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スウ ウェ ェー ーデ デン ンの の就 就学 学前 前教 教育 育に にお おけ ける る質 質の の取 取り り組 組み み
-学校査察庁による調査報告に基づいた現状と課題-
白石淑江
Quality work in Early Childhood Education in Sweden
―Actual Condition and Challenges based on the Report published by the Swedish Schools Inspectorate―
Yoshie Shiraishi
わが国では、現在、保育の量的拡充と並行して質向上の取り組みが進められている。厚生労働省は 2019 年に「保育所等の保育の質の維持・向上に関する検討会」を発足させ、諸外国の取り組みを踏まえて、多 層的、体系的な仕組みの構築や、保育所保育指針を共通の基盤としていく方向性を示している。そこで、
このような方針を具体化していくための示唆を得ることを目的として、2008 年に学校査察庁を設置し、
組織的に質向上に取り組んでいることで知られるスウェーデンの仕組みや実施状況を調べた。資料は、
学校査察庁が学校庁の委託を受け、2015 年から 3 年間かけて行った全国調査の「最終報告」であり、就 学前教育カリキュラムの目標の達成をめざすことが質の向上につながるとの観点で実施されたものであ る。その結果、国の法的な枠組み、自治体、及び、就学前学校の校長や保育者の役割と責任の明確化、そ して、多層的組織的な取り組みにおける対話や連携、協力の重要性が明らかになった。
キーワード:就学前教育、質の取り組み、スウェーデン学校査察庁、政府報告書
Key words:early childhood education, quality work, Swedish schools inspectorate,
government report
Ⅰ
Ⅰ..研研究究のの背背景景とと目目的的 政
政府府のの検検討討会会がが示示すす保保育育のの質質のの基基本本的的なな考考ええ方方
乳幼児期の保育・教育の質が子どもの将来に与える影響や社会の人材育成という意味で重要であるこ とは、OECD 報告(2001,2006)などによって国際的にも広く認知されている。わが国でも、現在、保育の 量的拡充とともに、質の維持・向上の取り組みが進められている。例えば、2015 年からの子ども子育て支 援新制度の施行、2018 年 4 月からの改定・保育所保育指針の適用に続いて、厚生労働省「保育所等の保 育の質の維持・向上に関する検討会」(以下、検討会と記す)が立ち上げられている。この検討会は、2018 年 5 月より 2020 年 6 月までに計 10 回開催されたが、検討会の中に作業チームや研究会が設けられ、特
定の課題についての検討が重ねられて、具体的な取り組みが提案されている。
検討会は、最初に「中間的な論点の整理」(2018)において、保育の質に関する基本的な考え方を示し た。そこでは、「保育の質は、社会的な価値づけ等に依拠するとともに、保育現場・地域・国の多層的な 取組が相互に連動し、多様な要素が関わって成り立つ」とし、「我が国の文化・社会的背景を踏まえた保 育所等における保育の質に関する基本的な考え方などについて議論を深める」との方針を明らかにした。
また、保育の質を子ども中心に考えることや、主に「内容」「環境」「人材」の3つの観点から捉えること などの基本的視点も示している。
そして、作業チームや研究会で特定の課題を検討し、その内容を次々に報告している。主なものとし ては、「諸外国における保育の質の捉え方・示し方に関する研究会 報告書」(2019)、「子どもを中心に保 育の実践を考える~保育所保育指針に基づく保育の質向上に向けた実践事例集~」(2019)、「保育所にお ける自己評価ガイドライン(2020 年改訂版)」(2020)、「保育をもっとたのしく 保育所における自己評価 ガイドラインハンドブック」(2020)、「保育所等における保育の質に関する基本的考え方等(総論的事項) に関する研究会 報告書」(2020)がある。さらに、第 10 回検討会終了後に、これまでの検討内容を総括 して「議論のとりまとめ『中間的な論点の整理』における総論的事項に関する考察を中心に」(2020)(以 下「議論のとりまとめ」と記す)と、「『議論のとりまとめ』を踏まえて今後求められること」(2020)を 発表した。
この「議論のとりまとめ」(2020)では、保育の質の考え方として、まず、「保育所等における保育の質 は、子どもの経験の豊かさと、それを支える保育士等による保育の実践や人的・物的環境からその国の 文化・社会的背景、歴史的経緯に至るまで、多層的で多様な要素により成り立つものである。」と述べて いる。そして、保育の質を検討する際には、「常に『子どもにとってどうか』という視点を中心とするこ と」、「現場、運営主体、地域、国の保育の質に関わる様々な仕組み・取組のありようを、個々に見るだけ でなく、相互の関連などを含めて全体的に見ること」などの観点を示している。また、保育の質には、
「一定の基準や指標に照らして現状を確認し、必要な改善を図り、全ての現場において保障されるべき 質と、実際の子どもの姿や保育実践の過程について対話を重ねながら意味や可能性を問い追求していく 質の両面がある」としている。さらに、保育の質の確保・向上に向けた取組の方向性として「保育士等を はじめ多様な立場の関係者が保育所保育指針を共通の基盤」とすることが重要であると続けている。
このような検討会の基本方針は、保育の質を保育所や保育者の問題と限定するのでなく、社会全体を 視野に入れて多層的、体系的に取り組む方向性を示している点、また、保育所保育指針を共通の基盤と することを明確化している点が注目される。わが国では、2019 年 10 月から幼児教育・保育の無償化が実 施されており、すべての子どもたちに質の高い幼児教育・保育を保障していくことが目指されている。
それゆえに、政府の保育所保育の質向上に対する積極的な取り組みに期待するところが大きい。
ス
スウウェェーーデデンンのの質質のの取取りり組組みみ
検討会の議論においては、「諸外国における保育の質の捉え方・示し方に関する研究会 報告書」(2019)
の結果を日本の質を検討する基礎資料としていた。報告書には、ニュージーランド、英国(主にイングラ ンド)、アメリカ、スウェーデン、ドイツの 5 か国を中心に、1)保育に関する文化社会的背景、2)保育施 設・事業・提供主体の所管・規制に関わる事項、3)保育者の資格免許、養成、研修、雇用形態や労働環境 等、4)カリキュラム、5)監査や評価、6)その他(家庭や社会の関与、実践の内容的特徴など)の観点から の詳細な調査結果が示されている。国によって保育の質の捉え方や取り組みの在り方、評価の方法など が異なっており、それぞれの国の制度や政策、社会状況や文化を背景とした多様な考え方や方法がある ことが分かる。
