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福島大学学術機関リポジトリ

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(1)

一地方都市近郊がかかえる教育問題と課題1 六〇

地方都市近郊がかかえる教育問題と課題

1田村郡三春町を中心にして一

は じ め に  高校、大学への進学率向上にみられるように、近年、教育にたいする期待と要求は、増大の一途をたどるにいたってい る。とくに、旧三春町は藩校︵明徳堂︶についで学塾の正道館を擁し、さらに、旧制三春中学校・田村中学校︵現、田村 高校︶等を教育機関にもつなど、早くから教育に高い関心をよせるところとして知られている。  しかし、現三春町︵一九五五年四月、中郷村、沢石村、要田村、御木沢村、中妻村、三春町が合併︶は、児童・生徒数 の激減や高校進学率の相対的な低下など、今後の教育施策上かなり深刻な問題をかこうにいたっている。  そこには、地方都市﹁郡山﹂ ︵一九六三年に新産都市の指定をうけ、一九七七年人口二六九、八○○人の商工業都市︶ に隣接し、その影響もまた大きい。ここでは、一九七七年におこなった調査によって、このような地域のかかえる教育状 況を報告しつ?主として、教育の諸条件を整備していく上での問題と今後の教育施策上の課題について若干の考察をお

(2)

十  表1 幼稚園,保育所別入園・入所率

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3・2歳児 i 計

1976

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9761197711976

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25012591212

86.8%19L8%178・2%

第1保育所

第2保育所

中妻保育所

滝特別保育所 中郷南特別保育所

沢石児童館

就業改善センター

特別保育所

小計(%

/・−入所率 入国・入所児総数 入園・入所率 1地方都市近郊がかかえる教育問題と課題1 こないたい。

三春町教育の概況

一、 c稚園・保育所の普及状況  三春町の各小学校一年生在籍児のうち、幼稚 園または保育所で保育された児童数の推移︵一 九七四∼一九七六年度︶は表2のごとくであ る。学校間でバランスを欠いていた保育経験児 が年度ごとに増加・調整されている。さらに、 表1で明瞭なように、一九七七年度の五歳児入 園・入所率は九一・八。パーセントに達し、幼児 保育が全町にゆきわたっていることを示してい る。 二、学校・学級、児童・生徒数の推移  表3ならびに図1∼3でわかるように、三春 町の児童・生徒数は一九六〇年度︵小学校︶お よび一九六五年度︵中学校︶をピークとして下 降しつづけてきている。一九七七年度とこれら       六一

(3)

表2 小学校1年生在籍に占める入園・入所者率の推移

学校名

三春小

岩江小

御木沢小

中妻小

鷹巣小

中郷小

沢石小

要田小

年度

1974 1975 1976 1974 1975 1976 1974 1975 1976 1974 1975 1976 1974 1975 1976 1974 1975 1976 1974 1975 1976 1974 1975 1976 小学校 1年生 在籍児 (A) 149 157 154

114

322

幼 稚 園 (公・私立)

人数入園者率

(B)(昊)・ 保 育 所 (公・私立)

人数

(C) 130.9%1 87  43.3    73  40.3    91 46 68 62 入所者率 (芸)

家庭保育

104

1n∠2

401121

35.0 95.0 100 3 15.0 ヒ 18!  121 20:  10

171 11

1 70.0 50.0 65.0 1 1

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479

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 97.1  13.8   3.0 11 6.0 114.・ 26 80.0 」一 ノ、

(4)

表3 学校・学級及び児童・生徒数の推移 1地方都市近郊がかかえる教育問題と課題一

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3話…3惣31111 ※上欄一学級数,下欄一児童生徒数  増減は小学校1960年と1977年の比較(▲印二減)  中学校1965年と1977年の比較

(5)

図1

小学校児童数の変化

(児童数) 1600 1500 1400 1300 1200 1100 1000 蜘 500 400 300 200 100 妙      0  三春小一  中郷小一 中妻小一       沢石小

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195519601965 1970197519771978 19791980(年度) 1地方都市近郊がかかえる教育問題と課題− 山ハ

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(6)

