食物アレルギーの原因となる物質は,われわれが摂食する食 品に広く含まれており,先進国を中心に食物アレルギーは増 加している.食物アレルギーによる症状には生命を脅かすほ ど重篤な場合もあり,わが国でも社会的な問題として取り上 げ ら れ る 機 会 が 増 え た.し た が っ て,医 療 従 事 者 の み な ら ず,日常的に食品に接する消費者や食品を取り扱う研究者に とっても,身近な話題として理解を深めることが望ましい.
本稿では,主要な食物のアレルゲンと,食品の加工処理がア レルゲン性に及ぼす影響を中心に概説し,当研究グループに お け るβ-ラ ク ト グ ロ ブ リ ン の 抗 原 改 変 に 関 す る 取 り 組 み を 一つの事例として紹介する.
食物アレルギーの原因物質
食物アレルギーは「食物によって引き起こされる抗原 特異的な免疫学的機序を介して生体にとって不利益な症 状が惹起される現象」と定義される.したがって,食中 毒や自然毒のように生物が産生する毒素によるものや,
乳糖不耐症のように免疫学的機序を介さない食物不耐症 は区別される.その疫学としては,わが国では2001〜
2002年に行われた全国調査の結果が代表的である(図
1
).食物アレルギーの有病率は,乳幼児期で5〜10%,
学童期以降は1.5〜3%と考えられており,年齢により原 因食物に変化がある(1)
.これらの数字が研究により大き
くばらつく理由として,調査したサンプル数,アレル ギーの定義,調査手法,地域や人種,年齢,食習慣など の違いが挙げられる.東京都では3歳児における食物ア レルギーの調査を継続的に実施しているが,男女問わず 食物アレルギーの有病・有症率は増加傾向にある.ま た,学童期を対象とした都道府県別調査では北海道で食 物アレルギーの有病率が高いが,このことには地域の環 境や食生活が原因として指摘されている(2).乳幼児期で
は鶏卵,牛乳,小麦が食物アレルギーの代表的な原因食 物であるが,成長とともに自然に食べられることが期待 され,たとえば,乳幼児期に診断された食物アレルギー における予後を調べた研究では,3歳までに大豆78%,小麦63%,牛乳60%,卵黄51%,卵白31%の食物アレ ルギー児が耐性を獲得し,食物除去を解除できたと報告 している(3)
.一方,学童期以降の食物アレルギーに関し
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【解説】
Antigen Modification of β-Lactoglobulin: Overview of Food Allergens
Hiroshi M. UENO, Taku NAKANO, 雪印ビーンスターク株式会社 商品開発部
食物のアレルゲンと
β -ラクトグロブリンの抗原改変
上野 宏,中埜 拓
ては,新規の発症頻度は減少し,甲殻類,果物類,小 麦,そば,ピーナッツ,木の実などが原因食物となる頻 度が増加する.そば,ピーナッツ,甲殻類,魚は耐性獲 得しにくいことで知られている.
食物アレルギーは,発症においてIgEを介する免疫反 応が関与するもの(IgE依存性)と関与しないもの(非 IgE依存性)に大別される.IgE依存性の食物アレル ギーはIgE,マスト細胞,ヒスタミンなどの化学伝達物 質を介した即時型アレルギーを主体とするが,非IgE依 存性の食物アレルギーについては不明な点が多い.新生 児から乳児期に発症する消化管アレルギーやアトピー性 皮膚炎を除けば,食物アレルギーはIgE依存的な機序で 発症する病型に分類されるため,以下ではIgE依存性食 物アレルギーの原因物質について解説する.