筆者は、長年、スウェーデンの保育制度の動向やカリキュラムの変遷について研究してきた。この国 は、21 世紀を迎える直前に保育施設としての förskola(英訳 preschool)を福祉部門から教育部門に移 管し、生涯学習体系の最初の段階に位置付づけた。待機児童問題解消の目途が立ち、子どもの権利条約 の批准を踏まえて、1 歳から 5 歳までのすべての子どもの学び育つ権利を保障する教育機関としての förskola(以下、就学前学校と訳す)として新たにスタートさせたのである。そして、1998 年には初め ての「就学前学校カリキュラム(Läroplan för förskolan; Lpfö98)」を制定した(白石,2009)。また、
2003 年には 4.5 歳児に年間 525 時間の無料の就学前教育を提供することになり、2010 年には 3 歳児にま で広げられることになった。さらに、2010 年には国の総合的な教育制度改革が行われ、新たに制定され た学校法(Skollagen,2010)において就学前学校が学校種の一つであることが明記された。このことは就 学前学校が他の学校種と同様の教育的な事業を実施する責任と義務を負うことを意味している。それゆ え、学校法(2010)第4条「質と影響」に規定されている組織的な質向上の取り組み(2-8 項:組織的な 質の取り組み、9-17 項:子どもや生徒、保護者の影響と協議)を行うことになった。また、それに伴い 改訂就学前学校カリキュラム(Lpfö98,Reviderad 2010)に「2-6 フォローアップ、評価、発展」の章が 新設された(白石、20013)。
このような経過は、大野(2019)が前述の諸外国の報告書においても詳述している。そして、スウェー デンの質の取り組みの特徴として、学校法(2010)において、国レベル、教育長(自治体)レベル、学校レ ベルの三段階で体系的に質の評価を行うことを規定している点をあげている。ただし、自治体や学校は質 の評価を行うことが義務付けられているが、その方法に関しては各自治体や学校の裁量に任されている。
また、就学前学校の教育活動の評価では、子どもの発達の到達度などの結果を評価するものではないこ と、さらに、子どもや保護者が参加することを規定している点に特徴があると述べている。
ところで、スウェーデンは、このように、2010 年以降、学校法や就学前教育カリキュラムに基づいて 組織的な質の取り組みを推進しているが、その積極的な施策の影響は実際の保育の現場にどのように表 れているのであろうか。最近、そのことを知る貴重な調査資料が報告された。それがスウェーデン学校 査察庁(skolinspektionen)が学校庁(skolverket)の委託を受けて実施した、「最終報告 就学前学校の 質と目標の達成 -就学前学校に関する 3 年間の政府委託調査」(2018)である。これはスウェーデンの 就学前学校が学校法(2010)に独自の学校種として明確に位置づけられて以降、他の学校種と共通の基 盤に立ってどのように組織的な質の取り組みを行っているのか、その実情を知る資料である。わが国で は、現在、現場、運営主体、地域、国の各レベルの取り組みを明確にし、多層的体系的に質の向上を図っ ていくことが検討されている。それゆえ、組織的な質向上の取り組みを行っているスウェーデンの実情 や課題を知ることは、わが国の今後の取り組み方に有意義な示唆を得ることができるのではないかと考 えた。
目
目的的とと方方法法
本研究では、スウェーデン学校査察庁(2018)「最終報告 就学前学校の質と目標の達成 -就学前学 校に関する 3 年間の政府委託調査(Slutrapport,Förskolans kvalitet och måluppfyllelse -ett treårigt regeringsuppdrag att granska förskolan)」(以下「最終報告」と記す)に基づいて、学校法
(2010:800)、及び改訂就学前学校カリキュラム(Lpfö98,2010)施行以降の組織的な質の取り組みにお いて、国、自治体、就学前学校の各レベルがどのような役割を担っているのか、また、そこでの課題は何 かを把握することを目的とした。
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究 C(一般)課題番号:19K02654(研究代表:岡田 泰枝)の一環である。当初は現地での聞き取り調査を予定していたが、新型コロナウィルス感染拡大に
より実施できなかった。それゆえ、本報告書の内容をより実情に沿って理解するために、イングリッド・
エングダール博士(前ストックホルム大学准教授)に、スウェーデン語資料の英訳や、関連情報の提供 などの研究協力を依頼し、オンラインによる研究会を合計 4 回(2020 年 9 月 10 日、29 日、10 月 19 日、
11 月 9 日)開催した。
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1..学学校校査査察察庁庁「「最最終終報報告告 SSlluuttrraappppoorrtt」」のの目目的的とと法法的的枠枠組組みみ 1
1))「「最最終終報報告告」」のの目目的的
スウェーデン学校査察庁は、2008 年に設立された行政機関であり、国内 5 か所、約 450 人の職員を擁 しており、かつて学校庁が行っていた学校の監督と質保証の責任を担う機関として独立した。主要な任 務は、就学前学校(主に公立を)、義務教育、高等学校、および成人教育に関する、定期的な監督、質の 監査、苦情に関する調査、独立した(私立)学校の許可証の発行の 4 つである。すべての子どもたちが 安全な環境で優れた教育を平等に受ける権利を保障することを目標にしている。
「最終報告」は、学校査察庁が特別に学校庁の委託を受けて、2015 年から 2017 年の間に、国内の就学 前学校の質と目標の達成状況について調査(以下、「調査」と記す)した結果の報告である。したがって、
その序文では、まず、学校庁(2012)の質の定義を紹介している。
「教育システムにおける質は、国の目標とガイドラインに応じて運営され、目標を良好に達成してい ることを集合的に示すものである。(略) 言い換えれば、それは、就学前学校がカリキュラムの目標に沿 って、子どもたちの発達と学びをどのように可能にしているかということを継続的に評価することであ る。ただし、そこには校長が設定した地域の目標、要件、ガイドラインも含まれる。」
「調査」では、この定義を踏まえ、就学前学校や自治体が、カリキュラムの目標達成に向けてどのよ うな取り組みを行っているか、その実情を把握するとともに、今後の課題を明らかにすることを目的と している。そして、学校法やカリキュラムに規定されている様々な質の取り組みや、それに影響を与え る要因を多角的に捉えて、いくつかのサブプロジェクトを実施した。その結果は個別レポートと全体レ ポートにまとめられており、例えば、個別レポートとしては、学校査察庁(2016)「就学前学校長のマネ ージメント -教育活動に対する責任」などがある。また、全体レポートは全部で2つ出されているが、