一地方都市近郊がかかえる教育問題と課題1 山ハ

図2 中学校生徒数の変化

(生徒数)  1000 goo 800 .700 600 500 400 300 200 100  三春中一 岩江中

 中郷中一 沢石中

r拝 1955 1960196519701975197719781979 1980 1981(年度)

(7)

のピーク時とを比較した減少数は表3のとおりであり、小学校児童の減少率は五 ○パーセント、中学校生徒は四 (星翻 600 500 400 300 200 100 図3  学校組合立学校の児童・生徒数の変化   要田小一

要田小北成田分校 1955 1960 1965 1970 1975 1977 1978 1979 1980 1981(年度) i地方都市近郊がかかえる教育問題と課題1 山ハ Rハ ↑

(8)

七パーセントの減少率である。とくに、小学校では、三春小学校区を除いてすべて六〇パーセントをこえる減少率を示 し、今後の児童数推計も鈍化ながら下降している。  このようないわゆる過疎現象は、こんにちの農山村に一般的であるといわれているが、旧三春町近在の地区が明治初期 以来戦後の一九五〇年代まで一定の人口でほとんど変動をみることなく推移してきた事実︵たとえば、旧鷹巣小学校沿革 誌によれば一八八○年㈹以降一九五〇年ごろまでほとんど児童数は一定であった︶にてらすとき、この児童・生徒数の激 減は未曽有のことといわねばならない。 三、中学校卒業者の進路状況一とくに、進学を中心にi        爆軋  モ椋落掛暮疎S旛糠・無爵講鵡

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(9)

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(10)

福島県及び田村郡内中卒者の進学・就職率推移と三響町中卒者の比較 表5 1976 進学率降職率 84.7%t g.3%    1975

進学率1鵬率

8L6%110・9%184・7%1り・〕 64.9124.3169.娼21.2     1974

進学率隙率

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田村郡

17.4 73.2 18.5 70.0 25.1 67.2 27.8 67

三春町

※進学率は公私立高校(高専・高校本科・定時制も含む)への進学率で  就職進学率,各種学校進学率を含まない。 ※福島県の統計は『県学校統計要覧』による。  田村郡の統計はr学校基本調査』による。 1地方都市近郊がかかえる教育問題と課題1  三春町の各中学校生徒のここ数年における進路状況は、表4のとおりであ る。学校によって若干の出入りはあるものの、ほぼ、高校進学率は上昇し、就 職率は低下傾向を示している。  しかし、表5であきらかなように、進学率でみると県内最低位にある田村郡 の平均進学率よりは高いが、県平均進学率に比してどの年度も一〇パーセント 余下まわっている。なかでも、中郷中学校、沢石中学校は、一九七七年度にい たっても、なお、それぞれ六二・七パーセント、六六・七。パーセントで一九七 六年度の田村郡平均進学率にも達していない。  さて、一九七三年度から一九七七年度の三春町中学校卒業者の高校別進学状 況は表6のとおりである。一九七七年度高校に在籍している数は中途退学者が ないものと仮定して九三四名︵就職進学者、各種学校在籍者を除く︶である。 そのうち、公立高校︵国立工専も含む︶在籍者は六四六名︵県外進学者三名を 除く︶で六九・二。パーセント、私立高校在籍者は二八五名で三〇.八パーセン トである。福島県の公私立高校在籍比率が約八六対一四パーセントであるか ら、これにくらべると三春町中卒者の私立高校在籍率は二倍以上でかなり高い といえる。  他方、一九七七年度高校に在籍していた生徒のうち、地元の三春町︵田村高 校︶に通学している高校生は三二三名の三四・六パーセントにすぎない。その

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(11)

