受賞者講演要旨 29
細菌が生産する小胞の機能と形成機構に関する研究
静岡大学学術院工学領域化学バイオ工学系列
田 代 陽 介
は じ め に
細菌は細胞内外にナノサイズの微粒子である小胞を形成す る.細菌の細胞外小胞として知られているのが,直径20–
400 nm の膜小胞である.膜小胞は内部に微生物由来の DNA やタンパク質等の生体高分子を含有する他,表層に微生物特有 の多糖を保持している.また,動物・植物・微生物など様々な 細胞に内包物質を送達する機能を有しており,宿主の免疫活性 化にも働いている.そのため,膜小胞はワクチンの抗原やド ラッグデリバリーシステム(DDS),DNA導入媒体など,特定 の物質を細胞に送達する媒体としての応用が期待されている.
一方,細胞内に存在する小胞としてガス小胞が知られており,
ワクチン媒体や超音波画像法の造影剤としての応用が着目され ている.しかし,このような小胞の生物学的機能や形成機構に 関して未解明な部分が多く,上記応用のためにはそれらの理解 が必要不可欠である.こうした背景から,細菌由来の小胞の生 物工学的応用を最終目的とし,小胞の形成機構解明を目指して 研究を遂行してきた.
1. 緑膿菌における膜小胞の特性と形成機構 1-1. 緑膿菌が形成する膜小胞の特性解析
緑膿菌Pseudomonas aeruginosa は環境中に多く存在する日 和見感染菌であり,膜小胞を介して細菌間コミュニケーション や宿主細胞への毒素運搬を行っている.筆者らは緑膿菌をモデ ル微生物として,どのような組成の膜小胞がいつ形成されるの かを調べるために,各培養段階における膜小胞特性を解析し た.その結果,各培養段階で異なるタンパク質構成の膜小胞が 形成されていること,膜小胞には飽和脂肪酸が多く含有される ことが明らかとなった1–3).
1-2. 膜間隙でのタンパク質蓄積による膜小胞形成亢進 緑膿菌における膜小胞形成機構を解明するために,表層を構 成する因子の欠損株を作製して膜小胞形成への影響を解析し た.外膜タンパク質Opr86 は大腸菌BamA と相同性があり,
外膜タンパク質のアセンブリに関与する.Opr86 の発現低下株 を作製したところ,膜小胞を過剰に放出することが見出され た4).さらに,ペリプラズムに存在するプロテアーゼ MucD を欠損すると膜小胞形成が促進された5).以上により,ペリプ
ラズムにアセンブリ不全のタンパク質が蓄積すると膜小胞形成 が誘発される機構が示された(図1).
1-3. 膜小胞形成を制御する化合物
細菌の膜小胞形成を制御するためには,その形成に影響を与 える化合物の探索が必須である.緑膿菌が細胞外シグナル物質 として利用している 2-heptyl-3-hydroxyl-4-quinolone(Pseudo- monas quinolone signal: PQS)は膜小胞に高濃度に存在するこ とが既に知られていたが,この PQS は緑膿菌だけではなく,
大腸菌や枯草菌など,グラム陰性・陽性問わず様々な細菌の膜 小胞形成を誘発することが明らかとなった6).この結果から,
PQS はあらゆる微生物の膜小胞形成向上に適用可能な化合物 であることが示された.一方,膜小胞を低下させる化合物を探 索した結果,インドールなどの二環式化合物が緑膿菌の PQS 合成を阻害し,膜小胞形成を抑制することが明らかとなっ た7).
2. 膜小胞-微生物間相互作用の機構解明と選択的物質送達 膜小胞は微生物間情報伝達における物質運搬としての機能を 有しているが,どの微生物が膜小胞を受け取るのかに関して十 分な理解がなされていなかった.膜小胞形成量の多い細菌数十 種における各細菌間相互作用を解析したところ,膜小胞が特定 の細菌に選択的に物質を送達する現象が見出され,表面電位と 粒子径が両粒子間の相互作用に重要であることが明らかになっ た.さらに,膜小胞に抗生物質を保持させることにより,特定 の細菌を選択的に殺菌可能であることが示された.これらの結 果により,微生物間相互作用の一端が明らかとなったのに加 え,多種多様な微生物種を膜小胞により制御する DDS への応 用の可能性が示された8).
3. 膜小胞の多様性解析と新規形状膜小胞の放出機構解明 従来まで細菌から放出される膜小胞の多様性は明らかになっ ていなかった.多くのグラム陰性細菌でペリプラズムに局在す る TolB の欠損株を用いて膜小胞の応用研究が数多くされてい る.我々は Buttiauxella agrestis JCM 1090T株が膜小胞過剰形 成細菌であることを見出しており,当細菌株の tolB遺伝子欠 損株における膜小胞の形状を解析した.その結果,粒子径の小 さい小型膜小胞や,今までに報告例のない多重膜小胞ならびに 多胞膜小胞を放出することが明らかとなった.そのようなユ ニークな膜小胞の形成機構を解明するために,急速凍結割断レ プリカ電子顕微鏡法により細胞を観察したところ,細胞内部に 小胞あるいは二重膜小胞が蓄積していることが明らかとなり,
従来とは全く異なる膜小胞形成プロセスが示された(図2)9). 図1. 細菌が細胞外に放出する膜小胞
《農芸化学奨励賞》
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4. 細胞内に蓄積するガス小胞の形成機構解明
ガス小胞はタンパク質殻で構成され,細胞質に溶出している 気体を内部に蓄積した,原核細胞のオルガネラである.Serra- tia sp. 39006株は既知のガス小胞形成細菌とは異なる特徴を多 数有しており,その形成機構は複雑と推測された.本研究で は,遺伝子クラスターに存在する各遺伝子欠損株を作製し,小 胞形成プロセスを解析した.その結果,当細菌のガス小胞形成 にはクラスター中の 11遺伝子の発現が必須であり,GvpA1 が 主要ガス小胞構成成分であることが示された.さらに,GvpN と GvpV が小型ガス小胞からの伸長に関与することが示され,
様々な形状・特性のガス小胞を形成させることが可能となった
(図3)10).
