【要旨】 本稿の目的は,教育社会学における高等教育を対象とした研究のうち,計量的 手法を採っているものにかんする実態を読み解くことにある。その際,「高等教 育研究は教育社会学研究がこれまで培ってきた理論・方法的枠組みを共有してい るのか」及び「高等教育研究の固有の計量分析の課題とは何か。また他分野を参 照しながら今後,どのように課題に対応していくか」との二つの問いを設定した。 学会誌掲載論文や大会研究発表の実態を分析した結果から,手法面においては, 『教社研』高等教育計量論文ではより積極的に「一般化線形モデル」が用いられ ていること,内容面においては,高等教育の「制度・政策」がテーマとして共有 されているとの特徴が示された。一方,『教社研』高等教育計量論文の特徴は 「進学」にあり,「逸脱」や「学習」「経営・運営」は扱われないことから,これ らが『教社研』高等教育計量論文とその他との境界となっていることを示した。 他方で,引用の構造から,『教社研』高等教育計量論文は『教社研』高等教育計 量論文を引用する傾向がありながらも,社会学の雑誌を引用する傾向もあること が明らかになった。以上より,第一の問いに対しては,「全く共有していないわ けではない」と見たほうがより適切であることを述べた。 むしろ,今は『教社研』内部の分断よりも,隣接領域や社会の動向を注視すべ きであろう。特に政策との距離が近い高等教育研究にとって,EBPM がもたら す専門家の存在意義や方法の高度化とその陥穽など,対応すべき難題は多いため, 隣接領域での議論に学ぶ必要がある。その際には,方法論を巡る議論の場= “ 生 教育社会学研究第104集(2019)
高等教育研究と計量分析
立石…慎治
*・丸山…和昭
**・速水…幹也
***・…
松宮…慎治
****・中尾 走
*****・村澤…昌崇
****** *国立教育政策研究所 **名古屋大学 ***名古屋大学大学院・椙山女学園大学 … ****広島大学大学院・神戸学院大学 *****広島大学大学院 ******広島大学態系 ” が役割を果たすと考えられるため,教育社会学界の経験から豊かな示唆が 得られることと思われる。したがって,第二の問いへの答えとして「EBPM を 介して分析手法の高度化が要請されているが,それを超えて課題であるのは,因 果推論を正確に議論することであり,(教育)社会学だけでなく,心理学,経済 学,情報科学等の隣接領域における議論や,これらの専門分野を超えた Rubin, Pearl,Campbell の因果モデルの展開を参照しつつ,計量分析における因果関 係の取扱い方について常に再考し続けること」を述べた。 キーワード:計量分析,引用関係,EBPM 1. はじめに 本稿の目的は,教育社会学における高等教育を対象とした研究のうち,計量的手 法を採っているものにかんする実態を読み解くことにある。 筆者らに課題が与えられるにあたって「教育社会学研究がこれまで培ってきた理 論的・方法的枠組みは高等教育研究においてどれほど共有されているのか」という 問題意識が企画の契機であったことが示された。 教育社会学研究がこれまで培ってきた蓄積に思いを巡らせてみると,その特長の 一つに計量的手法の豊かな研究成果を挙げることができるだろう。学会誌を紐解け ば,後述のとおり,近年は質的手法による論文が多く掲載されているものの,日本 教育社会学会の歴史のなかで,計量分析の論文とその知見は脈々と蓄積されてきた。 近藤(1990),中澤(2003)など,定期的にレビューが行われていることにも見ら れるように,教育社会学における計量分析は関心事の一つでもあり続けてきた。 こうした状況にあって,教育社会学における高等教育を対象とした研究が,教育 社会学が培ってきた理論・方法的枠組みのなかでも,特に計量という方法的枠組み について,果たして共有しているか否かに対して,筆者らなりに状況を描くことが 本稿に与えられた課題である。 冒頭の問題意識に立ち戻ると,この「教育社会学研究がこれまで培ってきた理論 的・方法的枠組みは高等教育研究においてどれほど共有されているのか」という捉 え方には極めて興味深い視点が含まれている。日本教育社会学会を『教育社会学研 究』というジャーナルによって成立している「ジャーナル共同体」(藤垣 2003) と見做すなら,掲載論文は査読によって教育社会学の知として妥当であると判断さ れており,また,掲載論文によって『教育社会学研究』の「妥当性境界」(藤垣
2003,p.32-33)が形作られている。掲載論文によって形作られる以上,「この境界 は,時々刻々作られ,書き換えられ,更新されていく性質をもつ」(藤垣 2003, p.33)。冒頭の捉え方が興味深いのは,まさにこうした捉え方は教育社会学の各領 域の研究がダイナミックに展開してきたために生まれた疑問であると見做しうるか らである。 本稿で取り組むのは,『教育社会学研究』に掲載された論文を対象とし,高等教 育研究,特に計量分析を用いたそれを特徴づけるものとは何なのかを探ることであ る。なお,本稿では,学会大会での研究発表にかんする若干の分析も試みる。 ジャーナル掲載論文が境界の内にあると判定された知であるならば,研究発表は妥 当性の判定前の,しかし,会員が教育社会学に相応しいとして持ちこもうとしてい る知と見做しうる。いずれにせよ,本稿ではあくまで教育社会学会(及びその大 会)において研究成果として立ち現われ,共有されたものを対象とする⑴。 こうした本稿の課題に取り組むにあたって,高等教育を研究対象とする他の学会 のみならず,他の社会科学分野の動向も視野に入れつつ議論したい⑵。本特集に関 連する重要な学会として日本高等教育学会が思い浮かぶが,その創設時の会員の多 くは日本教育社会学会員でもあり,重なりを持っていたこと,そして時代が下るに つれて会員のプロフィールの多様化,研究関心の変化が生じていることは周知のと おりである(濱中・足立 2013)。対象への関心を共有するもう一つの「ジャーナ ル共同体」との比較を通じて,教育社会学における高等教育研究を特徴づけるもの が見えてくるはずであろう。また,高等教育研究は政策との距離の近さ(加野 2013)を指摘されることがあるが,近年俄に「証拠に基づく政策立案」(Evidence… Based…Policy…Making,以下,EBPM)が要請されることで,距離の近さという課 題感は増しているとも取れる。これは一部の社会科学分野が共通して巻き込まれて いる事態であり,他の社会科学分野の動向も視野に入れることはとりわけ有益であ ろう。 したがって,この論文では次の 2 つの問いに答える。 1 .『教育社会学研究』等に表れた研究成果を見たときに,高等教育研究は教育 社会学研究がこれまで培ってきた理論・方法的枠組みを共有しているのか。 2 .高等教育研究の固有の計量分析の課題とは何か。また他分野を参照しなが ら今後,どのように課題に対応していくか。 以下, 2 節と 3 節で第 1 の問いに, 4 節で第 2 の問いに答える。 2 節では,『教 育社会学研究』に掲載されている計量的手法を採った高等教育を対象とする論文に