1. 代表的なアレルゲンコンポーネント
食物のアレルゲンはそのほとんどがタンパク質であ り,特異的IgE抗体が認識するタンパク質をアレルゲン コンポーネント,その結合部位をエピトープと呼ぶ.エ ピトープには,一連のアミノ酸配列で構成される連続性 エピトープ(linear epitope)と,立体構造によって形 成される構造的エピトープ(conformational epitope)
がある.鶏卵および牛乳のアレルギーにおいて,構造的 エピトープに主として結合するIgE抗体は一過性のアレ ルギーと関連があり,連続性エピトープに結合性を示す ことは持続性のアレルギーの指標になると考えられてい
る(4, 5)
.アレルゲン性があると確認された物質は,食物
の学名を元にして,属(Genus)の頭文字3文字,種
(Species)の1文字,および同定された順の通し番号で 構成される.表
1
に主要なアレルゲンを整理した(6).こ
れらの詳細や最新の情報に関しては,国内外のアレルゲ ンデータベース(WHO/IUISや国立医薬品食品衛生研 究所など)を参照されたい.鶏卵の場合,主なアレルゲンは卵白に存在し,Gal d 1からGal d 4までのアレルゲンが代表的である.鶏卵 タンパク質の約半分を占め,最も含有量の高いオボアル ブミン(Gal d 2)は加熱によるタンパク質の変性で凝 固する性質があり,IgE抗体の結合能が低下しやすい.
一方,オボムコイド(Gal d 1)は加熱や消化酵素に対 して安定で,食品の調理や加工による影響を受けにく い.また,リゾチーム(Gal d 4)はムコ多糖類に対す る加水分解作用があり,市販のかぜ薬にも含まれること が注意点である.
牛乳の主要なアレルゲンはカゼイン(Bos d 8)であ り,加熱による影響を受けにくいことで知られている.
なかでも,牛乳タンパク質の約30%を占め,最も多量 に含まれる
α
S1-カゼイン(Bos d 9)は,多くのIgEエピ トープをもちアレルゲン性が高い.また,乳清タンパク 質の約半分(牛乳タンパク質の約10%)を占めるβ
-ラク トグロブリン(Bos d 5;β
Lg)も代表的なアレルゲンだ が,加熱による構造変化が認められ抗原性は低下しやす い.α
S1-カゼインとβ
Lgは,ともに人乳には存在しない タンパク質として共通点をもつことが興味深い.小麦タンパク質は水や塩に可溶性の画分(アルブミ ン・グロブリン)と,不溶性画分であるグルテン(グリ アジン・グルテニン)に分けられる.水溶性タンパク質
図1■食物アレルギーの疫学
食物アレルギー診療ガイドライン2012(1)より改変 して引用.
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であるアシル-CoAオキシダーゼ,ペルオキシダーゼ,
脂質輸送タンパク質(lipid transfer protein; LTP)
,プ
ロフィリンが即時型小麦アレルギーにおける主要なアレ ルゲンとされる.グルテンに含まれるω
-5グリアジン(Tri a 19)は,小麦依存性運動誘発アナフィラキシー
(WDEIA)の主要なアレルゲンとして同定され,即時 型小麦アレルギーにおいても強いアレルゲンとして知ら れている.
ω
-5グリアジンは,α
-アミラーゼインヒビ ターとともに,小児の即時型小麦アレルギーにおける主 要な原因抗原である.果物や野菜のアレルゲンは,その多くが花粉抗原と交 差反応性をもつことが特徴であり,後述する豆類,種子 類にも含まれるタンパク質(汎アレルゲン)であるPR- 10,プロフィリン,そしてLTPが代表的なアレルゲン である.PR-10はシラカンバ花粉の主要アレルゲンであ るBet v 1の ホ モ ロ グ で あ り,病 因 関 連 タ ン パ ク 質
(pathogen-related protein; PR-protein)に属する生体防
御タンパク質である.PR-10は異なる植物種間でも構造 的エピトープが類似しており,このことが交差反応に寄 与すると考えられている.プロフィリンは細胞内骨格を 形成するアクチン結合性タンパク質で,植物に広く分布 するために交差反応の原因となるアレルゲンであるが,
PR-10とは異なり,アレルギー症状への関与が限られて いることが特徴である.PR-10とプロフィリンは加熱や 消化酵素により低アレルゲン化しやすく,経口摂取によ るアレルギー症状が口腔や咽頭における局所的症状を主 体とすることが多い.これを口腔アレルギー症候群
(oral allergy syndrome; OAS)と呼ぶ.一方,LTPは 加熱や消化に安定で,腸管を介して感作されるアレルゲ ンと考えられており,モモのLTP(Pru p 3)が代表的 である.そのほかには,ラテックスと交差抗原性を示す アレルゲンなどが同定されている.
