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マダニの生存戦略 と病原体伝播 - J-Stage

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マダニは動物やヒトの血液を唯一の栄養源とする.そ のため,生存基盤ともいえる宿主からの吸血には哺乳類 の生体防御機構を凌ぐ実に様々な応答・制御機構が働い ている(図1.たとえば,吸血を有利に進めるために,

唾液腺でつくられた抗止血物質が吸血部位の宿主皮下に 形成されるBlood pool内に放出されることによって,マ ダニは満腹になるまで宿主体表に寄生しながら数日間に わたって吸血を続けることができる.また,疾病媒介者

(ベクター)として,吸血を介して動物やヒトの病原体 を伝播する際には,抗菌ペプチドが,本来の役割である マダニ自身の生体防御に加えて,伝播する病原体の分 化・増殖の制御をも兼務していることが,筆者らの研究 によって明らかになってきた.マダニの吸血行動は,こ

のような『吸血調節物質』と,『病原体伝播調節物質』

の機能を併せもつ分子により支えられていることが確実 になってきた.今回は,こうしたマダニの吸血・病原体 伝播調節物質の特徴と多様性について紹介したい.

マダニの吸血様式

マダニ吸血の特徴は何と言っても,長時間にわたる宿 主血液の大量搾取である.吸血様式として,比較対照さ れやすい蚊は口器を直接皮下の血管に挿入する血管内吸 血型 (Vessel feeder) であるのに対して,マダニは皮下 の血管を破綻させ,真皮に血液を溜めるBlood poolを形 成し,ここから血液を搾取する血管外吸血型 (Pool 

マダニの生存戦略 と病原体伝播

辻 尚利 * 1 ,藤崎幸蔵 * 2

*(独)農業・食品産業技術総合研究機構動物衛生研究所,1 *2鹿児島大学 農学部

セミナー室

自然免疫の応答と制御

──その共通性と多様性‒4

(2)

feeder) である(1) (図2.吸血はまず,外部寄生虫とし て宿主体表に付着後,固着する際に必要なセメント様物 質などを分泌し,唾液腺からは抗止血物質などを宿主内 に放出しながら,宿主血液を中腸内に取り込んでいる.

一方,中腸には搾取した血液構成成分を栄養源としてア ミノ酸へと分解する発達した細胞内消化機構が備わって おり,未吸血時体重の数百倍にも及ぶ宿主血液を長時間 かけて消化する.実際,こうしたマダニ吸血の特徴は,

唾液腺および中腸で産生される吸血調節物質によって支 えられ,これらの調節物質の密接な分子間連携・協調に よって精妙なマダニ吸血と病原体伝播が可能になってい ることが見いだされている.

吸血をサポートする唾液腺の役割

マダニは,節足動物界最強の“Pharmacologistʼʼ(2) とも いわれるように,唾液腺から多種多様な生理活性物質を つくり出している.これらの物質に関しては,単に生化 学的興味だけでなく,医薬品としての創薬を前提に多く の有用分子が発掘されてきた経緯があり,唾液腺物質の 単離・機能解明については大きな前進がみられている.

筆者の一人藤崎は,マダニ吸血生理と自然免疫に関する 総説の中で,マダニが進化的に構築した抗止血機構に関 わる抗血小板物質や抗血液凝固物質などの止血阻害物質 について述べているので,そちらを参照していただきた