焦点を絞り,方法と内容にかんする実態を素描する。 3 節では,これらの論文の引 用関係から,計量的手法を採った高等教育論文がどのような参照構造に位置づくか を示すとともに,教育社会学会における研究発表と論文の関係性を確認する。 4 節 では,近年の社会動向,特に制度・政策の動向や他の専門分野の有り様に照らすと, 教育社会学研究において高等教育を対象とする計量的論文をどのように捉え直すこ とができるか述べる。 5 節では,これらの作業を通じた結論について触れる。 2. 高等教育と計量分析の実態 2.1. 分析の対象,枠組み及び結果 『教育社会学研究』(以下,『教社研』)における高等教育の計量論文の実態に迫る 前に, 2 節及び 3 節 1 項の分析で扱う対象について明確にしておきたい。 本稿が対象とする論文は,1998年から2018年に公刊された,第62集から第102集 に掲載されたもののうち,特集論文と英語論文を除いた241本である。このうち, 分析対象を次のように決めた。 まず,「大学」「大卒」「修士」「高等教育」等の,高等教育にかかわるキーワード を主題又は副題に含むか,テーマとして高等教育が扱われていることが明らかな論 文を対象とした。これを「高等教育論文(狭義)」とした。次に,高等教育を直接 研究対象としていなくても,分析課題に迫るために,高等教育に関連する変数を用 いた論文を「高等教育論文(変数として含む)」とした。そうした変数の典型例は 学歴であろう。教育社会学では学歴研究が盛んであるし,社会階層要因として親の 学歴を分析モデルに投入することは定石となっている。こうした論文では要素とし ての高等教育が一定の役割を果たすと考え,狭義のそれと峻別しつつも,対象に含 めた。 一方,「計量論文」の範囲は,何らかの数値情報を本文中で扱い,それが結果の 導出に貢献するものとした。つまり,単純集計のみにより解釈を行う等,高度な手 法を用いてない場合でも,計量分析として位置づけた。この結果,例えば,一般的 には歴史研究に分類される論文であったとしても,本文中で集計値等を用いて立論 する箇所が見受けられる場合は本稿の対象とした⑶。以上の定義に照らすと,「高 等教育論文(狭義)」は37本⑷,「高等教育論文(変数として含む)」は44本を数え た。 この定義に拠りつつ,『教社研』に掲載された,高等教育を対象とした計量論文 (以下,「『教社研』高等教育計量論文」と呼ぶ)における高等教育の位置づけを示
すために,ここでは二つの対象と比較する。 一つは『教育社会学研究』における高等教育以外の領域を対象とした計量論文 (以下,「『教社研』〈非〉高等教育計量論文」と呼ぶ)である。同じ「ジャーナル共 同体」の内に差異が見いだせるか否かを比較する。本稿冒頭の問題意識によれば, ここには何らかの差異(≒共有されない枠組み)が見いだせるはずである。 もう一つは『高等教育研究』(日本高等教育学会,以下,『高教研』)に掲載され た高等教育を対象とする計量論文(以下,「『高教研』計量論文」と呼ぶ)である。 対象への関心を共有するもう一つの「ジャーナル共同体」との比較を通じて,教育 社会学における高等教育研究を特徴づけるものが見えてくるはずであろう。 これら二つとの比較により,『教社研』における高等教育の計量論文にかんする 実態の浮き彫りを試みる。なお,分析に用いる『高教研』の論文は,『教社研』同 様,1998年から2018年に公刊された,第 1 集から第21集の66本である⑸。 両論文誌における掲載論文数,そのうちの計量論文,高等教育論文(狭義・変数 として含む)及びその両者に該当する論文について,1998年を起点に 5 年を区切り として 4 期に分けてカウントした⑹。結果は表 1 及び表 2 のとおりである。 『教社研』では,「高等教育論文(狭義)」は 3 期までは20%弱の割合を占めたの ちに 4 期に激減し, 0 %に近づく。「高等教育論文(変数として含む)」は, 4 期に 若干の回復を見せるものの,20%弱の割合で推移する。テーマとして高等教育は, 表 2 『高等教育研究』に掲載された論文数とその中に占める 計量論文の割合並びに高等教育論文の割合 1998-2002 2003-2007 2008-2012 2013-2018 掲載論文数 17 15 18 16 計量論文 82.4% 93.3% 88.9% 62.5% 表 1 『教育社会学研究』に掲載された論文数とその中に占める計量論文の 割合並びに高等教育論文の割合 1998-2002 2003-2007 2008-2012 2013-2018 掲載論文数 54 66 54 67 計量論文 64.8% 59.1% 57.4% 35.8% 高等教育論文(狭義) 16.7% 19.7% 16.7% 3.0% →うち,かつ計量論文 100.0% 92.3% 88.9% 100.0% 高等教育論文(変数として含む) 24.1% 15.2% 13.0% 20.9% →うち,かつ計量論文 100.0% 80.0% 100.0% 85.7%
もともと大勢を占めていたわけではなかったが,特に近年,明示的に取り上げられ ることがなくなりつつあることがわかる。ただし,「高等教育論文(狭義)」と「高 等教育論文(変数として含む)」のいずれにおいても,その大半は計量論文となっ ている。つまり,対象として取り上げられることが減っている中でも,計量的手法 が優勢であることは揺らいでいない。一方『高教研』では,『教社研』とは異なり, 計量論文そのものが減少している。 2.2. 手法と内容の実態 この状況を念頭に置きつつ,続いて,『教社研』高等教育計量論文,『教社研』 〈非〉高等教育計量論文,『高教研』計量論文のそれぞれにおいて,各手法が用いら れた回数や扱われた内容について以下に示す。 各手法が用いられた回数を数えた結果が表 3 である。なお,表 3 では, 1 論文で 複数の手法が用いられるケースがありうることから,各手法を数えた回数と論文数 とは一致しない。 表 3 からは,「度数分布・グラフ表現」及び「一般化線形モデル」の二つが,用 いられている手法の総数の 6 割程度を占めることがわかる。紙幅の都合で表から割 表 3 計量論文において採用されている手法のカウント 『教社研』高等教育計量論文 『教社研』〈非〉 高等教育計量論文 『高教研』計量論文 狭義 変数として含む 度数分布・グラフ表現 37.0% 30.5% 42.2% 57.1% 一般化線形モデル 21.9% 28.4% 11.1% 10.7% 相関係数 11.0% 3.2% 1.5% 6.0% クロス表 9.6% 3.2% 7.4% 2.4% 基礎統計量 5.5% 11.6% 8.1% 7.1% 因子分析 4.1% 2.1% 5.9% 6.0% 平均値 2.7% 8.4% 6.7% 3.6% パネルデータ分析 1.4% 3.2% 0.7% 1.2% パス解析 1.4% 0.0% 2.2% 1.2% 平均値の差の検定 0.0% 2.1% 3.0% 1.2% 主成分分析 0.0% 2.1% 3.0% 0.0% マルチレベル分析 0.0% 0.0% 3.7% 0.0% その他計量的手法 5.5% 5.3% 4.4% 3.6% 計量的手法件数 73 95 135 84 *『教社研』高等教育計量論文(狭義)に用いられた手法の割合に基づき降順
