トップPDF ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ウイドブロがこの詩集に載せた詩編は、「額絵」として鑑賞されることを意識してか、どれも が短い。比較的に長い「急行列車」でも、2 ページに収まってしまう程度 40 行に過ぎない。 そのことが、本質的に斬新なを、新しい手法に不慣れな読者にとっても分かりやすいものに している。またグリスが指摘していることだが、用いられる単語も、観念的で日常になじまな い、奇を衒ったようなものではなく、より詩人身の丈に応じた平易な言葉になっている。キ ュビスム画家が『北極美点であるとするこの特徴は、パリとは違い、この種に 対して一切免疫を持たなかったスペイン詩人たちあいだに熱心な支持者を得た一因とな った。そうしたなかで誕生したが、スペインにおける最初前衛主義ウルトライスモである。 彼らは、シュルレアリスムがその中心に常にブルトンを抱いたようにはウイドブロをその懐に 迎えることをせず、むしろ反力を高めていったが、1922 年に機関紙「ウルトラ」が廃刊となり 運動が解消した後も、スペイン底流にその反響を残した。
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トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

  , by Thomas Locker. New York: Harcourt, Inc., 2001.  「大自然が踊る」というテーマ第三弾で、前二作構成を踏襲している。テキストは三人称 視点から書かれおり、様々な偉大な山々姿を映し出している。巻末に載せられたクリスチ ャンセン、および地理学者ドナルド・フィッシャー(Donald Fisher)による科学的説明に助け られ、それら山々がどのように作られたか、また変化していくかを読者は知る。アメリカ合 衆国内よく知られた山々が例として挙げられており、地学、地理テキストとしても読める、 面白い趣向絵本である。短い時間で変化する水とは異なり、山々が何万年かけてダンスを踊 っていると捉えられているところがユニークである。最後見開きでは、たくさん星がきら めく群青色空を背景にした山々姿を描き、“Beneath the stars, / mountains dance their slow dance / that goes on and on / in the endless beauty of the universe.” というテキストが配され ている。読者を悠久彼方へと誘い、宇宙神秘を感じさせる。
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大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

に訳すという作業を通じて、言語「深い処理」ができるようになり、これによって学生 基底言語能力が強化されるとともに、L2 習得が促進されるである。 5 .大学における通訳翻訳教育位置づけ  以上述べたとおり、筆者らは大学における通訳翻訳教育を広い意味で「言語教育」一環 としてとらえ、これを従来英語(またはその他外国)教育を補完するものとして位置付 けている。ただし、筆者ら考える通訳翻訳教育は、単なる語学学習から、これを契機とした 「メタ言語能力」養成へという視点において、従来語学科目とは大きく異なっている。極限 すれば、仮に(ネイティブスピーカーようにはなれなかったという意味で)英語習得に 失敗したとしても、その学習プロセスを通じて、学生将来にとってより重要かつ本質的なメ タ言語能力を獲得することができれば、外国教育として十分に成功だと考えている。学生が 将来どの分野に進むにせよ、「ことば」に対する鋭い感受性と、十分に鍛えあげられた「基底言 能力」を備えていることが、将来、その道プロとして成功するため確かな土台作りにな るからである。反対に、いくら外国で流暢に会話ができるようになったとしても、「ことばへ 意識」や「異文化へ意識」を含めた高度なメタ言語能力が伴っていないとすれば、これは 成功とは言えないだろう。残念ながら、現在英語教育はむしろ後者道を歩んでいるように 思われる。
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

