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老子と『道徳経』及び「環境問題」の解決(Ⅲ)

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老 子 と『道 徳 経 』及 び「環 境 問 題 」の解 決 (Ⅲ) 

――『道 徳 経 』における「自 然 」 

 

耿   順

 

  一   「 自 然 」 の 誕 生  

今 日 、 「 自 然 」 と い う 用 語 は 多 く の 分 野 及 び 多 く の 人 々 に よ く 使 用 さ れ て い る 。 殊 に 、 い わ ゆ る 環 境 問 題 の 解 決 に 様 々 な 使 い 方 が あ る 。 例 え ば 、

「 自 然 破 壊 」 、 「 自 然 再 生 」 、 「 自 然 保 護 」 、 「 自 然 環 境 」 、 「 自 然 科 学 」 、

「 自 然 物 」 及 び 「 自 然 法 」 、 「 自 然 哲 学 」 な ど が あ る 。 と こ ろ が 、 こ の 状 況 は 単 な る 学 問 だ け の こ と な ら ば 問 題 視 す る 必 要 が な い と 言 え る 。 け れ ど も 、 そ の 認 識 に 基 づ く 使 い 方 に よ っ て 国 家 及 び 国 際 的 な 政 策 が 作 成 さ れ 人 類 社 会 の 動 き が 誘 導 さ れ て い る こ と な ど の 現 実 を 見 て 、 環 境 問 題 を 解 決 す る 前 に そ れ を も た ら す 認 識 に お け る 錯 誤 を 発 見 し て 実 際 に 合 う よ う に 見 直 す 必 要 が あ る と 考 え ら れ 、 特 に 人 類 の 存 続 に 関 わ っ て い る こ と に つ い て 、 そ の た め 検 討 す る 必 要 が あ る と 考 え ら れ る 。  

東 西 を 問 わ ず に 、 い わ ゆ る 人 類 文 化 史 に お い て 「 自 然 」 と い う 用 語 を 考 察 す れ ば 、 今 日 調 べ ら れ る 範 囲 で 、 そ れ は 老 子 が 『 道 徳 経 』 に 初 め て 使 用 し た こ と が 判 る 。 換 言 す れ ば 、 即 ち 老 子 が 物 事 の 「 自 然 」 を 発 見 し て 「 自 然 」 と い う 二 文 字 を 使 っ て

そ の 「 自 然 」 を 世 間 に 明 か し た と の こ と で あ る 。  

『 道 徳 経 』 に お い て 、 「 自 然 」 は

「 道 」 の 本 性 と し て の 位 置 が 与 え ら れ て い る 。 即 ち 、 「 道 」 は 「 自 然 」 と い う 本 性 に 基 づ い て 演 変 し 、 「 一 を 生 じ 、 さ ら に 一 は 二 を 生 じ 、 二 は 三 を 生 じ 、 三 は 万 物 を 生 ず る 」 よ う に 生 々不 息 を 迎 来 し 、 ま た 芸 々 た る 「 万 物 は 復 其 の 根 に 帰 す 」 よ う に 滅 々 不 止 を 送 去 し て い る と い う万 物 并 作 よ り 万 物 并 亡 へ と の 生 々 滅 々 を 演 示 し て い る の で あ る 。  

こ の い わ ゆ る 老 子 の 「 自 然 」 観 は 、 今 日 に 至 る ま で の 2 5 0 0 年 ほ ど の 間 に 、 黄 河 流 域 を は じ め 世 界 へ と 広 が り 、特 に中 国 の 社 会 形 成 や 人 間 社 会 の 行 方 な ど に そ の 例 を 見 な い 大 き な 影 響 を 与 え つ づ け て き た 。  

以 上 の 状 況 に 基 づ き 、 次 に 『 道 徳 経 』 に お け る 「 自 然 」 と い う 用 語 に つ い て 考 察 及 び 筆 者 な り の 検 討 を 加 え て 見 る 。  

 

二   『 道 徳 経 』 に お け る 「 自 然 」 等   1   「 自 然 」 と は 何 か  

自 然 と い う 用 語 は 、 『 道 徳 経 』 で 登 場 し て 以 来 、 色 々 の 解 釈 及 び

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様 々 な 使 い 方 が あ り 、 な お 今 日 の 様 々 な 字 書 に 多 く の 解 説 な ど が あ る 。  

