ドイツのNEET予防対策断片
―ドイツ職業学校インタビュー調査報告―
岩 井 清 治
2007年2月中旬にドイツでの若年者就 学・就業問題に関するインタビュー調査の 機会が与えられた。ドイツ・ブレーメン市内 の幾つかの職業学校(Berufsschule)と 職業教育関連専門家とのインタビューによ る調査である。調査目的は、科学研究費 による助成を受けている学校―就業への 移行(Transition)過程上の課題と対策の あり方について資料の収集と具体的な事 例を把握することである。インタビュー先は、
職業学校は5校、大学 1 大学(ブレーメン 大学・ITB研究所) 、そのほかに連邦職 業局(Bundesarbeitamt)と職業学校校長 経験者である職業教育専門家とのインタ ビューも行うことができた。その一部を紹介 したい。
現在の日本で大きな課題となっているい わゆるニート・フリーター層に関する趨勢 は、日本社会独自の課題としてだけで理 解できるものではない。「NEET」として知 られる表現がイギリスでの使用から普及し たことにも明らかなように、ヨーロッパ特に 今回の調査対象であるドイツにおいてもか なり大きな社会問題として受け止められて いることは明らかである。それどころか、最 近筆者が滞在した中国・上海での大学 生・大学院生担当指導者の説明でも、や はり同じ類の課題を抱えていることを知る
ことができた。まさに国際的な課題としてそ の取り組みが期待されているものであると いうことができる。
周知のとおり、日本でも若年者の未就 業・未就学・未職業訓練、いわゆるニート・
無業者の増加趨勢がここ数年の間にかな り顕著な数字として示されている。その原 因には様々な見方からの説明がなされて いるが、その一つとして、これまでの日本 経済社会で極めて良好に機能してきたと 言われている「学校卒業・斡旋―就職」と いう移行の過程が、特に1990年代以降 の景気低迷を背景とした労働力受け入れ 側・企業側における人件費削減圧力、つ まり正規雇用者数の削減とそれに代わる パート労働者・アルバイト労働者の増加に よって維持されにくくなったこと、つまり正 規従業員としての就職の可能性が少なく なったことが指摘されている。さらにこの趨 勢を一層推し進める要因となったものが、
数年前に報告された 7・5・3 現象と呼ばれ る若年者離職率の増加である。本来企業 が従業員研修に時間とコストをつぎ込んで 人材養成する理由は、長期の雇用が維持 され、いわば生涯を就職先企業に貢献す るという確信があったからである。その確 信が揺らぐような現象が生じた場合、企業 はあえて高いコストが求められる人材養成
業務から手を引くことになる。現在の非正 規従業員の増加はそうした要因と深く関わ っていることは間違いない。日本の現在の 課題であるフリーター・パート労働者の増 加問題とニートあるいは無業者と類型化さ れる若年者層の増加は上に述べた要因 だけで理解できるものではないであろうが、
直接間接、こうした従来型の学校経由―
就職移行方式(*)への変動をせまる要因 と共通するものが背景に存在していること は間違いないところであろうと思う。
それでは、ドイツでの課題はどのような 類型として把握できるであろうか。日本とド イツの学校経由―就職移行過程での違い は、学校教育段階で行われる実習教育的 職業教育の比重の重さの違いである。大 学に進学する人と進学しないで職業生活 に入る人とのコースの選択は存在しても、
いずれのコースでも職業を学ぶいわば職 業オリエンテーション教育が何重にも亘っ て実施されていることである。しかも、職業 生活に入る前につまり就職する前に一定 の職業知識と職業技能を学ぶ資格取得の 機会が提供される。したがって、就職する 時は、その能力を証明する職業資格取得 の後、という体制が広範囲にわたって組立 てられているのである。当然ながら、学校 を修了しないで、したがって職業オリエン テーションや職業訓練課程を修了すること なく就業の道に入る人、就職する人も存在 する。然し原則として、就職する前にそれ ぞれの担当能力が証明される資格証明を 受けてから就職するという方法がドイツで ははるかに一般的であるといえる。