量、すなわち、外国教育と深く関連する母語・早期英語教育・ネイティヴスピーカー等問 題に寄せる気概と厳粛な認識、そしてその志操には敬服せざるをえない。  月刊雑誌『新潮』〈2009 年 1 月号〉「特別対談:日本危機とウェブ進化」において水 村美苗は、インターネット専門家である梅田望夫と対談し、その場で日本語将来に対する 強い危機感を吐露している。「西洋ロゴスに地球が支配されないために、非西洋国語と して日本語を維持していく。それこそが人類的ミッションではないか」(水村美苗/梅田望夫  347)と揚言する水村美苗は、対談者梅田望夫相手に深い焦慮に駆られつつ、「グローバリゼ ーションというけれど、その一方にはグローバリゼーションに回収できないローカルというか、 個別的なものがある。それは人間が地球さまざまな土地に住み、さまざまな母語を話してい る限り、必然的に存在するものですよね。だから、ローカルであることを意識しつつ、そのロ ーカルな環境で生きる運命をどう引き受けるかということを、日本で書くことでもって人類 に向けて示していかなければならない。すべて人が人類に向って直接書くを目指す必要は ない。あえて言えば、人類という抽象的な対象に向けて書かれたことと、ローカルな人間に向 けて書かれたことがちがうを日本人が日本語で読み書きして示すことが、人類へ貢献にも なると思うんです。すべて人が英語という人類で書いてしまったら、世界はとても退屈な ものになってしまう。…………………グローバルなものに回収しきれない世界存在を訴え続 けることこそ、パブリックな行為だと思うんですよ」(水村美苗/梅田望夫 355)と、持論を ぶつ。英語支配という問題に敢為精神で立ち向かう水村美苗肩肘張らない率直な意見を 傾聴するに如くはないだろう。新たな主体性確立を希求して日本語世界に帰って行った吉 田健一と水村美苗決断勇気は、筆者心に漣が立つ。
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ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「そうです!」と彼は言った。「肉体と魂が一緒でなければならないという恥ずべき必要性へ さもしい譲歩なんです。ときどき、たとえ一時間でも耐えられないと感じるときがあります。 このような犠牲を払って真実について語るを聞いてもらうくらいなら、たとえ運命命ずる ところにしたがって溺れようとも、あの厚かましいペテン師と別れた方がましだと感じるとき があります。黙って口を閉じ、あの男卑劣な詐欺行為に対して少なくとも私は何要求もし ないと主張することで万事おさまっているですが、彼と付き合っていること自体が制裁であ り、あのいまいましい見世物に参加していることが純粋な真実へ冒涜なです。ご覧とお り、私は不幸にも何かを信じてしまったです。知ってしまったです。そして知性に関して は、毒を含んだくずを口にするか、真科学という熟した甘い果実を口にするかが重要である と考えているです!私は毎晩目を閉じ、顎を固定し、歯を噛みしめているです。しかしあ くだらない戯言を聞かざるを得ないです。始めから終わりまで恥ずべき嘘塊です。 今ではもうすべて暗記してしまいました。立ち上がって私にもぺらぺらと話すことができます。 それは一日中私耳で鳴り響いています。長い布きれをかぶせたテーブル下に屈み込んでテ ーブルを叩いている恐ろしい夢を見るです。外に教授が立っていて聴衆に向かって『これは アルキメデス霊です』と言うです。そして、私は息苦しくなってテーブルをひっくり返し 千人も前に詐欺師共犯者として登場するです。私無視された人類へメッセージ 価値があまりにも大きく、あまりにも計り知れないので、私がそれを口にすることを可能に する手段は正当だと信じることができる瞬間があります。黄金島に向かって航海するときは、 力を誇示する海賊がその船を大洋に引っぱっていってもかまわないです。そのような気分で、 目をつぶって聞かないようにしながら壁にもたれて陰に座っているときは、本当に聞こえない です!私心ははるか遠いところにあるです ― 空中に浮かび、発明翼に乗って高く舞 い上がっているです。しかし突然、忌まわしい現実が私に襲いかかるですが、ここに座っ ているが本当私 ― 山ような黄金よりも一粒科学的真理が貴重だと考えている私 ― だという自分感覚が信じられなくなるです!」
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 言語間習熟度に濃淡はあれ、3 言語習得はルクセンブルク人アイデンティティー礎 であり、どの言語を欠かすわけにもいかない。ルクセンブルク人が最も得意な言語はルクセン ブルクであるが、ルクセンブルクを政治・経済・学問領域で本格的に使用するには綿密 なコーパス政策を展開せねばならず、そればかりかフランス語とドイツを主要言語とするメ リットが失われることにもなるので損失は大きい。したがって、フランス語とドイツ役割 を減じるような言語政策は国益に反するだろう。言語レベルだけを考えるならば、ほとんど母 として習得が可能なドイツを主要な公用とするがルクセンブルク人にとって最も現 実的な選択肢となろう。だが、ドイツに国土を占領された経験を持つルクセンブルク人にとっ て、ドイツと同じ言語を国語とすることには抵抗感がある。最近では、特に若年層でドイツ態度が好転しており、居心地がいい外国一位にドイツが入っている点は特筆すべきであ る。また、最も得意な言語 2 位にドイツが位置していることを考えるならば、ドイツ 使用域拡大環境が整っていることを示唆している。