一論文1一五八
遺産分割の効果 につい
て
遺産共有説・遺産合有説の再検討をかねて
森
泉
章
目 次
皿共同相続人間の担保責任 1 立法的沿革 ︹ 皿 フランス民法における宣言主義 ︵ 皿 共同相続財産の性質 W わが民法における遺産分割の遡及効 一 は し が き二 遺産分割の遡及効三 遺産分割のその他の効果−補論1 1 相続開始後に認知された相続人の地位 ︵ ︶
︵
は し が き
民法︵九〇九条︶は︑遺産分割の効果について︑相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずると規定し︑分割の
遡及効制度をとりいれた︒すなわち︑遺産の分割によって︑相続財産に対する各共同相続人のいわゆる共有関係は消
滅し︑共同相続人は︑相続開始の時から︑各自にそれぞれ分配された財産を︑直接に被相続人から単独で承継したこ
とになるというのである︵遺産分割の遡及効︶︒かように民法が︑遺産分割について遡及効をみとめたのは︑フランス
法を継受して︑その宣言主義を採用した結果にほかならない︒ところで遺産分割の立法上の諸主義については︑ひと
まず筆をおくことにし︑ここで︑わたくしがどうして遺産分割の効果をとりあつかったかその理由を簡単に提示して
おきたい︒
本稿において︑とくに﹁遺産分割の効果﹂を問題としゼ提起したのは︑遺産分割の効果についても︑遺産合有説.
遺産共有説の二説が相対立し︑解釈上波紋を投じているからである︒と同時に問題の解決の鍵もここにあると思われ
たからである︒すなわち︑学説上問題視されるにいたったのは︑とくに︑新法︵九〇九条︶が遡及効を原則として承
認するが︑ただし﹇−第三者の権利を害することができない﹂旨を新に但書として附加したことについてである︒この
点については︑あとでくわしく述べるが︑学説上問題となったところを要約すると︑つぎのごとくである︒
すなわち︑遺産共有の性質を合有︵曽鴨旨口置Nξσqo器日9コ=oo巳︶と解するいわゆる合有説の立場において
は︑分割に遡及効︵いわゆる宣言的効力︒睦9象含巽舞5をみとめた規定は︑合有関係中に個々の共同相続人によっ
てなされた個々の合有財産組成物の処分を無効とすることを意味することになる︵川島・民法︵三︶一六七頁参照︶︒か
1遺産分割の効果について1 一五九
i論 文f 一六〇
ように︑この立場においては︑もともと個々の相続財産上の持分の処分はありえないから︑したがって︑それによっ
て第三者の既得権を害する可能性もないことになり︑結局︑九〇九条但書の規定は無意味だということになる︒しか
し︑解釈上︑但書の規定を全く無視することはできないので︑この但書は︑民法に分割前の遺産処分を制限する規定
がなくしかも相続財産を合有的に登記する方法もない立法的不備からくるところの!相続財産を通常の共有財産と
思って譲受ける第三者保護−善意者保護の規定だというように解せられている︵合有説をとる立場でも︑必らずしも︑て
の見解は一致していない︒この見解の相異についてはあとで本文で述べることにする︶︒
これに対して︑遺産共有の性質を通常の共有︵日一け⑦凝窪9目鬘魯ω旨︒馨色︒昌︶と解する共有説i各共同相続
人が個々の財産上に持分的共有権を有するとみるtの立場においては︑遺産分割に遡及効をみとめることは︑たと
えば︑相続財産の不動産︑動産および債権について甲・乙・丙三人の共同相続人が共有者として権利を有してきた場
合において︑分割によって︑甲が不動産︑乙が動産︑丙が債権と定まると︑その結果︑相続開始の時に遡って︑甲が
不動産︑乙が動産︑丙が債権をそれぞれ直接被相続人から相続したことになり︑これらの財産について甲乙丙三人の
共有状態は存在しなかったことになるのである︒いいかえれば︑分割の結果︑ある財産については︑はじめから権利
を有していたけれども︑他の財産についてはかって一度も権利を有したことがなかったということである︒したがっ
て︑共有説においては︑相続人の一人が︑分割前に相続財産を処分したとすれば︑分割の遡及効はその処分を無権利
者の処分として無効とする結果になり︑それを譲受けた第三者の権利を害することになる︒そこで︑この弊害を防止
するために︑ ﹁第三者の権利を害するができない﹂といテ但書の規定が附加されたのだとし︑共有説の立場からは︑
九〇九条但書はきわめて当然の規定だということになる︒このように︑遺産共有が合有か共有かの学説上の対立は︑
遺産分割の効果の理論にまで波及して争われているのが︑こんにちの状態である︒
ところで︑問題の核心たる遺産共有−共同相続財産1の性質をめぐっての論争は︑すでに旧法時代より多くの
学者によって論議されできた問題であって︑そういう意味ではこの問題は新鮮味に欠けている問題であるといわれる
かも知れない︒それにもかかわらず︑問題としてあえて提起したのは︑さきに指摘した遺産分割の効果−九〇九条
但書をめぐっての一の側面から︑共有説︑合有説をもう一度ひもといてみて︑わたくしなりに再検討してみたかっ
たこと︑と同時に︑こんにち︑合有説をもって家産思想の残滓以外なにものでもないと︑それを批判する理論が有力 /になってきたことに関心といささか疑問をいだいたからである︒そしてまた︑附随的に︑遺産分割の遡及効について
の宣言主義︑移転主義の立法的考察や︑分割の効果としての﹁共同相続人の担保責任﹂についての解釈上の問題を考
察してみたかったからでもある︒
そこで︑本稿は︑遺産分割の効果一般ならびにそれに関する学説・判例に眼をとおしながら︑その過程においてと
くに共有説・合有説との対立する問題に重点をおき︑議論をすすめることにした︒
二遺産分割の遡及効
民法︵九〇九条本文・旧一〇ご.秦︶は︑ ﹁遺産の分割は︑相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる﹂と規定
しているが︑これはさきに指摘したように︑宣言主義︵分割の宣言的効力または認定的効力①駿9象︒冨β集ともよばれる︶
を採用したものにほかならない︒このいわゆる遺産分割の遡及的︵融賃08焦︶効力は︑・ーマ法と全然反対であっ ︵−︶て︑フランス古法に由来するものである︒そこで︑暫く遺産分割の効果の立法的沿革を概観してみよう︒
一遺産分割の効果について一 一六一
㍉う︑t・・プ亀 bζ■7与−
−論 文1 一六ニ ハ ロ D ローマ法においては︑遺産の分割は︑移転的・帰属的︵貫きの﹃けF暮巳σ暮一団︶とみられていた︒すなわち︑共 有中の各目的物は︑同時に共同相続人のすべての財産であり︑そして︑かれらのうち誰でも各目的物について一定の
持分権をもっている︒しかし︑分割がおこなわれれば︑各自︑その割当分︵δけ︶ に従って目的物の単独所有者とな
るというのである︒つまり︑遺産の分割は︑共有状態を変じて︑各共同相続人をして物の一定の部分についてのみ︑
権利を有するにいたらしめ︑さらに︑各共同相続人は︑分割によって相互にその権利の一部を譲渡しあい︑他の権利
の一部を自己が取得するということである︒その結果︑共有中に共有者の一人がなした行為の効果は分割の結果に左
右されないことになる︒ローマ法においては︑遺産の分割は︑一種の交換︵ぴ9讐鴨yあるいは売買︵︿窪3︶と同 ロじように考えられておったわけである︒
