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中学校社会科における「歴史的な見方・考え方」 を育む授業

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中学校社会科における「歴史的な見方・考え方」 

を育む授業

─『二本松の戊辰戦争』を用いた出前授業の実践報告 ─

小 松 賢 司

1. は じ め に

 平成29年に告示され,令和3年度から全面実 施された中学校の新学習指導要領では,各教科に それぞれの特質に応じた「見方・考え方」が提示 されており,社会科歴史的分野においては「社会 的事象の歴史的な見方・考え方」が提示されてい る。解説によれば,それは「社会的事象を,時期,

推移などに着目して捉え,類似や差異などを明確 にし,事象同士を因果関係などで関連付けること」

であり,「時期,年代など時系列に関わる視点」,「展 開,変化,継続など諸事象の推移に関わる視点」,

「類似,差異,特色など諸事象の比較に関わる視 点」,「背景,原因,結果,影響など事象相互のつ ながりに関わる視点」が掲げられている。そして こうした「見方・考え方」を働かせる活動を通じ て,「広い視野に立ち,グローバル化する国際社 会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会 の形成者に必要な公民としての資質・能力の基礎」

を育成することが,歴史的分野の目標として掲げ られている。

 「社会的事象の歴史的な見方・考え方」につい ては,平成30年に告示され,令和4年度から全 面実施される高等学校の新学習指導要領の地理歴 史科においても,歴史系各科目の目標として同様 の文言が掲げられている。そのため,特に「歴史 総合」が高等学校の必修科目となるなかで,「社 会的事象の歴史的な見方・考え方」を中学校社会 科→歴史総合→日本史探究・世界史探究と,どの ように段階的に育んでいくか,換言すれば,中学

校段階で育むべき「社会的事象の歴史的な見方・

考え方」とは如何なるものであるべきかを,小中 高の歴史教育の体系のなかで考えていく必要があ る。

 高等学校との違いを意識しながら,中学校での 歴史教育を構想するさいに留意したいのは,特に 同じ地域に住む同年代のほぼ全員が通う一般の公 立中学校においては,生徒たちが地域の歴史に関 する共通の知識や認識を共有している可能性が高 い点である。それゆえ,地域で語り継がれている そうした歴史を題材に「歴史的な見方・考え方」

を育む授業を構想することが,中学校段階の歴史 教育において1つの有効な方法となり得る。

 筆者は,福島県二本松市教育委員会の依頼を受 け,令和3年3月に刊行された『二本松の戊辰戦 争』(二本松市教育委員会編集・発行)の一部を 執筆した。同書は戊辰戦争150年の記念事業の1 つとして刊行されたものだが,「中学2年生が理 解できるような内容」(同書の教育長「ごあいさ つ」)をコンセプトとしており,実際に市内の全 ての中学生に同書が配布された。内容は,ペリー 来航から戊辰戦争に至る経緯,二本松藩領内での 戊辰戦争の経過,百姓や町人たちへの戦争の影響,

戊辰戦争後の二本松の発展など,二本松の戊辰戦 争を取り巻くほぼ全てのトピックが網羅されてい る。文章は至って平易ながら,分量は全186ペー ジにも及び,一般の読者にとっても読み応えが十 分である一方,中学生にとってはなかなかの大部 である。そこで,中学生の同書への理解を深める ため,執筆者の1人である筆者が,市内の中学校

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にて1時間の出前授業を行うことになった。

 二本松における戊辰戦争は,まさに地域に共有 されてきた歴史であるが,実際には,歴史的な文 脈はあまり意識されずに,ある種の物語として地 域に語り継がれている。それを歴史的に改めて捉 え直そうとする試みは,それ自体が「歴史的な見 方・考え方」を育むための格好の素材とも言える。

本報告は,こうした経緯で筆者自身が行った,中 学校での授業実践の報告である。

2. 「歴史的な見方・考え方」をめぐって  新学習指導要領が「歴史的な見方・考え方」を 掲げる以前から,歴史教育の分野においては「歴 史的思考力」の育成が重要視されており,特に高 等学校では,旧学習指導要領において「歴史的思 考力」を培うことが目標として掲げられていた。

しかし,先行研究が一様に指摘する通り,「歴史 的思考力」の明確な学問的定義は存在しない。

 「歴史的思考力」に関する先行研究を整理した 永松靖典は1,「「歴史的思考力」は,過去の社会 的事象を時間軸の中でとらえ,比較・分類など具 体的な活動を通して,多面的・多角的に考える力 であり,その力は,現在・未来の諸課題に向かい 合う「市民性」の重要な構成要素として,必要不 可欠な力と考えることができるように思われる」

と整理している。そして,「歴史的思考力」を構 成する要素として,① 「過去の社会的事象に関す る様々な資料から,その内容を科学的に適切に読 み取る力」,② 「過去の社会的事象に関して,他 の事象との因果関係や,時間の推移に伴う変化な どを論理的に考察し,その意義や意味を解釈する 力」,③ 「過去の社会的事象に関して,多面的・

多角的に考察し,複数の解釈が成立することに気 付き,解釈の根拠や論理を説明する力」,④ 「過 去の社会的事象に関して,その意義や意味を総合 的に表現するとともに,新たな課題を見つける力」

の4つを挙げ,①→②→③→④ がらせん状に深 まることで,高次の歴史理解が実現されるとして いる。

 また,「歴史的思考力」と,中学校社会科の新

学習指導要領における「歴史的な見方・考え方」

との関連を検討した大杉鏡康・石上靖芳2は,共 通する育成すべき能力として,A「歴史事象を異 なる時代に活用・転移させる力」,B「歴史的変 化を把握し,関連付ける力」,C「歴史的解釈を 批判的に分析する力」,D「史料を読み取り,内 容を理解する力」,E「歴史を大観し,構造的に 理解する力」という5つを挙げている。