しかし、憲法が規定するフランス語司 法上優位性と、主たる学術言語をフランス語が担う言語教育政策を守り続ける以上、フラン スを上位言語とする 3 言語主義は変わらないだろう。特に、EU ではフランス語が英語と並 ぶ「作業言語」(working language)として使われているため、EU 主要機関が立地するルク センブルクにとってフランス語を主要言語とするメリットは計り知れないものがある。ただし、 ドイツにもフランスにも依存しない独立国であることを示すには、ドイツとフランス語バ ランスを取ることが重要になる。ドイツとフランス語というヨーロッパ 2 大言語を公的に 使用することで、幅広い通用性を持つインフラを提供しながら国際的な求心力を得るが小国 ルクセンブルク生き方であるからだ。
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「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Another is for there to be more ‘original’ or ‘creative’ writing. English continues to focus on enabling you to respond to the world around you. (Robert Eaglestone 133 )  私たち日本英文学専攻者にとって有意義だと思われる箇所を、本稿論旨である実践知性 として英文学研究視点からまず引用したが、実は著者ロバート・イーグルストンは第 1 部 第 1 章 ‘Where did English come from?’ 中で、英文学という学科目がどのような歴史的背景 もとでイギリスに設置されるに至ったかを詳述している。英文学本家であるイギリス事 情を知っておくことも大切であろうから、以下に、簡潔にまとめてみる:「元々英文学研究なる ものはイギリス大学では受け入れられず、特に古典学教授たちにとっては無用長物であ った。ところがこの英文学は 1835 年、一つ正式な学科目としてインドにおいて誕生した。当 時インドを統治していたイギリスは、英文学研究を通して現地インド人をイギリス化させよ うと目論んだである。そしてやがてこれがイギリスに逆輸入されることになる。そうした逆 輸入者代表的人物が、詩人・思想家マシュー・アーノルド(Matthew Arnold)であり、 彼は当時イギリス人に文学的教養を身につけさせようと思ったである。具体的には、有益 で文明的な道徳的価値観修得が目標とされた。これに対して、英文学を研究してもほとんど 意味がないと考える一派も存在し、彼らは、教養ではなく、むしろ言語研究として英文学を 志向した。こうしたせめぎあい中、1893 年オクスフォード大学に英文学学位コースが導入 されたが、英文学専攻は主としてフィロロジー研究を意味した。この流れが変わるは 1917 年 以降である。ケンブリッジ大学講師たちが中心となって、主としてフィロロジーから成り立 っている英語専攻コース抜本的改革を進め、やがて言語研究だけではない、今日私たちが 知っている豊潤な英文学基礎が作られたである」。
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オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し、頭はコングリーブ嬢ことでいっぱいで、目は絶えず彼女顔を見ていた。ときどき彼女 と視線合うときがあった。激しい嫌悪感がふつふつと胸にわき起こった。ヘンリエッタ・コ ングリーブに必要なは、彼女が他人を利用したと同じように彼女も人に利用されることだ と彼は独り言を言った。明らかに今牧師を利用していると同じように。水流中ほどで空し く底を手探りしながら、耳まですっぽり彼は恋に落ちていた。その間、乾いた靴を履いたまま 彼女は水辺に座っているだった。彼女は教訓を学ぶ必要があった。しかし、誰がそれを彼女 に与えることができるだろうか?彼女すべて師が知っている以上ことを彼女は知ってい るだ。男性は彼女に近づき、魅了され虜になるだけだった。もし彼女が、自分と同じほど明 晰な頭脳、活発な想像力、不屈意志を持つ者、あるいは師と仰ぐ者に出会いさえすれば!テ ーブルをひっくり返し、彼女出先をくじき、彼女を虜にし、そして突然時計を見て別れ挨 拶をする、そんな男性に出会いさえすれば!そうすれば恐らくグラハムも安心して眠りにつく ことができるだろう。人心をもてあそぶということがどういうことか彼女にも分かるであろ う。というのも、彼女心は、まるでブロンズに対するガラスようなものだからである。オ ズボーンはテーブルを見まわした。しかし、カーペンター夫人招待客には、彼が心に描く ― ブロンズ心と水晶頭を持つ ― 英雄にほんのわずかでも似ている男性はいなかった。彼ら はまさに、若い女性をそばにはべらせるが似合う若者たちに過ぎなかった。