このような遺産の分割をもって帰属的・移転的と解する︑いわゆる移転主義は︑フランスにおいては︑永続せず︑
一六世紀にはいるとともに︑分割を遡及的・宣言的に把握する新しい原理Hいわゆる宣言主義臼が採用されるにいた
った︒フランスにおいて新しい原理が採用されるにいたったのは︑とくに封建法制度に基因している︒封建法︵響︒律
欲&巴︶では︑封地の譲渡︵9︒ぼ轟二8α.琶睡臥︶は家臣︵<錺の巴︶によってなされ︑その権利移転に際しては︑領 ︵4︶ ︵5︶主によって与えられる承認の対価︵尊敬料 一き号ヨ置目﹂o房簿<98の︶を︑領主のため支払う必要があった︒そ
こで︑分割も権利移転の行為として考えられるならば︑その承認に対する対価として一定額を支払わなければならな ︵6︶いわけである︵分割は当時所有の移転であるように考えられておった︶︒しかし︑分割が遡及して︑相続人が直接被相続人
から財産︵とくに不動産︶を取得したとする法的構成をとるならば︑領主に対して一定額を支払う必要はない︒ パマロ かくして︑封建法の弊害から逃れ︑共同相続人庇護という目的を動機に︵所有の移転に対する承認の支払料を免れるこ
■
ととともに共同相続人の一人が共有持分の上に設定した抵当権げ︾℃o夢9器の効果に対して他の共同相続人を保護するという利益
も考慮されたといわれている︒︶︑当時の法学者によって考案されたのが︑分割をもって遡及的・宣言的に解する︑いわ
ゆる宣言主義なのである︒
■しかし︑他面︑宣言主義の制度が︑その発生上︑もうひとつの点で重要な意義をもっていることに注意しなければ
ならない︒すなわち︑宣言主義は︑一六世紀合有関係が白眼視され︑共同相続関係のような共同関係もこれを組織あ
る共同体とみずに︑これに対してローマ法の適用が強いられつつあった際︑ローマ法の適用より生ずる不都合を除去 パ ロするために︑考案されたものであるといわれていることである︒つまり︑ローマ法の共有においては︑持分の処分は
不可能ではないが︑処分の相手方は後日処分が効力を失うことがあることを承知していなければならないから︑事実
上単独処分は困難を伴い︑どうしても他の共有者の同意が必要となる︒同意があれば︑その同意の効果として︑遡及
効があっても処分は無効とはならない︒そこで︑各自が単独処分できるという︑ローマ法的共有関係から生ずる不都 コレ合な結果を事実上消滅せしめて︑ゲルマン法の合有関係に近づこうとしたのが︑この原則の発生的意義であった︒こ
のような思想の流れが同時にフランス古法の思想でもあった︒わが旧法︵一〇一二条︶の規定も︑かかる沿革のもと
に生れたものである︒かように︑宣言主義が破乱の歴史的過程において採用されたものだけに︑こういつた発生史上
の錯綜せる問題が︑さらに︑こんにちの新法の遺産分割の効果上にまで波及し︑とくに︑相続財産が︑はたして合有
か︑あるいは共有の性質をもつものであるかどうかの論争と関連してなお争われているのである︒
なお︑ごこで︑分割が宣言的であるということは︑さきに少しく述べたが︑遺産分割の効力が遡及し︑各共同相続
人にふりあてられた物は相続開始の時より各自に属していたこととなり︑したがって分割は従前に存した状態をただ
一遺産分割の効果について− 一六三
i論 文一 一 一六四
宣言するにとどまる︑ということである︒いいかえれば︑相続開始の時から遺産分割までに現実に続いていた共有関
係は︑はじめからなかったものとみなされ︑相続開始の時から︑遺産が個別的に各相続人に帰属していたものとされ
る︑ということである︒これは一種の法的擬制といえる︒ 皿宣言主義は︑フランスにおいて一五六九年の判例ではじめて採用され︑のちにフランス民法八八三条で規定さ ︵れることになった︒ところで︑わが民法の宣言主義は︑さきに指摘したように︑フランス民法を継受したものである
ので︑ここで簡単に分割の宣言的効力を規定するフランス民法八八三条を概観しておき︑さらに問題を展開していき
たいと思う︒
フランス民法八八三条は︑ ﹁各共同相続人は︑その割当分︵一9︶ にふくまれたるまたは競売︵一§9ユ9︶におい
七えたる全財産を︑単独かつ直接に相続したるものとみなし︑相続財産に属する他の財産の所有権はこれを取得しな
かったものとみなす﹂といっている︒これは︑ ﹁共同相続人間の平等という要請を各共同相続人の承継者たる第三者
の利益に優先せしめるものであるが︑それは共有が短期間の暫定的制度と考えられていることと照応するものであ
︵10︶る﹂といわれている︒すなわち︑フランス民法では︑分割前の相続財産は︑共同相続人の共有物として考えられ︑そ
して︑この遺産共有︵一.言象≦巴S漂菰象$冒︒︶の状態は︑あくまで仮の状態として暫定的︵冥︒≦ω9お︶なもので
あって︑できるだけ早くこの状態を終了せしめ︑各共同相続人に遺産を分割することにしている︑ということであ
る︒暫定的であるという点にフランスにおける遺産共有の特色がある︒したがって︑フランス民法では︑共同相続人
は共有を継続することを強制せらるることはないし︵フランス民法八一五条︶︑また︑分割が行われれば分割の効果は︑
相続開始の時に遡及し︑暫定的な共有状態を消滅せしめ︑いわゆる分割の宣言的効果︵o駿雪濠色oo旨旨3B博㊤鴨︶
を生ずることにしているのである︒ 皿遺産分割の遡及効についての立法的沿革を概観してきた.さてそこで︑わが民法における遺産分割の効果に関 ︵する解釈上の問題について︑検討に入るわけであるが︑すでに指摘したように︑結局︑この問題は︑共同相続財産が
共有か合有かという基本的な問題に帰着するので︑まず︑はじめにこの問題の解明をこころみなければならない︒
共耐相続財産の性質をいかに解するかについては︑共有とするロLマ法主義と合有とするゲルマン法主義との二つ ︵U︶の流れがあることは周知の事実である︒この二主義の歴史的︑比較法的研究については︑すでに優れた研究があるの
で︑ここではできるだけこんにち論議されている点に焦点をしぼって︵民法八九八条にいわゆる﹁相続財産はその共有に
属する﹂という︑その共有の意味について︑それが純粋の共有か︑あるいは合有の意味をもつものであるかについて解釈上争われ
ている︶︑考察をすすめていきたいと思う︒そこで︑まず二つの説を紹介しておこう︒
ω 共有説 遺産の共有をローマ法流の﹁共有﹂ζ一$凝82ヨと解するいわゆる共有説は︑共同相続財産を︑合
有説の主張するような包括財産とはみずに︑個別財産t個々の不動産・動産・無体財産・債権・債務等iのたん
なる総称とみる︒したがって︑共有というのは︑相続財産全体が一個の財団を構成しその全体の上に共同所有関係が
なりたつのではなく︑それぞれの個々の財産ないし債務の一つ一つについて直接に共有関係がなりたつということで
ある︒その結果︑相続の開始があれば︑各共同相続人は共同相続財産を組成している各個の物または権利に対して︑
その相続分の割合に応ずる物権的持分権を有し︵共同相続財産に属する物権の使用・収益・管理・処分等についてすべて物権
篇の共有に関する規定i二四九一二五三条−が適用される︒もっとも︑相続財産は物権のみで構成きれるものではないから︑債権