 「歴史的な見方・考え方」は「歴史的思考力」

と多くの部分で重なると考えた上で,その内容を 改めて整理すれば,❶ 史資料を読む力(①・D),

❷ 時系列に沿って因果関係や歴史的変化を考察 する力(②・B),❸ 多角的・多面的な考察力(③・

A・C),❹ 歴史の総合化・構造化(④・E),と いう4つに整理できる。❶❷ の能力の育成は具 体的に構想しやすい。一方で,ある歴史的事象に ついて,異なる時代に活用・転移させるなど,こ れまでの学習成果を総動員して分析し,ある解釈 を批判したり,複数の解釈に気づくといった過程,

およびそれを繰り返すことで歴史を総合化・構造 化していく作業は,歴史研究者が常日頃行ってい る研究と変わらないものであり,❸❹ は実際に はかなり高度な能力である。❸ の先に ❹ がある とすれば,まずは ❸ を各学校種の段階に合わせ てどのように育成するか,どのような具体的な能 力を段階的に身につけさせていくが大きな課題と なろう。

 そこで次に,中学校社会科歴史的分野において 求められる「歴史的な見方・考え方」について,

小学校・高等学校との段階差に注目して検討して みたい。なお,以下はいずれも新学習指導要領に 基づいている。

 小学校社会科の学習指導要領では,第6学年の 目標として「国家及び社会の発展に大きな働きを した先人の業績や優れた文化遺産」について理解 することが掲げられている。また後段では,「小 学校の歴史学習は,人物の働きや代表的な文化遺 産を中心として学習することとしている」「我が 国の歴史に対する興味・関心をもち,歴史を学ぶ 楽しさを味わわせるとともに,歴史を学ぶことの

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大切さに気付くようにする必要がある」と解説さ れている。このように小学校段階では,歴史上の 人物への理解が重視されており,その人物に対す る理解を促し,児童に歴史への興味を持たせるよ うな指導が求められている。

 中学校社会科の学習指導要領では,歴史的分野 の学習の特質として,「時代の転換の様子や各時 代の特色を考察したり,歴史に見られる諸課題に ついて複数の立場や意見を踏まえて選択・判断し たりするということ」と解説されている。また目 標の(1)として「我が国の歴史の大きな流れを,

世界の歴史を背景に,各時代の特色を踏まえて理 解する」ことが掲げられ,「政治の展開,産業の 発展,社会の様子,文化の特色など他の時代との 共通点や相違点に着目して各時代の特色を明らか にした上で,我が国の歴史を大きく捉えることが できるようにすること」が学習の中心だと解説さ れている。小学校からの繋がりを考えると,歴史 上の人物に即していた小学校段階に比して,時代 の特色など人物を取り巻くその時代特有の社会へ と重点が移っている。

 高等学校の学習指導要領では,まず新設された

「歴史総合」について,その学習の特質が「時期 や推移などに着目して因果関係などで関連付けて 捉え,現代的な諸課題の形成に関わる近現代の歴 史について考察したり,歴史に見られる課題や現 代的な諸課題について,複数の立場や意見を踏ま えて構想したりする」ことと解説されている。ま た「日本史探究」については,「時期や推移など に着目して因果関係などで関連付けて捉え,時代 の転換の様子や各時代の特色を考察したり,歴史 に見られる諸課題について,複数の立場や意見を 踏まえて構想したりする」ことと解説されている。

近現代史を対象とする「歴史総合」では現代との 繋がりが特に重視され,一方で「日本史探究」で は時代の転換や各時代の特色に力点が置かれてい るという違いはあるが,いずれも歴史上の課題や 現代的諸課題について構想することが大きな目的 とされており,そのための力を育成することが求 められている。そしてそれは,前述の整理による

❸ の力の1つの完成形であり,❹ を見据えた歴 史教育の1つのゴールと言える。

 高等学校での学習を「歴史的な見方・考え方」

の育成過程における1つのゴールと捉えた場合,

そこで求められる「歴史に見られる諸課題」の「構 想」のためには,どのような「見方・考え方」の 段階的育成が必要だろうか。筆者は,歴史上の諸 課題へのアプローチのためには,その課題に直面 した人びとが,現代の我々とは異なる社会に身を 置いており,現代の我々が即座に考え付くような 解決策を容易に採り得ないということを十分理解 した上でなければ,有意義な構想には至らないと 考えている。歴史上の人物を,単に自分と同じ人 間としてのみ捉え,親近感や感情移入だけに基づ いて理解しようとしていては,有効なアプローチ は不可能である。しかし残念ながら,「歴史好き」

と呼ばれる中高生をはじめ大学生・社会人も含め た多くが,こうした親近感や感情移入のみによっ て歴史を理解しようとしている。特に,そうした 見方に基づくドラマや漫画・ゲームなどが人気を 博するなかで,歴史上の人物への感情移入と,そ れに基づく妄想こそが歴史の面白さだとする勘違 いが,広く世間に浸透しているように思える。こ うした現状に対して,歴史教育が育むべき「歴史 的な見方・考え方」とは,最終的にそうした皮相 な歴史理解を克服し,歴史上の人物を,自分とは 異なる社会に生き,自分とは異なる考え方を持ち つつも,同じ感情を持つ1人の人間として理解す る力を身につけること,いわば歴史世界を「異文 化」として理解することに求められるのではない か。高等学校で求められる諸課題の「構想」は,

こうした理解の方法の重要性が十分に自覚された 上ではじめて可能となるのであり,こうした歴史 理解の方法を意識的に段階的に育んでいく必要が あると考える。

 但し,小学校段階で学ぶ歴史は,児童に興味を 持たせるような指導が求められていることもあ り,歴史上の人物に対する親近感や感情移入に基 づく理解の方法に立脚することになる。それは,

はじめて歴史を学ぶ段階ではもちろん妥当であ

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り,有効な学習である。問題は,そうして歴史に 興味を持った児童・生徒を,次の段階へとどう導 いていくかという点にある。