しかし、ヘンリ エッタ・コングリーブはそのような女性一人ではなかった。彼女は舞踏会にいる単に軽薄な 女性ではなかった。彼女しぐさにはどこか真剣で高貴な何かがあった。それは知的な喜びで あった。誠実な男性心を最後一滴まで飲み干し、恐ろしい食品に白い花を咲かせるだっ た。オズボーンが辺りを見わたすと、周囲存在、サンドウィッチやシャンパンことを 一瞬忘れてしまったかように見える若い女性に目がとまった。彼が彼女ことを見ている に気がつくと、もちろん、その女性はすぐに目皿に視線を落とした。しかしオズボーン は彼女視線意味を読み取った。それ ― まだ清純さ残る乙女視線 ― は、容易に翻訳 できる言葉で、「あなたこそ私が探し求めていた男性です!」と語っているように思われた。つ まり簡単に言うと、オズボーンさん、あなたは何て素敵な方なんでしょう、ということである。 オズボーンは脈が速くなるを感じた。彼計画は始まっただ。彼際立った容姿がコング リーブ嬢心を傷つけるに十分な装備だというわけではなかったが、少なくともそれは彼 任務を外に向かって表現するものだった。
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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 だが、同じく表 1 が示すように、A も B も、日常生活においては二言語を併用あるいは混合 していることに注目する必要がある。特に A は、キルギスを学んでいる外国人と話す際には、 ロシアが混ざらないよう努力すると証言しており、当該インタビューにおいては、主となる 言語がキルギスである通常会話に比べ、CS 発生頻度が特に低かった可能性が考えられ る。C も同様に、日常生活における言語使用について「ある人とはロシアで、別人とはキ ルギスで話す」と証言しており、いずれか言語が主となる言語として選択される場合があ ることも十分考えられる。すなわち、本稿で明らかになった CS 頻度とパターン・特徴が、各 インフォーマントに常に当てはまるわけではないである。
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国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Key words international collaboration, conflict resolution, facilitation skills 1 .ASEP 教育効果  毎年 12 月最終週、中華民国高雄市において、AJET (Advanced Joint English Tele commu- nication)と WYMC (World Youth Meeting Committee)が主催し、高雄市政府、國立中山大学、 高雄高級中学、他後援により ASEP (Asian Student Exchange Program)が開催されている。 そこでは、アジア各国(台湾、日本、韓国、インドネシア、マレーシア)から中学・高校・大 学生が集い、ICT を活用した事前交流、2 カ国協同英語プレゼンテーション、対面交流を通じ た国際交流活動が行われている。(昨年度で 11 回目:[http://www.kageto.jp/asep/2010/]参照)  この ASEP による教育効果とは、一言でいうと「実践による学び奥深さ」である。このこ とは、ネイティブ・アメリカンが遙か昔に気づいており、次ような諺として先祖代々語り継 がれている:
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

五、中国近代化と東アジア近代化  ある国言語変化問題を、伝統的言語から近代民族国家言語へ進化にまで広げて考え た場合、われわれは次ような事実に直面する。表意文字(または音節文字、形態素文字とも 呼ばれる)である漢字には、ヨーロッパやアジアその他古典言語(ラテン語、ギリシャ、 ヘブライ、アラビアなど)に備わっている宗教的神聖性がない。しかしそれは、漢字が言 を超えた表記システムとなることを妨げなかった。漢字は東アジア各国に、古 テクスト 典と言語記 録手段を提供し、漢字文化圏と呼ばれる文化共同体を形成させた。漢字文化圏にとって、漢字 存在は書面による表現を可能にしたが、同時に、漢籍規範性によって言語使用者表現 自由が著しく束縛される結果をもたらした。このため、漢字文化圏域内各言語は「国語」 として成立する場合、脱漢文過程を経なければならない。しかし漢字は、様々な議論が交わ され、多く改革が実施されたにもかかわらず、その地位が揺らぐことはなかった 14) 。それば かりか、漢字文化圏では、正に漢字によってこそ西洋近代新知識受容を実現したである。 現在すでに漢字を使用していない国「国語」においても、「漢字」ならず「漢音」が書き 言葉主要部分を占めているである 15) 。