一つが本稿で資料とした「最終報告」であり、調査全体を総括する内容になっている。また、「最終報告」
には、就学前学校の質の取り組みにおける改善点を明らかにするだけでなく、質の取り組みに成功して いる就学前学校の状況や成功要因、事例も示している。
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2))「「調調査査」」のの背背景景とと質質のの取取りり組組みみにに関関すするる規規定定
この「調査」の背景には、すべての就学前学校が同等で質の高い教育を目指して取り組むことが、学 校法(Skollagen,2010)「第 4 章 質と影響」と、改訂就学前教育カリキュラム(Lpfö98,2010)「2-6 フ ォローアップ、評価、発展」に規定されたことがある。
そこで、以下に、就学前学校の質の取り組みに関する法律の内容を整理した。
【学学校校法法((22001100))第第 44 章章「「質質とと影影響響」」の内容】
第 4 章の内容は就学前学校だけでなく、すべての学校種に共通する規定であり、大きく二つの内容に 分けられる。
一つ目は「組織的な質の取り組み(Systematiskt kvalitetsarbete)」(第 4 章 2-8 項)に関する規定で あり、国レベル(2 項)、自治体レベル(3 項)、就学前学校レベル(4 項)において、教育についての計画、
フォローアップ、発展の取り組みを組織的かつ継続的に実施しなければならないと述べている。そして、
質の取り組みでは国の目標の達成を目指すべきこと(5 項)、また、文書化(6項)し、フォローアップなど を実行し(7 項)、苦情等に対応しながら質の向上を図っていく(8 項)ことを規定している。
二つ目は、子どもや生徒、及び保護者が教育内容に影響を与えることに関する「影響と協議(Inflytande och samråd)」(第 4 章 9-17 項)に関する規定である。子どもや生徒は、年齢と成熟度に応じて、教育を 発展させる作業に積極的に参加し、彼らに関する問題について情報を提供されなければならない(9-11 項)
とされている。また、保護者は教育に影響を与える機会が提供されるべきこと(12 項)や、校長は子ども や生徒、保護者に情報や協議の場を提供しなければならないこと、及びそれに関連する規定(13-17 項)が 示されている。
【就就学学前前教教育育カカリリキキュュララムム((LLppfföö9988,,RReevviiddeerraadd 22001100))のの内内容容】
現行の就学前教育カリキュラム(以下、カリキュラムと記す)は、2018 年に改訂されているが、「最終 報告」の調査が行われた際は、2010 年改訂版が適用されていたので、以下では、その内容を概観する。
2010 年の改訂では、「2-6 フォローアップ、評価、発展(Uppföljning, utvärdering och utveckling)」
の章が新設され、継続的組織的な質の取り組みは就学前学校の任務であると記されている。そして、「優 れた学びの条件を創りだすためには、子どもの成長と学びを観察し、ドキュメンテーションを作成し、
評価、分析することが必要である」としている。また、評価(utvärdering:英 evaluation)の目的につい ては、教育の組織や内容、実践を知り、子どもの成長と学びにとって良い条件を提供し、より良い仕事 の方法を開発するためであると述べている。さらに、どのような形の評価であっても、子どもの視点で 実施されなければならないことや、子どもと保護者が評価に参加し、彼らの声を取り上げるべきである ことが記されている。
次に、就学前学校教師、及び保育チームに対する指針として、子ども一人ひとりの成長と学びをフォ ローし、組織的かつ継続的にドキュメンテーションを作成して、評価することについて詳述している。
ただし、ここでの評価(utvärdering)は、子ども自身の能力や知識の到達度を査定することではなく、就 学前学校、あるいは教師や保育チームが、子どもたちの成長や学びにとって良い機会を提供しているか どうかを分析し、判断することを意味している。また、子どもや保護者が評価に参加し、影響を与える べきことも記されている。
さらに、2010 年の改訂では「2-7 就学前学校長の責任(förskolechefens ansvar)」と題する章も新設 された。校長は、教育リーダーとして、また全職員の長として、就学前学校がカリキュラムの目標や任 務に従って運営する責任を負うと明記されている。そして、その責務の一つとして、「組織的、継続的に 計画し、フォローアップ、評価を行い、発展させること」、質に関する取り組みを「教師や職員と一緒に 実施する」こと、「子どもや保護者にも参加する機会を提供する」ことが明記されている。
このようにカリキュラムでは、校長、教師、保育チーム、そして保護者や子どもを含む就学前学校に 係る人々全員が、質の取り組みに参加すること、またその仕組みの構築を提案している。
なお、スウェーデンでは、複数の保育者がチームを組んで保育を行っており(チーム保育)、なかには 教員免許を有していない保育者もいるため、カリキュラムでは、就学前学校教師と保育チームの役割と 責任を分けて記述している。
【一一般般的的アアドドババイイススととココメメンントト】
スウェーデンの質の取り組みでは、上記の他に、学校庁が出している複数の「一般的アドバイスとコメ ント」の役割も重要である。これはあくまでも政府の推奨事項であり、順守が義務付けられているもの ではない。しかし、教育現場では、法律に規定された内容を具体化していく際の手引書として活用され ている。
就学前教育の質向上に関するものとしては、2010 年以前に「就学前教育の質のための一般的アドバイ
スとコメント(Allmänna råd och kommentarer, Kvalitet i förskolan)」(2005)が出されている。こ れは、就学前学校での質の取り組みを「前提条件(構造的要因)」「保育実践の内容と方法」「目的の達成 状況」の 3 分野から捉えている点が特徴的である。しかも、国として、まず、保育の構造的条件である 子どものグループサイズ(1 クラスの子ども数)の改善に力を注いでおり、子どもの視点から質を捉える 方針であることが分かる。その後、これは内容が更新され、学校庁(2017)「就学前学校の目標達成 (Allmänna råd med kommentarer Måluppfyllelse i förskolan)」が発行された。就学前学校の管理・運 営、子どものグループ編成と環境、教育活動の重点、特別な支援、家庭との協力についての奨励事項が 示されている。また、2010 年の新学校法の制定に伴って、就学前学校と基礎学校に共通する方針をまと めた、学校庁(2015)「学校システムにおける組織的な質の取り組み(Systematiskt kvalitetsarbete
