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香りの瞬間を質量分析計で捉える

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494 化学と生物 Vol. 53, No. 8, 2015

DART-MS を用いた食品におけるフレーバーリリース現象のリアルタイム計測

香りの瞬間を質量分析計で捉える

食品のおいしさを,科学的に探究しようとする試みは 近年盛んになっており,その中の一つの研究対象として フレーバーリリースに着目した研究が挙げられる.特 に,摂食時に口腔内から鼻に抜ける揮発性成分であるレ トロネーザルアロマ(retronasal aroma)に着目した研 究が多く,その際の揮発性成分を分析する手法の報告は 多い.当初その研究の中心は,喫食時に口腔内を経て鼻 腔に到達する揮発性成分を捉えることに注力されてい た.これは喫食時に風味に大きく影響を及ぼすのはレト ロネーザルアロマであることが知られているためであ る.しかしながら,本来フレーバーリリースという概念 には連続的な時間軸が存在し,個々の揮発性成分の放出 の順序や量的な挙動を捉えなければ,風味として認識さ れる現象を説明するには至らない.そのため,人間の咀 嚼状態を想定した装置の開発も絶えず行われており,そ の際に口腔内で食品から放出される揮発性成分を検知す る装置として,atmospheric pressure chemical ioniza- tion mass spectrometer(APCI-MS;  大気圧化学イオン 化 質 量 分 析 計) や,proton transfer reaction mass  spectrometer(PTR-MS; プロトン移動反応質量分析計)

などの分子イオンを推定できるソフトなイオン化方法を 備えた質量分析計を組み合わせて使用してきた(1, 2).し かしながら,これらのデータ取得スピードは,最も速い ものでも数秒間に1回程度であるため,食品からのフ レーバーリリース,つまり秒単位で食品から放出される 揮発性成分の挙動を捉えることは困難であった.しかし な が ら,筆 者 ら に よ っ て2014年 にdirect analysis in  real time(DART)イオン化装置と質量分析計を組み 合わせた新しいシステム用いて,リアルタイムで連続的 に食品から放出される揮発性成分を測定できることが報 告された(3)

DARTイオン化とは,2005年にCordyらによって報 告された大気圧イオン化法(4)であり,その原理は励起ヘ リウムによってイオン化された大気中の水分子の影響で イオン化するというソフトなイオン化を特徴(5)としてい るため,分子イオンの推測も可能である.さらに,開放 的な大気下でイオン化が行われる構造を考えれば,揮発 性成分をイオン化領域に供給し続けることで,質量分析

計でのリアルタイム分析も理論上は可能であった.しか しながら,開放的な状態でのイオン化は,揮発性成分の 拡散にもつながるため,食品から放出される微量の揮発 性成分がイオン化後に効率良く質量分析計に取り込むこ とができないために,十分な感度が得られなかった.そ のため,フレーバーリリースの計測で用いられることは なかったのである.それを解決したのが,DARTイオ ン化の特徴となるリアルタイムなイオン化の機能を維持 し,揮発性成分を感度良く連続的に測定することを可能 とした 揮発性成分専用デバイス の開発である(図 1.機能的な部分を簡単に説明すると次のようになる.

通常DART-MSシステムにおける気体の流れは,質量 分析計の溶媒排出口に相当する部分から10 L/minの気 体が排出されるため,当然ながら同量の気体が質量分析 計の前室部分に流入する必要がある.たとえばDART イオン源からイオン化のために放出される励起ヘリウム ガスが2.5 L/minとすると,それ以外は周りの大気を取 り込むこととなる.しかしながら,実際には分析試料か ら放出される揮発性成分をリアルタイムでイオン化を行 うデバイス部分に送り込むためには,0.5 〜 1 L/min程 度の気体をキャリアーとして使用する必要が出てくる.

