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理学部・大学院理学研究院 ・大学院先端生命科学研究院

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作用素環の研究

大学院理学研究院・大学院理学院 准教授

戸松

れい

(理学部数学科)

専門分野 : 解析学(作用素環論)

研究のキーワード : 解析,代数,作用素環,無限次元,非可換 HP アドレス : http://www.math.sci.hokudai.ac.jp/~tomatsu/

何の研究をしているのですか?

数学の作用素環論を研究しています。非常に大雑把に言えば、関数や行列を一般化した 対象なのですが、こう言われてもまず分からないですよね。もう少し丁寧に説明してみま す。

関数と言いますと、高校で習う有名な三角関数や指数関数などを思い浮かべることで しょう。歴史的に由緒ある関数は他にも沢山あって、それら個々の性質や相互の関係は大 いに研究されてきました。オイラーやガウスについて調べてみるとよいでしょう。

他方、大学の数学では「集合」という概念を非常に大切にします。今は関数の集まりを 考えてみましょう。例えば、区間[0,1]上の連続関数たちを全部集めた集合がどのような構 造をもつかを考察します。この集合が代数構造(和、積、スカラー倍)をもつことは数学

(線形代数学)を少しだけ勉強すれば、誰にでも分かる簡単な事柄です。実はさらによい ことに、この集合は「距離」という物差しももっています。ふたつの関数の近さ、遠さを 数値で計測できるということです。この考え方を推し進めると、個々の関数というよりは、 むしろ関数の集まりを研究する「関数解析学」にたどり着きます。これは20世紀初頭に生 まれた比較的新しい分野です。

私の研究対象である作用素環は、「代数構造と距離」をもつ集合です。もちろん先程述 べた関数の集まりは作用素環です。もう1つの重要な例としては、行列の集まりからなる ものがあります。興味があれば、この分野の創始者であるフォン・ノイマンについても調 べてみるとよいでしょう。

何が面白いのですか?

作用素環は絵に描いてみせることのできない抽象的な対象のため、面白さを伝えること は容易ではありません。キーワードを挙げるならば、無限次元と非可換でしょう。

作用素環には「次元」と呼ばれる数値が対応し、作用素環論の研究者が興味を持つのは 無限次元のものです。無限次元というと驚いてしまうかもしれません。これをうまくコン トロールする道具が先程述べた関数解析学です。もしかしたらヒルベルト空間という名前 はどこかで聞いたことがあるかもしれませんね。無限次元かつ非可換な作用素環を考える と、有限次元の場合には起こらない興味深い現象が起こります。絵には描けない想像しづ らい対象の持つ様々な性質を浮き彫りにすることを、私たち研究者は行っています。

私にとって作用素環論が魅力的なのは、代数構造と関数解析の相互作用のなす洗練され

出身高校:岐阜県立多治見北高校 最終学歴:東京大学大学院数理科学研究科

定理・法則

理学

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た定理があるからというのがまずひとつの理由です。もうひとつは他分野とも密接に関係 しており、分野のポテンシャルが非常に高いということです。例えば、先程作用素環は絵 には描けないと述べたので意外かもしれませんが、幾何学(トポロジー、非可換幾何学、 幾何学的離散群論)にも応用がありますし、エルゴード理論、確率論(ランダム行列や自 由確率論)、表現論(これは数学全般に及ぶ体系と考えられるので当然なのですが)、そ して物理学では場の量子論や統計力学などとも関連し、現在においても盛んに研究されて います。

日本の作用素環論の研究者は、様々な問題に取り組めるバランスの取れた布陣をなして いることも一言添えておきます。

どんな装置を使って研究していますか?研究のスタイルは?

私の分野では大量の数値計算を行う必要は滅多にないので、原理的にはボールペンと ノートでOKです。しかしPCもやはり必要ですね。論文を書いたり、インターネットで 興味のある論文をダウンロードしたり、arXivという毎日論文が載るサイトをチェックし たりします。共同研究者とはメールでやり取りもします。

研究は、朝9時から始めて夕方5時には終了というのではもちろんありません。その点 において数学の研究は24時間労働といえます。数学の問題に証明を与えようとすると、そ れぐらい時間をかけて、そして何ヶ月も考え続けないとできないことが多いのです。大抵 の研究者はどんなときも、取り組んでいる問題に頭を悩ましているものです。ですから一 見ぼうっとしているように見えたり、ただ寝転んでいるように見えたりすることもあるの ですが、実際は違う(ことが多い)のです。疲れたとき、私は大好きなお酒(特にベルギー ビール)を気の置けない仲間と飲んで楽しみます。

研究職にあこがれているのですが、何が必要でしょうか?

高校、大学時代に教わる数学はすでに知られている事柄なので、教える側、教わる側と もに間違いのない安心な内容です。しかし研究者は正しいかどうかも分からないことに普 通は孤独に対峙して、数学的に正しい証明を与えるべく自分の頭の中で深く考え、悩むの ですから、その心理的ストレスは並々ならぬものです。

研究者に求められる本当に重要な資質は、ひとつの問題を粘り強く考察し続けられるし つこさ、少々の難所でもめげない根性、新しい問題に立ち向かっていく勇気だと思います。 こうしたポジティブな内面をまず磨くように努力しましょう。

先生や友人、そして授業、本やインターネットなど様々な手段を駆使して知識を深めて いくことはもちろん大切です。しかしそれらから得た事柄(数学では定理や証明)を自分 の考察なしにそのまま鵜吞みにして理解したつもりになることは決してやってはならない 危険なことです。出版された専門書や論文にも間違いは散見されます。正確に理解してい ることを自身で判定できて初めて知識を獲得したと言えます。知り合いの前で分かったこ とを説明してみるとよいでしょう。自分では気づかなかった間違いが出てくることや、意 外な知見を得られることも多いでしょう。

理学

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点の配置、直線の配置、平面の配置

大学院理学研究院・大学院理学院 准教授

吉永

よ し な が

正彦

ま さ ひ こ

(理学部数学科)

専門分野 : 数学

研究のキーワード : 代数,幾何,超平面配置

HP アドレス : http://www.math.sci.hokudai.ac.jp/~yoshinaga

数学ってまだ研究することがあるのですか?

はい、あります。数学はこれまで永い時間をかけて発展してきました。また現在も発展 し続けています。小学校、中学校、高校と進むに従って扱う数学がどんどん難しくなって いくのはこれまでの発展を反映してのことです。もう少し詳しく述べましょう。小学校の 算数では九九や四則演算を習った後に文章題を扱います。『鶴亀算』など色々なパターンご とに個別の工夫が必要だったのが、中学に入って『文字式』という新しい概念を導入し『方 程式』という道具を使うとあらゆる文章題が統一的な手法で解けるようになります。しか し「文章題が解けるようになってよかったよかった」と数学の発展がそこで止まるわけで はありません。方程式の世界に慣れると次は式が表す図形(楕円、放物線、双曲線等)の 世界が開けます。そして微分・積分という新たな概念の登場で、曲線の接線や、曲線で囲 まれた領域の面積など、それまでは扱えなかった様々な問題が扱えるようになります。こ のように数学は新しい概念や言葉の登場でそれまでバラバラだった様々な問題を統一する 一方、新しい視点に立つことで、それまでは見えていなかった新たな世界が開け、そこで その新しい世界の理解を目指す、ということを繰り返しながら深化しています。

どんなことを研究していますか?