お わ り に
本研究では,細菌の膜小胞やガス小胞の形成メカニズムの一 端を示した.以上の成果は,細菌の生理学的機能解明といった 基礎生物学に貢献するだけではなく,生体親和性ナノ粒子とし てワクチンや DDS などへの応用に繋がる知見である.特にナ ノ粒子解析技術は近年急速に発達しており,新たな技術と融合 することでさらなる革新的な開発が今後進むと期待される.ま た,膜小胞やガス小胞のような複雑な構造をした生体親和性ナ ノ粒子は人工的に合成することが困難である.我々は数μm ほ どのサイズの細菌をナノ粒子製造装置と捉え,様々な改変型小 胞の形成を可能にすることで,応用微生物学を基盤としたナノ バイオテクノロジーを今後発展させていきたいと考えている.
(引用文献)
1) Tashiro Y, Ichikawa S, Shimizu M, Toyofuku M, Takaya N, Nakajima-Kambe T, Uchiyama H, Nomura N. Variation of physiochemical properties and cell association activity of membrane vesicles with growth phase in Pseudomonas aeru- ginosa. Appl. Environ. Microbiol., 76, 3732–3739(2010).
2) Tashiro Y, Inagaki A, Shimizu M, Ichikawa S, Takaya N, Na- kajima-Kambe T, Uchiyama H, Nomura N. Characterization of phospholipids in membrane vesicles derived from Pseudo- monas aeruginosa. Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 605–607
(2011).
3) Tashiro Y, Uchiyama H, Nomura N. Multifunctional mem- brane vesicles in Pseudomonas aeruginosa. Environ. Microbi- ol., 14, 1349–1362(2012).
4) Tashiro Y, Nomura N, Nakao R, Senpuku H, Kariyama R, Ku- mon H, Kosono S, Watanabe H, Nakajima T, Uchiyama H.
Opr86 is essential for viability and is a potential candidate for a protective antigen against biofilm formation by Pseudomo- nas aeruginosa. J. Bacteriol., 190, 3969–3978(2008).
5) Tashiro Y, Sakai R, Toyofuku M, Sawada I, Nakajima-Kambe T, Uchiyama H, Nomura N. Outer membrane machinery and alginate synthesis regulators control membrane vesicle pro- duction in Pseudomonas aeruginosa. J. Bacteriol., 191, 7509–
7519(2009).
6) Tashiro Y, Ichikawa S, Nakajima-Kambe T, Uchiyama H, No- mura N. Pseudomonas quinolone signal affects membrane vesicle production in not only Gram-negative but also Gram- positive bacteria. Microbes Environ., 25, 120–125(2010).
7) Tashiro Y, Toyofuku M, Nakajima-Kambe T, Uchiyama H, Nomura N. Bicyclic compounds repress membrane vesicle production and Pseudomonas quinolone signal synthesis in Pseudomonas aeruginosa. FEMS Microbiol. Lett., 304, 123–
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8) Tashiro Y, Hasegawa Y, Shintani M, Takaki K, Ohkuma M, Kimbara K, Futamata H. Interaction of bacterial membrane vesicles with specific species and their potential for delivery to target cells. Front. Microbiol., 8, 571(2017).
9) Takaki T, Tahara YO, Nakamichi N, Hasegawa Y, Shintani M, Ohkuma M, Miyata M, Futamata H, Tashiro Y. Multilamellar and multivesicular outer membrane vesicles produced by a Buttiauxella agrestis tolB mutant. Appl. Environ. Microbiol., 86, e01131–20(2020).
10)Tashiro Y, Monson RE, Ramsay JP, Salmond GP. Molecular genetic and physical analysis of gas vesicles in buoyant en- terobacteria. Environ. Microbiol., 18, 1264–1276(2016).
謝 辞 本研究は,静岡大学大学院総合科学技術研究科,筑 波大学大学院生命環境科学研究科,英国ケンブリッジ大学生化 学科にて行われたものです.本研究に携わる機会を与えて頂 き,学生時代から今日に至るまで終始ご指導ご鞭撻を賜りまし た筑波大学名誉教授・内山裕夫先生,筑波大学生命環境系教 授・野村暢彦先生に深く感謝申し上げます.また,静岡大学に 着任してから,日頃より温かいお言葉とご助言を頂戴しました 静岡大学グリーン科学技術研究所教授・二又裕之先生,同大学 学術院工学領域教授・金原和秀先生,同准教授・新谷政己先生 に厚く御礼申し上げます.北海道大学大学院工学研究院・岡部 聡教授ならびにケンブリッジ大学生化学科・George Salmond 教授には特別研究員時代に多くのご指導を賜り,研究者として の礎を築くことができました.筑波大学生命環境系准教授・豊 福雅典先生,同助教・八幡穣先生には,学生時代から公私にわ たり様々なご支援頂きました.また,本研究はここには全ての 方のお名前を挙げることができないほど多くの共同研究者にご 協力頂きました.さらに本研究成果の一部は,静岡大学の学生 の皆様の努力の賜物であります.皆様に深く感謝申し上げま す. 最後になりましたが,本奨励賞にご推薦下さいました静 岡大学静岡大学グリーン科学技術研究所教授・河岸洋和先生に 厚く御礼申し上げます.
図3. セラチア菌におけるガス小胞形成 図2. 多胞膜小胞と多重膜小胞の形成モデル