豆類(大豆,あずき,いんげんまめなど)と種子類
(ピーナッツ,ナッツ類,ごまなど)は,分類上大きく 表1■食物における主要なアレルゲン
食物名 タンパク質分画名 アレルゲンコンポーネント
鶏卵 卵白タンパク質 オボムコイド
オボアルブミン オボトランスフェリン リゾチーム
牛乳 カゼイン αS1-カゼイン
αS2-カゼイン β-カゼイン κ-カゼイン
乳清タンパク質 α-ラクトアルブミン
β-ラクトグロブリン 血清アルブミン 免疫グロブリン
小麦 アルブミン・グロブリン(水溶性タンパク質) α-アミラーゼ/トリプシンインヒビター アシルCoAオキシダーゼ
ペルオキシダーゼ
脂質輸送タンパク質(LTP)
グリアジン(アルコール可溶性) α-グリアジン
β-グリアジン γ-グリアジン ω-5グリアジン
グルテニン(アルコール不溶性) 高分子グルテニン
低分子グルテニン
果物・野菜 Bet v1ホモログ(PR-10)
プロフィリン LTP (PR-14)
豆類・種子類 貯蔵タンパク質 7Sグロブリン
11Sグロブリン 2Sアルブミン
汎アレルゲン Bet v1ホモログ(PR-10)
プロフィリン LTP (PR-14)
オイルボディー膜 オレオシン
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離れた植物だが,アレルギーの原因食物としては便宜的 に一つの区分で取り扱われることが多い.これらのアレ ルゲンは,食物ごとに同定される汎アレルゲンと,種実 に特有の貯蔵タンパク質からなる.貯蔵タンパク質のア レルゲンとしては,7Sグロブリン,11Sグロブリン,2S アルブミンがあり,ピーナッツの場合,順にAra h 1, Ara h 3, Ara h 2などが同定されている.これらは,ア ナフィラキシーなどの強いアレルギー症状に関与すると 考えられており,高い熱安定性を示す.なお,貯蔵タン パク質や汎アレルゲン以外には,オレオシンや糖鎖抗原 もアレルゲンとして知られている.
そのほかの食物で同定されている主要なアレルゲンと しては,甲殻類,軟体動物,貝類のトロポミオシンや,
魚類のパルブアルブミンやコラーゲン,魚卵のビテロ ジェニンの
β
′-コンポーネント,肉類の血清アルブミン,そばの24 kDaタンパク質などがある.以上のように,
食物の主要なアレルゲンの性質は加熱や消化酵素に対す る安定性においてアレルギー症状への関与が議論される ことが多く,このことが花粉やハウスダストといった食 物以外のアレルゲンと異なる特徴であるといえる.