私自身の研究は、どちらかというと古くから ある対象を現代的な視点、道具を使って調べる ということをしています。「古くからある対象」 というのは、平面上の直線や点の配置、または 空間中の平面配置(及びその高次元化である超 平面配置)です。左図は私が最近詳しく調べて いる A(30,1)と呼ばれる30本の直線配置です

(図には29本だけしか描かれていません。もう 一本は無限遠にあります)。30本の(単体的) 直線配置というのはたくさんの種類があるのですが、その中で、このA(30,1)だけがその ミルナーファイバーのコホモロジーへのモノドロミー作用が非自明な固有値を持ちます。

『ミルナーファイバーのコホモロジーへのモノドロミー作用が非自明な固有値を持つ』と いうのがどういうことかをここで説明することはできませんが、直線や点配置のようなと ても古くから研究されている対象も、現代数学の抽象的な概念を使うことによって初めて

キャプション

キ ャ プ シ ョ ンはMS P ゴシック 7 ポイント

出身高校:兵庫県立宝塚北高校 最終学歴:京都大学大学院理学研究科

定理・法則

(4)

その特徴的な性質をとらえることができるのです。

唐突かもしれませんが星の配置から大自然の理を読み取ろうとした占星術師達はこんな 気分だったのではないか、と想像しながら研究しています。

もう少し分かりやすく説明してもらえませんか?

例えば次のような問題も直線配置に関する話です。二枚の鏡を適当な角度で並べておく と、一枚の普通の鏡とは違った不思議な映り方をするのを見たことがあると思います。こ の鏡にレーザーポインタか何かを当てて光がどの方向に跳ね返されていくのかを考えま しょう。もちろん鏡の角度によって跳ね返り方は変わります。しかし二つの鏡の角度が90 度、45度、30度、22.5度・・・という一連の角度は特別で、他の角度と違うある特殊な性 質を持っています。それはどんな方向から来た光も、何度か反射した末に来た方向にかえっ ていく、という性質です(下図)。例えば60度の場合はこの性質はありません。3次元空 間でも3枚の鏡を互いに直行するように置くとか、隣り合う鏡のなす角度が90度、45度、 60度の角度で交わるように置くなどしても、このような性質を持つ鏡ができます。このよ うに「光が何度か反射して元来た方向に戻っていく」という性質をもった鏡の配置は今で は(高次元の場合も含めて)全て分類することができます。しかしこれらの話を正確に述 べるには「群論」や「ディンキン図形」と呼ばれる(大学3~4年で学ぶ)抽象代数の理 論が不可欠です。このように「鏡の反射」のような素朴な問題でも、深いレベルで解明す るには抽象的な概念が 必要になってきます。 ちなみに「光が入射し た方向に戻っていく」 という性質をもった三 面鏡はとても身近なと ころで使われています。 自転車のペダルなどに ついている反射鏡です。自転車の反射鏡は、「入射した方向に光を返す微小な三面鏡」を集 めた構造をしています。夜道で車のライトに照らされた反射鏡は、光を分散させることな く、車の方向だけに光を反射するので、運転手からよく見えるというわけです。

今後何を目指しますか?

長期的にはとにかく面白いことがしたいというのにつきます。数学について語られた有 名な言葉に「数学の本質はその自由さにある」(カントル)というものがあります。数学の 研究は、役に立ちそうでも立たなそうでも、面白ければ何をやるのも自由です。論理的な 矛盾さえなければ、これまでの立脚点を否定することすら許されています。何か面白い研 究テーマは落ちていないか、と日々勉強するのはとても楽しいです。もう少し短期的には、 直線配置の研究を通して、様々な図形の幾何学的な構造と、組合せ論的ないし離散的な構 造の間の関係について、理解を深めたいと思っています。

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重い電子の不思議な性質を探る

大学院理学研究院・大学院理学院 教授

あみ

つか

ひろし

(理学部物理学科)

専門分野 : 物性物理学

研究のキーワード : 重い電子,極低温,磁性,超伝導,隠れた秩序 HP アドレス : http://phys.sci.hokudai.ac.jp/LABS/kyokutei/vlt/

重い電子って何ですか?

金属中の電子の集団に生じる状態のひとつです。重い電子といっても、金属の下の方に 電子が重くなって溜まっているわけではありません。力を作用させたときに加速されにく い、つまり、動きにくい電子という意味です。このような電子の状態は、主にレアアース やアクチノイド元素を含む化合物で生じます。これらの元素は、f 軌道と呼ばれる電子軌 道を持ちます。f 軌道を占める電子は、通常は原子内に強く束縛されているのですが、絶 対零度近くまで温度を下げると、トンネル効果という量子論の性質が現れて固体中を動き 出すようになります。このとき電子同士が互いの運動を強いクーロン斥力で抑え合うため、 見かけの質量(有効質量)が大きくなります。このような物質は今では数多く見つかって いて、重い電子の有効質量は、自由な電子の質量に比べて、おおよそ100から1000倍にも 達します。1000倍というと、陽子の質量にも匹敵する重さです。

重い電子の何を研究しているのですか?

重い電子が生じる詳しいしくみ、そして、重い電子の集団が温度や圧力、磁場などの変 化に対して性質を変える現象(相転移)について調べています。例えば、陽子ほどに重く なっているにもかかわらず電気を抵抗なく運ぶ超伝導になる、また、複雑な磁性状態が超 伝導と共存して現れるなど、重い電子は多彩な相転移現象を示します。しかも絶対零度の 近くで起こるため、相転移の境界付近の電子状態には量子効果のゆらぎ(不確定性)が強 く効き、これまでの理解を超えた金属状態が生じることが知られています。

どんな装置を使ってどんな実験をしているのですか?

重い電子の状態を調べるには

絶対零度近くの極低温(きょく ていおん)まで物質を冷やす必 要があります。そのため液体ヘ リウムを使った色々な冷凍機を 使います。私が学生の頃には、 自分で旋盤加工や溶接作業をし て手作りもしましたが、今は性 能の良い市販の冷凍機があるの

出身高校:北海道札幌東高校 最終学歴:北海道大学大学院理学研究科

マテリアル

図1 極低温生成装置(

3

He-

4

He 希釈冷凍機)の外観

(6)

で、それらをベースに必要な部分のみ工作し、改良して使っています。原子番号2、質量 数4のヘリウム(4He)は、1気圧で沸点が4.2 K。つまり液体ヘリウムに試料をひたせば 4.2 Kまで冷やすことができます。さらに液体ヘリウムを減圧すると、沸点が下がり約1 K まで冷やせます。ここまで冷やした上でさらに4Heの同位体3He4Heに混ぜた混合液体を うまく使うと、量子効果の作用で約0.02 Kの極低温を実験室で実現することができます。 このようにして物質を冷却し、比熱や磁化、電気抵抗、熱膨張、弾性定数などの様々な物 理量を測定し、物質の性質を調べます。ちなみに、4Heは全て海外からの輸入に頼ってい て非常に高価です。そのため北大キャンパスの地下には4He回収用の配管が敷き巡らされ ていて、各施設で使った4Heをリサイクルしています。北大には全国的にみても数少ない 大容量のヘリウム再液化設備があり、極低温での実験を行う環境が整っています。

重い電子を持つ物質はどうやって手に入れるのですか?