-för skolväsendet)」に関するアドバイスとコメントも出されている。
2
2..「「最最終終報報告告」」ににおおけけるる調調査査のの対対象象及及びび内内容容
「最終報告」にまとめられた調査の対象は、表 1 に示すようである。さまざまな規模の就学前学校や、
自治体(公立)、及び民間(私立)の就学前学校、合計 455 校を対象とし、110 の自治体が調査に協力してい る。また、公立、私立両方の校長もしくは所有者 136 人、異なる資格の保育者 2,500 人以上の面接調査 が行われ、合計 2,700 時間の観察が実施された。さらに、就学前の子どもがいる保護者へのアンケート 調査(約 95,000 人以上)、就学前学校職員(約 19,000 人)へのアンケート調査も実施し、合計 3,146 の 就学前学校が参加した(内、私立は 25%)。
そして、調査内容は、学校法(2010)、就学前学校カリキュラム(Lpfö98、2010)、及び、いくつかの 一般的アドバイストとコメントに基づき、「目標達成」に影響すると考えられる要因や活動が選定された。
表 2 には、サブプロジェクトで実施された内容と件数が示してある。保育者と子どもの割合やグループ サイズは、保育の前提条件として現在も重視されており、実施件数が最も多くなっている。その他、保 育者の教育活動、特別支援や多言語性などの教育内容、及び、校長や自治体の運営やマネージメントに ついても調査している。
表 1 調査対象 表 2 調査内容 (計 519 件) (件数)
就学前学校(公立、私立) 455 校 子どもと保育者の割合・グループサイズ 196 就学前学校長(公立、私立) 136 人 教育的活動 82 自治体(調査への参加) 110 自治体 ジェンダーの平等 36 教育的保育(pedagogisk omsorg)** 58 か所 校長のリーダーシップ 35 就学前学校教師**,,准保育士***,
保育補助者(インタビュー調査)
2,500 人 自治体の監査 35
特別な支援 35
就学前学校での観察 2,700 時間 多言語の子ども 34 就学前学校職員(アンケート調査) 19,000 人 所有者/当局のマネージメント 29 保護者(アンケート調査) 95,000 人 数学、科学技術、自然 24
全国調査への参加 2自治体 基本的価値観 15
*在宅型の保育。日本の家庭的保育と類似。**就学前学校教師(förskollärare): 大学で学士を取得し、教員登録した者
***准保育士(barnskötare):高校で保育を学んだ者。または 1 年間の研修を受けた者。
引用文献:Skolinspektionen (2018) Slutrapport,10,14.
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3..「「最最終終報報告告」」のの主主なな内内容容 1
1))目目次次
「最終報告」の目次は、表3に示した。長期 間にわたり、大規模かつ多角的な調査を行った 結果を、就学前学校の強みと課題という視点か ら整理し、今後のさらなる質向上のために取り 組むべき課題をまとめている。以下では、その 主な内容を概観する。
2
2))就就学学前前学学校校のの強強みみとと課課題題
この章では、スウェーデンの就学前学校には 強み(Svensk)があるが、就学前学校によって、
質が大きく異なっていることを示している。そ
して、すべての就学前学校が同等で高い質の教育を目指して取り組むべき課題をあげている。
【就就学学前前学学校校のの強強みみ】
この章の最初に、査察官は、訪問したほとんどの就学前学校において、保育者(以下、就学前学校教 師、准保育士、保育補助者の総称とする)が教育活動に責任を持ち、子どもたちの発達と学びを刺激し、
挑戦するための活発な活動が進行中であったことを報告している。そして、特に強調に値する強み(長所)
として、以下の 4 点をあげている。
・子どもの社会化に貢献する民主的な風土
・子どもの相互作用や遊び、学びを刺激する環境,
・意図的な言語コミュニケーション
・安心感(trygghet)と存在感(närvaro)を与えるケア
スウェーデンのカリキュラムでは、最初に、スウェーデン社会が依拠する民主主義の人間尊重の価値 観を定着させることが就学前学校の任務であると謳っている。二文字(2011)は、福祉国家スウェーデ ンの公教育の特徴を、「公正・平等・連帯」を原則とする民主主義的価値観を尊重していると述べている が、これは、この国のすべての学校種に共通する教育目標である。「最終報告」では、保育者が、日々の 活動において子どもたちの言語的、非言語的なサインに敏感に耳を傾け、子どもたちに影響力を持つ機 会を与えていること、子どもとの日常のやり取りにおいてロールモデルとして機能し、スウェーデン社 会が基盤とする人権と基本的な民主主義の価値観を尊重する意識を定着させる努力をしていると述べて いる。また、保育者はインタビューにおいて、平等な扱いの重要性を強調しており、査察官も、実際に保 育者が子どもたちの他者への思いやりを育てる支援を行っている例を見て来たと報告している。さらに、
アンケート調査の結果では、保護者の 5 分の4がカリキュラムの目標である民主主義的価値を培う教育 が行われていることを認めていたと記している。
【就就学学前前学学校校のの課課題題】
今後、カリキュラムの目標達成を目指す上で改善していくべき課題としては、以下の 10 項目をあげて いる。目標達成に影響する構造的要因や組織・運営面、教育実践上の問題など、多角的な視点から課題 が捉えられている。
・保育者と子どもの割合と子どものグループサイズが果たす役割
序⽂ 5 (ペーシ) 要約 6-10 序論:背景、学校査察官は何を調査したか 11-14 就学前学校の強みと課題 就学前学校の強み 15-18
就学前学校の課題 19-28 就学前学校の質に貢献する特徴 29-32 校⻑の質向上の取り組み 33-34 資源分配のフォローと分析 35-36 質向上に関わる要因の検討 37-46 学校査察官の終わりの⾔葉 47-48
⽂献、付録 49-70 表3 「最終報告」の目次(章のみ)
・保育者が子どもたちにケア、アクセシビリティ、安心感を十分に提供していない場合
・カリキュラムの確実な実施の難しさ
・ティーチング(Undervisning)が(就学前学校の)理念や内容の根拠とされていない ・特別な支援が必要な子どもに丁寧な指導が行われていない
・求められるスキルの発達やリフレクションの優先度が低い
・教育実践において役割と責任の不明確さがある
・校長の教育的なリーダーシップより管理責任が優先されている
・様々なレベルでの取り組みが質の向上をサポートしていない
・私立の就学前学校に対する自治体の監督が曖昧である.