と こ ろ で 、 「 自 然 」 は 言 う ま で も な く 、 自 と 然 の 二 字 に よ る も の で あ る の で 、 先 ず こ の 二 文 字 各 自 の 原 義 を 見 て み る 必 要 が あ る 。 だ が 、 周 知 の よ う に 、 中 国 語 の 文 字 が 約 4 0 0 0 年 前 の 象 形 文 字( 主 に 陶 器 や 甲 骨 に 遺 っ て き た も の )

か ら 発 展 し て き た も の で あ っ て 、 自 と 然 は そ れ ぞ れ 、 何 を 表 す た め に 造 ら れ た か な ど の こ と は 別 に し て 、 今 日 に お い て 約 2 5 0 0 年 前 老 子 が 『 道 徳 経 』 に 使 っ た そ の 意 味 を 確 実 に 理 解 す る こ と は 難 し い と 言 え る 。 け れ ど も 、 い わ ゆ る そ の 原 義 を 知 る た め 、 約 1 8 0 0 年 前 作 成 さ れ た 『 説 文 解 字 』 の 解 説 を 参 考 に し て お く 。 即 ち 、 自 は 鼻 で あ り 鼻 の 形 に 似 て い る と の こ と で あ り 、 な お 「 」 、 「 」 と 、 そ し て 甲 骨 文 字 と し て 「 」 、 「 」 な ど と 書 く 。 こ の 意 味 よ り か 、 そ の 人 自 身 、 さ ら に そ の 物 事 自 体 を 表 す よ う に な っ た 。 ま た 、 然 は 燃 え る こ と で あ り 、     な ど と 書 く と の こ と で あ る 。  

こ れ ら の 考 え に よ っ て 考 え ま と め て 見 れ ば 、 「 自 然 」 は そ の 「 人 自 身 」 又 は 「 物 事 自 体 」 が 「 然 ( す )る 」 又 は

「 燃 え る 」 な ど と 理 解 す る こ と が で き る 。  

2   「 自 然 」 の 使 用と 意 味 な ど 

「 自 然 」 と い う 用 語 は 、 『 道 徳 経 』 に お い て 五 回 ほ ど 使 用 さ れ て い る 。 今 日 の 理 解 に お け る 特 徴 か ら 見 る と 、 残 念 な が ら 定 義 的 な 使 い 方 は な く 、 や や 解 り 難 い よ う に 思 わ れ る 。 こ こ で は 、 検 討 を 行 う た め 関 係 の あ る 段 落 を 直 訳 し て 引 用 す る う え で 検 討 を 加

え る 。 な お 、 訳 文 に よ る 原 義 の 逸 脱 を 考 え て 、 原 文 を ( ) に 加 え て お く 。 ま た 、 ○ 数 字 に よ る 見 出 し は 、 筆 者 が 便 利 の た め 加 え た も の で あ る 。  

①   「 百 姓 は 皆  

我 は 自 然 で あ る と 言 う 」   大 上 は 、 知 ら れ な い の で あ る 。 そ の 次 は 、 親 し ま れ て 誉 め ら れ る 。 そ の 次 は 、 畏 れ ら れ る 。 そ の 次 は 、 侮 ら れ る 。 信 じ ら れ る の に は 足 り な く 、 尚 信 じ ら れ な い こ と さ え あ る 。 な ん と 言 っ た ら 良 い の か 、 そ れ は 言 を 貴 ( つ つ し )む べ き で あ る 。 功 を 成 し 事 を 遂 げ て 、 百 姓 は 皆 、 我 は 自 然 で あ る と 言 う 。

( 大 上 ,知 有 之 。 其 次 , 親 之 譽 之 。 其 次 , 畏 之 。 其 次 , 侮 之 。 信 不 足 焉 , 有 不 信 焉 。 悠 兮 , 其 貴 言 , 功 成 事 遂 , 百 姓 皆 謂 我 自 然 。 ) 

こ の 段 落 は 、 人 の 品 位 を 四 等 級

( 最 高 は 知 ら れ な い 人 、 二 等 は 親 し ま れ て 誉 め ら れ る 人 、 三 等 は 畏 れ ら れ る 人 、 最 低 は 侮 ら れ る 人 )に 分 け 、 そ れ に よ っ て そ れ ぞ れ

