高校入試模擬テスト 第1回 1 / 4
超
ナ ビ
スー パ ー
一⑴
目の前にある事実
を言葉 で 描 写 するとい う場 合、
「テ ーブルの
うえにりん
ご がある」
というの
は「言 葉 になる」こ
と だと言 っ て よい。
次 に、
「 テ ーブ ルのうえ
に赤い り んご と青いり
ん ごがある」
という場
合 も、
( それ で聞い て い る 人 が 納 得 すれ ば
、 ) 「言 葉 に な る」と言
える。しかし
、 その 赤さ
、その 青 さが ど の ような 赤 さ で あり
、ど んな青 さ な のか、と問
う 人がい て
、言 葉 ( 返事 ) に窮し てし ま え ば
、「
言 葉 に な ら な い
」に な っ てし まう。静
物画家が、その
赤 と青 をキャンヴ ァスに描い
て 見せれば、それは言葉
を 超 え た次 元だ、と言
う こ と もで き る
。 し か し
、 言葉によ
っ て それ を捉 えようと
する試み
を あき ら め ず に 続け
、 そ れが
「う た ( =詩 ) 」 にな れば、
つ ま り
、赤さと
青さが詩的言語 によ っ て 表 現 さ れ
、説 得力 を持 てば、
「 言葉 になる」
ことになる
。「
言 葉にな る
/ならな い
」の違い、
境界は、
「目の前
のりんごを
言 葉 で 表現 でき る か どうかという」
「 簡単なこ
と
( 実際に表現するの
は容易 で はなく て も 違いは 明 白 ) 」になる。
⑵直前で述べている「何かが『ある』という
事実は言葉になり、それが『どのように』あ
るかという有り様は言葉にならない、あるい
は少なくともなりにくい、と言えるでしょう
か」ということについて、当てはまらない場
合、むしろ反対の場合があることを後で述べ
ている。つまり「単にりんごが赤い/青いと
いうこと」は有り様を言い表わしていても、
ほと んど の場合 ( 細かい色
の 違いを言
い 出 さ
ない限りは
) 簡単
に伝わるし、「逆に『ある』
という事実の方だって
」 、
「 言 葉 で 伝 え る こ と
が難しく」なる場合があることを述べている。
したがって、逆接の接続詞が適する。
⑶「果物屋さんの店先で、スターキングでは
なくゴールデンデリシャスを入手する、とい
うような場面の必要性に応えるものが、『普通
の言葉』にはあります」と述べている。この
前の部分をよく読めば、「既成の単語を適用す
るだけで済む」のは、
「 日常生活において
、実
用的なコミュニケーションを行う
」 場合
で、そ
の具体的な例が、「果物屋さんの店先で、スタ
ーキングではなくゴールデンデリシャスを入
手するという場面」であるという、各部分の
関係がつかめてくる。また、少し後の「微細
な区別」「実用を超えた区別」との対比に気づ
けば、
「 場面の
必要性に応える
」 とは、
「既成の
単語を適用して」スターキングの赤とゴール
デンデリシャスの青の違いを認識し、言葉に
する こと ( によっ
て ゴールデンデリシャス
を
入手すること
) だと
わかる。
⑷傍線部③は、「生命の必要を超える必要を人
間がもった、ということに由来します」と述
べている。それは「共感の次元のこと」で、
人間は
「 喜び や辛
つらさを共にすることから始ま
り、感情や見方を共有することの喜びを必要
とした
「この必要とされたコミュニケーシ 」 。
ョンの幅が語彙 ごいとなって定着」していったの
で、人間の言葉は格段に大きな語彙と、
「 ( 個
人の
) 感情や見方
」 を言い
表わせる表現力をも
つ豊かで複雑なものになり、動物のそれとは
違っていった。
「 共感 の 次 元
」 を具体的
に述べ た
「 喜び や辛さ
を共にすることから始まり、感情や見方を共有
することの喜び
」 をそ
のまま書くと長過ぎる。
制限字数と全体のバランスを考えて、「共感す
る喜び」程度に簡潔にまとめよう。 記述問題の満点解答ポイント
高校入試模擬テスト 第1回 2 / 4
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⑸「実用的言語