(3, 4).しかし筆者らは,これまでに単離されたマダニ

図1筆者らが研究に用いている単為生殖系フタトゲチマダニの生活環とバベシア原虫伝播経路

マダニはクモ,サソリなどの蛛形網 (Arachnida) に属し,後気門(マダニ)目のマダニ科に分類される.マダニ科 (Ixodidae) には12属 約720種が含まれ,これらの内,畜産・獣医学領域で重要なのは,図に示したフタトゲチマダニ*が属するチマダニ属など5属である.マ ダニ科の生活環は,4つの発育ステージ(卵‒幼ダニ‒若ダニ‒成ダニ)で構成され,吸血なしには生活環を完結することはできない.*病原 体媒介者(ベクター)としてのフタトゲチマダニ:我が国の最優占種マダニであるフタトゲチマダニは,イヌ,ウマ,ウシバベシア症の病 原虫であるバベシア原虫を媒介する.マダニ体内でバベシア原虫の多くは,吸血した雌成ダニの卵巣から卵に侵入し,孵化した次世代の幼 ダニによって媒介される(介卵伝播Transovarial transmission).雌成ダニの繁殖力は実に旺盛で,1匹の雌成ダニは約3,000個の卵を産む ことから,介卵伝播によって感染性をもった原虫の発育ステージであるスポロゾイトを保有する幼ダニが爆発的に誕生することになる.こ のため,介卵伝播は,バベシア原虫の生活環をきわめて効率よく維持することに役立っている.バベシア症汚染源である原虫保有幼ダニは 野外では数年間,吸血せずに生存でき,原虫にとっては格好の「棲息場所(すみか)」となっている.筆者らは「フタトゲチマダニ‒バベ シア原虫( )‒イヌ」というマダニ・病原体・宿主の相互関係を解明する モデルを構築し,マダニとマダニ媒介性感 染症防除に向けた方策確立のための研究展開を実施している(原図:三好猛晴博士提供)

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図2成ダニ吸血部位の模式図 A および未吸血時から飽血時 までの個体変化 B

(A) マダニが宿主皮膚にセメント物質で体を固着後,吸血部位の 血管は破綻し,宿主血液がBlood poolに溜められる.唾液腺から 産生される血液凝固物質など多種多様な薬理物質の作用によって,

Blood pool内の血液は凝血せず,マダニは大量かつ長時間に及ぶ 吸血が可能となる.(B) 成ダニの吸血期間は約6日間で,この間 に未吸血時体重の約200 〜 300倍に宿主血液を搾取する.取り込 んだ血液は主にエンドサイトーシスによって中腸上皮に取り込ま れ,緩慢な細胞内消化によって分解されると考えられてきた(1)

図3ヘマンギンノックダウンマダニと正常マダニの飽血時における表現型と吸血部位の組織変化 A),および , に おけるヘマンギンの血管新生抑制作用 B

(A) 吸血部位の皮下組織に形成されたBlood pool(波線部内,組織染色 上:HE染色,下:渡銀染色).正常に吸血したダニではBlood  poolが形成されるが,ノックダウンマダニ*では未形成であった.(B) 上図:正常ヒト臍帯静脈内皮細胞は,ヘマンギン添加によって濃度 依存的に血管腔の形成(矢印)が阻止された.下図:絨毛尿膜を用いた 解析.ヘマンギンによって血管新生の抑制が確認された

(矢印付近).*ノックダウンマダニ:マダニの吸血調節物質の役割を明らかにする上で,特定の遺伝子を発現できないマダニを準備するこ とが必要である.筆者らは,マダニ研究分野では世界に先駆けて特定の遺伝子発現を抑制するRNA干渉法による『ノックダウンマダニ』

の作出に成功している.このマダニをウサギなどの実験動物に付着・吸血させることで,吸血調節物質がどのようにマダニの吸血行動に影 響を及ぼすかを明らかにすることができるようになった.

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と考え,新たな研究テーマに着手した.

創傷治癒遅延戦略から見えてきたBlood poolの形成・

維持

マダニの吸血部位は口器による咬創であり,ここには 当然,止血と炎症から始まる一連の生体反応からなる創 傷治癒の反応が伴うはずである.また,止血を阻止する 分子機能が発揮されれば,創傷治癒過程は当然遮断され ることとなるが,それだけでは長期にわたるBlood pool の維持はできない.筆者らは特定の遺伝子発現を阻害し たノックダウンマダニの作製によって,Blood poolを中 心にした病理組織学的解析から,宿主毛細血管の新生を 抑制して,大量かつ持続吸血を可能にする新規の血管新 生抑制物質,ヘマンギンを分離することに成功した(5) 

(図3

ヘマンギンは発見当初,そのアミノ酸構造からセリン プロテアーゼを特異的に阻害する内在性阻害剤として同 定された.しかし,ヘマンギンノックダウンマダニをウ サギに付着させると,著しい吸血阻害とともに,宿主皮 下におけるBlood poolの形成不全が惹起されていること が吸血部位の組織切片において認められた.そこで,筆