以下では、特に「組織的な質の取り組み」という視点から、3 つの課題に焦点を当てて報告内容を見て 行くことにする。
一
一つつ目目のの課課題題は、質の構造的要因である、子どもと保育者の割合(保育者一人に対する平均子ども数)
と、子どものグループ(ユニットとも呼ぶ、日本のクラスに相当)のサイズ(規模)を適正にすることで ある。改善すべき課題が多い就学前学校は、保育者一人当たりの平均子ども数が多く、保護者の約 4 分 の 1 が人的配置の問題をあげていたと述べている。
保育者の適正な配置が子どもたちの日常生活に影響を与えることは、学校庁(2016)「就学前学校の子 どものグループサイズ-教育学的・発達心理学的・社会心理学的研究調査」でも示されており、子ども が所属するグループは子どもにとって安全なプラットホームとして機能することが理想であり、保育者 による安心感を与えるケアや良好な相互作用は、子どもの言語的、認知的、社会的発達の基盤であると している。なお、子どものウェルビーイングと安全・安心にとっては、グループサイズよりも保育者一 人当たりの平均担当子ども数が重要であり、基本的な人的条件を整えることは、校長や所有者、または 当局の責任であるとも述べている。
また、適正な人事配置と並んで重要な課題は、教育を受けた保育者を配置することである。スウェー デンでは 10 万人を超える就学前学校スタッフのうち約 40%が大学を卒業した正規の就学前学校教師
(förskollärare)であり、他のスタッフは主に高校の教育を受けた准保育士(barnskötare)である。し かも、就学前学校で働く人たち全体の 28%が、子どもに関わる仕事の教育を受けていない保育補助者で あることの問題が指摘されている。
2
2 つつ目目のの課課題題としては、いくつかのサブプロジェクトにおいて、就学前学校における教師の役割を規定 する用語 undervisning の概念に関して、保育者や校長などに強いアンビバレンツが認められたことがあ る。undervisning(日本語訳は、教授、教えることなどが考えられたが、適した訳語と判断できなかった ため、英訳の teaching を用いて以後ティーチングと記す)は、学校法(2010)に就学前学校が独立した 学校種として認められたことを契機に、基礎学校の教師と同様に保育者の専門性を表す言葉として用い られるようになった。しかし、査察官による保育者へのインタビューでは、就学前教育では教えるべき ではないとの反対意見や、それは学校で行うべきことであるという声が多かったと報告している。また、
子どもは常に学んでおり、子どもが行うことすべてに学びが存在しているとの意見も聞かれるなど、学 習(lärande)とティーチングの概念の混同が認められるとも述べている。
33 つつ目目のの課課題題としては、運営管理面の問題があげられる。カリキュラムには、校長は就学前学校の内部 組織、教育的なリーダーシップ、質の向上に対する責任があると記されているが、いくつかのサブプロ ジェクトにおいて改善の必要性が指摘されている。特に、管理的な役割に大半の時間を費やし、教育リ ーダーとしての役割が十分果たせていないこと。また、校長と自治体の責任当局、あるいは所有者/経営 者の指揮系統(styrkedjan)が十分に機能していないことも指摘されている。そして、校長と責任当局/
所有者の両方が、カリキュラムの目標達成について、教育活動をフォローし、評価して、徹底した分析 を行う必要があるが、現状では、就学前学校レベルでも、責任当局/所有者のレベルでもほとんど行われ ていないと述べている。
なお、自治体は、学校法(2010)により、私立の就学前学校を認可し監督する任務を担っているが、多 くの自治体が、就学前学校を評価する構造化された基準やデータを用いておらず、定期的な訪問も行っ ていないこと、それゆえ、公立と私立の就学前学校の間に、同等でないリスクが生じる可能性があると 指摘している。自治体は、私立の就学前学校がその使命を確実に果たすよう監督する責任があり、教育 的な課題や改善のニーズを持つ就学前学校に介入する権限を有している。その任務を適切に実行すべき であるが、そのためには、評価文書や評価基準を開発する必要性があると述べている。
以上、就学前学校がカリキュラムの目標達成を目指す上で改善していくべき課題を 3 点あげた。「最終 報告」では、その他に特別な支援が必要な子どもの指導における課題、保育者に求められるスキルの発 達やリフレクションに関する課題、教育実践における役割と責任の不明確さなどの問題があげられてい た。
【
【就就学学前前学学校校のの質質にに貢貢献献すするる領領域域】】 この章では、目標達成に成功してい る就学前学校の特徴と、今後改善すべ き課題が多い就学前学校の特徴をあげ ている。
表 4 はそれぞれの調査対象の就学前 学校を課題が多い群と、課題が少なく 良好である群に分け、構造条件別の平 均値を示したものである。質の高い就 学前学校群の方が、構造的条件の数値 が高いが、有意差が認められたのは 3 項目であった。
また、表5は、就学前学校の教育 活動と運営管理面で改善の必要が認 められた調査領域別に、課題が多 い群と質の高い群の数と割合を示 したものである。今後改善される べき調査領域は、前述した課題と ほぼ一致しており、質が高い群で は、カリキュラムの目標に関連す るこれらの領域の取り組みが良好 に行われていると言える。
以上の資料からは、学校査察庁 の「調査」がどのような観点から 実施されたかを把握することがで きる。質が高い就学前学校は、国 のカリキュラムの目標達成に向け た取り組みが良好であり、具体的
項目
課題が多い 就学前学校群
質の高い 就学前学校群 ユニット(クラス)数 3.0 3.3 子ども数/ユニット* 18.8 人 16.4 人 保育者数/ユニット 3.4 人 3.5 人 就学前学校教師/ユニット* 1.5 人 1.7 人 子ども数/就学前学校教師 13.5 人 11.3 人 就学前学校教師の割合 46% 49%
