トップPDF アメリカテレビニュース英語の音声特性―音響分析から 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アメリカテレビニュース英語の音声特性―音響分析から 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アメリカテレビニュース英語の音声特性―音響分析から 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

3 .プロソディ,その他における音声特性 3 . 1  強勢拍リズム  英語を聞いていると,そこには独特リズムがあることに気がつく。このリズムは主として, 文中強く聞こえる音節が,ほぼ等しい時間間隔で現れる傾向があることによって生まれると いわれている。このような英語に特徴的なリズムことを強勢拍リズム(stress-timed rhythm) という。英語他にオランダ,ドイツ,デンマーク,ロシアなども強勢拍リズムを持 つ言語である。他方,フランス語,スペイン,ギリシャなどでは強音節,弱音節如何に かかわらず,すべて音節が時間的に等間隔で現れる傾向がある。そのようなリズムことを シラブル・リズム(syllable-timed rhythm)という。また,日本は各モーラがほぼ等しい強 さ・長さで発音されるモーラ・リズム(mora-timed rhythm)を持つ言語といわれている。  日本人英語学習者がセンテンスを音読すると,1 つ 1 つ音節を区切ってポツポツと同じ 強さで発音することがよくある。これは,日本モーラ・リズムをそのまま英語発音に転化 しているからである。日本語では,文中各モーラをほぼ一様強さ・長さで発音する傾向が あるが,英語ではアクセントある強音節は弱音節に比べて際だって聞こえる。
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想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 帯文案は縦書きで、「空前絶後 宗教史家ミルチャ・エリアーデ 中心思想と方法論を  余すところなく捉えた、新進気鋭 28 歳 スペイン人哲学研究者 マルセリーノ・アヒース・  ビリャベルデ恐るべき才能をつぶさに伝える 学会デビュー作、本邦初登場」というもので あった。じつは、これがわたしいちばんお気に入り「訳者自装」本にほかならない。  この本については、エリアーデ『イメージとシンボル』(せりか書房)を訳された和光大学 名誉教授、前田耕作氏が、読書新聞 〔2013 年(平成 25 年)7 月 19 日(金曜日)〕 に書評を寄せてく ださった。それによると、〈エリアーデ伝記をふくめた最初本格的な研究書邦訳は、デイ ヴィッド・ケイヴ『エリアーデ宗教学世界』(せりか書房・1996 年/原題:新しいヒュー マニズムへミルチャ・エリアーデ視線・1992 年)が初めてであった。ケイヴ著作も次 年に刊行されたダニエル・デュビュイッセンもまた「エリアーデと聖なるもの」(『20 世紀神 話学―デュメジル/レヴィ・ストロース/エリアーデ』・1993 年)を主題としながら、それら より先に刊行されていたアヒース=ビリャベルデ処女作でもある本書(1991 年・サンティア ゴ・デ・コンポステーラ大学出版局)にはまったくふれていない。本書邦訳が刊行されなけ れば、エリアーデ「中心思想と方法論」淵源を歴史的に抽出し、その思考枠組みを緻密 かつ包括的に論じた本書を私たちがついに目にすることはなかったかもしれない〉。
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

れば「良い生活」が可能だと知った父は、一週間うち六日は「酒は一切飲まない」など、 厳格な生活規律を確立し、まことに勤勉な人生を送った。(吉田暁子 282)  若き日吉田健一は、激動する世界情勢なかで政治家として天寿を全うした実父・吉田茂 とは異なり、「言葉世界」で生きて行くことを決意し、実際その初志を貫き通したことを、吉 田健一娘・吉田暁子は読者に伝えてくれる。そしてその吉田健一は、「ただ生きるだけでな く、人生与えてくれる良いものを楽しむこと」にも重きを置いたとことである。学問や芸 術全般を己実人生と密に絡めて追究していこうとするその好事家的生き方は、若き日英国 留学薫陶たまものであったと思われる。吉田健一人生に対する態度には英国精神真髄 が感取できるからである。現に晩年 1974 年に吉田健一は、『英國に就て』と題する著書を刊 行しているが、そのなか「英国文化流れ」章で、文学と実人生と関係について持論 を展開している。そして彼はその持論を実際に己人生において実践したである。その際、 彼人生観根幹には、吉田暁子が言うところ「強靭な精神」があっただ。