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海洋化学研究 Vol.15.tif

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(1)

バッチ培養における植物プランクトンの消長にともなう 海水中のクロム溶存形の変化

一 色 健 司 * 1.  緒 言

海水中 の微量元素の濃度や溶存状態は海 洋環境を鋭敏に反映す るため、 海洋環境の 指標として重要視されている。微量元素の

うち酸素酸を形成する元素については、熱 力学的平衡状態ではほとんど存在し得ない とされる低酸化状態の溶存種の存在と生物 活動のかかわりが注目されている [1]。

無機C rは水溶液中ではCr(III)またはCr (VI)として存在し得るが、溶存酸素が存在 する中 性水溶液中では、熱力 学的にはC [ (VI)が安定な溶存種で ある。また 、C r(III) 錯形成により安定な錯体を生成する 化学形 であるのに対し、 Cr(VI)は水溶性の高い酸 素酸を形成しており、 Crは低酸化状態と高 酸化状態で化学的性質が大きく異なる元素 である。外洋においては、溶存濃度が最 も 高いCr溶存種は熱力学的に安定なC r(VI) であり、その鉛直分布は弱栄養塩型である [2‑5]。しかし、 Cr(VI)以外に、 C r(III)や有機 態Crが溶存していること が明 らかとなっ

ている[2‑5]Cr{VI)が弱栄養塩型の分布を

示す ことは、表層近傍でC r(VI)が生物に取 り込まれて いるか 、あるいは生物の活動に

よってC r(VI)が別の化学形に変えられてい

ることを強く示唆す る。このことから 、表 層にお けるCrの溶存形の変化 を含む海洋 中で のC r溶存形の変化についてはFig.1に 示す ような過程が推定されて いるが[3]、そ の詳細は明らかにはされていない。また、

C rの海洋環境の指標としての意義はいまだ 明 らかではないが、こ のことを 明 らかにす るためにはC rの溶存種変化が海洋のいか なる環境を反映しているのかを明らかにす ることが必要である。

Cr(VI)の外洋での分布と生物活動の関わ

りを示す観測データとしては 、三陸沖暖水 塊や北西太平洋の有光層において 、クロロ フィルa濃度の極大層と C I(VI)濃度の極小 層が一致する傾向や[5]、室戸岬沿岸表面水 の連続観測において観測された 、日中の植 物プランクトンの活動が活発な時間帯にク ロロフィル濃度とC r(VI)濃度に見られた負

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Fig. 1. A  m o del  for the circulation of  c h r o m i n u m  in the seawater  [ref. 3,  modified  b y  the auther ].  

*高知女子大学生活科学部環境理学科 〒780‑8515 高知市永国寺町5‑15

(114)   海 洋 化 学 研 究 第15巻第2号 平 成1411

(2)

の相関がある[6]。これらの観測結果は、 Cr (VI)の濃度の減少と植物プランクトンの活 動に何らかの関連があることを示唆してい る。このような有光層におけるCrの溶存形 変化 とりわけCr(VI)からCr(III)への還元と 植物プランクトンの活動の関係を明 らかに するためには、培養実験を利用することが 有効である [7] 。そこで 、本研究では、沿岸 海水をバ ッチ培養し 、培養液中の種々の溶 存物質とCr溶存種の濃度の経時変化を親 測して、Cr溶存種変化に影響を与えている 要因の推定を行った。

2.  実 験

試料:バッチ培養には、高知市鏡川の河 ロ付近にある鏡川大橋中央より採取した表 面水を使用した。試料水は何度かにわたっ て採取しており、その度に塩分は変化した が、塩分は20 ‑ 25 psuであ ったので 、培養 に用いた水は河川水で希釈された海水であ る。

培養方法:バッチ培養は、採取した試料 水を採水後できるだけすみやかにポリカー ボネート製容器に入れて、照明付きイン キュベータ内に悩き、温度を20℃、明暗サ イクルを明期 16 時間 ー暗期 8 時間、明期照

度を10,000Lxに設定して行 った。大型培養

槽(容量10 L)を用いた培養実験では、培義

期間中、フィルタおよび水を入れた洗気び んを通した空気で軽くばっき気し続けるこ とにより、空気の供給と試料溶液のかき混 ぜを行った。培養液中の各成分の測定は、

培養槽から試料の 一部を分取して行 った。

また、小型培養槽(容量500mL)を用 いた培 養実験では、多数の培養槽を光照射がほぼ 同条件になるようにインキュベータ内に配 置し、適当な時期に培養槽を 1個ずつ取り 出してそ の全量を各成分の測定に用いた。