 このように考えると,中学校段階においては,

人物から社会へと重点を移し,歴史上の人物を取 り巻く社会に注目させ,「異文化」として歴史を 見ることの重要性や面白さを伝えることで,「歴 史的な見方・考え方」を育むことが求められてい ることに気づく。単に時代の特質を教えるという だけではなく,時代の特質を学ぶことの意味や重 要性を生徒がしっかり自覚し,親近感や感情移入 に基づく理解をある程度は前提としながらも,そ れを相対化する視点を獲得できるようにすること が重要である。

 親近感や感情移入に基づく理解を相対化するた めに,筆者は,生徒が一度歴史の当事者になりきっ て様々な選択肢を考え[if],その上で,実際には それらの選択肢が採られなかったのは何故なのか

[why]を考えさせる,という方法が有効だと考 えている。当事者になりきるという,親近感や感 情移入に基づく理解を一度深めた上で,実際の歴 史上の人物が自分とは異なる選択をしたことの意 味を考えることで,歴史上の人物が,自分と同じ 人間でありながらも,考え方が異なっていること に気づかせることができる。さらに,その考え方 の違いの背景に,現代と異なるその時代特有の社 会があることに気づくことで,時代の特質を学ぶ ことの意味を自覚し,親近感や感情移入に基づく 理解を相対化する視点を獲得できると考えるので ある。

3. 二本松の戊辰戦争という題材

 授業の題材とした二本松の戊辰戦争について,

まず概略を述べておく。福島県二本松市の中心市 街地は,石高10万700石の二本松藩の城下町を 原型とする。二本松藩領は現在の二本松市・本宮 市の全域と,郡山市の大部分に広がり,福島市・

川俣町にも一部がある。現福島県域内では会津藩 に次ぐ規模をほこる大藩だった。藩領の西境には 奥羽山脈がそびえ,それを挟んで会津藩領が広

がっている。こうした条件ゆえ,二本松藩領は,

戊辰戦争において戦略上重要な位置に置かれるこ とになった。

 新政府による会津征討が始まって以降,二本松 藩は仙台藩・米沢藩などと足並みを揃え,会津藩 の謝罪・降伏へ向けた努力を重ねた。慶応4(1868)

年閏4月に新政府との協議が破綻すると,二本松 藩も列藩同盟に参加し,以後東軍の主力として戦 争を戦っていく。特に閏4月末から始まった白河 城(福島県白河市)をめぐる白河戦争には,多く の二本松藩兵が出兵した。しかしそれゆえ,白河 戦争が長引くなか,二本松藩領および二本松城に は藩兵がほとんどいない状況が生まれた。7月26 日に,藩領を接する三春藩が降伏し,三春城(福 島県三春町)が無血開城されると,翌27日には 西軍が二本松藩領に侵入し,藩領内が戦場となる。

二本松城に十分な兵力が残されていないなか,28 日には列藩同盟を主導した家老の丹羽一学が「徹 底抗戦」を宣言し,29日,二本松城下での激し い戦闘の末,二本松城は落城,二本松藩は降伏し た。後に作成された『戦死姓名簿』によれば,29 日の戦闘による二本松藩の戦死者は計207名(百 姓・町人を含む)という。

 この7月29日の二本松城下の戦いにおいて,

数え年で13歳から17歳までの武士身分の少年た ちが戦闘に動員され,複数の戦死者を出した。会 津藩の白虎隊とは異なり,各部隊に個々に配置さ れる形だったため,彼らに正式な名称は与えられ なかったが,後に生存者が記した記録が『二本松 戊辰少年隊記』と名付けられたことで,現在では

「少年隊」という名称で呼ばれている。二本松で 戊辰戦争というと,今でも多くの人がこの少年隊 を思い浮かべるという。家庭や地域で語り継がれ ているだけでなく,市内の小学校では6年次に少 年隊に関する特別授業があり,少年隊に関する作 文コンクールが毎年開催され,また城下の戦いが あった7月29日には,少年隊の墓前で,市内の 小学生による剣術の演舞などが毎年行われる。こ のように二本松にとっての戊辰戦争は,少年隊を 中心として,世代を超えた地域の記憶として深く

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根を下ろしている。

 この少年隊について,小学校段階での特別授業 では,少年たちが戦争に動員され,勇敢に戦い,

その結果何人もが戦死したことが説明され,児童 たちは,自分と歳の変わらない少年たちに感情移 入し,彼らの気持ちを推し量るとともに,彼らの 頑張りを評価し,命の大切さを学ぶことになる。

小学生による作文では,彼らを地域のために戦っ た英雄として評価しつつ,彼らを通して命や平和 の大切さを学ぶという内容のものが多いようであ る。一方で,どうして戦争が起きたのか,悲劇を 回避できなかったのか,なぜ二本松藩は負けたの か,といった歴史的な文脈の中で少年隊や戊辰戦 争を捉えることは,小学校段階ではできていない。

 ところで,少年隊のように,個が公のために犠 牲となった歴史的事象を授業で取り上げる場合,

彼らの頑張りを称え,彼らを英雄視する方向に偏 り過ぎると,公のために犠牲になることを美徳と するような誤った理解を生徒たちに与えてしまう 恐れがある。授業の題材として同様の難しさを持 つアジア太平洋戦争における特攻隊について,安 井俊夫3は,「個は公のために」という考え方を賛 美する一部の風潮を克服するため,「特攻隊員の 側にも立ち,その心情を顧慮しながら,彼らを駆 り立てた背後の構造を追求するという筋道」が求 められていると述べる。同時に安井は,特攻隊員 の置かれた状況に同化・埋没し,彼らに同情を寄 せ,彼らのとった行動を「そうせざるを得なかっ た・しかたなかった」と理解するだけでは,「そ れをもたらしたもの」を追究しようとする次の問 いが生まれてこないとして,単なる同情・同化で はなく,「隊員と同じ地点で考えようとする共同 の意識」の確立,彼らへの「共感」が重要だと主 張する。安井の構想は,「戦争という事態を克服 する(平和を構想する)主体形成」を目標として おり,それを戊辰戦争という題材にそのまま応用 することはできないが,「個は公のために」の賛 美に陥ることも,「しかたなかった」へ滑落する こともない授業が求められるという課題は,戊辰 戦争という題材にも共通しており,参考にすべき