「勤勉な人生」 を基調とした吉田健一理想的ともいえるホリスティックな文筆活動豊かな実りを通して、 後代私たち現代人、特に筆者ような日本で英米文学を専攻する者は今、先達・吉田健一が 遺した卓抜な人文学的知性を感受し、体得しうるである。人文学領域、とりわけ英米文学研 究界にとって停滞・沈滞という過酷な状況下にある現代私たちは、吉田健一が後世に伝えた 偉大な足跡再評価を通して、生き直すことができるだ。よって吉田健一は、われらが救世 主たりうる存在だと、筆者は確信している。なぜなら第二次世界大戦後、少なくとも大学を中 心とした日本アカデミズム世界では人文科学分野も自然科学分野と同様だと考えられる風 潮が強まり、学問研究なるものはおしなべて客観的・実証的態度に徹するべきで個人感情等 を吐露してはいけないだという、まことしやかな教義が主流を占め、現に大学に籍を置く英 米文学研究者ほとんどは己個人的感情等は封印し、権威ある学会というアカデミズム世 界にひたすら閉じ籠るようになってしまったからだ。英米文学研究者は、己が属する学会や大 学を中心としたアカデミズム尺度・基準によって下される業績評価に一喜一憂する傾向が強 まった。しかしこれはひとつ間違えば、現実社会から逃避になりかねないと思う。言わば、 大学や学会という閉じた組織・機関へ引き籠り現象である。こうした風潮に敢然と逆らい、 警鐘を鳴らしたが『太平洋戦争と英文学者』(研究社、1999 )著者・宮崎芳三である。宮 崎芳三は、「学問研究」という名美辞麗句に守られているがために実質的には脆弱なものとな ってしまった日本英文学研究界実態を、しんから憂え、活性化ため処方箋を模索した
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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 CS 研究に関するレビュー論文である田崎(2006: 65)が指摘するとおり、これまでに異なる 二言語併用コミュニティを対象とする研究によって、様々な CS 機能リストが提案されてき た。それらには共通する部分も多く見られるが、対象とするコミュニティによって全く異なる 機能が含まれている場合もある。本稿冒頭部で指摘した通り、キルギスとロシア CS は、近年 CS 研究傾向とは異なり、多数派であるキルギス人間で頻繁に観察されること が特徴である。また、キルギス共和国では CS が言語政策上主要な論点となり、CS をめぐる 言説が活発に展開されているという背景も大きな特徴として指摘できる。以上を踏まえ、キル ギスとロシア場合に顕著に見られるが、他事例には当てはまらない機能有無を検討 することが、今後探究すべき課題 1 つとして挙げられよう。
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ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ウイドブロがこの詩集に載せた詩編は、「額絵」として鑑賞されることを意識してか、どれも が短い。比較的に長い「急行列車」でも、2 ページに収まってしまう程度 40 行に過ぎない。 そのことが、本質的に斬新な詩を、新しい手法に不慣れな読者にとっても分かりやすいものに している。またグリスが指摘していることだが、用いられる単語も、観念的で日常になじまな い、奇を衒ったようなものではなく、より詩人身の丈に応じた平易な言葉になっている。キ ュビスム画家が『北極詩』美点であるとするこの特徴は、パリとは違い、この種詩に 対して一切免疫を持たなかったスペイン詩人たちあいだに熱心な支持者を得た一因とな った。そうしたなかで誕生したが、スペインにおける最初前衛主義ウルトライスモである。 彼らは、シュルレアリスムがその中心に常にブルトンを抱いたようにはウイドブロをその懐に 迎えることをせず、むしろ反力を高めていったが、1922 年に機関紙「ウルトラ」が廃刊となり 運動が解消した後も、スペイン詩底流にその反響を残した。
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アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 目に見える影響を暗くて古い町に与えるローマ初春空気は、ご存知とおり不思議な魅 力があるけれども、どちらかというと外国体にはしばしば辛いことがある。北アフリカか ら熱風が二週間途切れることなく続いたあと、ワディントン夫人活発だった気分が落ち込 んだ。彼女は「熱病」にかかるではないかと心配し、急いで医者と相談した。医者は、何も 心配することはなく彼女に必要なは単なる気分転換だと言った。そして、一ヵ月ほどアルバ ーノに行くことを勧めた。というわけで、二人女性はスクロープ付き添いもとアルバー ノに行くことになった。ワディントン夫人は親切にも私も一緒に来るよう誘ってくれた。