なお、小型培養槽を用いた培養実験では ばっ気は行わなか った。

各成分の測定法:クロロフィル類はガラ スファイバフィルタ(ワットマン社製GF/F)

ろ過‑D M F抽出蛍光光度法で測定した。試

料をヌクレポアフィルタ(孔径0.4/J.. m 、野 村サイエンス社製)で ろ過した後、栄養塩 類はJIS に定める方法[8]で測定し、 C r(III) は8 キノリノール抽出 ー黒鉛炉原子吸光法 (GFAAS) [4]で測定し、 Cr(VI)はヒドロキシ

G F A A S[4]、または、ジフェニルカルバジド

で錯形成させた後、ドデシルベンゼンスル ホン酸ナトリウムを添加してベンゼン中に 抽出するイオン対抽出見及光光度法で定量 した。粒子状C rは、ヌクレポアフ ィルタを 涅式灰化分解した後にG F A A Sで測定して 定量した。

3 .  結果と考察

3.1.  バッチ培養による植物プランクト

ンの消長とC r溶存形変化 大型培養槽を用いたバッチ培養における 各溶存成分の濃度変化を Fi g .2 に示す。

F ig.2aは採取した試料水に C r(VI)を100

nmoi/L標準添加した上でバッチ培養を行っ

たときのものであり、 Fig.2bは採取後に何 も処理を行わないでバッチ培養を行ったと きのものである。栄養塩類については 、初 期濃度を1としたときの相対濃度を表示し ている。なお、個々の培養実験ごとに若干 の違いはあるが、亜硝酸、硝酸、ア ンモニ ア、ケイ酸、リン酸の初期濃度はそれぞれ 糸

勺2μmoi/L、35μmol/L、15μmoi/L、80μmo!/ 

L、5μmoi/Lであった。また、 3.5 日後に培 養液の 一部をとり顕微鏡で観察したとこ ろ、いずれの培養槽に おいても植物プラン クトンの優占種はケイソウであった。ただ し、種の同定は行わなかった。

まず、クロロフィルa量が植物プランク トンの個体数に対応するとして、簡単にこ の培養系の特徴を概観する 。誘羽期にあた Transactions or  The Research  Institute  or  (11 5) 

Oceanochemistry Vol.IS,  No.2, Nov.,  2002 

(3)

る培養開始後1日後頃までは栄養塩類の濃 度はほとんど変化しないが、対数増殖期に あたる2日後前後からアンモニアとリン酸 の急激な減少が見られる。直線増殖期にあ たる 3  4 日後にかけて硝酸の急激な減少 とケイ酸のゆるやかな減少が見られ、定常 期においては引き続きケイ酸の減少と亜硝 酸の急激な減少が見られる。また、 Fig.2に は示していないが、培養開始後5日後頃か ら死滅期にはいる。以上のような植物プラ ンクトンの消長と栄養塩類の濃度変化は、

数回のバッチ培養に共適した傾向であり、

本バッチ培養実験の再現性は良好であっ た。また、培養開始時にCr(VI)を100 nrno!/ 

Lあるいは1,000 nrno!/L添加した場合でも、

クロロフィル類および栄養塩類の濃度およ びそれらの変化は無添加の場合とほとんど 同じであり、 Cr(VI)の1,000 nrnol/Lまでの

添加は培養に影菩を与えなかった。

次に、 C r(III)の濃度変化 に注目する。

Fig.2aおよびbの培養実験に共通して 、培

養開始4日後頃、植物プランクトンの直線 増殖期の終わりから定常期の初めにかけて

の暗期にC r(lII)濃度の極大が見られた。こ

の培養系ではC r(III)の起源はCr(VI)の還元 による生成以外には考えられないこと、若 干不明瞭ではあるがCr(III)の極大の 出現に

対応してC r(VI)の減少が見られることか

ら、この時期に最も活発にCr(VI)のC r(III) への還元が行なわれているものと考えられ る。栄養塩類との関係で見ると、 Cr(III)が 極大濃度を示す時期は、亜硝酸イオンが急 激に減少し始める時期に対応している。こ れらの傾向は、この実験で用いた水域の水 に普遍的な傾向であると考えられる。以上 のことは、 Cr(VI)の還元が、植物プランク

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Fig. 2.  C h a nge  of the concentrartion of C r  species, pheopigments  and nutrients  in batch  culture  experiment.  (a) 100 n M  Cr(VI)  is  added at  the biginning  of cultivation,   (b) not added. Dotted areas indicate dark periods. 