部分が多くあるように思う。

 「個は公のために」の賛美の意識が生まれる背 景には,犠牲となった彼らが自分と同じ感情を持 つ1人の人間であることへの自覚の欠如がある。

その克服のためには,彼らに自分を重ね合わせ,

彼らに感情移入させることが,まずは有効であろ う。少年隊をはじめ,戊辰戦争で犠牲となった人 びとを授業で取り上げる場合でも,まずは彼らが,

生徒たちと同じように死を恐れ,友や家族の死を 悲しむ1人の人間であったことを前提とする必要 がある。しかし一方で,感情移入だけで理解しよ うとすると,彼らに対する同情や,「しかたなかっ た」という諦めから,彼らをそうした状況へと追 い込んだ大人たちへの憤りや,平和の大切さの実 感などに辿り着くことが予想されるものの,それ だけでは「歴史的な見方・考え方」に繋がるよう な問いは生まれてこない。加えて,そうした状況 へ追い込んだ大人たちもまた,同じ地域に生き,

戦争に真剣に向き合った歴史の当事者なのであ り,そうした大人たちの考えや苦悩を汲み取るこ となく一方的に糾弾・断罪するような見方は,少 なくとも生徒たちが住む地域を素材とした学習と しては大きな問題がある。

 重要なのは,戦争で犠牲になった人びとに一定 度同情・同化しつつも,それに留まらず,彼らの 置かれた立場を理解し,現代の自分たちが置かれ た立場と比較する視点を通じて,現代とは異なる 社会のなかで懸命に生きた人びとの行動として相 対化・客観化して理解することにある。彼らに単 に同化・同情するのではなく,現代に生きる自分 自身の立場を生徒たちがしっかり自覚した上で,

自分とは異なる立場にいる相手を理解しようとす ることが重要である。こうした理解を経ることで,

彼らの考え方や行動を規定した背景,現代とは異 なる社会へと問いが繋がっていき,歴史を見る視 点が社会へと移り,時代の特質を学ぶことの意味 や重要性を自覚することができる。そしてここに,

「歴史的な見方・考え方」を育むための糸口があ ると考えるのである。

 こうした理解を促すために,筆者は,生徒たち

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のもつ既存の価値観では理解し難い行動,生徒た ちが「なんで?」と思う行動に注目させ,考えさ せることが有効だと考えている。感情移入によっ て理解しようとしても理解し難い部分,いわば「違 和感」を生徒が自覚し,それを追究することで,

同じ人間でありながら異なる考え方を持ち,異な る行動をとる歴史上の人物に「共感」することが できると考えるのである。そしてこの点でも,前 述の[if]と[why]の問いかけは有効であろう。

 前述の通り中学校では,生徒たちが地域の歴史 に関する知識や認識を共有している可能性が高 い。生徒たちと同じ地域に生きた歴史上の人物を 取り上げることは,彼らへの感情移入を促しやす いという利点がある。そしてそうであるがゆえに,

同じ地域に生きながら,自分たちの価値観からで は理解し難い考え方や行動に気づき,「なんで?」

と違和感を覚え,それを追究するという学習の流 れを構築しやすい。特に今回題材とした二本松の 戊辰戦争は,生徒と同年代の少年たちが戦争に動 員され命を落としたという点で,生徒たちが感情 移入し,そこに違和感を抱きやすい格好の題材で あり,「歴史的な見方・考え方」を育むために非 常に有効な題材と言える。

4. 実 践 報 告

 授業は令和3年7月12日・13日の2日間,二 本松市立のN中学校の2年生の4クラスを対象に,

各クラス50分にて行った。N中学校は二本松の 旧城下町を核とした中心市街地を学区とし,大半 の生徒の出身小学校は,少年隊の墓前での演舞を 中心で担うなど,少年隊・戊辰戦争の記憶を特に 強く受け継いでいる生徒たちが通っている。同校 の生徒たちの少年隊への興味関心は非常に高く,

少年隊についてかなり詳しい知識を持つ生徒もい る。

 授業を行った時点で,生徒たちは,社会科歴史 的分野のうち「近世の日本」の単元までの学習を 終えていた。戊辰戦争の前提となる近世の幕藩体 制や身分制については,すでに学習済みであった。

しかし戊辰戦争を含む「開国と近代日本の歩み」

の単元には,まだ入っていなかった。

 以下では,7月13日の1時間目に行った2年3 組での授業をもとに,適宜他のクラスでの授業展 開や生徒の反応なども紹介しつつ,実践報告を行 う。

1) 事前学習活動

 授業の1週間ほど前,生徒に『二本松の戊辰戦 争』を1冊ずつ配布し,あわせて「二本松藩は,

どうしたら戊辰戦争に勝てたでしょうか?」とい う事前質問を出し,各自で考え,ワークシートに 記入してくるよう指示した。

 どうしたら勝てたのかを考えることは,どうし て負けたのかを考えることと表裏である。『二本 松の戊辰戦争』には,敗因自体は明記されていな いものの,西軍が用いたライフル銃の威力(射程 距離や殺傷能力)や,散兵式戦術(ライフル銃を 装備した歩兵がばらばらに散り,物陰から銃を撃 つ戦術)の意味,二本松藩ではそうした武器や戦 術の導入が進まなかったことなどが詳しく説明さ れている。生徒たちは『二本松の戊辰戦争』から 敗因と思われる情報を調べまとめ,それを根拠に 自らの意見を構築していくことになる。中学生が 読み切るには大部な『二本松の戊辰戦争』だが,

こうして課題を与えることで,目的意識をもって 主体的に同書を読み進めることができる。この事 前学習活動は,新学習指導要領のいう「諸資料か ら歴史に関する様々な情報を効果的に調べまとめ る技能」に直結している。