像を呈するヒト臍帯静脈内皮細胞を用いて機能を検証し た.その結果,添加したヘマンギンの濃度依存的に内皮 細胞の増殖が抑制され,血管腔形成が阻害されることが わかった.次いで,ニワトリ絨毛尿膜を用いて,血管新 生抑制効果を検証したところ,ヘマンギンは で も毛細血管の増殖を顕著に抑制することがわかった.創 傷治癒アッセイにおいて,濃度依存的に血管内皮細胞の 増殖を抑制し,傷の修復を遅延させることが観察され,

ノックダウンマダニとウサギの 実験系の活用に よって,新たに血管新生・創傷治癒を阻害する役割を担 う吸血調節物質の発見に至った.

最近では,Blood poolの形成に不可欠な分子として同 定されたロンギスタチンに,フィブリンを加水分解し,

フィブリンクロット(フィブリノーゲンだけで構成され る凝集物)形成を遅延させる作用があることが突き止め ら れ,新 た な 抗 血 液 凝 固 経 路 が 見 い だ さ れ て い る(6, 7) (図4.興味深いことに,ヘマンギンやロンギス タチンの産生は,マダニの吸血開始から飽血直前まで増 加するものの,飽血時には完全に停止することから,宿 主から落下した後は吸血調節物質としての役割は終了す ると考えられる.一方,こうした魅力的な生理活性物質 図4ロンギスタチンの作用機序

ロンギスタチンノックダウンマダニをウサギに寄生させると,顕著な吸血阻害作用が認められ,宿主皮膚に形成される吸血部位のBlood  poolはきわめて未発達であった.そこで,この表現型を支える生体反応を探るため,各種生化学的実験系を解析した結果,ロンギスタチン にはフィブリノーゲンαβγ鎖の加水分解作用と,フィブリンクロット形成の遅延作用が確認された.さらに調べると,ロンギスタチンが フィブリン網目構造と結合し,フィブリンクロット結合プラスミノーゲンを活性型プラスミノーゲンに賦活化し,フィブリンクロットと多 血小板血栓を溶解していることが突き止められた(7)

(5)

目されている(8).将来,マダニ唾液腺由来の血栓溶解剤 が誕生するかもしれない.

病原体伝播をサポートする唾液腺物質

マダニが伝播する動物・ヒトの病原体は未吸血時には 唾液腺細胞内に潜んでいる.したがって,吸血によって 唾液とともにBlood pool内に放出される病原体は,ここ で述べている吸血調節物質と常に接触状態にあると考え るのが妥当であろう.実際,ウシ東アフリカ海岸熱の病

原虫を媒介するマダニ ( ) 

の唾液腺抽出物は,スポロゾイトと呼ばれる虫体ステー ジの宿主リンパ球への感受性を高めることが判明してい る(9).最 近 で は,ラ イ ム 病 の 原 因 菌 で あ る

を媒介するマダニ ( ) の唾 液腺で産生されるSal15は,唾液腺内で宿主内へ放出さ れる前に菌体の外膜タンパク質OspCに結合し,Blood  pool内に放出された後,まず宿主内ではマダニ吸血を促 進するための免疫抑制を誘導し,同時に菌体を特異抗体 による容菌作用から保護する役割を果たしていることが 見いだされている(10).今のところ,フタトゲチマダニ‒

バベシア原虫間でこうした役割を担う調節物質は見つ かっていないが,バベシア原虫の 培養系におい て,ヘマンギンやロンギスタチンは原虫の増殖抑制作用 を示すことが見いだされてきている(Anisuzzaman 

,  未発表).マダニ唾液腺でつくられている吸血調節 物質は,Blood pool内で伝播する病原体の分化増殖に対 しても相当に修飾変容をもたらしていると考えられる.