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   一地方都市近郊がかかえる教育問題と課題−      七二 ってなお地元から進学者が増えたのである。これは、隣接する郡山市に県立郡山高校︵男子普通課程一学年二八五名︶が 新設された影響と考えられる。すなわち、郡山市内の中卒者が田村高校へ一九七五年度一二五名、一九七六年度一九五名 も入学していたが、一九七七年度は九四名に激減している。ちなみに、郡山高校の入学者は、二八五名のうち一〇名を除 く二七五名が郡山市内の中卒者で占められたのである。しかも、郡山高校の新設は、かならずしも新増設ではなく、郡山 工業と郡山西工業高校の統合︵郡山北工業となる︶による所産でもあるが、普通課程への進学をのぞむ風潮を反映して、 その影響の大きいことを示している。 四、社会教育等の活動状況  町内の社会教育施設としては公民館があるが、一九七〇年度に新設された三春町公民館を本館とし、他の六地区にある 公民館はすべて分館になっている。本館の施設・設備に比して分館は、農協や児童館と併設されていたり、旧駐在所・役 場からの転用施設であったり、中学校施設の一部を間借りするなど、ほとんど設備もなく、常時、社会教育活動を展開し うる施設にはなっていないといえよう。  しかし、地区管理による部落館︵集会所︶が町内に五四もあって古くからの地区民の集会場所として活用されているこ とは注目される。  他方、社会体育施設としては、清水と貝山地区に町営プールボあり、さらに、町営グラウンド︵総面積一九、二六〇 ㎡︶と町営野球場︵総面積二〇、OOO㎡︶、グラウンド管理棟、武道館等がある。  三春町の社会教育等の展開は、公民館事業を中心にスポーツ、芸術文化、文化財保護等多彩である。一九七六年度の公 民館が主催ならびに関係した事業、行事実績を概観しても、町内各地区での家庭教育学級、高齢者学級、文化財婦人学 級、文化祭、成人式、総合美術、生花、園芸、老人作品、婦人手芸等の展示会、町内駅伝競争大会、町内婦人会連絡協議

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寓齢者学級等の開催状況(1976年度) 表7 考 備 }三春町全町より募集 老人クラブより募集    〃    〃    〃    〃    〃 学習時間   51 49 Q7 R4 R9 R2 S8

学級生類   56

学級数

秒605050弱55お

学 級 名 明徳大学(1年)  〃  (2年) 岩江高令者学級 中妻  〃 中郷  〃 要田  〃 沢石  〃 御木沢 〃 会、運動会、早起き歩こう会︵年七回、四七五名参加︶、町内スポーツ少年団 合同研修会︵四団体七九名参加︶、スキー教室︵二一〇名参加︶等を開催して いる。なかでも、町内六地区で開催してきた乳幼児学級と三地区の家庭教育学 級は文部省の補助金対象で他の二地区の家庭教育学級は自主学級として開設さ れ、一クラス平均三五名の参加で年間約二〇時間の学習を行っている。また、 社会変化の学習や健康管理、文化財研修、奉仕活動、研究発表、趣味と園芸等 を事業内容とする高齢者学級も工夫された活動として注目される︵表7︶。  ともあれ、公民館の開館日数は年間三四四日でその活動意欲がうかがわれ る。また、社会教育等施設の利用人員は、年間三八、六一六人に達してい る。これは三春町人口の約二倍に相当する。また、旧三春藩を擁していた土地 柄もあって史蹟にめぐまれ、それだけに文化財の保護.保全活動も活発であ る。 ﹃三春町史﹄編纂事業とあいまって資料・博物館建設の世論も高まってい る。  しかし、他方、社会教育等の活動が旧三春町に限られがちなことと青年学級 等に代表される町内青年の組織的・継続的な学習活動があまりみられない、な どいくつかのアンバランスも目につく。 1地方都市近郊がかかえる教育問題と課題一 七三