対象就学前学校での校長の年数 4.1 年 4.8 年 保育者が研修を受けた割合* 51% 100%
課題が多い 就学前学校
質が高い 就学前学校 子
子どどももググルルーーププのの活活動動ににおおけけるる調調査査領領域域 数 割合(%) 数 割合(%)
ジェンダー平等 35 97 1 3
多言語の子どもの言語発達 31 92 3 9 活動における教育的な課題 72 88 10 12 数学、科学、技術に関する活動 18 72 4 18 特別な支援を必要とする子どもの指導 23 66 12 34 基本的な活動 8 53 7 47 ガ
ガババナナンンススとと管管理理にに関関すするる調調査査領領域域
地方自治体による校長の監督 29 83 6 17 校長による統括 21 72 8 28 責任者/校長の事業運営の管理 22 63 13 37
表4 課題が多い就学前学校群と質の高い就学前学校群の構造的条件
表5 調査の領域別にみた改善が必要とされる学校数及び割合 引⽤:Skolinspektionen(2018) Slutrapport,BilagaⅣ,59 *有意差(p<0,05)
引用:Skolinspektionen (2018) Slutrapport,BilagaⅤ,60.
には、構造的な条件を整えており、カリキュラムの目標に沿った教育活動を提供し、自治体や学校庁/
責任者が円滑な運営管理の責任を果たしているところであると言えよう。
【校校長長のの質質向向上上のの取取りり組組みみ】
カリキュラムに就学前学校長の責任に関する章が新設されたのは 2010 年の改訂の際である。校長は、
就学前学校の内部組織、教育的リーダーシップ、就学前学校の質に対する責任が明確化された。「最終報 告」では、前述したように、校長が人事問題、予算、施設、子どもの配置、その他の管理業務を優先し、
教育的なリーダーシップが発揮されていないこと、その結果、教育活動の発展が損なわれていると報告 している。そして、校長のリーダーシップについては、保育者の仕事についての継続的な対話が必要で あるとしている。
【資資源源分分配配ののフフォォロローーとと分分析析】
学校法(2010)第 2 章 8 項では、自治体は子どもの様々な条件やニーズに応じた資源を配分しなけれ ばならないと規定しているが、自治体が各就学前学校に配分する金額は、入所子ども数に応じて支払わ れている。この現状は、子どもの様々なニーズと条件が考慮されているとは言えず、社会経済的分配の 原則が機能していない。自治体は、経済的資源の配分をフォローし分析するシステムを開発し、就学前 の子どもたちに平等な学びや育ちの条件を提供するよう子どもや就学前学校のニーズに応じた確実な配 分を実現する必要があるとしている。
3
3))質質向向上上にに関関わわるる要要因因のの検検討討
この章では、前章の「就学前学校の強みと課題」を踏まえて、質向上に関わる 8 つの要因を取り上げ、
学校法に規定されている「組織的な質の取り組み」の課題を検討している。以下は、その内容の要約で ある。
・質質のの格格差差はは同同等等のの就就学学前前学学校校ををつつくくららなないい::「調査」では、就学前学校間の格差が大きく、すべての子 どもに平等な教育が提供できていない実情が明らかになった。そして、その格差を埋めて行くために は、就学前学校だけでなく、所有者や責任当局もそれぞれの役割と責任を果たしていく必要があると 強調している。
・カカリリキキュュララムムのの理理解解やや解解釈釈ののババララつつききががああるる::カリキュラムが基本文書であることはよく知られてい るが、一部の目標が見えていないなどの問題がある。その背景には、一種の意識的あるいは無意識的 な抵抗がある可能性や、教育を受けた保育者の確保が十分でないことも関係していると述べている。
これに関しては、政府にも責任があるが、就学前学校の校長や保育者、所有者や自治体の責任当局も、
カリキュラムの根拠と意図を知る必要がある。
・教教育育ののププロロセセススとと就就学学前前学学校校のの文文化化ととテティィ--チチンンググ::就学前の教育は、保育者の子どもと対話し 交流する能力に依存しているが、「調査」では、教師や保育チームは子どもの経験内容を広げ、発 達や学びの条件をつくる機会を逃すことがあると指摘している。また、コミュニケーションを基 盤とした教育プロセスを推奨しており、対話教育法の伝統(荒井、1983)を基盤とし、さらに子 どもの参加する権利の視点を加えた教育の特徴がうかがわれる。
また、前述のティーチングの概念をめぐる課題が再度取り上げられている。伝統的にティーチ ングは基礎学校が行うことという考え方があるが、教育の文化と価値観は、校長と保育者が一緒 に作っていくものである。現在は教育を受けることが子どもの権利と見なされており、保育者は 自分の役割を自覚し、前に進む必要があると記している。
・学学習習組組織織ととリリーーダダーーシシッッププのの重重要要性性:学習組織とは保育者や職員が同僚と一緒に学ぶ仕組みのこ とである。校長の教育的なリーダーシップの重要性が再度確認されている。
・実実行行とと発発展展 --相相互互作作用用すするる22つつのの論論理理:学習組織で取り組む内容は、実行の段階と省察と発展の 段階の2つに分けて説明されている。就学前学校では、日常的な業務や子どものケア、そして子 どもの発達や学びを実行する必要があるが、まずは、これらの任務を安定的効率的に実行する組 織づくりが必要である。また、その次には、任務の実行について省察し発展につないでいく場が 必要であるとしている。
この実行と発展に取り組む組織を作っていくためには、安全で安心できる参加と省察の場(信 頼のマネージメント)を作り出し、組織内で経験と情報を共有し、対話と共同考察を行うことの 重要性を強調している。