百 姓 ( 人 々 )か ら の 扱 い を 示 し 、 世 間

人 情 を 述 べ た う え 、 良 い 扱 い を 得 る た め に 、 言 を 貴 む と い う 最 善 の 対 応 方 法 を 明 ら か に し て い る と 言 え る 。  

ま た 、 「 自 」 は 「 我 」 で あ り 「 然 」 は

「 功 を 成 し 事 を 遂 げ て 」 で あ っ て 、 即 ち 我 が 自 力 で 成 し 遂 げ た と の 意 味 で あ る 。 こ う し て 、 こ の 「 自 然 」 は 、 管 理 、 教 え 、 指 導 及 び 加 害 な ど の 他 力 が な け れ ば 問 題 な く 実 現 す る こ と で あ る 。 な お 、 実 現 す る に は 、 他 力 に と っ て 「 言 を 貴 む 」 と の 必 要 が あ る 。 こ れ は 、 い わ ば そ の 人 間 そ の 自 身 に よ る と い う 「 人 間 自 然 」 で あ る 。  

②   「 希 に 言 う の は 自 然 で あ る 」   希 に 言 う の は 自 然 で あ る 。 飄 風 は 朝 を 終( こ )え る こ と が で き ず 、驟 雨は 日 を 終 え る こ と が で き な い 。 こ れ を 為

(3)

す の は 孰 か と 言 え ば 、 そ れ は 天 地 で あ る 。 天 地 で さ え 久 し く 為 す こ と が で き な い の で 、 更 に 人 な ら 、 言 う ま で も な い 。( 希 言 自 然 。 飄 風 不 終 朝 , 驟 雨 不 終 日 。 孰 為 此 者 ? 天 地 。 天 地 尚 不 能 久 , 而 況 於 人 乎 ? ) 

こ の 段 落 で の 「 希 に 言 う の は 自 然 で あ る 」 と の こ と は 、( 人 々 )が 無 理 矢 理 に 余 計 な こ と を 言 ( 行 )わ な け れ ば そ の こ と 自 体 が 自 然 で あ る と 明 瞭 に 示 し て い る 。 こ の 「 自 然 」 は 、 そ の 人 自 身 の 行 為 に 係 る こ と で あ っ て 、 い わ ば 「 無 為 自 然 」 と の こ と で あ る 。  

ま た 、 天 地 は 飄 風 や 豪 雨 を 起 こ す こ と が で き る け れ ど も 、 そ れ を 永 く す る こ と が で き な い 。 人 間 は 無 為 自 然 か 又 は 有 為 活 動 か を 選 択 す る こ と が で き る け れ ど も 、 さ ら に 遙 か に も っ と 天 地 よ り も 永 く す る こ と が で き な い と 忠 告 し て い る 。  

③   「 爵 さ れ る こ と な く  

恒 に 自 然 で あ る 」   道 が 生 じ 、 徳 が 蓄( や し な )い 、 物 が 形( な ) って 器 が 成 る 。 こ れ に よ り 、 万 物 は 、 道 を 尊 び 徳 を 貴 ぶ 。 道 の 尊 く 徳 の 貴 い の は 、 爵( し ゃ く )さ れ る こ と で な く 、 恒 に 自 然 で あ る 。( 道 生 之 , 德 畜 之 ,物 形 之 ,勢 成 之 。是 以 萬 物 莫 不 尊 道 , 而 貴 德 。 道 之 尊 , 德 之 貴 , 夫 莫 之 自 然 。 ) 

こ の 段 落 は 、万 物 が道 を 尊 び 徳 を 貴 ぶ こ と 、 即 ち 道 に 生 じ ら れ 徳 に 蓄 わ れ る 理 由 を 明 ら か に し て い る 。 ま た 、道 が 尊 ば れ 徳 が 貴 ば れ る の は そ れ の 自 身 の 尊 貴 た る 地 位 と 作 用 に よ る の で 、 他 の 何 か に よ る こ と で は な い こ と を 示 し て い る 。 な お 換 言 す れ ば 、 万 物 に と っ て道 の 尊 く 徳 の 貴 い の は、 道 徳