 2年3組の生徒から出された意見をいくつか紹 介する(平仮名や誤字は適宜修正している)。

・ 外国から最新の武器を貿易しておけばよかっ た。守備(盾)をもっと頑丈にしておく。相 手の情報を調べて,戦力差からすぐ降参か,

同じ武器を用いれば良かった。

・ 武器の飛距離をあげ,鉄砲のほうは一気に 50発以上撃てるものを用意したほうが良 かった

・ 武器をもう少し工夫したら勝てたと思う。戦 法も改めたら勝てたと思います。

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を命じられた少年隊が,畳で陣地を作り,「敵の ヘロヘロ弾丸がこの畳を貫通するものか,これで 大丈夫」と豪語し,その夜はウキウキして寝られ なかったことが記されている。29日の部分には,

敵の大砲や鉄砲によるすさまじい攻撃を受け,畳 は四分五裂し,少年隊の守る陣地が修羅場と化し た様子が記されている。授業者は続けて,少年隊 が出陣時に家族と交わしたやり取りを取り上げ,

特に成田才次郎14歳(数え年)が父から,「敵を 見たら斬ってはならぬ,突け,ただ一筋に突け」

と教え諭されたこと,それは二本松藩伝統の剣法 だったこと,そして才次郎は実際に敵軍へ突撃し,

突きにて1人を倒したのち絶命したこと,などを

『二本松の戊辰戦争』の記述に沿って説明した。

そして,7月29日の記事から分かる通り戊辰戦 争は銃撃戦が主であるのに,「突け」という父の 教えはあまりに無謀ではないか,なぜこんな教え をしたのか,という「なんで?」の問いを,のち の布石として生徒に投げかけた。

 こうして生徒たちに改めて,戊辰戦争を「悲劇」

として認識してもらったうえで,どうしたらこの ような「悲劇」が起こらずに済んだのか,当時の 二本松にタイムスリップしたら,皆さんはこの「悲 劇」を回避するためにどうするか,という視点か ら,事前質問へと話を繋げていった。

②ディスカッション・1

 はじめに何人かの生徒に,自分の意見を発表し てもらった。多くの生徒は,西軍との武器の違い を指摘し,そこを改善すれば勝てたのではないか との意見を述べた。それについて他の生徒にも意 見を求めたが,武器の改善という点について反対 意見などは特に出されなかった。ただ,武器を改 善しても結局は勝てなかったのではないか,早く 降伏すべきだったという意見も出された。それを 受けて授業者は,7月28日に「徹底抗戦」が決 定された過程について,多くの藩士が降伏を主張 するなか,家老の丹羽一学が「降伏しても滅び,

降伏しなくても滅ぶ(中略)むしろ死を恐れず,

信を守ろう」と主張し,「徹底抗戦」が決定した

・ ゲベール銃ではなくライフル銃にすればよ かった。

・ 武器がもっと性能がよくて数があったら勝て たかも知れないけど,敵はどんどん増えて人 数で負けたから,早く降参した方がよかった と思います。

・ 武器が相手よりも弱かったから,武器を強く する。せめてもっと早く降参していれば,死 んだ人も絶対減っていた。

 このように多くの生徒が『二本松の戊辰戦争』

に記された情報を的確に調べ,武器に問題があっ たことに気づいて意見を構築している。また,例 え武器が改善されても勝てなかったのではないか という考えに行き当たった生徒は,早く降伏すべ きだったという意見にもたどり着いている。この ほか,「落とし穴を作る」「降伏したふりをしてだ ます」など,ある意味で中学生らしい意見も出さ れたが,勝つために自分だったらどんな工夫をす るか思索し,戊辰戦争を自分事として考える作業 を通じて,理解が深まった様子が見て取れた。

2) 授業実践

①導入

 授業の導入として,少年隊の話から授業をはじ めた。生徒と年齢の変わらない少年たちが,兵士 として動員され戦場で命を落としたことは,間違 いなく「悲劇」であると伝え,下記の略年表を黒 板に記した上で,『二本松の戊辰戦争』に載って いる「少年隊記」(少年隊の生存者が後に記した 記録)の現代語訳のうち,7月27日と29日の一 部を,授業者が改めて朗読した。

[略年表]

慶応4(1868)年

  1月 3日  鳥羽伏見の戦い(戊辰戦争はじ まる)

閏4月25日 白河戦争はじまる

 7月27日 糠沢村の戦い,本宮の戦い  7月28日 二本松藩は「徹底抗戦」を決定  7月29日 二本松城下の戦い →落城・降伏  朗読した7月27日の部分には,この日に出陣

(8)

ことを,『二本松の戊辰戦争』の記述に沿って説 明した。本来はここでも生徒の意見を募って討論 を行いたかったが,このクラスでは時間の関係上,

意見を募ることができず,「なんで?」の問いを 投げかけるに留まった。他のクラスで意見を募っ たさいには,「もっと人の命を大切にしてほしかっ た」などの意見が出され,「徹底抗戦」という決 定に違和感を覚えた様子が窺えた。

 武器の改善という点に話を戻し,授業者から次 に,「ではなぜ,最新の武器を導入しなかったの

だろうか?」という質問を投げかけた。生徒から

は,「外国との関係がなかったから手に入れられ なかった」「お金がなかったから買えなかった」

などの意見が出された。それを一旦,事実だと認 めたうえで,続けて授業者から,「最新の武器が 欲しかったけれど,手に入れられなかったのであ れば,戊辰戦争が始まった時点で,もう勝てる見 込みはないと思っていたのかな?」「必要だと思っ ていた最新の武器が手に入らなかったのなら,な んで戦争をはじめたのかな?」と質問をした。『二 本松の戊辰戦争』を読めば,二本松藩が最初から 負けを覚悟していたとは到底考えられない。二本 松藩の弓術師範が,西洋式の銃の導入に否定的 だったことも説明されている。とすれば,二本松 藩は最新の武器を必要としていなかったのだろう か。生徒の多くは戸惑いの表情を見せ,皆が真剣 に考えている様子が窺えた。