愛したが,「一般化線形モデル」の内訳はその 8 割弱が重回帰分析と二項ロジス ティック回帰分析であった⑺。この二つの手法がよく使われていることは実感に沿 うものと思われるが,実態としても標準的な手法として受容されていることがわか る。と同時に,『教社研』高等教育計量論文では,『教社研』〈非〉高等教育計量論 文と『高教研』計量論文に比べて,「一般化線形モデル」を用いる割合が比較的大 きく,逆に『教社研』〈非〉高等教育計量論文と『高教研』計量論文では,『教社 研』高等教育計量論文に比べて,「度数分布・グラフ表現」を用いる割合が比較的 大きい。 また,『教社研』高等教育計量論文のうち,「高等教育論文(狭義)」と「高等教 育論文(変数として含む)」の差を見ると,前者では「度数分布・グラフ表現」「相 関係数」「クロス表」が,後者では「一般化線形モデル」と「基礎統計量」が,そ れぞれもう一方に比べて用いられやすいようである。 用いられている手法に若干の特徴を見て取れたが,内容はどうか。表 4 では, 『教社研』と『高教研』に掲載された論文について,内容面からその主題を分類し てカウントした上で,上位に表れたものを示している⑻。 表 4 扱われている内容 『教社研』 『高教研』 計量 非計量 計量 非計量 高等教育 (狭義) 高等教育 (変数として 含む) 〈非〉 高等教育 高等教育 (狭義) 高等教育 (変数として 含む) 〈非〉 高等教育 進学 41.9% 25.0% 10.3% 0.0% 25.0% 0.0% 9.3% 8.3% 制度・政策 16.1% 5.0% 5.2% 50.0% 0.0% 7.8% 29.6% 25.0% 階層 12.9% 32.5% 12.1% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 労働 9.7% 15.0% 3.4% 16.7% 0.0% 2.9% 0.0% 8.3% 歴史 3.2% 2.5% 5.2% 0.0% 0.0% 5.9% 1.9% 16.7% 逸脱 0.0% 2.5% 22.4% 0.0% 0.0% 13.7% 1.9% 0.0% 文化 0.0% 2.5% 8.6% 0.0% 0.0% 4.9% 0.0% 0.0% 学校 0.0% 2.5% 6.9% 16.7% 0.0% 9.8% 0.0% 0.0% 教師 0.0% 2.5% 6.9% 0.0% 0.0% 16.7% 3.7% 16.7% 学習 0.0% 2.5% 5.2% 0.0% 0.0% 1.0% 18.5% 16.7% 経営・運営 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 20.4% 0.0% その他 16.1% 7.5% 13.8% 16.7% 75.0% 37.3% 14.8% 8.3% 合計 31 40 58 10 4 102 54 12 *表の左列より順にテーマの割合に基づき降順 *15%以上のセルに網掛けをしている(「その他」を除く)
何が共有されているかを読み解く視点からは,『教社研』における「高等教育論 文(狭義)」と『高教研』を比較したときに,主要トピックとしての「制度・政策」 が浮き彫りになる。計量・非計量の別を問わず,テーマとして多く取り上げられて いる。 1 節で述べた政策との距離の近さの一つの表出であり,「制度・政策」が分 析手法を問わず関心を集めていることを示唆している。 一方,境界がどのように引かれているかを読み解く視点からは,次のことが言え そうである。まず,『教社研』高等教育計量論文を内容面で特徴づけるのは,「進 学」への関心の集中である。「進学」は『高教研』計量論文であまり取り扱われて いない。経験的にも,教育社会学が入学者選抜や高等教育進学機会への問題意識を 強く持ってきたことに符合する結果である。他方で,『教社研』高等教育計量論文 では『高教研』計量論文では扱われる「学習」「経営・運営」といったテーマがほ とんど見られない。高等教育段階における「学習」「経営・運営」の研究は『高教 研』に委ねられているとも取れる⑼。小括すれば,「進学」と「学習」「経営・運 営」の間に両雑誌の境界を見出すことができよう。 翻って,〈非〉高等教育論文にも目を向けると,もう一つの境界を「逸脱」に見 出せる。ここで「逸脱」に分類した論文は,いじめや非行,中途退学を取り扱うも のであり,学校や大学への広い意味での非親和的反応を範疇としている。『教社研』 において「逸脱」研究の蓄積は厚いが,『教社研』高等教育計量論文に絞ると,生 活保護世帯に育つ子どもの進路の多様性を分析し,社会階層変数として母親の学歴 を用いて計量的にアプローチした林(2014)の 1 本に限られる。留年や中退は当然 大学等においても重要な論点だが,今回の対象に限って言えば,「逸脱」研究は俎 上に乗っていない⑽。過去に遡ると,例えば,Cooling… out の理論は,コミュニ ティ・カレッジのカウンセラー研究から生まれたものである(Clark…1960)。こう した研究の後継が見られない現状が「高等教育研究は,教育社会学研究がこれまで 培ってきた理論・方法的枠組みを共有できていないのではないか」という捉え方を 生むのかもしれない。 3. 知の生産プロセス 2 節では『教社研』と『高教研』に掲載された論文を分析し,『教社研』高等教 育計量論文の位置づけを確認した。 3 節では,それらの論文を生み出す構造に着目したい。具体的には,⑴論文群 の引用分析と,⑵学会の研究発表と活字業績の関係性の分析を行う。この二つを通
じて,『教社研』高等教育計量論文がどのように生み出されたかを素描する。 3.1. 引用関係から見える高等教育計量論文の位置づけ 本項では,『教社研』,『高教研』に掲載された計量論文が,先行研究として,ど のような論文を引用する傾向にあるのかについて検討する。引用分析の対象となる 論文は,『教社研』及び『高教研』のいずれも 2 節と同様である。これらの論文に ついて,各論文の引用文献リストから引用論文を抽出し,分析に用いた。なお,こ こでいう引用論文は,学術雑誌,大学紀要に掲載された論文であり,書籍や報告書 に掲載のものは含めていない。 表 5 は,引用分析の対象とした論文が,他の対象論文をどれくらい引用している か,あるいは,対象外の『教社研』『高教研』や他の雑誌の論文をどのくらい引用 しているかについて示している。それぞれ,高等教育をテーマとするか否か,計量 論文か否かの判断は, 2 節を引き継ぎつつ, 1 - 1 )『教社研』高等教育計量論文 (表中では「教社研・高教(狭義)」と表記), 1 - 2 )『教社研』高等教育計量論文 のうち,分析に学歴などの高等教育関係の変数を含んだ論文(表中では「教社研・ 高教(変数として含む)と表記」), 2 )『教社研』〈非〉高等教育計量論文(表中で は「教社研・非高教」と表記), 3 )『高教研』計量論文(表中では「高教研」と表 記),の 4 つに区分した。さらに,下位分類として,度数分布等を用いた論文は 「一変量」,二変量以上を用いた論文は「二変量」として分類し,数値等を用いない 論文は「非計量」としてそれぞれ 3 つに分類した。 表 5 について,まず指摘しておくべき点として,全ての区分において,『教社研』, 『高教研』以外の雑誌からの引用が高い割合を示していることが挙げられる。これ は,全ての区分が “ 開放的 ” であることを示すと考えられる。続いて,それぞれの 区分に目を向けてみると,『教社研』の計量論文については,高等教育,〈非〉高等 教育とも,それぞれ近い分類の論文を参照する傾向にある。一方,『高教研』の論 文については,『教社研』からの引用/被引用とも少なく,『高教研』と『教社研』 の間には壁があることがわかる。また,『高教研』の論文のもう一つの特徴として, 非計量論文からの引用が少ないことが挙げられよう。これは, 2 節のとおり,『高 教研』に掲載された論文に占める非計量論文の割合が必ずしも高くないためと考え られる。 表 6 は,先に示した 4 区分の論文のうち,二変量以上を扱ったものが,どのよう な媒体から論文を引用しているのかについて示している。まず『教社研』に目を向