しか し、親戚者がローマにやって来ることになっていて、私は彼らためにガイド役を引き受け ることになっていたので、ローマに残っていなければならなかった。機会があればアルバーノ を訪れると約束だけはしておいた。私叔父とその三人娘は申し分ない観光客で、私には 次から次へとすることがあった。しかし、週末にはやっと約束を果たすことができた。私は宿 に泊まっている彼らを発見し、二人女性が、汚れた石造り床としわ寄った黄色いテーブ ルクロスについて意識を、窓から見える霧かかった海ように広大なローマ平原について 恍惚とした黙考に溶け込ませているを見た。景観は別として、彼らは楽しい日々を過ごし ていた。その地域美しさと山間見慣れない古い町美しい近郊を思い出していただきたい。 その地方は早咲き草花が咲き誇っており、私友人たちは野外空気中で暮らしていた。 ワディントン夫人は水彩画スケッチをし、アディナは野生花々を摘んでいた。スクロープ は満足気に二人間を行ったり来たりして、時折、ワディントン夫人絵の具使い方やアデ ィナスイセンとシクラメン組み合わせについて歯に衣をきせない酷評をしていた。みんな とても幸せそうで、嫌味ではなく私はもう少しで、神々からもっとも望ましい贈り物とは、 自身欠点なさに対する終始変わらない確信ではないかと思うところだった。しかも、心に やましいところある恋人でさえ、アディナ・ワディントンような自分人生における予想 もしない愛らしさ存在によって、当然報いというものが存在することが信じられなくなる ということがあるかもしれない。
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ルクセンブルクが国語として法的に規定されたは 1984 年ことであり、国象徴と位置 付けられている。文学作品もルクセンブルクで書かれたものがあるが、学術言語として整備 されているとは言い難く、実際に学問を担っているはフランス語とドイツである。ドイツ は学術言語としても成熟しているので、ルクセンブルク人にとってはドイツを通じて勉学 を行うが最も効率的である。小学校では、まずドイツが主たる授業言語として用いられる はそのためである。しかし、学年が上がるにつれてフランス語が学術言語として機能を担 っていくシステムになっている。ルクセンブルクを学術言語として自立させるためコーパ ス政策を行わず、ドイツとフランス語を使用するがルクセンブルク特徴だ。また、欧州 有力な言語であるドイツとフランス語を使うことができるメリットは計り知れないほど大 きく、アイデンティティ言語としてルクセンブルクを話し、実用言語としてはドイツとフ ランスを使うというルクセンブルク多言主義は現実的な形態であるといえよう。  外国学習では、母語に近い言語を学ぶ方が系統的に遠い言語を学ぶより容易であるは言 うまでもない。ルクセンブルクで公的地位を有するルクセンブルク、ドイツ、フランス語 言語間距離を考えれば、ルクセンブルク人にとって複言語主義がどの点で難しいか、あるい は容易であるかがわかる。また、英語関係も見ておかねばならない。ドイツとフランス が重要な役割を果たす欧州においても、英語重要性は増すばかりである。公的地位を有す る 3 言語学習に加えて、英語学習もルクセンブルクでは必須である。さらに、人口約 43% 2) を占める外国人住民存在も、多言形態に影響を及ぼしている。外国人で最も多い
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日本人学習者の目指す明瞭性()の高い英語発音とは 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

日本人学習者の目指す明瞭性()の高い英語発音とは 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 母語話者が学習者発音上エラーをどの様に認識しているか、また、どのタイプエラー がコミュニケーションに支障をきたすかを探ろうとする研究は数多い。母語話者に比較的受け 入れやすいエラーもあれば、コミュニケーションに重大な障害を及ぼすものもある。英語母語 話者話す第二言語( L2 ) について、そのエラー重大度( error gravity )を調べたものに、 ドイツについては( Delisle, 1982;Politzer, 1978 )、スペインでは( Chastain, 1980; Guntermann, 1978)、フランス語に関しては(Ensz, 1982;Piazza, 1980)がある。 Hughes and Lascaratou(1982)はギリシャ人英語を扱っている。前述諸研究では、そのほとんどが学 習者作文から抽出した「書きことば」サンプルを分析対象としている。その内、Piazza (1980)は例外的に、「書きことば」のみならずテープに録音した被験者「話しことば」も言 資料としてフランス人に提示し、その「理解しやすさ」と、発音を聞いた際に感じる「いら 立ち度」(degree of irritation)を調査した。「外国なまり」を含む発話を母語話者が聞いて理 解する際には、認知過程において情報処理作業に当然負荷がかかる。聞き手は、すんなり理解 できないため、それが心理的負担となり「いら立つ」ことがあると考えられる。その心理的負 担が、学習者話す英語に対する言語態度(language attitude)にも反映されるである。