 生徒が考える手がかりとして,ここで授業者か ら1つ情報を提供した(以下は,保谷徹『戊辰戦 争』吉川弘文館2007年,p44-46に拠る)。戊辰 戦争の2年前,慶応2年11月,京都にいた将軍 徳川慶喜は,在京の大名(二本松藩主は含まれて いない)を集めて,西洋流の最新の武器を用いた 軍事演習を見学させた。しかしこれに対し,「洋 風化」を批判する大名も多く,諸藩の軍制改革は 容易には進まなかった。こうした事実を,「洋風化」

への批判という点を軸にかみ砕いて説明し,「洋 風化」を批判した大名たちの考え方と,最新の武 器を導入しなかった二本松藩とを合わせて考えて みるよう促した。同じ授業をした他のクラスでは,

「昔から日本にある武器の方が強いと信じたかっ たんじゃないか」といった意見が出されるなど,

全体として,当時の二本松藩の武士たちが,今の 私たちとは違う考え方をしているという点に気づ き始めている様子が窺えた。

③展開

 ディスカッション・1を踏まえて,授業者から,

「二本松藩が勝つためには最新の武器を導入する ことが必要だった。それは正しいと思う。しかし,

私たちが当時にタイムスリップしてそれを提案し ても,「洋風化」を批判する意見が多く,導入は 進まなかったのではないか」という仮説を提示し た。そして,「洋風化」を批判する意見について,

当時の武士の立場に立って考えてみるために,以 下のように説明を続けた。

 武士は,戦争になれば戦いに出る兵士である。

しかし彼らは本格的な戦争をほとんど経験してい ない。その結果,彼らが教わっている戦術は,江 戸時代がはじまった250年前からあまり大きく変 わっていない。そして武士は,能力や経験がある から武士になれたのではない。武士の家に生まれ たから武士なのであって,体力測定や試験などに 合格して武士になった訳ではない。こうした能力 主義ではない社会について,学校の部活を例に考 えてみよう。部活のレギュラーが能力ではなく生 まれで決まっていたら,両親が活躍したというだ けで,他の明らかに能力のある生徒を抑えてレ ギュラーに抜擢されたら,その人は自分のことを どう思うか。どうやって自分のアイデンティティ を保ち続けるだろうか。

 このように,能力主義ではない社会について,

生徒が想像しやすいシチュエーションを提示して 考えさせることで,身分制社会における戦争の経 験のない武士たちが,理想の武士像を描き,その 通りに振舞い続けることでアイデンティティを保 ち続けていたこと,ゆえに伝統や「武士らしさ」

が彼らにとって特に重要だったことを実感しても らった。経験や能力で立場が決まる現代の社会と 違い,当時の社会は生まれによって立場が決まる。

(9)

現代と異なる社会に生きる人たちは,それゆえ,

現代の私たちとは異なる考え方をする。この点を しっかり説明したうえで,こうした視点から考え ることで,戊辰戦争における,私たちが「なんで?」

と思う行動も理解できると伝え,これまでの話を 振り返っていった。

 成田才次郎に「突け」と教えた父は,「二本松 の武士らしく戦う」ように教え諭した。降伏せず

「徹底抗戦」を主張した家老の丹羽一学は,「二本 松の武士」としてあるまじき行動を取るわけには いかないと考えた。どちらも,命よりも,「理想 の武士像」が優先された。その結果,多くの「悲 劇」が起こった。でもそれは,彼らの立場からす れば,「当然」の選択だった。こうした説明をす る間,多くの生徒たちは,非常に真剣なまなざし で説明を聞き,理解しようとしている様子が窺え た。

④ディスカッション・2

 以上の展開ののち,授業者から「こうした二本 松の武士たち,特に大人の武士たちの考え方や行 動をどう思いますか?」という質問をし,周りの 席の人と話し合うよう指示した。その後,何人か の生徒に意見を発表してもらった。生徒からは,

「彼らの考え方は分かるが,やはりもう少し命を 大切にしてほしかった」などの意見が出された。

同じ授業をした他のクラスでは,「プライドを守 り続けた二本松の武士たちは格好良い」といった 意見も聞かれた。時間が限られており,十分な討 論の時間を確保できなかったが,生徒はそれぞれ 様々な意見を持ったようであった。

⑤まとめ

 最後に授業者から,まとめとして以下の点を伝 えた。

❶戊辰戦争は,私たちが想像する戦争とは少し 違う。だから,私たちが「勝つためにはこうす れば良かったのに」と考える選択を,当時の人 たちは必ずしも選ばない。極端に言えば,勝つ ことよりも「武士らしく戦う」ことを優先して

いる。だから,私たちが「なんで?」と思うよ うな判断や行動が起こる。

(他のクラスでは,二本松藩領の百姓が,西軍 に制圧されるとすぐに西軍の軍夫として動員さ れ,西軍のためにしっかり仕事をこなしたこと を,『二本松の戊辰戦争』の記述に沿って説明し,

百姓たちもまた,私たちとは考え方が違うこと を説明した。)

❷歴史上の人びとは,現代の私たちとは違う考 え方を持っている。もちろん,家族や友が死ん だら悲しいという感情は一緒だが,考え方が違 う。それは彼らを取り巻く社会が,現代とは異 なる社会だから。歴史を学ぶ大きな目的の1つ は,現代とは異なる当時の社会を学ぶことにあ る。同じ感情をもつ人間が,違う社会に住み,

違う考え方を持っていたことを理解すること。

そして私たちの生きる現代の社会と,私たちの

「当然」を見つめ直すことが大事である。

❸西軍の薩摩や長州は,早い段階で外国と戦い,

外国の強さを痛感したことで,伝統を捨てるこ とができた。大事なのは「失敗」にどう向き合 うかということ。二本松にとって,戊辰戦争の

「悲劇」は明らかに「失敗」だけれど,問題は それにどう向き合うか。そして,「失敗」に向 き合ってきた人たちの努力があって,いま皆さ んがここに居る。皆さんも戊辰戦争の「悲劇」

をしっかり理解し,しっかり向き合って,より よい二本松を考えて,作っていってほしい。

3) 事後アンケート

 授業後に,5つの設問と,感想の自由記述欄を もうけた事後アンケートを実施した。設問と結果 は以下の通りであった。

 設問1  戊辰戦争は,私たちの想像する戦争と はすこし違う戦争だということについ て,どの程度理解できましたか?   ①とてもよく理解できた

  ②まあまあ理解できた   ③少しだけ理解できた

(10)