・ススキキルル開開発発とと省省察察にによよるる学学習習: 保育者は教育実践の方法やプロセス、子どもの見方について継続 的に省察する必要があり、そのためには科学的知識を蓄積し、仕事を批判的に検討する必要があ る。保育者に求められるスキルは幅広く、例えば、実践と理論に関する知識、知的技術的スキル、
態度、価値観、責任感、人格、社会的スキル(共同作業能力、リーダーシップ、言語およびコミ ュニケーション能力)などがある。
就学前学校の質を高めるためには、保育者のスキルの開発と継続教育が重要であり、これを保 証する責任は、就学前学校の所有者、責任当局、校長にあるとしている。また、同僚との「共同 学習」も有効な方法であるとも述べている。「共同学習」とは、保育チームのメンバーで、または 異なる就学前学校の保育チーム間での合同研修や学習サークル活動などである。
生涯教育の国とも呼ばれるスウェーデンでは、20 世紀初めから労働者の草の根的な学習サーク ル活動が展開されており、その活動を支える労働者教育機関も整備されている。また、そのよう な学習活動に対して公的な補助も積極的に行われおり、民主主義社会の主要原則である教育機会 の平等の実現が目指されている。しかも「最も教育に恵まれなかった人々に優先的に教育を与え るべきである」との原則もあり(丸尾,1992)、スキル開発や学習への意欲がある人にはその機会 が保障される社会的環境が整っている。
・就就学学前前学学校校のの自自治治、、協協力力ととリリーーダダーーシシッッププ:就学前学校には、伝統的にチーム保育を基本としている。
それは複数の保育者がチームを組み、話し合いと協力によって責任を果たしていくことを原則として いる。このようなグループベースの活動は、重層的に構造化された作業組織よりも効率的に機能する と考えられている。緊密に協力してチームで働くという伝統は、教育実践の前提条件であるとともに、
子どもたちとの仕事の基盤となっているのである。「協力」という用語は、従業員が雇用主や仕事との 関係をどのように処理するか、責任と権限、忠誠心、参加、能力、コミュニケーションのバランスを 表しており、就学前学校の自治はリーダーシップと協力によって実現されるとしている。
・就就学学前前学学校校ににおおけけるる目目標標達達成成 --結結果果とと質質::就学前学校の校長、保育者、所有者/責任当局は、就学前学 校が国の目標に向かってどれだけうまく機能しているか、そして何を改善できるかについて、フォロ ーアップして分析する必要がある。就学前教育カリキュラムには多くの目標があり、いくつかの全体 的な目標は学校法に直接関連しているものもある。年間の就学前学校の仕事と結果を組織的にフォロ ーアップ、評価、分析することによって、目標達成によりよい貢献をすることができる。
以上の質に関する要因は、主として、就学前学校での組織づくりや活動方法の観点からの課題である と言える。同等の教育を実現するには、カリキュラムの意図を確実に理解し、時代と共に変化する就学 前学校や保育者の役割を前向きに考えて進むべきであること。そして、職場の同僚と学び合う学習組織 をつくり、組織的に実行-発展の仕事に取り組むこと。そこでは対話や共同で省察することやスキルの開 発や共同学習が重要な役割を果たすこと。さらに、自治グループで働く伝統を生かし、就学前学校の仕
事をフォローアップし、評価、分析し、発展させることにより、カリキュラムの目標達成に貢献できる ことが述べられている。
組織的な質の取り組みを単にシステムの形や構造のみを示すのでなく、構成員一人ひとりにとっての 組織の意義が見えてくるような提言である。また、組織は構成員の協力によってつくられるとともに、
構成員の働きによって活発に機能して行くことも理解できた。「公正、平等、連帯」の民主主義的価値観 に基づいた組織のあり方が示されているように思われる。
4
4..「「最最終終報報告告」」にに基基づづくく33つつののレレベベルルのの質質のの取取りり組組みみ
これまで、学校査察庁の 3 年間にわたる調査結果を総括した「最終報告」を駆け足で見てきたが、ま だ緒に就いたばかりのわが国の現状に比べると、はるか先を行っているように思われる。とりあえず、
その全体像をつかみたいと考え、学校法(2010)第 4 章「組織的な質の取り組み」(2-8 項)を参考に、
国レベル、自治体レベル、就学前学校レベルにおける、調査内容や課題を整理してみた。その結果は表 6に示した。「最終報告」の内容を網羅し尽くしたとは言えないが、多層的多角的な視点で取り組まれて いることが分かる。
「最終報告」では、スウェーデンの就学前教育は国際的に高い評価を受けており、「調査」でも多くの 就学前学校がカリキュラムのデザインに沿った教育に努めていたと述べている。しかし、いくつかの強 みを有している一方、質改善の課題も多く認められ、すべての子どもに同等の教育が提供できていない状 況にある。質や平等の欠如は深刻とは言えないが、就学前教育の重要性は増しており、今後も国の目標 の意図や内容に沿った質の高い教育をめざす必要があるとしている。そして、質の差異はあらゆるタイ プの就学前学校にあり、同じ学校内にも存在していた。公立と私立の質の差異は認められず、地理的な違 いや、自治体の社会経済レベルについても顕著な質の差異はなかった。しかし、質の差異は styrkedjan(指 揮系統)のレベルごとに異なる要因があることが推察されたと述べている。styrkedjan とは、学校法やカ リキュラムの目標が就学前学校において具体化されるまでの組織網のことであり、国、自治体、就学前 学校の3つのレベルを含んでいる。表6には「最終報告」の内容を網羅し尽くしたとは言えないが、質 に関わる要因や仕事が多様かつ多数であり、相互に関わり合っていることが明らかである。ただ、多層 性を示すためには、子どもを円心に置き、それを就学前学校、自治体、国の各レベルが取り囲むように 図示すると、国の枠組みの重要性が分かり易かったかもしれない。