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Business Presentations Course Results 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Business Presentations Course Results 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 現代社会において、人々活字離れが進む一方で、オーディオヴィジュアルコミュニケー ションは、情報やエンターテイメントを提供したり、説得力を有し分かち合えたりできると いった面で重要な役割を果たしている。  この研究では、学部生対象プレゼンテーションコースについて述べている。学生による フィードバックを基に、⑴情報源 ⑵新しい経験 ⑶新しい知識 ⑷将来に向けて、といっ た4つエリアに分けられる。またその結果を受け、本研究ではこのコース長所を評価し、 改善すべき分野について提案している。
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人種偏見のメカニズム 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

人種偏見のメカニズム 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 このような大混乱をもたらすは、人間が生物学的に戦争をせずにはいられないからだとい うのは大きな間違いである。この大混乱は人間が作り出したものである。いずれにしても私た ちは世界戦争に巻き込まれるかもしれない。アメリカ生活を守るため、あるいは利益を手 放したくないため、そしてこちらから攻撃、あるいは受けた攻撃によって戦争に引きずり込 まれるかもしれない。戦争に関わる理由が理想的であろうとなかろうと、それによって失うも は同じである。第一次世界大戦ように何かを失って、何も得ないこともあれば、何かを犠 牲にしても犠牲にするだけ価値があるものを得るかもしれない。しかし何かを残すには、ど ような平和的目的を持てばいいだろう。すべてがそれにかかっている。それはもちろん戦 争前状況に戻るということではない。戦争前状況は世界史なかでも最も破壊的な戦争 状況である。近代社会で必要なことを実行するように機関に働きかけねばならない。人間利益を理解し、それを追求できるような枠組みを作らねばならない。なぜなら過去歴史を みると、社会的な枠組みを提供しなければ、人間は自分にとってよいことを追求することはで きないが明白だからである。人間がいつでもどこでもやらなければならないことは、この社 会的枠組みを現実社会に合わせるということである。現実社会は変化しており、過去歴史に おいて自給自足小さな部落から現在工業社会へ変化ほど劇的な変化はかつてない。アリ ストテレスも紀元前 4 世紀アテネを考えた時に、国位置づけはその国独立性ではなく、 その国自給自足性にあると考えた。もし国が自給自足しておれば、国は自然に独立国家とな り得た。彼分析は論理的で鋭い。今日国独立性と自給自足性関係が失われているなかで、 国独立性を主張することは自滅的な時代錯誤である。
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福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ベネディクトが生きた第二次世界大戦前後アメリカ社会は、黒人、ユダヤ人、女性に対す る偏見ばかりでなく、少数民族、敵国民、性的マイノリティーに対する偏見が充満している社 会だった。そのような偏見に対してベネディクトは感情に流されることなく、あくまでもアカ デミックな手法で、偏見は社会が作り出すもので、一つグループ人間が別グループ人 間に勝るとは言えないことを淡々と論じている。それは、ベネディクトネイティヴ・アメリ カン研究においても、日本研究においても、一貫して保っている姿勢である。そして、ベネ ディクトは自分考えを証明するため努力を惜しまなかった。戦争足音が刻々と近づいて いる中、ボアズは懸命にユダヤ人へ差別無意味さを説き、ベネディクトは戦争を引き起こ す社会構造を分析した。彼ら努力もむなしく、アメリカが戦争に突入した時落胆は大き かったに違いない。戦争が終わりに近づくと、ベネディクトはアメリカ政府を説得するために よりいっそう科学的な手法で日本人行動パターンを分析し、それを悪と決めつけられない理 由を明確にした。当時アメリカ政府がベネディクトやボアズような研究者に耳を傾け、彼 ら意見を少なからず尊重したことは、歴史において幸いなことだと言える。
