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海外だより - J-Stage

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Academic year: 2023

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私は,2013年4月1日から1年間,京都女子大学の在 外研究員制度により,カナダのグエルフ (Guelph) 大学 で半年,次いでフランスの AgroCampus Ouest に半年 間滞在する機会を得ました.在外研究員としての研究 テーマは「北米および欧州における鶏卵の生理機能性に 関する研究と現状調査」です.この原稿を書いている現 在(2013年10月末),グエルフ大学での半年が終わり,

10月1日からフランスのレンヌ大学の西,AgroCampus 内の国立ミルクと卵の研究所に滞在しています.本稿で は,グエルフ大学 Department of Food Science の峯研 究室での半年間の滞在記をまとめます.そして,その間 に参加した食品科学関係の国際学会や会議,ならびに卵 生産者や卵加工会社の方と情報交換をした北米の卵の研 究開発の現状について,私の自己紹介や卵研究開発の印 象を交えてご紹介します.

卵のことなら何でも

私の卵研究は,今から35年前,大阪市立大学の理学 部生物学科を卒業し,恩師の山本武彦先生(故人)の紹 介で,三重県四日市市の食品会社「太陽化学株式会社」

に就職したときから始まりました.同社の研究所で最初 に担当したのが,たまたま卵の研究開発だったのです.

どうせ担当するなら,「卵のことなら何でも」と興味を もって深く追求し,早く自分で考えたテーマで研究開発 ができるようになりたいと強く望みました.

そして,最終的には同社の卵に関する基礎研究から応

用開発に至るまでのすべてを担当する卵研究室の初代室 長になりました.その間,京都大学の食糧化学研究所

(当時)の土井悦四郎先生(故人)と北畠直文助手(当 時)のご指導を受け,透明卵白ゲルの研究を1年半行い

ました(1, 2).その後,カナダのブリティッシュコロンビ

ア大学 Food Science,  中井秀了先生(故人)のもとで 1年半,前半は実験の最適化手法(オプティマイゼー ション)プログラムの開発を行い,後半は作成したプロ グラムの使い方を中井研究室の学生たちに指導し,実際 の食品化学実験に応用して,その最適化効率を調べまし た.

当時の中井研究室はカナダのフードサイエンス研究の なかでも特にアクティビティが高く,世界中から研究者 が集まり,ミルクや卵のタンパク質の工業的分離精製法 やタンパク質の構造と物性機能の相関など,当時のフー ドサイエンスとしては最先端の興味深い研究テーマがた くさん行われていました.ちょうどそのとき,中井先生 のポスドクとして清水 誠先生(現日本農芸化学会会 長)が招かれ,鶏卵抗体の研究が始まりました.私はオ プティマイゼーションプログラムを応用し,卵黄液にア ルギン酸Naやカラギナンなどのポリアニオンを添加し てリポタンパク質を凝集させ,その遠心上清に水溶性タ ンパク質(鶏卵抗体)を回収する条件として,凝集剤の 添加量,pH,反応時間などを最適化しました(3, 4)

中井研究室で学んで,帰国してから「鶏卵抗体の基礎 および応用研究」というテーマで科学技術庁新技術事業 団(当時)に研究申請をしました.これが採択され研究

世界の卵研究はどこへ行く

八田 一

京都女子大学家政学部

海外だより

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開発費5億円で5年間の受託研究を始めることができま した.この研究開発を通じて,「抗ヒトロタウイルス鶏 卵抗体に関する研究」で大阪市立大学から博士号(理 学)を取得し,日本農芸化学会からは「鶏卵抗体の大量 生産および産業利用技術の開発」に対して技術賞をいた だきました(5〜7)

峯 芳徳先生との出会い

峯先生との出会いは,ちょうど私が鶏卵抗体の基礎お よび応用研究をしていた頃だったと思います.たしか,

当時 

α

-リノレン酸含有卵 (Dr. Simʼs Egg) を研究開発し たシム先生(当時アルバータ大学)と中井先生がカナダ のバンフで第1回世界エッグシンポジウムを主催され,

その会場で初めてお会いしました.