(I 16)   海 洋 化 学 研 究 第15巻第2号 平 成1411

(4)

トンの特定の増殖段階における暗期の活動 によって起こることを示唆している。

Cr(VI)については、いずれの培養実験に

おいても、明期に増加し暗期に減少する変 動を繰り返す傾向が見られた。 一方、粒子

状CrはCr(VI)とは逆に明期に減少し暗期

に増加する変動を繰り返す傾向が見られ た。この傾向は、 Cr(VI)を100 nmol/L添加 した培養実験ではやや不明瞭である(Fig2a)

が、Cr(VI)無添加 の培整実験では顕著に現

れた(Fig 2b)。このことは、粒子状Crと溶

存Cr(VI)の相互の転換が比較的短時間の間

に起こっていることを示唆するものであ る。培養実験中に測定した粒子状Crは植物 プランクトン体内のCrを含むものである

が、 Cr(VI)がそのままの形で植物プランク

トン体内に摂取されたり、粒子状物質に吸 着する可能性は小さいので、 C r(VI)と粒子 状Crの間で逆相関を 示すことの原因が、CI (VI)のそのままの形での細胞内外の出入り あるいは粒子状物質への吸脱着であるとは 考えられないが、その原因は不明である 。

また、 Cr(VI)無添加の培養実験では、培

挫の全期間を通じて、 Cr総濃度 (Cr(III)

+  

C r(VI)+粒子状Cr) は減少する傾向を示し

た。 Cr(III)、Cr(VI)、粒子状Crのいずれで もない溶存種がどのような化学形となって いるのかは明らかではないが、本研究で用

いたCr(IlI)濃縮法では安定度定数の大きい

水溶性Cr錯体が濃縮されな いことを考慮

すると[4l、Cr(III)が植物プランクトンに由

来する安定度定数の大きい水溶性有機錯体 として溶存している可能性が考えられる。

3.2.  定常期後のCr(VI)の還元

定常期後に見られたCr(VI)の環元にどの ような現象が関係しているのかを明らかに するために、採取した試料水を大型培競槽 で連続バッチ培投し、植物プランクトンの 増殖が定常期にさしかかったときに培養液 をろ過し、 1 μmoi/LのCr(VI)を添加してこ

れを光照射下および遮光下において小型培 養槽に入れて培養を続け、 Cr(VI)およびク ロロフィルa、フェオ色素の濃度変化を追 跡した。また、未ろ過の培養液についても 同様の操作を行った。その結果をFig.3に示 す。

Fig.3aおよびbに示したように 、ろ過に

よって植物 プラ ンクトンを除去した試料に ついては、光照射、遮光のいずれの条件下 においても、 Cr(VI)の顕著な減少は見られ なかった。このことは、 Cr(VI)還元がろ過 直前、すなわち 、定常期までの 間に植物 プ ランクトンが細胞外に排せつした溶存物質 によって起こるのではないことを示してい る。未ろ過のまま遮光して培養を続けたも のの結果をFig.3cに示す。この条件に おい

ても Cr(VI)の顕著な滅少は見られなか っ

た。 この試料については、クロロフィルa もフェオ色素も大きな増加や減少は示さな かったので、植物プランクトンは増殖も死 滅 もしない休眠状態 にあったものと考えら れる。 一方、 Fig.3dに示したように、未ろ 過のまま光照射し続けた試料では、照射開

始約0.5 日後にCr(VI)の顕著な減少が見ら

れた。この試料では、 Cr(VI)の減少に対応 してフェオ色素の急激な増加が見られ、こ れに少し遅れてクロロフィルaの急激な減 少が見られた。 一般に、フェオ色素は、植 物プランクトンが死滅したり、動物プラン クトンなどに 捕食 されたときに 、クロロ フィルaが分解して生成することが知られ ており、フェオ色素が増加してクロロフィ ルaが減少したことは植物プランクトンが この時期に 一斉に死滅したことを示してい

る。 C r(VI)の還元が死滅した植物 プランク

トン細胞の内部で起こるのか、それとも、

細胞の破壊に伴って細胞外に放出される物 質によって起こる のか は明らかではない

が、C r(VI)の還元は植物 プランク トン の死

滅の過程の中で起こるものと推定される。

Transactions or T h e  R esearch Inst itut e  or 

Oceanochemistry Vol.IS, No.2. No,•.. 2002  (11 7) 

(5)

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Fig. 3.  Change of the concentrartion of Cr(VI),  chlorophyll‑a and pheo‑pigments. 

