5 / 22
【特別寄稿】
三権分立の意匠
福島大学行政政策学類准教授
阪本 尚文
いわゆる「検察庁法改正案」(正確には「国家公務員法等の一部を改正する法律案」)
反対運動が SNS を中心に盛り上がり、その際「三権分立に反する」という主張が声高に 叫ばれたことは記憶に新しい。準司法的な役割を担うとはいえ検察官は行政官であり、そ の定年延長や役職定年制の導入が「三権分立に反する」という主張にはやや違和感を覚え るが、筆者の興味を誘ったのはそのことではない。この小文の主題にしたいのは、誰しも が小中学生の時に一度は目にしたであろう「三権分立」の図が――内閣制度のしくみとし て、内閣・国会・裁判所が切り離されて三角形の頂点におかれ、相互に抑制と均衡の関係 にあるとする、あの図が――、抗議の論拠としてにわかに担ぎ出された現象の含意である。
政治学者の待鳥聡史教授は、この図が「行政と立法が融合することを基本的な特徴とす る議院内閣制の説明として[…]、はっきりいえば間違い」と明言する(『民主主義にとっ て政党とは何か』ミネルヴァ書房、2018年)。議院内閣制の特色は、与党党首が首相とな り主要幹部が大臣になることで、与党執行部と人的に一体化した内閣に強い権限が付与さ れる点に存する。国家機関間の関係に着目したとき、待鳥教授の指摘は正鵠を射ている。
この主張に対しては、わが国では立法権を国会が独占しており、国家作用の面では行政 と立法は「厳格な分離」をしているので、この図は正しい、という反論がありうるかもし れない。だが、国会が立法権を独占すべしという命題は、憲法41条の「唯一の立法機関」
の文言を前提とする。実際、議院内閣制の母国であるイギリスでは「議会の中の国王」と 表現されるように、庶民院、貴族院、国王が共同で法律をつくり、立法権は融合している。
議院内閣制であるがゆえに、行政権と立法権が「厳格な分離」をするわけではない。また、
例の図では、衆議院解散は内閣による国会への抑制手段として描かれるが、このような理 解では現実の解散の大半をうまく説明できない点においても、日本の内閣制度の図として、、、、、、、、、、、、
、 致命的な欠陥を含んでいる。そもそも国家作用に着目するか国家機関間の関係に着目する かで行政と立法が「厳格な分離」をしているようにも「融合」しているようにも見えてく るのだとすれば、両者の関係の図像化は、思いのほか難しい試みであることがわかる。
主権者たる国民が SNS を通じて活発な政治論議を行うことそれ自体は、大いに歓迎す べきである。もっとも、複雑な現実を過度に簡略化し視覚に対して直感的に訴えることが、
「バズる」ためには必須であることもまた言うまでもない。「吾々にとつて幸福な事か不 幸な事か知らないが、世に一つとして簡単に片付く問題はない」(小林秀雄「様々なる意 匠」(1929年))というあまりにも当たり前の事実は、このとき看過されてしまう。ネッ ト社会において、正確な理解とそれに基づく反省的思索を欠く、正義と良心の衣装を纏っ た情念の発露が爆発的に拡散する可能性を、今回の抗議運動の広がりもまた浮き彫りにし たのではないか。そうだとすれば、有権者が抱く多様な政治的主張を汲み取りつつ濾過・
精緻化し、理性的議論を通じて権力を批判することが野党およびメディアの本来的役割で あるという自明の事実もまた、同時に逆照射されたのかもしれない。
6 / 22
(執筆者紹介)
阪本尚文(さかもと なおふみ)
京都大学大学院法学研究科法政理論専攻博士課程単位認定退学。現在、福島大学行政政策 学類准教授。専門は憲法史。
主な著訳書
『Aún aprendo それでもまだ学ぶぞ――西村稔先生追悼集』(私家版、令和2〈2020〉年。
福島大学学術機関情報リポジトリ所収〈http://hdl.handle.net/10270/5154〉)、『歴史学の縁 取り方―フレームワークの史学史』(共著、東京大学出版会、令和2〈2020〉年刊行予定)、
フンボルト『国家活動の限界』(共訳、京都大学学術出版会、令和元〈2019〉年)ほか。
************************************************************
【大警視川路利良関係文献抄 連載 26】(4頁から続く)
昭和41(1966)年
・川原衛門(1915~?)「物語 警視庁史」『自警』第48巻第 10号(昭和41年 10月刊)
以下。(1)「草創のころ」第 48巻第 10号(昭和 41年 10月)、(2)「川路大警視」第 48 巻第11号(昭和41年11月)、(3)「各地に騒乱事件」第48巻第12号(昭和41年12月)、
(4)「抜刀隊奮戦す」第49巻第1号(昭和42年1月)、(5)「きびしい規律」第49巻第 2号(昭和42年2月)、(6)「警視庁誕生のころ」第49巻第3号(昭和42年3月)、(7)
「明治中期の犯罪」第49巻第4号(昭和42年4月)、(8)「暗殺」第49巻第5号(昭和 42年5月)、(9)「日清戦争の後」第49巻第6号(昭和42年6月)(以下昭和44年2月 まで)⇒『ものがたり警視庁史』(自警文庫8、㈶自警会、昭和57年3月刊)として刊行。
・川原衛門(1915~?)「総監プロフィル」『自警』第 48巻第 10号(昭和41年10月刊)
(以下昭和46年8月まで)
⇒『総監プロフィル』(自警文庫3、㈶自警会、昭和54年3月刊)として刊行。
昭和42(1967)年
・手塚豊(1911~1990)「警視庁御雇外人グロース関係資料補遺」『法学研究』第40巻第 12号(昭和42年12月刊)(『法学研究』第 38巻第6号〈昭和40年6月刊〉参照。手 塚豊『手塚豊著作集 第10巻 明治史研究雑纂』(慶応通信、平成6年3月刊)に収録。)
昭和43(1968)年
・新聞記事「明治初期の警察裏面史」『読売(?)新聞』昭和43年3月8日(金)第12版
(掲載紙不明。豊島区・原田良康氏所蔵川路大警視の綿貫吉直少警視宛書簡等の件)(平成 20年6月7日原田弘氏の御教示による。)
昭和44(1969)年
・高橋雄豺(1889~1979)「川路大警視の「泰西見聞誌」」(1~8)『警察研究』第 40 巻 第5号~第41巻第1号(昭和44年5月~昭和45年1月刊)⇒『明治年代の警察部長―
明治警察史研究―』(良書普及会、昭和51年7月1日刊)に収録。
・高橋雄豺「警察制度の生みの親・川路利良」『国民の風格を高めよ』(時事通信社、昭 和45年11月1日刊)(初出: 『フォト』第 16巻第11号〈昭和44年6月刊〉)
・秋元信英(1942~)「警視庁御雇外人プロスペール・ガンベ・グロースの履歴」『國學 院雜誌』第70巻第9号(通巻第749号、昭和44年9月刊) (⇒9頁に続く。)