についても共有関係が成立することはいうまでもあるまい︒︶︑債権・債務もその目的物が可分なるかぎり︑法律上当然に各
−遺産分割の効果について一 一六五
一論 文! 一六六 ︵舵︶共同相続人の相続分に応じて分割されることになる︒さらに︑この理論をつらぬいてゆくと︑各共同相続人は遺産分一
割前といえども︑その持分を自由に処分できることになる︒ただ分割に遡及効がみとめられている点においてのみ通
常の共有と異るにすぎない︵もっとも︑この点について︑共同相続の本質がかりに共有であるとしても︑あとに遺産分割をひか
えている点で︑おのずから共有に対する修正変更が加えられており︑その意味では︑﹁変形された共有﹂であるといわねばならな ︵13︶い︑とする学説がある︶︒ ハはロ こんにち共有説をとる学説がわが国で有力になってきた︒共有説が主張する解釈上のその主たる根拠は︑㈲合有説 ︵15︶のいうような遺産の包括財産制は︑現在の個別財産制度のたてまえからはみとめがたいこと ㈲遺産合有概念は︑前 ︵16︶近代的・家産的法意識の残滓合理化以外のなにものでもないこと ◎合有説の有力なる根拠であった遺産分割の遡及
効について︵九〇九条︑旧一〇一二条︶︑新法が︑それを制限し新に第三取得者の権利保護の但書の規定をもうけたこと ハルロは︑持分の処分を間接に肯定しようとするものであり︑これによって合有説はその根拠と実質的意義を失ったこと︑ ハゆロ等である︒判例もまた︑古くから共有説の立場をとっている︒
@ 合有説 合有︵国貫雪9ヨN瑛閃Φ鐙唐9口=欝血︶ の起源は︑ゲルマン的家族法における﹁家長死亡後の兄弟 ︵19︶たちの間に承継された家共同体︵=きの鴨ヨ︒﹃曽富津︶﹂に求められ︑かかる人法的結合︵R8器霞︒魯岳︒冨<R︐ ︵20︶σ琶α自ぎεから合有の本質的特徴が示されたといわれている︒共同相続人は︑合手駒共同体︵Ooヨ︒日零富津N貝 ︵刎︶磯︒ω㊤ヨ8p=¢︒邑︶を構成し︑このような共同体の人法的鴎係の反射として合有が成立する︒いいかえれば︑共同相
続人は︑箇々の財産や債権・債務に対して直接に主体者となるのではなくして︑合手的財産︵Oo器ヨ爵弩房<R︐
日凝窪︶たる包括財産全体に対して﹁手をつないで﹂︵賊弩ひqoω的ヨ8ロ=雪α︶そのまま主体者となるということであ
・︵盟︶る︒持分︵︾旨︒ごは合手的財産︵共同相続財産︶に対する観念的な割合であって︑各相続人はこの持分という団体関
係をとおして間接的に︑財産を組成する箇々の権利義務と主体たるにすぎない︒各相続人は相続財産に対する持分を
譲渡することはできないし︵ドイツ民法二Ω三二条一項︶︑遺産の処分は﹁共同にのみ ︵昌﹃翳目①ぎω9餌壁一9︶﹂おこ
ないうるにすぎない︵ドイツ民法二〇四〇条一項︶︒合有の思想はゲルマン法にはじまり︑歴史的変遷をへて︵その後︑ ︵羽︶プ・シア普通国法に結実し︑プ・シア高等法院の判例︑およびラィヒ裁判所の判例をへて︶︑ドイツ民法に採用された︒
︑わが国においては︑古くから共有説が通説であり︑判例もまたこれに追随していたが︑他方︑旧法がゲルマン法主
義にならった規定 ︵たとえば︑相続財産に対する持分の譲渡に関する規定︵旧一〇〇九条︑現九〇六条︶や遺産分割の遡及効に
関する規定︵旧一〇二一条︑現九〇九条︶など︶をもうけたことから︑つとに石田文次郎樽士や来栖教授によって合有説
が主唱されるにいたった︵後掲註二参照︶︒ そして︑多くの学者はこれを支持し︑こんにちでは︑むしろ︑合有説の
ほうが通説化せんとしている︒
ところで︑合有説の主張する主たる根拠は︑さきにも指摘したように︑相続財産の共同所有は︑個々の相続財産の
共有ではなくして︑相続財産全体︵合手的財産あるいは包括財産と解される︶の上に︑各共同相続人が︑相続分にしたが
って権利義務︵観念的な潜在的な持分を指す︶を有するにとどまるという点にあった︒この基礎理論の上にたって︑こ
んにち合有説が主張するその具体的な理論は︑㈲共同相続財産は︑分割という共同事業を目的とする集合財産︵包括
財産︶であり︑したがって相続財産の分割は遺産の清算に近いものである︒いいかえれば︑八九八条にいう共有は︑ ︵別︶遺産の分割という特殊目的の手段たる存在を有するにすぎないこと︒㈲そのためは︑とくに分割まで遺産に関する法
律関係をできるだけ複雑化せしめないことが合目的的であること︑◎九〇九条本文︵旧法一〇一二条︶が分割について
i遺産分割の効果について・1 一六七
一論 文− 一六八 ︵%︶︶宣言的・遡及的効力をみとめでいることは︑事実上持分処分を否認するものであること︑dさらに︑もし︑相続財産 ︵
を共有財産と解するならば︑個凌の財産について分割請求をみとめなければならず︑この点遺産中の積極財産のすべ
ての綜合分割を規定している九〇六条と矛盾してくるし︑またその持分処分以外に相続分なるものの処分︵九〇五条 ︵%︶一項︶をみとめる余地がないこと︑等である︒
の 私見 共有説と合有説とのうちいずれをもって正当とすべきであろうか︒結論からいえば︑わたくしには︑遺
産の共有を合有と解したほうがよいように思われる︒すなわち︑相続財産は特定の相続人のみによって承継される特
定財産である︒それに属する積極財産も消極財産も︵積極・消極の権利関係も︶個々ばらばらでなく︑それぞれ関連
しあって相続財産を構成している︑いわば︑実質的には包括財産−包括的な財団︵口乞<Rの呂鼠αロ冨艮ヨ︒ぎ︒︶ ガローとみらるべきものである︒そしてまた︑かくのごとき相続財産に対して共同主体者となる各共同相続人も︑個々
ばらばらでなく相互に共同関係にたって︑遺産分割という一定の共同目的にむかって奉仕している︒ここで共同関係
といっても︑それは決して一定の身分的紐帯関係を基礎としてでの意味ではなく︑近代法によって規定されている完
全な法的人格者︵商品主体者︶として相互に承認しあった上での共同関係という意味でである︵合有という共同所有形
態は︑すべてのものを商品交換の客体たらしめようとする資本制社会の原理と矛盾してくるといわれている︒こういう意味からす
れば︑相続財産の所有形態についても︑あるいは共有の構成をとるほうが近代法の要請にマソチするかも知れない︒しかし︑相続
財産の包括性を考えるとき︑どうしても共有の構成をとることはできない︒こういう矛盾も︑近代法における相続が私的所有に基
礎づけられているところの︑その私的所有の私的性質に内在する矛盾の具体的なあらわれの一つではあるまいか︶︒ こうみてく
ると︑相続財産は実質的に包括財産を構成しているし︑共同相続人間に遺産分割という共同目的があるのだから︑い
わゆる共有とみることはできず︑共同所有の一形態である合有とみるべきであろう︒かくして︑各共同相続人は︑相
続財産に対して持分をもつが︑共同目的が存続するかぎり︑それはあくまでも観念的.潜在的な割合である︒各相続
人はこの包括財産関係を通して間接的に個々の権利義務の主体になるにすぎない︒したがって︑各相続人は相続財産
を個人の意思のみにもとづいて処分することはできないことになる︒
さらに︑相続財産が包括財産を構成し︑合有の目的物となることを遺産債務の側面より考察してみよう︒遺産債務
についてはすでに二・三の塩︶が発奮られているの馨ぐ簡槌のべを彪する.