当時,峯先生はキユーピー株式会社の卵の研究開発担 当者であり,仕事上では,いわば私の最大のライバルで ありました.われわれは日本国内では会って酒を酌み交 わすことなんてできない立場でしたが,そこは国際学会 参加の良いところ,このエッグシンポジウムでは,毎晩 ホテルの部屋に酒を持ち込んでは夜中まで卵研究の話を 熱く語り合いました.私がレンタカーを運転し,峯先生 と当時太陽化学の研究所長であった私の恩師山本先生と 現在太陽化学の副社長になられたジュネジャ先生を乗せ て,カナディアンロッキーをドライブしたことを懐かし く思い出します.

この後,峯先生とは日本の学会でも人目を忍んで

(?)会うようになります.ちょうど世間ではコンビニ が勢力を伸ばしてきた時期,われわれ,食品会社で研究 開発をしている者にとっては,苦難の時期でもありまし た.コンビニ商品に入らないと売り上げが伸びない.バ イヤーと営業主導の商品開発に振り回されていました.

峯先生が会社を辞められてグエルフ大学へ行くというの を聞いたのは,ちょうどその頃です.私が1994年の日 本農芸化学会総会で技術賞をもらって,受賞講演をした 日だったと思います.峯先生がお祝いに来てくれて,

 の広告でカナダのグエルフ大学Food Scienceに アプライしたら講師に採用されたとお聞きしました.今 から20年前の話です.ここから峯先生のグエルフ大学 でのサバイバル研究生活が始まったのです.

カナダの元日本人フードサイエンティスト

中井先生と峯先生の名前が浮びます.おそらく,日本 から多くの食品研究者がカナダに渡られたでしょうが,

ご苦労されながらも素晴らしい研究業績を上げられ,カ ナダの大学でテニアを取得し,教授として多くの研究者 を輩出された元日本人フードサイエンティストは中井先 生と峯先生だと思います.

私はたまたまご縁があり,お二人を存じ上げています ので,いくつかの共通点を見いだせます.年齢は二周り ほど違い,時代も異なりますが,二人とも出身は日本の 食品会社の研究所です.ミルクと卵の違いはあります が,企業で働きながら食品タンパク質の基礎研究で博士 号を取得されました.その後は管理職としての仕事に追 われ,いつしか研究ができなくなり,ついに会社を飛び 出し,(中井先生はイリノイ大学で4年間ポスドクをし た後)カナダの大学にポストを得られた経緯も同じで す.

アカデミックポストを得られてからは,北米の競争的 環境のなかでも,水を得た魚のように,食品タンパク質 の基礎研究に集中されたことは,それぞれの研究業績で 示されています.時代と場所が異なりますが,中井先生 はカナダの西側ブリティッシュコロンビア大学で,ちょ うど食品タンパク質の構造と物性研究が華やかしいころ 活躍されました.一方,峯先生はカナダの東側グエルフ 大学で食品タンパク質やペプチドの生理機能研究が注目 されはじめてから,現在に至るまで活躍されています.

またお二人は自分の学生を大切に育てられ,ご自身の研 究の多くを任せられる有能な女性研究者を育てられてい ます.中井先生は Eunice Li-Chan,峯先生は Jennifer  Kovacs-Nolanと組まれて,それぞれの研究室を代表す る多くの論文や総説を残されています.このチームワー クで効率良く成果を上げる点は,北米の個人主義社会の なかでも,日本人独特の感覚であると感じます.

写真1グエルフ大学初日にフードサイエンスビルの前で峯先 生と大学院生を交えて(中央が峯先生)

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念願のsabbatical

さて,話題を海外だよりに戻しますが,京都で毎年1 回の卵研究会を主催して,今年で10年が経過しました.