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アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 目に見える影響を暗くて古い町に与えるローマ初春空気は、ご存知とおり不思議な魅 力があるけれども、どちらかというと外国体にはしばしば辛いことがある。北アフリカか ら熱風が二週間途切れることなく続いたあと、ワディントン夫人活発だった気分が落ち込 んだ。彼女は「熱病」にかかるではないかと心配し、急いで医者と相談した。医者は、何も 心配することはなく彼女に必要なは単なる気分転換だと言った。そして、一ヵ月ほどアルバ ーノに行くことを勧めた。というわけで、二人女性はスクロープ付き添いもとアルバー ノに行くことになった。ワディントン夫人は親切にも私も一緒に来るよう誘ってくれた。しか し、親戚者がローマにやって来ることになっていて、私は彼らためにガイド役を引き受け ることになっていたので、ローマに残っていなければならなかった。機会があればアルバーノ を訪れると約束だけはしておいた。私叔父とその三人娘は申し分ない観光客で、私には 次から次へとすることがあった。しかし、週末にはやっと約束を果たすことができた。私は宿 に泊まっている彼らを発見し、二人女性が、汚れた石造り床としわ寄った黄色いテーブ ルクロスについて意識を、窓から見える霧かかった海ように広大なローマ平原について 恍惚とした黙考に溶け込ませているを見た。景観は別として、彼らは楽しい日々を過ごし ていた。その地域美しさと山間見慣れない古い町美しい近郊を思い出していただきたい。 その地方は早咲き草花が咲き誇っており、私友人たちは野外空気中で暮らしていた。 ワディントン夫人は水彩画スケッチをし、アディナは野生花々を摘んでいた。スクロープ は満足気に二人間を行ったり来たりして、時折、ワディントン夫人絵の具使い方やアデ ィナスイセンとシクラメン組み合わせについて歯に衣をきせない酷評をしていた。みんな とても幸せそうで、嫌味ではなく私はもう少しで、神々からもっとも望ましい贈り物とは、 自身欠点なさに対する終始変わらない確信ではないかと思うところだった。しかも、心に やましいところある恋人でさえ、アディナ・ワディントンような自分人生における予想 もしない愛らしさ存在によって、当然報いというものが存在することが信じられなくなる ということがあるかもしれない。
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社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

比較データからみえる諸々イデオロギー *  現在二つイデオロギーが対立している。対立する価値観やイデオロギーによって国々が戦 う争いはそれほど多くはなく、両サイドが同じものを得ようとする戦いが多い。しかし枢軸国 は自分価値観を広めることに対してあからさまで極端であった。そのため民主主義国家は一 般的な書籍や新聞を通して自由イデオロギーを熱烈に掲げてそれに反論した。ナチス国家は このような軟弱な自由に対するイデオロギーを否定した。指導者へ服従と「新しい秩序」 ため自己犠牲を掲げ、そこではより劣った人種が奴隷となり、支配者と能力ある者に服従す る。両者こうした価値観衝突なかにあって、文化人類学者として私たちは、文化相対主 義プロとしてスタンスを保ち、市民として関わっているにしても懐疑論者であるべきな だろうか。そうすることが私たち伝統的なやり方だった。そして私たちが自覚しなければな らないことは、一般市民が文化人類学から学んだ最初で最も重要なレッスンは、すべてこと が相対的であるということである。「文化相対主義」という言葉は一般的に使われ、文化という ものが何なかを全く知らないような人にまで使われている。「相対主義」は今日、心理学や社 会学教科書にも表れている。極端な例として教科書 William Graham Sumner, Folkways 1) (ボ
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

にとって、彼は信じざるを得なかっただが、愛は趣味悪い気晴らしに過 ぎなかったのだ。彼は激しい気性男性だった。彼はすぐ要点に触れた。  「マリアン」と彼は言った。「君は僕を欺いていたんだね。」  マリアンは彼が何ことを言っているかよく分かっていた。彼女には、自分が自分婚約 にうんざりしていることがよく分かっていた。そして、ヤング氏やキング氏に対する彼女振 る舞いがどんなに無邪気なものであっても、それはバクスターに対する重大な裏切りだった だ。彼女はダメージを受け、二人婚約はすっかり破棄されたと感じた。スティーブンが中途 半端な言い訳や否定に納得しないことは分かっていたが、彼女にはそれ以外に伝えられるもの がなかった。いくら言葉を費やしても完全な告白にはならなかっただろう。そこで彼女は、気 に揉むことをやめてしまった「将来」を守ろうとはせず、単に自分威厳だけを守ろうとした。 生まれつき半分冷笑的な落ち着いた性格によって彼女威厳は当面間十分守られた。しか し、同じ品ないこの落ち着きために、冷酷で浅はかだという印象がスティーブン記憶 中に残った。そしてそれは、少なくともその記憶中では、真実重みと価値あるものを求め る彼女にとって永遠に致命的であることが宿命づけられていた。彼女に説明を求め、彼女振 る舞いに介入しようとするスティーブン権利をマリアンは否定した。婚約を解消しようとい う彼提案を彼女はほとんど予期していた。彼女は涙という単純なロジックを使うことさえ否 定した。当然、このような状況では二人話し合いは長いものではなかった。