調べたい物質はほとんど自分たちで作ります。必要な元素を目的の組成で組み合わせ、 アルゴンガス中でプラズマ流を発生させて2000℃程度まで加熱し、反応させます。こうし てできた高温溶融状態の金属に、この温度でも溶けないタングステンなどの細い棒をつけ て徐々に引き上げていくと、きれいな結晶が成長します。この他、飽和食塩水を冷やして 塩の結晶を作るのと同じ原理

で、溶けたアルミニウムや亜 鉛の中に、必要な元素を溶か し込んで徐々に冷やして結晶 化する方法で作ることもあり ます。炉の中で元素同士が反 応して様々な色の光を発しな がら新たな物質に生まれ変わ る瞬間は、何度見ても飽きな い光景です。

次に何を目指しますか?

私がこれまで特に力を入れて取り組んできたのは、隠れた秩序と呼ばれる特異な相転移 の問題です。比熱や磁化などの巨視的な物理量には相転移の異常がはっきりと見られるの ですが、重い電子の集団がミクロにどの様に変化したのかが、なぜか実験で検知できませ ん。この分野の研究者を四半世紀に渡って悩ませ続けている問題で、様々な新しい電子状 態の可能性が議論されています。理論研究者とも協力しあいながら新しい実験を工夫して、 何とかこの問題を解明したいと思っています。また、重い電子を生み出す新しいしくみや、 新型の超伝導の発現機構の解明にも取り組んでいます。さらに、レアアースやアクチノイ ド化合物の物性の基礎的な理解は、新しい磁性・超伝導材料の開発につながる、という応 用面での期待もあります。原理追究型の基礎研究の中に潜んでいる応用の芽に気づく心の 余裕も忘れないようにしたいと思っています。

図2 単結晶作成装置 図3 重い電子系単結晶の例 1mm

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宇宙の進化の謎を探る

大学院理学研究院・大学院理学院 教授

羽部

朝男

(理学部物理学科)

専門分野 : 宇宙物理学

研究のキーワード : 銀河,初期宇宙,宇宙の構造形成 HP アドレス : http://astro3.sci.hokudai.ac.jp/~habe

何を目指しているのですか?

宇宙の中で銀河の形成と進化の物理的な過程を研究しています。ビックバンで膨張を開 始した初期宇宙はほぼ一様な状態であり、銀河や星は形成されていません。そのような宇 宙から、銀河がいつごろどのように形成され進化してきたのかを明らかにする事を目指し ています。初期宇宙ではインフレーションと呼ばれる過程で、極小さな密度揺らぎが作ら れたと考えられています。この小さな揺らぎの証拠は、宇宙背景放射の観測から見つかっ ています。この揺らぎが、宇宙の膨張とともに成長して銀河が形成され、星が形成されま した。星の中心の核融合によって元素の合成が進み、その元素が超新星の爆発によって宇 宙空間にまき散らされ、その後の惑星の形成や生命の誕生につながったと考えられます。 初期宇宙には水素とヘリウムしかなかったので、このような過程が無かったら、地球や生 命のもとになる元素ができなかったのです。私たちの研究室では、宇宙の密度揺らぎから 銀河が形成される過程や、銀河の中でガスから星が形成される過程を理論的に研究してい ます。ダークマターの密度揺らぎの重力によって物質が集められ、銀河が形成される過程 は大変複雑で、スーパーコンピュータによる膨大な計算が必要になります。宇宙のエネル ギーの70%以上がダークエネルギーであり、23%がダークマターで、我々の体を作ってい るような普通の物質はわずか4%に過ぎません。この理由は解っていません。この宇宙の 組成は銀河形成や進化と密接な関係にあると考えられています。こうしたことからダーク マターの揺らぎの成長による構造の形成の研究は現在、盛んに取り組まれている研究分野 なのです。

どのように研究しているのですか?

スーパーコンピュータを使って、初期宇宙を計 算機の中に再現して研究しています。宇宙の現象 は数十億年もかけて起こるため、この時間経過を 観測できません。また空間スケールも膨大なため 実験もできません。スーパーコンピュータを使え ば、様々に条件を変えて現象がどのように起こる のか、その特徴はどのようなものか、どのように 観測することが可能なのかなどを調べる事ができ ます。一方、スーパーコンピュータを使っても計

出身高校:北海道立美唄東高校 最終学歴:北海道大学大学院理学研究科

天体

エリザベス・タスカー助教

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算は膨大であり、計算には、モデル化が必要です。モデル化とは、実際に起こる物理現象 のすべてを再現する事を目指すのではなく、私たちの研究で言えば、銀河が形成され進化 する過程で重要と思われる物理過程を考慮することです。どの物理過程が重要であるのか、 どのようにモデル化するのかが、研究上とても大切になります。その際に、効率よくスー パーコンピュータを使う事も大切です。私たちの研究室では、イギリス人のエリザベス・ タスカー助教が着任して、最適化階層格子法による数値流体計算が可能になりました。こ れは、物質が集中して銀河が形成される領域について、詳しい計算を可能にする非常に優 れた方法です。これを使って、これまで以上に詳しい計算が可能になり、これでまで謎だっ た、星形成のもとになる分子雲が銀河の中でどのように形成されるのか、それと銀河の性 質とはどのように関連するのかを詳しく研究できると期待しています。

次に何を目指しますか?

ダークエネルギーとダークマターが宇宙のエネルギーの大半を占めているのは、なぜな のでしょうか。この疑問の解明は一気には進まないでしょう。まず、ダークマターやダー クエネルギーの正体を明らかにすることが大切です。宇宙で最初の星や銀河の形成を調べ、 ダークマターやダークエネルギーの影響を明らかにする事が大切だと考えています。その ためにも、銀河における星形成について、よく理解する必要

があります。近傍宇宙の銀河の星形成の研究も大切だと考え ています。この点では、世界中が協力して完成を目指してい る ALMA(Atakama Large Millimeter/Submillimeter Array)という電波干渉計の成果に注目しています。これは これまでに無い高い解像力で星形成の元になる分子雲を観測 する事ができます。また、次世代の宇宙望遠鏡や口径数十m の巨大な地上望遠鏡の計画があり、その成果を念頭に置きな がら研究を進めたいと思っています。

宇宙の密度揺らぎから銀河が形成される過程の数値シミュレーション

左:密度揺らぎの成長の初期段階。右:密度揺らぎから形成されたばかりの銀河。(Saito et al. 2006 より)

宇宙のエネルギーの割合

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有機合成化学で実現する「最小のものつくり」

大学院理学研究院・大学院総合化学院 教授

谷野

圭持

(理学部化学科)

専門分野 : マテリアル

研究のキーワード : 合成化学,分子,農業

HP アドレス : http://barato.sci.hokudai.ac.jp/~oc2/

どんな研究をしているのですか?