記念すべき第10回卵研究会は,世界卵の日(毎年10月 第2金曜日)の10月11日,京都大学のローム記念会館 を会場に約300名もの卵関係者がご参加くださいまし た.この10年間,日本で続けてきた卵研究会の成果を 海外にも発信して,世界の卵研究ネットワークを構築し ようと現在,1年間のsabbaticalに出ております.

そもそも私のsabbaticalは5年前に,私が初めて海外 研究生活を経験した街,カナダのバンクーバーのUBC 中井先生のもとでお世話になる計画でありました.しか し,これもたまたま京都女子大学の成田先生と土居先生

(現龍谷大学)と一緒に応募した文部科学省の京都環境 ナノクラスター研究のメンバーに採択され,京都女子大 学で5年間の産学官プロジェクトが始まりました.私 は,その研究リーダーとして,同プロジェクトが終了す るまでsabbaticalに出られなくなったのです.

そして,昨年度,成功裏にプロジェクトが終了しまし たが,あろうことか,その終了前年に中井先生が亡くな られました.そんななか,「うちにおいでよ」と声をか けてくれたのが峯先生だったのです.早々に世界の卵研 究ネットワークを作ろうと意気投合し,そのためには ヨーロッパへも半年行ったらとフランスの卵研究者 Francoise Nau教授を紹介してくれたわけです.

グエルフ大学のフードサイエンス

グエルフ市はトロントの西約100 kmに位置する人口 約12万人の小都市で,治安が良く落ち着いた静かな大 学街です.グエルフ大学は7学部からなり,学生数は約 2万人,市内に広大なキャンパス(東京ドームの80倍)

があります.創立約140年の歴史を有し,オンタリオ農 学校から始まり,農畜産業とともに拡充された経緯があ り,学部としては昔からベテリナリーサイエンス(獣医 学部)やアニマルサイエンス(畜産学部)やフードサイ エンス(食品科学部)が有名です.

フードサイエンスの教員は14名,現学部長は Arthur  Hill  教授(チーズの研究者)です.Canada Research  Chairs に選ばれているのは Alejandro Marangoni 教授

(脂質化学)と Rickey Yada  教授(食品タンパク質化 学)のお二人,それから Yoshinori Mine 教授(卵タン パク質およびペプチド化学)らが食品科学分野での研究

業績も素晴らしく,大型グラントを獲得できる,すなわ ち学部の運営費や人件費にも影響する研究者だと言えま す.北米の大学ではよく聞くことですが,研究費の集金 実績がすなわちラボの広さ,研究機器の充実度,ポスド クの人数,学生や事務からの人気ならびに研究業績に正 相関すると言えます.

グエルフ大学に半年滞在し,知り合いになった研究者 にグラント獲得状況をお聞きすると,皆さん同様にカナ ダ政府のグラントは食品科学研究では獲得しにくくなっ たと言われます.日本も同じでしょうが,食品科学研究 は,まず食文化や食品安全性の研究がベースにあり,そ の上に研究の流れとして,栄養機能研究,物性機能研究

(食品加工学),生理機能研究と成熟するようです.

現在,先進国の食品科学研究はその生理機能研究まで 熟成し,さて次は何を目指すのでしょうか? ここまで 進むと研究テーマはより細分化され,薬学や医学と融合 していくのが流れであります.そんな状況下,食品科学 研究のグラントは切り詰められ,食品科学者は薬学系や 医学系の研究者とのグラント獲得競争なくしては大型グ ラントの獲得が難しくなってきたのだと思います.

研究にはお金が必要です.特に現在のようにポスドク を雇って,ディスポのキットを使って,必要に応じて実 験を外注して,組織力と資金力で研究を進める時代には 大型研究費が必要です.しかもこちらでは,獲得したグ ラントにかかる間接経費が驚くほど高く,政府からのグ ラントでは25%,企業からのグラントには何と40%も引 かれるようです.