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

27 30 有余年大学生活を振り返って 福 井 七 子  関西大学時間は、学問を中心として私生活に彩りを添えてくださった人々おかげで、 非常に恵まれた期間だった。30 有余年にわたって、まったく波風がたたなかった時期がなかっ たとは言えない。ルース・ベネディクトという複雑な女性を研究テーマ中心にしたことで、 彼女思想・文化捉え方、また彼女異文化理解に迫ろうともがき続けた年月であった。  研究性質から、私は常に一次資料を求めようとした。資料集めがうまくいき、というより 納得いくまでやり続けたというべきかもしれないが、そして多く人々に助けられ、これまで あまり研究がなされていなかった分野を少しは明らかにできたではないかと思っている。  アメリカには 6 回ほど調査旅行をした。第一回目調査旅行は実に不安な気持でいっぱいで あった。プキプシーにあるベネディクト・コレクションを中心に、エール大学や議会図書館に も出かけた。ニューヨーク図書館では思いもかけなかった資料を得ることができた。結果的 に私心配は杞憂に終わっただが、資料収集だけでは何も発信できない。収集以上に努力が 求められるは、それを読み解き、まるでジグゾーパズルように時間軸を中心に埋め込んで いかねばならない。
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大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

かった学生も、このように書かせてみると各人がそれぞれに意見を持っていることがよくわか る。また、単に意見を持っているだけではなく、たいへん鋭い分析を提示している例も少なか らず見受けられた。たとえば、図 1 に引用したワークシートでは、5 ページ 4 行目にある「私 はそれを見ていたら、∼と思わず考えてしまった」という箇所とその英訳 “My fi rst thought when I saw that . . . ” を取り上げ、「原文は『思わず考えてしまった』と、意識せずに思ってし まった様子であるに対し、英文では『最初に考えたは』と意識的であり、さらに他にも何 か考えたようにもとらえられ、少し原文とずれてしまう」というコメントが加えられている。 さらに、6 ページ 10 行目「エレベーターを降り、廊下に響き渡る足音を気にしながら∼」と いう箇所とその英訳“Getting off the elevator, I was alarmed by the sound of my own footsteps . . . ”シフトを指摘した上で、「原文では(足音を)『気にしている』程度であるに対 し、英文では『おびえさせる、はっとさせる』と書いているため、大げさな表現になり、この シーンと合わなくなっている」というコメントが付されている。いずれも、一見些細なこと ように見えるが、このような細部にこそ問題本質が宿っているものであり、テクストを深く 読み込むという観点からすれば、まさに慧眼というべきであろう。なお、図 1 ワークシート 上には、“My fi rst thought when I saw that . . .”に対する代替案として“A thought occurred to me . . . “と い う 英 文 が、“Getting off the elevator, I was alarmed by the sound of my own footsteps . . . ”に 対 す る 代 替 案 と し て“Getting off the elevator, and a bit annoyed by the sound of my own footsteps, I rang the bell. ”という英文がそれぞれ追記されているが、これは、 これら問題をめぐるクラス内議論中で提案されたものである。