表 5 引用論文数(高等教育・非高等教育,計量・非計量の区分別) 対象論文 被引用論文 教社研・高教(狭義) (変数として含む)教社研・高教 教社研・非高教 高教研 一変量 二変量以上 非計量 一変量 二変量以上 非計量 一変量 二変量以上 非計量 一変量 二変量以上 非計量 〈 8〉〈 23〉〈 6〉〈 6〉〈 34〉〈 4〉〈 27〉〈 31〉〈 102〉〈 31〉〈 23〉〈 12〉 教社研 高等教育(狭義) 計量 一変量 0 0… 0… 0… 0… 0… 1… 0… 1… 0… 0… 0 … ( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.5%)( 0.0%)( 0.1%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%) 二変量 以上 0… 12… 1… 0… 4… 0… 0… 1… 3… 2… 0 … ( 0.0%)( 5.9%)( 1.4%)( 0.0%)( 1.1%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.3%)( 0.0%)( 1.3%)( 0.9%)( 0.0%) 非計量 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 2… 0… 0… 0 … ( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.3%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%) 高等教育 (変数として含む) 計量 一変量 1… 5… 0… 0… 2… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0 … ( 1.6%)( 2.5%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.5%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%) 二変量 以上 0… 0… 0… 0… 10… 0… 3… 7… 1… 0… 0… 0 … ( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 2.7%)( 0.0%)( 1.4%)( 2.1%)( 0.1%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%) 非計量 0… 0… 1… 0… 0… 0… 0… 1… 1… 0… 0… 0 … ( 0.0%)( 0.0%)( 1.4%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.3%)( 0.1%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%) 非高等教育 計量 一変量 0… 0… 0… 1… 2… 1… 1… 5… 6… 0… 0… 0 … ( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 2.9%)( 0.5%)( 3.8%)( 0.5%)( 1.5%)( 0.8%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%) 二変量 以上 0… 2… 0… 0… 2… 0… 1… 12… 4… 0… 0… 0 … ( 0.0%)( 1.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.5%)( 0.0%)( 0.5%)( 3.6%)( 0.6%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%) 非計量 0… 0… 1… 0… 1… 2… 3… 7… 61… 0… 0… 0 … ( 0.0%)( 0.0%)( 1.4%)( 0.0%)( 0.3%)( 7.7%)( 1.4%)( 2.1%)( 8.5%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%) 対象外 (教育社会学研究) 7… 23… 3… 4… 40… 5… 28… 49… 109… 7… 8… 0 … ( 11.1%)( 11.4%)( 4.2%)( 11.8%)( 10.7%)( 19.2%)( 13.5%)( 14.5%)( 15.2%)( 3.0%)( 3.8%)( 0.0%) 高教研 高等教育 計量 一変量 0… 2… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 2… 2… 1 … ( 0.0%)( 1.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.9%)( 0.9%)( 1.3%) 二変量 以上 0… 2… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 1… 3… 0 … ( 0.0%)( 1.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.4%)( 1.4%)( 0.0%) 非計量 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0 … ( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%) 対象外 (高等教育研究) 0… 6… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 0… 12… 5… 9 … ( 0.0%)( 3.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 0.0%)( 5.2%)( 2.4%)( 11.7%) その他の論文 (その他の雑誌) 55… 150… 66… 29… 312… 18… 171… 255… 534… 205… 191… 67… ( 87.3%)( 74.3%)( 91.7%)( 85.3%)( 83.6%)( 69.2%)( 82.2%)( 75.7%)( 74.3%)( 89.1%)( 90.5%)( 87.0%) 計 63… 202… 72… 34… 373… 26… 208… 337… 719… 230… 211… 77… ( 100.0%)( 100.0%)( 100.0%)( 100.0%)( 100.0%)( 100.0%)( 100.0%)( 100.0%)( 100.0%)( 100.0%)( 100.0%)( 100.0%)