パぶロ ドイツ民法が遺産合有制を採用した理由として遺産債権者の保護があげられている︒その結果︑ドイツ民法では︑遺産債務に対する共同相続人の責任はきわめて厳格なものがある︒すなわち︑ ﹁相続人は共同の遺産債務につき連帯
債務者︵Ooω㊤白房9EαR︶として責任を負う﹂ ︵ドィッ民法二〇五八条︶ものとされている︒しかし︑反面︑ドィッ
民法は︑共同相続人の責任について︑ ﹁遺産の分割があるまでは各共同相続人は遺産に対する持分以外にその個有財
産から遺産債務の弁済をなすことを拒むことができる﹂ ︵ドイツ民法二〇五九条一項︶としている︒これは相続人の責
任は人的であるがその範囲は遺産の限度にとどまるのを原則とするということができる︒ ︵この理論からすると︑相続
債権者に対して相続人の利益を犠牲にしてよい限度は︑最大限で相続財産だといえるから︑近代相続法の理想にかなうといえる︶︒
ところで︑家産承継的色彩を払拭した近代相続法のもとでは︑相続は︑ ﹁家﹂のためではなく個人のための相続で
ある︒そこにおいては遺産債務の本質は︑相続財産のみを引当とする債務として構成するほうが︑その理想にかなう
わけである︒そこで︑相続財産が包括的財産を構成しているとみることによって︑共同相続人は包括財産の共同主体
者となり︑その結果︑各共同相続人は相続財産を個人意思のみにもとづいて処分できないということや︑また︑相続
一六九 −一遺産分割の効果についてー
一論 文一 一七〇
債権者も本来の一般担保たる相続財産を保持しなければならないということが︑その当然の帰結として要請されてく
る︒このことは遺産共有を合有とみることによってのみ可能である︒つまり︑ここでわたくしがいいたいのは︑相続
財産が包括財産として被相続人の債権者の弁済に対する=畦け琶鴨繁昌晦として保持されるべき性質のものであると
ハリロいうことである︒さらに︑相続人の責任を︑相続財産を限度とする︑限定された責任としてみることは︑ ﹁無限責任
主義から有限責任主義へ﹂と志向する相続人の責任に関する近代法の思想にも適合することになる︒もっとも︑わが ハけロ民法では︑無限責任主義を原則としているのでその実効性はないが︑︵立法上の問題であろう︶限定承認の効果はこの パ ロ理論をもって説明しえよう︒
このように︑遺産共有を合有として解するならば︑相続財産中の債務が︑たとえ可分給付を目的とするものであっ
ても︑相続開始之同時に分割されることなく︑遺産分割まで共同相続人全員に合有的に帰属し︑相続人の個人意思の
みで分割することは許されなくなる︒かくして相続財産を第一次的な引当とすることによって︑債権者保護がはかられ
ると同時に相続人の利益も考慮されえよう︵さらには︑遺産債務をめぐる共同相続人間の内部的紛争をも阻止することができ
よう︶︒なお︑可分給付を目的とする債権︑債務については︑分割債権説︵分割債務説︶︑合有的債権説︵合有的債務
︵認︶説︶︑不可分債権説︵不可分債務説︶︑等︑学説がわかれているが︑ここでは指摘しておくにとどめたい︒これらの問
題は︑重要な問題でばあるが︑本稿の主題ともやや離れるし︑別の機会にふれることにしよう︒
パぬロ ところで︑合有説に対して︑合有は本質的に前近代的・家産法的共同所有形態であるとの批判がなされている︒た
しかに︑合有の思想はゲルマン社会における家共同体から発足している︒こういつた家共同体の観念から︑こんに
ち︑合有の本質を特徴づけるのであれば︑家産承継的色彩を払拭し︑相続人を家共同体的拘束から解放した近代相続
法の原理に反することはいうまでもあるまい︒つまり︑相続財産を包括財産−︑包括財団一と考えると︑それに対
して合有関係にたつ各共同相続人は︑その団体的拘束をうけるから︑その法主体性と矛盾してくるわけである︒こう
いう意味からすれば共有説のほうが近代法に即応する理論かも知れない︒しかし︑他方では共同相続財産の実態は合
有として把握される︒そこで︑こういう矛盾があるとすれば︑それは近代相続制度それ自体のもつ矛盾一つまり︑
近代相続法が私的所有に基礎づけられているところの︑その近代的所有の私的性質に内在する矛盾の一つのあらわれ
として︑また︑こういつた矛盾を内蔵する相続法によって規整されている相続財産制度自体からくる矛盾として把握
できないだろうか︒これは相続の本質にからむ困難な問題である︒
さて︑それはともかくとして︑共同相続財産が包括財産として把握され︑その結果その所有形態が合有となり︑ま
た他方では︑合有が近代法の原理に反する家産法的共同所有形態として非難されておるとしても︑わたくしは︑ここ
において1二つの相反する理論にもかかわらず︑できるだけ相続財産の実態に即応するような法律構成がのぞまし
いと考えるので一︑その要請にもこたえられる近代的合有概念が構成されなければならないと思っている︒こうい
う意味において︑近時︑法技術的考慮にもとづいて︵近代的共同相続関係の整序のための技術概念として︶近代的合 めロ有概念を構成し︑その上にたって合有論を展開しようとする学説があらわれてきたことは注目に価する︒わたくし
は︑さきに指摘した合有説に対する批判の上において︑なお共同相続財産を合有とみてきたのであるが︑それは︑問
題の視角において︑相続財産の実態が包括財産であるかどうかの問題と︑相続財産をA口有として構成することが家産
思想の残滓であり個別財産制度をとる近代法の原理に反するかどうか︵それだから共有説をとらねばならぬかどうか︶の
問題とは︑別問題であるように考えられたからである︒とにかく︑矛盾は矛盾としても︑共同相続財産の実態に直視
一七一 一遺産分割の効果についてー
1論 文− 一七二
し︑その実態に即応するような法律構成をとることがもっとも希ましいと考えている︒
なお︑最後に︑現行民法の解釈上︑どうして合有説が正しいのかといった解釈上の問題が残されている︒具体的に
は九〇五条︑九〇六条︑九〇九条︑九一二条などの解釈は︑合有説の立場でのみ合理的に説明しうると思われるが︑
しかし︑これらの問題は前記本文中で簡単にふれてもきたことでもあるし︑つぎの問題として遺産分割の遡及効︵九
〇九条︶の問題がひかえているので︑ここでは省略することにしたい︒ W わが国ではすでに述べたように︑宣言主義による分割の遡及効の制度がとられている︒つまり︑遺産の分割が ︵おこなわれれば︑相続財産に対する共同相続人の共有関係は消滅し︑共同相続人は︑相続開始の時から︑各自にそれ