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 バッファローに行く前から私は「物書き」をしていました。ある夏日、オワトナから帰っ て牧場家にいた時、ウィルおじさんが私儲けを数えていました。彼は私が 10 点ノートに書 き取ったら、1 ドルくれると言いました。何を書いたかは覚えていませんが、大きな誇りと責 任を感じたを覚えています。母は子どもが書いたものに対して、子どもだからといって甘や かして、誇張した値段をつけるはよくないと思ったかもしれません。しかし、その頃私が感 じていたマージェリー器用さとうまくバランスをとるためには仕方ないと思ったかもしれ ません。バッファローでマージェリーが土曜日に美術学校に行き始めると、私は家で文を書い て母に見てもらいました。4 月吹雪について書いたを今でも覚えています。それはこんな ふうに始まります。 「春日差し日々を通して、お日さまは地球と交わり、毎日とてもとても 素敵でした。」それはような拍子であったことがとても気になりました。でも他にどのよう に表現したらいいか分かりませんでした。この頃までに、私はかなり本を読んでいました。 ディケンズ、特にデイビッド・コパーフィールド、そしてスコット、特に「アイヴァンフォー」。 でもそこから学ぶことは特にありませんでした。この時期までに読んだ本で聖書に優る本はあ りませんでした。ルツ(旧約聖書一書)話はラモーナより良く、ジョブはロングフェ ローより良いと思いました。今でも最初聖書を持っており、それは注意深く赤と黒線が引 いてあり、一所懸命に書いた文章ページがはさまれています。バッファローに移った時から マージェリーと私は教会に行くと、週に 5 セントもらい、日曜学校で聖書 3 節を 1 日におぼ え、日曜日には 6 節おぼえると 1 ペニーもらえました。私は何十も章を暗記しました。 「エバ ンジェリン」と「ヒアワサ」は高尚なものだと聞いていましたが、私はあまり好きではあ りませんでした。
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『水鏡』におけるビセンテ・ウイドブロの創造主義的手法の展開 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『水鏡』におけるビセンテ・ウイドブロの創造主義的手法の展開 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 第四連“Llueve sobre los espectadores / Y hay un ruido de temblores.”(「観客たち上に雨 が降り/震える音が伝わる。」)で降る雨は、商業化初期には屋外で上映されることもあった 映画観客たちを襲ったものか。ずぶ濡れになった人々は、寒さに身を震わせている。しかし ながら、この雨は、物理的な現象として雨、ただ空から落ちてくる水滴ではない。2 行目に おける “temblor”という使用は、この時期におそらくまだ具体的な構想を得ていたとは思 えないが、それでも『アルタソル』以後代表的な散文詩、Temblor de cielo『天震』を思い 起こさせる。この震えはヨーロッパ大地を揺るがすものか、それとも人々おののきか。い ずれにせよ、包含する空間規模はきわめて大きなものへと移っている。
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アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ギブズ先生は、名門オックスフォード大学ニューカレッジ卒業生であり、ゴールズワーゼ イ特待生でもあった。私が学会発表でオックスフォードトリニティカレッジへ行く際には、 「ニューカレッジあたりも良いですよ。あそこは 007 ジェームズ・ボンドが卒業した設定に なっているですよ」とお話になられていたが、自らが卒業生であることは少しも語られなか った。ご専門 1 つである日本文化話になっても、「間違っているかもしれませんが」と前置 きをしながら、造詣深さが滲み出るお話をされていた。常に、謙虚で、穏やかな語り口が先 生特徴といえるだろう。それでいて、どこかに少しユーモアを隠して話しをされる。たまに 私がそれに気づくと、茶目っ気たっぷりに目配せをしてくださったことが何度かあった。  先生はまた優しい人でもある。もう 10 数年前ことだが、世間話で、肩こりに悩まされてい ると話をすると、後日「この ointment がよいですよ」と、それをわざわざ買い求めて持参して くださるなど、若輩私などにも細やかな気遣いをされた。大学を去られることになった時も、 「まだ私にやれることがあれば、何でもお手伝いをしますよ」と非常勤で科目担当も自ら申し