けると,『教社研』の 3 つの区分全てで『教社研』からの引用が最も多く,『教社 研』は『教社研』を参照する傾向を見て取れる。また,「教社研・高教(変数を含 む)」と「教社研・非高教」は『理論と方法』や『社会学評論』からの引用が同程 度見られることから,両区分は類似した性質を備えていると考えられる。一方, 『高教研』は対照的に,関連する領域の,多様な雑誌から引用をしている。 3.2. 学会大会における研究発表から見える高等教育研究 1 節でも述べたとおり,掲載論文が境界内にあると判定された知なら,研究発 表は会員が教育社会学内部に持ちこもうとしている知と見做しうる。 3 節 2 項では 表 6 引用論文数(掲載雑誌別) 教社研・高教(狭義) 二変量以上 (変数として含む)二変量以上教社研・高教 教社研・非高教二変量以上 高教研二変量以上 雑誌名 引用件数文献数引用 雑誌名 引用件数文献数引用 雑誌名 引用件数 文献数引用 雑誌名 引用件数 文献数引用 総計 202 総計 373 総計 337 総計 211 教育社会学研究 43 16 教育社会学研究 61 25 教育社会学研究 81 26 IDE 13 7 東京大学大学院教 育学研究科紀要 13 11 Sociologyofeduca-tion 24 10 東京大学大学院教育学研究科紀要 9 6 大学論集 11 9 高等教育研究 10 8 理論と方法 16 9 理論と方法 8 5 教育社会学研究 10 7 IDE 8 5 AmericanSocio-logicalReview 11 8 Criminology 7 1 高等教育研究 10 8 大学論集 8 8 教育学研究 11 8 Sociologyofeduca-tion 6 3 大学評価・学位研究 7 2 大学研究 5 5 SocialScienceRe-search 9 4 教育学研究 6 5 大学研究 6 3
BritishJournalof-Sociology 4 1 A m e r i c a n J o -urnalofSociology 7 5 大阪府科学教育センター研究報告集 6 5 ResearchinHigher-Education 5 2
JournalofPopula-tionEconomics 4 1 東京大学大学院教育学研究科紀要 7 6 AmericanSocio-logicalReview 5 2 学校法人 4 1 教育学研究 4 2 EuropeanSocio-logicalReview 6 5 ソシオロジ 5 4 高等教育研究紀要 4 3 経済経営論叢 4 3 社会学評論 6 4 科学警察研究所報告(防犯少年編) 5 1 国 立 学 校 財 務 セ ンター研究報告 4 2 名古屋大学大学院 教育発達科学研究 科紀要,教育科学 4 4 アジア経済 5 2 社会学評論 5 4 EconomicsofEduca-tionReview 3 2 経済セミナー 3 2ResearchinSocial-
Stratificationand-Mobility 4 3 EuropeanSocio-logicalReview 5 4 Psychometrica 3 1 高等教育研究紀要 3 3 SocialForces 4 3 AmericanEco-nomicReview 4 3 医学教育 3 2 大学財務経営研究 3 3 家族社会学研究 4 4 ChildAbuseand-Neglect 4 1 京都大学高等教育研究 3 2 大学入試研究 ジャーナル 3 1 静岡大学教育学部 研究報告人文・社 会科学篇 4 1 RationalityandSo-ciety 4 3 大学財務経営研究 3 2 東北大学教育学部 研究年報 3 3 日本労働研究雑誌 4 3 教育心理学研究 4 4 放 送 教 育 開 発 セ ンター研究報告 3 1 日本労働研究雑誌 3 3 犯罪社会学研究 4 2名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀 要 .…教育科学 3 2 福岡教育大学紀要 4 3 大学教育学会誌 3 3 大阪大学大学院人 間科学研究科紀要 4 4 東京大学大学院教育学研究科紀要 3 2 名古屋高等教育研究 3 2 *各分類において引用件数で上位15タイトル(同率含む)を抽出し降順
学会大会の研究発表を妥当性保証の前段階⑾にある知と捉え,これらが如何に活字 業績として結実したかを追う。 以下では,日本教育社会学会の学会大会における研究発表をもとに二つの分析を 行う。まず部会に占める高等教育関連部会の割合を確認したのち,⑴高等教育を対 象にした研究発表がどれだけ計量的手法を用いているのか,⑵それらがどれほど活 字業績化されているか,を検討する。⑴については,各年度の学会の部会名を確認 し,高等教育ないし大学とあるものは全て対象とした(以下,高等教育関連部会)。 ⑵については,高等教育関連部会に配置されている研究発表は対象とした。ただし, 高等教育関連部会でなくとも,要旨から高等教育に関わると確認が取れた研究発表 は対象に含めた。なお, 2 節及び 3 節 1 項とは異なり,高等教育に直接的にアプ ローチするものに対象を限った。課題研究については除外した。⑵については,対 象となる発表をした者を CiNii,researchmap,所属機関の研究者総覧等で確認し⑿, 研究発表実施年前後の業績で,当該研究発表と関わりがあると推測できる活字業績 をタイトルから推定した上で,その業績の内容を確認した。 ただし,分析の対象は,表 1 で示した 4 期のそれぞれから 1 年ずつを抽出し, 2000年,2005年,2010年,2015年開催の学会における研究発表に絞った⒀。全ての 年度で研究発表後の展開を辿ろうとすると,各年度の部会数が30を超えており,研 究発表数も100件を超えることから,筆者らの力量を遥かに超えてしまう。 4 か年 分でも,20年間の歩みの概略は捕捉することは可能であろう。その結果をまとめた 表 7 学会大会における部会,研究発表数,論文化の概観 年度 2000 2005 2010 2015 部会総数 31 33 47 43 高等教育部会数 4 3 6 5 タイトル内訳 ・高等教育⑴ ・高等教育⑵ ・高等教育⑶ ・高等教育⑷ ・大学生 ・大学教育 ・…大学教育の評価と 改善 ・非大学型の高等教育 ・高等教育の経営行動 ・高等教育のカリキュラム ・大学生の就職活動 ・大学教員 ・大学教育 ・大学⑴ ・大学⑵ ・高等教育 ・短期高等教育 ・大学生文化の現在 学会発表数 (課題研究除く) 129 131 158 222 高等教育関連発表数 23 32 34 32 高等教育発表率 18% 24% 22% 21% 高等教育計量発表率 70% 78% 79% 59% 論文化率 38% 72% 70% 42% …『教育社会学研究』掲載率 0 % 0 % 0 % 3 %