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 癇癪発作もこの間ずっと続き、ひどい時には嘔吐をしました。しかし、嘔吐と癇癪を結び つけることはありませんでした。この二つはあまりにも異なるものに思えました。どちらにも 共通するシンボリズムは、「否定」ということかもしれません。  子ども頃にタブーとし、それを生涯ほとんどを通してタブーとしてきたことが 2 つあり ます。かなり小さい頃から感じていたことで、6 歳秋に牧場を去る前に植えつけられたもの です。1 つは人前で絶対に泣かないこと。人前で泣くということは、私にとって最悪こ とで最も屈辱的なことでした。癇癪がおさまって、暴力罪が「私」世界なかすべて タブーを圧倒した時に人前で泣いたとしても、それ以外時に決して泣くことはありませんで した。でも夢中で人前で泣いていました。人前で暴露される典型的な夢は、よく知ってい る顔ぶれ人たちが、じっと私を見ている部屋なかで泣き出してしまう状況を詳細に表わし た夢でした。このタブーは結婚したあとも、頑なに長い間守り続けました。そのころ落ち込ん でいる時に、それまで経験したことがないような、素晴らしく美しい白昼夢を見ました。 「白昼 夢」ということは、どんな夢よりも現実味を帯びた、特定夢を指しています。タブーに対す るそれ以降変化は、その白昼夢につながっています。その夢なかで、私は砂漠なかにい て、その砂漠には素晴らしいエジプトスフィンクスがありました。そのスフィンクス顔に あらわれた知性と皮肉は、言い表せないもので、私はスフィンクスに近づき、前足に顔を埋め てひたすら泣きました。うれしさと確信を感じながら。そしてスフィンクス前足は、子猫 ように柔らかく、ふわふわしていました。(「私」世界前で泣くことによって、その後、そ タブーを守らなければならないという衝動は無くなりました。)
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社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 どの文化人類学者にとっても、前提となる懐疑主義は厳密に定義されねばならない。この懐 疑主義はいかなる正式な文化制度による影響をも疑うものである。民主主義であろうが、君主 制度であろうが、金権主義であろうが、どの主義も活発で安定した国家において実現されてい る。確信をもって自分目標を追求した部落においても、また最悪魔法を使うような部落で さえも、民主主義は君臨した。民主主義は、我々イデオロギーが賞賛する個人自由を浸透 させるため政治的形態でしかないことは明らかである。しかし、民主主義は個人自由を必 ずしも保障するものではない。一夫多妻制度が安定したまとまりある家族を形成することもあ る。他社会では一夫一婦制がその機能を果たす。しかしそのいずれもがより大きな摩擦があ るような分裂した家族も生み出しうる。他文化的な特徴に対しても同じことが言える。神聖 な王位であろうと、花嫁につけられる値段にしても、魔法にしても同じである。このような習 慣によって社会がスムーズに機能すると言える。また王が神と崇められるので、自分快楽 ために人を利用したり、殺したりすることもある。花嫁に値段がつけられるため、若い男が結 婚できなかったり、魔術師が誰に対しても自分魔法が使えるために、社会対立や暴力があ るとも言える。
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国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

1 )Samoan Circle:両グループが一緒になって semi-circle を作り、周辺に聴衆が circle を 作って議論過程を見守るという手法である。このような open fi shbowl(公開金魚鉢) 中で行われることメリットとして、極端な方向へ議論が流れるを防ぎ、鋭い対立 が起きないことがあげられる。これは ASEP において、例えば大学生同士議論を中学 生が見守ることにより、英語表現や議論展開手法を習得して行くことにつながり、文 字通り正統的周辺参加が実践されることになる。実現すれば正に ASEP でのみ実現でき る手法である。
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わたしのくすり箱 絵本の窓から眺めたこと 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

わたしのくすり箱 絵本の窓から眺めたこと 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 妻と子供を亡くした後に移り住んだある村で、ジョナサン・トゥーミーは木彫で生計を立て ている。他人と付き合いを拒む彼は、村こどもたちから“Mr. Gloomy”(陰気さん)と呼 ばれていた。そんな彼ところに、未亡人 McDowell 夫人とその息子 Thomas が、クリスマス を祝うために、厩でキリスト誕生場面飾りを彫って欲しいと頼みに来る。この依頼を しぶしぶ引き受けたトゥーミーは、羊、牛、天使、賢者、と順に彫っていくが、作り手気分 を反映して祝祭趣きに欠ける。その度に、キリスト生誕を祝う彼らは心から喜びに満ち ているはずとトーマスに言われ、そのように作っていくことになる。トーマス純真さが、ト ゥーミー心を縛っている鎖を解き放していく。キリストを抱いたマリア像を彫る段にいたっ ては、今まで見ようともしなかった亡き妻と子供写真を取り出し、二人をモデルにして、幸 せそうな母子像を完成することが出来た。