2. 食品の加工処理がアレルゲンに及ぼす影響
食物に含まれるタンパク質は,加工食品の製造および 保存,調理といった過程においてさまざまな変化を受け る.加熱や光などの物理的変化,そして,酸やアルカ リ,塩による化学的変化のほか,プロテアーゼやペプチ ダーゼといったタンパク質分解酵素,トランスグルタミ ナーゼのようなアミノ酸転移酵素,メイラード反応をは じめとした糖との相互作用なども,タンパク質の立体構 造を変化させる.食品の調理や加工処理に伴うタンパク 質の構造変化は,アレルゲン性に影響を及ぼすと考えら れるが,多くの研究はIgEやIgGとの結合性において食 品加工の影響を調べたものであり,動物や細胞を用いた 実験や,最も標準的な食物アレルギーの診断方法である 食物経口負荷試験により検証した研究は少ない.同様 に,特異的IgE抗体検査以外で有用とされる の 食 物 ア レ ル ギ ー 検 査 法 で あ る ヒ ス タ ミ ン 遊 離 試 験
(HBT)
,好塩基球活性化試験(BAT) ,アレルゲン特異
的リンパ球増殖試験(ALST)を用いた報告も乏し い(7).しかしながら,アレルゲンが受ける変化は,食物
に加えた加工方法と評価に用いた実験手法より異なる結 果が導き出される.加熱処理に関する例として,強い加熱を受けた牛乳お よび鶏卵は,それらのアレルギー患者の70〜75%が摂 取できるという報告がある(8, 9)
.この試験ではマフィン
やワッフルといったベーカリー製品に含まれる脱脂粉乳 や卵をアレルゲンとしており,175〜260 Cの加熱を受 けている.そのため,アレルゲンの加熱変性による構造 的エピトープの欠失や,小麦など,食品中のほかの成分 との相互作用がエピトープの認識を阻害することによ り,IgE反応性が低下してアレルギー症状の発症を抑制 することが推測される.牛乳のアレルゲンの場合,カゼ インは熱に安定だが乳清タンパク質の多くは熱に不安定 である.70〜120 Cでの加熱において乳清タンパク質の 抗原性は比較されており,
α
-ラクトアルブミン>β
Lg>血清アルブミン>免疫グロブリンの順に高い加熱安定性 を示す(10)
.また,鶏卵も調理や加工処理によるアレル
ゲン性への影響が大きい食物であり,鶏卵アレルギー患 者の多く(50〜85%)は,加熱鶏卵であれば食べられる との報告もある(7).主要なアレルゲンであるオボアルブ
ミンは,熱に対する感受性が高く,鶏卵アレルギー患者 血清に対するIgE結合能や,オボアルブミンで感作させ たマウスに対するアレルギー反応の誘発作用が低下する など,複数の実験手法にてアレルゲン性の低下が確認されている(11, 12)
.そのため,オボアルブミンのアレルゲ
ン性が加熱により低下することは,加熱鶏卵におけるア レルゲン性の低下に寄与すると考えられる.一方で,オ ボムコイドも加熱によりIgE結合能は低下するが,熱で 凝固しにくく,メイラード反応による糖化がIgE結合能 を増加させる性質もあり,熱に対する安定性は高い(13)
.
一方,ピーナッツアレルギーは西洋諸国において代表的 な食物アレルギーの一つであり,IgE結合能だけでな く,細胞レベルでの反応や動物実験など,さまざまな実 験手法による研究が行われている.湯通しのように 100 C前後で処理される調理法に比べ,より高温で焙煎 した場合に高いIgE結合能を示す(14).焙煎されたピー
ナッツは,皮膚プリックテストなどの臨床的な診断方法 や,動物実験でもアレルギー誘発作用を示す(15, 16).湯
通しと焙煎でアレルゲン性が異なる理由として,焙煎の ように乾燥条件下で高温加熱することによるAra h 1の 重合や,メイラード反応や糖化反応の関与,そして湯通 しする際の調理水へのアレルゲンの溶出などが関与する と考えられている(7).これらの結果は,欧米に比べアジ
アにおけるピーナッツアレルギーの発症頻度が低い理由 を支持するものであり,日常的に摂取するピーナッツの 加工処理の違いがアレルギーの発症頻度に寄与すると考 えられている.タンパク質分解酵素や酸による加水分解は,一般的に はエピトープの分解によりアレルゲンの反応性を低下さ せると考えられているが,加水分解で出現する新たなエ
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ピトープにより抗原性が増加する場合もある.洗顔石鹸 に含まれる加水分解小麦による小麦アレルギーの事例で は,小麦のアレルゲンである
γ
-グリアジン,ω
-2グリア ジンのコンセンサスエピトープが酸加水分解において脱 アミド化し,強いIgE結合性を示すエピトープとして認 識されることや,酸加水分解により生成する高分子画分 がエピトープとして出現することが報告されている(17).