( =『普
通の言葉』『既成の単
語』
) 」を
適用することは、日常生活における
実用的なコミュニケーションを行うために必
要である。
( ⑶解
説参照
) 。しかし、その
実用
性に寄りかかってばかりいないで、つまり既
成の単語の意味を適用するだけでなく、
( 下線
部の表現を使えば「単語の惰性に逆らって」
) 、
そこから外れて事態を分析してみることも、
ときには必要だと言っている。エは友人が使
った「微妙」という言葉の意味、自分が思っ
ている「微妙」という言葉の意味、自分が分
析、理解した事態、を比較、検討して考える
ことになる。「わかったつもりになっている」
「微妙」という言葉にしばられずに事態を考
えられるし、また、
「 微妙
」 とい
う言葉の意味
を捉え直すきっかけにもなる。
⑹傍線部⑤の
「 網の
目
」 の比喩は、
最後から2
番目の段落の始めの部分、「問題は、どの程度
の識別を求めるかという網の目の細かさにあ
ります。果物屋の店頭で用いる網は目が粗い
のに対して、画家は極めて細かい網の目を用
意しているわけです」に使われている。ここ
から傍線部⑤までの、次のような箇所に着目
しよう。「しかし、おおよその境目が、実用性
の意識にある、ということもたしかなように
思われます」
『実用性』の境界は曖昧です。 「
個人によっても、文化によっても、また、事
柄によってもさまざまです。しかし、その境
界があることは明らかで、その違いは、表現
に工夫が必要かどうか、ということにありま
す
」 「
表現の工夫ということは、これを詩や芸
術の次元と結びつける考え方を裏付けてくれ
ます」 「自分の感情が独特なもので、普通の表現で
はそれを伝えることができないと思い、なん
とかそれを伝えたいと思う気 き持 もちから、表現の
工夫を試みる、ということは確かにあります」
「工夫を詩になぞらえるという事実は、この
実用的言語を超えた次元が芸術と親近性をも
っていることの証拠になります」。そして、「た
とえ話を使ったり、妙な造語をひねり出した
りする哲学者」や、「既存の言葉の誘惑を振り
切って、《言葉になっていないものの存在を認
める》ことができたからこそ、その発見に到
りえた」「科学者」の例をあげた後、最後に「常
識的な網の目をさらに細かくすることに、知
性の営みも、文化的な活動もかかっているの
です」と述べている。これらの箇所では「常
識的(実用的)な網の目をさらに細かくする
こと」と「表現の工夫を試みること」がほぼ
同義で用いられている。
二⑴A帳尻=帳簿の記載の最後のところ。ま
た、収支の最終的計算。帳尻を合わせる=
①収入と支出が合うようにする。②最終的
につじつまが合うようにする。ここは②の
方の意味。具体的には「大学に現役で合格」
したことを言っているから、下一段活用の動
詞「合わせる」の連用形「合わせ」に過去の
助動詞「た」がついた形。
B暇を持て余す=暇がありすぎて、やるこ
とがなくて困る。2~4行目「あと十時間以
上」というかなり早い時点で、
「 する
ことは何
もない
」 と言って
いる。「持て余す」は五段活
活用動詞。二つの動作・状態が並行して行わ
れていることを表す接続助詞
「 ながら
」に接続
するから、連用形
「 持て
余し
」 に書き
直す。
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⑵Ⅰすでに(中略)の前に、「やっぱり新幹
線にすればよかっただろうか、と後悔がじわ
じわ湧 わいてきた」とある。その後「カゴに入
れた洗濯物を両手に抱きかかえたおふくろさ
ん」に「ちょっと、そこ邪魔、どいて」と言
われてしまった。さらに、やはり「おふくろ
さん」に言われた「ごろごろという一言
が耳に刺さった」
「 適当に
という一言が胸
を締めつけた
」 のあと
に、
新幹線にすべきだ 「
った。心から思った
」 とあ
る。疑問形のような
最初の言い方が、最後の部分でははっきりと
断定になっていることに注意しよう。
Ⅱどのように考えたことが「うぬぼれてい