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士 一地方都市近郊がかかえる教育問題と課題1 七四

二三春町教育の課題

 三春町の教育は、それ自体の活動に大きな問題をかかえるものではなく、むしろ、社会・経済的基盤の変動による児 童.生徒数の激減や高校進学希望のバランス充足等にみられる外的要因にどう対処していくかが大きな問題となってい る。したがって、ここでは、それらの基盤の充実・安定を今後の町政施策に期待しつつ、教育施策上の当面の課題につい て若干の考察をおこないたい。 一、幼児教育の課題  すでに前節であきらかなように、三春町の五歳児の入園・入所率は九一・八パーセントにおよんでいる。したがって、 町内のほとんどの子どもたちは、就学前の集団保育経験をへて小学校に入学することがみこまれている。  施設的にみれば、旧三春町と岩江地区に私立幼稚園と公立幼稚園がそれぞれあるだけで他はすべて保育所であり、その 保育所もまた他の施設との併用であったりして、かならずしも十分でない。もちろん、一小学校区に一つ以上の幼稚園を もち、かつ、必要な保育所もあって、希望者全員が入園・入所できることがのぞましい。しかし、特別保育所等他施設と の併用であっても、三春町が工夫、努力している現体制をすくなくとも維持しながら、必要な整備、改善をおこなうこと であろう。  むしろ、問題は幼稚園および保育所の教育︵保育︶機能をどう充実、改善していくかである。 一般に幼稚園と保育所 は、その所管が異なることによって目的も内容も異にするかのように理解されている。すなわち、幼稚園は教育機関であ って教育を目的・内容とし、保育所は児童福祉施設であって保護・保育を目的・内容とする、というようにである。法の 形式からいえばそうであるが、幼稚園児も保育所児も、ともに教育︵保育︶を十分保障されねばならない対象児に変りは

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ないのである。それゆえに、それぞれの内容基準を示した﹃幼稚園教育要領﹄も﹃保育指針﹄も、その内容においてほと んどかわりがないのである。  三春町の場合は、伝統をもつ私立幼稚園もあってなかなかむずかしいと思われるが、まりあえず、公立幼稚園と保育所 との四、五歳児教育カリキュラムを共同研究を重ねてつくりあげ、実践的試行にふみだしてはどうであろうか。そして、 公立幼稚園の場合、家庭の事情で長時間保育を必要とする幼児には保育所同様の措置を制度的にもとるわけである。  とにかく、幼児教育の義務化と学齢引き下げという時代の要請は、否応なしに幼・保の一元化を内容的にも制度的にも 求めてきていることを自覚しなければならないであろう。また、このような趨勢は私立幼稚園との共存を余儀なくさせる ことをも見通しておかねばならないであろう。  他方、三春町の場合、老朽化した保育所もあり、小規模で分散化もしているので、この際いくつかに統合することも考 えられる。それは財政の効率化からみて歓迎されることかもしれない。しかし、よほどのっぴきならない条件がない限 り、幼児施設の統合はおこなうべきでない。年齢が下にいくほど家庭が近く、かつ、小人数教育がのぞましくもある、と いえるからである。また、公共施設がその地域、地区からなくなることは、そのまま地域の衰微につながることも住民の よく知るところである。住民にとって町村合併のメリットは、諸施設とその機能の具体的な地域分散でさえあるとみてい ないであろうか。 二、小・中学校教育の課題  小・中学校の教育施策の上で最大の課題は児童・生徒数の減少と三春ダム進捗にともなう中郷小中学校の移転、そし て、高校進学率の向上問題等にどう対処するかであろう。いうまでもなく、これらの問題の要因は、いずれも社会的、産 業・経済的な基礎・基盤の変化とそれをもたらす政策にあるわけで、教育施策からの手当は二次的にならざるをえない。     1地方都市近郊がかかえる教育問題と課題1       七五

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   一地方都市近郊がかかえる教育問題と課題一      七六  ︵一︶ 学校の配置問題−とくに、学校の統廃合についてr  さて、児童・生徒数の減少にともなう学校の維持にあたっては、さまざまな考えと施策があるが、大別すれば、諸手当 をほどこしながら現在校を保持するか、統廃合をおこなって必要な諸手当をほどこすかであろう。いずれをとるにせよ、 学校の配置にあたっては、つぎの諸条件︵註1︶をそこなわないことに留意すべきであろう。  註1 伊ケ崎暁生編﹃子どもの学習権と学校統廃合﹄ ︵労働旬報社、一九七三年︶二九二∼二九六ページに収録されている﹁学校統    廃合について︵第一次まとめ︶﹂︵高知県教組︶をも参考Kしている。  その一つは、学校教育の大前提である子どもの健康と安全を守るために、遠距離通学をできるだけさけることである。 農村部では、小学校一キロメートル、一五分以内、中学校ニキロメートル、三〇分以内の程度︵学校施設基準規格調査 会、一九六三年三月答申︶がのぞましいとさえ考えられている。つまり、通学距離の限定は、子どもが歩いて楽に通える ことを基準とすることが理想である。文部省の基準である小学校四キロメートル、中学校六キロメートルは、まさに文部 省みずからが強調しているように、最上限といわねばならない。  その二は、学校規模と教育効果の問題である。こんにち、学校の適正規模については定説がない。教員の現行配当基準 や、経費の効率、国の統合補助基準等から小中学校とも一二∼一八学級が﹁適正規模﹂とみなしているにすぎない。すく なくとも、学校規模の適正度は画一的に設定できるものではなく、基本的には、そこで子どもが生き生きと学習し生活し うるかぎり、その学校の規模は適正である、とみるべきであろう。また、教育の効果をあげる要件の一つは、小人数制授 業が成立し、教師・校長・子どもか全員よく知りあえる規模︵二〇〇名以下︶といえる。  そして、第三に、学校はその地域の﹁文化のセンター﹂であることを重視しなければならないであろう。いうまでもな く、学校は子どもたちの教育施設であるばかりでなく、その地域の住民の集会、諸行事などあらゆる教育文化的行事の大