また,焙煎したピーナッツのアレルゲン性に酵素分解が 及ぼす影響を調べた研究では,エキソ型のプロテアーゼ に比べてエンド型のプロテアーゼで処理した場合にIgE 結合能の低下が認められ,さらに,湯通しして処理した 場合に顕著な低下を示すとが報告されている(15).この
ように,食物における一般的な調理法に加え,加工食品 の製造条件もアレルゲン性を変化させることが示唆され る.なお,それぞれのアレルゲンで報告されているIgEエ ピトープの数は異なり,そのアレルギー症状への関与も 異なる.また,エピトープの認識パターンには個人差が 大きい(18)
.したがって,食物の加工処理がアレルゲン
性に及ぼす影響を議論する際には,アレルゲンとなる食 物におけるエピトープの変化(既知のIgEエピトープに おけるIgE結合能の変化と,新規にアレルゲン性を示す エピトープの出現,消化管におけるエピトープの安定性 など)と,食物アレルギーの発症への影響という両面か ら検証していくことが期待される.牛乳アレルギー治療における酵素分解物の利用 加水分解によりアレルゲン性を調節する場合,食物が もつ風味や物性を大きく変化させることで応用範囲が限 定される.そうした中で,牛乳アレルギー患者用の低ア レルゲン化ミルクにおいて,酵素による加水分解が低ア レルゲン化の目的で実用化されている.乳児期において 母乳は最良の栄養であるが,十分な量の母乳が得られな いなど,母乳の利用が制限される場合に人工乳が利用さ れる.しかしながら,乳幼児期において牛乳アレルギー の発症が認められた場合,医師の指導下において加水分 解乳またはアミノ酸乳,大豆乳などを摂取させることが ある.このような用途のミルクは,わが国では許可基準 型の特別用途食品である「アレルゲン除去食品」として 規格化されている.酵素分解によりアレルゲン性を十分 に低減した牛乳タンパク質の分解物は,これらの加水分 解乳の原材料として使用されており,高度加水分解乳
(extensively hydrolyzed formula)と呼ばれることがあ る.食物アレルギーにおける食事療法では,正しい原因
アレルゲンの診断結果に基づく必要最低限の食品除去が 基本とされ,低アレルゲン化した食品はそのための手段 として用いられる.なお,高度加水分解乳とは別に部分 分解乳(partially hydrolyzed formula)と呼ばれるミル クも存在するが,こちらは牛乳のアレルゲンが残存する ため,牛乳アレルギー患者用のミルクとしては使用され ない.
1.
β
-ラクトグロブリンの抗原改変アレルゲンの酵素分解はエピトープを破壊しアレルゲ ン性を減弱することが期待できるが,分解方法がアレル ゲン性に影響を及ぼすことは小麦やピーナッツの例でも 指摘されており,エピトープに対して選択性の高い処理 であることが望ましい.そこで,われわれは岐阜大学医 学部の近藤直実先生,金子英雄先生らのグループと共同 で,牛乳におけるアレルゲンコンポーネントの機能改変 について研究を進めてきた(19, 20)
.本研究では,牛乳の
主要なアレルゲンであり,構造上の特徴が明確であるβ
Lgを研究対象として,免疫寛容誘導に必要なT細胞エ ピトープを有したまま,アレルゲン性に関与するB細胞 エピトープを消失させた抗原改変β
Lgの作製を試みた(図
2
).
まず,牛乳アレルギー患者から樹立したT細胞ク ローンを用いて
β
LgのT細胞反応性を解析し,T細胞エピトープ
β
Lg102‒112(YLLFCMENSAE)を同定した.続いて,このエピトープのT細胞反応性に重要な役割を担
図2■β-ラクトグロブリンにおける抗原改変
一般的な食品用のプロテアーゼで非選択的に加水分解した場合,
アレルゲンの反応性に関与するB細胞エピトープ(アレルゲン特 異的IgEおよびIgG抗体に対するエピトープ)ならびに経口免疫 誘導に関与するT細胞エピトープはどちらも破壊される.本研究 では,牛乳アレルギー患者より同定したT細胞エピトープを保持 しながらIgEおよびIgG反応性を低減したβ-ラクトグロブリンを 食品グレードの原材料で調製することを目的とした.