有機合成化学が専門です。炭素原子は4本の腕を使って直線状にも枝分かれ状にも環状 にも連なることができ、水素・酸素・窒素から金属までを含むさまざまな原子と結合して 有機分子をつくります。有機分子は非常に小さいため、手に取って直接加工することはで きません。そこで化学者は、同じくらいに小さな手先(試薬や触媒の分子)を送り込み、 試験管やフラスコの中で有機分子を加工します。これが有機合成で、「最もサイズの小さな ものつくり」と言えるでしょう。研究テーマの大きな柱は、炭素原子と炭素原子または他 の原子をつなぐ新しい有機合成反応の開発です。ノーベル化学賞を受賞された鈴木章先生 の「鈴木カップリング反応」は炭素原子と炭素原子をつなぐ反応の代表格であり、世界中 で利用されていることはご存知と思います。ただし、全ての有機化合物がこれのみで合成 できる訳ではないため、原料と目的物の分子構造に合わせた様々な反応の開発が必要と なってきます。もう一つの柱は、そのような反応を組み合わせた「多段階合成」によって 複雑な構造を持つ有機化合物をつくる研究です。

私たちの生活にどのように関わってきますか?

例えば、抗生物質のペニシリンがカビから発見されたことは有名ですが、その分子構造 が解明されてから、多段階合成による供給が可能となりました。有機合成の特長は、分子 構造を改造したり新たにデザインできる点にあり、副作用の軽減や耐性菌への対策に威力 を発揮します。他の分野に目を向けると、液晶や有機ELなどの高機能性材料が有機合成 されています。このように有機合成化学の対象はたいへん幅広く、研究室の卒業生の多く が医薬品や農薬から材料•石油化学まで幅広い業種の企業で開発研究に従事しています。

理学部なのに医薬の研究をしているのですか?

2004年、私たちは天然有機化合物ノルゾアンタミン(図1) の合成に成功しました。このものは、イソギンチャクの仲間で あるスナギンチャクから発見され、骨粗鬆症モデルマウスに与 えると骨重量の減少を抑えることが知られています。骨粗鬆症 の薬としてすぐ実用化できるわけではありませんが、人工合成 することでスナギンチャクを殺さずに済み、似た分子構造を持 つ化合物も供給できるため、社会的にも意義深い研究です。

出身高校:神奈川県立横浜緑ヶ丘高校 最終学歴:東京工業大学大学院理工学研究科

マテリアル

図1 ノルゾアンタミンの分子構造

(10)

次に何を目指しますか?

一例ですが、有機合成化学の力を農業に役立てることを目指 しています。ジャガイモシストセンチュウ(PCN)は、ジャガ イモの根に寄生して収穫に甚大な損害を与える1ミリメートル ほどの小生物です(写真1)。その卵はシストと呼ばれる殻に包 まれて土中で越冬しますが、この休眠状態で10年以上生存し、 農薬も効きにくいため深刻な問題となっています(写真2、3)。

PCNは、ジャガイモなどのナス科植物以外には寄生できないため、ナス科植物の根から のみ分泌される特殊な物質に接しない限り、シストの状態で残る仕組みを持っています。 そのセンチュウふ化促進物質としてジャガイモの水耕栽培液から発見されたのが、ソラノ エクレピンAです。世界中の化学者が研究に取り組みましたが、たいへん複雑な分子構造 を持つソラノエクレピンAの合成は困難を極めました。2011年、私たちは最初の人工合成 を発表しましたが、52回もの変換反応を含む多段階合成が必要とされました(図2)。

ジャガイモが植わっていない畑にソラノエクレピンAを散布し、センチュウの卵をふ化 させることができれば、その幼生は餓死するしかありません。これにより、他の昆虫・鳥 類・動物には影響を与えない、画期的な駆除法が実現できるものと期待されています。

写真1 ジャガイモシスト センチュウ

写真3 根に付着したシスト。1粒に数百個の卵が 入っている。

写真2 PCN による被害が発生したジャガイモ畑。早い時期から 黄変してしまう。

図2 ソラノエクレピンAの多段階合成スキーム。 「5 steps」は5回の反応を行ったことを表す

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遺伝子の ON/OFF 制御と DNA の折りたたみ

大学院理学研究院・大学院総合化学院 教授

村上 洋太

む らか み よ う

(理学部化学科)

専門分野分子生物学,生化学,遺伝学

研究のキーワード : DNA,ゲノム,遺伝子,クロマチン,エピジェネティクス HP アドレス : http:// barato.sci.hokudai.ac.jp/~bo/

どのような研究なのでしょうか?

私の興味は遺伝子の働きを知ることです。遺伝子は細胞の性質を決める設計図にあたり ます。私達の体は多種多様な細胞で構成されていますが、細胞ごとの違いは細胞のもつ遺 伝子の働きで決まります。私達の体が一個の受精卵から作られる過程を考えましょう(図 1)。まず、受精卵が何度も細胞分裂を繰り返し増え、胚を作ります。この時はまだ細胞の 性質は決まっておらず、未分化な状態と呼ばれます。胚の細胞はさらに増え、やがて様々 な組織・器官を作り出していきます(分化)。分化の過程では、個々の細胞のもつ遺伝子は 変化せず、どの遺伝子を読み取るかという遺伝情報読み取りのON/OFFパターンが変化 することで、各種細胞が生み出されます。つまり、人間を構成する各細胞は人間を作り出 すのに必要な遺伝子すべてを保持していて、それぞれの細胞では必要な遺伝子群だけが働 き、他の遺伝子の働きは抑えられているのです。このような遺伝子の変化を伴わない制御 をエピジェネティクスと言います。エピジェネティクスは遺伝子の働きを考える上でとて も重要な概念です。

遺伝子の本体であるDNA

(デオキシリボ核酸)は繊 維状の物質です。人間の各 細胞は約2mDNAを持 ち、そこに2万数千個の遺 伝子の情報が書き込まれて います。2mDNAは細 胞中の直径わずか10μmの 核に高度に折りたたまれて 収納されています。この折 りたたみの基本はヒストン と 呼 ば れ る た ん ぱ く 質 に DNAが二回巻きついた構

造で(図2)、これがさらに折りたたまれて核の中に収納されているわけです。この折りた たみ構造(クロマチン構造)が、先ほどの遺伝子ON/OFFの制御に深く関与しているこ とがわかってきました。DNA が高度に折り畳まれて凝縮したヘテロクロマチンと呼ばれ る領域では遺伝子の読み出しができずにOFF状態になりますし、緩く折り畳まれたユー

出身高校:大阪府立四条畷高校 最終学歴:京都大学大学院理学研究科

いきもの

図1 受精卵から成体ができる過程における遺伝子の制御。遺伝子そのものは変化せ ず、どの遺伝子を読み取るかという遺伝子の ON/OFF 制御により分化は進行する。

(12)

クロマチンと呼ばれる領域では遺伝子の読み出しが 容易で、ON状態になります(図2)。このようなク ロマチン構造による遺伝子のON/OFF制御機構の 研究は最近急速に進み、ヒストンやDNAの化学修 飾が鍵となることがわかってきています。しかし、 その分子機構はまだまだ不明です。私達はこのよう なクロマチン構造を介した遺伝子のON/OFF制御 の分子機構を解明することをめざしています。特に 遺伝子をOFFにするヘテロクロマチンに着目して、 その形成・制御機構について研究を進めています。

どのようなことに役立つのでしょうか?