ものが表 7 である。 各年度において,高等教育関連部会は,総部会数のおおむね 1 割前後である。タ イトルを見ると,大くくりされて数字を付されるケースは減っており,相応に絞り 込んだテーマによって部会が編成される傾向にある。 高等教育を対象とした研究発表の数(「高等教育関連発表数」)は20から30前後で あり,20%前後である(「高等教育発表率」)。このうち,計量的手法を用いたもの の割合(「高等教育計量発表率」)は,70%から80%程度で推移してきたが,2015年 度に60%を切っている。「高等教育計量発表率」で見た計量的手法の応用状況は, 減少傾向という意味で『教社研』掲載論文の状況と共通している。これら「高等教 育計量発表」のうち,最終的に学会誌に掲載された論文はわずか 1 本である(「『教 育社会学研究』掲載率」)⒁。一方で,表 4 の「論文化率」に示すように,計量分析 を扱った研究発表は,年度によって揺れはあるものの,相当程度活字業績化されて いる。詳細は割愛するが,活字業績化された場所を辿ると,その多くは機関紀要な いし他の学会誌であった。 このように,学会大会では高等教育を計量的に分析した研究発表が活発に行われ ているが,それらはごく一部の例外を除いて,『教社研』の外で活字業績化されて いる。すなわち,各会員が研究で得た知見は日本教育社会学会内部に持ち込まれよ うとするものの,肝心の結果はジャーナル外部に流出するという構造をもつ。 飽くまで 4 年度分の傾向から見た結果に過ぎないため,多分に仮説に留まるけれ ども, 3 節 1 項の結果も思い起こしつつ敢えて推察を述べると,学会で披瀝された 知見は,必ずしも直接的に『教社研』に結実するわけではないものの,機関紀要や 他の学会誌が『教社研』高等教育計量論文に引用されていたことに鑑みれば,機関 紀要等に結実することで間接的に『教社研』掲載論文を支えていると解釈できるか もしれない。 3.3. 小括 2 節及び 3 節では,一般化線形モデルを利用しようとする手法の面での違いや, 研究関心が「制度・政策」に集中し,かつ「逸脱」等は省みられないという内容の 面での特徴が浮き彫りになった。また,他方で,引用の構造を見れば,『教社研』, 『高教研』以外の雑誌からも多く引用していて “ 開放的 ” でありながらも,『教社 研』内部においては引用対象が同領域に集中する傾向があることも明らかになった。 2 節及び 3 節で答えようとした問いとは,「『教育社会学研究』等に表れた研究
成果を見たときに,高等教育研究は教育社会学研究がこれまで培ってきた理論・方 法的枠組みを共有しているのか」であった。以上の結果からは,確かに,共有して いないようにも見える。よくよく考えれば,各領域の研究が進展すればするほど, その領域での理論・方法的枠組みが確立していき,他の領域を引用する必然性が低 下したり,同一領域の引用が積極的になされたりして,領域を超えて成果を共有し にくくなるのは,自然なことであろう。こうした状況の下で領域を超えて理論・枠 組みをいかに共有していくかは,高等教育研究に限らず誰しもが問われている課題 である。 しかしながら,高等教育研究だけでなく,〈非〉高等教育の研究も近い分類の論 文を参照する傾向にあることに鑑みれば,高等教育だけが殊更に閉じているわけで もなさそうである。『教社研』高等教育計量論文(変数として含む)や『教社研』 〈非〉高等教育計量論文がともに(教育)社会学を参照する傾向にあるという点, ならびに他の区分の論文を全く引用しないわけでもない点を踏まえれば,現状にお いても一定の共有はあるとみるのが妥当であろう。推測を多分に交えるなら,研究 発表の相当程度が『教社研』の外で活字業績化されるという “ 層の厚さ ” を背景に, 『教社研』ではない研究誌を引用する傾向があること,また領域別の研究の進展に より『教社研』における同一領域内での相互参照が増えていることが,『教社研』 内での領域を超えた引用関係を見えにくくしているのかもしれない。この構造が 「高等教育研究は,教育社会学研究がこれまで培ってきた理論・方法的枠組みを共 有していない」ように見せかけているとも考え得る。こうした見方の成否を明らか にするうえでは,計量手法に限らない理論・枠組みの共有に注目した内容分析が必 要となるが,本稿に与えられたテーマを超えている。今後の検証を待ちたい。 4. 異なる共同体に目を向けて:高等教育研究の計量分析の課題と展望 3 節までで,教育社会学,高等教育を対象とする研究,計量分析といったト ピックにかんして,その実態に基づきながら第 1 の問いに答えてきた。 4 節では, 異なる共同体―「制度・政策」へ接近している高等教育研究,そして,他の分野― の動きを視野に入れつつ,第 2 の問いについて答えることとする。 4.1. 高等教育研究の計量分析と EBPM 高等教育研究を方向付けていたのは,制度・政策との距離であり,多くの高等教 育研究が政策と緊密に関わってきた(金子 1993)。これは, 2 節にも表れていた
とおりである。
こうした特質に照らしてみると,近年俄に要請されている EBPM への対応が焦 眉の急となっていることは見逃せない点である。高等教育でも若干の議論(小方 2014,山本 2015,2017)はあり,EBPM 自体への批判も展開はされているが (日本教育学会編 2015,中澤 2016,社会調査協会編 2018など),現在の EBPM の議論が,ランダム化比較試験(Randomized… Controlled… Trial,以下, RCT)とメタアナリシスを頂点とした分析手法の序列化に収斂している点には, 計量分析と深く関わるだけに注意を要する。 この傾向は,20世紀初頭のアメリカ会計士の例を想起させる。この時期のアメリ カ会計士は,アカウンタビリティの高まりに対し厳密な定量化を通じてその自律性 を高めたが,その背景には,専門家たる会計士の主観的な判断への懐疑があった。 つまり,この客観化は,会計士個人への信頼の代替手段ではあったが(Porter…訳 書,2013,p.130),その行き着く先は,専門家の自律性の喪失かもしれない(藤垣 2013,p.302)。この例は,専門家と政策との紐帯の強弱(小方 2014)を超えて, 政策過程において,専門家が客観的手法によって代替されかねないことを意味す る⒂。 このような EBPM は,政策が対応すべき案件の優先順位が正当化されるという 「教育トリアージ」(Gillborn…and…Youdell…2000)も招きかねない。さらに現在のア メリカでは,EBPM や再現可能性問題が逆手にとられ,環境・健康等の保護に関 する各種規制が,過度な根拠や再現性の要求により骨抜きになる事態も生じてい る⒃。 EBPM で推奨される分析方法についても,これまでの議論(中澤 2016,2017, 筒井 2016,2017)を踏襲しつつ,研究デザイン,データ収集,解析の 3 点に分け て検証する必要がある。まず,研究デザインに関して,SUTVA 問題(Rubin… 1986)⒄以前に重要なのは,内的妥当性・外的妥当性の充足である(Campbell… &… Stanley…1963,…Cook…&…Campbell…1979)。ところが,例えば RCT は,医学領域でさ えランダム割り付けを満たせない等の内的妥当性未充足の問題が指摘され,研究倫 理問題にまで発展している(Carlisle…2012)⒅。翻って,統制が容易ではない教育政 策では,研究者でさえ未充足が多発するこれら古典的前提を,改めて問い直す必要 がある。 経済学でも類似の議論がある。マクロ経済学のルーカス批判(Lucas…1976)であ る。ルーカス批判とは,「政策を変更するとミクロなアクターの意思決定が変わる