ぞれ分配された財産を︑直接■に被相続人から単独で承継したことになることである︒
ところで︑民法が遺産分割について遡及効を規定したのは︑いかなる理由にもとづくのであろうか︒この問題はす
でに旧法時代より争われてきた問題である︒すなわち︑旧法一〇二一条︵新法九〇九条本文︶が﹁遺産ノ分割ハ相続開
始ノ時二遡リテ其効力ヲ生ス﹂と規定していたことから︑この規定をめぐって合有説か共有説かが争われた︒とくに
この規定は合有説を支持する重要な根拠となっていた︒すなわち︑共同相続財産を共有であるとし︑相続人ば個々の
財産上の持分を共有持分としていちおう有効に処分しうるとしながら︑のちに分割によって遡及して無効とするより
も︵遺産分割が遡及効をもち︑分割の時までに相続人が個々の相続財産上の持分を処分した場合にそれが無効とされるならば︶︑
共同相続財産を合有財産であると解し︑相続人に個々の財産上の持分処分をみとめず︑はじめから処分を無効とした
ほうが︑取引の安全をはかりうるし︑理論上も合理的であるというにあった︒そして当時︑合有説はきわめて有力で
あった︒
新法もこれをうけて遡及効の原則を承認したが︑しかし新たに但書を附加して︑第三者の権利を害することができ
ないとした︒そこでこの但書の規定をめぐって︑共有説︑合有説がふたたび論議されるにいたった︒共有説はこれを
根拠として︑ ﹁但書の規定が附加されたことは︑分割前における個々の財産上の持分の処分が有効であるという前提 ︵邸︶にたって︑その効力が分割の遡及効によって害されないことを定めたもの﹂にほかならないと主張し︑このことは共
有説の立場にたってのみ理解しうるとした︒さらに︑合有説のように個々の相続財産に対する持分の処分を無効とす
ると︑分割によって単独所有に移る時期が第三者に明らかでない結果︑いたずらに第三取得者に不測の損害を与える
ことになるとし︑むしろ分割の遡及効を制限して第三取得者の権利を保護しようとするのが新法九〇九条但書の趣旨 ハカロであり︑これによって持分の処分を間接的に肯定しようとするのが新法の考え方である︑というのである︒柚木教
授・青山教授がこの見解をとられている︒
この学説とは逆に︑合有説を堅持し︑但書の意味を原則として否定する見解がある︒中川教授がこの立場にたたれ
︵留︶ている︒すなわち︑合有説をとると︑個々の財産上の持分を処分するということはありえないから︑それによって第
三者の既得権を害する可能性もないことになり︑合有性をつらぬいてゆけば九〇九条但書を設けたことも無意味だと
いわねばならぬ︑といわれるのである︒しかし︑解釈上但書の規定を無視することはできないので.この但書は︑相
続財産を通常の共有財産八分割前の遺産処分を制限する規定がなくしかも相続財産を一団として合有的に登記する方法もないの
で︶ と思って譲受ける第三者一善意者保護の規定だといわれる ︵たとえば︑相続財産が一筆の不動産だけの場合のよう
に︑相続分の譲渡が共有持分の譲渡と同じになるときには︑但書の規定が適用されるといわれる︶︒
つぎに︑第三の学説として︑合有説をとりながら︑但書の規定はそれとして︑そのままみと︑めていく学説がある︒我
−遺産分割の効果について一 一七三
1論 文一 一七四
︵詔︶妻教授がこの見解をとられている︒この学説によると︑相続財産上の持分処分は共同相続人相互間ではあくまで無効
であるが︑第三者に関するかぎり有効であるというのである︒すなわち︑民法には合有に関する規定がないために︑
第三者にとっては︑相続財産が合有状態にあるのか︑共有状態にかわったのかを判別する方法もなく︑また分割を促
進し合有状態を終了させる途もない︒したがって分割の遡及効は第三者の利益を害するおそれがあるので︑但書の規
定を設けて第三者の保護をはかったというのである︒いわば︑合有説と本条但書の立場の折衷説ともいえよう︒もっ
とも︑この学説が︑但書の規定は立法的に改廃されるべきものである︑と指摘していることは注目に価する︵﹁本条但
書は︑相続の理想に反するものであるから︑第三者保護の制度は別に考えることを条件として︑この但書を削除すべきものであろ
う﹂といわれているからである︶︒
なお︑我妻教授の理論とはその理論構成を異にするが︑その結論をほとんど同じくする学説がある︒一般に︑対外 ︵釦︶共有対内合有説といわれている学説であって︑有泉教授によって主張せられている︒すなわち︑対内的には︑相続分
︵全相続財産に対する持分を指す︶は︑個々の財産の持分として具体化されていないから︑個々の財産上の持分とし
てはこれを処分することができないとされ︑しかし他面︑このような内部的制約︵持分を処分できないという制約︶
を︑対外的に主張できるほどの規定が法制上そなわっていないから︑第三者はいちおう相続分が相続分の割合で持分
で具体化しているものとみなし︑その結果として相続人から個々の財産上の持分を譲受けた第三者は︑その権利を保
護される︑といわれるのである︒
以上︑学説の動向を概観してきたが︑はたしていずれの学説をもって妥当とすべきであろうか︒この問題は︑結
局︑遺産の分割について︑共同相続人を保護すべきか第三者を保護すべきかという︑根本的な問題である︒
まず︑共有説の立場からすると︑但書の規定は絶対的であり︑合有説とは全く相容れないことになる︒共有説で
は︑但書の規定を分割前における第三者の権利の取得tこれは裏からみれば個々の相続財産に対する持分の処分を
前提として理解されうるtとしてみとめているからである︒しかし︑すでに指摘したように︑共同相続財産の本質
が合有であること︑また︑解釈上からいって︑とくに被相続人の債権債務が相続によって分割されるとすることが不
都合なこと︑などからして共有説には賛成できない︒また︑遺産分割が宣言的効力をもつのは︑遺産が分割という共
同目的のために結合された財産とみられることからのみ理解されうるし︑普通の共有なら分割は移転的効力をもちう
るにすぎないからである︒この点からしても共有説に賛成できない︒それならば合有説のなかでも︑中川教授のよう
に首尾一貫して︑あくまでも合有説を貫き但書の意味を否定的に解すべきであろうか︒たしかに︑共同相続財産は合
有財産であるとみるかぎり︑その持分処分を無効と解さねばならない︒しかし︑合有説をとっても一またその理論
が首尾一貫せるものであっても一これほどまで但書の規定を無視するのはどうであろうか︒教授は︑通常の共有財