細胞の性質はクロマチン構造によるエピジェネティックな遺伝子ON/OFF制御により 決まります。そして、この制御の乱れは様々な病気の原因になります。特に、がん細胞が 生じる過程に、クロマチン構造の制御異常が関わることがわかってきました。現在、クロ マチン構造制御に関与するたんぱく質を標的とした抗がん剤の開発がおこなわれています。 また、再生医療への応用で話題のiPS細胞は様々な組織に分化可能な未分化な状態の細胞 ですが、分化した細胞に特別な遺伝子を導入して作られます。この時、クロマチン構造に よる遺伝子ON/OFFパターンが、分化した状態から未分化な状態に戻ります。したがっ てiPS細胞を理解するためにはクロマチン構造制御機構の理解が不可欠です。

どのように研究を進めているのですか?

ある生命現象を研究するとき重要なのは、その研究に適した生物を研究対象に選ぶこと です。ヒトのクロマチン構造制御は大変複雑なので、私たちは、ヒトと良く似ているが単 純なクロマチン構造をもつ「分裂酵母」を研究対象に選んでいます(図3)。分裂酵母は簡 単に突然変異体を得ることができます。私たちはヘテロクロマチンに異常を示す分裂酵母 の突然変異株を得ることで、ヘテロクロマチンの形成や機能に関わる沢山の遺伝子を見つ けてきました。そして、それぞれの遺伝子がいつ、どこで、どのように働くか、相互には どのような関係があるのかについて、化学や物理学の手法も含む様々な方法を使って、精 力的に解析しています。

図2 ヘテロクロマチン・ユークロマチンと遺伝子 の読み取り

図3

A. 分裂酵母。 パ ン 酵母と は 全 く 異 な る 種 類 の 酵 母 で あ る。

B. ヘ テ ロ ク ロ マ チ ン の 可視 化。特別な染色法で DNA を青 色、 ヘ テ ロ クロ マ チン 領域を 赤色の蛍光色素で染色した。 C. 遺伝子工学的手法で作成した特別な分裂酵母。この酵母ではヘテロクロマチンが正常だと寒天培地上で赤色のコロニー

(酵母の集団)を作り、異常になると白(ピンク)のコロニーを作る。 赤:ヘテロクロマチン

青:DNA

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遺伝子の働きから生物の環境適応能力を探る

大学院理学研究院・大学院生命科学院 教授

山口

や ま ぐ ち

淳二

じ ゅ ん じ

(理学部生物科学科(生物学専修分野))

専門分野 : 分子生物学,植物科学

研究のキーワード : 環境応答,タンパク質,トランスジェニック,遺伝子機能,二酸化炭素 HP アドレス : http://www.sci.hokudai.ac.jp/~jjyama/keitai2/Welcome.html

研究のきっかけは何ですか?

長い間、生物科学の研究をしてきて実感していることは、生 き物の姿は、進化の産物であると同時に、今ある環境に対する 適応の結果だということです。これ、もうちょっと説明しましょ う。コーヒー好きの私は、昔行きつけの店で2本の小さなコー ヒー苗木をもらいました。右図は、数年後、成長した2本の木 の写真です。小さい方は、私の居室にあったもの(→つまり、 教授室はストレスが多い!)、大きい方は、実験室にあったもの

(→良い環境で、のびのびと育った)。こういう感じで、環境は 生物の成長に影響を与えます。移動できない生物である植物な

どはそれが顕著で、その姿や形(例えば、葉が大きいのか小さいのか、何枚あるのか?と いったこと)は、その生物個体がすごしてきた環境の履歴そのものなのです。私たちヒト は、暑ければ日陰に隠れたり、部屋に入ってクーラーをつけたりしてやり過ごせますが、 植物はそうはいきません。彼らは単に「我慢強い」だけなのでしょうか?おそらく、植物 は、そのような急激な環境の変化に曝されても、それに適応するための「しくみ」を長い 年月をかけて獲得してきたのです。そういう環境応答のしくみが理解できれば、それを応 用して様々に役立てることができます。「最新の生物科学の論理と手法をふんだんに駆使し て、植物の環境適応機構を解明しよう」。これが、今の研究を始めるきっかけです。

どんな研究をしているのですか?

細胞内の様々な調節に関係しているユビキチン・プロテアソームシステム(以下UPS) について研究をしています。細胞の中には数百・数千種類のタンパク質が存在しますが、 それらを適切に分解して、品質管理や分子スイッチとして働かせているのがUPSです。 中でも重要なのが、E3ユビキチンリガーゼ(以下E3)で、植物には1200種類以上のE3 があります。これは植物ゲノム全体の5%に相当する遺伝子数です。言いかえれば、E3 こそが植物の優れた環境適応能力の源となっているのです。

私たちは、シロイヌナズナという植物(ペンペン草の仲間なのですが、モデル生物の一 つとして有名です-図1)を用いて、代謝の調節に重要なE3であるATL31遺伝子を見つ けました。この証明過程では、遺伝子の塩基配列の解析が必須です。そのためには、シー クエンサー(図2)、リアルタイムPCRという最新の機械を駆使することになります。最

出身高校:埼玉県立熊谷高校 最終学歴:名古屋大学大学院

農学研究科

いきもの/生体工学/生命進化

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終的には、遺伝子組換え(トランスジェニック)植物を用いて証明しました。

E3は特別な標的タンパク質と結合するので、次に、ATL31と結合する標的を見つける必 要があります。これに関しては、最新のタンパク質科学技術(プロテオミクス)を用いま した。免疫沈降と質量分析装置を用いて、14-3-3というタンパク質を同定しました(図3)。 また、両タンパク質が細胞内で実際に相互作用することの証明には、共焦点レーザー顕微 鏡を用いて、BiFCという蛍光タンパク質技術を利用しました(図4)。このようにして、 様々な栄養環境下での適応に重要な遺伝子の働きを解明しました。このような一連の研究 は、遺伝子機能解析と総称されます。

次に何を目指しますか?

今、私たちが進めているのが、植物の二酸化炭素(CO2)応答に関する研究です。ご存 知のように、大気中のCO2濃度の上昇は、地球温暖化との関係もあり、世界的に大きな問 題となっています。植物は、光合成によるCO2吸収とバイオマス増収という観点から注目 を浴びています。しかし、高CO2環境に適応する植物(作物)の創出には、様々な基礎研 究が必要となります。私たちは、代謝の網羅的解析技術(メタボロミクス)を用いて、そ の解明を目指しています(図5)。もちろん、そのためには、研究室メンバー(図6)のガ ンバリも不可欠です。

読者の皆さんへのメッセージはありますか?