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うアミノ酸残基を同定するため,
β
Lg102‒112を構成する アミノ酸を1残基ずつ置換した合成ペプチドを作製し た.その結果,負に帯電したアミノ酸(E)と疎水性の アミノ酸(FCMおよびL)がT細胞クローンとの反応 に重要であることが明らかになった(21).つづいて,こ
のT細胞エピトープを保持したままB細胞反応性を低減 させるため,β
Lgの選択的な加水分解を検討した.この 実験では,β
Lgの酵素分解物を調製するため,食品用ト リプシンを用いて食品グレードのβ
Lgを加水分解し,そ の諸性質を調べた.β
Lg-トリプシン加水分解物は,分 子量5,000以下のペプチドを主体とし,抗ウシβ
Lg-IgG 抗体に対する反応性は約1/10に低下していた.また,重篤な牛乳アレルギー患者の血清を用いたIgEウエスタ ンブロットでも反応性の低下が認められた.
一方,T細胞エピトープの保持を調べるため,逆相 HPLCを用いて主要なピークを分取し,そのアミノ酸配 列を解析した.分取した21個のピークから12種のペプ チド断片を確認し,そのうち2個のピークから,T細胞 エピトープの全長を含む
β
Lg102‒124を検出した.さらに,この加水分解物は牛乳アレルギー患者のリンパ球幼若化 反応が陽性を示し,T細胞反応性を保持することが示唆 された(22)
.以上の結果をもとに,この分解物を抗原改
変β
Lgとして大量調製を行い,牛乳アレルギー治療のた めの臨床研究に応用した.2. アレルゲン特異的免疫療法
近年,スギ花粉を中心にアレルゲン特異的免疫療法に 関する話題がメディアなどで取り上げられる機会が多く なった.アレルギー反応をコントロールするための試み として,疾患の改善,ひいては治癒を目指す治療法とし てアレルゲン特異的免疫療法の研究が進められており,
食物アレルギーを対象とした臨床研究にも多数の報告が ある.免疫療法が初めて報告されたのは,約100年前の 1911年にさかのぼり,Noonが枯草熱(hay fever)の原
因である牧草の花粉に含まれる抽出物を皮下注射し,疾 患が改善することを見いだした報告が最初とされる(23)
.
免疫療法は,食物や花粉以外にも,気管支喘息,ハチ 毒,ならびにハウスダストに含まれるダニアレルゲンな どのアレルギー疾患に広く応用されてきた.食物アレル ギーのアレルゲン特異的免疫療法も,基本的にはこれら のアレルギー治療における知見が応用されている.抗原 は皮下注射や経口摂取のほかに,舌下や皮膚に投与する ことができ,それぞれ,皮下免疫療法,経口免疫療法,舌下免疫療法,経皮免疫療法と分類されている.皮下免 疫療法は花粉症などで有用とされるが,ピーナッツで高 率に全身反応を認めるなど,食物アレルギーに対して用 いられることは少ない(24)
.また,経口免疫療法は食物
アレルギーに対して最も広く用いられる治療法であり,抗原投与量の増量方法の違いによって急速法と緩徐法に 分類される.舌下免疫療法は,舌下に一定時間抗原をお き,嚥下するか吐き出す方法で,有効性は低いが安全性 の高い方法と考えられている.経皮免疫療法は抗原を皮 膚に一定期間貼付して治療を行う方法であり,食物アレ ルギーでは一般的でないが,安全性や簡便性の点で応用 が期待されている(25)
.わが国における経口免疫療法の
取り組みは,乳幼児期の主要なアレルゲンである鶏卵,牛乳,小麦を対象とした研究を中心として精力的に進め られている(26)
.
3. 抗原改変
β
Lgの経口免疫療法への応用現時点(2015年8月現在)において,食物アレルギー の経口免疫療法は専門医により研究的に行われている段 階であり,一般診療の場で行うことは推奨されていな い.そのため,抗原改変
β
Lgを用いた臨床試験は,岐阜 大学の倫理委員会の承認を得て実施された.牛乳摂取に より皮膚や呼吸器に症状の誘発が認められ,β
Lg特異的 IgE抗体が陽性であり,さらに,天然型β
Lgの摂取によ り症状の誘発が認められ,この研究の参加に同意が得ら 図3■抗原改変β-ラクトグロブリン(βLg)を用いた経口免疫療法の概要
牛乳アレルギーと診断され本研究への参加に 同意が得られた患者16名を対象に,抗原改変 βLgを牛乳0.25 mL相当量から40 mL相当量へ 段階的に増量し,抗原改変βLgの摂取可能量 の変化を調べた.試験を完了した10名のうち 8名で閾値の上昇を認めた.文献16より改変 して引用.