産と思って譲受ける第三者のようなもの一善意者保護の規定iを保護する規定であるといわれるのであるが︑実 ︵魏︶際には相続財産を相続人の固有財産と思って譲受けるような第三者もあるのだから︑これほどまでに無視して解釈
することもないように思われる︒合有説をとりながら但書の規定はそれとしてみとめてよいのではなかろうか︵もち
ろん︑但書の規定をいちおうみとめるにしても︑どの程度みとめるのか限度の問題がある︶︒こういう意味では︑我妻説の結論
に賛成したい︒つまり︑合有関係を公示したり規律する規定がない現状では︑合有から分割によって単独所有へと移
行する時期が明確でないので︑第三者に不測の損害を与えるおそれがある︒そこで但書の規定は︑こういう弊害を除
去するためにみとめられた︑法技術的考慮の上にたっての全くの便宜的な規定とみるべきであろう︒こう解すること
1遺産分割の効果について一 一七五
一論 文− 一七六
︵招︶は︑但書規定の制定の趣旨︵合有理論を法文上に現わそうとすると︑相続の一般的効力について規定を全部改め︑かつ個々の相
続財産の上の持分処分禁止を公示する方法等を講じなければならない︒そうでないと取引の安全を害するおそれがある︒しかし︑
かような根本的改正をしないかぎり︑むしろ分割遡及効を制限して取引の安全をはかったほうが得策だというのが改正の趣旨だっ
たといわれている︶ にも適合するものと思われる︒ いずれにしろこの但書の規定は︑将来改廃されるべき運命におか
れているものといえよう︒
なお︑一般に対内合有対外廷有説といわれている学説についてみると︑この学説は︑﹂見︑実情に即したきわめて
合理的な解釈のようにみえるが︑しかし︑この学説が主張する︑対内的に持分の処分をみとめず︑対外的に持分の処
分をみとめることは︑結局︑合有の本質から遠ざかるものであり︑かつまたその理論構成において首尾一貫しないも
のがあると思われるので︑賛成することはできない︒また︑対外的にせよ︑理論上持分処分をみとめることは︑もは
や正しい意味での合有説とはいえないであろう︒
︵1︶ コ御三◎ど↓り巴a色ぴ目窪一包3αoα3詳〇三ど8ヨ︒ω一︵一〇㎝一︶マOoo9切四民貫き雪目戯言ユPギ曾一ωαo母︒穽
oぞ芦8ヨ︒国︵一〇〇Qoooyマbo器︐
︵2︶=雪一〇ド︒戸鼻pOoo①︑
︵3︶ ω弩O屯・■8四三ぎ︒ユPoO︒9fP認ド勺冨三〇γo層︑9fマOoo9 原田慶吉・日本民法典の史的素描二一二〇頁︑柚木
馨・判例相続法論二一九頁︒
︵4︶ 原田・前掲書二三一頁︒
︵5︶・︵6︶頃四民員白8き寓話ユ90ロ﹄FPboboω︸
︵7︶ 柚木・﹁共同相続財産の法的性質﹂家族法大系相続1一五九頁︑柚木教授は︑さらに︑分割における平等の理念がこれに
よって保障されたという事実を無視しえないとされ︑平等は分割の魂︵一︑節目︒αoωロ巴言口畠︶ であると︑フランスでは考
えられていたからである︑といわれている︒
︵8︶・︵9︶ 来栖︑三郎・﹁共同相続財産について﹂・法学協会雑誌五六巻五号五一頁以下参照︑原田・前掲書二三一頁︒
︵10︶ 柚木・前掲論文一六〇頁︑木村健助・仏蘭西民法皿︵財産取得法︶二三二頁参照︒
なお︑分割の宣言的効果は︑法律上の擬制︵陰9δロ︶なのであるから︑できるだけ解釈に際しては拡張的になること筏さ
け︑縮少的に解釈きれることが主張されている︵柚木・前掲箇所︑柳川勝二・日本相続法註釈上巻六五八頁参照︑ω四&蔓・
い四〇四目什﹃oユ90マ9什bo8■︶︒
また︑ 遺産の分割に宣言的効力をみとめるのは︑便宜上の規定であるから︑法律上の擬制にほかならない ︵ゆきα二・−
い節8彗ぎ︒ユPo戸︒罫P8bo■︶︒ しかし︑この擬制説に対して反対説がある︒すなわち︑各共同相続人は遺産分割前に・・国
っては︑物の真の所有者ではなくて︑まだ︑条件付所有者である︒したがって︑分割によって自己に帰属すべきものについ
ては停止条件付 ︵8コ良ユ︒垣霊目窪巴話︶ の所有者であり︑他人に帰属すべきものについては解除条件付 ︵8廿α三〇コ
敏8ピ8冒︒︶の所有者となる︑というのである︵℃﹃巨OンO戸9fマOO9︶︒
きわめて巧妙な解釈といえるが︑別段︑根拠があるわけでもないので︑分割の宣言的効果は︑法の擬制と解すべきものと
思う︒わが国でもほとんどの学者は擬制として理解している︵中川善之助・民法大要二三九頁︑中川編・註釈相続法上︑︑し
一二頁︵加藤一郎︶︑柚木・前掲論文一六〇頁︑柳川・前掲書六五七頁等︶︒
︵11︶ 石田文次郎・合有論︵民法研究第一巻所収︶︑﹁遺産の共同相続﹂ ︵家族制度論集V相続所収︶︑来栖三郎・﹁共同相続財
産について﹂ ︵法学協会雑誌五六巻二︑三︑五︑六号︶︑近藤英吉・﹁共同相続の本質と営業の共同相続﹂ ︵法学論叢三瓦巷
二号︶︒
︵12︶ 石田・前掲遺産の共同相続二一六頁参照︒
1遺産分割の効果について1 一七七
一七八−論 文−−
︵B︶田実■親族籍藝︵改訂版︶天一責.もっとも︑共有説をとら馨串教饗︑近代法的に構成されを.有なら
ば︑それは実は共有の変形・修正であるといわれる︵中川編・註釈相続法上二一一八頁く山中康雄V︶︒
︵M︶旧法時代においては・共有説が通説であった.たとえば︑梅謙次郎良彙蓉之五︑二二頁︑柳川.鶉書八︒頁︑ 牧野菊之助・日本相藝論二甚頁等・近鷺おいて︑共有説をとる学者として︑青山道夫教授︵相続法6︒頁︑家族
法論元三頁以下︶極木教授︵鶉童目天四蚕下︶︑串教授︵中川編.註釈相続法上亟ハ蚕下共同所有萸吾以
下︶・がある・隻巷説をとら紮がら立法論として合有説皇薯られるのに福島四郎教授︵相続法九四頁︶.穂積重
遠博士︵相続法第一分冊二一六頁︶中川監修・註解相続法六一二頁︵島津︶がある︒
旧法時代においては判例も嚢︑共有説厳いてお2.すなわち︑﹁口⁝−複数の相続人に依る共同遺産相続に於ける
共同所有関係を以て個々の財産上に於ける共有に非ずして相続財産全体の上に於ける合有乃至特殊なる共有関係なりと解す
るに於ては各喬相続人播々の財産上に鏡実の砦持分著せ︑旨こととなり従って何等之が処分の権利乃至権限なき
ことなるべく⁝共同相禽係窪律的性癌之畜の如く解文き罪ずして通説の如く個々の親財産上の通常の雰
的共有なりと解するを妥当とす⁝﹂︵書院判︑昭和ニハ・三⁝二・判例体系暴︑相続一二九一︑一二九二頁︑同趣旨︑