中腸における抗菌ペプチドの役割 自然免疫エフェクター

Fogaçaらによって1999年,ウシに寄生するマダニ 

( ) において,吸血により搾取

したヘモグロビンの加水分解産物が抗グラム陽性菌と抗 真菌活性を保有することが見いだされ,宿主由来分子を 自然免疫に利用していることが示された(11).外界との 境界であるマダニ中腸は,吸血と同時に中腸内腔に取り 込まれた病原体にとって,生存・増殖する上で最大のバ リヤーである.近年では,合成したcDNAを網羅的に 調べるExpressed Sequence Tagsデータベース解析が 複数のマダニ種で進行しており,その結果,他の吸血性 節足動物とはまったく異なる抗菌ペプチド群をすべての 種が保有していることが見いだされ(12),自然免疫エ フェクターとしての抗菌ペプチドに大きな多様性を見る ことができる.

広範囲抗菌活性と殺バベシア原虫活性を保有するロンギ シン

First-line defenseとして機能している抗菌ペプチドを 複数,フタトゲチマダニから単離する過程で,緑膿菌,

黄色ブドウ球菌,大腸菌,さらに真菌などきわめて広範 囲な微生物種に抗菌活性を有し,伝播する病原体の分 化・増 殖 に も 作 用 を 発 揮 す る ロ ン ギ シ ン を 分 離 し た(13, 14) (図5.実際,ロンギシンノックダウンマダニ にバベシア原虫を取り込ませてみると原虫の過剰伝播が

図5真菌およびバベシア原虫に対するロンギシンの増殖抑制作用

(A) ロンギシンによる酵母 ( ) の増殖抑制.ロンギシンとその部分的合成ペプチド (P4) は,濃度依存的に酵母の増殖を抑 制した.殺酵母作用を発揮するP4(緑色蛍光)は酵母表層に特異的に接着した.ロンギシン : アミノ酸74残基からシグナルペプチドを除 いた52残基からなるロンギシン.P4 : ロンギシンC末端側21残基の合成ペプチド.P1 〜 P4 : N末端側から作製した合成ペプチド(P1 : 23‒

37残基,P2 : 33‒45残基,P3 : 42‒57残基,P4 : 53‒73残基)(B) バベシア原虫培養系で認められたロンギシンの殺原虫作用.殺菌・殺真菌 作用を保持するロンギシンは,赤血球には結合せず,赤血球寄生状態にない虫体の膜に特異的に接着し,原虫の赤血球内発育ステージであ るメロゾイト虫体に対して濃度依存的に殺原虫作用が発揮する.1 : ロンギシン染色,2 : 核染色,3 : 位相差像,4 : 1 〜3の結合像.バベシ ア症予防・治療薬として有望なロンギシン:P4は でも,バベシア原虫に感染したビーグル犬の赤血球に寄生するピロプラズム虫体 の増殖を顕著に抑制する効果が確認され,既存薬剤を凌駕することが判明していることから,ロンギシンをベースにした予防治療薬の誕生 が期待される(13)

(6)

惹起されることから,ロンギシンがマダニ個体内で原虫 伝播の制御に関わっていることを明らかにし,マダニに おける『病原体伝播調節物質』の構想を強く得る契機と なった.バベシア原虫は宿主では赤血球に寄生してマラ リアに似た症状を呈するバベシア症をもたらすが,動物 種によって病原虫は異なる.しかし,ロンギシンはウ シ・ウマ・イヌのバベシア原虫いずれに対しても殺原虫 作用を示すことが明らかになっている.興味深いこと に,こうした抗菌・殺原虫活性はC末端部位の

β

シート に存在し,

α

ヘリックスに存在する昆虫ディフェンシと はまったく異なるものであった(15).ロンギシンの構造 予測解析では,むしろ,クモやサソリ毒に類似したもの であることが見いだされている.

筆者らは,マダニの病原体媒介能(ベクターコンピテ ンス)を考察する上で,ロンギシンが鍵分子となってい るのでないかと想定している.ロンギシンを産生するフ タトゲチマダニとロンギシン感受性のバベシア原虫間に おける進化的相互関係の解明は,原虫ベクターと非原虫 ベクターマダニの起源の理解につながるものと考えてい る.

宿主ヘモグロビン代謝と病原体伝播 プログラムされたヘモグロビン分解経路

血液の消化機構についても,吸血昆虫とマダニでは大 きく異なる.宿主血液は,蚊では中腸内腔部で迅速に消 化するのに対し,マダニでは中腸上皮細胞内で行なわれ る緩慢な細胞内消化によってアミノ酸へと分解され る(1).実際に,中腸上皮細胞は血液の取り込み開始時か ら吸血の進行に応じて成長し,飽血時には何十倍にも巨 大化する.