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

にとって、彼は信じざるを得なかっただが、愛は趣味悪い気晴らしに過 ぎなかったのだ。彼は激しい気性男性だった。彼はすぐ要点に触れた。  「マリアン」と彼は言った。「君は僕を欺いていたんだね。」  マリアンは彼が何ことを言っているかよく分かっていた。彼女には、自分が自分婚約 にうんざりしていることがよく分かっていた。そして、ヤング氏やキング氏に対する彼女振 る舞いがどんなに無邪気なものであっても、それはバクスターに対する重大な裏切りだった だ。彼女はダメージを受け、二人婚約はすっかり破棄されたと感じた。スティーブンが中途 半端な言い訳や否定に納得しないことは分かっていたが、彼女にはそれ以外に伝えられるもの がなかった。いくら言葉を費やしても完全な告白にはならなかっただろう。そこで彼女は、気 に揉むことをやめてしまった「将来」を守ろうとはせず、単に自分威厳だけを守ろうとした。 生まれつき半分冷笑的な落ち着いた性格によって彼女威厳は当面間十分守られた。しか し、同じ品ないこの落ち着きために、冷酷で浅はかだという印象がスティーブン記憶 中に残った。そしてそれは、少なくともその記憶中では、真実重みと価値あるものを求め る彼女にとって永遠に致命的であることが宿命づけられていた。彼女に説明を求め、彼女振 る舞いに介入しようとするスティーブン権利をマリアンは否定した。婚約を解消しようとい う彼提案を彼女はほとんど予期していた。彼女は涙という単純なロジックを使うことさえ否 定した。当然、このような状況では二人話し合いは長いものではなかった。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

五、中国近代化と東アジア近代化  ある国言語変化問題を、伝統的言語から近代民族国家言語へ進化にまで広げて考え た場合、われわれは次ような事実に直面する。表意文字(または音節文字、形態素文字とも 呼ばれる)である漢字には、ヨーロッパやアジアその他古典言語(ラテン語、ギリシャ、 ヘブライ、アラビアなど)に備わっている宗教的神聖性がない。しかしそれは、漢字が言 を超えた表記システムとなることを妨げなかった。漢字は東アジア各国に、古 テクスト 典と言語記 録手段を提供し、漢字文化圏と呼ばれる文化共同体を形成させた。漢字文化圏にとって、漢字 存在は書面による表現を可能にしたが、同時に、漢籍規範性によって言語使用者表現 自由が著しく束縛される結果をもたらした。このため、漢字文化圏域内各言語は「国語」 として成立する場合、脱漢文過程を経なければならない。しかし漢字は、様々な議論が交わ され、多く改革が実施されたにもかかわらず、その地位が揺らぐことはなかった 14) 。それば かりか、漢字文化圏では、正に漢字によってこそ西洋近代新知識受容を実現したである。 現在すでに漢字を使用していない国「国語」においても、「漢字」ならず「漢音」が書き 言葉主要部分を占めているである 15) 。
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稀代の目利き、福井七子先生へ贈る言葉 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

稀代の目利き、福井七子先生へ贈る言葉 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 先生は稀代目利きである。たとえば、研究テーマを例にとると、先生選ばれた日本文化 論テーマは、年月を重ねるにつれて、今日性が増しているように思える。通常ならば、歳月 とともに時代性を失い輝きを減ずるものだが、先生テーマをそうではない(ここでは紙幅 関係でたった 1 - 2 行で表現しているが、とても希有なことであり、驚きに値する)。先生目 利きぶりは、何も学問話だけではない。ちょっとした小物でも、お店でも、食べ物でも、普 遍的で価値高いものを選ばれているように思う。先生にお薦め頂いたものに外れはない。  人を見る目も同じである。先生人物評は端的にして、的を射ている。その時は分からなく ても、そして表面的には見えていなくても、後になって「じんわり」とその意味がわかってく る。時にその慧眼ぶりに、「怖い」と思うことすらあった。しかし、決して相手を貶めるような 評ではなく、そこに先生持つ上品さを感じる。
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