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香川県十瓶山窯跡群出土須恵器の胎土分析

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Academic year: 2024

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香川県十瓶山窯跡群出土須恵器の胎土分析

森 本   蓮 ・ 白 石   純

― 論 文 要 旨 ―

 十瓶山窯跡群は香川県綾歌郡綾川町陶から坂出市府中町に位置している十瓶山及び府中湖を中心 とした滝宮台地とその周辺に展開する須恵器窯並びに瓦窯の総称である。そして,7世紀中葉から 14世紀にかけて長期の土器(須恵器)生産活動が行われている地域で,これまでに須恵器窯約80 基,瓦窯約20基が確認されている。また同窯跡群は古代から中世にかけての須恵器生産の具体的な 変遷を知るうえで非常に重要である。

 小稿ではこの窯跡群から出土した須恵器の自然科学的手法(蛍光X線分析)による胎土分析を実 施し,須恵器の胎土が時期,窯跡の立地の違いで胎土に差があるかどうかについて検討をした。

 胎土分析の結果,時期が新しくなるにつれ胎土に含まれるCaO,K2Oの量は増加する傾向がみら れ,逆にFe2O3,TiO2の量は減少する傾向がみられた。地域ごとの結果では7世紀中葉である打越 窯跡から東へ窯跡が移動するにつれCaO,K2Oの量は増加し逆にFe2O3とTiO2の量は減少する傾向 がみられた。

キーワード:香川,十瓶山,胎土分析,須恵器,窯跡

(2)

1.はじめに

 十瓶山窯跡群は香川県綾歌郡綾川町陶から坂出市府中 町に位置し,十瓶山及び府中湖を中心とした,東西・南 北約4kmに広がる滝宮台地とその周辺に展開する窯跡 の総称である。古代から中世前期(約7世紀中葉から14 世紀)にかけて長期の生産活動が行われており,須恵器 窯約80基,瓦窯約20基からなる南海道最大の窯跡群であ る。このことからこの地域における須恵器生産の具体的 な変遷を考えるうえで非常に重要な遺跡である。

 十瓶山窯跡群における須恵器の変遷は佐藤竜馬氏(佐 藤1994)による区分から5支群に(AからE)に分類さ れている。またこれらの支群には異なる年代からなる小 支群が存在している。十瓶山窯跡群における窯総数の注 意点として,この小支群内に存在している窯がすべての 時代で操業されていたわけではなく,年代によっては操 業されていない時代も存在している。また,再度操業さ れた窯も存在しているため,操業数と総数は一致してい ない。最も操業数が多いのは11世紀末葉から12世紀後葉

(操業数21基),次に多いのは9世紀後葉から10世紀前葉

(操業数18基)である。その他の時代では10基を超える

図1 十瓶山窯跡群の窯分布図

(3)

窯の操業は行われていない。

 前述の支群を参考にして比較的近い地域でもって五つ の地区に分けた。図1で府中湖周辺をA地区,十瓶山を 中心としたB地区,十瓶山より南の一部をC地区,火の 山近辺をD地区,上述のどれとも被らない場所をE地区 とした。また図1のアからキは粘土を採集した地点であ る。

 十瓶山窯跡群の胎土分析に関してはすでに三辻利一 氏,渡部明夫氏が実施している(三辻・渡部1992)。こ の分析でも7世紀から12世紀にかけての須恵器を分析 し,12世紀の新しい須恵器はK2O,CaO量が他の時期よ り多く含まれ,逆にFe2O3量が少ないことを指摘してい る。

2.分析方法・試料

 測定装置,条件,試料は以下の通りである。

 測定装置:蛍光X線分析計SEA5120A(日立ハイテク サイエンス社製)を使用した。

 測定条件:X線照射径2.5mm,電流50〜200mA,電 圧50kV/15kV,測定時間300秒,測定室内は真空状態の 条件で測定をした。

 測定元素:CaO,SiO2,TiO2,Al2,Fe2O3,MnO,

MgO,Na2O,K2O,P2O5,の10元素である。

 測定試料:試料は一辺が1cm前後の大きさにカット し,試料表面についた汚れを研磨機で除去したあと,乾 燥する。乾燥した試料を乳鉢(タングステンカーバイト 製)で粉末状にする。粉末(100〜200メッシュ)にした ものを加圧成形機で約10トンの圧力をかけ,コイン状に 成形したものを測定試料とした。したがって一部破壊分

析である。

3.分析結果

 分析の結果は胎土に差がみられる元素を選んで散布図 を作成した。今回の分析ではCaO,K2O,Fe2O3,TiO2

の4元素を用いて散布図を作成し,胎土の違いについて 検討した。

(1)時代別での比較

 図2(K2O-CaO)と図3(Fe2O3-TiO2)は時代別に 比較をした散布図である。

 図2より7世紀中頃の須恵器はCaOが約0.2%以下,

K2Oは約1.0%〜約2.5%の間に分布。8〜9世紀の須 恵 器 はCaOが 約0.2 % 付 近 を 中 心 に 集 中 し,K2Oは 約 1.0%〜約2.5%の間に分布。9〜10世紀の須恵器はCaO が約0.2%〜約0.4%で約0.3%を中心に集中し,K2Oは約 2.0%付近を中心に分布。11〜12世紀の須恵器はCaOが 約0.4%〜0.6%の間,K2Oは約2.0%〜3.0%の間に最も集 中した。13世紀の須恵器のCaOも約0.4%〜0.6%に集中,

K2Oは約3.0%に集中した。14世紀の須恵器のCaOは約 1.0%付近に集中,K2Oは約2.5%付近に集中する結果で あった。

 図3より7世紀の須恵器はFe2O3が約5.0%付近に集 中,TiO2は約1.2%付近であった。8〜9世紀の須恵器 はFe2O3が約6.0%〜約10.0%,TiO2は約1.0%〜1.2%で あった。9〜10世紀の須恵器はFe2O3が約5.0%〜10.0%,