この違いからくるニート・フリーター問題 をどのように理解することができるであろう か。このテーマは本稿の目的ではないの でこれ以上立ち入ることはできないが、少
なくとも、ドイツでの課題の多くは職業能力 養成上あるいは職業能力養成機関につ いて、さらには職業能力養成上の体制に 関して求められる課題というよりも、そうし たすでに準備されている養成機関、養成 体制を利用しない若年者、つまり学校中 途退学者、あるいは職業訓練機関への未 就学者の問題等々についての課題である。
つまりドイツでは、就職先はたとえ未定で あっても多くの若年者は職業知識・職業 実務能力を学び訓練する課程はすでに 準備され用意されている上での問題、つ まりミスマッチの防止あるいは中途中断 者・未修了者の救済の問題として集約さ れるのである。一方のわが国の場合は、学 校教育段階ではもともと職業知識・職業実 務能力を学ぶ機会がきわめて限定されて きた上に、しかも就職先で正規従業員とし て学ぶべき機会もかなり失われてきている ということなのである。つまり、企業が受け 入れを縮小させた結果、職業教育・職業 訓練などの機会・チャンスが極めて少なく なってしまっているということである。それ では、ドイツに於ける若年者就業問題に ついての若干の調査内容を報告したい。
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最初に、ブレーメン市に設立されている 職業学校で長年学校長を経験された職業 教育専門家によって、ドイツの大まかな対 応の説明をしていただいた。以下はその 概要である。まず、ドイツにおけるNEET 層の増加原因には、1.家庭・社会環境・
個人的な資質(最低限資質の不足)による もの、2.職業教育制度からくるもの、の2 種類がある。そうしたNEET層の増加趨勢 を職業教育プログラムによって効果的に 防止するためには、個々人の事情に合わ せた分析が意味を持つことになる。
第2の原因に対するNEET層防止策の 前提条件としては、すでにブレーメン州の 場合、12学年間を義務教育化しているこ とである。実際に、第10学年修了後ほぼ 100%の生徒が2年間の延長教育をうけ る。この措置はドイツ連邦州全ての州で採 用されているわけではない。
1.学習する教育科目及び教育科目内容 による対応:第10学年の末までに多く の科目を修了するが、それ以前の第8 学年(14―15歳)段階からNEET層 発生防止のために生徒対象の様々な 方策が試みられている。短期企業実 習、職業紹介情報プログラム、職業準 備プログラムさらに関連する教科を統 一的に調整した「将来の職業活動と結 びつく労働学習」授業の提供等。
2.基幹学校未修了者及び特別養護学校 未修了者等々で二元制職業教育制度 による職業訓練企業と見習契約を締結 できない生徒を対象とした対応:職業オ リエンテーションプログラム、(例えば、
ブレーメン市アルゲマイネ職業学校に よる就学の勧め授業)及び、様々な教 育担当機関による職業訓練実習機会 の提供等。
3. 1,2、以外の要因への対応:例えば、
海外からの移住者子弟への対応(特に ドイツ語能力の不足への対応)、素行 不良男女への対応、全日制職業学校 中途退学者―職業基礎学年中途退 学者や職業専門学校中途退学者への 対応、二元制職業教育制度での職業 訓練期間中途退学者への対応、一般 教育・普通教育学校での中途退学生 徒への対応等々:これらに対する対策 は、例えばブレーメン大学ITB研究所、
あるいは連邦職業教育研究所での研
究テーマなどで対応策が研究され、提 案されている。
4. ニート層に属する若年者への職業学 校での担当教師及び企業での職業訓 練担当者であるマイスターやアウスビ ルダー資格所持者による対応:この対 応に対しては、特別の教授法、教育方 法が効果的である。ブレーメン市内で の職業学校の事例がある。
5. これらニート層に属する若年者の根本 的救済手段として、連邦政府により政 策的な手法、職業資格の取得に至ら せる諸方策の開発による対応がある。
6. これらの様々な対応策に対して、ドイ ツ連邦レベル,各州レベル、労働関連 官庁レベル、EUレベルでの財政的助 成政策がある。これについての情報収 集は、ドイツ連邦職業研究所の資料が 有効である。