大判大九・一二・二二民録二六輯二〇六二頁︑大判昭五・一二.四民集九巻一一一八頁︶︒
なお︑これら学説・判例の変遷については甲斐道太郎助教授の論稿︵共同相続財産︑民法演習V︑一六六頁以下︶がくわ
しい・甲叢教授はぞの理論幾として鐘・有説のほう萌快であをとを毳毳つつも︑近代的所有権法の構造から
して共有説を主張せられている︒
︵15︶ 青山・相続法一〇〇頁︒
︵16︶ 柚木・前掲書一八四頁︑山中・共同所有論八七頁等︒
︵17︶ 青山・前掲書一二〇頁︑柚木・前掲書二二二頁等︒
︵B︶ ごく最近の判例もまた︑共有説に従っている︒その要旨を摘示しておこう︒﹁相続財産の共有は凸民法改正の前後︑牟︑通
じ︑民法第二四九条以下に規定する共有とその性質を異にするものではない︒遺産の共有および分割に関しては︑共有に関
する民法二五六条以下の規定が第一次的に適用せられ︑遺産の分割は現物分割を原則とし︑分割によって著しくその価格を
損する震れがあるときは︑その競売を命じて価格分割を行うことになるのであって︑新民法九〇六条は︑その場合にとろべ
き方針を明らかにしたものに外ならない﹂と判示した︵最高判・昭三〇・五二一二最高民集九巻六号七九三頁以下︶︒
なお︑この判例については福島四郎教授の判批︵判旨に賛成︶がある︵民商法雑誌三三巻四号一〇九頁以下︶︒ これとは
逆に︑合有説をとった下級裁の判決があるので︑これもここで示しおこう︒ ﹃民法第八九八条は︑ ﹁相続人が数人あるとき
は︑相続財産はその共有に属する﹂と規定し︑通常の共有なる文字を用いているが︑相続の性質からすれば分割前における
遺産の共有は︑共同相続人が相続財産全体の上に各自の持分に応じて権利義務を有するいわゆる合有の意味に解するのが相
当であり︑このことは相続債務についてもまた同様である﹄ ︵大阪高判︑昭三二・七・一二下級民集八巻七号一二五八頁︶
と判示した︒注目すべき判決である︒
︵19︶ O一〇爵90器留三ω昌昌℃ユ毒茸8﹃切身H一・ψOR←玉田弘毅・﹁遺産共有の理論﹂・法律論叢三三巻五号二二頁︑藪
重夫・﹁一七七条の第三者﹂民法演習亜二〇頁︑石田・前掲︑ ﹁遺産の共同相続﹂一二七頁による︒
︵20︶ 来栖三郎・前掲論文︵法学協会雑誌五六巻六号七六︑七七頁参照︒ この点︑ギールケによれば︑ ﹁Oo雷自誓雪αの原則
の支配するところ︑主体の自己の為にする存在を排し︑常に人法的結合︵罵誘︒昌ゆ謹09芸9<巽評コ3ロ犀05 を生身︑し
め︑其の範囲に於て共同者は共同体︵勺︒お80器冒富δを形成する︑従って共同者は独立にでなく︑其の結合に於て一緒
に叉は共同に権利を有し義務を負う﹂とする︵来栖・前掲箇所︶︒
ところで︑サレイユによれば︑ドイツにおける頓︒脇目什Oコ鵠節目αの概念は︑ドイツにとってのみ新らたであり︑固有な
ものでなく︑古代フランスにおいても︑小さな家族的共同団体︵家族的組合︶にみとめられた概念であり︑また初期の商業
−遺産分割の効果について一 ︐ ・ 一七九
一論 文− 一八○
組合においてもみとめられる︑といっている ︵ω巴〇三〇辞い︒のOoおO口口︒ω一直ユ良磯ロ︒ωα節昌ωざoOα①o一<一一巴ぎ一ロコα
︵一〇8yP鴇6P 拙稿・﹁権利能力なき社団の法律関係について﹂︑法経論集︵静岡法経︶二号五五頁︶︒
︵21︶ 川島武宜・民法皿一五八頁︑藪・前掲論文一九・二〇頁参照︒
︵22︶ この持分は︑遺産分割という共同目的に充てる財産のなかにおける不確定な持分とでもいいえようか︒
︵23︶ 柚木・前掲論文一六五頁参照︑柚木教授はこの論文においてドイツ民法における共同相続財産制度を克明に論じてお.hれ
る︒︵24︶ もっとも︑この点について︑共同相続財産が包括財産を構成し一体として合有の目的物になるかどうかについては︑回し
合有説をとる立場においても︑肯定説︵たとえば︑中川・前掲書二二三頁︑川島・前掲書一五七頁︶と否定説︵我妻栄・民
法大志下五八一頁︑我妻H立石・親族法・相続法コンメンタール四一五頁︑舟橋諄一・物権法︵法律学全集︶一六六頁︶と
にわかれている︒否定説のいうところは︑﹁遺産全体の上に共有が成立.りると解する方が︑相続財産に対する共同相続人の
地位を示すのに一層適切であるが︑民法は遺産というような包括的なものを目的とする権利の成立は認めない立場をとって
いるから︑こういう観念を認めることは無理である﹂という点にある︒この立場からすれば遺産に属する個々の権利義務に
ついて合有関係が成立することになるが︑合有説をとる以上︑包括財産と解したほうが理論的には明快と思われるので︑否
定説には賛成できない︒
なお︑相続財産が包括財産を構成するかについては︑泉久雄助教授の﹁特別財産としての相続財産と包括承継﹂︑︵専修大
学論集一九号一六頁︶を参照せられたい︒
︵25︶ 中川・前掲書二三七・二三八頁参照︒
︵26︶ 我妻H立石・前掲書四四三頁以下参照︒
︵27︶ 泉久雄・前掲論文をみよ︒もっとも︑相続財産を包括財産としてみることに反対する学説がある︒青山教授.山中教授
は︑相続財産は権利義務の集合であり一箇の物とはみられないとし︑相続財産を客体とする共有権は成立しないとされる︒
この場合の共有は︑相続財産を組成する各個のものまたは権利の共有を意味するとされる ︵青山・前掲書一〇〇頁︑中川
編・註釈相続法上二二五頁く山中V︶︒ 玉田氏は︑相続財産を社会的経済的側面から把握され︑相続財産は︑価値の偶然の
集積︒ぎ弩建=蒔巽=讐3昌<op毛︒昌︒コにすぎないから︑本来︑被相続人の死亡とともに︑当然︑互解してしまう性質
のものであるとし︑こ.りいった相続財産の社会経済的格を性そのまま法的構成の上に反映させ︑相続財産が相続開始と同時
に個々的な持分として各相続人の固有財産に没入してしまえば︑分割相続の原理は本来貫徹される︑といわれる︵前掲論文
一.︑一︑︑一頁︶︒ しがし︑こんにち民法が個別財産制度をとっておるにせよ︑また︑相続財産の社会的経済的性格がそうだからと
いって︑その法的構成をそれに即応したように扱わねばならぬ理論的必然性はないと思う︒共同相続が遺産分割を窮極の目
的とし︑遺産分割が遺産全体に対しおこなわれるかぎり︑相続財産を目的財産︵包括財産︶として理解すべきであろう︒
︵28︶ 泉久雄・﹁遺産債務の性質﹂勝本通歴現代私法の諸問題九九頁以下︑ ﹁共同相続人の責任﹂法学一八巻一号六五頁以下︑
藪重夫・﹁債務の相続﹂︑中川還暦家族法大系相続−二一九頁以下︒