の 永 久 な 自 然 、 い わ ば 「 自 然 而 然 」 と の こ と で あ る 。 

勿 論 、 こ の よ う な こ と は 、 人 事 と 異 な る の で 、爵 さ れ る こ と が な い の で あ る 。  

④   「 聖 人 が 万 物 の 自 然 を 輔 う 」   為 す 者 は 敗 れ 、 執 る 者 は 失 う 。 こ れ に よ り 、 聖 人 は 為 さ な い の で 敗 れ る こ と な く 、 執 ら な い の で 失 う こ と が な い わ け で あ る 。 故 に 、 事 に 臨 む 紀 ( と き )に 、 始 が 若 く 終 に 慎 む と 敗 れ る こ と が な い の で あ る 。 聖 人 は 、 欲 し な い こ と を 欲 し て 得 難 い 貨 を 貴 ば ず 、 学 ば な い こ と を 学 ん で 衆 人 の 行 い 過 ぎ を 復 す る 。 こ れ を 以 て 、 聖 人 は 万 物 の 自 然 を 輔( お ぎ な )い 、 敢 え て 為 さ な い の で あ る 。( 為 者 敗 之 , 執 者 失 之 。 是 以 聖 人 無 為 故 無 敗 , 無 執 故 無 失 。 民 之 從 事 常 於 幾 成 而 敗 之 。 慎 終 如 始 則 無 敗 事 。 是 以 聖 人 欲 不 欲 不 貴 難 得 之 貨 , 學 不 學 復 眾 人 之 所 過 , 以 輔 萬 物 之 自 然 而 不 敢 為 。 )

こ の 段 落 は 、 必 然 的 因 果 を 明 確 に し て 聖 人 不 敗 の 道 理 を 明 示 し て い る 。 な お 、 聖 人 が 終 始 一 貫 し て 慎 む 行 為 及 び そ の 欲 や 学 の 特 色 な ど 、 即 ち 聖 人 が 無 欲 無 為 に よ っ て 万 物 の 自 然 を 補 う と い う 自 然 を 明 ら か に し て い る 。  

こ れ を 換 言 す れ ば 、 万 物 は 人 間 か ら 犯 さ れ な け れ ば そ の ま ま で あ っ て 、 即 ち 自 然 で あ る 。 こ れ は 、 い わ ば 人 間 の 無 欲 無 為 に よ っ て 守 ら れ る 「 万 物 自 然 」 で あ る 。  

⑤   「 道 は 自 然 を 法 す る 」  

状 が あ る 。 そ れ は 混 成 し て い て 、 天 地 よ り 先 に 生 じ 寂 寥 ( せ き り ょ う )と し て お り 、 独 立 し て 改 め ず 天 下 の 母 と 為 す こ と が で き る 。 そ の 名 は 未 だ 知 ら れ て お ら ず 、 字( あ ざ な )を 道 と 言 う 。 吾

(4)

は 、 強 い て 名 を 大 と 言 い 、 大 を 逝( せ い )と 言 い 、 逝 を 遠 と 言 い 、 遠 を 反 と 言 う 。 故 に 、 天 は 大 で あ り 、 地 は 大 で あ り 、 道 は 大 で あ り 、 王 は 亦 大 で あ る 。 域 に は 四 大 が あ り 、 王 は そ の 一 を 居

( し )め て い る 。 人 は 地 を 法 し 、 地 は 天 を 法 し 、 天 は 道 を 法 し 、 道 は 自 然 を 法 す る 。( 有 状 混 成 , 先 天 地 生 。 寂 兮 寥 兮 , 獨 立 不 改 , 周 行 而 不 殆 , 可 以 為 天 下 母 。 吾 不 知 其 名 , 字 之 曰 道 。 強 為 之 名 曰 大 。 大 曰 逝 , 逝 曰 遠 , 遠 曰 反 。 故 道 大 、 天 大 、 地 大 、亦 大 。 域 中 有大 , 而 居 其 一 焉 。 人 法 地 , 地 法 天 , 天 法 道 , 道 法 自 然 。 ) 