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十 切なセンターとして地域住民に根づいてきた施設である。  したがって・第四に・もし、学校がその地域からなくなることになれば、それは、子どもの生活圏設定の指標を失なう こと︵子ども社会の消滅︶であり、地域住民の具体的、日常的よりどころをもなくして、地域の衰退を招来することにな る。  さらに第五に、学校と家庭とのつながりを断たないことであろう。たとえば、学校の統合は否応なしに学校への距離が 遠くなる範囲を拡大することになり、学校の諸行事やPTA活動に参加することも至難となり、他方、教師の家庭訪問も 困難となる。かくして、学校と家庭、教師と親の間が疎遠となり、子どもに対するいきとどいた配慮をはらうことがむず かしくなる。まして、中学生の寄宿制採用は、国や県にその基準がないこともあって慎重を期す必要がある。 第六譲・町財政のメリットを+分考慮することである.たとえば、学校統廃合による新増築は、経費に対する国の補 助率が高く・町の負担麓設建かぎって蒔的旨割安髪る.しかし、新規の土地購入費、新築費の超過負担、設備 費翠補助費︵または通学バス購入費維持、管理費︶、学校数、学級数、教職員数︵地方交付税の算定譲単位︶の減 にともなう交付税の確実な減額などを計算に入れると、長期的には、町財政にとってかなりのデメリットになると考えら れる。  さて、つぎに、町として学校統廃合の可否を検討する場合、つぎの諸事項に配慮する必要があろう︵註2︶。   註2 伊ケ崎暁生編﹃子どもの学習権と学校統廃合﹄二九二∼二九六ページ収録の資料をも参考にしている。   イ 現状から単純に将来の人口︵児童・生徒数︶を推計するのではなくて、いますすめられている﹁三春町振興計    画﹂における生活建設、生産発展による合流出の食い止め︵そして合増への転化︶嚢等を総合的綾討して    判断すべきである。     −地方都市近郊がかかえる教育問題と課題−      七七

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十   一地方都市近郊がかかえる教育問題と課題−       七八  ロ 前述したごとく、学校統廃合は財政の効率その他の副次的要因を優先させておこなうべきでないことはいうまで   もないが、よしんば町の財政効率からみたとしても、それは長期的に確かなメリットがあるのかどうか、慎重かつ   仔細な算定をおこなう必要がある。  ハ 教科や学習領域によっては小規模校間で共通のカリキュラムによる定期的合同授業や行事︵音楽や体育、運動   会、文化祭等︶をくんだり、教師の交換授業を実施するなど、教育の方法や形態を工夫して小規模校の教育条件を   大胆に改善する余地がないか、等を教育効果の問題として考慮する必要があろう。  二 学校統廃合を住民への公開のもとで検討し、とくに、廃校想定地区の住民の意思を尊重する必要があろう。  ホ 住民が十分な資料と知識にもとづいて冷静に判断できる条件を用意する。  へ そのためにも、学校統廃合にともなっておきる諸状況、諸条件の変化については、ありのままを住民に示すこと   が大切であろう。 つぎに、学校統廃合に代る教育条件の整備について町当局が配慮すべき事項をあげてみよう。  イ 三春町でも考えられているようだが、通学区を行政区にとらわれずに弾力的に設定する。  ロ 学校間の連絡用バス、道路の整備、舗装による学校間の交流、前述した合同授業、交換授業、設備の共同利用、   等が容易におこなえる条件の整備。  ハ 小規模校の設備改善充実を重点的優先的におこなう。  二 老朽、危険建物の早急な改築。 ホ 教職員の適切な人事異動と教職員の住宅その他の福利厚生を充実し、教職員が地域に根ざしてその力量を発揮で  きるようにする。