筆者らは,マダニのアミノ酸供給源は主に宿主血液の 主要構成成分であるヘモグロビン (Hb) であることに着 目し,中腸上皮細胞における分解経路を探った.その結 果,Hbは中腸内腔において,セリンプロテアーゼ(16, 17)

による赤血球の溶血作用から生じ,ファゴサイトーシス によって中腸上皮細胞に取り込まれる.その後,Hbは リソゾームに移動し,ロンゲプシン(18),HlCPL(19),ロ ンギパイン(20),hlESTMP1(21),HlSCP(22)などの加水分 解酵素によってペプチド断片化され,次いで細胞質内の レグマイン(23)やHlLAP(24)によって,アミノ酸へと分解 されることが判明し,図6の『ヘモグロビン分解経路』

の発見に至っている.

バック (feedback) 的に作用するシスタチンなどの内在 性阻害剤の存在を明らかにしている(25, 26).定量PCRや マダニアレイを用いてヘモグロビン分解経路参画遺伝子 の発現を調べてみると,あたかもプログラムされている ように,吸血の時間軸に沿って実に精妙に発現が制御さ れていることがわかった.また,それらの発現は空間的 にも局在が刻々と変化することから,中腸上皮細胞にお けるHb分解は加水分解酵素と内在性阻害剤の連携・協 調からなることが強く示唆されている.実際に,吸血不 全に陥ったHLCPLノックダウンマダニにおけるヘモグ ロビン分解経路参画分子の発現プロファイルを調べてみ ると,統制を欠いた著しく不規則な発現状態が認めら れ,ヘモグロビン分解経路の破綻が招来されたことが確 認されている(Yamaji  , 未発表).

病原体の中腸伝播を支えるヘモグロビン分解

ロンギパインノックダウンマダニをバベシア原虫感染 イヌに付着させると,吸血不全や産卵数低下に陥り吸血 量が著しく減少するにもかかわらず,介卵伝播される原 虫数は顕著に増加することが確認された(20) (図7.す なわち,ロンギパインノックダウンマダニは,吸血障害 や繁殖障害を来すと同時に,介卵伝播における原虫の過 剰伝播が惹起されることが見いだされた.また,ヘモグ 図6中腸上皮のヘモグロビン分解経路におけるヘモグロビン の段階的加水分解

マダニの主要栄養源であるヘモグロビンは,各種加水分解酵素と その内在性インヒビター群の協調的働きによってアミノ酸に分解 される.ヘムはヘモゾーム(32)と呼ばれるオルガネラに溜められ,

ルーメン内に放出される.

(7)

な介卵伝播が惹起されることが確認されている(Hatta  ,  未発表).これらの結果から,筆者らは中腸上皮 細胞内に存在するヘモグロビン分解経路は,ヘモグロビ ン分解と病原体伝播の2役 (Dual function) を果たして いると結論づけている.すなわち,ヘモグロビン分解経 路は栄養代謝としてだけでなく,マダニ体内を移行する 病原体伝播の恒常性維持に深く関わっていることが想定 される.一方,一連の加水分解酵素を制御する内在性の インヒビターも伝播するバベシア原虫の生存にも深く関 わっていることがわかってきた.中腸セリンプロテアー ゼインヒビターであるHlMKIのC末端断片には濃度依 存的にバベシア原虫の増殖を抑制することが判明してい る(Miyoshi  ,  未発表).最近では,紅斑熱リケッ チアを媒介するマダニ ( ) でも,

伝播する病原体に対して殺作用を保有する低分子のプロ テアーゼインヒビターが単離されている(27).ヒトや動 物の病原体を伝播できるマダニは,その病原体の分化・

増殖を制御する分子を保有していることを前提に,今後

の関連研究は進められるべきであると思われる.