また,こちらの大学教授は大学院生にも資金提供をし ます.修士課程の学生で年間1.5 〜2.0万ドル,博士課程 写真2グエルフ大学フードサイエンスビルの屋根裏部屋 

Atick で,ここは各研究室の学生や教員が集まって来る情報 交換の場所(中央が筆者)

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では2.0 〜2.5万ドルが相場のようです.学生に研究テー マを与えて,実験のやり方を教えて,さらにお金を払う のは日本の研究者の感覚にはなじみませんが,北米では 研究費のない教授には学生が集まりません.峯先生曰 く,世界中駆け回って研究費を集め,大学に納めて研究 スペースを間借りしているようだと.特に基礎研究を目 指す食品科学者はこれからもしばらくは苦難の時代が続 くのではないでしょうか.

世界の卵研究はどこへ行く

さて卵研究の調査ですが,グエルフ大学での半年間,

峯先生との学外ミーティングはもちろん,アメリカ油化 学会(カナダモントリオール),DSM社のカロテノイド シンポジウム(スイスバーゼル),IFT2013(アメリカ シカゴ),ヨーロピアンEgg and Meet  シンポジウム

(イタリアベルガモ)に参加し,主に卵の研究者とお会 いして研究情報を集めました.また,カナダのISA Ge- netics社,Burnbrea Farms  社,ア メ リ カ の National  Pasteurized Egg 社,Egg Nutrition Center などを訪問 し,北米における卵業界の現状調査を行いました.

まず,世界の卵研究に関して強く感じることは,研究 内容が二極化しているということです.一方は欧州から 始まったアニマルウエルフェアが北米にも押し寄せ,

2011年7月には全米養鶏生産者協議会と全米人道協会の

会議で,今後,従来型のケージ養鶏を全面禁止するとの 合意がなされました.これに伴い,卵の研究面でも採卵 養鶏の飼養管理に関する研究が目立ってきました(8, 9). 飼育ケージに,鶏の遊び場を設けると産卵性や卵質にど のように影響するかという研究までなされています.ま た,卵業界では,フリーレンジ(放し飼い)卵にオメガ 3卵やビタミン強化卵まではついていけますが,オーガ ニック卵にベジタリアン卵まで商品化されてくると,こ れって消費者心理に訴える便乗商品ではないのという気 になってしまいます.

さて,もう一方の研究は卵タンパク質由来ペプチドの 生理機能性研究もさることながら,近年はさらに進んで プロテオミクスの手法を駆使した卵タンパク質の網羅的 解析研究が行われています.この研究は特に,カナダで はオタワ大学の Maxwell Hincke 教授ら,フランスでは INRAの Yves Nys 教授らのグループが勢力的に進めて

います(10, 11).最新の情報によると,鶏卵タンパク質を

コードする遺伝子数894から作られるタンパク質数は変 異体やアイソフォームを加えると,重複しない数として 1174種類が見いだされています.その存在はいくつか 重複しますが,卵殻に558個,卵白に240個,卵黄膜に 200個,そして卵黄に290個のタンパク質が同定されて います.ある学会でYves Nys教授に,それだけ詳しく 調べて,これから何をどのように研究するのですかと質 問したことがあります.現在,卵殻膜や卵白のタンパク 表1コレステロール悪玉説を否定する検証結果

ウサギにコレステロールを摂取させた結果,粥状(アテローム性)動脈硬化が発症した実験結果の検証

1)草食動物に普通は食べないコレステロールを大量に与えた結果であり,犬やラットでは血清コレステロール値が上昇しない.動物種に よって食事性コレステロールに対する反応性が違う.

疫学調査により,ヒトの食事性コレステロール量と心臓病のリスクに正の相関関係が得られた結果の検証

1)単純相関では正の相関を示したが,過去20年間の疫学試験結果を多変量解析した結果,食事性コレステロールと心臓病のリスクには関 係なく,飽和脂肪酸と心臓病のリスクの上昇に,強い正の相関関係があった.