  ④まったく理解できなかった

 2年3組では ① が58%となり,② を合わせ ると9割に達している。学年全体でも ① と ② の 合計は約9割に達している。戊辰戦争という社会 的事象を,現代とは異なる「異文化」の歴史世界 で起こったものとして歴史的に客観的に捉える視 点を,多くの生徒が理解できたと考えられる。

 設問2  歴史を学ぶ目的の1つは,いまとは異 なる社会を学ぶことだということにつ いて,どの程度理解できましたか?   ①とてもよく理解できた

  ②まあまあ理解できた   ③少しだけ理解できた   ④まったく理解できなかった

 2年3組では ① が52%となり,② を合わせ ると8割強に達している。学年全体では,① と

② の合計が9割に達している。歴史を学ぶ上で,

人物ではなく社会に力点を置くことの意味を,多 くの生徒が理解できたと考えられる。

 設問3  この授業を通じて,少年隊をはじめ当 時の二本松の人びとへの理解は深まり ましたか?

  ①とても理解が深まった   ②ある程度理解が深まった   ③少しだけ理解が深まった   ④まったく理解は深まらなかった 23 学年全体

①とてもよく理解できた 18 58% 53 46%

②まあまあ理解できた 10 32% 50 43%

③少しだけ理解できた 3 10% 12 10%

④まったく理解できなかった 0 0% 0 0%

合計 31 115

23 学年全体

①とてもよく理解できた 16 52% 56 49%

②まあまあ理解できた 10 32% 47 41%

③少しだけ理解できた 4 13% 11 10%

④まったく理解できなかった 1 3% 1 1%

合計 31 115

(11)

 2年3組では ① が5割を越え,② と合わせて 8割を超えている。学年全体でも,① と ② の合 計は8割を超えている。前述の通り,対象校の生 徒は元々少年隊や戊辰戦争への関心が高く,知識 の豊富な生徒も多いが,改めて「歴史的な見方・

考え方」を用いて少年隊や戊辰戦争を捉えること で,さらに理解が深まったと実感した生徒が多く 見られた。

 設問4  この授業を通じて,少年隊をはじめ当 時の二本松の人びとへの関心は高まり ましたか?

  ① とても関心が高まり,自分でも調べてみた いと思った

  ② 自分で調べてみたいとまでは思わないけれ ど,授業前よりも関心はかなり高まった   ③ 授業前よりも少しだけ関心が高まった   ④ 授業の前と変わらない

 2年3組では ① が3割を超え,② と合わせて 7割を超えている。学年全体では,4人に1人程 度が ① と答え,② と合わせるとやはり7割を超 えている。生徒にとっての身近な歴史への関心が 高まることは,歴史の学習効果を上げるために効 果的なのは当然であろう。しかしそれ以上に,自 分でも調べてみたいと思った生徒が一定度見られ たことは,新学習指導要領が掲げる「学びに向か う力,人間性等」「課題を主体的に追究,解決し ようとする態度」などを養うことに,本授業が一 定の効果をもったことを示している。

 設問5  この授業を通じて,二本松という地域 について,どのような思いを持ちまし たか?

  ① 歴史ある二本松を引継ぎ,自分たちでより よい地域社会を作っていきたいと思った 23 学年全体

①とても理解が深まった 16 52% 52 45%

②ある程度理解が深まった 9 29% 45 39%

③少しだけ理解が深まった 5 16% 17 15%

④まったく理解は深まらなかった 1 3% 1 1%

合計 31 115

23 学年全体

①とても関心が高まり,自分

でも調べてみたいと思った 10 32% 30 26%

②自分で調べてみたいとまで は思わないけれど,授業前よ

りも関心はかなり高まった 12 39% 58 50%

③授業前よりも少しだけ関心

が高まった 7 23% 21 18%

④授業の前と変わらない 2 6% 6 5%

合計 31 115

(12)

  ② 自分で何かしたいとは思わないが,歴史あ る二本松という地域がより好きになった   ③ 戊辰戦争で多くの悲劇が起こった二本松と

いう地域を,あまり好きではなくなった   ④授業前と特に何も変わらない

 2年3組では ① と ② の合計が8割を超えてい る。学年全体でも8割を超えており,① は3割 に達している。本授業のように身近な地域に起 こった「悲劇」を取り上げる授業の場合,それを 地域への愛着へといかに結びつけるかが大きな課 題となるが,歴史を「異文化」として相対化して 捉え,翻って自分たちの社会を考えることで,こ の課題を克服することができたと考える。特に

① のように,自ら積極的に地域社会の創造に加 わりたいと答えた生徒が,全体で3割に達したこ とは,新学習指導要領の掲げる「公民としての資 質・能力」の育成,「持続可能な社会づくりに向 かう社会参画意識の涵養」などに,本授業が一定 の効果をもったことを示している。

 最後に2年3組の生徒が書いた感想をいくつか 紹介する。(平仮名や誤字は適宜修正している)

・ 成田才次郎さんの「斬るより突け」はすごく 心に響きました。私は少年隊のことを思い出 すと胸がすごく熱くなります。成田才次郎さ んの他にも,岡田篤次郎さんや上崎鉄蔵さん や小沢幾弥さんの話を聞くと,とても切ない 気持ちになります。「どうしてこんな目にあ わなくてはならなかったのか…」と。それが この授業で分かり,すごくためになりました。

・ 当時の人びとの考え方や戦い方が私とは違う 考えで,分かりやすかったし驚きました。

・ 戊辰戦争は勝つよりは武士として生きる方を 優先した場面が多いと感じました。

・ 戊辰戦争はまったく興味がなかったけど,こ の授業ですごく理解できた!