以上が説明の概略である。つまり、学 校教育修了から就業までへの移行段階で 生じる様々な中途中断者に対しての対応 政策が広範囲に実施されていることになる。
したがって、学校修了―就職移行のプロ セスを逆からみると、就職前の段階である 職業訓練課程での中退者への対応、さら に学校修了者でも職業訓練段階に進ん でいないもの、ついで学校修了資格未修 了者への対応ということになる。
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1. ブ レ ー メ ン 市 職 業 学 校 ( Allgemeine Berufsschule)での対応
ドイツにおけるNEET防止キャリア教育 は、対象者を学校教育中断者及び修了は したものの次の段階に進んでいないもの、
つまり大学進学か職業訓練企業との見習 契約に至っていないもの、さらには、職業
訓練期間中に中断したものへの対策が一 方の柱として主として職業学校(中等教育 II 段階)で実施されている。さらに他方、そ うしたNEET予備軍を発生させないように するための「職業オリエンテーション授業、
職業準備授業教育」を中等教育 I 段階で 行うという二段階にわかれている。最初に 訪問したブレーメン市内の職業学校は、
ア ル ゲ マ イ ネ 職 業 学 校 ( Allgemeine Berufsschule)である。この職業学校は、通 常の職業学校が二元制職業教育制度の もとで、学校教育修了証明を取得ししかも 企業での訓練見習契約を結んだものを受 け入れて職業技術・職業知識を教えるの に 対 し て 、 特 別 に 「 基 幹 学 校
(Hauptschule)を中断したもの・未修了者」
のみを受け入れて職業訓練生として送り 出す機能を果たしている。つまり統計上、
在籍者のほぼ10%といわれている基幹学 校未修了者を積極的に受け入れて基幹 学校修了証明と同時に二元制職業職種 訓練課程に移行させる機能を負っている のである。それらの生徒のなかには海外 からの移住者の子女も含まれ、一旦通常 学校に通学したものの中断せざるを得な いものなどを受け入れている。また、ハン デイキャップ者に対する職業教育も提供し ている。さらに職業意識高揚のための企 業での実習授業教育も行っている。その ために教員スタッフは職業コンサルタント を含めて男女 64 名、しかもこの職業学校 のこうした運営は過去 40 年間行われてき ており、特に 80 年代以降の学校成績不良 者の増加趨勢が顕著であると言う説明で あった。この学校では、対象とする生徒へ の教育方法の役割に応じて市内 3 箇所の 分校で運営され、修了者の統計も明らか にされている。およそ年々、それぞれの分
野ごとに、200 数十名から数名単位の授 業参加者で行われ、年々約700名の修了 者を輩出している。個々人の条件に適合 するキャリア教育方法がそれぞれ模索さ れており、きめの細かな対応が行われて いるという説明であった。クラス生徒が授 業に欠席した場合には、その家庭に電話 での呼び出しも行うなどの指導が担当教 員によってなされているという。
企業実習は様々な形態で行われるが通 常のコースの場合、まず 5 週間の予備的 実習が行われ生徒及び企業側の反応、
評価が行われる。この 5 週間の実習内容 が企業側から高く評価された場合、二元 制職業教育制度での職業訓練課程にそ のまま継続される仕組みとなっている。10 年前には、この 5 週間の試験実習後その まま二元制職業訓練課程に延長されるも のがほぼ全てであったものが、現在の状 況では、2 人に 1 人、あるいは 3 人に 1 人 が企業に受け入れられるのみの状況であ るという。それだけ企業側の受け入れ条件 が厳しくなっているか、実習生徒の姿勢・
熱心さが厳しく判断されていることであろう と思う。このコースは、二元制職業教育訓 練の場を確保していない生徒への対応コ ースである。二元制職業訓練前に訓練準 備教育を職業学校が行うものである。この ほか、職業意識を養う方式として、学校内 での生徒主導による喫茶店経営なども行 われ、職種選択の場を提供している。