理学部生物科学科(生物学)に所属する教員は、全学教育理系基礎科目「生物学Ⅰ・Ⅱ」 の責任担当となっています。ですから、皆さんが受講される「生物学Ⅰ・Ⅱ」の授業担当 教員の多くは、私の同僚です。「いきもの」に興味があれば、授業が終わった後でもよいで すから、気軽に質問してみてください。色々おもしろいことが聞けると思います。

○ 理・生物のHP:http://www.sci.hokudai.ac.jp/bio/ 「北大生物」で一発検索)

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図1 研究室で飼育されているカエデチョウ科鳥類のつがい。(a)文鳥、(b)十姉妹、(c)セイキチョウ。

鳥のラブソングを読み解く

大学院理学研究院・大学院生命科学院 准教授

相馬

雅代

(理学部生物科学科(生物学専修分野))

専門分野 : 行動生態学,動物行動学

研究のキーワード : コミュニケーション,進化,鳴禽類,認知,発声学習 HP アドレス : http://www.sci.hokudai.ac.jp/~msoma/index.html

何を目指しているのですか?

「人間はなぜことばを持つようになったのか?」という問いには、現代においてすら、 いまだ明確なひとつの解が得られていません。ことばによるコミュニケーションを支える ヒトの認知機能には様々な要素がありますが、中でも重要な、耳から聴いた音を学習に よって獲得し自ら発することができるようになる、という発声学習(音声学習)の能力は、 ごく限られた動物にのみ備わっていることが分かっています。発声学習能力はなぜ進化し たのか-この問題を下敷きとして、私は小鳥を材料にコミュニケーション行動の機能と進 化の解明を目指しています。

なぜ鳥を研究しているのですか?

コミュニケーション行動の研究に鳥類を用いる、これには幾つかの理由があります。 発声学習能力をもつ代表的な動物は、コウモリ、クジラ、鳥の仲間で、ヒトの近縁種で ある霊長類には発声学習能力をもつものはおらず、鳥類では、スズメの仲間(鳴禽類)、 オウムの仲間、ハチドリの仲間、という3分類群のみが発声学習能力をもつことが分かっ ています。特に飼育下での行動研究が容易な鳴禽類は、発声学習のよいモデル動物といえ るでしょう。

また、音声コミュニケーションの進化を考える際、そもそも音信号のやりとりが何に役 立つためにそなわったのか、という、機能から淘汰圧を考える視点が重要になってきます。 鳥は、他の脊椎動物とくらべて一夫一妻制の繁殖システムを持つ割合が高く、親が育雛へ 寄与し家族生活が営まれる点や、その社会の複雑さなどといった特徴から、家族・つがい を基本要素とする社会関係とコミュニケーションとを対応づけて考えるのに適しています。

出身高校:フェリス女学院高校(神奈川県) 最終学歴:東京大学大学院総合文化研究科

(a) (b) (c)

いきもの

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何を研究しているのですか?

現在主な研究対象として飼育しているのは、鳴禽類の中でもカエデチョウ科に属する鳥 種です(図1)。鳴禽類一般に、発声学習によって獲得した歌(さえずり)は、なわばり防 衛や求愛のために用いられますが、ことカエデチョウ科の場合には、ほぼ求愛のためだけ に主にオスが発声することがわかっています(図2)。この歌はメスに何を伝えているので しょうか?

近年の研究では、鳴禽類の歌が発達初期の学習臨界期に獲得されることを根拠に、歌の

「質」、特にメスに好まれるような華麗で複雑な音響構造は、発達期のオスのコンディショ ンを反映しているのではないか、と予測し、検証がすすめられています。また、メスの側 は、単につがい相手を選り好みするだけでなく、好ましいオスとつがった場合に、産卵や 育雛への投資量を増加させることも分かってきました。このような雌雄間の相互作用が淘 汰圧となって、鳴禽類の音声コミュニケーションは進化してきたと予測されます。

しかし、まだまだ多くの未解明な点が残されています。たとえばヒト同士では、発話に 加えて身振り手振りや顔表情などが組合わさり様々なメッセージが伝達され、鳴禽類の求 愛ディスプレイでは、音にダンスが組合わさっているように、視覚情報と聴覚情報はとも にコミュニケーションに欠くことのできない役割を果たしています。このような視聴覚モ ダリティーにまたがるコミュニケーション行動は、なぜどのように進化したのかについて も、考えていきたいと思っています。

参考書

(1) 相馬雅代,「第8章親子関係発達」『行動生態学』沓掛展之古賀庸憲編,pp166-178 共立出版(2012

図2 研究材料とデータ

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遺伝情報は、どのように受け継がれるのか?

遺伝情報は、どのように使われるのか?

大学院先端生命科学研究院・大学院生命科学院 教授

小布施

力史

(理学部生物科学科(高分子機能学専修分野))

専門分野 : 分子細胞生物学

研究のキーワード : DNA,タンパク質,ゲノム,エピジェネティクス,遺伝 HP アドレス : http://www.lfsci.hokudai.ac.jp/labs/infgen/

何を目指しているのですか?

いきものを作る細胞はたった一つの受精卵から分裂して、2つになり、4つになり、私 たちヒトの場合60兆個の細胞から体ができあがっ ています。全ての細胞は、いきものをつくるための 全ての設計図が書き込まれた設計図集(遺伝情報、 ゲノム情報)を持っています。設計図集は、DNA と いうひも状の分子に書き込まれていて、ヒトの場合、 60億個の配列を含み、その全長は2メートルに及び ます。DNAは、さまざまなタンパク質やRNAと結 合し、46本の染色体としてコンパクトに折り畳まれ、 直径たった1/100 mmの核という細胞の中の構造体 に納められています。この設計図集が書き込まれた 染色体は、受精卵から分裂した全ての細胞へと受け継がれます。

私たちの研究室では、設計図集である染色体が、どうやって細胞から細胞へと受け継が れていくのか、その仕組を研究しています。いわゆる、「遺伝の仕組」の研究です。これが うまくいかないと、染色体の本数が異常となったり、DNAの情報に傷が入ってしまって、 もとの設計図集とは異なるものになってしまい、先天性疾患などを引き起こします。また、 がん細胞では多くの場合、染色体の本数が異常に多いことが知られています。

私たちの研究室では、細胞から細胞へと染色体として受け継がれた設計図集が、どうやっ て使われるのか、ということにも興味を持って研究をしています。ヒトの60兆個の細胞は すべて同じ性質を持つ細胞ではなくて、皮膚ならば、皮膚の細胞、神経ならば神経の細胞 というように、数百種類の異なる性質を持った細胞たちです。設計図集である染色体の DNAには2万4千種類のタンパク質の設計図が記載されていますが、皮膚細胞ならば皮 膚細胞、神経細胞ならば神経細胞に必要なタンパク質のセットを作るための設計図のセッ トが設計図集から読み出されます。このように、同じ設計図集を持ちながら細胞の種類ご とに異なるセットの設計図が読み出されるのですが、一度その設計図セットが読み出され るようになるとその状態が維持されます。例えば、皮膚の細胞は、もう他の細胞にはなり ませんよね。このように、細胞種ごとに異なる遺伝子セットを読み出したり、その状態を 維持する仕組は、「遺伝の仕組」ではなく、エピジェネティクスという仕組で行っていま す。この「エピジェネティクスの仕組」の研究をしているのです。

図1 染色体の顕微鏡観察像。DNAはタンパク質 や RNA とともに 46 本の染色体として核内に収納さ れます。わたしたちが発見したタンパク質を機能 阻害すると、姉妹染色分体がバラバラになってし ま う こ と が わ か り ま し た 。 こ の 結 果 は 、 学 術 誌 Nature Cell Biology誌に掲載されました。

出身高校:愛知県立中村高校 最終学歴:名古屋大学大学院理学研究科

いきもの/生体工学/病理

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どんな装置を使ってどんな実験をしているのですか?