  こ の 段 落 は 、 道 と 名 付 け ら れ た も の の 特 色 と し て ① 「 状 」 、 「 混 成 し 」 、

「 天 地 よ り 先 に 生 じ 」 、 「 寂 寥 と し 」 、

「 独 立 し て 改 め ず 」 、 「 天 下 の 母 と 為 す こ と が で き る 」 、 ② 名 が 大 、 大 が 逝 、 逝 が 遠 、 遠 が 反 へ と 発 展 す る と い う 特 徴 を 示 し て い る 。 な お 、 域 に あ る 天 、 地 、 道 、 王 と い う 四 者 に お け る 王 の 存 在 を 強 調 し て い る 。 さ ら に 、 人 か ら 地 、 地 か ら 天 、 天 か ら 道 へ と 、 い わ ば 人 、 地 、 天 、 道 が 自 然 を 法 す る と い う 「 法 自 然 」 の 法 則 を 明 示 し て い る の で あ る 。  

また、「人 は 地 を 法 し 、 地 は 天 を 法 し 、 天 は 道 を 法 し 、 道 は 自 然 を 法 す る 。 」という文の構造及び「自然」の意 味などを考察してみれば、次のことを理 解することができる。 

まず、文の構造において人→地→天→

道という法する構造であり、なお地→天→

道→「自然」という法される関係である。ま た、すでに触れたように、意味から見て、も し「自」は「その物自体」を指し「然」は「す る」意味として理解すれば、道にはそれな りの「自然」があれば、天にも天なりの自然、

地にも地なりの自然、人には人なりの自然

があるはずである。さらに、人と地と天と道 にそれぞれの自然があれば、この共通的 な「自然」による「自然界」が構成され、即 ち一つの「自然界」があるのである。これを 概念図で表せば、次の「自然界図」のとお りである。 

  ま た 、 こ の 自 然 界 図が表して い る よ う に 見れば、そ して人と地 と天と道の

「 自 然 」 に お け る

「自」を人と 地と天と道 として見たら、それがその「自然」と同一物 になり、即ち同じ物における二つの表現に なるのである。こうなると、次の「法自然図」

のように表すことができる。即ち、文の構造 によって示さ れ て い る 人

→ 地 → 天 の ように逐次に 法していくこ とのほかに、

実 際 に は 構 造 的 に 見 て 、 こ の 構 造 に お い て 人 に とっては地を 法 す る と 同 時 に 天 も 道 も法し、同様 に地にとっては天を法すると同時に道を 法しておりなおこれと共に、人も地も天も 道のようにその「自然」を法していることに

(5)

なっているのである。 

 以上は、人と地と天と道の立場から「自 然」を法することによって「自然」の存在特 質や関係の二者間の関係を見たものであ る。けれども、「自然界図」で示されている ように、いわゆる道には道の自然、天には 天の自然、地には地の自然及び人には人 の 自 然 が あ っ て 、 そ し て そ の 「 自 然 」 の

「自」はその道などの一部ではなくてそれ なりの「自」であれば、道などとその自然と の間の関係は実際同一物における二つ の異なる表現である。なお、この異なる表 現の相違を見分けてみれば、道などはそ の物の名字であって道などの同義語とし ての「自」に「する」意味の「然」を付ける

「自然」はその物の存在特質を表す表現 であると言える。こう理解すれば、言うまで もなくその「自然」は他の物、即ち他の「自 然」に作用することがある。この作用関係 を概念図にすると、次の「自然作用図」の とおりで ある。な お 、 こ の 概 念 図 に お け る 点 線 ↑ は 間 接 作 用 し 、 実 線 ↑ は 直 接 作 用 す ることを 表 す 。 また、同時に特色として多重の作用関係 がある。 

 さらに見てみると、実際には自然関の作 用関係があるだけではなく、人が自然に

作用する関係もある。なお、この関係を概 念図で表せば、次の「人の自然作用図」の とおりである。なお、この概念図における 点線↑は間接作用し、実線↑は直接作用 することを表す。また、同時に多重の作用 関係のあることは特色である。 

  三 「自然」の意味などに関するまとめ    以上のいわゆる『道徳経』における「自 然」に対する考察及び検討により、それに は人間社会における「 人 間 自 然 」 、 人 間 行 為 に お け る 「 無 為 自 然 」 、 法 則 と し て の「 自 然 而 然 」 、 自 然 物 と の 関 係 に お け る 「 万 物 自 然 」 及 び 人 間 活 動 な ど の 基 準 と し て の 「 法 自 然 」 な ど の 基 本 的 な 意味等があると思 われる。なお、自然界に居る人間として他 の自然物との間に複雑な関係があること が分かる。 

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