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  へ 教職員の研修の機会を大幅に拡大し、とくに、小規模校での教育改善と充実が実績として積みあがるようにす    る。   ト 小規模校に教職員を特配する趣旨で県費負担教員増をするよう、県当局につよく要請する。  以上のごとく考察するとき、学校の統廃合は、慎重な上にもなお慎重でなければならない。.それにしても、三春ダムの 建設進行が既定のこととしておさえるならば、移転を余儀なくされる中郷小中学校の再配置が問題となり、これを機会 に、たとえば、小学校は移転独立校としても、中学校は統合を指向することが考えられる。もちろん、中郷地区の移転住 民がとこにどう居住するかが一つの重要なカギとなる。ともあれ、学校統廃合はその地域住民から重要なよりどころをと りさることにかわりはないのであって、できるだけその影響を最小限にとどめるべきであろう。中学校の町内二校案が有 力ときくが、できうれば三校案を懸命に追求すべきではなかろうか。たとえば、岩江地区と中妻および中郷地区の一部が 一つの中学校の構成基盤となり、現三春中学校にかかえている岩江地区をはきだし、中郷地区の一部を吸収して校区を構 成し、さらに、現三春中学校の一部を現沢石中学校が吸収して校区とする、という案である。  ︵二︶ 高校進学率の向上対策について  すでにみたように、三春町の中卒者進学率はかなり低位にある。その原因がどこにあるかは十分調べきれなかったが、 ﹁せめて高校までは進学させたいし、進学したい﹂とする志望率の低さによるとは考えられない。おそらく、その要因の 一つは、進学による負担経費の増大を敬遠する層が多くあることによると思われる。三春町中卒者の進学の特徴は、伝統を もち、安積高校・安積女子高校についで社会的評価の高い地元田村高校には学区の改編︵広域通学区︶によって三春町周 辺からなだれこまれ、そのあおりで三春町の中卒者が田村高校以外の高校︵主として郡山市内︶に多く排出させられる、 という構図になっていることである。郡山市には高校も多くあってそれだけ吸引力がつよいわけであるが、進学を容易に    一地方都市近郊がかかえる教育問題と課題−      七九

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表8 福島県公私立高校の納付金比較   (1977年,各校平均,単位 円) 1地方都市近郊がかかえる教育問題と課題一

倍 数

  12.0   64.0   2.6   3.8 立 私 立

慰」県

納付金種別

6,000 64,000 49,000 8,447 2、687   500 1,000 3,200  704

料金金︶︶

   額額

  付

   ㎝㎝

  納料他

験学

  時

   業の

  学

受入入授そ

5.2 252,608 48,348 金 付 納 間 年 1977年9月19日付r福島民友』        八○ しているのは私立高校である。しかし、表8でもあきらかなように、私立高校 の経費負担は公立に比して約五倍強である。その上に交通費がかさむのであ る。  他方、三春町の高校進学の実態でみたように、私立高校への在籍率は三〇・ 八パーセントで異常な高さといわなければならない。私立の入学定員率を県教 委の方針のごとく一八・○パーセントにアップしてとらえかえしても、現状で 約一二〇名の生徒が私立高校に在籍しすぎていることになる。  このように考察してみるとき、適当規模の公立高校がすくなくとも一校、郡 都三春町に増設されてしかるべきと考える。この増設を実現していく手だてと して重要なことは、学校の種別︵実業高校か女子高校か男女共学普通高校か 等︶もさることながら、すくなくとも田村郡の他町村と連合ないし協力のもと におこなうことであろう。その理由は、前述した三春町独自の事情もあるが、 つぎの二つに求められるからである。その一つは、全県最下位にある田村郡の 高校進学率・志願率︵一九七六年度︶を全体として向上させる必要があるこ と、これは県の方針にそうものでもある。二つには、高校一校を増設しても、 今後の公私立全日制の収容率推計からみて、県中地区の収容率バランスを大き くくずす懸念がないことである︵表9参照︶。