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フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

―学習コンセプト  教材学習コンセプトは大きく 2 種類に分けられる。Alphabetix、『話してみようフランス 』、『場面で話すフランス語 1』はフランス語でコミュニケーションを行うことを念頭に編ま れた教材である。特に後二者はそのタイトルが明示すように、フランス語で発信する能力を養 成することを念頭において製作されている。Alphabetix と『場面で話すフランス語 1』では機 能・概念シラバスが採用されている。前者では各課に単一あるいは複数社会的あるいは機能 的コミュニケーション目標(ex. 自己紹介する、注文する、情報を求める)が設定される。後 者では各課に「家族」「持ち物」ような大きな概念テーマがあり、そのテーマに応じて「家族 について話す」「持ち物を言う」などコミュニケーション各場面が展開される。文法要素や 語彙・表現はこれらコミュニケーション目標を実現するため「道具」として配置されてい る。『話してみようフランス語』は機能・概念シラバス他に文法項目がテーマとなることもあ る(ex. 6 課:~へ行く、~から来る、8 課:~するつもり、~したばかり)。一方、『ピエール とユゴー』と『カジュアルにフランス語』は、実践的な会話練習を取り入れながらも、伝統的 な文法中心学習進度に従って構成された教材である。前者は物語主人公である二人少年 が旅途中で出会う事柄(ex. 3 課:切符がない)が各課会話エピソードとして取り上げら れる。後者は 4 技能養成を重視する傾向に対応するため、「無理なくフランス語基礎がバラン スよく身につく(『カジュアルにフランス語』「はじめに」より)」ことを目標としており、大学 生日常生活場面(ex. 4 課:映画、9 課:キャンパスで)を題材に各課会話が作られてい る。両者ともに会話は日常的で自然なフランス語になるよう配慮されているが、会話テーマ と学習する文法項目や語彙と機能・概念的関連性はほとんど見られない。
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想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 けれども、腐らずにやっているうちに、京都外大大会で優勝者が出た。経済学部 3 年生だ った大浦公一君が、関大生初偉業をなしとげてくれたである。  彼は、のちに三和銀行(現東京三菱 UFJ 銀行)に就職し、マドリードやバルセロナ支店長 を勤めることになった。マドリード駐在頃は、ちょうどわたしが在外研究員としてアルカラ 大学に派遣されたときと重なった。おかげで、ありがたいことに、マンション手配、電気や ガス会社と契約などに手を尽くしてくれた。また、バルセロナ時代には、サグラダ・ファミ リア教会正面ファサード「生誕門」彫刻を担当した、外尾悦郎氏、それにのちに助手に なった大竹志歩さんに引きあわせてくれた。何でも、外尾氏から中央三枚門扉(2015 年末 ぶじ完成)を作る費用を日本企業に打診する役を仰せつかったらしいが、そのとき以来知り 合いだということだった。外尾氏とは同じ福岡県出身ということで話が弾んだ。起工以来 144 年目、ガウディ没後 100 周年に当たる 2026 年教会完成が待たれるところである。
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ビセンテ・ウイドブロと1910年代のスペイン前衛詩 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロと1910年代のスペイン前衛詩 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この十字架の下には、礼拝堂の本体が控える。詩形の斬新さに比べると、詩語はなおモデル ニスモの響きをひきずっている。アポリネールがのちにおこなったように、現実の断片をキュ ビスムのコラージュ風に統合するというカリグラムの特徴はまだ十分に得られていない。  そのあとも、ウイドブロは、カリグラムの手法の探求をつづけた。それは、かならずしも 「夏の日本情緒」のように詩行で何か[r]

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