2)通常,コレステロールが多い食品は,飽和脂肪酸も多く含むが,卵は例外であり,コレステロールが最も多いが,飽和脂肪酸が非常に 少ない.

3)マサチューセッツ州のフラミンガムで行われた大規模な疫学調査により,一般的な鶏卵の摂取量であれば,血中コレステロール値にも,

心臓病のリスクにも関係はないという結果が得られた.

4)24カ国における心臓病による死亡率と鶏卵の消費量を比較すると,鶏卵を多く消費している国(日本,スペイン,フランス,メキシコ など)では,心臓病の死亡率が低く,鶏卵の消費が少ない国では死亡率が高かった.

5)1999年,Hu博士らの論文によると,37,851人の対象に8年間,80,082人の対象に,14年間行った追跡調査の結果,男女ともに卵の一週 間の消費量が1個未満と7個以上でも心臓病のリスクは変わらなかった.

食事性コレステロールと血中コレステロールの変化を調べたヒトの臨床試験の検証

1)初期の臨床試験では,1日に6 〜10個の卵を食べる実験で,日常生活ではあり得ない摂取量であった.さらに,血中の総コレステロー ル値のみを測定し,HDLコレステロールの測定が行われていなかった.心臓病のリスク評価は,総コレステロール値とともに,LDLと HDLコレステロール比 (LDL/HDL) で評価すべきである.

2)従来の167例の臨床試験(3,500人のデータ)の結果解析し,100 mg/日の食事性コレステロールは血清総コレステロール値を2.3 mg/

dL,LDLコレステロールを1.9 mg/dL,そしてHDLlコレステロールを0.4 mg/dLほど,影響するが,LDLとHDLコレステロールの比 は変えないので心臓病のリスクも変わらない.

3)食事性コレステロールに対して,遺伝子的に低感受性のヒト (80 〜85%) と高感受性のヒト (15 〜20%) が存在する.100 mg/日の食事 性コレステロールで,前者は1.4 mg/dL,後者は3.9 mg/dL,血清コレステロール値が上昇した.

(5)

質を中心に抗菌性タンパク質を142種類見つけたが,そ のほかの生理活性はまだまだこれから先の研究ですとの ことでした.

これら卵研究の両極の間に,飼料から高度多価不飽和 脂肪酸や葉酸などの生理活性成分を卵に移す研究や,特 異的鶏卵抗体の調製とその応用研究,卵のコレステロー ル問題に関する疫学および臨床研究も続けられていま す.特に,北米やヨーロッパでは,卵のコレステロール が消費者にどのように認識されているのか,今回の Sabbaticalで詳細に調べている研究テーマでもあります.

「卵はコレステロールが最も多い食品です.血清コレ ステロール値が高いほど心臓病のリスクが高まります.

だから卵をなるべく食べないようにしましょう」これは 世界中で,何の疑いもなく,約30年間も信じられ,ノ ンコレステロールという言葉を流行らせ,卵コレステ ロールの悪玉説を広めたシナリオです.ことの発端は 1968年に米国心臓協会が作成した食事摂取基準です.

当時,米国では心臓病による死者の増加が深刻な社会問 題であり,その原因が血清コレステロール値の上昇であ る こ と が 示 さ れ,コ レ ス テ ロ ー ル の 摂 取 量 は1日 300 mg以下,卵は一人1週間3個までとの食事制限が勧 告されたわけです.

これに対して米国鶏卵協会が中心となり,1984年に 鶏卵栄養センター (Egg Nutrition Center) を設立し,

心臓病と卵コレステロールの関係を正しく客観的に検証 する研究が進められました.約20年間にわたり,種々 の動物実験,疫学調査やヒトの臨床試験データを集めて 検証した結果(表

1

「鶏卵の摂取量と心臓病のリスク の関係を示す事実はない」と報告しました(12).そして 2002年,ついに米国心臓病協会は「これからは個人が 卵を何個食べてよいかという,特定の勧告を行わない」

とし,1週間あたりの鶏卵摂取量の制限を34年ぶりに撤 回したのです.