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一   市  一    1地方都市近郊がかかえる教育問題と課題−      八二 三、社会教育等の課題  三春町の社会教育施策上の第一の課題は、各地区にある公民館分館を整備し、そこを中心にした機能をどう発揮するか であろう。一九七七年五月に集約された﹁町づくり﹂区会における文教厚生関係への要望には、どの地区も例外なしに地 区公民館︵分館︶活動をあげている。理想からいえば、すくなくとも現在ある分館の必要な施設改善をおこない、設備を ととのえて職員も配置することであろう。しかし、それが当面のぞめないのは自明のことである。したがって、これらの 分館︵必要によっては部落館︶を拠点にした活動の展開がのぞまれよう。その場合の行事の焦点をどこに求めるかであ る。各種講座や学級の開設レクリエーション等も考えられるが、ここでは、むしろ、町行政に関する懇談会を連続させて はどうであろうか。とかく、つまりがちな末端行政を地域住民の生の質疑や要望を集約し町政に反映させていく、その窓 口を分館活動として位置づける試みである。公民館の職員︵主として各分館担当職員︶は、この懇談会の設営︵日時の設 定や宣伝、町当局の担当職員派遣とりつけ等︶にあたる。懇談会の形式はさまざまなことが考えられるが、形式よりは内 容を重視し、多層な人の集まりを心がけて町行政への注文をできるだけ多くひきだすことであろう。何回かの継続のの ち、テーマにしぼった懇談会も準備される必要もあるし、婦人・青年・老人別、あるいは農業・サラリーマン等々の層別 懇談会も有効になろう。  いずれにせよ、町当局のサービスのとどきにくい周辺地区へ日常不断に町行政の誠意をとどけること、それを社会教育 の一環として位置づける試みである。職員も設備も常置されていないところで、地域住民の関心をひきよせながら分館活 動を展開する場合の大事な試行ではなかろうか。コミュニティー・センターとしての機能をここから出発させたいと考え るのである。  さて、つぎの課題は、組織・機構の改組、改編をどうするかは別にしても、社会教育に関する所掌業務を町教委社会教

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育担当と公民館との間でどのように分化・調整し、全体として有機的な関連をもちながら活動の成果をどうあげるかであ る。本来、社会教育主事の任務は、①住民の社会教育への要求の把握とその学習の機会の計画化、②住民の学習の組織 化、⑥住民の求めに応じた社会教育施設や資料の提供、④社会教育の指導者の発見と活用、⑤社会教育行政執行に必要な 予算等の事務処理、等にあるといわれているが、これを具体化すれば、公民館職員の職務内容とオーバーラップすること       ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  や になる。したがって、法的な位置や職制がどうであれ、社会教育主事も公民館主事も社会教育の実働をになう職員である 立場にたって、三春町の社会教育業務を分担、調整する必要があろう。  たとえば、三春町の場合   社会教育主事の職務    ︶ (6)(5)④(3)(2)(1 社会教育行政確立の事務 社会教育施設の設置管理 社会教育関係指導者の育成 社会教育資料・教材の収集、 社会教育関係団体への指導、 各種補助事業の書類作成 整理、保管 助言、援助 公民館主事の職務  ① 各種学級講座の計画・実施  ⑧ 図書・資料活動

 ㈹展示活動

 −地方都市近郊がかかえる教育問題と課題1 八三

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r    一地方都市近郊がかかえる教育問題と課題−      八四    ④ 視聴覚教育    ㈲ 相談活動    ㈲ 広報活動 のごとく分掌しあい、さらに、体育・レクリエーション活動の奨励・実施や芸術文化の奨励、文化財の保護・保全・活用 あるいは社会教育に関する調査・研究などについては、社会教育主事も公民館主事も協同であたる、という整序が必要で ある。現在のような職務の未分化はいたずらに煩さをかこうばかりでなく、職員同士の人間関係までもそこないかねない 事態を生むことになる。

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