ため,過去のデータから推定された誘導型パラメータの政策効果の予測は意味を持 たない」というものである⒆。この批判を敷衍すれば,過去のエビデンスをもとに マクロな政策を立案・実行しても,政策の提示により個人の行動が,エビデンスに 基づく予測を超えて変化しうるので,EBPM は不可能,ということになる⒇。 データ収集に関しては,RCT 等の(準)実験的なデザインの応用には,費用・ 時間・労力等の負担の問題以上に,倫理への抵触という最大の課題がある。この問 題は,常に議論されてきた古くて新しい問題であり,論を俟たない。 分析技術に関しては,近年 RCT などの実験計画法に基づく因果推論法,いわゆ る Rubin 流への関心の高さは周知の事実である。しかし,同様に注目すべきは Pearl 流の因果推論である。これらは交絡(内生性)の統制アプローチが若干異な る。 Rubin 流では,交絡因子 Z の影響を消すアプローチが主にとられる。そのため, ランダム化や傾向スコアなどのバランシングスコアを用いることで交絡を制御する。 対して Pearl 流は,Z を分析モデルに投入して,交絡を制御する(バックドア)。 さらに,Rubin 流では,単調性の仮定が未充足の場合,原因確率を適切に評価で きない点にも留意しておく必要がある(黒木 2013)。それに対し Pearl 流では, バックドア基準を満たせば適切な因果推論ができる反面,バックドア基準を完全に 満たす変数が社会科学系において発見困難であるという批判もある(星野 2009)。 いずれの手法においても一長一短があり,Campbell,Rubin,Pearl の因果モデル の違いを適切に理解し,相互補完的な応用が求められる(Shadish… &… Sullivan… 2012)。 4.2. パネルデータ・固定効果モデル・観察されない異質性 また,近年その有効性が主張されるパネルデータ・固定効果モデルについても, 高等教育研究では必ずしも十分な研究蓄積があるわけではない(村澤・立石 ⒜X:原因,Y:結果, Z:交絡因子 Z X Y ⒝Rubin 流の因果推論 Z X Y ⒞Pearl 流の因果推論 [Z] X Y 図 1 因果推論の違い(Pearl 1999, 2009, Rubin 1974) 出所:筆者作成
2017)。それゆえ,応用例の積み上げもさることながら,先行する他分野を眺めつ つ,半歩先も見据えねばならない。例えば,経済学において用いられている固定効 果モデル一つをとっても,異質性に対する経済学的無関心故の帰結との指摘(筒井 2016,2017)もある一方で,その経済学においても異質性への関心が近年高まって いる点も注視すべきである(Lee…and…Salanié…2018,…Chernozhukov,…Fernandez-val… and…Luo…2018)。むしろ,欠落変数バイアスを回避可能な方法として固定効果モデ ルが発展した側面も忘れてはならない(奥井 2015)。こうしたモデルを採用する 前には,今一度これらの議論を踏まえた検討を要するだろう。 また,教育固有の観察されない異質性(unobserved…heterogeneity)を再考する 余地もあろう。例えば,固定効果モデルで除外されがちな,個性,性格,能力など の測定困難なもの(中澤 2012)を,可変なものとし且つ構成概念として可視化す る営為を続けることも選択肢の一つである。さらに,高等教育研究や教育社会学に おいては,性別や学歴等による違いを見るべく,説明変数にダミー変数を投入する 場合が多いため,パネルデータを用いる際はランダム効果モデルやハイブリッドモ デルが採用されることになる。それらのモデルを採用する際の前提となる,均一分 散や誤差項の独立性の仮定が満たせているかは確認ないし明示する必要があるだろ う。 更に他分野と比較すると,高等教育研究の計量分析の「現代化」は喫緊の課題で ある。例えば計量経済学,心理学,情報科学等の高等教育研究に隣接する領域での 展開を注視する必要性に加え,小室(1975)や近藤(1990)が提唱した,(教育) 社会学固有の方法や固有の分布を見いだす,ということにも取り組む必要がある。 そして,高等教育の計量研究最大の難関は,計量分析の議論の場が不在な点であ る。教育社会学では,社会階層と社会移動全国調査(SSM 調査)や東京大学社会 科学研究所を経由して計量分析の人材育成とデータ整備の体系化に成功し,固有の, 計量分析の “ 生態系 ” を確立したとも言える。高等教育研究においては,こうした 計量分析の “ 生態系 ” の確立には至っていないのではないか。 このように,高等教育研究の計量分析については,固有の文脈ゆえに発生しうる 課題(EBPM)や,隣接領域における方法論的展開への感受性,そして “ 生態系 ” の形成などの数多の壁がある。そうした壁を乗り越えるために,教育社会学研究の これまでの営みを今まで以上に摂取していくことは鍵となるだろう。
5. おわりに 本稿は,教育社会学における高等教育研究のうち,特に計量分析を用いたものの 位置取りを探ることを目的に, 2 つの問いに答えることを試みてきた。 2 節及び 3 節を通じて,手法面においては,『教社研』高等教育計量論文ではよ り積極的に「一般化線形モデル」が用いられていること,内容面においては,論文 誌や計量・非計量の別にかかわらず,高等教育の「制度・政策」がテーマとして共 有されていることが示唆された。一方,『教社研』高等教育計量論文の特徴は「進 学」にあり,『教社研』〈非〉高等教育計量論文でよく扱われる「逸脱」や『高教 研』でよく扱われる「学習」「経営・運営」は扱われないことから,これらが『教 社研』高等教育計量論文とその他との境界となっていることを示した。他方で,引 用の構造を見れば,『教社研』高等教育計量論文は,『教社研』,『高教研』以外の雑 誌からも多く引用するという点で “ 開放的 ” でありながらも,『教社研』内部にお いては引用対象が同領域である高等教育計量論文に集中する点において,「閉じて いる」側面も併せ持つことが示唆された。 第 1 の問いは,「『教育社会学研究』等に表れた研究成果を見たときに,高等教育 研究は教育社会学研究がこれまで培ってきた理論・方法的枠組みを共有しているの か」であった。その答えとしては,確かに,共有されていないようにも見えるが, 領域を超えた引用関係も一部には見られ,また,いずれの領域とも(教育)社会学 を参照する傾向が共通している点を踏まえれば,現状においても一定の共有はある と見た方がより適切であろう。高等教育だけが殊更に閉じているわけではなく,領 域を超えた理論・枠組みの共有は,高等教育研究に限らず誰しもが問われている課 題といえるのではないだろうか。 むしろ,今は『教社研』内部に分断を見いだそうとするよりも, 4 節で示したと おり,隣接領域や社会の動向を注視すべきであろう。第 2 の問い(「高等教育研究 の固有の計量分析の課題とは何か。また他分野を参照しながら今後,どのように課 題に対応していくか」)への答えは「EBPM を介して分析手法の高度化が要請され ているが,それを超えて課題であるのは,因果推論を正確に議論することであり, (教育)社会学だけでなく,心理学,経済学,情報科学等の隣接領域における議論 や,これらの専門分野を超えた Rubin,Pearl,Campbell の因果モデルの展開を参 照しつつ,計量分析における因果関係の取扱い方について常に再考し続けること」 である。近年言われている EBPM が分析手法の序列化のトーンを強めてしまって