私たちの研究室では、網羅的な解析法を駆使して研究をしています。網羅的な解析って 知っていますか?例えば、森があって、どんな森か知りたいと思ったとします。そのとき、 遠くから森を眺めても「こんな感じ かな」という程度にしかわかりませ んし、森の中に入って何本か木を見 ても、やっぱり森全体のことはわか りません。そこで、網羅的な解析は どうするかというと、木を全部見て しまうのです。そして、その知識を 合わせると、森も理解できる。私た ちの研究では、森が染色体で、木が その中にあるタンパク質やDNAです。これができると、なんといっても全部の木を見て いるので、効率が良くて、しかも思いがけない発見があります。この解析手法のおかげで、 生命科学の進歩がどんどん速くなっているのですが、私たちも北大でこの手法を駆使して 最先端の「遺伝の仕組」と「エピジェネティクスの仕組」の研究をしているのです。

例えば、質量分析計を用いれば、ごく微量(1/1,000,000,000 g)のタンパク質さえあれ ば、その名前がわかります。この技術を使って遺伝の仕組やエピジェネティクスの仕組に 関わる新しいタンパク質を次々と発見しています。また、次世代シーケンサーは、1週間 でヒトの染色体DNAの数人分にも相当する400億塩基を解読できる装置です。10年前な らば、何千人もの科学者が10年にも及ぶ歳月を要した解析が、いまや、私たちの実験室で たった1週間で解析できてしまうのです。この装置を使うと、わたしたちが発見した因子 が染色体上のどこでどのような機能を果たしているか知ることができます。

次に何を目指しますか?

最近、よく耳にするiPS細胞ですが、 これは、例えば皮膚の細胞に4つの遺 伝子を導入することによりエピジェネ ティクスの仕組を操作して、いろいろ な細胞になることができる性質になっ た人工多能性幹細胞のことです。この 細胞、どんな細胞にでもなれるので、 例えば、神経になるような操作をして

あげると神経細胞ができ、これをもとの人に戻してあげると、神経の病気も治療できるの ではないかと言われています。これが再生医療です。がん、精神疾患、生活習慣病、老化 も、遺伝やエピジェネティクスの仕組みが関わっていると言われています。私たちは、遺 伝の仕組みやエピジェネティクスの仕組を研究して、将来的には人工的にそれらを操作する 技術を開発し、病気の治療や再生医療、生活習慣病などの改善に役立てたいと考えています。

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右と左の世界を見分ける

大学院先端生命科学研究院・大学院生命科学院 教授

門出

健次

(理学部生物科学科(高分子機能学専修分野))

専門分野 : 生物有機化学

研究のキーワード : キラリティ,円偏光,分子,合成化学

HP アドレス : http://www.lfsci.hokudai.ac.jp/labs/infchb/

どのような研究をしているのですか?

ヒラメとカレイの見分けはつきますか?どちらも似たような平べったい魚ですが、よく みると目の位置が違い、鏡に映ったような関係にあります。右手と左手も同じで、鏡に映っ たような関係の1対の似たものが世の中には沢山あります。こういった関係は、目に見え ない分子の世界にもあります。炭素は4本の手を持っているのですが、その形が正四面体 構造にあるため、立体的な性質が生まれてきます。この性質を「キラリティ」といって分 子の性格を決める大事な要因となっています。例えば、調味料に使われるL-グルタミン酸 を人はうまいと感じますが、鏡に映った関係にあるD-グルタミン酸にはうまみを感じませ ん。医薬品も有機分子で作られるため、キラリティの性質があり、片方だけが有効である ということが多くみられます。中には、サリドマイドのように片方が深刻な副作用を示す 例もあります。このようにキラリティは、分子にとって、重要な性質ですが、意外にも、 これを区別する方法はあまり多く知られていません。私たちの研究室では生き物の体を構 成する有機分子や医薬品などの人工有機分子の右、左を見分ける方法の研究をしています。

図1 左ヒラメに右カレイ?ヒラメとカレイは鏡に映した様な関係。 図2 うまみの成分の化学構造式。

どんな装置を使って、どんな実験をしているのですか?

普通の光はいろんな方向に振動している光が混ざっていますが、その中の円偏光という 光を利用します。この円偏光には、右回りのものと左回りのものがあり、キラリティをも つ物質を透過する際に、左右の光の吸収の違いが生じ、その差から円二色性と言われるス ペクトルを得ることができます。キラリティをもつ物質により、そのスペクトルが変化し ますので、分子の左右を見極めるのに重要な情報をこのスペクトルから得ることができま す。人間の目は、この円偏光を認識することはできませんが、昆虫の一種には、円偏光を 識別できる能力があることが分かってきました。また、身近なところではこの円偏光が映 画館やテレビの三次元映像に利用されています。私たちは、円偏光の中で、特に赤外領域 に注目しています。赤外線は、すべての有機化合物が吸収する光ですので、応用範囲が非

出身高校:愛媛県立松山南高校 最終学歴:北海道大学大学院理学研究科

ミクロの世界/生体工学/マテリアル

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常に広がる可能性を秘めています。

図3 円二色性スペクトルの原理。左と右の円偏光の吸収の差から分子の情報が分かる。

高等生物を構成するアミノ酸は、すべてがL体です。と、我々が大学生のころは、そう 習いました。しかし、分析法の進歩とともに、人間にもD-アミノ酸が存在することが分か り、また、D-アミノ酸への変化が病気に関係していることも示唆されています。アミノ酸 以外の生体成分はどうでしょうか?実は、左右を区別する方法は、意外に難しく詳しく調 べられていません。私たちの研究室では、生体にとって重要な成分を合成化学の手法を 使って人工的に作りだし、そこから、右と左を分けて、両方のサンプルを得ます。信頼で きる人工サンプルを基に、円二色性スペクトルを解析することにより、左右を簡単に区別 できる新しい方法を開発しています。

写真1 赤外円二色性スペクトル装置 図4 人工的に合成された右と左の生理活性脂質

研究者になったきっかけは何ですか?