たのかもしれない」という感想、反省や、
「 張
り切りすぎていた。空回りだった」という反
省、後悔につながるかを推測する。自分の存
在が両親にとって大きいもので、自分がいな
くなることが両親に大きな影響を与えるだろ
うと考えたと推測できるので、「両親もさびし
がっているだろう」が適する。
Ⅲこのように「ふと思った」ことによって、
それが直後の「夜行じゃなくて新幹線にしろ
と言った~そっけなかった」の理由に思えて
きている。また、その前の段落の内容、つま
り、
「 (自
分が両親にとって)ろくな息子では
なかった
」 ことが
、Ⅲのように思う根拠になっ
ている。
ⅣⅡとその前後も参照のこと。「おふくろは
玄関で涙ぐみながら『行ってらっしゃい』と
俺を見送るはず」=「両親もさびしがってい
るだろう
( Ⅱの正答
) 」と
思っていたのに、実
際はそれとほとんど逆の状況になってしまっ
た。そこで、Ⅱの時に感じたことを、改めて
痛感している。 ⑶東京に持っていく(スポーツ)バッグが、
家のどの辺にあるのかは書いてない。最初の
方の記述から、二階のカズユキの部屋か、あ
るいは一階の居間にあると考えられる。バッ
グがカズユキから離れたところにあって、お
ふくろさんがバッグにポンカンを入れようと
しても、カズユキが家にいる間は、入れると
ころを見られる可能性がある。おつかいを頼
むなどしてカズユキを外に出すのが、見られ
ないでポンカンをバッグに入れる確実で安全
な方法。
⑷
( 中略 ) の前
の一文「夜行列車に決めたとき
には最後の一日は貴重なんだからと思ってい
たが、実際にその日になってみると、するこ
とはなにもない」、クリーニング店からもどっ
てからの「しょんぼりとして家に帰って、暇
を思いきり持て余しながら」などから、最後
の一日は大事だと考えていたが、実際に過ご
してみると特にすることもないことに、当惑、
失望していることがわかる。また、おふくろ
さんが言った「ごろごろという一言が耳
に刺さった」、「適当にという一言が胸を
締めつけた」と感じた後、クリーニング店に
向かって自転車をとばしながら、傍線部②を
行っている。そして、しょんぼりとして家に
帰った後、おふくろさんが言った「ほんなら、
お母ちゃん、ちょっとパートに出てくるけん」
を「とどめの一言」とまで感じている。つま
り、特別な一日なのに両親に普段と同じに扱
われていることにがっかりしている。最後の
一日を特別な日、大事な日だと考えていたが、
その日にゆっくりしたい、のんびりしたいと
考えていたわけではないので、ア・エは誤り。
両親が最後の日も、普段とまったく
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変わらないことにがっかりしているので、イ
も適当ではない。
⑸「落ち込んだまま家を出て、落ち込んだま
ま駅に向かい、もしかしたら両親が駅に見送
りに来てくれるかもしれないという最後の希
望を託してホームを見渡し、誰 だれもいないのを
確かめて、泣きだしたい気持ちで列車に乗り
込んだ」とある。本文の最初から十時間以上
かけてずっと落ち込んできて、もう「最後の
希望」がなくなり、最も落ち込んだ直後、ポ
ンカンとそこに書かれた両親のメッセージを
見て、カズユキの気持ちは劇的に変わる。
⑹最後から2番目の段落は、場面の進行に沿
って素直に読むべきで、ア~ウのように部分
にカズユキの特殊な思いが込められていると
解釈するのには無理がある。イ・ウのように
とる根拠がないし、アもⅠ~Ⅳの時ならあて
はまるが、ポンカンに書かれた文字から、両
親の気持ちを知ったカズユキの今の気持ちに
合わない。「西の地方の夕暮れは遅い。
( だか
ら
) 空に
はまだ夕陽の明るさがかすかに残っ
ていた。(今)窓の外をふるさとの風景が流れ
る(のが見える)。(それと共に)わが家で過
ごした日々が遠ざかっていく(ように感じら
れる)」とあるような視覚的効果による感情の
流れ、盛り上がりと合っていて、直前の傍線
部③で感じたカズユキの喜びを無理なく説明
しているのは、エである。