これを,揮発性成分の拡散防止を重視して密封性の高い デバイスでイオン化部分を覆ってしまうと,イオン化に 必要な大気中の水分子の供給が難しくなる.それだけで なく,質量分析計の前室部分の圧力が不安定となるた め,安定的な質量分析計の動作に支障をきたしてしまう

図1連続的に揮発性成分を測定するシステムの概略図

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化学と生物 Vol. 53, No. 8, 2015

可能性が出てくる.つまりこの計測システムで求められ る機能は,揮発性成分の拡散を起こさず,質量分析計の 前室部分の圧力を安定させるという複雑な条件を満たす 必要があった.この難問に対して,小さなデバイス一つ で解決できたことが,リアルタイムで連続的なフレー バーリリース計測を成功できた理由である.

その後,質量分析計としてトリプル四重極質量分析計 を用いたmultiple reaction monitoring(MRM)分析を 採用することにより,ターゲットとする揮発性成分を,

さらに高感度かつ1秒単位という高速で食品から放出さ れる揮発性成分の挙動を計測することも可能となっ た(6).その事例として,チョコレートを意識した油脂固 形食品に -carvoneと -limoneneを添加して作られたモ デル食品を用いた実験データを紹介する.これは,口腔 内で油脂が溶解し,その過程で2種類の揮発性成分の放 出挙動をイメージして行われたものである(図2

このデータにおいて,加熱溶解によってモデル食品か ら放出された2つの揮発性成分の変化に着目すると,そ れぞれ異なる挙動を示している.-carvoneは加熱直後 から放出量が増加し続ける一方で, -limoneneは -car- voneに遅れて放出の増加が確認され,測定対象時間と なる20秒経過前に最高放出量を示した.そしてその後 は,平衡状態の継続もしくは減少する傾向となってい る.つまり,食品の物理的な変化に伴って生じた揮発性 成分の放出,まさにフレーバーリリースのリアルタイム 質量分析が実現したことを意味する.これは,香気を構 成する個々の揮発性成分バランスが,食品の香気特徴に

大きく影響を及ぼすという経験的な感覚と照らし合わせ ると,喫食時に認識する風味を係数化するための重要な ツールになると考えられる.

日本のフレーバーリリース研究において,計測システ ムに関する研究者やその報告例は少ない.しかしなが ら, 食のおいしさ を研究していくためには,フレー バーリリース計測システムの進化は必ず必要である.今 後,フレーバーリリース計測システムに携わる若い研究 者が増え,そして新たな研究成果が生まれていくことに 期待したい.

  1)  西成勝好:日本家政学会誌,65, 245 (2014).

  2)  小竹佐知子:日本調理科学会誌,41, 84 (2008).

  3)  Y.  Kudou,  T.  Sagawa,  T.  Nishiguchi  &  K.  Kinoshita: 

62nd, American Society for Mass Spectrometry (ASMS)  Annual Conference, Abstract, 2014, p. 838.

  4)  R. B. Cordy, J. A. Laramée & H. D. Durst:  ,  77, 2297 (2005).

  5)  K.  Sekimoto,  M.  Sakakura,  T.  Kawamukai,  H.  Hike,  T. 

Shiota, F. Usui, Y. Bando & M. Takayama:  , 139,  2589 (2014).

  6)  佐川岳人,工藤由貴,西口隆夫,川向孝知,塩田晃久,

星 大海,渡辺 淳:日本食品科学工学会誌,62,  335  (2015).

(佐川岳人,エスビー食品株式会社開発生産グループ商 品部)

図2 -Carvone,  -limoneneのフレーバー リリース変化量

a)MRMモ ー ド で 測 定 さ れ た -carvone,  - limoneneのフレーバーリリース変化量,b)

試料加熱時の品温変化.

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496 化学と生物 Vol. 53, No. 8, 2015 プロフィル

佐川 岳人(Takehito SAGAWA)

<略 歴>1988年 東 京 農 工 大 学 農 学 部 卒 業/同年エスビー食品株式会社入社/2013 年金沢大学自然科学研究科後期博士課程修 了(薬学博士),現在,エスビー食品株式 会社開発生産グループ商品部勤務<研究 テーマと抱負> 官能評価の結果を機器分 析値でどのように説明するか という視点 で食品科学を探求<趣味>水彩画,釣り

Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.494

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