─ 31 ─ 大阪大学大学院工学研究科の工業微生物保存菌株
(OUT 番号菌株)には,泡盛醪から分離され,60 年 以上維持されてきた泡盛酵母が 3 株ある(OUT 7007, OUT 7008, OUT 7009).現存する唯一の大阪大学単 独の菌株カタログ(1959 年発行)に Saccharomyces awamori Inui として記載された菌株である(図 1).
このうちの 2 株は 1950 年代に財団法人発酵研究所
(IFO)から分与された株であるが,今回紹介する OUT 7009(図 2)は 1930 年に南満州鉄道中央試験所
(CLMR)から直接分与された菌株として記録されて いる.沖縄県糸満市の比嘉酒造がこれらの泡盛酵母を 使用して泡盛を造り,2007 年には古酒として限定 2500 本を販売した.このことは,60 年間以上の保存 によっても泡盛醸造という重要な能力が維持されてい たことを示している.実際に泡盛ができた証拠とし て,途中で出来映えをチェックした貯蔵期間の短い甕 入り泡盛を送ってくれた(図 3).これを機会に筆者 は「泡盛の味」を知ることもできた.
泡盛酵母の学名 S. awamori は分類学的には不運な 変遷をしている.日露戦争前の 1901 年に乾が泡盛醪 から分離した酵母を S. awamori と命名した報告が最
(4)OUT 7009(大阪大学大学院工学研究科 生命先端工学専攻,OUT)
60
周年記念特別企画「還暦を迎えた微生物株」図 1 OUT 菌株カタログ表紙と泡盛酵母の記載部分
図 3 比嘉酒造からの甕入り泡盛 図 2 OUT 7009 の栄養細胞
10μm
─ 32 ─ 初であるが,細胞形態とサイズなどの簡単な報告で分 類学的に十分な記載がされておらず,胞子形成の記述 もなかった.そのため,代表的な酵母分類学書として 知られている The yeasts ─ A taxonomic study の初 版(1952)には,S. awamori は種としても,S. cerevi- siae の synonym としても記載されていない.Candida robusta の項に少し記述があるが,乾の記載が不十分で あり,C. robusta と確認できる株を調べていないとい う理由で C. robusta の synonym としても採用されて いない.Stelling-Dekker(1931)は S. awamori を掲載 しており,長西(1921)は泡盛醪から胞子を形成する S. awamori を分離報告し,中澤と霜(1936)や勝屋
(1951)は泡盛醪より分離した酵母の中に S. awamori と性質が一致する酵母を同定しているのだが,The yeasts の第 2 版から現在までの改訂版には S. awamori という種名は synonym としても登場していない.しか し,最終的に現在では泡盛の醸造に使用される酵母は,
S. cerevisiae と分類同定されている(中田ら , 1985;竹 田ら , 1983;玉城ら , 1981).
泡盛酵母 OUT 7009 は,大阪高等工業学校から大阪 工業大学に昇格した時の教授である斎藤賢道氏が CLMR から入手した株であると菌株カタログ情報から 考えられる.斎藤教授は CLMR の 3 代目所長であった.
一方,泡盛酵母 OUT 7007 と OUT 7008 は,CLMR の 長西廣輔氏の分離株 1 と 2 が広島大学工学部(HUT)
から IFO を経て,それぞれ OUT へ来ていることがわ かった.長西廣輔氏は大阪高等工業学校の卒業生で,
後に広島大学の教授を務めている.3 株とも由来は
CLMR 保 存 株 で あ る こ と か ら,OUT 7009 は OUT 7007 か OUT 7008 のどちらかと同一株の可能性もある.
また,HUT や IFO の保存株と比べてゲノムに違いが 生じているのかなど,還暦を経ても興味が尽きない酵 母である.
最後に,OUT 泡盛酵母の由来を調査する上で,IFO 顧問 坂野 勲氏,NBRC 川崎浩子氏と府川仁恵氏,
HUT 川北龍司氏に貴重な情報をいただきました.深く 感謝します.
文 献
乾 環 1901.東京帝国大学紀要(理科) 15:465.
勝屋 登 1951.醱酵工學雑誌 29:367-377.
Lodder, J. & Kreger van Rij, N.J.W. 1952. The yeasts, a taxonomic study, North-Holland Publishing Co.
長西廣輔 1921.満鉄中央試験所報告 6:183-185.
中田久保,穂坂 賢,坂井 劭 1985.醱酵工学会誌 63:509-515.
中澤亮治,霜 三雄 1936.日本農芸化学会誌 12:
1163-1184.
Stelling-Dekker, N.M. 1931. Die Sporogenen Hefen, Uitgave van de Koninklijke Akademie van Wetenschappen te Amsterdam.
竹田正久,中里厚実,塚原寅次 1983.醱酵工学会誌 61:11-14.
玉城 武,忍頂寺晃嗣,高江洲朝清,下地 博,玉那 覇勉 1981.日本醸造協会誌 76:198-201.
(金子嘉信)