2. ザンドヴェーヘン中等教育I段階統一 学 校 ( Integrierte Stadtteilschule Sandwehen,Sekundarstufe I)
ブレーメン市の北部、フェーゲザックか らバスで 20 数分の地域に設置されている この学校は、経済・労働技術分野での教
育を行う中等教育I段階の学校である。こ こでは、教育分野が一般普通教育ではな く、経済・労働技術分野での専門職業教 育に中等学校段階から進出し力を入れて いる点に特色がある。現在課題となってい る「学校教育」−「職業」移行課程でのそ の移行をできるだけ円滑に進めようとする 施策の現われとも考えられる。この学校へ の通学生徒は、5 学年次生から 10 学年次 生までであるが、そのいずれの学年次に おいても本学校教育修了段階から次の段 階への橋渡しを積極的に推し進めることを 目標としている。まず、第 5 学年次生に対 する教育は、「家族からの学習」と名づけ られるものである。ここでは、身近な家庭 内において職業知識を学ぶもので、父親 の職業、母親の職業からまず学びを開始 するのである。特定の 1 日をこのテーマに ついて生徒に報告させる日として学校が 設定し、生徒はその機会を通して職業を 学ぶことになる。ガールズデイ、キッズデイ と名づけられたプロジェクトも設定されてい る。学校内廊下への壁新聞でのプレゼン テーションなども授業内容に組み込まれた 作業として実施される。
次に第 8 学年次には、この年次中の 1 週 間 を 「 企 業 学 習 週 間
(Betrtiebserkuendigung)」として学習する プログラムが組まれている。一週間のすべ ての授業を企業についての学習だけに宛 てているのである。そのため、企業への質 問準備学習、企業での作業プロセスの学 習、企業においてなされる個々の作業で 求められる遂行能力についての学習、製 造過程の学習、農業分野に関わる企業、
さらに伝統的手工業、つまり食パン・ケー キ製造、精肉業など、また銀行、デパート、
小売商店、スーパーマーケット等々に実
際に見学も行い、実際的な知識として職 業を学ぶ仕組みである。同時にそうした実 地体験の後に、プレゼンテーション授業で の発表体験がさらに組み込まれている。
次に第 9 学年次には、「職業オリエンテ ーションプログラム」が設定されている。こ の段階で、3 週間続く企業実習を授業とし て経験する。この企業実習の経験を通し て、企業内において行われる経営活動・
生産活動など労働・職業活動の詳細を実 地で学ぶ機会とするのである。この企業実 習授業には学校教師による企業との連携 した対応が求められ、企業及び学校双方 からの監督・指導が行われる。そして、最 終学年である第10学年次には、第 2 回目 の企業実習プログラムが実施される。この 段階で、次の二元制職業訓練段階への 見通しを確信させる課程としているのであ る。企業実習を通して自己の職業遂行能 力を自覚し、次の段階である二元制職業 教育制度上の職種選択及び企業訓練契 約への志願を自ら提出する道筋を理解さ せるのである。この課程では、当然ながら 職業への道のみの選択が行われるのでは ない。大学進学に通じる中等教育II段階 でのアビトウアへのコースを選択する道も 用意されている。しかしこれらは、すべて 生徒の自発的な選択のもとで行われてい るという説明であった。これらのほかに、こ の学校プログラムとして実施されているも のに、学校内営業の事例、職業と結びつ くプロジェクトの実施などの説明がなされ たが、学校教育段階での生徒の職業意識 改革を促す方策が常に模索されていると いう印象であった。
このほか、ブレーメン大学では学校教育
−職業移行での職業準備教育を通常の 授業課程に組み込む方式、職業訓練提
供企業不足解消策、大学卒業生の職業ミ スマッチの問題等々、さらにブレーメン市 内の金属分野職業学校でのNEET防止 対策の検討等々も、その一端を知ることが できた。またブレーメン大学で2002 年に 設立されたキャリアセンターの活動等、多
くの模索についてインタビューできたが、
それらについては別の機会に譲らせてい ただきたいと思う。
*本田由紀『若者と仕事−学校経由の 就職を超えて―』東京大学出版会、2006 年。