まとめと今後の展望

マダニの吸血と病原体伝播の分子機構について,唾液 腺と中腸を分けて論じたが,マダニ個体でみれば,それ ぞれの器官が単独で機能しているとは考えられない.す でに,筆者らは,卵黄合成に必要なビテロジェニンレセ プターのノックダウンマダニでも発育不全とバベシア原 虫の介卵伝播不全を認め,卵巣でも吸血に連動して機能 を発揮する吸血調節物質の存在が見いだされている(28). 筆者らは一連の研究成果に基づいて,「中腸・卵巣・唾 液腺には,自己の生存を調節しながら,精妙に原虫伝播 を制御するシステムが存在する」と考えている.最近,

生体内の分子の動的変化を一種の物流システムと考える 細胞内ロジスティクスが提唱されている.マダニの吸血 と病原体伝播は,このロジスティックスが個体としてう まく調和した状態であるといえるかもしれない(29). 図7中腸におけるロンギパインの局在 A と飽血時のロンギパインノックダウンマダニと中腸内腔におけるバベシア原虫の過剰増 殖 B

(A) 局在による機能の違い.ロンギパインは,細胞内ではヘモグロビン加水分解活性を発揮し,細胞外ではバベシア原虫の生存・増殖に 直接関わる.この知見は,それまで中腸上皮のリソゾームにおける細胞内消化に参画すると信じられていたタンパク質分解酵素群の大半 が,細胞外でも機能しているという発見に至っている.実際,ロンギパインをノックダウンしたマダニでは,吸血消化不全と同時に原虫の 過剰伝播・伝播不全が惹起され,原虫伝播に破綻を来すことが突き止められた.この発見は,ヘモグロビン分解代謝と病原体伝播に関与す る,マダニ特有のdual functionalな病原体伝播調節物質の存在を明らかにしたものである.また,最近ではシステインプロテアーゼの内在 性阻害剤のシスタチンも原虫伝播に関与し,伝播調節物質としてのスピンオフ機能を有することを見いだしている(20)(B) バベシア原虫 伝播不全に陥ったロンギパインノックダウンマダニ.飽血時の体重は(ロンギパイン:108.5±34.1 mg,  対照:322.9±44.0 mg)となり,

吸血不全になったが(上段),中腸上皮細胞内では有意なバベシア原虫数の増加が確認された.a : 上皮細胞内におけるバベシア原虫(緑 色),b : ロンギパインの発現(赤色),c : a, bの結合像,d : 位相差像

(8)

一方,北米に生息するライム病ベクターのマダニ (

) での全ゲノム解析(30)の進行によって,

マダニにおいてもショウジョウバエが保有するToll様 受容体,核内因子

κ

Bなどの自然免疫シグナル経路の存 在が明らかになりつつある(12).しかし,ベクターの生 存基盤は,宿主寄生に応じて進化し獲得した応答機構に あり,マダニ自然免疫に参画する分子群も例外でないと 考えられる.マダニの全ゲノムの開示から,吸血行動に 伴って惹起されるマダニ特有の抗酸化酵素(31)など,実 行因子やシグナル経路の応答・制御機構の解明が大いに 期待される.

筆者らの研究分野である畜産・獣医領域では,マダニ は古くから家畜の大敵として最も加害性の大きい寄生虫 にあげられている.本研究で得られた知見を,マダニと マダニ感染症制圧技術に今後どのように活用するか,こ れも我々に与えられた重要なミッションである.国内外 において,吸血と疾病媒介による被害が甚大なマダニの 防除対策は,健全な家畜生産と畜産物の生産性向上に直 結するだけでなく,伴侶動物の健康保持増進にも不可欠 なものである.しかし,現状で唯一の防除手段であるい わゆる 殺ダニ剤 による対策は,薬剤抵抗性マダニの 出現や,残留薬剤による環境・食物連鎖の汚染などの深 刻な問題点を指摘されており,これに代わる防除対策の 構築は緊急の課題となっている.マダニの吸血と病原体 伝播の仕組みについて分子レベルで行なう研究からは,

ロンギスタチンなど,宿主動物にはない物質が見つか り,こうした物質の機能・構造をうまく活用することに よって,現状で唯一の防除手段である化学的殺ダニ剤が 抱える諸問題解決の糸口が見つかるものと期待される.

謝辞:この研究は,文部科学省科学研究費補助金,生研センター・基礎 研究推進事業によるものです.また,多くの共同研究者の皆様に感謝い たします.

文献

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参照

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