、先生が 40 代前半時であった。学会でお会いしたが初めてであったが、そ 素晴らしい英語力には感服するしかない、と印象を覚えた。その後、先生が長期留学経 験を一切持たず、日本でのみ英語を学んできたという話を聞き、ふたたび驚いた次第である。 また、ご研究面でも、パソコンという言葉がまだ一般化していない時代に UNIX ワークス テーションを駆使して、まさに外国教育工学という言葉にふさわしい業績を打ち立てられて いた。その後も、ベルギー著名な心理学者 G. d’Ydewalle 先生と共著で眼球運動に関する認 知心理学的研究を行われたり、米国 CNN 社と契約して英語教育教材を開発されたりと、常に フロントランナーとして、面目躍如たる活躍を続けられていた。これらに加えて、恩師大西 昭男先生(関西大学元学長・理事長)薫陶を十分に受け、幅広い分野で深い教養をお持ちで もあった(更にフルート名手でもある)。このように、私からすれば、北村先生は真に仰ぎ見 るような存在であった。その先生と、国際研究大会実行委員会メンバーとして、またその後 は、(先生が愛してやまない)関西大学同僚としてご一緒させていただき、間近に接する機会 が持てたことは、後研究者・教育者として人生に大きな影響を与えたことは言うまで もない。
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