︹29︶ 玉田・前掲論文二八頁︑来栖・前掲論文︑法学協会雑誌五六巻三号五〇八頁以下︑柚木・前掲論文一六四頁参照︒
なお︑玉田氏は︑この点について︑遺産債務者の保護というだけでは︑合有制の方が共有制よりも必らずしも合理性があ
り︑すぐれているとはいえないとされ︑遺産共有制の場合に︑債権債務をつねに給付が可分であるかぎり当然分属しなけれ
ばならない理論的必然性はなく︑給付が可分か不可分にかかわらず︑つねに︑不可分債権不可分債務とすることが可能であ
り︑またそう解すべきであるとされる︵前掲箇所︶︒ この理論にはいささか疑問がある︒遺産共有説をとるかぎり︑共有理
論に徹して理論を展開すべきであって︑玉田氏はつねに給付が可分であるかぎり当然分属しなければならないという理論的
必然性はないとされるが︑論理の飛躍があると思われる︒もし︑この理論が法技術的考慮にもとづくものであるならば︑そ
れは便宜論となってしまうであろう︒わたくしは︑その理論構成からいっても遺産合有制のほうが首尾一貫しておりすぐれ
一遺産分割の効果について一 一八一
一八二1論 文一
ているといえるの一.Lはないかと思っている︒
︵30︶ 泉・前掲﹁遺産債務の性質﹂一〇二頁参照︒
㊥あ磨ついては・川崎秀司ら限定承認本則論考﹂発法学会雑誌喜一一六掻下︑同.﹁相続人の責任歯する学説
と制度の動向﹂私法学の諸問題e一六三頁以下をみよ︒
︵32︶ 泉・前掲論文一一〇頁参照︒
遺産合有説の趣旨を現実化するためには︑共同相続規定中に少なくとも︑限定承認︑第一種︑第二種財産分離の程度の清
算に関する規定が整理されていることが必要であるといわれている ︵玉田・前掲論文一二〇頁︶︒ この理論はともかくとし
て︑共同管理および遺産分割にかぎり︑共同相続財産が︑目的財産を構成するものであれば︑これにも︑組合財産や相続財
産におけると同じく︑目的財産に関する一般的法理が適用されるという理論がある︵於保不二雄.﹁共同相続財産における
遺産の管理﹂家族法大系相続H九八頁︶︒注目に価する︒
︵33︶ この点については︑藪・前掲論文二一二頁以下︑甲斐・前掲論文一七一頁以下︑谷口知平.﹁可分債権と共同相続による
分割承継﹂︵民商法雑誌三巻三号三9一頁以下をみよ.なお︑ここで諜霧︵とく笥分給付茜的とす店務︶の共
同相続について判例・学説の動向のみ略記しておこう︒
分割債務説一通常の共有とみる︑判例の古くから支持する見解である︒可分債権の場△口と同様に︑ ﹁被相続人の金銭債
務その他の可分債務は法律上当然分割され︑各共同相続人がその相続分に応じて.︑れを承継するものと解すべきである﹂
︵最高判︑昭三四・六・一民集一三巻六号七五七頁︶︒
合有的債務説11いわゆる合有説の立場にたって︑遺産全体を引当とする債務の合手的帰属を生ずるとするもの嫉一︑ある
︵川島・民法臼一六五頁︑中川・前掲書二一二頁︑我妻・民法大意下五八一頁以下︶︒この立場に賛成である︒なお︑合有説
のなかにも債務については分割説をとるものもある︵石田・前掲﹁遺産の共同相続﹂一三二頁︶︒
s可分債務説−近時の共有説がとる立場である.債薯の死亡の輩生ずる債権者の不利益を考慮して︑可分債務を遺
産分割にいたるまで・鵠とし采寡髪毒てうとする学説である︵葉.前掲書一八五頁以下︑青山.鶉董Ω二
頁︶£︒九条但書を論拠として・砦説をとりながら︑可分債務を遺産分割まで不可分霧とみることは︑まったくの便
宜論であって理論上一貫性を欠いている︒この学説には賛成できない︒ なお・当然分裂嵩鵠な優箸寄れる学説として︑中川︑響蘇霧塗・合︵島婆郎︶︑田実.前曼口︶
がある︒
︵鈎︶ 柚木・前掲書一八四頁︑山中・共同所有論一〇一二︑四頁︒
︵鉤︶有畢加筆相続下ニハ五頁︑磯村哲・﹁霧と責任﹂︑民法演習皿δ頁.
蓼垂︶集・前書三二頁⊥二面頁︑同・鶉論客套1究頁︑青山.鶉書二九︑一二︒頁︑同.身分法
概論二八六頁︒
︵38︶ 中川・前掲書二四五頁︒
︵鈴︶我雫立石・鶉コンメンタLル四︷−里ハ頁︑四五一丁四五一二頁︑我妻.民法大意五八四去八音︑加藤一郎教
授もこの立場に賛成せられている︵中川編・註釈相続法上二〇八頁︶︒
︵⑳︶なお・あ点につき・鷺助教授は︑登記製の需から考察せられている︵原註義.﹁遺産分割と登記手続豪族法一
体系相続皿三四頁以下︶︒
︵41︶ 有泉・相続法二六一二九頁︒
︵姐︶あ場合の第三誕ついての問題であるが︑財産権叢得し垂︑著の権利を保護する場盒おいては︑その財産権が対 抗要件を要するときは冠抗要件が具讐れている場合のみ保護をうける︑と解するのが疲のようである.し慕って︑
対抗要件に公信力が認められている場倉は︑そのかぎりでは第三者保護はもちろん問題と警急い.鷲︑この場合問
一八三−遺産分割の効果についてー
一論 文f 一八四
題となってくるのは︑登記を対抗要件とししかも登記に公信力がみとめられていない不動産についてであると思う︒
︵娼︶ 我妻・改正親族・相続法解説一七八頁参照︒
一一
鼈竡Y分割のその他の効果一補論一
いままで︑遺産共有説︑遺産合有説の再検討をかねながら︑本稿の主題ともいうべき︑遺産分割の効果のひとつと
しての分割の遡及効の問題を︑不充分ではあったが考察してきた︒そこで︑さらに︑遺産分割の効果として︑民法に
規定されている︑ ﹁相続開始後に認知された相続人の地位﹂と﹁共同相続人間の担保責任﹂との問題をあっかわなけ
ればならないわけだが︑本稿の主題は︑あくまで上記の問題にあるゆえ︑これらの問題は︑本稿での補論として述べ
ることにしたい︒述べるにあたっては︑この問題のなかにそう大きな問題が伏在していないようなので︑わたくしな
りに問題と思われる点をピック.アップして︑それについて検討を加えることにとどめた︒したがって︑案外︑大き
な問題を落しているかも知れないが︑もしあったとしたら︑それらの問題は後日の機会にゆずらせていただきたいと
思う︒ ︵1︶ 相続開始後に認知された相続人の地位
被相続人死亡後に︑認知によって相続人となった者の︑遺産分割請求をいかにとりあつかうべきかが︑本項の問題
である︒この問題は︑すでに︑旧法下において︑たとえば︑認知の遺言書があとになって持ちだされた場合や︑認知
訴訟の繋属中に相続が開始した場合におきておった問題であった︒しかし︑当時においては︑被認知者を保護する規
定がなく︑かえって旧八三二条の但書の規定によって︑遺産分割後の被認知者はなんらの権利をももたないとされて