もともと化学はあまり得意な分野ではなかったのですが、学部2年の時に有機化学の講 義で落第点をとり、これが契機となり、逆に猛勉強することになりました。学部4年の研 究室配属では、天然物有機化学の研究室へ。学問好きな先生と、いい同級生に恵まれ、実 験に没頭する日々でした。教員として採用された後にアメリカで研究する機会にも恵まれ ました。そこで超一流の研究者を目の当たりにして、学問の厳しさと楽しさを教えてもら いました。私の場合、最初から大学の研究者をめざしたわけではなく、研究を通して出会っ たよい先生とよい友人に刺激され、目の前にある選択肢を選ぶことで、結果的に研究者に なったと感じています。人間万事塞翁が馬。

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地震・噴火メカニズムの解明と防災への橋渡し

大学院理学研究院・大学院理学院 准教授

高橋

た か は し

ひ ろ

あ き

(理学部地球惑星科学科)

専門分野 : 地震学,火山学,測地学,自然災害科学,地域防災,温泉科学 研究のキーワード : 地震,火山,津波,災害予測,プレート運動 HP アドレス : http://www.sci.hokudai.ac.jp/~hiroaki/

何について研究しているのですか?

地震や火山噴火は、地球が現在も生きていることを示しています。地震は、時には数百 kmもの広範囲にわたる地下の断層が急激にずれることであり、噴火では地下数kmにある マグマが地表に噴出します。これらのメカニズム解明のために、研究室から飛び出して地 震や噴火の「現場」に観測機器を設置しデータを取得します。断層やマグマ溜りは地下深 くにあるため、地下に埋もれた見えないものを見えるようにする工夫が必要で、物理や数 学の手法を応用してそれに挑んでいます。地震や噴火の繰り返し間隔は数百年以上に及ぶ ため一つの場所で得られるデータには限界があります。皆で知恵を絞り様々なアプローチ でチャレンジすることが必要であり、国際的な共同研究も欠かすことができません。

日本は豊かな国土に恵まれていますが、これ は太古の昔から繰り返された地震や噴火が作り 上げたものです。我々はその恩恵を受けて生活 していますが、ひとたび地震や噴火が発生し強 い揺れや津波・火砕流などが起これば、人命を 奪うような災害となります。自然災害は必ず繰 り返しますが、それらの要因や特性を自然科学 や社会科学の手法を用いて解明し災害を予測 して対策を打つことで被害を減らすことが可能 です。防災減災は、ひとつの学部、あるいは大 学内に閉じこもっているだけでは達成されず、

常に変容する社会と関わっていくことが必要です。多様な価値観を持ち複雑化した現代社 会において自然災害にどう備えるかを考えることも大きなテーマです。

どのように研究しているのですか?

地震や火山噴火を引き起こす原因はプレート運動です。プレート境界に位置する日本列 島はひずみが溜まり続けており、やがて岩板が耐えきれなくなると「ずれ」が発生して地 震が起こります。沈み込んだプレートは、地下深くではマグマを発生させます。ある場所 でのひずみの蓄積状況が明らかになれば、地震が発生する可能性を推定できるかもしれま せん。このため、ロシア極東地域や北海道内に地面の動きを計測する機器や地震計を設置 して、北東アジア地域のプレート運動という大きな枠組みの中で、どこでどの程度の地震

出身高校:茨城県立日立第一高校 最終学歴:北海道大学大学院理学研究科

災害・防災

この100年間で北海道最大の内陸地震である1938 年屈斜路地震断層を掘り出し地層のずれの性質か ら地震の特性を調べる。調査について地元の小学 生や住民の方々に説明しているところです。

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が発生する可能性が高いのかを明らかにする国際共同研究を行っています。

地震が海底で発生すると津波が起こり大きな被害を引き起こします。従来、津波警報は 地震計のデータを基に発表されてきましたが、東日本大震災ではその限界が明らかになり ました。北海道内に設置されたひずみ計という観測機器を用いて、津波警報を早く正確に 発令できるような手法の開発を進めています。

北海道には多くの活動的な火山がありますが、大きな噴火はめったに起こりません。噴 火を予知し災害軽減につなげるためには、噴火に至るプロセスを事前に明らかにしておく ことが必要です。ロシアのカムチャツカ半島には多くの活動的な火山がありますが、その 中で最も活発であり、アジアの火山で最高峰でもあるクルチェフスカヤ火山(標高4850m) に地盤の傾きを測定する観測機器を設置して、爆発的噴火や溶岩流などの様々な噴火様式 をコントロールする要因を探る国際共同研究を行っています。

これから何を目指しますか?

日本列島に住んでいる我々は地震や噴火と うまく付き合っていくことが必要です。発生 メカニズムの解明はサイエンスとしてとても 魅力的ですが、地震や津波・噴火による災害 を軽減することも重要なテーマです。いくら 優れた研究成果が得られても、それが社会の 中で活用されるようなしくみがなければ減災 は実現されません。様々な社会的要請に沿っ た研究を総合的に進め、成果を理解しやすい

よう翻訳して社会へ伝え減災を実現していく手法はいまだ確立されておらず、多くの解決 すべき問題が残されています。実社会での減災を実りあるものとするには、理学や工学、 社会学や心理学などの多岐にわたる研究成果の統合をはかるだけでなく、研究や大学の世 界を超えて行政や被災者になり得る住民、情報伝達を受け持つマスコミと協働し、地元の ニーズにあった災害に強い街づくりを目指す取り組みが必要です。

ロシアのカムチャツカ半島クルチェフスカヤ火山(4850m) での国際共同観測。ヘリコプターを使って標高2300mの 観測点で機器の設置を行った。

ロシアのサハリン州南部でのGPS観測。日本海東縁部 から北海道日本海側を抜けてサハリンへ続く地震帯で の地震発生に関する調査を行った。

えりも町と協力協定を結んで、町民の防災意識の向上 を目指した講演会や出前授業、サイエンスカフェなど の取り組みを行っています。他の市町村や道とも減災 へ向けた様々な取り組みが行われています。

参照

関連したドキュメント

2)医用画像診断及び臨床事例担当 松井 修 大学院医学系研究科教授 利波 紀久 大学院医学系研究科教授 分校 久志 医学部附属病院助教授 小島 一彦 医学部教授.

金沢大学学際科学実験センター アイソトープ総合研究施設 千葉大学大学院医学研究院

東京大学 大学院情報理工学系研究科 数理情報学専攻. hirai@mist.i.u-tokyo.ac.jp

東北大学大学院医学系研究科の運動学分野門間陽樹講師、早稲田大学の川上

東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 教授 赤司泰義 委員 早稲田大学 政治経済学術院 教授 有村俊秀 委員.. 公益財団法人

話題提供者: 河﨑佳子 神戸大学大学院 人間発達環境学研究科 話題提供者: 酒井邦嘉# 東京大学大学院 総合文化研究科 話題提供者: 武居渡 金沢大学

山本 雅代(関西学院大学国際学部教授/手話言語研究センター長)

向井 康夫 : 東北大学大学院 生命科学研究科 助教 牧野 渡 : 東北大学大学院 生命科学研究科 助教 占部 城太郎 :