いるがゆえに,客観的証拠への先鋭化の行き着く先は専門家を不要とする未来かも しれない。そもそも,その分析手法ですら,手法が要求する前提の充足問題や倫理 の問題を巡って,他分野で様々な議論がなされている。特に政策との距離が近い高 等教育研究にとって,EBPM がもたらす専門家の存在意義や方法の高度化とその 陥穽など,対応すべき難題は多い。その際には,方法論を巡る議論の場= “ 生態 系 ” が大きな役割を果たすと考えられるため,教育社会学界の経験から豊かな示唆 が得られることと思われる。 こうした動きが起きるならば,共同体の境界はまた編制し直されることだろう。 将来から見て現在が,「高等教育研究が隣接領域との手法・理論・枠組みの共有を 進め,計量分析の水準を高める画期であった」と評価されるのか,それとも異なる 評価が与えられる時期になるのかは,今のところ定かではないが,本稿の示す課題 提起が前者の評価につながる契機となることを期待しつつ,歴史が出す答えを待つ こととしたい。 〈付記〉 本論文は,各節の草稿を, 1 節は立石, 2 節は松宮, 3 節を丸山・速水(主に 1 項)及び松宮・立石(主に 2 項), 4 節を中尾・村澤が作成し,執筆者全員で議論 して全体を改稿し, 5 節を作成した。なお,本稿は JSPS 科研費 JP16H03780及び JP18K18651の助成を受けた成果の一部である。 〈注〉 ⑴ もう一つの接近手法として,日本教育社会学会員の近年の業績を総当たりで調 べ上げることも考えられるが,本稿ではその手法は採らない。 ⑵ このほかにも,教育社会学と高等教育研究の関係を扱ったものに加野(2013), 学会の知の在り方について議論したものに橋本・丸山(2013)がある。本稿の テーマである,高等教育研究における計量分析についての論考(村澤・立石, 2017)が近年出ているため,本稿では『教社研』を用いて先行研究と同様のアプ ローチを採るよりもむしろ教育社会学における高等教育の計量分析の特徴を社会 情勢や他分野に照らしながら探るアプローチを採ることとしたい。 ⑶ 該当論文は,戸村(2013),長谷川・内田(2014)の 2 本のみである。 ⑷ 「大学」「大卒」「修士」「高等教育」等のキーワードを主題に含む論文が28本, これに内容から高等教育を主なフィールドとしていることが明らかな村松
(2000),湯川(2011),戸村(2013),長谷川・内田(2014),嶋内(2014)を加 え37本であった。ただし後者 2 本は副題に「大学」「高等教育」を含む。 ⑸ 『高教研』に掲載された論文は,その全てが高等教育を対象としている。ただ し,『高教研』の発行は年 1 回であり,掲載される論文数も『教社研』に比べて 少ないことには留意されたい。 ⑹ ただし,2018年については 4 期目に含めることとした。 ⑺ 本稿では,便宜的に,最尤推定法だけでなく,最小二乗法を用いている重回帰 分析も一般化線形モデルに含めている。なお,これに多項/順序ロジスティック 回帰分析,単回帰分析,分散分析,ノンパラメトリック回帰分析等が続く。 ⑻ ただし,一つの論文で複数の内容が扱われている場合,重複カウントは行わず, 主題により近い方を採用した。したがって,ここでの分類はあくまでも便宜的な ものであり,おおまかな傾向を把握するためものである。 ⑼ 本稿の課題から離れるので簡潔な言及に留めるが,『高教研』において階層問 題が扱われないことにも,同様の指摘が可能である。 ⑽ 『高教研』においても,中退・留年を扱った立石・小方(2016)に限られてお り,高等教育の「ジャーナル共同体」でも「逸脱」への関心が低調である。 ⑾ ただし,近年になって,先に論文が刊行され,その結果を報告するという順序 の発表が散見されるようになっていることを明瞭には取り扱えていないという限 界が 3 節 2 項の分析にはある。 ⑿ 確認作業は2018年11月30日から2019年 2 月27日の間に行った。 ⒀ ただし,2015年の 2 つの英語特設部会と, 7 つの英語による発表,取り消しと なった 2 つの発表は対象から除いた。 ⒁ 該当論文は,長谷川・内田(2014)。なお,大会の前年に掲載されていること から,当該発表は掲載された論文の発展的内容であると考えらえる。 ⒂ 実際には専門家が政策過程から完全に排除されることは想像しにくいが, RCT などの実験計画法は,学部生レベルで実施可能だと指摘されている(依 田・澤田 2015)ことから,専門家不在での乱用の可能性が無いわけではない。 ⒃ この問題は,EBPM が古典的な科学観に留まっていることをも意味している。 詳細は小林(2018)および本特集の小林論文を参照のこと。 ⒄ Rubin(1980,1986)は,SUTVA の条件を二つ挙げていることに注意が必要 である。それら条件とはすなわち,個体 i を特徴付ける潜在的な結果{Yi ⑴, Yi0}について,⒜個体 i の潜在的な結果{Yi ⑴,Yi0}が,他の個体の受け
る処置に依存せず(No…Interference…between…Subjects…Assumption),⒝個体 i に対する処置は一通りに定まる(No…Multiple…Versions…of…Treatment…Assump-tion),である(岩崎 2015)。⒜の条件を満たさない教育系の例については,中 澤(2017)を参照のこと。⒝は,例えば「大学進学が収入増に効果があるか」と いう問いだと,この条件を満たさない。なぜなら,大学の種類は多岐にわたり, 「処置」「介入」としては一つに定まらないからである。また⒝は,当該大学への 進学が「処置」「介入」であれば,それに至った経緯は「結果」(収入増)に影響 しないという仮定でもあるが(経済学では除外制約(exclusive… restriction)), この仮定も,現実社会では成り立ち難い。⒝についての詳細は,黒木・小林 (2014),岩崎(2015)を参照のこと。 ⒅ さらに,多くの臨床研究は民間企業がスポンサーであるために,付随する研究 成果の公表バイアスが生じている(Spielmans…and…Parry…2010)。 ⒆ この批判を超えて,経済学では RBC(Real…Business…Cycle…theory)や DSGE, 状態空間モデルなどの発展があった。 ⒇ また,経済学では理論不在時の手段として RCT 等を含む潜在反応アプローチ が用いられるという指摘(北村 2016)には注意が必要であろう。 この図のみで,Rubin 流と Pearl 流の因果推論の違いを説明できるというもの ではなく,各アプローチの違いを示す事例の一つとして交絡因子の影響の制御を 挙げている。実際には,SUTVA の仮定を満たさなければいけない条件の違いな ど,それぞれ様々な前提がある。詳しくは,黒木・小林(2014)を参照のこと。 単調性の仮定とは「X の処置がないにも関わらず Y が発生する場合には,X を処置した場合にも Y が発生する。X の処置をしたにも関わらず,Y が発生し ない場合には,X の処置がない場合にも Y が発生しないという,天邪鬼の対象 者がいない」という仮定である(黒木・小林 2014)。教育を対象とする場合に おいて,教育と成果との例で考えると,教育を受けていないにも関わらず,成果 が上がる人は,教育を受ければ必ず成果が上がるというものである。しかし,そ の教育によって成果が出ない個人もいるので,この仮定を満たすことの難しさは 自明である。 特に心理学では学会をあげての議論が活発である。詳細は心理学評論刊行会編 (2016,2018)を見よ。
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Abstract