・ 当時の武器の違いや戦い方をより理解できま した。授業を受ける前よりも関心が高まって,

よい経験になったと思います。

・ たくさん少年隊のことを知れて,自分でも もっと調べたいと関心をもつようになりまし た。

・ 今回の授業で二本松の人びとの故郷を守るた めに死を恐れず敵軍に立ち向かった勇姿は改 めてすごいと思った。また歴史ある二本松へ の関心がとても高まった。

・ 自分は戊辰戦争について,結構知っていると 思っていたけど,今回の授業を通して知るこ とが多かったです。

・ 今まで思っていた戊辰戦争とは全然違い,と ても勉強になった。ただ歴史を学んだだけで なく,どうしたら勝てたか,何でこうしなかっ たのか,など考えながらできたので楽しかっ たです。

23 学年全体

①歴史ある二本松を引き継ぎ,

自分たちでよりよい地域社会を

作っていきたいと思った 8 26% 34 30%

②自分で何かしたいとは思わな いが,歴史ある二本松という地

域がより好きになった 19 61% 64 56%

③戊辰戦争で多くの悲劇が起 こった二本松という地域を,あ

まり好きではなくなった 0 0% 1 1%

④授業前と特に何も変わらない 4 13% 15 13%

無回答 1 1%

合計 31 114

(13)

5. お わ り に

 日本史学を専門とする大学教員の筆者が,出前 授業という形で行った1時間だけの授業には,多 くの至らない点があった。はじめて顔を合わせる 中学生を対象にした,たった1回だけの授業では,

生徒たちの緊張はほぐれず,授業者の側にも生徒 の反応を十分に受け止められるだけの余裕はな く,必然的にディスカッションも活発さに欠ける ものとなった。また,限られた時間内にまとめま で到達する事を最優先にしたため,生徒たちが自 ら考え,意見を構築し,それを話し合う時間を十 分に取ることができなかった。全体として,授業 方法については,「主体的・対話的で深い学び」

とはほど遠いものだったと自覚している。授業を 2回に分けるなどして,グループワークやディス カッションの時間を十分取ることができれば,よ り充実した授業になったはずであり,授業方法に ついては改善すべき点が多くある。

 しかし事後アンケートの結果を見れば,「歴史 的な見方・考え方」を育むという点では,本授業 が一定の効果をもたらしたことは明らかであろ う。また特に,事前学習活動において「諸資料か ら歴史に関する様々な情報を効果的に調べまとめ る技能」をみがき,授業を通じて戊辰戦争や少年 隊を自分でも調べてみたいという「学びに向かう 力,人間性等」「課題を主体的に追究,解決しよ うとする態度」などが一定度養われ,また自分た ちでよりよい地域社会を作っていきたいという

「公民としての資質・能力」の育成,「持続可能な 社会づくりに向かう社会参画意識の涵養」にも一 定の効果が見られたことは,この授業が中学校社 会科においてもつ有効性・可能性として強調して おきたい。この授業が生徒たちの今後の「主体的・

対話的で深い学び」へと繋がっていくことを期待 している。

 本授業によって,「歴史的な見方・考え方」を 育むという当初の目的が一定度達成されたと理解

したうえで,今後の課題としては,教科書に沿っ た実際の歴史の学習において,本授業で育まれた

「歴史的な見方・考え方」がどのような効果をも たらし,歴史の学習の理解を深めることにいかに 繋がるかという点の分析などが挙げられる。例え ば,近世身分制社会を1つの「異文化」として捉 えることの意味や重要性を理解した生徒たちが,

それを用いて「近代化」をどのように深く理解で きるか,といった課題が想定される。「近代化」

は高等学校に新設される「歴史総合」の3つの柱 の1つでもあり,高等学校での学習の理解を支え る前提をどのように育むかという課題にも繋が る。小中高という歴史教育の体系の中で,各段階 でどのような力を育むことが有意義なのか。今後 も検討を続けていきたい。

1  永松靖典編『歴史的思考力を育てる』山川出版社

2017年。

2  大杉鏡康・石上靖芳「中学校社会科における歴史的

思考力の育成に関する検討」(『静岡大学教育実践総 合センター紀要』31,2021年)。

3 安井俊夫『戦争と平和の学びかた』明石書店2008年。

謝   辞

 本授業の構想および実践報告の執筆にあたって は,鵜沼秀雄先生(福島大学元特任教授),粠田 惣男先生(福島大学特任教授),下山忍先生(東 北福祉大学教授)に多くの貴重なご意見をいただ きました。また授業の実施にあたっては,二本松 市教育委員会の皆さま,二本松市立二本松第一中 学校の皆さまに,お忙しいなか多大なご協力をい ただきました。特に,小林雄一様(二本松市教育 委員会),高橋飛翔先生(二本松第一中学校講師)

には,実際に授業を見ていただき,貴重なアドバ イスを多数いただきました。末筆ながら記して謝 意を申し上げます。

(2021年9月28日受理)

(14)

Teaching of Developing a Historical Perspective in Class of Social Studies at Lower Secondary School ;

Report on Class Practice as the Visiting Instructor by Using Nihonmatsu no Boshin Sensô

(the BoshinWar in Nihonmatsu) as the Textbook

KOMATSU Kenji

  According to the new national curriculum standards of lower secondary school, teachers are required to develop “a historical perspective on social phenomena” as the target of history field of social studies. It is highly likely that the students of lower secondary school gain common knowledge and perception of their local history. Therefore, it is effective for developing “a historical perspective” that taking up the history passed down through the community as the theme of social studies class.

  At the request of Nihonmatsu City Board of Education, I wrote some articles of “Nihonmatsu no Boshin Sensô (the Boshin War in Nihonmatsu)” (edited and published by Nihonmatsu City Board of Education, March 2021), and then gave class of lower secondary schools in Nihonmatsu as the visiting instructor by using it as the textbook. For the residents in Nihonmatsu, the Boshin War is absolutely the history passed down through their community. However, in reality, they are telling the history as a kind of narrative, without much awareness of the historical context. I thought that reassessing them in a historical context would lead to the development of “a historical perspective.” This paper is a report on class practice in the lower sec- ondary schools by the reporter.

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