(a) filtered, dark; (b) filtered,  light; (c)  unfiltered,  dark;  (d)  unfiltered,  light. Solid  circle, Cr(VI); open circle,  chloropyll‑a;  open square,  pheo‑pigments. 

海洋の ような定常状態 に近い状態 とな っ ていると思われる 系では、クロロフィルa の極大層では植物プランクトンの増殖と死 滅が同時に起 こりながら定常状態に近い状 態を維持 していると思われるので、上 の推 定が正しいとすれば、外洋や沿岸で観測さ れたCr(VI)とクロロフィルaとの逆相関は、

C r(VI)の還元が植物プランクトンの増殖や 光合成 と直接関係しているためではなく、

植物プランクトンの死滅の過程と関係して いるためと解釈する ことが可能である。

4.  結 言

本研究により 、C r(VI)の還元は植物 プラ ンクトンの消長の 中の定常期および死滅期 において起こるらしいことが明らかとなっ た。また、定常期 においては、この還元に 伴い、 一時的に多量のC r(III)が生成するこ とが明らかとなった。Crが海洋環境の指標 としてどのような意義を持っているのかは いまだ明らかとはなっていないが、生物の 活動により溶存形が変化する 他 の微量元 素、とりわけ、酸化状態が変化する 他の酸 (I  18)  海洋化学研 究 第15巻第2号 平成1411

(6)

素酸元素の観測結果と組み合わせることに より、有光層における海洋の生物化学的環 境の指標のひとつとして利用可能となるこ

とが期待される。

謝 辞

本研究の実験にご協力いただいた大西裕 美子氏、木村裕美氏、紅露瑞代氏、田中庸 子氏に感謝します。

本稿に述べた研究は、故中山英一郎先生 が先駆的な成果をあげられた海洋中のC r をはじめとする微量元素のスペシエーショ ンに関する研究を基礎として行ったもので す。中山先生には、海水中のCrに関する研 究テーマを引き継ぎたいという著者の希望 を快くお受け入れいただき、また、貴璽な 助言や様々なご支援、そして激励のことば をいただきました。ここに心から深く感謝 いたします。先生のご冥福を心よりお祈り いたします。

[英文要旨

l

参考文献

[1]月刊海洋,17, No.9 (1985);同誌21, No.3  (1989). 

[2]  E. Nakayama, T. Kuwamoto, H. Tokoro, T. 

Fujinaga, Anal. Chim. Acta, 131,247 (1981). 

[3] E. Nakayama, H. Tokoro, T. Kuwamoto, T. 

Fujinaga, Nature, 290,  768 (1981). 

(4]  K. Isshiki, Y. Sohrin, H. Karatani, E. 

Nakayama, Anal. Chim. Acta,  2  2  4,  55  (1989). 

[5]  E. Nakayama, Y. Sohrin, K. Isshiki,  "Deep  Ocean Circulation",  ed. T. Teramoto,P 119  Elsevier, 1993 

(6] 高田理恵,前田由美子,高知女子大学家 政学部卒業論文, 1991.

(7] 一色健司,海洋化学研究,6, 9  (1992). 

[8] JIS K0102工業排水試験法,日本規格協

会.

Change of the Dissolved Fom1 of Chromium in Seawater during Phytoplankton Growth Phases  in Batch Culture Experiments 

Kenji Isshiki, 

Kochi Women's University, Eikokuji‑cho, Kochi 780‑8515, J A P A N  

Batch culture experiments using coastal seawater were carried out in order to investigate the  relation between the change of chemical fom1 of Cr and the activities of phytoplanktons.  The  concentration of Cr species  such as inorganic Cr(III), inorganic Cr(VI) and particulate Cr, chloro‑

phyll a,  pheo‑pigments, and nun・ients  was monitored during the batch culture experin1ents.  It was  found that the reduction of Cr(VI) occurred in the dark period during the stationary phase and the  death phase of phytoplankton growth phases.  The results of the additional batch culture experi‑

ments suggested that the reduction of Cr(VI) is not caused by the extracellular materials released  by phytoplanktons in the stationary phase, but is related to the death or decomposition process of  phytoplanktons. 

Transactions of T h e  Research Institute  or 

Oceanochemistry Vol.15 ,  No.2, Nov.,  2002  (I 19) 

参照

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