健康人は1日に卵1 〜 2個摂取しても,血清コレステ ロール値の上昇はあってもごくわずかで,LDLより HDLコレステロール値が高まるので,心臓病のリスク を高めるものではないと検証されました.優れた卵の栄 養と健康機能を,われわれの健康の維持増進に活用する ためにも,1日一人あたり卵1 〜 2個消費する食生活が 広まることを期待します.このようにコレステロールの 悪玉説が否定された後,この10年間で世界中の消費者 の認識はどこまで緩和されたのか,その現状は鋭意調査 中であります.このように卵のコレステロール問題に関 しては,長い研究の歴史があり,詳細はまた別の機会に まとめたいと思います.

さて最後に,最新の卵研究としては,生活習慣病予防 の観点から,卵を食べたときのメタボ予防効果に関する 臨床研究が注目に値します.まだまだ研究例が少ないの ですが,卵食の抗肥満効果や血中LDLの微小化抑制効 果などに関する論文が発表されています(13, 14).卵の研 究も栄養機能研究,物性機能研究,生理機能研究と成熟 し,やっと卵全体を低炭水化物,低中性脂肪,低エネル ギー,高タンパク質のカプセルに入った天然のサプリメ ント食品として捉え,その栄養健康機能を再認識する研 究が始まろうとしています.さらには,卵食と美容やア ンンチエイジングに関する研究もサイエンティフィック な研究レベルにまで達し始めています.この身近な食品 としての卵に関する新しい研究の流れこそが,われわ れ,食品科学者が社会に最も貢献できる卵研究として発 展していく予感がしています.

謝辞:このサバティカル中に非常勤講師として,私の授業を快く引き受 けていただきました龍谷大学の土居幸雄先生,大阪成蹊短期大学の小関 佐貴代先生,元岐阜女子大学の松尾眞砂子先生,近畿大学農学部の米谷  俊先生,フジッコ株式会社の戸田登志也先生,月桂冠株式会社の秦 洋 二先生,株式会社ファーマフーズの丸 勇史先生に感謝いたします.ま た,サバティカル中に私の研究室の学生を預かっていただいている松本 晋也先生,成田宏史先生,ならびに京都女子大学教職員の皆様にも御礼 申し上げます.

文献

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Yamamoto : , 57, 450 (1993).

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L. Fernandez : , 62, 400 (2013).

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プロフィル

八 田  一(Hajime HATTA)    

<略歴>1979年大阪市立大学理学部生物 学科卒業/同年太陽化学(株)入社,総合研 究所研究員/1983年4月〜1984年8月太陽 化学(株)より出向,京都大学食糧科学研究 所,食品化学部門(土井教授)研究生/

1984年9月〜 1985年12月太陽化学(株)よ り出向,カナダ・ブリッティシュ・コロン ビア大学,食品化学部門(中井教授)研 究生/1986年太陽化学(株)総合研究所主 任研究員/1993年大阪市立大学より学位 取得,博士(理学)「抗ヒトロタウイルス 鶏卵抗体に関する研究」/1994年同研究所 食品部門主席研究員/1998年3月太陽化学

(株)退社/同年4月京都女子大学家政学部 食物栄養学科助教授(食品加工学,食品学 各論,食品加工学実習など)/2005年同教 授(食品学各論,食品加工学実習,食品開 発論など),現在に至る<研究テーマと抱 負>「卵のことなら何でも」を合言葉に,

鶏卵の栄養性や食品物性(ゲル化性,起泡 性,乳化性など)に関する研究,および鶏 卵成分の生理機能に関する研究や自然免疫 活性化食品の研究を進めています<趣味>

写真,テニス,卵の研究

参照

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