いずれにしても、学校庁から独立して学校査察庁が設置され、質保証に責任を持って取り組んでいる こと、学校法とカリキュラムにおいて組織的な質の取り組みの方針が明確に示されていることなど、国 の仕組みや法的枠組みの重要性が示唆された。しかし、「最終報告」では多くの課題があげられており、
仕組みが整備されただけでは、保育の質の向上は実現できないことも確かであろう。その意味では、「最 終報告」の最後の章で、就学前学校の文化を校長と保育者が一緒に作っていくこと、信頼のマネージメ ント、共同学習、協力、自治グループといったキーワードで語られた組織づくりからも学ぶことは大き い。保育の質は、長期的な視点を持ち、国、自治体、就学前学校すべてのレベルの人々が組織的かつ継続 的に取り組むことが重要であると言えよう。
5
5..おおわわりりにに
本稿は、スウェーデン学校査察庁が学校庁の委託を受けて実施した、就学前学校の質に関する調査報 告書を資料として、多層的多角的な質向上の取り組みの実情と課題を明らかにしようとしたものである。
3 年間の複数のサブプロジェクトを総括した内容を、どの程度把握できたかは疑問であるが、「組織的な
表6 「最終報告」(2018)に基づく3つのレベルの質の取り組み 国レベル 法律
政令
政府文書
学校法(Skollagen 2010:800)第 4 章質と影響 就学前教育カリキュラム(Lpfö98,Reviderad 2010)
2-6 フォローアップ、評価、発展 2-7 就学前学校長の責任
一般的アドバイスとコメント
学校システムにおける組織的な質の取り組み(2012)
就学前学校の目標達成(2017)
就学前学校の子どものグループサイズ(2016)
事業 カリキュラムの普及、啓発
研修・スキル開発(対象:校長、就学前学校教師、保育者)
自治体 レベル
任務 校長(公立)の監督
経済的資源の配分、フォローと分析 私立の就学前学校の認可と監督 就 学 前 学 校
レベル
構造的条件 人的条件:グループサイズ、子どもと保育者の割合、
教育を受けた教師や准保育士の配置
物的環境:遊びや学びを触発する環境(園庭、遊具、保育室、教材等)
保育者の研修の機会 教育内容 カリキュラムの理解と解釈
カリキュラムの目標:ジェンダーの平等、多言語の子どもの言語発達の 援助、活動における教育的な課題、数学、科学、技術に関する活動、特 別な支援を必要とする子どもの指導、基本的な活動)
教師、保育チー ムの役割
教師のティーチングに対する責任
教育実践のフォローアップ、評価・分析、発展 学習組織、自治グループへの参加、協力
校長の役割 職員の統括、運営・管理(人事、予算、施設など)
教育的なリーダーシップ 質の向上に対する責任 自治体の責任当局との連携 所有者(私立) 事業運営の管理
質の向上に対する責任
質の取り組み(Systematiskt kvalitetsarbete)」の概要がおぼろげながら見えてきたように思う。
スウェーデンが保育政策の重点を質の向上へと転換したのは、保育施設を福祉から教育へ移管すると いう大きな制度改革を行った 1996 年である。わが国が積極的にこの問題に取り組み始めたのは、それよ り遅く最近のことである。しかし、政府の検討会が目指す基本的な方向性にはスウェーデンとの共通点 も認められる。例えば、厚生労働省の「保育所等の保育の質の維持・向上に関する検討会」による「保育 所における自己評価ガイドライン」の改訂やハンドブックの作成、説明会の実施などは、国レベルの取 り組みの一つであると考える。保育所保育指針は法令としての性格を持つ告示であり、そこには「評価」
の内容も記されている。保育所保育指針を共通の基盤として、園内での自己評価を保育者一人ひとりか
ら、園全体の課題へ、そして地域や国の課題へと広げていくことで、質向上の取り組みが活発になって いくのではないかと考える。もちろん、現場の自己評価で提起された課題を、園全体の課題や自治体、
国の課題として吸い上げていくことが重要であろう。
「最終報告」では、福祉から教育への移管により、保育者たちがカリキュラムに登場したティーチン グの概念に抵抗感を示していることが報告されていた。しかし、その後、この問題は関係者の注目を集 め、活発な議論が展開されることになったようである。そして、学校庁はこの動向を踏まえて、その後 改訂した就学前教育カリキュラム(2018)においてティーチングの定義を明確化し、「2-7 就学前学校教 師のティーチングにおける責任」という章を新設した。また、学校庁は「就学前教育におけるティーチ ング:概念の概要(Undervisning i förskolan: En kunskapsöversikt)」(2018)を発行して全国に配布 し、概念の共通理解を図った。
カリキュラムに新設された章「2-7 就学前学校教師のティーチングにおける責任」の内容を見てみる と、ティーチングは就学前学校教師が担い、子どもが知識と価値観を深め、発展させていくことによる 子どもの発達と学びを目標とすると述べている。しかし、その過程では、ケア、発達、学びが全体像を形 成するようにし、子どもが経験したことや学んだことから活動を計画し実施すること。また、子どもが 自発的に行う活動や、日常的な活動、日課もティーチングの一部になること。子どもの探求心と好奇心 を刺激し、発達と学びにインスピレーションを与えるような教育的な内容と環境を向上させることが記 されている。ここには、スウェーデンの伝統であるエデュケアの理念やホリスティックな発達観を受け 継ぎつつ、基礎学校との教育とは一線を画した、就学前教育の独自性を示す概念が示されている。そし て、これは、多くの保育者たちがティーチングの定義の明確化に貢献した事例と言っても過言ではない であろう。また、「最終報告」の意義を示す事例であることも確かである。
保育所の自己評価の取り組みが、この事例のように、保育者たちの参加による保育文化の創造につな がることを期待したい。
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