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れる患者を本試験における適格基準とした.この試験の 概要を図
3
に示す.まず,抗原改変β
Lgの投与前後で天 然型β
Lgの負荷試験を行い,投与前後で摂取可能な量の 閾値を比較した.牛乳0.25 mL相当の抗原改変β
Lgを摂 取することから試験を開始し,8週間かけて段階的に牛 乳40 mL相当の抗原改変β
Lgの摂取に増量した.本試験 には計16名の患者が参加し,うち10名がプロトコール を完了した.3名が抗原改変β
Lgの摂取により皮疹が誘 発され中止となり,3名は途中で受診が中断され脱落と なった.残る10名のうち8名で閾値の増加が認められ,3名で牛乳40 mL以上を摂取可能になった(20)
.このよう
に,抗原改変β
Lgを摂取した牛乳アレルギー患者を対象 に行った経口免疫療法では,選択的に加水分解されたβ
Lg分解物を用いることで,アナフィラキシーショック のような重篤な副作用を起こすことなく試験を実施する ことができ,患者の一部では経口免疫寛容が促進される 可能性が示唆された.現在,カゼイン分解物に関しても 同様の考え方で分解物を調製し,より安全な経口免疫療 法への応用を検討している.謝辞:抗原改変βLgに関する研究は,岐阜大学大学院医学系研究科小児 病態学講座との共同研究により実施された成果です.共同研究者の方々 にはこの場を借りて御礼申し上げます.また,同講座の川本典生先生に は経口免疫療法に関してご助言いただきました.本研究の一部は生研セ ンター異分野融合研究事業の助成によるものです.
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23) L. Noon: , 1, 1572 (1911).
24) H. S. Nelson, J. Lahr, R. Rule, A. Bock & D. Leung:
, 99, 744 (1997).
25) S. M. Jones, A. W. Burks & C. Dupont:
, 133, 318 (2014).
26) 海老澤元宏,柳田紀之,佐藤さくら:アレルギー,64, 809 (2015).
プロフィール
上 野 宏(Hiroshi M. UENO)
<略歴>2002年北海道大学農学部生物機 能化学科卒業/2004年同大学大学院農学 研究科修士課程修了/同年雪印乳業(株)技 術研究所(現・雪印メグミルク(株)ミルク サイエンス研究所)研究員/2012年ビー ンスターク・スノー(株)開発部(現・雪印 ビーンスターク(株)商品開発部)研究員
(出向)/同年農学博士取得(北海道大学), 現在に至る<研究テーマと抱負>食品の加 工処理が乳由来生理活性物質に及ぼす影響 に関する研究.共同研究も担当しておりま すので,一緒にお仕事できる機会があれば よろしくお願いします<趣味>旅行と街歩 き,音楽鑑賞,デジタルガジェット
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
中 埜 拓(Taku NAKANO)
<略歴>1988年千葉大学園芸学部農芸化 学科卒業/1990年同大学大学院自然科学 研究科修士課程修了/同年雪印乳業(株)技 術 研 究 所 研 究 員/1996年 農 学 博 士 取 得
(千葉大学)/2002年ビーンスターク・ス ノー(株)開発部(現・雪印ビーンスターク
(株)商品開発部)研究員(出向)/2015年 同商品開発部副部長,現在に至る<研究 テーマと抱負>母親の生活習慣と母乳成分 が乳児の発育に与える影響に関する研究
(2015年7月より,約25年ぶりに第3回の 全国調査を開始しました)<所属研究室 ホ ー ム ペ ー ジ>http://www.beanstalks- now.co.jp/labo/milk/<趣味>散歩
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.335
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