TiO2は約0.8%〜1.4%であった。11〜12世紀の須恵器は Fe2O3が約5.0%付近,TiO2は約0.9%付近であった。13〜

14世紀の須恵器はFe2O3は約4.0%〜約8.0%の間,TiO2

表1 十瓶山窯跡群出土須恵器の分析試料一覧

番号 窯跡名 時期 小型品(杯又は皿) 大型品(甕・壺・鉢) 総点数

打越窯跡 7世紀中葉 20 20 40

池宮神社南窯跡 8世紀 10 20 30

庄屋原3号窯跡 8世紀 10 20 30

大師堂池 8〜9世紀 12 0 12

十瓶山西2号窯跡 8〜9世紀 21 20 41

庄屋原4号窯跡 9世紀 10 7 17

すべっと1号窯跡 9〜10世紀 20 29 49

すべっと2号窯跡 9〜10世紀 20 20 40

田所深池窯跡 9〜10世紀 20 0 20

10 深池窯跡 10世紀 10 0 10

11 西村2号窯跡 11世紀 10 10 20

12 林ヶ谷1号窯跡 11〜12世紀 0 25 25

13 すべっと4号窯跡 12世紀 0 26 26

14 西村1号窯跡 12世紀 0 10 10

15 綾南奥下池南窯跡 12世紀 0 10 10

16 西村N14-SK03 13世紀 10 10 20

17 西村遺跡S5-SK01 14世紀 0 10 10

合計分析数 173 237 410

(4)

約1.0%〜1.2%であった。

 以上のように時期別ではCaOとK2Oの含有量が,時期 が新しくなるにしたがい増加していることが分かる。

(2)地区別の比較

 図4(K2O-CaO),図5(Fe2O3-TiO2)は地域別の散 布図である。

  図 4 よ り A 地 区 で はCaOが 約0.2 % 以 下,K2Oは 約 1.0%〜約2.0%の間であった。B地区はCaOが約0.2%以 下〜約0.6%の間,K2Oは約2.0%〜約3.0%の間であった。

C地区はCaOが約0.3%〜約0.6%の間であり,一部は約 1.0%付近を示しK2Oは約2.05〜約3.0%であった。D地区 はCaOが約0.4%付近に集中し,K2Oは2.0%〜3.0%であっ た。E地区はCaOが約0.2%付近に集中,K2Oは2.0%付近 に集中する結果であった。

 図5よりA地区はFe2O3が約4.0%〜約8.0%の間,TiO2

は約1.2%付近であった。B地区はFe2O3が約6.0%〜約 10.0%特に約8.0%付近に集中,TiO2は約0.8%〜約1.2%

特に約1.0%〜約1.2%付近に集中していた。C地区は Fe2O3が約4.0%〜8.0%の間,TiO2は約1.0%〜1.2%の間 であった。D地区はFe2O3が約4.0%付近に集中し,TiO2

は約0.9%付近に集中した。E地区はFe2O3が約6.0%付近 に集中し,TiO2は約1.0%付近に集中する結果であった。

 以上のように地区別ではCaOとK2Oの含有量が西から 東へ窯が移動するにしたがい増加していることが分か る。

(3)粘土の比較

 図6(K2O−CaO),図7(Fe2O3-TiO2)は須恵器と十 瓶山周辺から採集した粘土の比較である。

 これらの散布図よりウとエの地点より採集した粘土は 須恵器の胎土と同じ結果となった。またその他の地点 ア,イ,オ,カ,キの採集した粘土は須恵器の分布領域 には入らず,胎土的には異なっていることが分かった。

4.まとめ

 今回の十瓶山窯跡群の胎土分析では,以上の結果と なった。

(1) 十瓶山を中心として周辺の窯跡から出土した須恵 器を分析したが,時期別で比較したところ,時 期 が 新 し く な る とCaO,K2O量 が 増 加 し, 逆 に Fe2O3,TiO2が減少した。

これは三辻氏,渡部氏が報告していることと同様 の結果が得られた。

(2) 地区別での比較では十瓶山を中心に西部に位置し ている窯跡から東部に位置する窯跡へと移動する につれCaO,K2O量が増加し逆にFe2O3,TiO2が減 少した。

(3) 採集粘土と須恵器の比較ではウとエの粘土と胎土 が類似していた。

 以上の分析結果から時期が新しくなると胎土に違いが みられることはどのような原因が考えられるのか,地質 学的には花崗岩と花崗岩の風化堆積物で差違はないこと から粘土の製作技術が関係していることが考えられる。

特にCaOやK2Oが異なることは胎土中の長石類が関係し ているかもしれない。今後の課題としたい。

 分析試料の提供では香川県埋蔵文化財センター,綾川 町教育委員会,渡部明夫氏にお世話になった。また,亀 田修一先生には終始ご教示をして頂いた。末筆ながら記 して感謝いたします。

参考・引用文献

三辻利一1983『古代土器の産地推定法』ニューサイエンス社 三辻利一・渡部明夫1992「綾南町周辺の窯跡出土須恵器の胎土分

析について」『香川史学』21年香川歴史学会

佐藤竜馬1994「十瓶山窯跡群の分布に関する一試考」「財団法人香 川県埋蔵文化財センター研究紀要Ⅱ」香川県埋蔵文化財センター

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図3 時代別 胎土の比較 図2 時代別 胎土の比較

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図5 地域別 胎土の比較 図4 地域別 胎土の比較

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図7 粘土の比較 図6 粘土の比較

参照

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